得物:木刀……木刀!?   作:ぼっくとん

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 州牧が倒れた益州。しかし、思ったほどその内情は荒れていなかったりする。

 

「自由を謳い過ぎても、な。最低限の秩序が無けりゃ意味がねぇ」

 

 智也のこの言葉と共に、まず最低限の決まりが制定、流布された。

 

 一つ、女を抱きたいなら娼館に行け

 二つ、他人の物が欲しい時には買い取るか交渉を

 三つ、ケンカは素手のみ。武器を使う事は禁ずる

 四つ、舐めた輩は徹底的に潰せ

 五つ、挨拶をしろ

 

 シンプル且つ、一つ目を除いて子供への注意のようにも見えるそれは本当に最低限の秩序。

 破った場合は、智也直々に制裁を下されるのだが裏を返せばこの五つさえ守れば後は好きにしていいのだ。

 

 そもそも、智也は劉焉たちに宣言したように統治に一切関わる気が無い。代わりに益州の統治を回したのは、袁術や劉表の下で閑職に追いやられていた文官たちだ。

 彼らは、賄賂蔓延る漢の政治にうんざりしていた者たち。そこに、お上の事なんざ知らねぇと唾を吐くような男がトップに立った場所で政治の手腕を振るう機会が来たとあれば、存分にその腕を振るう事になった。

 

 税が安く、多くの商人がこぞってやって来ては商いを行い、その商品を求めて住民が増え、更にその住人からの消費を狙って商人がやって来る。

 豪族との折衝役は、智也たち破落戸、もとい現益州軍が対応。

 共存の姿勢を見せれば受け入れ、舐めた態度をとったのなら真正面から叩き潰した。

 

 ただ、思いの外益州は順調に回っている。特に商人に好評だったのが、漢専売であった塩、鉄、酒を売りさばく事を認めた事だろう。

 

 智也曰く、ここは漢じゃないから、らしい。

 

 経済が発展すれば、自然と豊かになる。豊かになれば、働き口と働き手も増えて、更に豊かになる。

 

 そんな益州は、元州牧の城にて塚原智也は大あくびを零していた。

 

「平和だな……」

 

 木漏れ日の差し込む木の下で横になり、組んだ両手を枕代わりに梢を見上げる。

 豪族を締め上げ、攻めてきた劉表軍を叩き潰し、街のいざこざを鉄拳制裁してから智也は少々余暇を楽しんでいた。

 現在の益州の実質的な代表ではあるが、その性質は暴力装置のソレ。

 統治その他は、文官とそれから面白がって政治を回している劉焉が担当していた。というか、自らを老爺と称した男は、漢という枷が取り払われたからか嬉々として今までできなかった政策を打ち出している始末だ。その政策を文官たちが揃って頭を捻って添削し、その後実行する。

 智也は、基本的にノータッチ。自分達に悪影響が無ければ好きにすればいいというスタンスである。

 

 平和な時間に暴力装置の仕事は無い。そのまま午睡に移行しようと、智也は目を閉じた。

 視界が制限されると他の感覚が鋭敏になる。

 捉えたのは、聴覚。土を踏む音と、慌ただしい足音が真っすぐに智也の方へと向かってきていた。

 

「おにーちゃん!」

「…………」

「おにーちゃん?……えいっ!」

「ごえっ!?て、テメェ、璃々……!何しやがる……!!」

 

 目を開ければ、満面の笑みを浮かべた少女、璃々が跨る様にして智也の腹の上に乗っていた。

 

「おにーちゃん、あそぼ!」

「…………ハァ……おにーちゃんは今忙しいんだ。お前のかーちゃんに遊んでもらえ」

「おかーさん、おしごとしてるもん!おにーちゃん、ひまでしょ?」

「璃々、その断定は一定数のおじさんたちが胸押さえて死にかねないから言わない様にしような?」

「あそんで!」

 

 キンッと響く高音に顔を顰めて、智也は璃々の脇の下に手を差し込むと倒さない様に起き上がった。

 最初の出会いはどうあれ、今はこの有様。

 

 小さい子というのは存外人を見ている。無意識的に自分に向けられた好悪を判断できるような子も居るだろう。

 智也の場合、態々幼児に手を上げる様な性格をしていない。寧ろ、虐待の話などを聞けば顔を顰めて唾を吐く程度には胸糞悪いとも思っていた。

 

 態度は悪くとも、その人柄までは悪くない。璃々はそれを見破ったからこそ、暇があればこうして智也の元へと突撃を敢行して遊んでもらうのだ。

 

「で?何するんだ?」

「たかいたかい!」

「…………この前、黄忠に怒られたんだけどな……まあ、良いか。加減すれば」

 

 璃々を抱き上げて立ち上がり、木陰の下から出た智也は力加減を意識しながら膝を曲げ腕を僅かに下げてから溜を作った。

 

「ほーれ、高い高ーい」

「きゃーーーーー!あはははははは!!」

 

 璃々の体が空を舞う。具体的には、五メートル程。

 身体能力が化物染みた智也にとって、璃々の体重など文字通り羽のように軽い。そのせいで、一度やらかしてもいた。

 というのも、最初に璃々に遊びをせがまれて高い高いをした際に、三十メートル程放り投げてしまったのだ。

 流石にこれには、智也も慌てた。それこそ、一気に跳び上がってキャッチを急ぐぐらいには。

 幸いだったのは放り上げられた璃々が泣かなかった事と怪我の一つもしなかった事だろう。不幸だったのは、その瞬間を璃々の母である黄忠に見られた点。

 背後に般若を背負った女傑に、数時間にも及ぶ説教を食らった。実力的に打倒は可能でも、その時の黄忠は鬼神もかくやといわんばかりの気迫を放っており、思いついても行動に移させない凄味があった。

 

 膝を使って衝撃を吸収しながらキャッチすれば、大興奮の璃々がその目を更に輝かせた。

 

「おにーちゃん、もういっかい!」

「はいはい。ほら、高い高ーい」

「わーーーーーい!!」

 

 璃々、大歓喜。

 それから、二度三度とせがまれるに任せて、智也は少女を空へと放る。

 

「――――智也さん?」

「ッ!」

 

 そろそろ飽きてきた頃、後ろから声が掛けられて智也の肩が跳ねた。

 恐る恐る振り返れば、蟀谷に井桁を浮かべた女将軍が。

 

「私、前に言ったわよね?それ、危ないからやらないでって」

「あ、ああ、いや、その……ちゃ、ちゃんと加減してるから…………」

()()?」

 

 落ちてきた璃々をキャッチして、智也は一筋の冷や汗を流す。

 どうにも勝てる気がしない。盾にするようにして、璃々を持ち上げるが当の少女は大好きな母を見て満面の笑みだ。

 

「おかーさん!おしごとおわり?」

「ごめんなさい、璃々。彼を呼びに来ただけなの。あっちのお姉さんと遊んできてくれる?」

 

 そう言って、黄忠が指差すのは藍髪の女性。

 彼女は、智也に付いてきた一派の一人。同時に、黄忠が倒れた際に側付きを任されていた人物でもある。

 

「はーい!おにーちゃん、またあそぼうね」

「……おう」

 

 智也の両手からピョンと飛び降りて、璃々は女性の元へ。

 盾が消えてしまい、行き場を失った手で智也は頭を掻く。

 

「はぁ……で、用事ってのは?」

「…………洛陽から使者が来たわ」

「追い返せば良いだろ?」

「それをしようとした兵士が軒並み突破されたの。幸い、死者は出ていないけれど怪我人は居るわ」

「へぇ?」

 

 黄忠の言葉を受けて、智也の眉が上がった。

 訓練こそ積んでいないが、その分実戦経験豊富な現在の益州の戦力。突破しようと思えば、生半可な兵隊では不可能だろう。

 それを突破してくる辺り、相当な手練れ。

 

「劉焉の爺さんじゃダメなのか?」

「今の益州の代表は貴方でしょう?ほら、早く行くわよ」

「へいへい」

 

 踵を返した黄忠の後を追って、智也は歩き出す。

 考えるのは、洛陽からの使者について。

 

(黄巾の後か……何だっけな。確か……董卓、か?)

 

 記憶の底に埋没している世界史の記憶から、少しだけサルベージ。

 三国志を知る者からすれば当たり前の事だが、最初から“魏”“蜀”“呉”の三つに分かれている訳ではない。

 幾つかの流れを経て、力を失った漢王朝が衰退し台頭した有力な諸侯がそれぞれに陣営を立ち上げ、結果出来上がるのがこの三国なのだから。

 

 記憶を掘り起こして、しかし智也はそれ以上考える事を止めた。

 そもそも、自分がこの世界に居る時点で態々歴史通りに事を運ぶ理由がない。好きに生きることを決めているのだから。

 

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