勇者スイープ、聖剣を拾う 作:匿名
ここは魔王支配領域東方の鬱蒼とした森。
その中を通る一本道を少女が1人走っていた。
その少女はつばの大きな、俗に言う魔女帽子にウマの耳が生えたような不思議な帽子を被っている。
彼女の名はスイープトウショウ。魔法使いを夢見る新米勇者だ。人は彼女を勇者スイープと呼ぶ。
そんな彼女を追う影がひとつ。
「うっららー、待て待てー!」
「やだやだー! 待つわけないでしょ!」
追いかけるピンク髪のウマ娘は魔王軍の下っぱ。魔王軍と勇者は敵対関係で、目が合えばバトルが始まってしまう関係であった。
しかし、勇者スイープはバトルではなく逃走を選んだ。魔法使いの格好をしているのだから、魔法で戦えば良いのではないかと思うかもしれない。しかし、勇者スイープにはそうすることができない理由があった。何せこの魔女志望者は魔法が使えないのである。
何度彼女は魔法を使うことを諦めろと言われても勇者スイープはやだやだと練習をいつまでも続けていた。それでも魔法が使えず、ついに実践訓練すればどうにかなるはずだと考え、魔王軍支配領域に足を踏み入れて直ぐにこの状況であった。
魔王軍と出会って数刻。すでに逃げ続けている。まだ走ることはできるが、こちらが攻撃する手段を持っていないのではいずれ追い詰められてしまうのは分かりきっていた。
"こっち、こっちです"
どうしたものかと考えていると、誰かが呼びかける声が聞こえた気がした。
"少し右に向かう方向です"
また、聞こえた。どうやら勘違いではないらしい。この声に従うのはとても嫌だが、今の状況に打つ手がないのも確かだった。
「あーもう、仕方ないわね!」
そう言うと、勇者スイープは進路を少し右に曲げた。しかし、特に何も見つからない。ただただ森が広がるだけだ。
「何もないじゃない!」
勇者スイープがそうこぼすと、また声が聞こえた。
"もう少し左です。左斜め下方向を見てください"
言われた通りに下を向くと、そこには十字の形をしたものが地面に突き刺さっていた。
それは木々の隙間から溢れる陽光に照らされて、ギラギラと自らが良質な金属であることを主張している。
「剣じゃない!」
スイープは、心の底からそう叫んだ。
"そうです。私は聖剣。あなたは選ばれたのです。さあ、私を抜き魔王軍を"
「やだやだー! 絶対抜くもんですか!」
聖剣の言葉を遮り、勇者スイープは地団駄を踏む。
"何をおっしゃっているのですか。私を使えばあのような下っ端は一瞬で"
「そういうことじゃない! 私は聖剣なんて絶対に使いたくないんだから!」
勇者スイープはプイと政権から視線をずらす。想定外の答えに聖剣は困惑してしまった。
"私は聖剣。私以上の剣などこの世に存在しません。さあ、抜いてください"
「やだやだー! 私は魔女なの、魔法使いなの! 剣なんて使わないわ」
勇者スイープは何度も首を横に振る。
"しかしですね……"
「やだやだ! やなものはやなの!」
"あのですね、もうすぐ……"
「やだやだー!」
聖剣は説得を試みるが、取り付く島もない。この不当なやり取りを彼らは何度も続けた。
「あれれー? 追いかけっこするのかと、思ってたのに足止めちゃったの?」
押し問答を続ける勇者スイープの背中に声がかかった。勇者スイープがやらかしたと思いながらも後ろを向くとそこにはピンク髪の魔王軍下っぱの姿が見えた。
いつの間にか、距離を詰められてしまっている。これでは逃げ出そうとした瞬間にやられてしまう。
"勇者よ。私を抜くのです"
聖剣の声が、勇者スイープの頭に響く。魔王軍下っぱはこちらを不思議そうな様子で見ている。おそらく、聖剣の声は自分にしか聞こえていない。なら、コレを使えばこの場を切り抜けられそうなのは事実だった。
「あーもう! 仕方ないわね!」
勇者スイープは決断するや、聖剣の柄を掴むと、思いっきり引き抜いた。地面に刺さっているのだから相応の力が必要と考えていたが、拍子抜けなほど軽々と剣は持ち上がった。
「いつの間にそんなの拾ってたの?!」
「ついさっきよ」
剣が魔王軍下っぱに吸い込まれていく。すぐにカーンという音があたりに響いた。ドサリと音を立てながら、魔王軍下っぱは地面に倒れた。
それを見届けると勇者スイープは聖剣を下ろした。
"まだ、剣の平で気を失っているだけです。とどめを"
聖剣の少し切迫したような言葉を受けても勇者スイープはのんびりとしたものだ。
「何言ってるのよ。覇王の約定でそれは禁じられてるわ。別にそこまでする必要もないでしょ、私の勝ちはもう決まったんだし」
"しかし……"
聖剣が言葉を言い淀むに気にすることなく、勇者スイープは聖剣を指してあった場所に近づける。地面が刃先に迫ってきた頃、聖剣は急いで声をかけた。
"何をしているんです。勇者よ"
「何って、元の場所に返そうとしてるのよ。いらないし」
「いら……ない……?」
聖剣には勇者スイープが何を言っているのか分からなかった。
"この世の剣で至高の私がいらない?そんなわけがないではないですか"
「だって、わたしは魔法使いよ。剣なんて持たないわ」
"しかしあなたに魔法使いの才能は……」
聖剣が思わず言った言葉に、勇者スイープは地団駄を踏み、剣から手を離す。
「うるさい、うるさい。うるさーい! 私は魔女になるの! だから剣なんていらない!」
"……そこまで言われては私にも考えがあります"
勇者スイープは手に違和感を感じた。手放したはずなのに、今だに何が手の平にあたる感覚がある。手に目を向けると、そこには聖剣があった。
"私とあなたの契約は既にされました。解除はできません"
勇者スイープは、しばらく手を凝視した後に手を思いっきり振り始めた。
「やだやだー!」
聖剣と勇者の押し問答は日が暮れるまで続いたそうな。