こんにちは、対ホロウ特別行動部第0課です。   作:俺がいれば、他はいらん

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影なき影の居場所 その③

 シルエットは胸に空いた穴を見下ろし、ため息をついた。

 傷口から漏れ出ているのは、彼女の血液だけではない。彼女の身体を巡る、もう一つの液体――義体の循環液だ。

 彼女の身体は、()()7()0()%()()()()()()()。特に人体の急所になるような場所の機能は、一箇所損壊したくらいでは止まることはない。不死身というわけではないが、並の兵器程度の威力では、彼女を行動不能にすることはできないのだ。

 どうしてそうなっているのか、肝心なところを彼女は覚えていない。ゼロ課に入った時にはすでにそうなっていたので、おそらく右目のデバイスを装着する際に、合わせて手術されたのだろう、と勝手に推測していた。

 

「『課長』は教えてくれませんでしたし……チェンバレンもレトも知る由もないですよねぇ。……フリーになったし、そういうことを調べてみるのも一興ですね」

 

 と、戦場でひと仕事した気分のシルエットは呟く。

 腕を伸ばしながら、彼女が悠々と部屋を後にしようとした時だ。

 

「……待つであり……ます」

 

 かすれた声が彼女の足を止めた。

 

「……おや?」

「何をしたのか分かりませんが、決着はまだついてないのであります!」

 

 ふらつく足取りながら、赤髪の兵士――オルペウスは立ち上がった。

 ナイフを逆手に構え、未だうまく機能していないであろう、尻尾(?)の先の知能構造体を支えるような素振りを見せながら、彼女はシルエットに相対する。

 

「やはり……改竄が完璧ではなかったのでしょうか?」

 

 シルエットは小さく呟き、武器を降ろした。

 

「うーん……待って下さい。一時休戦と行きませんか?」

 

「は? そ、そんな、騙されないでありますよ!」

 

「確かに、これだけ暴れたあとにそんなことを言っても信じてもらえないかもしれませんが……なんというか、これは必要に駆られてというか、仕方のないことだったんです」

 

「……?」

 

「先ほどあなたの部下のパイロットにした話を、もう一度しておきましょうか。おそらく、ワタシの上司――()()()というべきでしょうか――は、アナタ方にこの任務を命じた人間と同一人物でしょう」

 

 目の前の逃亡者から攻撃の意思を感じられなくなったオルペウスは、語り始めたシルエットに困惑しつつも、武器を降ろした。やがて知能構造体の「鬼火」のほうも目を覚ます。「鬼火」のほうはいまいち状況を飲み込めていないようだったが、相棒のオルペウスが何もしようとしないのを見て、ひとまず静観することに決めたようだった。

 

「ワタシ達は、献身的に仕えてきました。しかし、なぜか今になって、このような形で裏切られることになってしまいました……」

 と、同情を誘うような口調で、彼女は話し続けた。静かで叙情的な語り口は、鳴り響く警報が小さく聞こえるほどに蠱惑的だった。

 

「忠義への裏切りは、この奇跡の都市で最も許しがたい行為です。だから、ワタシは裁かなければならない。第0課の情報統制官であり、執行官でもあるワタシが、です」

 

「……演説は終わりか?」

 

「以上です、情に厚い隊長さん」

 

 シルエットは、説得の失敗を痛感していた。

 一騎打ちを挑んできたその性格から、彼女らのことを情に厚く涙もろいタイプなのではないかと踏んでいたのだ。現に、オルペウスは若干同情的な眼差しでシルエットのことを見つめていた。

 しかし、「鬼火」のほうはそうはいかなかった。

 シルエットの推察は当たらずとも遠からず。「鬼火」は確かに情に厚いが、それ以上に軍人だったのだ。

 

「悪いが、事情は汲んでやれない」

 

 そう言うや否や、彼女はまだ悩むように立ち尽くしていたオルペウスを引っ張るように動き出した。

 

「……炎タイプとは戦いたくないんですよ!」

 

 彼女はそう叫ぶと、ジャキン! と取り戻した鎌を展開させた。そのままそれを力任せに振るう。

 風と金属製のラック、それから薄い壁をまとめて切断したその斬撃は、人一人が脱出するのに十分な風穴を開ける。

 

「逃がすか!」

 

 迷わず追いかける「鬼火」たち。しかしそれよりも早く、シルエットは外へ転がり出ていた。

 幸い、破壊された壁の破片や土埃が目隠しとなり、すぐには追撃が来ない。その隙にシルエットは駆ける。行く宛はないが、ひとまずこの危機を脱するために。

 

 右目のデバイスが「ザザ……」と音を立てた。

 この音を彼女はよく知っている。ホロウ外で使用するための無線通信が接続されようとしているのだ。 

 

「誰か無事だったんでしょうか? もしもし? レト? 課長?」

 

 だが、聞こえてきた声は耳馴染みのない、落ち着いた声。

 

『こちら防衛軍オボルス小隊、「トリガー」。オープン回線で通信中。貴方の姿は捕捉しています。今すぐ投降してください。……さもないと、痛い目に合ってもらうことになりますよ?』

 

 無線の奥から、「そうだそうだ~」とふわふわした声も聞こえてきた。……あの水色のパイロットだ。シルエットは舌打ちし、少し速度を上げた。

 

『重ねて通達します。今から10秒以内に停止し投降しない場合、防衛兵器の使用も含めあらゆる手段を取り、貴方を制圧します』

 

 その無線の声と同時に、彼女の四方の物陰から、重厚な機械の駆動音が聞こえてきた。

 ジャキキキン! と、立ち上がった機械たちが一斉に彼女に目標を定める。彼女の全身のあちこちに、赤いレーザー光が照射された。

 避けられなくはないが、避けたとしても、狙撃が来る。狙撃を避けても、後ろからの追手が来る。

 

「……もう!」

 

 叩きつけるように得物を地面に投げ捨て、彼女はその場で立ち止まった。

 両手を上げ、諦めるように首を横に振る。

 

「はぁ。……流石に軍相手に一人ではどうにもならないですね。さ、投降しましたよ。この物騒な機械を止めてください」

 

『最初からこんなこと、しなければよかったのに……悪いようにはしませんと言いたいところですが、貴方の態度次第でしょうね……「シード」、あれらを止めてください。……「シード」? どうかしたんですか?』

 

 彼女が投降し、この騒ぎは一段落したはずだった。

 だが、「トリガー」からの無線の様子がおかしい。無線の向こう側からは、「止まらないよ、おかしいな~」と、呑気な声も聞こえてくる。

 

『止まらない? すでに攻撃命令が出ているということですか?』

 

「え? ちょっと、無抵抗の捕虜に攻撃するつもりなんですか!?」

 

 シルエットは大げさに驚いてみせたが、その内は極めて冷静――生存に向けて思考をフル回転させているところだった。

 なぜなら、すでに防衛兵器のうちの1台、ヴァンガードⅡ型のレーザー砲身が、チャージを始めているのが見て取れたからだ。

 一度は投げ捨てた武器を取り、「トリガー」の制止の声も聞かず、彼女が後ろへ飛び跳ねたのと、超高温のレーザーが彼女のいた地面をえぐるのが同時だった。

 

『まさか……暴走!?』

 

「みたいですよ! お宅の備品管理はどうなってんですか!?」

 

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