こんにちは、対ホロウ特別行動部第0課です。~新エリー都の影だった少女は、自分探しに行くようです~ 作:俺がいれば、他はいらん
「ただいま戻りました」
H.A.N.D本部、秘匿エリア。
0課のオフィスはそこにある。
「早かったね」
オフィス内は簡素だった。上座には課長用の幅広なデスクがあり、そこには山のように書類が積み上げられているが、空席だ。
帰還した「シルエット」に声をかけたのは、手前のデスクにいる老紳士だった。
片手のコーヒーカップを時折傾けながら、彼はビデオを見ていた。あまり上等とは言えないスピーカーからの音声を聞くに、どうやら一昔前のトーク番組の録画のようだ。
「わたしのスケジュールはあなたと違ってぎっちり詰め込まれていますから」
「こりゃ手厳しい。君も見るかい、一昨日六分街で懐かしくなって借りてきたんだが」
「『チェンバレン』。いった通り、わたしは暇ではありません。課長と『レト』はどこですか?」
「チェンバレン」と呼ばれたその男は、肩をすくめてオフィスの外を指差す。
「課長は先ほど、上の誰かに呼ばれて出ていったよ。まあ、すぐ戻ってくるんじゃないか? レト坊については……クックック」
「なにかおかしなことでも?」
「いやね……君、今日は彼に会えないと思ったほうがいいよ。さっき、課長との通信で『しばく』とかなんとか言ってたろ?」
「聞いてたんですか?」
「俺は聞いていないが、彼は聞いていたみたいだよ」
「あのガキ……」
「若者同士仲良くしたまえよ。はっはっは」
静かに笑って、チェンバレンは再びモニターに目線を戻した。
はぁ、と深くため息をつき、シルエットは自分のデスクへと戻る。
椅子の背もたれにジャケットをかけ、どさりと深く座り込んだ。
買ってきたミルクティーをすすりながら、モニターに目を向ける。
通知欄に、一件のメッセージが入っていた。
差出人は課長だった。
『第4会議室まで来てもらえる?』
バン! と勢いよく机に手のひらを叩きつけた。
「おお、びっくりした。なんだい急に」
「すみません、イライラしました」
「どうしたんだい。ミルクティーが甘すぎたかな?」
「いえ。会議室に行ってきます」
「ああ、課長か……」と、チェンバレンは苦笑する。
「今日は何が何でも直帰します。お疲れ様でした」
深くため息をつきながら、シルエットは立ち上がり、オフィスを出た。
***
第4会議室は、秘匿エリアに唯一存在する小さな会議室だ。さながらSF映画の司令室のようなその部屋は、薄暗い照明にホログラムモニタが備え付けられている。
その部屋の真ん中に、一人の女性が腰掛けていた。
一言で言うなら、彼女は「黒」だ。肩ほどまで伸びた頭髪も、吸い込まれるような瞳も、気品を漂わせるコートも黒一色。色白の肌が一層眩しく見える。
「お呼びですか、課長」
シルエットは、中央のその女性にそう声をかけた。
「悪いわね、オフィスじゃなくてわざわざこんなところで」
「本当ですよ。あ、お土産はデスクにおいておいたので勝手に飲んでください」
「あら、冷蔵庫とかに入れておいてほしかったのだけれど……」
「そこまでしてやる義理がありますか?」
「……上司よね、私」
「あんなもの冷蔵庫に入れても入れなくても一緒ですよ最初から腐ってるようなもんなんですから」
「……手塩にかけて育ててきた部下が辛辣すぎて辛いわぁ」
「で、なんですか? わざわざこんなところで」
課長はしばしの沈黙のあと、咳払いをして話し始めた。
「ホワイトスター学会の研究所への襲撃計画を入手したわ」
「……襲撃計画?」
「ええ。十四分街のギャングを使ってね。目的は簡単。研究所に保存されている
「学会の研究所に、そんな面白いものなど置いてありますか?」
「聞いて驚かないで……『ロゼッタデータ』よ」
「『ロゼッタデータ』……? そんな馬鹿な、一介の研究所にそんなものが置いてあるわけ……」
「そのものじゃないわ。『ロゼッタデータ』とほぼ同様の役割を果たすことができる代替品。それを狙う勢力がいるということ」
「……一体、何故」
「それ以上のギモンはご法度よ、シルエット。上層部から我々のもとに送られてきた情報はせいぜいこの程度。これ以上について知る必要はないということ」
「……そうですか」
「今回はおそらくホロウでの活動はないでしょうけど……念の為、『レト』の玉偶をつけるわ。現地で合流して」
「分かりました。……肝心の『レト』本人は? わたしは今日彼のせいで無駄足を踏んだので落とし前をつけたいのですが」
「うちの引きこもり姫は出てこないわ。いつも通りね。さ、いって頂戴」
そういうと、課長は薄く笑って、出口を指さした。
シルエットは無言で頷いた。