こんにちは、対ホロウ特別行動部第0課です。~新エリー都の影だった少女は、自分探しに行くようです~ 作:俺がいれば、他はいらん
レトの指示どおり、シルエットは研究所の廊下を駆けていた。
ちょっとした競走ができそうなほど長い廊下であるのに加え、先ほどからけたたましく鳴り響く警報と、予期しないタイミングで閉まる防火シャッターによって、彼女は思うように動けないでいた。
「レト。この警報なんとかならないんですか?」
『できないことは、ないけど……「ロゼッタデータ」を防衛するのに、わざわざ警報システムに、手を加えるのは、合理的じゃない』
「チッ」
『ひぃん……』
舌打ちをしながらも、彼女は足を止めることはなかった。
ほぼ閉まりかけていた防火シャッターをスライディングでくぐり抜け、階段を踊り場から踊り場へ飛び降りながら移動する。すれ違う研究員の、恐怖と奇異が混じった目線を受けながら、彼女は地下三階──目的のものが保管されている部屋の前までたどり着いた。
「なんとか、彼らより先にたどり着けたようですね」
『君、猫より機動力、あるんじゃない……操作してるだけなのに、なんだか、疲れたよ……』
「この部屋でいいんですよね? ……すでにロックダウンされていて、中は確認できませんが」
部屋の扉は、銀行の貸金庫のような、巨大な金属製のものだった。暗証番号と物理鍵の両方で開ける形式のようだが、この非常事態のためか、暗証番号は入力できない仕様になっているらしい。
「中を確認しないことには、少し不安ですが……」
『一応、開けることはできる、と思う。僕を、少しそこに、近づけてくれる?』
「え? ええ、いいですけど……」
彼女は
『じゃあ、始めよう。行って……《アルテミス》』
その瞬間、装置の様子が急変する。
先ほどまで「LOCKED」と表示があったモニタには、無数の数字が流れ始めた。
数秒が経過。ピー、という音、「OPEN」という文字とともに、赤色だったランプが緑色へと変化した。
『……開いたよ』
「お見事です。……どうやったんですか?」
『説明したら、分かる?』
「いいえ。……さて、獲物は……」
保管室の頑丈な扉を開け、シルエットとレトは中へと滑り込んだ。
保管室は、がらんとした広い部屋だった。
中央の台座に置かれた、小さな金庫。それ以外には、なにもない灰色の部屋だ。
シルエットは中央の金庫へと近づき、それをまじまじと観察し始めた。
「ふむ……どうやら、中身は無事のようですね」
『この扉も、直近で、僕らの前に開けた人は、いないみたいだ。安心して、良さそうだね』
「隠れるところもなさそうですし……一度出ますか」
そうして、彼女が扉のほうへと向き直ったときだった。
「中におるのは何奴か?」
***
「──ッ!」
女性の声だった。その凛とした声に動揺はなく、相対する相手を威圧するような凄みがあった。
シルエットは腰の武器──折りたたまれた大鎌へと手を伸ばす。
『待って、シルエット。……彼女は──』
「治安局であるぞ! 武器を捨てて投降せよ!」
レトの忠告も虚しく、扉が勢いよく開け放たれる。
(あの重量のある扉を……やり手ですね)
現れたのは、一人の治安官だった。
「……子ども?」
「む、ぬしは……」
その小柄な治安官は、一風変わった武器──三節棍を構えていた。
身長は140cm前後だろうか。深緑色のツインテールに、露出多めの治安局の制服。
そして何より、彼女の太ももには、まるで機械の
「治安局が、何の用です?」
「我もぬしに同じことを問おうと思っていたぞ。研究員とは思えないその出で立ち、こんな場所で何をしておるのか?」
「……わたしは設備点検の業者ですよ」
たらり、とシルエットの頬を一筋の汗が伝う。
ゆっくりと、その治安官はシルエットの間合いへと踏み込もうとしていた。
あと、数十センチ。
「この非常事態に熱心なことだ。見え透いた嘘は禍を招くぞ、若人よ」
「若人? あなたには言われたくありませんね……」
一歩。
それが、その治安官が、
そして今、その一歩が踏み出される。
「その意気やよし、だが今は……大人しく、お縄につけぃ!」
振り下ろされた三節棍と、展開された大鎌が激突する。
ギイイイイイン!! と警報よりもけたたましい金属音。
(重ッ……厄介なやつに絡まれましたね!)
衝撃をいなし、弾かれた切っ先を地面に突き立てる。
すぐさまシルエットは滑るように間合いを取り、再び治安官と対峙した。
追撃は早かった。治安官は三節棍を横薙ぎに振るい、その勢いのまま踏み込んでくる。
姿勢を低くしその一撃を交わすと、返す刃でシルエットは直接急所──首を狙う。
それはさながら、死神が命を刈り取るような、そんな一閃。
治安官はそれを後ろに跳ねるように躱し、大ぶりな一撃の隙をついて、三節棍を勢いよく振り回した。
(チッ、手数が多くて対応しにくい。……チェンバレンなら、もっと上手く立ち回るでしょうか)
脳裏に同僚の老紳士の姿を思い浮かべながら、シルエットはかろうじてその乱打を切り抜ける。
一瞬、乱打が止んだ。
それは攻撃の隙間でもあり、
(取った──)
その隙を、シルエットは逃さなかった。
大鎌の切っ先が、亜音速で振り下ろされる。
だが違う、乱打が止んだのは、その一撃を引き出すため。
「破ッ!」
二人の攻撃が交錯し、直後、鋭い衝撃が、シルエットの身体を襲った。
三節棍の先端が、深く彼女の腹部にめり込んでいる。
「かっ……」
『シルエット!』
数メートルほど吹き飛ばされ、シルエットは地面にへたり込む。
「抵抗は無駄であるぞ、若人よ」
強烈な一撃を喰らい、動けないままのシルエットのもとへ、その治安官はゆっくりと歩み寄ってきた。
「……油断、しました」
「さて、大人しく答えてもらおうか。ぬしよ、こんな辺鄙な地下室に何をしにきた?」
「……」
地面に伏せながら、シルエットは少し離れたところにいるレトの黒猫に視線を送る。
「そこの黒猫も含めて、だ」
『……にゃーお』
「今さら遅いでしょう。……はあ、しくじりました。いいでしょう、お話しますよ」
シルエットはゆっくりと体を起こし、壁にもたれかかるようにして座る。
「わたしたちはH.A.N.Dの執行官です。IDの確認が必要ならご自由にどうぞ。少なくとも、上で暴れている連中……赤牙組ではありません」
「ほう……」
と、その治安官は興味深そうにシルエットの制服を見つめた。
しばらく考えたあと、彼女は納得したのか、軽く頷いて言う。
「では、同じ立場の人間だったのか……これは失敬。しかし、なにゆえ嘘を? 最初から正直に話していれば、こんなことにはならなかったであろうに」
「……事情があるんです」
「成る程。それで、ぬしらはこの部屋で何を?」
「防衛対象の確認ですよ。……その部屋の真ん中のものが、襲撃者の狙いです」
「そうだったのか……相わかった。それでは、我ら治安局も協力すべきであろうな」
「……それは助かりますね。あなたのお陰で、わたしはこの有り様なので」
「すまなかったと言っておろう。……そういえば、まだ名を聞いていなかったな。我は治安局特務捜査班、
「……『シルエット』です。所属は……第二ホロウ解析部。そこの猫も同様です」
『にゃー……よ、よろしく』
青衣は近寄ってきた黒猫を一瞥すると、「お~、よしよし」と軽く撫でていたが、なにかに気づいたかのように顔を上げた。
部屋の外が騒がしくなったせいだ。
「どうやら、来たみたいですね……青衣さん。あなた、対多数戦の心得は?」
「お任せあれ」
「では、あと十秒稼いでください。すぐに加勢します」
「あいわかった」
青衣は三節棍を構え、扉を凝視した。
直後、怒声が聞こえ──
ドガアアアアン!!!
爆音とともに、金属製の扉が吹き飛ばされる。
「来ましたか。──って」
まだ正常に戻らない視界で、シルエットは
青衣も、同様に気づいたようだ。
──吹き飛ばされると同時、部屋の中に投げ入れられた、野球ボール大の投擲物に。
「伏せろッ!」
どちらが言うでもなく、二人は地へ伏せる。
それから1秒と経たないうちに、爆発。
その刹那、室内を襲ったのは、部屋を埋め尽くすほどの轟音、閃光、そして、
(右目がッ……EMPですかっ……)
そこで、シルエットの意識は一度途絶する。