こんにちは、対ホロウ特別行動部第0課です。~新エリー都の影だった少女は、自分探しに行くようです~   作:俺がいれば、他はいらん

5 / 12
前夜×遭遇×失敗 中

 レトの指示どおり、シルエットは研究所の廊下を駆けていた。

 ちょっとした競走ができそうなほど長い廊下であるのに加え、先ほどからけたたましく鳴り響く警報と、予期しないタイミングで閉まる防火シャッターによって、彼女は思うように動けないでいた。

 

「レト。この警報なんとかならないんですか?」

 

『できないことは、ないけど……「ロゼッタデータ」を防衛するのに、わざわざ警報システムに、手を加えるのは、合理的じゃない』

 

「チッ」

 

『ひぃん……』

 

 舌打ちをしながらも、彼女は足を止めることはなかった。

 ほぼ閉まりかけていた防火シャッターをスライディングでくぐり抜け、階段を踊り場から踊り場へ飛び降りながら移動する。すれ違う研究員の、恐怖と奇異が混じった目線を受けながら、彼女は地下三階──目的のものが保管されている部屋の前までたどり着いた。

 

「なんとか、彼らより先にたどり着けたようですね」

 

『君、猫より機動力、あるんじゃない……操作してるだけなのに、なんだか、疲れたよ……』

 

「この部屋でいいんですよね? ……すでにロックダウンされていて、中は確認できませんが」

 

 部屋の扉は、銀行の貸金庫のような、巨大な金属製のものだった。暗証番号と物理鍵の両方で開ける形式のようだが、この非常事態のためか、暗証番号は入力できない仕様になっているらしい。

 

「中を確認しないことには、少し不安ですが……」

 

『一応、開けることはできる、と思う。僕を、少しそこに、近づけてくれる?』

 

「え? ええ、いいですけど……」

 

 彼女は黒猫(レト)を持ち上げると、暗証番号の認証装置の前まで近づけた。猫の玉偶は装置に鼻先をくっつけると、ピタリと動かなくなる。

 

『じゃあ、始めよう。行って……《アルテミス》』

 

 その瞬間、装置の様子が急変する。

 先ほどまで「LOCKED」と表示があったモニタには、無数の数字が流れ始めた。

 数秒が経過。ピー、という音、「OPEN」という文字とともに、赤色だったランプが緑色へと変化した。

 

『……開いたよ』

 

「お見事です。……どうやったんですか?」

 

『説明したら、分かる?』

 

「いいえ。……さて、獲物は……」

 

 保管室の頑丈な扉を開け、シルエットとレトは中へと滑り込んだ。

 保管室は、がらんとした広い部屋だった。

 中央の台座に置かれた、小さな金庫。それ以外には、なにもない灰色の部屋だ。

 シルエットは中央の金庫へと近づき、それをまじまじと観察し始めた。

 

「ふむ……どうやら、中身は無事のようですね」

 

『この扉も、直近で、僕らの前に開けた人は、いないみたいだ。安心して、良さそうだね』

 

「隠れるところもなさそうですし……一度出ますか」

 

 そうして、彼女が扉のほうへと向き直ったときだった。

 

「中におるのは何奴か?」

 

 ***

 

「──ッ!」

 

 女性の声だった。その凛とした声に動揺はなく、相対する相手を威圧するような凄みがあった。

 シルエットは腰の武器──折りたたまれた大鎌へと手を伸ばす。

 

『待って、シルエット。……彼女は──』

 

「治安局であるぞ! 武器を捨てて投降せよ!」

 

 レトの忠告も虚しく、扉が勢いよく開け放たれる。

 

(あの重量のある扉を……やり手ですね)

 

 現れたのは、一人の治安官だった。

 

「……子ども?」

 

「む、ぬしは……」

 

 その小柄な治安官は、一風変わった武器──三節棍を構えていた。

 身長は140cm前後だろうか。深緑色のツインテールに、露出多めの治安局の制服。

 そして何より、彼女の太ももには、まるで機械の接合部(ジョイント)のような線が入っている。

 

「治安局が、何の用です?」

 

「我もぬしに同じことを問おうと思っていたぞ。研究員とは思えないその出で立ち、こんな場所で何をしておるのか?」

 

「……わたしは設備点検の業者ですよ」

 

 たらり、とシルエットの頬を一筋の汗が伝う。

 ゆっくりと、その治安官はシルエットの間合いへと踏み込もうとしていた。

 あと、数十センチ。

 

「この非常事態に熱心なことだ。見え透いた嘘は禍を招くぞ、若人よ」

 

「若人? あなたには言われたくありませんね……」

 

 一歩。

 それが、その治安官が、0課の執行官(シルエット)の間合いに入り込むまでの歩数だった。

 そして今、その一歩が踏み出される。

 

「その意気やよし、だが今は……大人しく、お縄につけぃ!」

 

 振り下ろされた三節棍と、展開された大鎌が激突する。

 ギイイイイイン!! と警報よりもけたたましい金属音。

 

(重ッ……厄介なやつに絡まれましたね!)

 

 衝撃をいなし、弾かれた切っ先を地面に突き立てる。

 すぐさまシルエットは滑るように間合いを取り、再び治安官と対峙した。

 

 追撃は早かった。治安官は三節棍を横薙ぎに振るい、その勢いのまま踏み込んでくる。

 姿勢を低くしその一撃を交わすと、返す刃でシルエットは直接急所──首を狙う。

 それはさながら、死神が命を刈り取るような、そんな一閃。

 治安官はそれを後ろに跳ねるように躱し、大ぶりな一撃の隙をついて、三節棍を勢いよく振り回した。

 

(チッ、手数が多くて対応しにくい。……チェンバレンなら、もっと上手く立ち回るでしょうか)

 

 脳裏に同僚の老紳士の姿を思い浮かべながら、シルエットはかろうじてその乱打を切り抜ける。

 一瞬、乱打が止んだ。

 それは攻撃の隙間でもあり、()()の心のスキマでもある。

 

(取った──)

 

 その隙を、シルエットは逃さなかった。

 大鎌の切っ先が、亜音速で振り下ろされる。

 

 だが違う、乱打が止んだのは、その一撃を引き出すため。

 

「破ッ!」

 

 二人の攻撃が交錯し、直後、鋭い衝撃が、シルエットの身体を襲った。

 三節棍の先端が、深く彼女の腹部にめり込んでいる。 

 

「かっ……」

 

『シルエット!』

 

 数メートルほど吹き飛ばされ、シルエットは地面にへたり込む。

 

「抵抗は無駄であるぞ、若人よ」

 

 強烈な一撃を喰らい、動けないままのシルエットのもとへ、その治安官はゆっくりと歩み寄ってきた。

 

「……油断、しました」

 

「さて、大人しく答えてもらおうか。ぬしよ、こんな辺鄙な地下室に何をしにきた?」

 

「……」

 

 地面に伏せながら、シルエットは少し離れたところにいるレトの黒猫に視線を送る。

 

「そこの黒猫も含めて、だ」

 

『……にゃーお』

 

「今さら遅いでしょう。……はあ、しくじりました。いいでしょう、お話しますよ」

 

 シルエットはゆっくりと体を起こし、壁にもたれかかるようにして座る。

 

「わたしたちはH.A.N.Dの執行官です。IDの確認が必要ならご自由にどうぞ。少なくとも、上で暴れている連中……赤牙組ではありません」

 

「ほう……」

 

 と、その治安官は興味深そうにシルエットの制服を見つめた。

 しばらく考えたあと、彼女は納得したのか、軽く頷いて言う。

 

「では、同じ立場の人間だったのか……これは失敬。しかし、なにゆえ嘘を? 最初から正直に話していれば、こんなことにはならなかったであろうに」

 

「……事情があるんです」

 

「成る程。それで、ぬしらはこの部屋で何を?」

 

「防衛対象の確認ですよ。……その部屋の真ん中のものが、襲撃者の狙いです」

 

「そうだったのか……相わかった。それでは、我ら治安局も協力すべきであろうな」

 

「……それは助かりますね。あなたのお陰で、わたしはこの有り様なので」

 

「すまなかったと言っておろう。……そういえば、まだ名を聞いていなかったな。我は治安局特務捜査班、青衣(チンイー)と申す者。ぬしは?」

 

「……『シルエット』です。所属は……第二ホロウ解析部。そこの猫も同様です」

 

『にゃー……よ、よろしく』

 

 青衣は近寄ってきた黒猫を一瞥すると、「お~、よしよし」と軽く撫でていたが、なにかに気づいたかのように顔を上げた。

 部屋の外が騒がしくなったせいだ。

 

「どうやら、来たみたいですね……青衣さん。あなた、対多数戦の心得は?」

 

「お任せあれ」

 

「では、あと十秒稼いでください。すぐに加勢します」

 

「あいわかった」

 

 青衣は三節棍を構え、扉を凝視した。

 直後、怒声が聞こえ──

 ドガアアアアン!!!

 爆音とともに、金属製の扉が吹き飛ばされる。

 

「来ましたか。──って」

 

 まだ正常に戻らない視界で、シルエットは()()を確かに捉えた。

 青衣も、同様に気づいたようだ。

 ──吹き飛ばされると同時、部屋の中に投げ入れられた、野球ボール大の投擲物に。

 

「伏せろッ!」

 

 どちらが言うでもなく、二人は地へ伏せる。

 それから1秒と経たないうちに、爆発。

 その刹那、室内を襲ったのは、部屋を埋め尽くすほどの轟音、閃光、そして、

 

(右目がッ……EMPですかっ……)

 

 そこで、シルエットの意識は一度途絶する。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。