こんにちは、対ホロウ特別行動部第0課です。~新エリー都の影だった少女は、自分探しに行くようです~ 作:俺がいれば、他はいらん
ザリザリザリザリ! というアスファルトが削れる音。シルエットは得物──半透明の刃を持つ鎌の先端を地面に突き立て、
「ふう、ホロウに入るこの瞬間が、一番気分が悪いですね……」
柄を回転させるようにして鎌を収納すると、周囲を見渡した。どうやら廃棄された列車の駅のようで、そこかしこに貨物が山積している。放置された車両の窓は割れ、ひどいものでは横転しているものさえあった。
「クリティホロウ内部……廃棄された地下鉄分岐駅ですか。さて、で、目標までの道のりは?」
右目のデバイスを通じて、レトとの通信を試みる。いくばくかのノイズのあと、いつも通りのおどおどした少年の声が聞こえてきた。
『数分前……赤牙組の拠点ビルで、大規模な爆発があったみたい。中継の、映像とか、動向を見てみると……多分、治安局の攻撃、なんじゃないかな。そこから、治安局のヘリの映像を見てみたんだけど……金庫も一緒に吹き飛ばされて、やっぱりホロウの中だね。場所は現在探索中。S.S.Dの処理速度次第だけど、このままならあと5分で分かる、はず』
「そうですか。それまでワタシに暇していろと?」
『それから……先程の爆発で、何人か一緒にホロウに落ちたのを確認してる。民間人かもしれないから、できる限りで救助活動を行ってほしい。それじゃあ、また連絡する』
そこで、一旦通信は途切れた。
ギャオオオオオオ──!!!!!
レトとの通信が終わるのを見計らったかのように、鳥とも猛獣とも似つかない、けたたましい咆哮が響いた。直後、廃棄車両の扉や窓を蹴破るようにして、異形の怪物が数体、彼女の前に姿を見せる。
エーテリアス。ホロウによるエーテル侵蝕を受けた、哀れな生物の成れの果て。ホロウ表層と同様の色をしたコアを持ち、ホロウに立ち入るものたちに襲いかかる化け物だ。
エーテリアスとの遭遇は、ホロウ内部での死因の大半を占める非常事態である。
だが、彼女にとっては──あるいは、
「ふむ。この程度ですか」
ぽつり。誰に聞かせるでもない独り言。
瞬間、彼女の姿が
凍えるような、蒼が閃く。
目にも止まらぬ速さで、彼女はエーテリアスの群れを突き抜ける。
「8体」
ガラスが割れるような音が連続する。
エーテリアスの体表が、その鎌から発される冷気で凍りつき、ひび割れ、崩れた音だ。
刃についた汚れを振り払うように、シルエットは横薙ぎに鎌を振るった。
ふわり、と。空気が揺れ、蒼色の斬撃が半月状に飛ぶ。
「3体」
廃棄された車両ごと──その裏に隠れていたのだろう──エーテリアスが両断された。
彼女の猛攻は止まらない。
ダン!! と地面を割るほどの踏み込み。
陸橋の上で今にも彼女に飛びかかろうとしていた怪物たちは、青い閃光とともにそのコアを無惨に砕け散らせた。
「……0。この周囲はこれでひとまず安心ですね」
ピピ、とシルエットの右目のデバイスが音を立てた。
「さて、残っているのは……おや、生体反応?」
このデバイス──D-ReM "Remnant"は、ホロウ探索用のマルチサポートデバイスである。
ホロウ内のエーテル活性を観測するほか、周囲20m以内のエーテリアスや生体反応を捕捉することもできる。
その反応は、すぐ近くだった。この挙動は動物のそれではない。
慎重に、こちらの出方を伺っている──人間である。
「そこの列車の影にいますよね? 怖がらないで出てきてください。ワタシはHIAの調査員で──」
そこまで言いかけてから、やめた。
シルエットの声に呼応するように影から出てきたその人物は、彼女の思い描いていたものとかなり異なっていたから。
「……ホロウレイダー?」
「あなたは、誰?」
「……。いやですねぇ。そんなに警戒しないでくださいよ。まずは、その刀を降ろしてもらっても?」
「……気に入らないわ。あなたの方こそ、その鎌から手を離すべきよ」
黄緑のプロテクターが目に付く少女だった。
オフショルのパーカーに、短めのスカート。銀髪にオレンジ色の目。
つけっぱなしのヘッドフォンからは、どんな曲が流れているのだろう。
出会う場所がここでなければ、その少女は学生のようにも見えたはずだ。
「ふむ……まあ、一理ありますね」
そう言って、シルエットは鎌を背負うように収納する。少しすると、蒼色に輝いていた半透明の刃はフェードアウトして消えた。
「ワタシは、あなたとの戦いを望んでいるわけではありません。クリティホロウの災害警報を受け、ホロウに巻き込まれた民間人の救助活動を行っている者です」
「……あなた、HIAの人には見えないわ。制服も違う上に、ホロウ内での単独行動。調査協会は……いいえ、ホロウに入るなら、プロキシでも必ずボンプを携帯するはずよ」
「……」
面倒だな、とシルエットは呟く。明らかに、彼女は素人ではなかった。彼女は熟練のホロウレイダー……あるいはアウトロー。戦闘力もそれなりだろう。ここで騒ぎを起こしてしまうのは得策でない。金庫の回収にも支障をきたす可能性がある。
「参りました。降参です。……実は、ワタシもホロウレイダーなんですよ」
「……私はわけあってホロウに迷い込んだだけ。ホロウで悪さをしようだなんて、思っていないわ」
「そうですか。では、ワタシだけがホロウレイダーということで。しかし、先ほどアナタがおっしゃった通り、ホロウ内ではぐれて一人になってしまったのです。いかがです? 少しの間、脱出のメドがつくまでで構いません。協力しませんか?」
シルエットの提案に、少女は少しの間逡巡し、それからこう言った。
「それは構わないわ。ただし、私と行動している間は私の言う事を聞いてほしい。そう約束して」
「分かりました。それでいいでしょう」
ようやく、少女は刀を降ろした。といっても、今踏み込めば即座に応戦されてしまう、そう分かる程度には、シルエットのことを警戒しているようだった。
「協力することになりましたし、自己紹介をしましょう。ワタシはスキアー。アナタは?」
「……アンビーよ」
「では、しばらくの間よろしくお願いします、アンビー」