比企谷八幡
連邦生徒会長が設立した連邦捜査部「シャーレ」の先生。
就職活動に苦戦していた時1通の手紙が届いた。連邦生徒会長とやらから送られてきたその手紙にはキヴォトスという地で『先生』をしてほしいという依頼が書かれていた。
知らない人からの手紙にビビり両親と小町に相談した所、どうせ内定貰っていないんだからやればいいでしょ、卒業したら就職出来ても出来なくても家から出てってもらうからね、という言葉のナイフを受けキヴォトスで『先生』をやることに。
先生を始めて1週間、想像していた5倍の業務量と女生徒しかいない環境に涙目になりながら過ごしていたが元来のお人好しと適応能力がキヴォトスを去るという選択肢を遠ざけた。他にも高校の時の恩師が頭にチラつき深夜に勢いで書いた辞表を出すことが出来なかった。
アビドス、ゲーム開発部の問題やエデン条約やプレナパテスの件を生徒と乗り越えた事により一部の生徒から危ない眼差しを向けられているが本人は特に気づいていない。
最近は無意識で生徒の前で他の生徒の話をして生徒を不機嫌にすることが多いが、一部の生徒曰く「他の女の影がチラつくのはマジで腹立つけど、裏でこそこそやられるよりはマシ…マジで腹立つけど」との事。お疲れ様です。
ちなみに雨の日は嫌いじゃないらしい。
空崎ヒナ
ゲヘナ学園、風紀委員会所属の3年生。
ゲヘナ最強――どころかキヴォトス最強の一角に数えられる事もある。多忙な毎日の影響か趣味は睡眠や休憩という高校生らしくない彼女だが、年相応に輝く感情――らしきものを八幡に抱いている。
風紀委員会の仕事を先生に手伝ってもらい、疲れた時は甘やかしてもらい、果てには命を救ってもらった事もあり彼女の感情はおかしくなってしまった。
以下は行政官からの報告。
「エデン条約編の時に先生が命を落としかけた時から先生を気に掛ける事が多くなったような気がします…少し怖いくらいに」
当の本人は自分の変化に気づいておらず、気づいていない故ブレーキが動作しないという可愛くてやべーやつ。
ちなみに雨の日は髪の毛がぼさぼさになりやすい事から苦手らしい。
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時刻は朝の9時半。窓の外を見れば今日の朝リポーターが話していた通り分厚い雲が空を覆いぱらぱらと雨が降り出していた。
このままだと雷まで落ちそうだなぁ、なんてぼんやりと空を見ながらコーヒーを飲む。
これから後ろのデスクに聳え立つ書類の山へ登らなきゃいけない事への現実逃避…ではなく本日の当番の生徒を待っている所である。
毎朝生徒がやってくる10時までにしなくてはならない業務の確認と大事なメールの返信を行い、その後は当番の生徒が出来る仕事と見られてはいけない書類の仕分けを終わらせる。
そちらの作業は終わり、コーヒーを入れた所で雨が降っている事に気づいた所だった。
「こりゃもっと降りそうだな…そういえば今日の当番は…」
俺の希望で基本シャーレの当番には面識のある人物しか来ない。まぁたまに会ったことがないにも関わらず熱烈な希望者がいるがなんか怖くて拒否している。
“先生”としてある程度生徒とコミュニケーションは取っているが、仕事をしながら関わりのない生徒と話すのは難しすぎる。いやほんと気まずかった。マジ勘弁。
「――空崎か。だったら仕事の量減らすか…委員会もやばいらしいし」
ゲヘナ学園の風紀委員会でシャーレに勝るとも劣らない書類の山を捌く彼女だが、疲れない訳ではなく初対面の時は割と目死んでるなと思ったくらいだ。あっちも思っただろうけど。
空崎のため仕事量の見直し始めた時、携帯が小さく震えた。
差出人は当の本人空崎で、傘を忘れたため少し遅れるとの事。彼女らしい簡素な文面に少し笑ってしまったが、急がなくて良い、現在位置を送れと返信し、上着と傘を1本手にシャーレの扉から外に出た。
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「――ごめんなさい、先生」
「いや俺も買い忘れたものあったしな…気にするな」
シャーレの最寄り駅にたどり着けば、携帯を片手に不安そうに周りを見渡す空崎の姿があった。
いつも通りの長い白髪は雨の中でも綺麗に輝き、それに対して身の丈程の銃を携える姿は見る人が見れば畏怖の感情を抱かせるだろう。外套に付けられている風紀委員会の腕章はなく、本人に聞いた所当番の時は忘れたいから外しているとの事。忘れたいとかどんだけゲヘナブラックなんだよ…シャーレに引き抜いてあげたくなるレベル。
「ありがとう…ところで先生、傘が1つしかないようだけれど…」
「あ」
「ふふっ…それじゃあお邪魔するわね」
そういえば迎えに行く事だけを考えていて帰る時の事あまり考えていなかった。
どうしたもんかと考えれば、何を考える必要があるのかと言わんばかりにするりと左腕が絡めとられた。
…空崎さん、あなた前に俺が間違えて癖で頭を撫でた時周りに見られたらどうするのって怒ってませんでしたかね…これはセーフなんでしょうか…?
「別に一緒に入らなくてもそこのコンビニで傘の1本くら――あだだだ、やめて腕もげるから!」
「流石の先生でも腕を人質に取られればどうしようないようね」
「その腕がたった今失われるかと思ったんですが」
「その時は私が先生の腕になってあげる」
「腕取ろうとした本人が言う事じゃないんだよなぁ」
腕に込められた力が弱まり、されど解放されない腕を諦めおとなしくシャーレへと足を向けた。
何が可笑しいのかくすくすと笑う彼女に以前のような暗い影は見えない。繊細な彼女は時々落ち込み自分の殻に閉じこもってしまう事があるが最近はそういった話を聞かないし、会えば明るい表情を向けてくれる。
「今日の業務はいつも通り?」
「あぁ、前回と作業量は変わらん。事後処理とか報告書の訂正とか…」
「そう」
「今日全部終わらせる必要もないから、あんまり無理するなよ」
「大丈夫、最近アコ達が休憩を取らせてくれているから」
「それでも疲れは溜まってるだろ」
「そうね…最近悩んでいる事もあるし…」
「悩んでいること?」
「これの心当たりはある?」
ゲヘナの風紀委員長の悩み事とあれば学園規模――どころかキヴォトス全体に関わってきてもおかしくない。エデン条約のような大規模な悩みでないことを心の隅で祈りつつ空崎の方を見れば携帯の画面をこちらに向けている。
恐る恐る画面を除けば――そこには一人の男の寝顔が写っていた。
さらに周りを見ればその男はどうやら膝枕をされながら寝ているようで、写真の隅に写る赤みがかった髪と楽し気に笑う口元からからするとこれは――はい、どう見ても俺と棗ですね、ありがとうございました。
「――これは違う」
「一言目がそれだと、この後の弁明に説得力はなさそうね」
「待て、まずそれは誰から送られてきた?」
「イロハ本人から」
「あいつまじで…サボってた事イブキに言ってやるからな…」
「シャーレに着くまでに言い訳考えておいて」
「…」
携帯をしまい歩き出した空崎に慌てて傘をさしつつ、隣を歩く。
ちらりと表情を見ればあまり不機嫌そうには見えないため少しだけ安堵しつつ、空崎の言う言い訳とやらを考える。
いや万魔殿に肩入れしているとかそういう事ではなくてですね…たまたま疲れが溜まってた時に棗から休憩の提案をされて、ふらりとサボり部屋に行っていつの間にか寝てしまっただけというか…だから空崎が怒るような関係はシャーレと万魔殿にはないんですよ。
というか最近俺の写真が出回りすぎじゃない…?才羽妹といいどうして俺の写真を盗撮するのか…そしてどうして他のやつに見せるのか…どう考えても俺の立場を危うくするイタズラでしょこれ、というかもはやシャーレに対する謀反だろ。
「――ふふっ」
「…」
頭をぐるぐると回す俺は空崎の笑顔に気づかず、傘の中にいるのに肌に雫のようなものが垂れていた。
□■■□
大した言い訳は思いつかずにシャーレに到着。
しかし幸か不幸かシャーレ到着直前に起きた小さな事件によって、空崎に言い訳する時間は稼げたようだった。
「…見事にかけられたな」
「その…先生を守れずごめんなさい…」
「いや俺の方こそすまん、全然気づかなかった」
シャーレの玄関先にびしょ濡れになった男女が一組。
考え事していたからか正面から来るトラックに気付かず、無事に水たまりの水をかけられた。これ下着まで濡れてるな…。
俺としてはシャーレの目の前だったという事もあり笑い話の1つとしたいものだが、空崎はどうやらトラックに気付かなかった事を悔やんでいるらしい。
意識的か無意識か守れなかったという言葉から以前の事件がチラついているようだ。
「別にこれくらい日常茶飯事…ではないがたまにある面白い出来事の1つだろ。それより早くシャワー入るぞ。空崎はいつものシャワー室使ってくれ、俺は違うとこ使うから」
「分かった、それじゃあ先生の服借りるわね」
「いや別に俺のじゃなくてもシャーレに備え付けのやつが…」
「借りるわね」
「…どうぞお好きに」
有無を言わさずシャーレにある俺の休憩室へと向かう空崎。
おそらく休憩室にある俺のスウェットか何かを取りに行ったのだろう。以前も着ていたため服のある場所や触れてほしくない場所は把握しているはず。
シャーレに複数あるシャワー室にはいずれもバスタオルや着替えの服が置かれている。主に使うのはSRTのRABBIT小隊かFOX小隊、アリウスのやつらだが使用頻度が多くなってきたため連邦生徒会にタオルや衣類の発注をお願いしたのだ。
七神やどこで聞いていたのか扇喜にも白い目で見られたが、なんとか納得してもらい設備を整えてもらった。
というか着替えを用意しないと何故か俺の服が無くなるんだよなぁ…主犯と思われる月雪容疑者と秤容疑者は今も容疑を否認しており…。
「…まぁいいか」
色々と諦めシャワー室へ歩き出す。
□■■□
「ふぁ…」
時刻は10時過ぎ。空崎を迎えに行きシャーレに到着、その後シャワーに入り今に至る。
案の定空崎よりも早くシャワーを浴びた俺は髪の毛をタオルで拭きながら、自分用と空崎用のコーヒーを入れていた。
どうにも仕事のスイッチが切れ、朝と同じく空を見ながらチビチビと熱いコーヒーを飲んでいるとシャワーから帰ってきた空崎が部屋の扉を開けた。
「髪を乾かすのに時間がかかってしまって…業務は大丈夫?」
「そこのコーヒー飲んでいいぞ。なんか仕事のやる気スイッチがオフになってな…」
俺のスウェットに身を包んだ空崎だが、やはり服のサイズが合っていないようで全体的にだぼっとしている。
オーバーサイズの服…と言い切れるかは微妙な所でオーバーオーバーサイズぐらいの印象だがどうやら本人はそれでいいらしい。
足や腕の余った所は器用に折る事でなんとかしているらしいが、胸元はどうにも心許ない。
サイズが違うから他の服を着ろと以前にも言った事があるが、何かと言い訳をされていう事を聞いてくれないんだよなぁ。先生としての威厳は相変わらずない。
「ありがとう…でも先生のスイッチはいつもオフでしょう?」
「それはそうだが、やらなきゃいけない時は一瞬オンになるんだよ」
「業務としてはそこまで多くないようね…私もシャワーを浴びてなんだか気が緩んでしまったし…」
「そりゃ良かった。コーヒー飲んだらもっと緩むぞ」
「そうね…じゃあさっきの写真の言い訳を聞きながらコーヒーを貰うわ」
「…」
「…」
「…ただ棗と休憩した時にうっかり寝ちまっただけだよ。別に風紀委員会に迷惑をかける事じゃない」
「そういう問題じゃないけど…その、膝枕は先生が…?」
「俺から頼んだ訳じゃないからな…いや本当に。マジで。絶対」
「まぁイロハならこういった事は上手くやるでしょうし…きっと煽られているだけね」
どうやら開き直り戦法はある程度うまくいったようで、空崎は何か納得したように頷いている。
ふと話の流れで気になったことを聞く。
「最近生徒たちの間で俺の写真が撮られているんだが…何か知らないか」
「先生の写真が?」
「あぁ棗みたいな写真はまだないが…最近勝手に撮られている事が度々あってな」
「…ただ単純に先生の写真が――いえ、なんでもないわ」
「気になる言い方だな」
「大丈夫、先生に悪いことは起きない…と思う」
「もう悪いことは起きてるんだよなぁ」
早瀬や空崎に問い詰められるだけでもう既に俺にとっては悪い事は起きている。
そういえば黒崎から助けてって連絡が来ていたような…まぁいいかいつもの事だし。
コーヒーに口をつけ、椅子を揺らす空崎の様子は上機嫌のようで、その様子を見ていれば悪いことでもないかと認識を改めているとふと何かを思いついたようにこちらに向き直る。
「せ、先生…その…私も先生の写真が欲しいのだけれど…」
「写真?」
「思えばイオリやチナツも先生と遊びに行ったとき、一緒に写真を撮っていたと言っていたし…」
「無理やり撮らされただけだ」
「そ、それでも一緒に写真は撮っていたし…私はダメ…?」
「うぐ…写真はあんまり好きじゃないだが…まぁ1枚なら」
「あ、ありがとう…じゃあ2枚撮るわね」
「なんでだよ」
この子耳聞こえてないのかしら…1枚って言ったら2枚撮るって言われてもう八幡分からない…。
1枚でも2枚でも変わらないと思っていたが、どうやら空崎には撮りたい写真の構図があったらしい。
1枚目はインカメで撮った普通のツーショット写真。もう一枚はモデルになったように指示を出され、角度を調整し、空崎が納得のいくまで写真を撮りなおした。
撮った回数だけなら15回ぐらいなんですが約束はどこに…。
「ありがとう先生。途中で撮っていた写真は消したから」
「あぁそう…まぁ2枚と言えば2枚か」
最初のツーショット写真と取り直しした写真は残し、その過程のものは削除してくれたらしい。
2枚の写真という認識の違いに齟齬はあったらしいが、最終的には2枚だしらまぁいいか…。
それに女子は写真を撮りたがるもの(由比ヶ浜を見ていての考察)なのは知っていたし、空崎にもそういった一般的な女子高生らしき感性がある事はいい事のような気がする。
「見飽きたらその2枚も消していいぞ」
「多分見飽きる事はないと思うけれど…よし」
「さいですか…って今なにした?」
「…何も?」
「おいこら、こっちを警戒しながらなんかしただろ。まさか…」
「――」
不自然に視線を外した空崎を問い詰めようと席を立ちあがると、着信音が1つ。
嫌な予感が当たっているのであればきっと見ないほうがいい着信の内容に恐る恐る目を通せば――、
『次の当番が楽しみですね、先生』
たった一言、絵文字もないいつも以上に簡素な文面から棗の不機嫌な様子が簡単に想像出来て、
「…最悪だ」
「面倒くさい事は嫌だけど…これはやらなきゃいけない事だから」
「どう考えてもやらなきゃいけない事じゃないんだよなぁ」
「宣戦布告――ゲヘナらしいでしょ?」
高校生らしく、そしてゲヘナの生徒らしく笑う彼女を見て問い詰める事はあきらめた。
昔の印象とは違う振舞いを見て、どこの誰が彼女をこんな風に変えたのか恨めしく思いつつ空を見ると――こちら指差すように太陽の光が差し込んでいた。
おまけ
「委員長、携帯鳴っていましたよ」
「ありがとうアコ…携帯取って貰える?」
「はいどうぞ…って、あれ?」
「あ」
「委員長、ちょっと待ってください。そのロック画面…」
「…」
「せ、先生とのツーショット!?い、いつの間に撮ったんですか!?」
「…」
「ってそのホーム画面!ホーム画面も見せてください!…な、なんですかこれ…濡れた髪と首元のタオル、こちらに気づいていない”風”で撮られた横顔…」
「…」
「事、事後じゃないですかこんなの!休日に彼氏の家に泊まり、一緒にシャワーを浴びた後になんだか恥ずかしいけど嬉しい気持ちになって横顔を撮ろうとしたけどバレちゃって、正面からの写真が欲しい訳じゃないから気づいていない感じで居てってお願いした写真でしょこれ!」
「…」
「ヒ、ヒナ委員長!?これは一体…って満更でもない顔してる!見られたことに後悔してない顔だ!自慢するために私に携帯取らせたんですか!?あの男絶対許さん!!!」