比企谷先生のキヴォトス日常集   作:Qualidia

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お願いします。


綺麗な夜と悪い大人

 

 

比企谷八幡

 連邦生徒会長が設立した連邦捜査部「シャーレ」の先生。

 就職活動に苦戦していた時1通の手紙が届いた。連邦生徒会長とやらから送られてきたその手紙にはキヴォトスという地で『先生』をしてほしいという依頼が書かれていた。

 知らない人からの手紙にビビり両親と小町に相談した所、どうせ内定貰っていないんだからやればいいでしょ、卒業したら就職出来ても出来なくても家から出てってもらうからね、という言葉のナイフを受けキヴォトスで『先生』をやることに。

 先生を始めて1週間、想像していた5倍の業務量と女生徒しかいない環境に涙目になりながら過ごしていたが元来のお人好しと適応能力がキヴォトスを去るという選択肢を遠ざけた。他にも高校の時の恩師が頭にチラつき深夜に勢いで書いた辞表を出すことが出来なかった。

 アビドス、ゲーム開発部の問題やエデン条約やプレナパテスの件を生徒と乗り越えた事により一部の生徒から危ない眼差しを向けられているが本人は特に気づいていない。

 体調を気遣ってくれる鷲見には感謝しているが、怪我をすると音もなく現れるのは心臓に悪いから辞めてほしいらしく、瞬間移動についてもキヴォトス人ってすげぇぐらいしか思ってないらしい。

 

 

鷲見セリナ

 トリニティ総合学園、救護騎士団所属の2年生。

 最近救護騎士団の業務や病院のボランティア活動が忙しく、あまり先生と会えていない様子。

 そんな時ミネ団長が先生に書類を渡しに行くことを知り、私が届けに行くと言い半ば無理やりシャーレへと向かった。その時の表情はミネ団長を1歩下がらせる程だったとか。

 主に先生の体調を管理しているが、何度注意しても八幡は自分の身体に気を遣わないため、そろそろ自分が四六時中管理できる状態にした方が良いのではないかと考えているそう。本気で。

 また先生に無理をさせる生徒には良い感情を持っておらず、近頃はそちらを対処した方が良いのではないかとも考えているそう。割と本気で。

 そんな八幡への怪しげな感情は恋している人なら誰でも持つものだと思っている可愛くて本当にやべーやつ。

 

 

 

 

 

 

□■■□

 

 

 

 

 

 

 日はとうに沈み、良い子は寝る時間だと言われ始める午後10時過ぎ。

 空を見上げればいつもより輝いているように見える月が笑い、幾つかの星もこちらを覗いていた。

 

 いつもより綺麗に見えるのは科学的な要因かそれとも――想いを寄せる人に会いに行く道中だからか。

 そんな事を考えている自分が少し恥ずかしくなり、目的地であるシャーレに向け歩き出した。

 

 当番の時に使うこの道を歩くのは久々で、最近自分が忙しかったことを思い出す。

 トリニティで起こる様々な事件に負傷者は付き物で、最近幾つかの偶然が重なり当番も1度断ってしまったため先生と会えていなかった。

 

 

「…また無理してないといいな」

 

 

 いつでもどこでも先生の事は心配している。以前業務の改善をされてから少しは休憩する時間が増えたと聞いているが私から見ればまだまだ足りない。

 

 化粧で隠している隈と暗い目―-は、生まれつきらしいので問題ないと思うけど意外と表情に出やすいあの人が疲れているのかは一目見ればわかる事だった。

 

 少し目を離しただけですぐ無理をする先生の傍にずっといたいけれど…今はまだ難しい。でもこれ以上無茶をするようだったら私がずっとお世話できるようにしなくちゃダメかなぁ…。

 

 

「髪の毛よし、服も大丈夫…」

 

 

 シャーレのガラスの扉を鏡代わりにして自分の容姿をチェック。

 こんな時間だし少し前まで救護騎士団として走り回っていたので本当はお風呂かシャワーを浴びてから来たかったけど…まぁギリギリよしとする。

 

 

「あれ?」

 

 

 オフィスへ向かっていると、階段を使い上に登っていく先生の姿が。

 オフィスの電気が消えている事を考えると今日の業務は終わって帰るところ?でも上に行ったし――屋上かな。

 

 帰る前の一休憩かと結論付け後を追った。

 

 

□■■□

 

 

 

「…」

 

「――先生?」

 

「あ」

 

 

 先生の後を追い、屋上の扉を開ける。

 シャーレの屋上に来るのは初めてだなと思っていると――柵に肘を置く先生の姿と、片手で持たれた煙草が目に入った。

 

 大人になれば吸えるようになるあまり見慣れないソレは、私の知識だとあまり身体には良いとは言えない代物で、思わず呼びかけてしまった。

 

 

「――こんな時間にどうした?」

 

「ミネ団長から先生宛の書類を預かっていまして」

 

「あぁ、そういう事…わざわざすまん」

 

「いえ、私からお願いした事ですから」

 

「じゃ、受け取って駅まで送る」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「いやこれぐらい――」

 

「――とはいきませんよ、先生?」

 

「ですよねー…」

 

 

 煙草を灰皿に置き、らしくない言動で私の元まで歩いてくる先生の目を正面から見つめてそう言うと先生は気まずそうに上を向いた。

 

 悪いことをしたのがバレて怒られる子どものように小さくなる先生だったが、私はそこまで怒っている訳ではない。

 いや何度言っても自分の身体に気を遣ってくれない上に煙草まで吸っていた事に少し怒ってはいたけれど――、

 

 

「驚きました、先生がその…煙草を吸っていたのを知らなかったので」

 

「別に毎日吸ってる訳じゃないからな?忙しかった時とかだけで…月に1回吸うか吸わないかぐらいだ」

 

「…先生?何度も言ってますけど少しは自分の身体に気を遣ってください」

 

「へいへい…主治医の言葉は厳しいな」

 

「もう…」

 

 

 そういう言葉も私に見つかって開き直ったのか煙草を吸いながら言うのだからこの人は悪い大人だ。

 

 そんな先生の態度に色々と諦め先生の横に並び、一緒にキヴォトスの街並みを見つめる。

 ふと先生の横顔を見て、少し鼓動が早くなった。

 暗い夜空と時たま赤く光る煙草の先端――そしてどこか寂しそうにも見える先生の表情にどきりしたけど…なんとなくどこか遠くに行ってしまいそうな気がして先生の服を掴んだ。

 

 

「…どうした?」

 

「あ、いえ…」

 

 

 先生に問いかけられ、無意識で掴んだ服を手放す。

 

 

「――煙草の事もっと怒られると思ったんだが…鷲見が許可したならもっと吸うか」

 

「む…認めたわけじゃありません。どう先生を怒ろうかと考えている所です」

 

「そうかい、でも煙草は百薬の長って言うし」

 

「それはお酒ですよね?」

 

「流石に知ってたか」

 

 

 私の態度について深く聞かずに軽口を叩く先生に先程までの雰囲気はなく、柔らかく笑うその目元はいつもの愛しい先生のものだ。

 

 

「煙草、いつから吸ってるんですか?」

 

「問診始まった?」

 

「ふふっ…単なる興味です。先生がキヴォトスに来てからそれなりに経ちますけど煙草を吸っている噂も聞いたことがなかったので」

 

「俺の知ってる中じゃ鷲見だけだな」

 

「…なるほど」

 

「…なんでニヤニヤしてるんだよ」

 

 

 いけないいけない。多くの生徒を誑か…いや多くの生徒に好かれる先生の秘密を知っているのが私だけというのは――あまりにも私の心の中で膨れ続ける感情を揺らした。

 

 最近心の中を大きく占めつつあるその感情は本の中で描かれているキラキラと輝くもの、などではなく先生を独り占めしたいというどろどろとした黒いものだった。

 

 いつから産まれ出てきたのかは分からないけど、これがどうにも厄介で――先生が他の生徒と楽しくお話している所を見ると思わず銃に手がかかってしまう事もあった。

 

 その時は思わず顔が赤くなって、誰かの事を好きになるってこういう事なのかなぁ、なんて思ったけど。

 

 

「…それで、いつから煙草を?」

 

「成人してすぐだな」

 

「きっかけは?」

 

「煙草を吸い始めるきっかけなんてのは1つ――憧れの人が吸ってたからだ」

 

「憧れの…人…」

 

「高校の時の恩師でな…妹には煙草なんてやめろと口酸っぱく言われてたんだがどうしても忘れられずに時々吸ってる」

 

「…」

 

 

 街並みを眺めながらそう話す先生の表情は楽しげで、誇らしげで…少し寂しそうだった。

 先生は時々寂しそうな顔をする。あまり過去の話――キヴォトスに来る前の話をしない先生に対して、みんな深く聞く事をしない。

 だから生徒はキヴォトスが、自分の隣が寂しくない場所だと主張するように色々と先生にアピールしている。

 

 そして先生が言う恩師とは、ただの勘だけど…女性なんだろうと思った。

 

 

「――」

 

「悪い、俺の昔話なんて聞いても退屈だよな」

 

「い、いえ…そんなことは。その…先生の個人的なお話はあまり聞いたことがないので…たくさん聞きたいです」

 

「ぼっちの悲しいエピソードしかないんだよなぁ」

 

 

 きっと違う。

 悲しいお話しか持っていない人はそんなに楽しそうには話さないはずだ。もし悲しいお話があったとしても、もう乗り越えていて…その乗り越えた時に先生の言う恩師が一緒にいたのではないかとも思う。

 魅力的な先生の事だ、恩師以外にも女性が身近にいたはず。

 

 

「先生は…好きな方とかいるのでしょうか?」

 

 

 無意識で聞いてしまった私の唐突な質問に先生が少し目を見開いた。

 先生はその、とか、あの、とか言葉にならない声を挙げてなんとか誤魔化そうとする私が面白かったのか少し笑ってから答えた。

 

 

「ほんと女子って恋バナ好きだよな…」

 

「ま、まぁ…そうですね…」

 

「けど今はシャーレの仕事で忙しすぎてそんな事考えたこともないな」

 

「そ、そうですか…ごめんなさい、変な事聞いてしまって…」

 

「こっちこそ楽しませられる話持っていなくて悪いな」

 

 

 シャーレの仕事が忙しすぎて、と先生は言ったけど、だったらもし先生がキヴォトスからいなくなったら私の知らないところで綺麗な女性とお付き合いをするのだろうか。

 そうじゃなくてもこれからシャーレのお仕事が落ち着いて、余裕が出てきてしまったら――先生に想いを寄せる生徒の誰かと一緒に生きていく事があるのだろうか。

 

 そんな事を考えて、怖くて、耐えられない気持ちが溢れて思わず手に力が入った。

 

 

「鷲見?」

 

「――」

 

「大丈夫か?」

 

「あ…ごめんなさい…」

 

「いやなんか思いつめた顔してたから…もしかして寒かったか?」

 

「…」

 

 

 確かに私がシャーレに着いた時から少し夜風が冷たくなってきたけれど、体が冷え込む程ではなかった。

 その事をしらない先生は私にそっとシャーレのマークが入った白い外套を肩にかけてくれる。

 

 

「それ逆に目立つかも知れんが…寒いよりはマシだろ」

 

「…ありがとうございます」

 

 

 先生のぬくもりが残った上着を断るなんて選択肢はなく、お礼を言って受け取る。

 いつもの先生の香りと…煙草の匂い。

 煙草の匂いはあまり好きな匂いではなかったけど――この匂いを知っているのも私だけ。

 

 

「あんま遅くなってもあれだし…そろそろ帰るか」

 

「先生、今日のお仕事は終わったんですか?」

 

「終わったというか逃げてきたというか…まぁ明日の俺が頑張る」

 

「もう…もし本当に大変だったら呼んでくださいね?すぐに行きますから」

 

「そっちも最近忙しいんだろ?救護騎士団の方優先していいぞ」

 

「い、いえ!私が先生を優先したいので…どうかお願いします」

 

「そ、そうか…なら頼む」

 

「はい!」

 

 

 私の返事を聞いた先生は煙草を灰皿に押し付け火を消し、私の頭を撫でてから屋上の扉に向かって歩き出した。

 離れていく先生の後ろ姿を見て、また心配になる。

 

 

「先生」

 

「ん?」

 

「先生はキヴォトスからいなくなったりしないですよね?」

 

「…今のところ離れる予定はねぇな」

 

「…」

 

「今いる問題児たちが大人になるまでは忙しいだろうしな」

 

 

 私が大人になったとき、この人はまだ私の傍に居てくれるだろうか。

 多くいる生徒たちの中から私だけを想って、考えて、信じて、選んで、求めて、欲しがって、必要として、感じて、見つめて、呼んで、怖がらないで、愛してくれたり…するのかな。

 

 もし、そんな未来が選ばれなかった時、私はきっと”悪い”大人になってしまう。

 それこそキヴォトスの外から来た人が敵わない力を使ってしまうような。

 

 

「ふふっ…それじゃあ私が”悪い”大人にならないように見ていてくださいね?」

 

「鷲見は大丈夫だろ」

 

「どうでしょうか――意外と悪い子かもしれません」

 

「そういう生徒はもう十分だ」

 

 

 先生の言葉に安心しながら屋上の扉を閉める。

 

 

 先生が私を良い子だと思ってくれているのならそれでいいです。

 ――その方が、きっと油断してくれますよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「…もう、何度言っても先生は無理するんですから…しょうがないですね」

 

 

 

 

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