比企谷八幡
連邦生徒会長が設立した連邦捜査部「シャーレ」の先生。
就職活動に苦戦していた時1通の手紙が届いた。連邦生徒会長とやらから送られてきたその手紙にはキヴォトスという地で『先生』をしてほしいという依頼が書かれていた。
知らない人からの手紙にビビり両親と小町に相談した所、どうせ内定貰っていないんだからやればいいでしょ、卒業したら就職出来ても出来なくても家から出てってもらうからね、という言葉のナイフを受けキヴォトスで『先生』をやることに。
先生を始めて1週間、想像していた5倍の業務量と女生徒しかいない環境に涙目になりながら過ごしていたが元来のお人好しと適応能力がキヴォトスを去るという選択肢を遠ざけた。他にも高校の時の恩師が頭にチラつき深夜に勢いで書いた辞表を出すことが出来なかった。
アビドス、ゲーム開発部の問題やエデン条約やプレナパテスの件を生徒と乗り越えた事により一部の生徒から危ない眼差しを向けられているが本人は特に気づいていない。
イチカに対しては、サバサバとした態度とこちらのペースを尊重してくれる気遣いの良さの影響で一緒に居て楽という印象を持っている。以前に夢中になれるものがないか、という相談を受け仕事の合間を見て色々と調べている様子。
仲正イチカ
トリニティ総合学園、正義実現委員会所属の2年生。
八幡に対しては最初あまり興味を示さなかったが、文句を言いつつも生徒を助ける姿にどこか親近感を覚えそれ以来何かと理由をつけて会おうとしている。
八幡からいい印象を持たれている事も自覚しているし、その理由が自分のサバサバとして態度からきているものとも自己分析出来ているため、八幡の前ではなるべく面倒くさい自分を出さないようにしている。
しかし最近自分の中の面倒くさい部分が大きくなり、その事で悩んでいる様子。八幡に嫌われてしまうかもという考えからまだ我慢できているが、もしきっかけがあれば八幡に対して何するか分からないほど気持ちは大きくっている。
八幡に何かしてしまう事が自分で分かっていながらも、それならそれで八幡が手に入るし良いかぐらいにしか考えていない可愛くてやべーやつ。
□■■□
携帯が鳴り布団の中から手だけを伸ばして掴む。
体感では寝たのは2秒前のはずだったがどうやらもう起きる時間になったらしい。
今日も今日とてシャーレでの激務が始まるのかと憂鬱になりながらも携帯の画面でアラームを止めようとしたが、携帯の画面に停止の表示はなく、赤と緑、拒否と応答の2種類の表示だった。
「…電話か」
少しだけ覚醒した頭で考えれば今日は休み。シャーレに行く必要もなければ書類も昨日のうちに片づけたため作業の残りもなかったはずだ。
「…比企谷です」
「あ、先生っすか?もし今日暇なら――」
「無理、寝る」
電話なんてどうせ七神あたりから追加の仕事が頼まれるか、どうでもいい理由で外出に誘ってくる生徒の2択で、前者であれば電話に出なかったら後で小言を言われるため電話には出るしかない。
目を半分閉じたまま時間も電話の相手も確認せず応答してみれば、どう考えても七神ではない声ではなかったため即閉店。
携帯を枕の横に投げ再度夢の中へ旅立とうとすれば、行く手を阻む2度目の着信音。
「んだよ…まだ10時半じゃねぇか」
眠い目で時刻を確認すれば10時27分。
朝よりも昼に近づいたと言えるその時刻は休みの俺にとってみれば早朝でしかなく、せめて12時頃までは寝かして欲しい…。いやほんとに。
「…もしもし」
「あ、なんで切るんすか…ってその声、もしてかして寝起きっすか?」
「いや、まだ寝てる最中だから。おやすみ」
「え、ちょっ――」
再度電話を切って今度は携帯を置かずにベッドから出て立ち上がる。
寝てる最中と言いつつ目は醒めてしまったし、経験上大体の生徒はこれぐらいで諦めてくれないのでこちらが諦めて起きるしかない。
洗面台に向かいつつどうせすぐに3度目の電話が鳴るだろうと携帯の画面を見ていると――ピンポーンと家のインターホンが鳴った。
「おい、嘘だろ…」
アポなし訪問は嫌だ、アポなし訪問は嫌だ、ととんがり帽子に願い事をしつつ応答する。
「…はい」
「ここで大声を出されるか、一旦玄関を開けて話し合うか、どっちがいいっすか?」
「今すぐ開けるから黙って待ってろ」
実質選択肢がない提案を受け大急ぎで玄関に向かう。
なんで先生である俺が脅されているんだ?キヴォトスの治安悪すぎない?警察呼ばないと…いや脅してきたやつ張本人が警察みたいなもんだわ…。
「おはようございます、先生。先生のイチカっすよ~」
「…」
「大声出しますか?」
「その脅しまじでやめて…」
にこにこと笑う本日の犯人――仲正イチカ。
黒に赤いリボンが特徴的な制服に身を包み、綺麗な黒髪と羽を揺らしながら立っている。
「ほんとに寝起きだったんすねー、スウェットじゃないっすか」
「誰かのせいで着替える時間がなかったんでな」
「別に急かしてはいなかったと思うんすけど?」
「脅されてる側は焦るんだよ――というか仲正」
「はい?」
「まずどうして俺の家を知ってるんだ」
「あー…まぁそこは企業秘密ってことで」
「トリニティで俺の家を知っているのはティーパーティーか剣先、羽川あたりだが…」
「…」
「…まぁいい。で、用件は何だ」
俺の住所の出処は簡単には吐かないらしい。
目を逸らし下手くそな口笛を…いや上手い口笛。相変わらず器用な奴だ。
自宅に関しても基本的にシャーレで生活しているが、自宅はキヴォトスに来た時に連邦生徒会から支給されている。
もしもの時のため各学園のトップ層には自宅の住所と緊急連絡先などの情報を知らせているが、俺の記憶が正しければ仲正は知らないはずだ。どうせ何か条件を付けて教えてもらったか、たまたま知ったかだろう。前者でも後者でも個人情報の管理が適当すぎるんだよなぁ…まぁいいけど。
「用件っていう用件はないんすけどー…前に話してた夢中になれるものの話っすかね…」
「…ここで待ってろ、着替えてくる」
以前仲正と話していた夢中になれる何か、という話題。
大体の事は人並み以上に出来てしまうが故の悩みで、何かに熱中でしている人を羨ましく思い、しかし誰かに相談すれば嫌味と思われてしまう…そんな状況の事を相談されていた。
初めて相談された時は無理に探さなくてもいいだろ、と見方によっては冷たい返答をしたが…どうやら本日はその件で話したいことがあるらしい。
仮にも先生として、生徒が見つけた答えとやらを聞くのにスウェットではいかんと一度扉を占めようとすると仲正が扉を手で止めた。
「あー、実は先生、見てくださいこれ」
「?」
扉の死角で見えていなかったが何やら買い物袋があったらしい。
袋を持ち上げ俺の方に突き付けながら、
「押しかけたお詫びに、お昼ご飯作ってあげるっす」
「――結構です」
「あ、ちょっと閉めようとしないで欲しいっす!」
「くそ…力じゃ勝てねぇ…あのな、お前生徒、俺先生。分かる?」
「何の確認っすか?」
「…生徒を家に上げる先生がどこに居るんだってことだよ、金は払うから材料だけ置いていけ」
「む…何人もの生徒とあやしー噂がある先生が今更何を言ってるんすか」
「それとこれとは話が別…待て、怪しい噂ってなんだよ俺知らない――」
聞き捨てならない言葉に待ったをかけて、こちらから質問しようとしたがしびれを切らしたのかこちらに1歩近寄る。
「あぁもう、もし家にあげてくれないなら先生に襲われたって噂流すっすよ」
「残念だったな、基本的に生徒の方が力は強いんだからそういう脅しは効かないんだよ」
「――それもそうっすね、じゃあ普通に力ずくで家にあがるっす」
「え、ちょっ――待てばか!ぐぉぉぉ…やめろぉ…!」
手押し相撲のような押し合いも勝負になるはずがなく、どんどんと玄関からリビングへ押されていく。なんとも情けない光景だがキヴォトスでは悲しきかなこれが当たり前なのである。
というそっち片手じゃない?買い物袋持ちながらついでの片手でも勝負にならないの…?
リビングの扉の前まで押された所で諦め手を離すとにこっと笑い、俺の横をするり抜けてリビングへと入っていった。
「へー、やっぱ広いっすね。それに思ってたよりも綺麗…というよりは生活感が少ない?」
「シャーレで寝泊まりする事が多いからな、こっちは休みの時に寛ぐ場所みたいになってる」
「なるほど…」
「先に言っておくが、俺が自宅に上げたことは誰にも言うなよ。友達はもちろん剣先や羽川にも」
「了解っす。ちなみに今まで誰か家に呼んだことあるんすか?」
「非常識な問題児は今のとこお前だけだ」
「…それはツイてるっすね」
「何ニヤついてんだ、こっちは説教してんだぞ」
上機嫌に鼻歌を歌いながらキッチンへ向かう仲正。
買い物袋から食材を出しつつ、調理器具や食器などの場所を確認している。
なんだかその光景が恥ずかしくなり着替えに向かおうとすると、
「あ、別にシャーレの制服に着替えなくてもいいっすよ、今日はお休みなんすよね?」
「もう休みじゃなくなったけどな…それに流石に生徒の前でスウェットはないだろ」
「なんか新鮮で私的にはいいんすよねー、もう既にスウェット姿は見ちゃってる訳ですし」
「はぁ…まぁいいか。飯作るの手伝うか?」
「いや大丈夫っす、私が作らないとお詫びにならないっすから」
「美味しくなかったらお詫びとして受け取らないからな」
「うわひどいっすね、そこはイチカの作る料理ならなんでも美味しいよって耳元で囁くとこっすよ」
「そもそもお前の料理スキルを知らないんだよなぁ…まぁでもどうせ美味いだろうけど」
「っ」
「顔だけ洗ってくるわ」
一瞬動きが止まった仲正に疑問を持ちつつ洗面台へ向かう。
器用な仲正の事だからきっと料理も人並み以上のものが出てくるだろう。愛清などの料理を食ってからというもの料理のハードルが勝手にあがってしまったような気がするが…流石にこの事を言うつもりはない。
基本コンビニ飯が多いので誰かの手料理というだけで嬉しいもんだが…小町の飯が食いてぇな…
「ふぅ…料理どれくらいで出来る?」
「んー、ご飯今から炊くんで割とかかるっすね」
「了解…やっぱなんか手伝うわ。待ってる間何もすることないし」
「それじゃあ野菜洗ってもらってもいいっすか?簡単なサラダ作るつもりなんで、そっち手伝ってもらえたら嬉しいっす」
「はいよ…調理器具とか分かったか?」
「はい、一通り揃ってたんで安心したっす」
「連邦生徒会からの物で俺が買った訳じゃないんだけどな…それにほとんど使ってないから宝の持ち腐れだ」
「でもこれからはこの器具達も使ってもらえるようになるかもっすね?」
「料理にハマる予定はないぞ」
「まぁまぁ…じゃあこの野菜お願いっす」
この料理が終わればまた料理器具達はインテリアに戻るだろうが…。
もしかして仲正の言っていた夢中になれるものって料理のことか?なるほどな…料理とは少し安直な気がするがそう考えれば家に上がろうとしてきたことも一応納得は出来る。
自分の推理力に驚きつつ、レタスやトマトなどの野菜を袋から出しては洗っていく。…トマト?
「…先生?なんでトマト仕舞ったんすか?」
「あのな、仲正。人間誰しも欠陥があるだろ?お前にはお前の悩みがあるように…そして俺は先生として悩みがある事を否定しない。だから俺の欠陥だって否定されるべきじゃないんだ、いやそもそも食べられないものがあるというが欠陥なのかについて議論の余地が――」
「あぁ、トマト嫌いなんすね」
「…」
「別に無理に食べろとは言わないっすけど…生徒の前で好き嫌いする先生ってどうなんすかね?」
「…分かった、3割食べる」
「何が分かったんすか?」
トマトという食べ物がいかに食すのに向いていないかを力説するが、そうっすねーとしか返されない。大人になれば好き嫌いがなくなるなんて言葉は誰が言い出したんだ。
そうっすねbotになった仲正に対して諦めずトマトの悪口を言い続けながら料理は進み、隣で作っていたメインのおかずが段々と形を成してきた。
「生姜焼きか」
「はい、何作ろうか悩んで色々ネットで調べたら生姜焼きが上位だったんでこれにしたっす」
「まぁ、嫌いな奴のほうが少ないだろうな…トマトと違って」
「もうトマトの話はいいっすから。食べる準備するっすよ」
炊き立てのご飯をよそい、テーブルに料理を並べる。
皿に盛りつけられた生姜焼きの見た目と匂いにつられ、急激に腹が減ってきたような気がする。
昨日の夜は眠気に負けて飯食ってなかったなとどうでもいいことを思い出し、自分の分と仲正の分の料理を並べ終える。
二人分の料理がテーブルに並んでいる光景に小町との食事を思い出しつつ、一緒にいるのは血のつながった家族ではないため慣れないムズムズとした気持ちが湧いてくる。
「…」
「…なんか同棲してるみたいっすね、こう見ると」
「…押しかけてきたやつが言う事じゃないけどな」
自分の気持ちが言語化され、恥ずかしいため心の中でも言葉にしなかった同棲という単語に動揺するが、軽口を叩いて平然を保つ。
「いただきます」
話題を変えるように椅子に座り手を合わせて食べ始める。
自分の作った料理が不安なのか、分かりやすくこちらをちらちらと見てくる仲正。
俺が何か言わないと食べ始めないだろうなと思い、さっそくメインの生姜焼きを一口。どんな味だろうと安心させるため美味いと伝えようと咀嚼し飲み込むと、
「…美味いな、これ」
「ほ、ほんとっすか?」
「あ、あぁ、こう言っちゃなんだが想像よりも美味いわ」
「よ、よかった~…先生が素直に褒めてくれるなんて…嬉しいっす」
伝えた通り想像よりも美味しく、思わず素直に褒めてしまった。
俺の言葉に安心したのか仲正も食べ始めた。
笑顔で食べる理由は自分の料理が上手くいったからか、俺から美味しい言われたからか。
「来た時言ってた夢中になれるものって、やっぱ料理だったのか?」
「んー…そうとも言えるっすけどそうとも言えないっすね」
「…?」
「正確には夢中になれそうなものが見つかったというか…夢中になることを覚悟したというか…」
「なるほど分からん」
「ははっ、先生に相談したのにこう言うのもあれかもしれないっすけど…この件に関しては自分の中で解決したっす」
「別に自分で解決出来たならそれでいい…仲正なら上手くやるだろ」
「そうっすかね。夢中になれそうなものは見つけましたけどどうにも上手くやるには障壁が多いんすよねー」
「話ぐらいなら聞いてやるが」
「先生がその気になってくれれば万事解決なんすけど…それじゃつまらないんで自分でなんとかするっす」
俺が協力すれば解決する障壁であれば手を貸す事は出来るが、どうやらそれは望まれていない事らしい。
夢中になれそうなものが何か気になるが、1人で解決しようとしてる仲正に対して不必要に探ったり協力しようとしたりするのも良くないかと思い、2枚目の生姜焼きに手を伸ばした。
「あぁでも」
「?」
「――力でなんとか出来そうだったんで、きっと大丈夫っすね」
力が必要なものなのかとヒントを頼りに考えてみるが、簡単には思いつかず。
思えばキヴォトス特有の力が必要なスポーツがあってもおかしくはないなと考え、仲正に聞いてみようとすれば――こちら見ながらくすりと笑っている姿が。
「先生にはきっと分かんないっすよ」
笑いながらも瞳の中心だけはこちらに狙いを定めていて――無意識に一歩下がり椅子が鳴った。
□■■□
知らないリビング、知らないテレビに知らないソファ。
けれど自分の肩に頭を預け無防備な寝顔を晒す大人の事は良く知っている。
「…自分より力の強い生徒の前でこうも無防備に寝れるってどうなんすかね」
お腹がいっぱいになって眠たくなったのかそれとも日々の疲れが出たのか――おそらく両方だろうなと思いつつ携帯を手に取った。
「…いつもより子供っぽくて可愛いっすね」
いつもみんなに見せている制服ではなく部屋着、いつもは最低限整えている状態の髪ではなくボサボサの髪、自分の部屋だからいつもよりゆったりとした声に思考がくらくらとする。
きっとこうやって誰かに頭を預けて寝てしまう事だって普段の先生ならありえない事だ。自分含めて生徒の事を想い、生徒の事を信じている先生。
だけど先生との間には1本の線があり、そこから踏み込んでくるなと言われている気がする。
今の先生の姿はかなり踏み込めている証拠のように思えて――無意識に笑みがこぼれる。
いつかこの姿が”自宅だから”ではなく”私の前だから”に変わってしまえばいいのにと思うのは流石に先走りすぎか。
「…料理はどうやら先手を打たれてたらしいっすけど」
昔に挑戦した料理もすぐにある程度は出来るようになって辞めてしまったが、先生のために作る料理は飽きそうになかった。
まぁでも今の私より美味しい料理を作る人がどうやらいるらしいんで、あんまり効果はなさそうですけど。
先生の細かな反応からどんな事を考えているのかを考える。
それが想像よりも楽しくて――いつの間にか先生のためにする何かに”夢中”になっていた。
けれど、まだ、まだ先生に夢中になったりしない。
先生の為になることをするのに夢中になってるだけ。
そう、きっと先生自身に夢中になってしまったら、
「ほんとに何するか分からないっすからね」
おまけ
「先生?後ろに何かついてる」
「ん?」
「私が取ってあげる…ってこれ黒い羽根…?」
「羽根…?最近会ったトリニティの生徒は下江か………あ」
「せ、先生?」
「くそ…寝てる間に制服にイタズラしたな仲正のやつ…」
「イ、 イチカ先輩と何かしたの先生!?ま、まさかイチカ先輩とそ、そういう事したの!?」
「そういう事ってお前…違うこの前あいつが俺の家に来た時に……やっべ」
「い、いいい家!?せ、先生の家にイチカ先輩をよ、呼んだってこと!?そ、それで広いベッドの上とかお風呂場であんな事やそんな事を!?」
「…終わった、何言っても聞いてくれないやつだ」
「ダ、ダメ!エッチなのは禁止!死刑!この前イチカ先輩が見せてくれた先生のね、寝顔の写真はそういうことだったんだ!!」
「おい待て、その話聞かせろ」