お願いします。
比企谷八幡
連邦生徒会長が設立した連邦捜査部「シャーレ」の先生。
就職活動に苦戦していた時1通の手紙が届いた。連邦生徒会長とやらから送られてきたその手紙にはキヴォトスという地で『先生』をしてほしいという依頼が書かれていた。
知らない人からの手紙にビビり両親と小町に相談した所、どうせ内定貰っていないんだからやればいいでしょ、卒業したら就職出来ても出来なくても家から出てってもらうからね、という言葉のナイフを受けキヴォトスで『先生』をやることに。
先生を始めて1週間、想像していた5倍の業務量と女生徒しかいない環境に涙目になりながら過ごしていたが元来のお人好しと適応能力がキヴォトスを去るという選択肢を遠ざけた。他にも高校の時の恩師が頭にチラつき深夜に勢いで書いた辞表を出すことが出来なかった。
アビドス、ゲーム開発部の問題やエデン条約やプレナパテスの件を生徒と乗り越えた事により一部の生徒から危ない眼差しを向けられているが本人は特に気づいていない。
ノアに対しては大人っぽく少し変わった生徒という印象を持っている。ノアからは嫌われているとまではいかずとも苦手意識を持たれていると考えており、あまり自分から話しかける事はしていない。ただユウカに怒られる事やコユキの悪行などについてはノアに頼る事があるため、上手いように関係は築きたいと考えている。
生塩ノア
ミレニアムサイエンススクール、セミナー所属の2年生。
趣味は読書で、セミナーの書記として客観的な記録を心掛けている。その影響から自室にもあまり物は置かないミニマリスト的な側面もあり、八幡からも少し変わった生徒という印象を持たれている。
八幡に対する印象は“良い人“。ユウカが八幡に恋している事は知っているため無意識の上でそういう対象で見ないように線引きをしている。ただ最近はユウカから八幡の話を聞くたびにどんな人なのか気になっているが、主観的な印象が入ってしまうことを恐れている。ユウカには嫌われてしまう可能性があるため相談できず、コユキにはバカにされる可能性があるため相談できず、リオは普通に連絡が取れないため相談できていない可哀想でまだやばくないやつ。
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人の記憶というものは、録画されたものというよりは編集されていくものらしい。
そういった通説を聞いて、私には当てはまらないものだと思った。一度見聞きした情報はほぼ完璧に記憶できるし、何かを思い出したときに情報を書き換えるという事も今までした覚えはない。
セミナーの仕事に関わる情報の記憶はもちろん、プライベートで出会った友人との思い出も鮮明に覚えている。ユウカちゃんやコユキちゃん、会長との初対面の時の印象やセミナーの仕事を一緒にやった思い出は私にとってかけがえのない記憶だ。
そして――比企谷八幡先生。
突如、連邦生徒会長が連れてきた外の世界の男の人。最初はどのように接すればいいか分からなかったが、ユウカちゃんが懐いている様子を見て悪い人ではないのだと分かった。
そんな先生について、私のイメージはというと、
「…不思議な人」
働きたくないと言いながら誰よりも私たち生徒の為に仕事をし、
俺なんかと自己評価が低いのに困った生徒を救い続けていて、
自分の事を面白くないぼっちと言いながら多くの生徒に囲まれて好意を寄せられている。
現在時刻は午後8時、そんな不思議な先生に会いに行くため私はシャーレに訪れていた。
用件はミレニアムで起きた事件の報告書。本来であれば先生に会えるという理由でユウカちゃんが持ってくるはずだったが、体調が優れないという事で私が代役を引き受けた。
「先生、いらっしゃいますか?」
執務室のドアから顔を覗かせながら声をかけてみれば、いつものデスクに先生の姿はなく執務室の奥にある給湯室から物音が聞こえた。
コーヒーでも淹れているのかと近づいてみれば、茶碗と箸を持った先生がこちらへ歩いてきた。
「うぉ、びっくりした…生塩か」
「す、すみません、驚かせようとしたつもりはなく…」
「いやこっちが勝手にびっくりしただけだから。こんな時間にどうした、忘れ物か?」
「いえ、セミナーの書類をお持ちしました。本当はユウカちゃんが持ってくるはずだったのですが体調が悪くなってしまったので私が」
「あー…明日には必要になりそうだったから助かる」
先生は茶碗をテーブルに置いた後、私から書類を受け取った。
茶碗の中をちらりと見てみれば中身はお茶漬けだったようで、湯気といい匂いが漂ってきた。おそらく仕事が終わってこれからご飯と言うタイミングだったようで、少し申し訳なく感じて1つ提案をする。
「先生、書類の確認の前にご飯の方どうぞ。私はこの後特に予定もありませんし」
「書類の確認ぐらいならすぐ終わるから――あ」
私の提案に対して遠慮しようとした瞬間、控えめで可愛らしい先生のお腹の虫が鳴いた。
恥ずかしそうに目を逸らす先生の態度に思わず笑いがこぼれ、先生も気まずくなったのか書類をデスクに置いて、ご飯が置いてあるテーブルの前のソファーに座った。
私も先生の正面に座ったが、ここで1つ問題が起きた。
――先生とお話する議題が特にない。
「いただきます」
「…」
自分からこの時間を作り出したため何か話題を提供しようと思ったが上手く出てこない。
思えば私はユウカちゃん程先生と仲が良い訳ではないし、コユキちゃんのように先生に甘える事は出来ない。2人きりになる事は今までもあったけど、その時は仕事しながらだったりと雑談はあまりしたことがなかった。
「…別にいいぞ。無理に話そうとしなくて」
「…え?」
「いやなんか気遣われてる気がしたから」
「…そういうつもりではなかったのですが」
「ふっ…」
私の態度のどこが面白かったのか、先生は小さく笑った。
こっちは先生のため話題を考えていたのに笑うなんて少しひどいのではないかと思い、ちょっとした意趣返しのつもりで先生に話しかけた。
「…先生の事が分かりません」
「?」
「先生が良い人なのは私も知っているつもりです。生徒のために夜遅くまで仕事をして、困っていれば手を差し伸べて…体に傷を負ってまで助けていて…」
「…」
「ふと思ったんです。どうして先生はどこまでして私たち生徒のことを大事にされているのだろうって」
「…」
「私には先生の考えている事が分かりません。そして分からないという事は…とても、怖いと思います」
「…」
「セミナーの書記として今まで様々な事を客観的に記録してきました。ですが先生の事を記録し理解しようとすると主観が入ってしまいそうな気がして…」
「…」
「す、すみません、急にこんなこと」
私の言葉に対して何も返さずに聞く先生に、怒らせてしまったかと思い謝る。
意趣返し、なんて思って言ったけれどここ最近ユウカちゃんから先生の話を聞くたびに考えていた悩み事を吐き出しただけだった。
先生は少しだけ答えを考える素振りを見せた後、口を開いた。
「まぁ、人に対する印象なんてそんなもんだろ」
「え?」
「人との付き合いなんて本来自分の感情で決めるもんだしな。主観的なもので当然というか…主観的になりたくないってのは生塩の性格、いや職業病みたいなもんか?」
「…」
「早瀬と仲良くしてるのも客観的に仲良くなった方が良いとか考えてるか?まぁ同じセミナーとしてそういう考え方も出来るが…普通に楽しいから仲良くしてるんだろ?」
「…はい」
「というか俺がキヴォトスにおいて特殊な立ち位置というか存在というか…そういう意味だと迷惑かけてるな、すまん」
確かに先生に対する感情は今まで話したことのない異性の大人というが大きな要素となっているかもしれない。
ごちそうさまと小さく言って先生は茶碗を置いて、セミナーからの書類に目を通し始めた。
「まぁこれからも生塩には早瀬とか黒崎の事で迷惑かけるだろうし…最低限俺の事は知っといて貰わないといけないわけで」
「先生の事を…」
「俺がこれに目を通している間、なんでも質問に答えてやるよ」
「質問ですか?」
「あぁ、得意なんだろ?記録するの」
テレビドラマの悪役のようににやりと笑いながら安っぽい挑発をしてくるのに対して、私は初めて先生の前で声を挙げて笑ってしまった。
なんとなく今の一言だけで分かってしまった。この人はきっと面白い人だ。
今までは曖昧なまま記録していた先生の事。コユキちゃんに泣きつかれて面倒くさそうにしている表情や、ユウカちゃんに怒られている時、そしてゲーム開発部の子たちと一緒にゲームをしている時の事。
この誰かに向けられた感情の記録が、私に対して向けられたものだったとしたら――それはいったいどんな記録になるだろう。
「そうですね、記録するのは得意なので…一生忘れない答えをお願いしますね?」
「…荷が重いな」
「ふふっ…ではまず…誕生日は?」
「8月8日」
「趣味は?」
「読書とゲーム」
「好きな食べ物は?」
「ラーメンとマックスコーヒー、ちなみに嫌いな食べ物はトマト」
最初は先生が答えやすい質問から。
一言一句、聞き間違いがないように耳を傾け集中させる。
休日の過ごし方や子供の頃の夢、朝はパン派なのかごはん派なのか。書類に目を通しながらもリズム良く答えてくれる先生についつい気になっていたことを聞いてしまった。
「ユウカちゃんの事はその…どう思っていますか?」
「早瀬?」
「はい、ユウカちゃんと先生はとても仲が良いですから」
「ただ俺が世話されてるだけなんだよなぁ…。まぁ感謝してる。あいつが色々周りの事を整理してくれているおかげで仕事出来てるし…昼休みに時々話し相手になりに来てくれるしな」
「いつも先生の事話していますよ、主に領収書の事と先生の健康の改善について」
「世話焼きなのは良いんだが…あの厳しさどうにかならないか?」
「そこがユウカちゃんの良い所ですから。色々な表情をしてくれるのが可愛いじゃないですか」
「…まぁ否定はしない。あいつにドッキリしかけたらいいリアクションしてくれそうだしな」
「…」
先生の返答に少しだけ心がちくりとした気がして、言葉が詰まった。
先生が否定しないと言ったのはユウカちゃんが色々な表情を見せてくれる事でしょうか、それとも――ユウカちゃんが可愛いことでしょうか。
そんな私の態度には気付かずに、先生は書類をまとめている。
確認は終わったようで、問題ないと私に告げて仕事をしているデスクに歩きだした。
そうなれば必然的に先生に質問する時間も終わるわけで、先ほどまで感じていた暖かな感情が冷えていくのが分かった。
「…もうこんな時間か。俺はまだ仕事があるからシャーレに残るが…生塩は帰るか?」
「はい、明日の朝からセミナーの仕事がありますから」
「了解、早瀬にお大事にって伝えといてくれ」
またユウカちゃんの事。
きっと先生だって深く考えずに言ったユウカちゃんを想う言葉が、今日の私たちの最後になるのが嫌だと感じて、
「先生」
「ん?」
「て、手を繋い――いえ、握手をしてください」
「握手…?」
「はい」
そっと伸ばした私の手を不思議そうに見つめる先生。
なんだかとても恥ずかしいお願いをした気がして先生の視線から逃げるように下を向いた。
「…まぁいいけど…ほら」
「…」
先生に優しく包まれた私の手。
想像していたよりも暖かく、大きく、ごつごつとして男性特有の感触にどきりとしたが悟られないようにこちらも握り返す。
勝手に記憶されたその感触を10秒ほど味わいそろそろ離そうとした時、
「…なんでそんな顔真っ赤なんだ?」
「――!」
「あだっ!いてててててて!」
先生から言われたデリカシーのない一言に、手に少しだけ力を込めて反撃。
下を向いていたのに先生にバレていた事が恥ずかしくて、手を離し執務室から走り去る。
火照った頬に涼しい夜風が当たるのを気持ちいいと感じながら、今日先生と会う前に考えていた先生に対するイメージを書き換えた。
「…不思議で、デリカシーの無い人」
そしてもう1つ。
あの人の全てを知ってみたい。
この感情は単なる好奇心か、それとも私の親友が抱いているものと同じなのか。
そんな答えの分かり切った疑問から逃げるようして自分の家へと走り続けた。
おまけ
「ノアー?先生からノアを怒らせちゃったかもってメッセージ来てたんだけど」
「ユ、ユウカちゃん」
「…」
「…」
「あー、なるほど…そういうことね…」
「な、なんの事でしょう」
「私ね、ずっとノアとしたかった事があるの」
「え?」
「恋バナ。今日は寝かさないわよ?」