外宇宙探査機作ろうとしたらギレン閣下に呼ばれた件   作:煤けた人

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第2話

 最近、反連邦を掲げたプラカードを手に、街頭を練り歩く民衆の姿をよく見かける。今日も各地で抗議デモが行われていた。それらを横目に、僕は黒塗りのリムジンに乗せられジオン公国庁へと向かっていた。

 

 親衛隊と思われる軍服を着たジオン軍人に先導され、やたらとトゲトゲした、悪の巣窟と言われれば納得してしまいそうな見た目の建物に入った。そのまま執務室まで案内される。

 

 案内された先に居たのは執務机に腰掛けたギレン・ザビ閣下。言わずと知れたジオンの実質的な指導者その人である。

 

 椅子にかけたまえ、と促された僕は用意された椅子に腰掛けると、緊張しながら口を開いた。

 

「本日はお招きいただきありがとうございます。宇宙研究所第5研究班所属、ディスティ・ノヴァと申します。お会いできたことをとても嬉しく存じます。」

 

「ギレン・ザビだ。急な呼び出しとなった非礼を詫びよう。だが、形式ばった挨拶は不要だ。すぐに本題へ入らせてもらう。ジオンの真なる独立のために、ぜひ君の力を貸してもらいたい。」

 

 ギレン・ザビ。冷静沈着にして高慢な思想を持つIQ240の天才。「ジオン公国民こそ選ばれた人種」であるという優生思想を掲げ、高いカリスマ性と政治手腕を持った人物である。演説の才能も卓越しており、心酔するジオン軍人も多い。

 

 ジオン軍部の最高指導者というだけでなく、デギン・ザビが事実上隠居している現時点においては、ジオン政府内でも最高の権力者。つまり実質的最高指導者である。

 

 そのギレン・ザビがここまで言うなんて。

 

 驚きに目を見張る僕をよそに、ギレンは続ける。

 

「突然の申し出に困惑する気持ちは理解できる。だが、まずは私の話に耳を傾けて欲しい。」

 

 そう言うと、ギレンはゆっくりと話し始めた。

 

「君も知っての通り、我がジオンと連邦との溝は修復不能な程に深まっている。つい先日起きた『暁の蜂起』の事は知っているかね?」

 

「はい、ニュースで見た程度ですが。士官学校生達が起こした連邦へのクーデターですよね。」

 

「そうだ。ガーディアン・バンチにて、連邦軍駐屯部隊が若き士官候補生たちによって奇襲・制圧された一件だ。指揮を執ったのはガルマ・ザビ。わが弟にして、公国軍士官学校の学生である。」

 

 『暁の蜂起』事件。ガーディアン・バンチに駐屯する地球連邦軍の一個連隊が、学生隊の蜂起によって奇襲され武装解除されたのである。

 

 英雄的快挙を成し遂げ、指揮官として名を馳せたのはガルマ・ザビ。

 

 ザビ家の末弟で、共和国議長デギン・ソド・ザビの寵愛を一身に受けていた御曹司であり、ジオン自治共和国国防軍士官学校の3回生だった。

 

 指揮官として学生隊に指示を出したのはガルマであるとされ、ニュースでも実際そのように報道されているが、転生者である僕はそのガルマを煽動した者がいることを知っている。

 

 シャア・アズナブル。

 

 ガルマと同期の士官学校3回生でルウム出身の青年は、教科実技いずれもAクラスという優等生であり群を抜く資質を持っていた。

 

 そのシャアが、連邦軍兵営を制圧するための作戦を立案したのだ。

 

 シャアの能力の高さを象徴するエピソードのひとつである。

 

「『暁の蜂起』以降、反連邦の国民感情はかつてないほど高まりつつある。君もここに来る道中で各地に集うデモ隊の姿を目にした事だろう。」

 

「ええ、最近はデモ隊の活動をあちこちでよく見ます。」

 

 僕の返答にギレン・ザビは鷹揚に頷くとテーブルの上で手を組み、続ける。

 

「民衆がこうした行動に走るのも無理はない。我々スペースノイドは、宇宙世紀の始まりより連邦の圧政を受け続けてきた。自治の権利を与えられず、過重な税制と植民の負担を押しつけられ、子孫に至るまでその呪縛を強いられている。」

 

 原作でも語られている事だが、宇宙移民は「実質的な棄民」とされており、かなりの部分が強制的に行われている。連邦政府はスペースノイドを無理矢理宇宙に追い出しておいて、孫の代まで続く程のコロニー移住費用を借金として背負わせたり、空気税を課したりしている。

 

 僕もこの世界に転生して初めて知ったが、スペースノイドたちは三世代にわたるコロニー移民税と空気税・水税といった名目で、収入の半分近くを持っていかれている。快適な生活とは呼べない暮らしを、連邦は強いているのだ。さらにコロニー税は本来はコロニー維持のための費用のはずなのだが、一部はアースノイドの私腹に費やされているとされる噂もある。

 

「君に無理強いをさせるつもりは毛頭ないが、我々には――君のような若き叡智が必要だ。先のミノフスキー博士の……不幸な退場を、私は今なお惜しんでいる。」

 

 ミノフスキー博士の名が出た。言葉にはされなかったが、それが何を意味するのかは、すぐに理解できた。ミノフスキー博士の亡命は失敗したのだ。

 

(つまり、博士のようになりたくなければ従え、ということか……)

 

 逃げたくなった。だが、今この場を逃げ出せば、たぶん僕は“消える”。研究室も、論文も、全て燃やされ、R探査機という夢は潰える。

 

 ギレン・ザビはにこりともせず、ただ僕の『正しい返答』を待っていた。

 

 しばらく沈黙が続いた。

 

「……分かりました。微力ながら、お力添えいたします。」

 

 この時、背中がひどく冷えていたのを今でも覚えている。

 

 あの瞬間から僕は、“平和のための技術”を、“戦争のための兵器”として差し出すことを決めたのだから。

 

 できれば、僕は戦争に関わりたくはなかった。だが、今更選べる立場ではなくなってしまった。

 

 ジオンがこのまま正史通りに敗北すれば、慣性制御理論を発表し宇宙世紀の技術を推し進めようとした僕は戦後、よくて監禁されるか、最悪処刑されるかもしれない。

 

 生き延びるにはジオンに勝ってもらうしかない。そして、勝つには手段を選んでいられない。

ならば――使えるものは全て使う。兵器でも、人でも、自分自身でも。

 

 深く礼をして、心なしか満足げなギレン・ザビに見送られた僕は、応接室を出る。そのまま公国庁を出て、リムジンに乗り込む。

 

 隣に座っているギレンの部下から、書類を渡された。どうやら、研究所から転属し、MIP社の研究員となって兵器開発に従事してもらいたいという話だった。

 

「MIP社……つまり、あの“ミノフスキー粒子”の?」

 

 僕の言葉に、ギレンの配下はにこりともせず答える。

 

「ああ。かつての恩師の遺した研究を、君の手で昇華してもらいたい――そうギレン総帥が仰っておられる」

 

 ギレンの配下から提示されたその言葉に、僕は黙り込んだ。

 

(結局……逃げ場はないってことか)

 

 それでも、僕は手を差し伸べられた研究者としての居場所に、すがるしかなかった。

 

♦︎

 

 MIP中央研究施設。

 名目上は民間企業だが、その実態はほとんど軍の一部と言っていい。

 セキュリティゲートを三つくぐり、最後の関門を越えると、ようやく建物の内部に入る。コンクリートの壁、装飾のない照明、静まり返った廊下。

 

 静かだった。

 無言というわけではない。ただ、無駄がない。

 研究者たちは誰もが忙しそうに手を動かし、端末に視線を落とし、時折メモや計算式を共有し合っていた。

 そのやり取りには感情よりも精度があった。熱狂でも情熱でもない。知性に手足が生えて、組織として稼働している、そんな空気だった。

 

 

「……思ってたより、悪くないですね」

 

 隣を歩くロスコーが、白衣の襟を軽く整えながら呟いた。

 

「地獄みたいなところを想像してましたけど、ちゃんと“研究”してる」

 

「ああ。軍直轄だからって、締めつけられてるわけじゃないようだ。ただ、ここでは“成果”が求められてるだけみたいだ。余計な演出はいらないってことだね」

 

 そう話しているうちに、僕たちの配属先である第2実験班へと通された。

 ドアが開くと、内部には試作バインダーの設計図がホロ投影されていた。どうやら既に、僕の理論を参考にした先行モデルが動き出しているらしい。

 

「ノヴァ博士ですね。お待ちしておりました」

 

 声をかけてきたのは、白髪の研究主任だった。白衣の胸元にはMIPの技術主任章が光る。

 年の頃は五十代半ばか。威圧的ではないが、厳格な雰囲気を持っていた。

 

「ここでは無駄な上下関係はありません。我々は“戦争に使われる技術”を扱っていますが、それに臆する必要はない。

 技術そのものに罪はない。どう使うかは……使う側の問題です。そう考えてもらって構いません」

 

「……はい」

 

 思っていたよりも、ずっと“まっとう”だった。

 ここは冷たくもなければ、閉ざされてもいない。ただ、余計な幻想を持たず、やるべきことをやる場だ。

 

 主任がホロパッドを回してきた。そこには、水中での三次元機動を想定した機体フレームと、慣性制御リアクターの試作設計案が映し出されていた。

 

「これが、あなたにやってもらいたいプロジェクトです。“Z案”とだけ呼ばれています」

 

「用途は?」

 

「公には、地球環境下での作業用ユニット。だが実際には――地球降下時の補助兵器です。水中での制圧・偵察・強襲に対応した多目的フレームを想定しています」

 

「つまり、将来的な“水中戦用機動兵器”というわけですね」

 

「そういう事です。くれぐれも他所に漏らさないようにお願いします」

 

 僕は図面に目を戻す。脚部の設計は未定。腕部は試作バインダー式。

 エネルギー効率と制動性能を両立させる必要がある。

 

(これが、ズゴックの“原型”……か。もし完成すれば、敵の潜水艦や艦艇は、戦場に顔を出す前に沈むだろう)

 

 

 ロスコーが隣で小声で呟く。

 

「お互い、逃げ場はなくなったみたいですね」

 

 ロスコーは乾いた笑みを浮かべ、椅子に腰を下ろした。

 かつて大学の屋上で、R探査機の未来を語り合ったあのときと同じ表情だった。

 

「でも――やりがいはある」

 

 ここでなら、僕の理論が形になる。

 どんな目的であれ、それを証明する機会があるのなら――それは、研究者として生きる意味になる。

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