外宇宙探査機作ろうとしたらギレン閣下に呼ばれた件 作:煤けた人
宇宙世紀0078年、2月────。
工房は深夜にもかかわらず、稼働率を下げる様子はなかった。ノヴァの前で煌々と輝くホロパネルが、エネルギー出力の限界を示す赤いグラフを淡々と描き続けている。
――悪くない。むしろ、少し完成されすぎている。
エネルギーCAP(チャージ・アキュームレーション・パック)方式による縮退加速は、既に僕の中で理論上は成立している。構造さえ簡略化すれば、ジェネレーターを背負う必要性はあるが、ザクでも運用可能な小型ビーム兵器の搭載すら可能かもしれない。だが、それを“今”にする必要があるだろうか?
ビーム兵器の利点は明白だ。加速された粒子の高熱により、臨界半透膜などの多層コーティング装甲によるレーザー兵器への防御技術を貫通し、実弾では不可能な装甲貫通力をもって、MS同士の戦闘を一変させる力がある。
――だが、完璧な兵器は、ときに完璧な失策にもなる。
補給が断たれた前線、埃と湿気にまみれた整備環境。そんな場所で、ビーム発射装置の調整精度が、完璧に維持できるだろうか。出力バランスが狂えば暴発、冷却系が壊れれば沈黙――「撃てるが整備できない兵器」は、現場にとってはただの死神だ。
それだけではない。
もしこの技術が広まったり、ズゴックに搭載された初期型ビーム兵器が戦場で鹵獲されたとしたら?
――連邦の“V作戦”が、数ヶ月単位で前倒しされる危険性すらある。
ザクの戦争後半にかけての火力不足は理解している。だが、今焦って“未来”の兵器を出す必要はない。兵器とは、優れていれば良いのではなく、“その時代”に最適であることが重要なのだ。むしろ――それを出す“タイミング”こそが、戦局を決定づけると思っている。
Z案――初期型ズゴックの基本設計はすでに通っていた。だがその完成度は、“兵器”としてはまだ未熟なままだ。
水冷式の関節機構は、設計上、水中での駆動と熱交換を兼ねた合理的な構造だった。だが逆にいえば、急激な熱負荷にはきわめて脆弱だった。試作データ上では、関節部での熱収束によって冷却材が気化し、気泡が生まれ、それがさらなる冷却不能を招く――負のスパイラルが想定されていた。中には、プラズマ化した泡が高圧下で内部に滞留し、関節部を爆発的に破壊するというシミュレーションすら存在した。
ノヴァはひとつ息をつき、肩を落とした。現時点でのMS用ビーム兵器は、チャージと発射の双方で高出力を要求する。だがZ案の設計では、推進機構と冷却循環に出力の大半が吸われており、ビームのための余力は残されていなかった。
結論から言うと、ノヴァは、ビーム兵器の搭載は今はまだ“時期ではない”と判断した。
Z案──ズゴックは、当面は腕部魚雷と背部ミサイルを主兵装とし、ビーム兵装の搭載は技術力不足のため次期ロット以降へ移行。そう設計指針に明記して、僕はホロ画面を閉じた。
既に言ったように、ビーム兵器は今現在搭載する必要性が薄い。その代替火力として実体弾兵器を採用するのは必然的選択といえた。
特に水中では、魚雷は依然として主力兵装であり、潜水艦などを確実に撃破できる点で理に適っていると思える。
ズゴックは「水中侵攻機」であると同時に、上陸後の陸上拠点への襲撃任務も想定されている機体だ。
背部にロックオン式の対地巡航ミサイルを背負わせる…。補給艦・固定砲台狙いを装備させることで、上陸から開戦初撃の火力支援を行える。
発射後はパージする構造にする事で、航続距離・重量バランスも問題なし。
――未来を与えるには、まず“現在”に耐えられる形を作ることだ。
ビームは、次の段階に取っておく。
それにしても――
(……ドムが、正史であと数ヶ月早く完成していれば)
ノヴァはホロパネルの片隅に表示されたズゴックの機体シルエットを見やり、ふと前世の知識を思い出すと、心中でそう呟いた。
ドム。重力下戦闘を前提に設計された地上用MS。ホバー移動による高機動性と、並外れた火力投射力を併せ持つ名機だ。脚部に熱核ジェットエンジンを採用することによって、最高時速381km/hのホバー走行能力を手に入れたともされる。
その設計元はツィマッド社――ヅダやゴッグの系列機を生み出し、ジャイアント・バズや135mm対艦ライフルといった“攻めの兵装”に長けた武装開発でも知られる老舗。
そして極めつけは、後期主力機として知られるゲルググである。
(あれは……ジオンの「もしも」の象徴だ)
ゲルググは一年戦争末期にようやく前線に姿を見せたが、もしそのロールアウトが数ヶ月――いや、たった一ヶ月でも早ければ、戦局は確実に変わっていただろう。性能面ではガンダムと同等、いや、総合運用力ではそれ以上の可能性すら秘めていた機体だった。
だが現実は、そうはいかなかった。
大手三社――ジオニック、ツィマッド、MIP――の利権争いを始めとする企業間の確執や搭載予定のビーム兵器の開発が難航した事によって、完成の時期は幾度となく後ろ倒しされた。そして暫定主力機にはリック・ドムが選ばれた。
そして、実際にゲルググが大量投入されたのは、皮肉にも戦争終結時のア・バオア・クー攻防戦――それが最初で、最後だったと言われている。
(機体性能が高ければ勝てるほど戦争は単純なわけじゃない。だけど、“間に合わない兵器”は、それだけで敗因になる)
ノヴァは深く息を吐き、R-1のフレーム構造へと視線を戻した。
今、自分がやろうとしているのは、その“遅れ”を潰すこと。未来の戦力を、未来のままにしておかないことだ。
♦︎
その日、R-1のテストベンチに異変はなかった。だが、人の流れが違った。見慣れない制服、やけに無駄のない足音。そして――扉をノックした人物は、どこにも所属章をつけていなかった。
「ノヴァ技術員ですね。私は、キシリア閣下のご意向でこちらに」
男は名乗らなかった。ただ、整った身なりと完璧すぎる礼儀が、かえって軍属らしくなかった。
「“R-1”、拝見しました。試験結果が正しければ、重力加速度下や宇宙空間での挙動安定性は常識を覆すレベルです」
ノヴァは頷きもせず、ただ静かに返した。
「まだ試験機です。軍務に耐えるには、あと数段階の試練が必要です」
「ええ。ですが、それでも――“この兵器の未来”に関して、我々にはいくつかの提案があるのです」
男は言った。「技術の火を、正しい場所で燃やすべきだ」と。
ノヴァは男の言葉に、わずかに眉を動かした。
「……それは、私に“研究の自由”を与えてくれるという意味ですか? それとも、“正しい場所”とやらに私を誘導するという意味ですか?」
男は答えなかった。だが、ノヴァの質問には答えないという形で、すでに十分な圧を返していた。
ノヴァは机のホロ端末を一瞥し、点灯中のR-1開発ログに視線を落とす。
「……誤解しないでください。私は政治家ではありません。ただの技術者です。だから私は、戦況や思想に惑わされず、まず“技術的に正しいもの”、戦局が変わろうとも揺るがない精度の技術を作ることを最優先します。」
静かに息を吸い、言葉を継いだ。
「ですが――もし、“この技術”が、あるべき未来を遠ざけるために使われるなら、その時は私は、開発そのものを止めるでしょう」
男は初めて表情らしきものを見せた。笑ったのか、皮肉ったのかすらわからない曖昧な、どこか余裕のある目の動き。
「……賢明な判断を、期待しております。色の良い返答を期待しております」
言い終えると、連絡先の書かれた名刺をノヴァに渡し一礼し、音もなく扉を閉じ出ていった。
残されたノヴァは、短くため息を吐いた。
(キシリア・ザビ。彼女の周囲には、賢くて狡猾――油断すれば噛みついてくるような“蛇”のような人物が多すぎる)
(確かにギレンの軍事主義よりは、まだ戦略的余地がある。だが――彼女の中にあるのは、“勝つための科学”だ。“導くための技術”じゃない)
技術は、剣にも橋にもなる。
そして今、自分が開発している“慣性制御”とは、まさに未来を変える鍵だ。
(誰に使われるかを選べる立場じゃない。それでも、せめて戦局に“間に合う形”にはしておきたい)
ホロパネルを開き直し、ノヴァは黙って設計図に向き合った。
ノヴァがホロ端末を閉じた頃、部屋の隅の自動ドアが開き、ロスコーがカップを二つ手にして現れた。
「……さっきの、誰です?」
何気ない口調だったが、目は笑っていなかった。
「来客だよ。政治方面の」
「軍服じゃなくてスーツってあたりで、逆に怖いですよ。ああいうのが来る時点で、研究の匂いが外に漏れてるってことでしょ」
ロスコーはカップを机に置くと、わずかに溜めを作って続けた。
「それとも、先輩が何か“約束”でもしました?」
ノヴァは黙ってカップを手に取り、一口だけ飲んだ。苦みの強い合成コーヒーだった。
「……“約束”はしていない。“期待”されただけだよ」
「それ、たぶん一番タチ悪いですよ」
ロスコーは半分冗談めかして言ったが、そこには真剣な警戒心がにじんでいた。
「R-1、急いだほうがいいかもしれませんね。俺たちの計画、もう“ノヴァの個人の開発”じゃ済まなくなってきてる」
ノヴァは視線を開発ログに移しながら、小さく頷いた。
「わかってるよ。……でも、少なくともまだ彼らに“奪われて”はいない。こっちの手で、こっちの形で完成させるまではね」
そして、静かに言葉を重ねる。
「……ロスコー。僕たち、間違ってないよな?」
ロスコーは一拍置いてから、疲れたように笑った。
「それを判断するのは、戦争が終わった後っすよ。今はただ――間に合わせるしかないでしょ、先輩」
♦︎
ズム・シティ、中央軍本部。夜半にもかかわらず、艦橋のような造りの会議室には明かりが灯っていた。
ギレン・ザビとキシリア・ザビ。兄妹にして、ジオン公国の戦略中枢を担う二人の前に、ノヴァが提出したR-1試作戦闘機の報告書がホロパネルで展開されていた。
「……慣性制御を応用した、推力ベクトル制御装置……か。大気圏内外での制御最適化……興味深い」
ギレンは静かに、書類に目を通す。ページをめくる仕草ひとつとっても、威圧感を孕んでいた。
対して、隣席のキシリアは、斜めに身を預けるようにしてパネルを眺めていた。その目は鋭く、笑みはなかった。
「面白い男ですね、このノヴァという研究者。たった数ヶ月で、MS開発に慣性制御を持ち込んだ。並の科学者なら、理論の仮定だけで十年は迷う領域なのに」
彼女は小さく指を鳴らし、補佐官に資料を拡大させた。
「……それに、あのR-1の骨格。意図的に“兵器”として完成させないよう設計されている。あれは――技術の“器”ですよ。戦局を見据えた開発姿勢。おそらく本人には、その自覚すらない」
ギレンは視線を一度だけキシリアに向け、低く問うた。
「お前はどう評価する?」
「……才能は、確かにあります。扱いづらい類のですけれど。しかしその“青さ”には、確かな価値があると判断しています。問題は……」
キシリアはふっと目を細めた。
「彼が“善人”であることです。こういう技術者は、自分の手で未来を“正しく”導けると信じている。だから戦争に向かない。……けれど、“都合の良い理想主義者”ほど、今のような時代には使い勝手がいい」
ギレンは黙って頷く。その無言が、すべての判断を下したことを意味していた。
その頃。
軌道上の研究セクションでは、ノヴァがひとり、R-1のフレーム構造を再設計していた。
今はまだ試験段階――慣性制御ユニットの安定化を図るための微調整が、幾度も繰り返されていた。ホロパネルには、青白い構造ラインが浮かび、数値が連続的に上下する。
「……まだだ。このレベルじゃ、開戦には間に合わない」
ノヴァは呟いた。部屋には誰もいなかった。
肩を落とすでもなく、焦りを見せるでもない。彼はただ、必要な作業を“今”に集中していた。
「……未来を“計画のまま”で終わらせるつもりはない」
静かな決意の声が、無人の工房に響いた。
そのとき、彼はまだ知らなかった。自分の名と技術が、既にあの兄妹の会話の中で、次の戦局を左右する鍵として語られていたことを。