深夜テンションではたまに分からなくなってきます。というわけで今回はどれぐらいすすむんでしょうか、とにかくお楽しみください。
〜〜〜◆〜〜〜
「……で? 一体どういうこった?」
部屋着に着替えた士道は、テーブルの向かいに座った琴里と令音に視線を向けた。
今三人がいるのは、五河家二階に位置する、琴里の部屋だった。 六畳くらいのスペースに、パステルカラーのタンスやベッドが配置され、そこかしこに、ファンシーな小物やぬいぐるみなどが所狭しと並んでいる。
本当ならリビングで話を続けたかったのだが、十香の耳に入れたくない話もあるということで、こちらに場所を移したのだ。
ちなみに十香は今、リビングでアニメの再放送に夢中になっている。とりあえずあと二〇分くらいは大人しくしているだろう。
「んーとね」 と、琴里が、指で頬をぷにっ、と持ち上げた。
「今日からしばらくの間、十香がうちに住むことになったのだ!」
そして、えっへんと胸を反らすようにしながら、無邪気な笑顔を作る。
「だから、どうしてそうなったんだって訊いとるんじゃぁぁぁぁぁぁッ!」
「……まあ落ち着いてくれ、しんたろう」
士道が叫んだところで、令音が声を上げた。 案の定というかなんというか、名前は間違えたままだった。
「しんたろうじゃなくて士道です」
「……ああ、そうだった。訂正しよう。悪いね、シン」
「…………」 訂正されていない。ただの愛称になっている。 わざとやってるとしか思えない……のだが、令音のぼうっとした顔を見ていると、なんか本当に間違えて覚えてしまっているのでは、という疑念が浮うかんでくるのだった。
しかし、士道はそれ以上、名前の件に関して追及できなかった。
「……理由は大きく分けて二つある」 令音が、静かな声で、そんなことを言い始めたからだ。「……一つは──十香のアフターケアのためさ」
「アフターケア……っていうと?」
「……シン。君は先月、口づけによって十香の力を封印したね?」
「……っ、は、はい……」
士道は小さく首を前に倒した。
同時に、唇にそのときの感触が蘇えってきて、少し顔が赤くなる。
「あー、おにーちゃん赤くなってるー。かーわいいー」
「う、うるせ!」 琴里が心底楽しそうに言ってくる。
士道は気まずげに目線を逸そらした。
「……まあ、そこまではいいのだが、一つ問題があってね。……今、シンと十香の間には、目に見えない
「パス? どういうことですか?」
「……簡単に言うと、十香の精神状態が不安定になると、君の身体に封印してある精霊の力が、逆流してしまう恐れがあるということさ」
「な……ッ」 士道は、戦慄に身を凍らせた。 ──封印された十香の、精霊の力が、逆流する……? 剣の一振で天を、地を裂く力を、再び十香が備えてしまうということだろうか。 もしそうだとしたなら──考えるだけでも怖ぞ気をふるう事態だった。
「……君も知っての通り、十香は今、〈フラクシナス〉の隔離エリアで生活している」 士道の狼狽を知ってか知らずか、令音が静かな調子で言葉を続ける。
「……十香の精神状態は常にモニタリングしているのだが……どうも、〈フラクシナス〉にいると、学校にいるときに比べて、ストレス値の蓄積が激しいんだ」
「そ、そうなんですか?」
「……ああ。それに、一日二回の定期検査もあまりお気に召めさないようだ。今はまだ許容範囲内だが、このまま放置しておくのも好手とは言い難い。──そこで、だ。」
『おい、村雨令音。この話と俺になんの関係がある。精霊関係なら
「まぁ、聞きたまえ。この話は佐藤にも関係のある話だ」
特に感情を動かさずに冷静に答える令音に佐藤はため息を吐きながらも勝手にしろといった様子で盛大に肩を落とした。
「では、快く承諾してくれた所で言うが…」
令音が、立てた指をあごに当てた。
「……検査の結果も安定してきたし、そろそろ〈フラクシナス〉外部に、十香の住居を移そうということになってね」
『快くは言っていない…』
「……というわけで、精霊用の特設住宅ができるまでの間、十香をこの家に住まわせることになったんだ」
『おい、お前…どこが俺と関係のある話なんだよ…」』
佐藤は右手を額に当てて、令音を睨んだ。
仮にもうちのクラスの副担任なのにここまで言えるのは最早感嘆の域に達していた。
「あー…」
何と言うか。佐藤のお陰で士道が発言できない。
「そうだね、まだ君には関係の無いことだった」
悪びれるわけでも無く言う令音に佐藤は、本当に苛ついているかのように睨み続ける。
『だったら早く言えよ。俺も帰りたいんだが?』
そう言いながら組んだ腕に指を打ちつけていた。
「君もここに住むことになった。」
『………は?』
「ん……?」
「君もここに住むことになっ──」
『別に聞こえなかったわけじゃねぇよ!!』
「ちょ、ちょっと待てやぁぁッ!!」
士道と佐藤は揃って叫ぶ。
「なんで、俺の家……ていうか佐藤も!? 何で?!」
思わず立ち上がり、令音を質問攻めにする。
「その説明を今からする、まずは座ってくれ」
が、口調を穏やかなまま言ってくる令音の言葉に少し落ち着き、訊きたいことは山程あったが今は大人しく座った。
「簡単に言おうか。十香のストレス値は君たちと共に居るときが一番安定するんだよ………」
一泊を置いてからそんな事を告げた。
「えっ……」
突然そんなことを言われてしまうと固まってしまう。
『チッ……』
苛立ち気に佐藤が舌打ちをする。本題のような本題に入らない令音に苛立ちが募っているのだろう。
「……逆に言えば、君たち以外の人間は、まだ十香の信頼を得ているとは言い難いのさ。私や琴里なんかは比較的顔を合わせる機会が多いが──それでもね。……まずは少しでも安全性の高い場所で、十香がきちんと生活できるかどうかを試したいところなんだ」
「……むう……」
士道は、額に汗を滲ませながらうなった。
確かにそう説明されると、整合性がある気がしないでもない。 それに──まあ、自分が十香に一応信頼されている、というのも……嫌な気はしなかった。
『はぁ……じゃあ、なんで俺まで? 信頼されているならこいつだけでいいだろ』頬杖をつき、気だるげそうに佐藤が令音に言う。
「何か勘違いしている様だが、一つ言っておくよ。佐藤、君の役目は何だったかな?」ピシッと佐藤の胸に指を突き立てながら問う令音。
『……? 確か、学校の生徒という立場を利用して協力する工作員───』
「違う」
『……は?』
佐藤の言おうとしていたことが遮られ、しかも否定されたことで怒気がほんの少し孕んだ声を上げる。
「私達は言ったはずだ。協力者が欲しかった……と」
『は? いやだって、あの時必要なのは工作員だって言って──』
「あくまでも協力者。あの時は工作員……今はシンと同じ"対話者"だ」
『ふざけんなよ…?』
令音から言われた屁理屈すぎる言葉に耐えきれなくなったのか、本当に怒気を孕ませそんな事をぼやいた。
「……君は嫌なのかい?」
『…ったり前だ。誰が好き好んで危険を買うかよ』
「………………………」
『……っ』
そうして、数秒令音に見つめられると、佐藤は髪をくしゃくしゃとき掻きむしった後。
『わかったよ! あぁ、もう……本当に最悪だ 』
そんな事を言って今回も了承した。
……なんというか、──
押しによわっ……
前々からそんな兆しがあったが…こんなにも頼みに弱いのかコイツ。
しかし、士道は思い直すように首を軽く振った。まだ一つ気になることが残っているのだ。また令音に問いを発する。
「それで……話を戻しますけど。もう一つの理由ってのは何なんですか?」
「……ああ、これは単純明快だよ。──シン。君の、訓練のためさ」
「……っ」 先刻、服を着替える前に言われた言葉が繰り返される。
訓練。その単語には、あまりいい思い出がなかった。
「そういえばそんなこと言ってましたね……。でも、もう訓練なんていらないでしょう?」
「……ふむ? それはなぜかね」
「なぜって……だって、もう精霊の力は封印したわけで……」
士道が言うと、令音はゆらゆらとした調子で首を横に振った。
「……精霊が十香一人だなんて、誰が言ったのかな?」
「え……? それって……まさか…」
「……そのままの意味さ。空間震を起こす特殊災害指定生物──通称・精霊は、十香だけではない。現在の段階でも、彼女の他ほかに数種が確認されている」
「な──っ」
士道は、心臓が引き絞しぼられるのを感じた。 ──精霊は、十香一人ではない?
本当に前、佐藤と話していたことが事実だった。
しかし、緊張だろうか、戦慄だろうか、なんとも形容しがたい感情が胃の底でぐるぐると渦巻き、全身へと放出されて手足の指先を震わせた。
しかし令音は、硬直した士道に構わず、言葉を続けていった。
「……シン。君には引き続き、精霊との会話役を任じてもらいたい。そのための訓練さ」
「……っ、じょ、冗談じゃ──」 と。士道が膝を叩き、叫びを発した瞬間。
『おい待て。その流れだとまさか──』
「あぁ。勿論、佐藤にも訓練をしてもらう」
嫌な予感を察知した佐藤が言うと、令音が即答した。
『はぁ?』
お前馬鹿なの? みたいな目で口をあんぐりと開ける佐藤。
「──少し行き違いがあるようだから訂正しておくわよ」 先ほどから静かに話を聞いていた琴里が、小さな声を上げた。 いつの間にか、髪を二つ結びにしていたリボンの色が、白から黒に変わっている。
「──っ」 ……見覚えがある。今の琴里は、司令官モードだ。
「別に佐藤には士道みたいに交渉役はそこまでしてもらうつもりは本当にないわ。というより、"後処理"の方を頼みたいのよ」
『後処理ぃ?』
佐藤が怪訝そうな目で見るも琴里はやれやれとしながらため息を吐き
「例えば…あの時みたいに精霊とデート……というか息抜き(?)を、してくれたら助かるのよ」
『あの時?』
「あらぁ…忘れてる筈ないでしょう? 昨日早帰りに乗じて十香と商店街を歩いてたじゃない」にやりと笑みを作りながら琴里は指をくるくると回した。
『見ていたのか…』
「えぇ、もちろん。どこかの愚兄とは違って問題は起こさないでしょうけど…念の為少し見ていたのよ。」地味に士道がディスられたのだが…それを口に出す者は居なかった。
「とまぁ、そんなことを佐藤にはしてほしいのよ」
『だからどんな事だよ』
「なんて言ったら良いかしらねぇ……。言うなれば、封印済みの精霊とも少しは仲良くなってストレス値の安定化をしてほしいいの…。士道ひとりじゃ低一杯だと思うから」あごに指をおき、しばし考えた後。軽くそんなことを佐藤に言った。
『それ……士道じゃないと嫌だー…とかいう精霊がいたらどうするんだよ』
「あら、案外乗り気なの? でもそうねぇ、そこは……佐藤の手腕で頼んだわよ」にっこりと微笑みながら言う琴里……正直、その立ち位置一番難しいと思う。
「って…、琴里ぃ! 冗談じゃないぞ、なんで俺がやる前提なんだよ!」
士道が堪らず叫んだ。
「嫌なの? 士道。──もう精霊とデートしてデレさせるのは、嫌だっていうの?」 落胆するような雰囲気を漂わせ、琴里が言ってくる。
──そう。〈ラタトスク〉の提唱する、精霊を平和的に無力化する方法。
それは、士道を精霊と仲良くさせ、その身に精霊の力を封印してしまおうという、言葉にするとなんとも間抜けな代物だったのだ。
「っ、あ、当たり前だっ!」 士道が言うと、琴里は軽く身体を反らしてあごを上げながら唇を開いた。
「ふうん。──じゃあ、もうどうしようもないわね」
「あ……?」
「空間震によって世界がボロボロになっていくのを黙って眺めるか──それとも、精霊がASTに殺されるなんて奇跡的なイベントを気長に待つか。どっちかになるでしょうね」
「……っ」
言われて。士道は、声を詰まらせた。 失念していたわけではない。
だが──改めてその事実を口に出されると、心臓がちくりと痛むのだった。 隣界と呼ばれる異空間に存在する精霊は、希まれにこちらの世界に現れることがある。
その際、空間の壁が大きく撓み、空間震という現象が起きてしまうのだ。
規模の大小はあれど──精霊が出現した一帯は、爆弾でも炸裂したかのように滅茶苦茶に破壊されてしまう。
そして、そんな精霊を危険な存在として、武力を以もつて殲滅しようとしているのが、陸上自衛隊所属の対精霊部隊…アンチ・スピリツト・チーム、通称ASTだった。
「精霊の力を封印できるだなんて規格外の能力、持っているのはこの世にあなた一人だけよ。──そのあなたが嫌だと言うのだもの。もうどうしようもないじゃない。あーあ、佐藤にも協力してもらえるようになったのに……残念残念。」
「……っ、な、なんだよ……それ……っ」
士道に課せられた、まるで誓約のような力。
そのあまりの重さに、胃が痛くなる。 だが──そもそもの前提として。 士道には、確かめておかねばならないことがいくつもあった。
「──琴里」
「何かしら?」 なんとなく質問の内容を推し量ったのだろうか、琴里が悠然と返してくる。
「……まず、聞かせてくれないか。〈ラタトスク〉ってのは、一体何なんだ? おまえはいつ、そんな組織に入ったんだ? それに──俺のこの力ってのは、一体何なんだ?」
そう。士道がずっと訊こうとしていたのは、それだった。 琴里がずっと家を空けていたゆえに、発せずにいた問い。
琴里は、ふうと息を吐くと、ポケットから大好物のチュッパチャプスを取り出し、包装を解いて口にくわえてから、話を始めた。
「──そうね。佐藤も一緒にいるちょうどいい機会だし、簡単に話しておこうかしらね」 言って、後方にあった大きなクッションに背中を預ける。
「〈ラタトスク〉は、有志により結成された……まあ、言うなれば一種の自然保護団体みたいなものよ。──もちろん、その存在は公表されていないけれどね」
「保護団体……ねえ」 なんだか腑に落ちないものを感じるが、それで話の腰を折るのも躊躇われた。
先を促がすように相を打つにとどめる。
「ええ。そして、〈ラタトスク〉の結成理由にして、最大の目的、それは──精霊を保護し、幸福な生活を送らせることよ。……ま、最高幹部連である
「あ……? 空間震を防ぐことじゃないのか?」
「ま、それももちろんあるのだけれど。それはあくまで副次的なものよ。そこだけを見るのなら、私たちもASTも変わらないわ」
「……ぬ、まあ、それもそうか。で……そういう組織があるとして、だ。おまえはいつ、どうしてそこの司令官になんてなったんだよ。俺は全然知らなかったぞ」
憮然とそう言う。 隠し事をするななんて言うつもりはないけれど、こんな重大な──それこそ、最悪命に関わるやもしれないことを秘密にされていたのは、お兄ちゃんとしては少し不満だった。 そんな心境をも察したのか、琴里がふうと鼻から息を吐く。
『なぁ、五河琴里。お前……あの組織に何年前から属していた』佐藤が腕を組みながら怪訝そうな目で言ってくる。
「私が〈ラタトスク〉実戦部隊の司令官に着任したのは……大体五年くらい前のことよ」
「五年前……ね。──て、はあ……っ!?」
士道は頭の中で簡単な計算を済ませ、うなずきかけた頭を上に戻した。
『五年…』
年数と言うよりも、五という単語に対して佐藤は反応をしているようにも見えた。
「ば、馬鹿言うな。五年前って……おまえ、まだ八歳じゃねえかよ!」
士道は信じられないといった感で顔を歪めた。
いくら普通の組織ではないとはいえ、小学三年生程度の女の子を司令官にしようだなんて、正気の沙汰ではない。
「ま、数年の間はずっと研修みたいなものよ。実際に指揮を執りだしたのはここ最近」
「い、いや、そういうことじゃねえだろ。そもそもそんな小さな女の子を──」
「まあなんていうの?〈ラタトスク〉が、私の溢れ出る知性に気づいてしまったのよね」
「納得できるかそんなんでっ!」
「そんなこと言われたって、事実なんだから仕方ないじゃない。もうちょっと素直に妹の言葉を信じなさいよ。人の言葉を疑えば頭が良く見えるだなんて思ってるの?」
……いつもの 可愛い琴里とはまるで違う挙動に、言葉。士道は頬に汗を垂らした。
「……おまえのその二重人格も、〈ラタトスク〉のせいなのか?」 士道が言うと、琴里がフンと鼻を鳴らした。
「失礼かつ短絡的ね。もう少し考えてものを言いなさい。第一これは──」
「これは?」
「…………」 琴里はなんとも微妙な表情で士道を見たあと、士道の言葉を無視するように首を振った。
「──そんな話はどうでもいいの。今は〈ラタトスク〉の話でしょ。同じく五年前、組織の転機となる、ある出来事が起こったの」
「おい、はぐらか──」 しかし、士道の言葉は 途中で止められた。 琴里が、くわえていたチュッパチャプスの棒を指で挟み込み、ピッと士道に向けてきたからだ。
「──
「な……っ」 士道は、 驚愕に眉を歪めた。
「そ、それが……俺だってのか?」
「ええ」 琴里がうなずき、再びチュッパチャプスを口に戻す。 士道はといえば、頭の中が混乱しっぱなしだった。
一気にいろんな情報が与えられすぎて、処理しきれなくなる。 「ちょ、ちょっと待ってくれ……そもそも、なんで俺にそんな力が備わってるんだ?」
「さあ?」
「は……? い、いやいやいや。そこまで言ってて勿体付けるんじゃねえよ」
「勿体付けてなんていないわよ。本当に知らないだけ。『キスを介して、精霊から力を奪い取り、安全な状態にして自身に封印する』。そういう能力が士道に備わっているのを知っているだけで、なぜ士道にそんな力があるのかは、少なくとも私は知らないわ」
「そ、それじゃあ、なんで俺にそんな力があるってことがわかったんだよ! その五年前に! 一体何があったってんだよ!」 と。士道が頭をわしゃわしゃとかきながらそう言った瞬間。 琴里が、ふっと目線を下の方に 逸 そ らした。
「……っ」 いつもとは違う、少し憂いを帯びたような表情に、思わずどきりとしてしまう。 何か感慨に浸るような。悲しい思い出を思い起こすような。 ──取り返しのつかない過ちを悔いるような。 そんな──顔。
「こ、琴里……?」 士道が名前を呼ぶと、琴里はハッとした様子で小さく肩を震わせた。
「え、っと──そう、〈ラタトスク〉の観測器でね、調べたの。それで、わかったのよ。──私に関しても、同じ」 なんだか、司令官モードとは思えないような、歯切れの悪い調子で琴里が言う。
だけれど……なぜだろうか、士道には、それ以上琴里を追及することができなかった。
「と、とにかく、よ」 琴里はコホンと咳払いをすると、士道にビシッと指を突き付けてきた。
「今必要な情報は、『士道には、精霊をなんとかする力がある』。それだけよ! その上で選んでちょうだい。──これからも、精霊を口説き落としてくれるかどうかを、ね」
「…………っ」 士道は、苦々しく唇を引き結んだ。なんとも意地の悪い設問である。 士道にしか、精霊の力を封印することはできない。
士道がやらなかったら、精霊は──要は、士道が救いたいと思った十香と同じ境遇の存在たちは、こちらの世界に出てくるたびにASTに襲いかかられてしまう。
彼女たちは、自分の意思で世界を壊しているわけではないのに。 一方的に災厄と断じられ、命を狙われてしまう。
それに──空間震の問題もある。 精霊の力を封印しなければ、いつかまた、ユーラシア大空災レベルの大災害が起こる可能性だってあるのだ。
士道は、大きな吐息とともに、髪をかきむしった。
「……少し、考えさせてくれ」
「──ま、今はそれでいいわ」
琴里は息を吐いてからそう言う。
『……五河琴里。さっきから話を聞いて思っていたことがある。一つ良いか』先程から士道の話だったからか、無言だった佐藤が口を開いた。
「質問…?別に良いけど、士道の能力は本当に分からな───」
『精霊。十香以外にも観測されていると言ったな、その中に……"悪意を持つ精霊"は居るか?』
「えっ…」
何を質問するかと思えば、士道が思いもよらなかった事柄を掘り下げ、驚いてしまった。
「……っ」
淡々と言う佐藤の言葉に琴里は顔をしかめた。
「ほんっ…とうに…。頭の回転が速いわね…士道にも見習って欲しいわ」
『で?居るのか?居ないのか? 私的には居ないほうが嬉しいが……』
佐藤からの言葉にため息を吐き、令音を一瞥した。
令音は逡巡した後、コクリと頷いた。
「……現状──分からないというのが正しいわ。でも、正直言って居る可能性はかなり高いわ。」呻くように白状した琴里の言葉に佐藤は予想通りの言葉が来たかのように『そうか』と一言答えた。
「え──」
思わず……そんな声を発してしまう。悪意を持つ精霊? 何だそれは、精霊という存在は悪意すら持たなくても"あんな惨劇"を作り出せたのに、それが悪意を持ってしまったらどうなるんだ…。
『五河士道、俺のせいで無駄な考え事を増やしちまったな……取り敢えず今は考えるな。』士道の考えを見透かしたのか…佐藤がそんなことを言ってくる。
「考えるな…って──」
『それと、五河琴里。さっきの話では俺がここに……す…む。と、言う事になっていたが……詳しく聞いてなかった』その現実を認めなたくないのか、頑なに"住む"という単語を区切って言っていた。
「……令音、準備とか終わってる?」
緊張感のある話から抜けたからか、ふぅと息を吐きながら隣に座る令音に視線を飛ばす。
「あぁ、既に終わっているよ。あと残っていたのは、佐藤が親御さんなどに確認を取ることだが────」
『………あぁ、それなら大丈夫だ。』
目を細めたまま、佐藤はそんな事を言った。
「……………」
「そう、か……」
「そうなのね……」
"大丈夫"──その意味が何なのかは…士道は何となく理解していた。だから、話を変える。
「えっと、琴里…準備って何の準備だ?」
「え? だから、十香たち部屋の準備に決まってるじゃない。十香は二階奥の客間、佐藤は……まぁ、リビング。使うわよ」
『え、俺リビング?』
「え、ちょ、ちょっと待てっ! 少し考えさせろって言っただろ!」
「ええ。だから、こっちのことは気にせず、じっくり考えてちょうだい」
『え?もうリビングで決定なの?』
なんか佐藤が呻いていたが誰も気付かなかった。
「無茶言うんじゃねぇぇぇぇぇっ!」 士道が叫ぶと、琴里はやれやれと耳を塞いだ。
「うるさいわね。どっちにしろ、特設住宅ができるまでの間、十香にはここにいてもらうしかないの。それに、もう時間もないんだから」
「んなこと言ったって……と、年頃の男女が同じ家に住むってのはどうかと思うぞ……!」
士道が顔を真っ赤にしながら言うと、佐藤が鼻で笑ってきた。
『お前に間違いを起こす甲斐性があれば、コイツラも苦労しないだろうよ』
「ぐ……ッ」 なんだか否定しきれない自分が悲しかった。
「だ、だからってだな……!」
と、士道が食い下がっていると、佐藤が士道の口を塞いできた。
「んぐ…っ!」
『うるせぇ、お前に残された択なんぞ一つしか無いんだ。』そのまま佐藤が耳元で囁いてくる。
『俺が居るだけマシだろ?それに…俺も少しぐらいなら助け舟を出してやるからさ』
「………」諭すように小声で語りかけてくる佐藤の言葉で意を決し、深すぎるため息を吐いた。
「わ、わかった…よ…っ」
〜〜〜◆〜〜〜
「……それで、訓練ってのは一体何なんだ? 俺に一体何やらせるつもりなんだよ
士道が、半ば強制的に首を縦に振らされてから、 およそ三時間。 夕食を終えた士道は、リビングのソファに腰掛けた琴里に問うてみた。
今五河家のリビングにいるのは、士道と琴里の二人だけである。
令音はあのあとすぐ〈フラクシナス〉に帰り、十香は、夕食が終わってから客間 に赴いていた。〈フラクシナス〉隔離エリアの部屋にいたとき使っていた小物なんかが先ほど届いたため、荷解きをしているらしい。佐藤は自分の持ち物を家から持ってくるために一旦帰っている。
「別に、何もしなくていいわよ」 黒いリボンで髪を括った琴里が、食後の一本(もちろん、煙草ではなくチュッパチャプス)をくわえながら唇を動かしてくる。
「は……? どういうこった? あれだけ訓練訓練言ってたのに」
「んー、正確に言うと、 普段通りの生活を送ることが今回の課題……かしらね」
「あ?」
「基本的に士道の訓練は、これから何人もの精霊とデートすることになったことを想定して、女の子と緊張せずに話せるようになることを目的としてるわけよ」
「……ああ、そういえばそんなこと言ってたな」 先月やらされた、ギャルゲー訓練とナンパ訓練を思い起こし、頬をぴくつかせる。
「今回は、女の子と同居というイベントを生かした実戦訓練なの。要は、突然女の子と胸キュン展開になっても、落ち着いて紳士的に振る舞えるようになってほしいわけよ」
「……はあ」
「だから士道は、十香との同居期間中、どんなムフフイベントが起こっても、焦らずとちらず対応してくれればそれでいいわ」
「な……っ、なんだそりゃ……」 士道は眉の間に盛大にしわを寄せ、うめいた。
と、そこでふと脳裏に疑問が浮かぶ。
「……ていうかそもそも、なんで精霊を口説き落 とさなきゃならないんだ? 精霊の力はキスで封印できるんだろ? なら不意を突いて──」
「あらなに、士道ったら無理矢理がお好み? 朝刊に載らないように気を付けてよね」
「載るかッ!」 士道が叫ぶと、琴里はやれやれと肩をすくめた。
「──駄目よ。精霊が士道に心を開いていないと、完全には力が封印されないの」
「そ、そうなのか……?」
「ええ。別にベタ惚れされなさいってわけじゃあないけれど、少なくとも、キスを拒まれないくらいには 信頼されてないと厳しいわね。だから令音が 逐一精霊の 機嫌や好感度をモニタリングしてるのよ」
「は、はあ……」 聞けば聞くほど、わけのわからない能力である。士道は眉の間に深いしわを刻ん だ。
「……ん?」 と──士道はそこで、首をひねった。 琴里が、何やらボソボソと唇を動かし始めたのである。
「……そう、わかったわ。ん……じゃあ……」 よくよく見ると、琴里の右耳には、小型のインカムが装着されていた。
「琴里? 誰と話してるんだ?」
「──ああ、なんでもないわ。気にしないで。──それより士道」 と、琴里がぴょん、とソファから立ち上がった。
「お手洗いに行きたいのだけれど」
「あ? 行けばいいだろ」
「さっき見たところ、電球が切れていたのよ。先に交 換してくれないかしら」
「? ああ……別にいいけど」
士道は琴里の様子を不審に思いながらも、棚の引き出しから予備の電球を一つ取り出し、作業 用の丸椅子を持ってトイレに向かった。
そして、椅子を床に置いてから扉を開け── 「……っ!?」 そのままの体勢で、フリーズした。 しかし、それも当然だ。
何しろ──トイレには、先客がいたのだから。
「な……っ、シドー!?」 十香が、パンツを膝元まで下げた状態で、そこに座っていたのである。
「と……ッ、とととととととと十香……!? なんでおまえ、こんなとこに──」 士道は、心臓が急激に鼓動を速めていくのを感じながら、そんな声を絞り出した。
おかしい。トイレの鍵は閉まっていなかった。
加え、琴里が切れていると言っていた電球は、煌々と明るく光っている。
ついでに、扉の脇に設らえられている電気のスイッチはオフになっていた。 こんなの、咄嗟に人が入っていることを見抜けという方が無茶だ。
「こっ、こっちの台詞だ! 早く閉めんか!」
頬を真っ赤にした十香が、部屋着の裾を片手で下に引っ張りながら、壁に設えられていたトイレットペーパーをむんずと掴み取り、力いっぱい士道の顔面に投げてきた。
「ごあ……っ!?」 柔らかいトイレットペーパーとはいえ、不意に投げつけられればそれなりの衝撃になる。士道はのどからうめき声を発し、その場に仰向けに倒れ込んだ。
コロコロコロコロ……と、今し方士道の鼻にカミカゼ・アタックを仕し掛かけてきたトイレットペーパーが、廊下の上に白線を引いていく。
「な……なんだ、ってんだ……」 と、士道が天井を眺めながらうめくと、そこにザッ、と琴里が現れた。
「情けないわね。焦らずとちらずって言ったばかりなのに」 士道の枕元に仁王立ちしているものだから、下着が丸見えになっている。まあ、さすがに士道でも、妹のパンツでは狼狽たえなかったけれど。
「……琴里。おまえの仕業か……」 士道が言うと、琴里はキャンディの棒をピンと立てて唇の端を上げた。
……要は十香がトイレに入ったのを見計らって、士道に突撃させたのだろう。しかもご丁寧に、鍵と電灯のスイッチに細工までして。
「──士道の様子は常に〈フラクシナス〉でモニタリングされてるわ。そこでクルーとAIが、士道の対応の合否を逐一判定するの。──今回はもちろん、駄目」
言って琴里は、背に隠していたものを士道に示した。
「あ……?」 それは、小型のラジオだった。 琴里が、それの電源を入れ、周波数を合わせる。すると──『──この世界は、欺瞞に満ちている。大人たちは、腐敗しきっている。俺たちは、そうなっちゃいけない。示せパワー。漲るワンダー。未来に向かう足を止めちゃいけない──』
……ドコかで聞いたことのあるような詩が、淡々と朗読されていた。 そう。士道が中学校の時分に書いたものである。
「ぎ……ッ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」 士道はのどが潰れんばかりに大声を上げると、ラジオを引ったくって電源を落とした。
「そんなことをしても無駄よ。だって、もう電波に乗っちゃってるんだから」
「な……っ!?」 士道は、顔を真っ青に染めた。
「前回の発展型ペナルティよ。訓練だからって気楽にやられちゃ困るからね。──ま、安心なさい。全部失敗でもしない限り、作者名を流すようなことにはならないから」
「それ全部失敗したら流すって言ってるようなもんじゃねえか!」
「だから、その前に慣れなさいって言ってるのよ。別にドキドキするなって言ってるわけじゃないの。どんなに緊張しようが、落ち着いた対応さえすればクリアにしてあげる」
「そ、そんな無茶な……ッ」 ゲームならまだしも、こういったイベントに免疫のない士道にとっては難易度の高すぎる訓練だった。
「て、ていうか、十香の精神状態を不安定にしてもいけないんじゃねえのかよ……!?」
「ああ、それは大丈夫。感情の揺らぎにもいろいろと種類があるのよ。こういったイベントで、精霊の力が逆流する可能性は低いわ」
「だ、だからって……」 と、士道が言うと同時、背後からキィ……という音が響いてきた。 十香が、トイレのドアを少しだけ開けて、真っ赤な顔を半分くらい覗かせている。
「と、十香……?」 つい今し方、琴里のせいとはいえ覗きのような真似をしてしまった手前、顔を合わせづらい。
士道は小さく視線を逸そらしながら声を発した。「す、すまん……わざとじゃなかったんだ。許してくれ……」 すると十香は、恥ずかしそうに頬を染めながら、廊下に描かれた白線を指した。
「……許してやるから……その、なんだ……か、紙を取ってくれ」
「あ……」 そういえば、備蓄用のトイレットペーパーが切れていた気がする。 士道は廊下に転がったトイレットペーパーを手に取ると、くるくるとロールし直し、十香に手渡してやった。
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「───で、君はそんな事になったと?」
長々と説明された後、私は盛大に息を吐いた。
『あぁ。だから〈ハーミット〉の事が終わるまでは帰ってこない』軽く淡々と言ってくるこのひとの態度が……嫌だった。
「……君、前に言っていたはずだ。正史に関わりそうなことはしない。起こした場合は即座に記憶を曖昧化させると」
言い訳のようにどうせ意味を持たない言葉の羅列を並べてしまう
『この程度なら大丈夫だ。そんなことよりも、狂三はどうだった?』
「…っ、時崎狂三なら説得は終わっている。〈シスター〉の件には介入できるようだ。」
『そうか。じゃあ、聞くことはないな……』そうして、彼は
「………あぁ」
おぼろげに言葉を返す。
私は、誰なのだろう……少なくとも、
──私は誰だ?
わからない。
──この気持ちは何だ?
分かるわけ無い。
──なんで私は嫌なんだ?
わから、ない。
──私って、なんだ?
分からない。
時崎狂三に殺され、隣界に落ち、復讐を決意し、同じ思想を願った反転体と邂逅し、その反転体と契約をして、魔王とこの仮初の肉体を手に入れた。
願うは復讐、理解できていたのは魔王の力だけ。
誰も信じない、誰にも心を見せない。
そうやって生きていくつもりだった、たくさんの命を壊し、この手を血に深く染める。。
それで良かった、それが望みだった。
──でも、勝てなかった。
あの人は理不尽なほど強くて、何でもありで、勝てる未来なんて見えなかった。
負けた、私は負けた。別にもう殺されても良かった、抵抗が無駄に思えるほどその人は圧倒的だった。
でも、その人は私を殺さなかった。
それどころかこの場所が何なのかを教えてくれた。
しかも、この人は私の内情を知っていた。今思えばそれは…この人が"正史"というものを知っていたからだろう。
たとえ意図していなかったとしても、私はそれに救われた。
内情を知られているなら、どうせ隠しても無駄なら"この人にだけは私を語れる"。そんな事を思ってしまった。
それから、その人は隣界に起こり得るすべての問題を解決していった。何故だろうか……私は気紛れにもその行為を手伝っていた。
恩返し、
──あんなにも絶望と破壊を望んでいたものがそんなことを言ったら鼻で笑われるだろうか。
あの人はそれらすべての準精霊たちを救いあげた。
あの時の私達はただ驚愕することしかできなかった。だって、この隣界における絶対のルール。"エンプティ化"を消したのだから。
目的などなくても、夢などなかったとしても消えることがなくなった。
だからと言ってそこで終わらなかった。
あの人は──
そのときの出来事が一番記憶に残っている。
して、五年前…話してくれた。正史を変えるためにこんな事をしたのだと。
それをすべて聞いた後。消えてしまった、私の復讐心なんぞ…。この人はただ他人、他者のためだけにこんな事をした。
私の現世に舞い戻りたい、そんな望みなんて簡単に叶えられた。
何故だろう、理由だけは頑なに言ってくれなかった。
その時、ズキリと胸が痛かった。
こんなにも長くいても…話せない程に暗いこと。
"信頼"──私が過去に捨てようと決意していたもの。言う資格なんてない、私は救われたのだ…この人に。
でも、そのせいなんだろうな。話を聞けば、正史では私は誰も信じなかったらしい。今は準精霊たちの管理を任せたりしている副人格たちも、もっと悪辣な行動をさせていたらしい。
私は──自分が掴めない。
別に、自分に戻ろうと思えばそんなのできる。
分からないのだ、私が何をしたいのか、私が何を思っているのか。自分で自分の本心が掴めない。
復讐・破壊・終焉。それらを目的として考えていればそんなの気にしなかったと思う。
違う──言い訳をするな、私がいまこんなにも苦悩をしているのは。なぜこんなにも胸が痛いかかだ。
私は……"これ"を知ったら変わってしまうような気がする。
姿が違う、声が違う、人が違う。
そんな些細な事などではない。
私は……誰なんだ。なんで私がこんな事を考えているんだ。
副人格?そう、だ……副人格に何か異常でも起きたのだ。
代わる、主人格の
───あ、れ?
…変わらない。
…変われない。
なんで、私が消えるなんて…あり得ない。
変われ、変われ。
どうして、何故……
違うんだ、これはただの
だから、変わって……
早く、早く……
違う、違う違う違う。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
──あ。
──そうだ
──確かに違った
──私はそもそも〝副人格などに変わっていなかった〟。
思い込み、自己暗示のようになっていただけだった。
──そっか、分かった。
理解した、理解してしまった。
今の状態なら分かる…
逆に先程まで現実逃避をしてでもわからなかった意味が分からない。
つまり、つまりだ。
私は、反転体…負の感情にて生まれた存在。
それが
私は最近までとある負の感情に苛まれていた。
無自覚で無意識、響との会話で思い出した。
でも今わかった、この感情は正の感情に変化しかねない。
持っちゃいけない、この感情は排斥するべきだ。
そうだ、邪魔になる。そもそもそんな筈ない。
たった……数度…数、度…数度?
助けられたぐらい……そ、んな、の。
───
数度?…ふざけるな。
助けられた?…そんな言葉じゃ足りない。
──私が辛かったのは"これ"に向き合えなかったから。
でも、────もう良い。
──破壊するよりも創ることを、
──絶望よりも奇跡を、
──否定よりも肯定を、
そんな事をする反転体がいても良いじゃないか。
そうか、私は……──。
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『………?』
なんだコイツ、急に無言になって…。
出ていこうとした矢先に無言になるもんだから何か気まずくて出られないじゃないか。
「……ちょっと、まってくれ」
ゆらりと、紗和は呼びかけてくる。
『…?どうした、改まって』
何だ、この雰囲気……なんか変だな。
「いってらしっしゃい!
屈託のない、今までとは全く違う表情。
なにか重荷をすてたかのような、或いは〝何かに開き直ったかのように〟だ。
明るい笑みを浮かべてひらひらと手を降ってくる。
『え、あぁ…うん。』
何か違和感がありながらも、齟齬感しかないこの空間から出ていきたくて足早に門に入った。
『何だ?ていうかアイツ二人称「貴方」だったけ?新しい副人格?……まぁ、良いか。小言と言われると思ってたからラッキー』お気楽そうに佐藤は考えをまとめ、五河家まで歩を進めた。
───この後に起きる事など知らずに。
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というわけで終わりです。
今回はそこまで進まなかったけど次回は、次回こそは進めてみせます!!!