あと二話ぐらいで四糸乃編は終われると思います
DEMのオリキャラの設定も固まってきたし楽しくなってきました。
今回も見にくいと思いますが楽しんでいただけたら幸いです。
ひとしきり士道の話を聞いた琴里は、艦橋下段のクルーに指示を飛ばした。
「昨日一六〇〇時から一七〇〇時までの霊波数値を私の端末に送って。大至急!」
そうしてから手元の画面に視線を落とし、苛立たしげに頭をがりがりとかく。
「……主だった数値の乱れは認められないわね。十香のときのケースと同じか。……士道、なんで昨日のうちに言わなかったの?」
「む、無茶言うなよ。会ったときは精霊だなんて思わなかったんだ……!」
と、士道が叫ぶのとほぼ同時に、〈フラクシナス〉艦橋に設えられていたスピーカーから、けたたましい音が轟いてきた。
「……!? なんだ、一体──」
「──精霊が現れたんだもの。仕事を始めるのは私たちだけじゃあないでしょうね」
琴里の言葉に、士道は指先をぴくりと動かした。
「AST……か」
「ええ」
画面に目をやると、今し方少女──〈ハーミット〉と呼ばれる精霊がいた場所に煙が渦巻いていた。恐らく、ミサイルか何かを撃ち込まれたのだろう。
そしてその周囲に、物々しい機械の鎧を着込んだ人間たちが数名、浮遊していた。
陸上自衛隊・対精霊部隊アンチ・スピリツト・チーム。通称AST。
琴里たちの組織〈ラタトスク〉とは違い、武力を以て精霊を殲滅することを目的とした特殊部隊である。
と、煙の中から、小さなシルエットがぴょん、と飛び出した。──〈ハーミット〉だ。
彼女は左手のパペットを掲げるような格好のまま宙に舞うと、周囲を固めるAST隊員たちの間を抜けるように身を捻り、空に躍った。
だが、AST隊員たちはすぐにそれに反応すると、一斉に〈ハーミット〉を追跡した。
そしてそのまま、身体中に装着していた武器から、夥しい量の弾薬を発射する。
「……っ! 危ない!」 反射的に士道が叫ぶが──画面越しの警告には何の力もなく、AST隊員の放った無数のミサイルや弾丸は、無慈悲に〈ハーミット〉の身体に吸い込まれていった。
「あいつら……あんな女の子に……っ」 目を見開き、奥歯をぎりと噛みしめる。
「……今さら何言ってるのよ、士道」 すると琴里が、半眼を作りながら言ってきた。
「十香のときに学習しなかったの? ASTにとって、精霊がどんな姿形をしているかだなんて関係ないの。あるのは世界を守る使命感と、人類にとって危険である存在を排斥しようという、生物として至極まっとうな生存本能だけ」
「だ……だからって……!」
士道が口を開いた瞬間、煙の中から再び少女が空に躍る。 だが──〈ハーミット〉は反撃しようとはせず、ただ逃げ回るだけだった。
「あの子……反撃しないのか?」
「ええ。いつものことよ。〈ハーミット〉は精霊の中でも極めて大人しいタイプだし」
「……っ、なら──」
「ASTに情けを求めるなら、無駄よ。──彼女が、精霊である限り」
「…………っ」
にべもない答えに、士道は唇を噛んだ。 いや──言葉を重ねるまでもなく、自分でもわかっていたのだ。
彼女の気性や、性格だなんて、ASTには関係がない。 彼らはただ、この世に害なす敵を討っているだけなのだから。
──それを覆がえす方法だなんて、一つしかない。 士道は血が出るのではないかと思えるほどに拳を握りしめ、静かに、のどを震わせた。
「……琴里」
「何よ」
「……精霊の力さえなくなれば、あの子がASTに狙われることはなくなるんだな……?」
士道が言うと、琴里は眉をぴくりと動かして、士道の方に目を向けてきた。
「ええ。──その通りよ」
「空間震は……起きなくなるんだな?」
「ええ」
士道は数瞬の間押し黙ったあと、大きく深呼吸をして、次の言葉を発した。
「──俺には、それができるんだな……?」
「十香の現状を見て信じられないのであれば、疑ってくれて構わないわ」
「…………」 士道は髪をくしゃくしゃとかきむしってから、両手で頬を張った。 そして、伏せた目をゆっくりと上げ、決意を発する。
「手伝ってくれ、琴里。……俺は──あの子を、助けたい……!」
「──ふふ」
琴里は、どこか嬉しそうに、キャンディの棒をピンと立てた。
「それでこそ──私のおにーちゃんよ」 そして身体の向きを変え、艦橋下段のクルーたちに向かって声を投げる。
「総員、第一級攻略準備!」『はッ!』 クルーたちが一斉にコンソールを操作し始める。
琴里はそんな光景を眺めながら、唇を舐めた。
「さあ──私たちの
〜〜〜■〜〜〜
「──なあ、サトー」
高校地下に設えられた大型シェルターに避難していた十香は、そわそわする心地を抑えるようにスカートの裾をきゅっと握りながら、すぐ隣に座っていた佐藤に小さな声で語りかけた。
『あ? どうした?……』
佐藤が顔を向けてくる。 十香は、小声で言葉を続けた。
「先ほどの音は、一体なんなのだ? ここは一体どういう場所なのだ?」
『あー…やっぱり、説明しないとだよな。ここは、空間震から身を守るためのシェルターだよ』
「空間震……? なんだそれは」
十香が首を傾げると、佐藤は面倒くさい…といった表情を作ってきた。
『説明するのも…面倒くさい…。』しかし、説明しないと始まらないと理解した佐藤は更に小声で十香の耳元に囁く。
「空間震っていうのは、突発性広域災害の総称だ。まぁ、簡単に言えば、ある日突然世界のどこかで、爆発が起こるっていう事だ。」
「──爆発、だと?」 佐藤の淡々とした説明に、十香は眉をひそめた。
「あぁ、今までで一番大きかったのは、およそ三〇年前。ユーラシア大空災だな。実に一億五〇〇〇万人ほどの死傷者を出した、有史以来最悪の大災害。」
「な、なんだそれは、危ないではないか!」
『あぁ、だからこうやってシェルターに避難するんだ。──まぁ、現在はそこまで大きな空間震は起きていないがな』
佐藤の言葉に、十香は眉根を寄せた。
「な、ならシドーはそんな危険なときに、どこへ行ったのだ?」
『それは……』 佐藤はその続きを言い淀み、目を逸らした。
「…………」 十香は無言のまま、一層強くスカートの裾を握りしめた。
「……シドー」 どく、どく、と、胸の辺りから音が聞こえる。 なぜかわからないが……とても嫌な予感がした。 そして、動悸が最高潮に達した時。
『……心配か…?』
そんな質問が飛んできた。
「…………」
しかし、十香は無言のまま、一層強くスカートの裾を握りしめた。佐藤の言葉に返せないほどに今の十香は切羽詰まっているのだ。
『心配なら行って来い』
「……っ」
その言葉に十香は、バッと顔を上げた。
そして────もうそこに十香は居なかった。
『まぁ、正史に近づけるとはいえ嘘はついていないし』
うんうんと一人で頷き、佐藤は納得した。
〜〜〜◆〜〜〜
「ふぅ……ここでいいのか?」
〈フラクシナス〉下部に設えられた転送装置で地上まで送られた士道は、右耳に装着した小型のインカムに向かって声を投げた。
『ええ。精霊も建物内に入ったわ。ファーストコンタクトを間違わないようにね』
「……了解」
士道は頬に汗を垂らしながらそう言うと、インカムから手を離した。
そして、鼓動を落ち着けるように深呼吸をする。
士道は今、商店街の先に聳える大型デパートの中にいた。 なんでも〈ハーミット〉は、比較的出現回数が多い精霊らしく、その行動パターンの統計と、令音の思考解析を組み合わせれば、おおよその進路に目算がつくのだという。
無論、ASTの出方によっては微妙に進路が変わってしまう可能性もあったが、そのときはまた士道を回収して、次の予測地点に向かえばいいとのことだった。
ASTの主要装備であるCR-ユニットは、屋内での戦闘に不向きである。 無論、十香のときのように建物を破壊して精霊を燻り出そうとしてくる可能性もあったが、とりあえずしばらくの間は、精霊が建物内から出てくるのを待つだろう。
そしてその、数分とも数十分とも知れないわずかな間が、戦場において士道が精霊と会話をするための貴重な時間なのであった。
「…………」 四月中旬。このインカムをつけて〈ラタトスク〉の指示を仰ぎながら、佐藤とともに十香と会話をしたときのことを思い出す。
まさか、それからひと月しか経たたないうちに、再び戦場に舞い戻ることになるとは思ってもみなかったが──仕方あるまい。
なぜかはわからないが、士道にはとんでもない力があって。 その力を使えば、空間震を止められ、精霊への攻撃も止やめさせられると言われて。
──しかも、それを、士道は望んでしまったのだから。
「……まあ、っていっても」 士道は小さく息を吐いた。……その方法が、精霊を口説いてキスをすることだというのだから、士道にはいささか難易度が高かったのだが。
『──士道。〈ハーミット〉の反応がフロア内に入ったわ』
「……!」 不意に響いた琴里の声に、士道は身体を緊張させた。
と、その瞬しゆん間かん。
『──君も、よしのんをいじめにきたのかなぁ……?』
「……っ!?」 急に頭上からそんな声が響き、士道はバッと顔を上げた。 そこには、件の少女〈ハーミット〉が、重力に逆らうような逆さの状態で浮遊していた。
『駄目だよー。よしのんが優しいからってあんまりおイタしちゃ。……って、んん?』
と、少女は逆さになっていた身体を空中でぐるんっ、と元に戻して、床に降り立った。 そして、パクパクとパペットの口を動かす。
『ぉおやぁ? 誰かと思ったら、ラッキースケベのおにーさんじゃない』
士道の顔をまじまじと見たのち、パペットが器用にぽん、と手を打ってくる。……本当に、片手でどうやって操作しているのだろうか。
しかし今はそんな疑問に時間をとられている場合ではなかった。
すぐに、右耳に『待ちなさい』という琴里の声が聞こえてくる。〈ハーミット〉の言葉のすぐあと。
①「ああ、久しぶり。元気だったかい?」素直に挨拶をする。
②「ラッキースケベってなんだラッキースケベって!」軽快なつっこみを入れる。
③「ふ……っ、知らないね。私は、通りすがりの風来坊さ」ハードボイルドに決める。
〈フラクシナス〉艦橋のメインモニタに表示された三つの選択肢を眺めて、琴里はペロリと唇くちびるを舐めた。 ちなみに艦橋のモニタには、〈ハーミット〉の姿がバストアップで映し出されており、その周りに各種パラメータやテキストウインドウまで表示されている。
どう見ても恋愛シミュレーションゲーム──通称ギャルゲーの画面だった。
「総員、選択開始!」
琴里の号令に合わせて、艦橋下段のクルーたちが、一斉せいに手元のボタンを押す。 すぐにその結果が、琴里の手元の小型ディスプレイに映し出された。
①、②、③──全てが、ほぼ同数。
「ええっ? ②でしょう! このギャルゲー主人公的なつっこみ! これですって!」 と、クルーの一人が主張してくる。だが、すぐまた別の方向から声が上がった。
「しかし、相手の性格がわからない以上危険では? ここは①が妥当かと」
「いやいや、今までのデータから、〈ハーミット〉が人間にほとんど攻撃をしてこないことはわかってるんだ! ここは③で勝負に出るべきだ!」
「……ふむ」 三方向からの訴えを聞き、琴里はあごに手を当ててうなった。
そして、マイクに向かって唇を開く。
「──士道、③よ」
「……っ、なんだそりゃ……」 士道は、床に尻をつけたまま、小さく呟やいた。 耳に届いた琴里の行動指示。
それが、あまりに突飛なものだったのである。
『うぅん? どったの?』 パペットが、器用に首を傾げてくる。 考えている間はない。士道はその場にすっくと立ち上がると、近くに陳列されていた椅い子すに片足をかけ、「ふ……っ、そんな奴やつのことは知らないね。私は、通りすがりの風来坊さ……」
なんてきざったらしく言ってから、髪をふぁさぁ……とかき上げてみせた。 ……正直、もの凄く恥ずかしい。
『…………』〈ハーミット〉の操るパペットが、ポカンと口を開けたまま、黙った。 そのまま、数秒が過ぎる。
「……お、おい、琴里。どうしてくれんだこの空気……」 と、士道が小声で琴里に不満をこぼした瞬間、『ぷ……っ、は、ぁはははははっ!』 パペットが、カラカラと頭を揺らして笑い出した。
『なぁーにぃ、おにーさん意外とひょうきん者? あっはっは、今どきそれはないわー』
「は、はは……お気に召めしてなによりだ」
士道はパペットに合わせるように苦笑した。今どき『ひょうきん者』もないと思ったが、言わずにおく。
『どーよ』
「……はいはい、悪かったよ」 自慢げな琴里の声に小声で返し、士道は〈ハーミット〉の方に向き直った。
すると、それに合わせるように、パペットが士道の顔に視線を合わせてくる。
『やー、しかしラッキースケベのおにーさん。珍めずらしいところで会うねー。ぁっはっは、おにーさんみたいなのは歓迎よー? どーもみんな、よしのんのこと嫌いみたいでさー。こっちに引っ張られて出てくると、すーぐチクチク攻撃してくるんだよねぇー』
言って、パペットが、またもわははと笑ってみせる。『随分とまあ、陽気な精霊ね』 右耳に、士道が思ったままの言葉が聞こえてくる。
やはり、琴里もそう思ったらしい。 と、〈ハーミット〉の言葉の中に、気になる単語があった。小さく口を開く。
「なあ……よしのん、って?」 士道が問うと、パペットが驚きを表現するように、口を大きく開けた。
『ああっ、なんてみすていくっ! よしのんともあろう者が、自己紹介を忘れるだなんてっ! よしのんはよしのんのナ・マ・エ。可愛いっしょ? 可愛いっしょ?』
「あ、ああ……いい名前だな」 ハイテンションなパペットに気圧されるようにうなずく。 すると、右耳に琴里の怪訝そうな声が聞こえてきた。
『──よしのん、ね。ふうん、この精霊は十香と違って、名前の情報を持っているのね』
「あ……」
言われてみればその通りである。十香は、名前を持っていなかった。『十香』というのは、士道がつけた名前だ。
しかし、パペットがずずいっ、と顔を寄せてきたため、その思案は中断させられる。
『ぅんで? おにーさんはお名前なんてーの?』
「あ……っ、ああ。──俺は士道。五河士道だ」
『士道くんねー。カッコいい名前じゃないの。ま、よしのんには勝てないけどねぇー』
「お、おう……ありがとう。ええと……よしのん?」
『はいはーぃ、何かなー? 今し方覚えたばかりの名前を、軽妙に会話に折り込んでくる士道くんのフロンティアスピリッツに、感心しきりのよしのんだよー』
大仰な仕草で手を広げるパペットに苦笑で返してから、士道は言葉を続けた。
「いや、大したことじゃないんだが、ええと……よしのんっていうのは──このパペットじゃなくて、君の名前なんだよな?」
言って、パペットの奥──青い目をした少女の方に視線を向ける。『…………』 すると、今まで陽気に話を続けていたパペットが、急に黙りこくった。
次いで、右耳のインカム越ごしに、ビーッ! ビーッ! という警報音が響いてくる。
『──っ、士道、機嫌の数値が一気に下がっているわ。あなた一体何を言ったの?』
「え……っ? いや、俺はただ、なんでずっと腹話術でしか喋らないのかなあ……と」
士道が疑問を素直に口にすると、パペットがゆらりと顔を近づけてきた。
『──士道くんの言ってることがわからないなぁ……。腹話術ってなんのこと?』 口調は穏やかなまま。ついでに、パペットなので顔の造作だって変わっていない。 それなのに、なぜかとてつもないプレッシャーを感じて、士道は後ずさった。
「い、いや……その」
『士道。原因はあとで考えればいいわ。とにかく、今は精霊の機嫌を直すのよ』 琴里から指示が飛ぶ。
士道は目を泳がせながら唇を動かした。
「そ……っ、そうだよな! よしのんはよしのんだよな。いやー……はは……は」
すると。
『ぅうんっ、もー、士道くんったらおちゃめさんなんだからー』
それまでの凄味が嘘のように霧散し、パペットが甲高い声を響かせた。
「……な、なんだったんだ、今の」
『さあね……。まあ、いくらフレンドリーとはいえ、相手は精霊。油断は禁物ってことよ』
士道は小さくうなずくと、『よしのん』に向き直った。
「ええと──」 とはいえ、そうすぐに言葉が出てくるわけもない。 士道が言い淀んでいると、琴里が苛立たしげに声を響かせてきた。
『間を空けないの。とにかく、精霊に逃にげられないようにして』
「……ど、どうやって……」
『そんなの、決まり切ってるでしょ。せっかく大型デパートの内部にいるのよ? 時間あったらちょっとデートしよう、でいいのよ。いい?「デートしない?」じゃなくて「デートしよう」っていうのがポイントよ。選択権を相手に渡わたさないの』
「は、はあ……」 士道は少し気後れしながらも、『よしのん』に向き直った。
「じ、時間あったらちょっとデートしよう」
そして何の脈絡もなく、聞いたままの台詞を発してしまう。
『……そのままって。もうちょっと柔軟に対応なさいよ』 琴里が、やれやれといった調子で言ってくる。
が、『よしのん』はさして気にしていない様子だった。否、むしろテンション上がってきたぜぇ、とでも言うように、パペットの小さな手をバタバタさせる。
『ほっほ~! いいねー。見かけによらず大胆に誘ってくれるじゃーないの。うふん、もちろんオーケイよん。ていうか、ようやくまともに話せる人に出会えたんだし、よしのんからお願いしたいくらいだよー』
言って、カラカラと笑う。
「そ、そうか……」
『……ま、結果オーライにしといてあげる』
琴里のため息交じりの声を聞きながら、士道は『よしのん』とともに、デパートの中を歩いていった。
〜〜〜◆〜〜〜
「…………」
折紙は、全身に
周囲には、同じ装備のAST隊員が数名浮遊し、あたりに気を張っている。 AST──
空想を現実に再現する装置・
しかし、顕現装置を戦術的に運用するための装備──
駐屯地外に住居を構え、あまつさえ学校に通いながら、有事の際にのみ出動する。 扱いとしては、出動頻度が極端に高い予備自衛官のようなものだった。
「…………」 周囲に展開された
しかし、〈ハーミット〉は屋内に潜伏したまま、今なお姿を現そうとはしない。
『──随分と粘るわね』 と、通信機を通して、部隊の隊長である日下部燎子この声が聞こえてきた。
『〈ハーミット〉にしては珍しいわね。こんなに一所にとどまっているなんて。いつももっとビュンビュン飛び回ってるイメージだったわ』
そう。〈ハーミット〉は、行動パターンのほとんどが逃げの一手なのである。 折紙たちがいくら攻撃を仕掛けようとも、反撃をしてくることもなく、逃げ回るだけ。
それが、もし屋内で消失ロストまでの時間をやり過ごす智恵を付けたのだとしたら──折紙にとってはあまり面白くない事態だった。
「攻撃許可は」 静かな声で折紙が問うと、燎子が嘆息めいた声を返してきた。
『──一応要請はしてみたんだけどね。待機だってさ』
「建造物なら倒壊しても、修復は可能」
『……ま、合理的に考えればそうなんだけれどね。そう簡単にはいかないものなのよ。復興部隊動かすのだってタダじゃないし。──だいいち、前回の〈プリンセス〉クラスならまだしも、今回のターゲットは弱虫〈ハーミット〉よ?』
「…………」〈プリンセス〉。 その識別名に、折紙は小さく眉を動かした。 どんないきさつがあったのか知らないが、その識別名を持つ精霊は今、人間の少女──夜刀神十香として折紙の学校に通っているのである。
無論、折紙は十香の存在を確認するなり、燎子に報告をした。 だが、なぜか彼女から精霊の反応が確認されなかったため、攻撃許可は出なかったのである。
無理を言って戸籍なども調べてもらったが、そちらからも不審な点は発見されなかった。
少なくとも現段階において──折紙としては不満極きわまりないものの──彼女は折紙たちの守るべき日本国民であったのだ。
と──「……っ?」 折紙は不意に目を細めた。 一瞬、視界の端に、美しい闇色の髪が映ったように感じたのである。
そう。まるで十香のそれのような。
下方──ひとけのなくなった、雨の降りしきる大通りに顔を向ける。
「…………」 だが、十香の姿は確認できなかった。 折紙は無言でかぶりを振った。どうもナーバスになっているらしい。
こんなことで精霊を取り逃がしては目も当てられない。折紙は細く息を吐くと、さらに気を張って警戒を続けた。
〜〜〜◆〜〜〜
──『よしのん』と遭遇してから、どれくらいの時間が経過しただろうか。 士道と『よしのん』は、デパートの中を歩き回りながら、会話に花を咲さかせていた。
もちろん時折琴里から指示が飛ぶのだが──妙に笑いの沸点が低いらしい『よしのん』は、どんな些細なことにもカラカラと笑っていた。
実際、彼女の精神状態をモニタリングしている〈フラクシナス〉艦橋でも、いい数値が出ているらしい。 先ほどの豹変ぶりが何かの間違いに思えるほど、順調な展開だった。
『──ふむ、存外いい感じじゃない』 琴里が、そんなことを言ってくる。
『そもそもが人なつっこい性格なのかしらね。好感度も上々よ。今すぐキスしようっていっても、拒まれはしないんじゃないの?』
「……おいおい」 冗談なのか本気なのかわからない言葉に、頬をかく。 しかし、実際士道も驚いていた。
今でこそ十香も普通に会話できるようになったが、最初会ったときは酷い人間不信で、言葉を間違うたびに死にそうな目にあったものである。
……だが。『やっぱりお喋りするのはたーのしーいねー。どうもあの人たちは無粋でさー』
「は……はは」 パペットがパクパク口を開きながら言うのに、曖昧な調子で返す。
……なんというか、やっぱり、気になった。 会話が弾むのは願ったり叶ったりであるし、数値的にも機嫌や好感度が上がっているのなら、何も問題はない。
……はず、なの、だが。「…………」 士道は無言で、ちらとパペットを操っている少女の方を見やった。
昨日会ったときも、そして今日も。雄弁に喋るのはパペットの腹話術だけで、本人の口はぴくりとも動いていなかったのである。
まるで……そう、人形浄瑠璃の黒子みたいだった。
『──おぉ?』
「…………っ!」 と、不意にパペットがこちらを向くのを感じて、士道は肩かたを震わせた。
『すっごーい! 何かねありゃー!』
パペットが興奮気味に手をバタつかせると、その場からとてとてと走っていく。──まあもちろん、走るのは本人の足なのだが。
『よしのん』が興味を持ったのは、玩具売場の一角に組まれていた、お子様用の小さなジャングルジムらしかった。
やたらカラフルな強化プラスチックのお城に、両足と右手だけで器用に上っていく。 そして頂点に到達すると、『わーはは、どーよ士道くん。カッコいい? よしのんカッコいい?』
なんて、声を弾ませて訊いてきた。「お、おい、そんなところに立ってると危ないぞ」 あくまで子供用の室内用ジャングルジム。
そこまで大きくないとはいえ、てっぺんから落ちては怪我をしてしまうだろう。 いや、彼女が空を飛べるというのはわかっているのだが、どうも士道の脳内には、昨日の『ずるべったぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!』のイメージが残っていたのである。
慌あわてて、ジャングルジムのもとに駆け寄る。 しかし『よしのん』は不満げにパペットの手を振った。
『んもうっ、カッコいいかどうかって訊いてるのにぃ──っと、わ、わわ……っ!?』
「な──っ!」 その動作でバランスを崩くずしてしまったのだろうか、『よしのん』はジャングルジムの上で踊るように手を振ってから、士道の上に落下してきた。
そのまま、『よしのん』に押しつぶされる格好で、床に張り付けられる。
「っ……いへぇ……」 仰向けになりながら、声を発する。なぜか、前歯が痛かった。 と──そこで、違和感に気づく。 なんか、目の前に少女の青い髪と、端整な造作の貌があって。
──ちょうど、唇のあたりに、妙に柔かい感触があった。
「────ッ!?」 数秒のあと、今自分がどういった状況に置かれているのかを、脳が理解した。
『……わお。やるわね、士道』 さすがに琴里も予想外だったのだろう。驚いたような声を響ひびかせてくる。
それはそうだ。だって今士道は──上から落ちてきた少女と、ばっちり口づけを交かわしてしまっていたのだから。
『…………』 ──無言のまま、『よしのん』が身を起こす。その際、ようやく二人の唇が離れた。 図はからずも……キスをしてしまった。
しかしこれで、『よしのん』の力は封印できたはずである。
だが……なんだろうか、先月、十香とキスを交わしたときのような、身体に温かいものが流れ込んでくるような感覚が無かったというか── ──と、そこで再びインカムの向こうから、けたたましいサイレンが鳴り響いてきた。
「な……っ」 眉をひそめて声を発する。
──力は封印できたはずでは? だがこの音は、精霊の機嫌が崩れ、士道に危険が迫ったときに鳴るものであったはずだ。
と、いうことは、『よしのん』は今──『あったたたぁー……ごめんごめん、士道くん。不注意だったよー』
しかし『よしのん』は、パペットをパクパクと動かすと、平然とそんな声を発した。「え……?」 呆然と、目を見開く。
『よしのん』に、怒っている様子は見られなかった。
ならば、耳に届くこの警報は一体何なのだろうか。
『──士道、緊急事態よ。……それもたぶん、最強最悪の』 と、琴里が、いつになく焦った様子で言ってくる。
「は……? 一体何が……」 と。後方から、ざッ、という足を踏みしめるような音がして、士道は肩を震わせた。
恐る恐る、首を後方へと向ける。 そこには──意外に過ぎる、顔があった。「と、十香……?」 目を見開き、そこに立っていた少女の名を呼ぶ。
そう、そこにいたのは、来禅高校の地下シェルターに佐藤と共に避難しているはずの十香だった。
しかも雨に降られたのだろうか、その全身はびしょ濡れで、ついでについ今し方全力疾走でもしてきたかのように、荒く肩で息をしていた。
「──シドー」 士道の思考を遮ぎるように、十香が身体をゆらりっ、と揺らしながら声を発してくる。
なぜだろうか、ただ名を呼ばれただけなのに、背筋に寒気が走った。
「……今、何をしていた?」
「……っ、な、何って……」 その問いに思わず唇に触れ──すぐに思い直して手を背の後ろにしまう。
だが十香は、そんな仕草すら気に入らなかったのか、まるでぐずる子供のような表情を作ると、のどの奥から震える声を絞しぼり出した。
「──あ、あれだけ心配させておいて……」
「え……?」
「女とイチャコラしてるとは何事かぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 だんッ──! 十香が叫び、足を打ち付けた瞬間、その位置を中心に床がベコンッ! と陥没し、周囲に放射状の亀裂が入った。
「な、ななななななな……」 突然の事態に、士道は目を剥いて戦慄した。 普通の女子高生は、地団駄を踏んだくらいで床をへこませたりはしない。
無論十香は普通の女子高生ではないのだが……精霊としての力を封印されている状況では、常識的な範囲内の身体能力しかないはずだった。
「ど、どういうことだ、琴里……っ」
インカムに問うと、琴里がため息交じりに返してくる。
『だから……前々から言ってたでしょ。士道と十香の間にはパスが通ってるから、十香の精神状態が不安定になると、力が少し逆流する恐れがあるって』
「は……はあ? なんだよそれ、十香の精神状態が不安定だってのか?」
『ええ。状態が悪化する前に、なんとか十香の機嫌を直しなさい』
「そ、そんなこと言ったってどうすりゃあ……」
そんなことを言っている間に、十香は士道と『よしのん』のもとに到達した。 そして鋭い視線で二人を交こう互ごに見たあと、「むむむ……」と唇を引き結んでから、士道にキッ! と視線を、『よしのん』にビッ! と指を向けた。
「……シドー。おまえの大事な用とやらは…そこの娘に会うことだったのか?」
「あ、いや、それは……」 いやまあ、確かに言葉の上ではその通りなのだが、ここでイエスと言って、こちらの真意が十香に伝わるかどうかは疑わしかった。
と、そこで、『……いやぁー、はやぁー……そぉーいうことねえ……』
今の今まで十香の登場にキョトンとしていた『よしのん』が、甲高い声を出した。
一体どうやっているのだろうか、ウサギの顔が、いたずらっぽい笑顔になっている。
『おねーさん? ええと──』
「……十香だ」 パペットに言われ、憮然とした様子で十香が返す。
『十香ちゃん。君には悪いんだけどぉ、士道くんは君に飽きちゃったみたいなんだよねぇ』
「な……っ」
「……!?」 十香と士道が、同時に息を詰まらせ、パペットの方に向く。
『いやさぁ、なんていうの? 話を聞いてると、どうやら十香ちゃんとの約束すっぽかしてよしのんのとこに来ちゃったみたいじゃない? これってもう決定的じゃない?』
「……っ」 十香が肩をぴくりと揺らし、今にも泣き出してしまいそうな顔を作る。
「お、おまえ、何言って──むぐっ!?」 士道がパペットの発言に声を上げる──が、十香にがッ、と口元を掴まれた。
「シドーは少し黙っていろ」 有無を言わせぬ迫力を発しながら、万力のような力でギリギリと頬骨を締しめ付けてくる。
「……! ……!」 パペットはそんな様子が愉快で仕方ないというような調子で、言葉を続けた。
『やー、ねー、ごめんねぇ、これもよしのんが魅力的すぎるのがいけないのよねぇ』
「ぐ、ぐぐ……っ」
『別に十香ちゃんが悪いって言ってるわけじゃぁないのよぅ? たぁだぁ、十香ちゃんを捨ててよしのんの元に走っちゃった士道くんを責めることもできないっていうかぁ』
「う……うがーッ!」 しばしの間、士道の顔を掴みながら肩かたをぷるぷると震ふるわせていた十香だったが、もう我慢の限界とばかりに叫びを上げた。
ようやく、士道の顔から手が離される。
「う、うるさい! 黙れ黙れ黙れぇっ! 駄目なのだ! そんなのは駄目なのだ!」
『ええー、駄目って言われてもねぇ。ほらほらぁ、士道くんもはっきり言ってあげなよぅ、十香ちゃんはもういらない子、って』
「……っ!」 瞬間、十香はガバッとパペットの胸ぐらを掴み上げた。 無論小さなパペットである。少女の手から容易たやすく外れ、上空に持ち上げられてしまう。「…………!?」 と、パペットを取り上げられた少女が、目を丸くした。
次の瞬間には眼球がぐらぐらと揺れ、顔面が蒼白になり、顔中にびっしりと汗が浮かんだ。ついでに目に見えて呼吸も荒くなり、指先がぷるぷると震え始める。
「よ、よしのん……?」 士道は、未だ痛む頬をさすりながら、急な変化を見せた『よしのん』に、怪訝そうな視線を送った。
だが、十香はそんな『よしのん』の様子に気づいていないようだった。両手で掴み上げたパペットに、ナイフのごとく鋭い視線を向け、詰め寄っている。
「わ……ッ、私は! いらない子ではない! シドーが……シドーが私に、ここにいていいと言ってくれたのだ! それ以上の愚弄は許さんぞ! おい、何とか言ったらどうだ!?」
パペットが声を発していたと思っているのだろうか、ウサギの首元を掴み上げながら、ぐらぐらと揺する。
「……! ……!」
そんな様子に、『よしのん』が声にならない悲鳴を上げていた。 先ほどまでの悠然とした調子が嘘のように、全身をチワワのごとく震わせている。
そして『よしのん』が、視線を避けるようにフードを目深にかぶり直してから、おっかなびっくりといった調子で、十香の服を引っ張った。
「ぬ。な、なんだ? 邪魔をするな。今私は、こやつと話をしているのだ」
「──かえ、して……っ、くださ……っ」
十香の両手で高々と吊り上げられたパペットを取ろうとしてか、『よしのん』がぴょんぴょんと飛び跳ねる。
そういえば、彼女の地声を聞いたのは昨日会ったとき以来初めてかもしれなかった。
『──何してるの士道。よしのんの精神状態まで揺らぎまくりよ。早く止めなさい!』
と、右耳に、琴里の声が響いてくる。 士道は頬をかきながら、恐る恐るのどを震わせた。
「な、なあ、十香。その……それ、返してやってくれないか?」
「…………っ!」 すると十香が、士道の言葉に、愕然とした様子で目を見開いた。
「シドー……やはり……私よりもこの娘の方が……っ」
「は、はぁ? いや、そういうことじゃなく──」
と、それとほぼ同時に。
「……っ、〈
『よしのん』がバッと右手を上げたかと思うと、それを真下に振り下ろした。
瞬間──床を突き破るようにして、その場に巨大な人形が現れる。
「な……!?」 全長三メートルはあろうかという、ずんぐりしたぬいぐるみのようなフォルムの人形である。体表は金属のように滑らかで、所々に白い文様が刻まれていた。
そしてその頭部と思しき箇所には、長いウサギのような耳が見受けられる。「に、人形……ッ!?」「──なっ、これは──!?」 士道と十香が、同時に声を発する。
『よしのん』は、自分の足の下から出現した人形の背にぴたりと張り付くと、その背にあいていた二つの穴に両手を差し入れた。
次の瞬間──人形の目が赤く輝き、その鈍重そうな体躯を震わせながら、グゥォォオオオオオオオオォォォォ──と、低い咆哮を上げる。
それに合わせて、人形の全身から白い煙のようなものが吐き出された。
「冷た……ッ!?」 思わず足を引っ込めてしまう。
その煙は、まるで液体窒
素から発せられているもののように、非常に低温であったのだ。『──このタイミングで天使を顕現……!? 士道、まずいわ、逃げなさい!』
「は、はぁ……っ!? て、天使って何だよ!」 突然右耳に響いた琴里の叫びに、思わず大声を上げてしまう。
『目の前に現れたでしょう! 精霊を護る絶対の盾・霊装と対を成す最強の矛! 精霊を精霊たらしめる「形を持った奇跡」よ! 十香の〈
その名に、士道は眉をぴくりと動かした。 先月。十香が精霊の力を有していたときに顕現させた、巨大な玉座。そして剣である。
それが示す事象。それは非常にシンプルだった。 つまりは──キスをしたのに、精霊の力が、封印できていない。
と、『よしのん』が小さく手を引いたかと思うと、人形──〈氷結傀儡ザドキエル〉が低い咆哮とともに身を反らした。
すると、デパート側面部の窓ガラスが次々と割れ、フロア内部に雨が入ってくる。 否──正確に言うのなら、少し違う。 窓が割れて雨が入ってきたのではなく、まるで、雨粒が凄まじい勢いで以て、外部から窓ガラスを叩き割ったかのような感じだった。
「いぃ……っ!?」 士道は驚愕に目を見開くと、足を震わせながら、前方に聳える人形を見た。──ギロリ、と十香の方に顔を向ける人形を。
「……ッ! 十香!」 士道は、言うが早いか十香の手を引き、その身体を抱き込むようにして床に倒れ込んだ。
「な……っ、シドー!?」 十香の声が、鼓膜を震わせる。と、それとほとんど同時に、今の今まで十香の身体があった位置を、夥しい数の弾丸のようなものが通り抜けていった。 それらは周囲の商品棚を派手に穿ったのち、透明な液体となって床に流れていく。
「あ、雨……!?」 そう。割れた窓から、雹のように固まった雨粒が、重力を無視して十香に放たれたのだ。
と──そこで、『よしのん』の駆る〈
「……っ」 咄嗟に十香を守るように、自分の背を〈
途中──十香の手から床に落ちたパペットを、口に当たる部分でくわえて。
「…………」 士道は『よしのん』の背を視線で追ってから、小さく口を開いた。
「た、助かった……のか?」
『……ええ。反応は完全に離脱したわ。なかなか無茶をするわね、士道』
右耳に、そんな声が聞こえてくる。
「や……でもなんでいきなり──」 と、言いかけたところで、「いいから早く離さんか……ッ!」 顔を掴まれ、士道はその場にごろんと転がされた。
「のわ……っ!?」 原因は考えるまでもない。今の今まで士道の腕の中にいた、十香だ。 彼女は頬を紅潮させ歯を食いしばるという、駄々っ子のような表情を作りながら、肩をいからせるような姿勢でその場に立ち上がった。
「と、十香……?」「……っ! 触るなっ!」
「いて……っ」 士道が思わず顔をしかめ、手を引っ込めると、十香は一いつ瞬しゆんハッとした顔を作った。
しかしすぐに「むむむ……」と、うなり、ぷいと顔を背けてしまう。
「ど、どうしたってんだよ、十香……」
「うるさいっ! 話しかけるな! わ、私より、あの娘の方が大事なのだろう……っ!」
「は、はあ……っ? 何言って──」
士道が呆気にとられたように声を発すると、十香が苛立たしげに地面を蹴り始めた。
「う、う、う、ううううう────ッ!!」
「ちょ……ッ、うわっ……!?」 そのたび、地面に亀裂が入り、陥没していく。 士道はバランスを保ちきれなくなり、その場に転げてしまった。
〜〜〜◆〜〜〜
『──AST各員に通達。精霊に動きがあったわ。反応が確認でき次第攻撃を再開』
全身をワイヤリングスーツで覆った折紙の鼓膜に、そんな通信が聞こえてくる。
「──了解」 折紙はそう返すと、両手に装備した対精霊ガトリング〈オールディスト〉を構え直した。
現在の装備は、相手の射程外から、とにかく手数多く弾をばら撒くことを目的としたアウトレンジ型だ。
〈ハーミット〉出現と同時に降り始めた雨が、随意領域の外面に弾かれる様を見ながら、油断なくビルディングと、網膜に直接表示された精霊反応を注視する。
瞬間。 ──ゴッ、という音とともに、ビルの壁が吹き飛び、砂埃りが上がる。
それと同時に、網膜に投影された精霊反応が点灯した。
『──撃てッ!』 隊長たる燎子の号令が響くと同時、折紙たちは一斉にトリガーを引いた。 けたたましい音を立てて、幾百もの弾丸がビルに吸い込まれ、凄まじい土煙を上げる。
「…………」 折紙は、トリガーを固定したまま目を細めた。
随意領域テリトリーによって研ぎ澄まされた超視力が、土煙の中を高速で移動する影を捉えたのだ。
折紙は無言のまま、脳内に指令を出した。 それに応ずるように、脚部に装着されていた小型のミサイルポッドが展開し、左右からそれぞれ一〇発、〈ハーミット〉目がけてホーミング弾が射出された。
「──ッ!?」 対精霊ガトリング弾の雨の中を抜けてきた精霊──〈ハーミット〉が、すぐ目の前に迫っていたホーミング弾を目にして、驚愕の表情を作る。
「……!」〈ハーミット〉が両手を引くと、人形が軽かろやかに宙を舞まい、ホーミング弾の追尾を振り切っていった。 だが、そのときにはもう、折紙以外のAST隊員も、精霊の姿を捉えている。 後方からはホーミング弾、そして、他の全方位から夥しい量のガトリング弾が浴びせられる。
これを全て避けるのは不可能だろう。「きゃ──」 小さな悲鳴のようなものが、折紙の超聴覚に聞こえてくると同時、全弾が一斉に着弾。
凄まじい爆音を上げる。 恐らく精霊の纏った霊装でほとんどの攻撃は無効化されるだろうが──〈プリンセス〉ならまだしも、〈ハーミット〉では無傷というわけにもいくまい。
実際、着弾位置から、巨大な人形が下方に落下していくのが確認できた。
『──よし! 攻撃の手を休めるんじゃないわよ! 撃てッ! 撃てッ!』 燎子の命令が響く。が── 折紙は、トリガーにかかった指をぴくりと動かした。
精霊の身体と巨大な人形が、空間に溶け消えていくのが確認できたのである。
『
と、そこで、雲の切れ間から日の光が差し込んでくる。 随意領域を叩いていた雨が、ぴたりと止やんだのである。
『──総員、帰投するわよ』
「…………」 折紙は燎子の声に銃口を下げ、臨戦態勢を解除した。 だが、燎子の背を追って帰投する際──「……?」 随意領域テリトリーで強化された視界に、気になるものを発見し、一時的に高度を下げた。
〜〜〜◆〜〜〜
「おーい、十香ぁ~……」 困惑に染まった声を発しながら、士道はコンコン、と扉をノックした。
しかし……反応はない。
「十香……頼むよ、話を聞いてくれ……」 もう一度、そう言いながら扉を叩く。 すると──ドンっ! と凄まじい音がして、家全体がビリビリと震ふるえた。「……っ!」 突然のことに、思わず肩をビクッと揺らしてしまう。
と、士道が今までノックを続けていた扉の向こうから、くぐもった声が響いてきた。『……ふん、構うな。……とっととあっちへ行ってしまえばーかばーか』
そしてそれきり、また何も反応がなくなる。完全に、拗ねてしまっていた。「はぁ……どうしろってんだよもう……」 士道は途と方ほうに暮れ、額に手をあてながら陰鬱な調子でため息を吐き出した。
士道がいるのは、五河家二階の一番奥──下手くそな字で『十香』と書かれた紙が貼ってある扉の前だった。
『よしのん』が隣界に消失ロストしてからおよそ五時間。〈フラクシナス〉に回収してもらい、家に帰ってこられたのはいいのだが……家に入るなり、十香が自分の部屋に籠もって出てこなくなってしまったのである。
『──士道。ちょっといい? 確認しておきたいことがあるのだけれど』 と、右耳につけっぱなしにしていたインカムから、琴里の声が聞こえてくる。
「あ……? 何だよ、こっちは今それどころじゃ──」
『士道、あなた、ちゃんとよしのんとキスをしたのよね?』
「……っ、はぁっ? いきなり何を……」 突然の質問に、士道は上擦った声を発した。『いいから、答えてちょうだい。士道はあのとき、よしのんと唇を合わせた。それに間違いはないわね?』
「……あ、ああ……」
『ふむ……』
「そ、それがどうしたってんだよ。言っとくけど、あれは完全に事故で──」
『わかってるわよ。むしろ狙ってやったことなら褒めてあげたいくらい』
「……じゃあ何だってんだ?」 士道が問うと、琴里は『うーむ』とうなってから返してきた。
『──どうやら、キスをしたのに精霊の力がまったく封印されてないみたいなのよ』 言われて。士道は目を見開いた。
そうだ。確かに『よしのん』はキスのあとも、精霊の力を振るっていた。
『まあ、十香のときほど好感度が上がっていたわけでもなし、全ての力を封印することはできないのは当然だとしても──少しも封印できていないっていうのはちょっと引っかかるわね。数値的には、あの段階でも二、三割くらいいけると思ったのだけれど』
言って、またもむむうとうなる。
『……何かよしのん特有の能力があるのかしら。それとも──』
「な、なあ、琴里。よしのんの方も大変だとは思うんだが……その」
言いながら、士道は十香の部屋の扉に目を向けた。 琴里も士道の思考を察したのだろう、さほど間を空けずに言葉を返してくる。
『──ああ、十香のことね。どうなの、様子は』
「どうもこうも……さっきから呼びかけてはいるんだが、全然駄目だ」
『なるほど。数値を見るに、一時的に顕在化した力は経路を通して再封印されたみたいだけど──早めに機嫌を直しておいた方がよさそうね』
「機嫌をって……どうやって」
『おー…派手にやってるなぁ。』
と、その時。今ここにやって来たであろう愉快そうに笑いながら士道に語りかけてくる者がいた───佐藤だ。
「佐藤……笑い事じゃないんだが」
鬱々とした表情で返すも、佐藤はケラケラと笑うだけだった。
『あら、佐藤も来たの?──士道、佐藤に予備のインカム渡してくれる?』そこで琴里の声が鼓膜を震わせた。
『ん?何だよ』
「琴里が何か頼み事があるって……」
『おぉー、今俺は気分が良いからな。何でもやってやるよ』
上機嫌そうに胸を誇らしげに叩く佐藤………。機嫌がいいのはなんでだろう。
『じゃあ、十香のアフターケア頼んだわよ』
『え?』
にこやかだった顔が一転、琴里のたった一言で呆然と目を点にしていた。
『いやー、まさか佐藤の方から『何でもやってやるよ』って言葉が来るとは思わなかったわ!じゃあ、十香の事頼んだからねー』
『おい、ちょっとま────』
と、佐藤が何かを言う前にインカムからの通信は切れた。いや、正確に言うと士道のインカムには通信がつながっているため完全に故意に佐藤からの文句を打ち消すために通信を切ったのだろう。
「………」
士道は呆然と立ち続ける佐藤に何と言ったら良いか分からず、取り敢えず「頑張れよ!」と言ったら「ぶっ殺すぞ」と、殺意マシマシで返された。
はい、というわけで五話終了です。
なぜだろう…後、追加二話で終わるのか不安になってきた。