デート・ア・ライブIF 【エラー】   作:セルヴェイエ

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第六話。

過去作品を本当にミリ単位の確率で知っている人がいたらこのタイトルで出てくるキャラが何かはわかるでしょう。




ということで正直、ご飯も食べずにこれをやり続けるのが癖になってきた今日このごろ。




六万文字のクソほど長い第六話をお楽しみください。











真実点【一三】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『とおかー、出てきてくれよー』

 

 翌日、五月一三日(土)。午前一〇時。佐藤は無理矢理押し付けられた仕事を全うするため、十香の部屋の扉の前でそう言った。

 

 

 しかし十香は昨日と同じように、扉の奥から苛立たしげな声を響かせてきた。

 

『うるさいっ、私のことは放っておけ……!』 荒々しい語気に、佐藤の隣に立っていた士道はため息を吐いた。

 

 

「昨日からずっとこの調子だな」

 

『……安請負しなければ良かった』

 佐藤は、士道の言葉に同調しながら憂鬱そうにため息を吐いた。 そう、佐藤は昨日も買い物などに誘っていたのだが、尽く全てを拒否されていたのだ。

 

 

が、そこで佐藤は何かを思い出すように顔を上げると唇を開いた。

 

 

『……十香』

 

『構うなと言っているだろう……! 私は──』

 

『遊びのついでに、ご飯も食べようと思ったんだが。駄目か?』 佐藤が言うと、不意に十香が黙り込んだ。 そして、数十秒後。 ギィ、と部屋の扉が開かれ、中から不機嫌そうな十香が顔を出した。 昨日から着替えていないのだろう、身に纏った高校の制服は、まだしっとりと濡れている。ついでに、あまり寝ていないのか目には隈が浮かんでいた。

 

 

「な……っ」 士道は驚愕に目を見開いた。

 

「さ、佐藤……、 どうやって………」

 

 

「……何も? どうせ、十香は昨日から出てきてないなら腹減ってるだろうし、そろそろ限界とは思ってたんだよ」

 

「なるほど?……って、昨日の夜、夕飯に呼んだときは出てこなかったのに……」

 

「……それはまあ、お前と顔を合わせたくなかったんだろ」

 

「…………」 さらっと酷いことを言ってくれる。 だが、事実なのだろう。

 

ようやく外に出てきた十香は、士道の姿を見るなりぷいと顔を背け、のしのしと歩いていってしまった。

 

 

「早く行くぞっ!」

 

『はいはい…。雨降ってるから傘忘れるなよ〜』 言いながら、佐藤は士道に目配せをしてきた。『任せとけ』とでも言うように。

 

 

「……た、頼んだぞ…?」 士道は二人を見送ることしかできなかった。 そのまま数分の間、呆然とそこに立ちつくす。

 

「ええと……」 しかし、すぐに時間の無駄ということに気づいた。軽く頬を張って気を取り直し、階段を降りていく。

 

 

「学校も休みだし……俺も午前中に買い物行ってくるか」 昨日下校時に商店街に寄ってくるつもりだったのだが、いろいろとあったせいで買い物ができないでいたのである。

 

 

 士道は手早く着替えを済ませると、傘を手にとって家を出た。「鍵は──まあ、一応かけておくか。琴里寝てるし」 言って鍵をかけてから、士道は雨の道に足音を響かせていった。

 

 

 ──そして、どれくらい歩いた頃だろうか。

 

「…………ッ!?」 商店街に向かう道の途中。

 

 

見覚えのある後ろ姿を認めて、士道は足を止めた。

 

 その、ウサギのような耳がついた緑色のフードを見つけて。「よ……よしのん……ッ?」 士道は、眉をひそめてその名を口に出した。

 

 

 そう、昨日の空間震によって破壊され、立ち入り禁止になっていたエリアの向こうに、精霊・『よしのん』の姿があったのである。 士道は塀に身を隠すと、『よしのん』の様子をじっと見つめた。

 

 

「警報は……鳴ってねえよな。……っ、十香のときと同じパターンか」 そういえば、初めて『よしのん』に遭遇したときも、警報は鳴っていなかった。

 

もしかしたら、頻繁にこちらの世界と隣界を行き来している精霊なのかもしれない。

 

 

「……しかし、どうすりゃいいんだ……?」

 

 見つけてしまった以上放っておくことはできないが、どうすればいいのかわからない。

 

 

 士道はしばしの間考えを巡らせてから──携帯電話のボタンをプッシュした。

 

 

 しばらく呼び出し音が続いた後、眠たげな声が電話口から聞こえてくる。

 

『……ふぁ~ぃ……もしもぉし……? おにぃちゃん……?』 明らかに今起きたような感の声音。

 

無論、士道の妹・琴里だった。

 

「おう。おはよう琴里」

 

 

『んー……おぁよ。どぉしたの……?』

 

「……緊急事態だ。よしのんを見つけた」

 

 

 

『…………』 士道がそう言った瞬間、電話口の向こうから、パチン! パチン! と、頬を思い切りひっぱたくかのような音が聞こえてきた。

 

 

 そしてすぐに、今までとは似ても似つかぬ、凜とした声が響いてくる。

 

『──詳しく状況を聞かせてちょうだい』

 

「お、おう」 そんな様子に少し気圧されながらも、士道は今の状況を簡単に説明した。

 

『……なるほど。また静粛現界か、厄介ね。──それで、まだ士道の存在は精霊に気づかれていないのね?』

 

「ああ……たぶんな。どうすればいい?」

 

『インカムは持ってる?』

 

「え? ああ──一応」 士道は、ポケットを軽く叩いて中にある小型機械の感触を確かめた。

 

 

 十香の一件があってから、万が一に備えて携帯しているように言われていたのだ。

 

 

『よろしい。それを着けて、精霊を見失わないように待機してなさい』

 

 

「え? ちょ──」 ──ぶつっ。つー、つー、つー。切られた。

 

 

「た、待機って……」 あまりにぞんざいな指示に、眉をひそめる。 だが、他にできることもなかった。大人しくインカムを耳に装着し、『よしのん』の様子を窺う。

 

 

 と、それから五分と経たず、インカムから妹様の声が響いてきた。 どうやらこの短時間の間に支度を済ませ、〈フラクシナス〉へと移動したらしい。

 

 

『──聞こえる? 士道』

 

 

「……おう、聞こえるよ」

 

『このまま彼女を放っておくこともできないわ。とりあえずコンタクトを取ってみましょ』

 

「……了解」 士道は深呼吸をしてから、そろそろと『よしのん』の方に歩いていった。

 

 

『よしのん』は未だ士道に気づく様子もなく、必死に地面に視線を放っている。

 

 

「……じゃあ、声をかけるぞ」

 

『ええ。──っと、ちょっと待ちなさい』 士道が精霊に接触しようとしたところで、艦橋の大モニタにウインドウが表示される。

 

 

①声をかけると同時に仰向けに転がって腹を見せ、敵意がないことをアピール。

 

②すぐさまギュッとハグをして、こちらの愛を伝える。 

 

 

③こちらが丸腰であることを示すため、全裸になって声をかける。

 

 

 精霊を刺激しないための方法が、三パターン示された。

 

「──総員、選択!」 号令と同時に、琴里の手元にあるディスプレイに、クルーたちの選択が表示される。

 

 ──①、②、③。すべてに、ほぼ同じくらいの票が集まっていた。

 

「ち、結構割れたわね」 琴里が難しげに呟つぶやくと、艦橋下段から声が響いてきた。

 

「①ですよ! 腹を晒すのは動物にとって降伏のポーズ! 相手も安心するはずです!」

 

「笑止! ②に決まっています! ウサギは寂しいと死んじゃうんですよ!」

 

「あれウサギのフードかぶってるだけでウサギじゃないし! それより司令、絶対③ですって! こちらが得物を帯びていないことを示すには全裸! 全裸しかありません!」

 

「うっさいオールドミス! あんた高校生男子の裸見たいだけだろうがっ!」

 

「な……ッ、何を失礼なことを! 知らないの!? 現代に甦えった原始人を説得するときだって、全裸になるのが有効だったのよ!」

 

「何の話だそれっ! とにかく②だよ②!」

 

「いや、①ですって!」

 

「全裸! 全裸!」

 

「……黙りなさいッ!」 バン、とコンソールを叩き、ヒートアップするクルーたちを一喝する。 そして一斉に静まりかえった艦橋の中、令音の声が響く。

 

「ふむ……。理由は不明だが、〈ハーミット〉にはかなりのストレス値が重なっている──。下手に②や③で刺激をする事よりも①を選んだほうが良いだろう」

 

「……士道、①よ。まずは敵意がないことを示しなさい」令音の意見を聞いた上で琴里はマイクに口を近づけそう言った。

 

 

下段では一部の男性クルーと女性クルーがしょんぼりとしていたが、琴里は黙殺する。

 

 

 

 だが、『なんでだよッ!』士道が①の選択肢に明らかにツッコんでくる。

 

 

『……っ!?』 画面の中の『よしのん』が、ビクッと肩を揺らした。

 

 

「……! やべっ」 士道が叫びを発した瞬間、『よしのん』が、ハッとした様子で振り向いてきた。

 

 

 顔を蒼白にして歯をカチカチと鳴らし、全身を小刻みに震わせ始める。

 

 

「……ひっ、ぃ……っ」 そして、もう今にも泣き出してしまいそうな顔を作り、右手をバッと高く掲げる。

 

 

 士道は心臓が掴まれるかのような錯覚に襲われた。 あの動作には覚えがある。昨日『よしのん』が、巨大な人形を顕現させた際のものだ。

 

 

「ちょ……っ、待て! 落ち着け!」 だが、そんなことを言っても通じるはずがない。

 

 

 琴里も『よしのん』の動きに気づいたのだろう。叫びを上げてくる。『士道! その場で腹を見せて転がりなさい!』

 

 

「は──はぁ……っ!?」

 

『早く!』 もうどうしようもない。 士道は傘をその場に投げ捨てると、雨に濡れた道の上に、ごろーん、と寝転がった。

 

 

「参った! 降参!」

 

「……っ!?」 瞬間、手を振り下ろしかけていた『よしのん』が、呆気にとられたような顔を作る。

 

 そして、恐る恐るといった調子で右手を元の位置に戻し、士道の様子を窺い始めた。

 

 

「……せ、成功……したのか?」

 

『──多分ね。刺激しないよう話しかけてみなさい』

 

 言われて、士道は寝転がったまま、首だけをゆっくりと起こした。

 

 

「よ、よう……」

 

「…………」 声をかけるも、『よしのん』は警戒するように睨んでくるだけだった。

 

 

 

「き、今日はどうしたんだ……?」

 

「…………」

 

「す、すごい雨だよな……」

 

「…………」 何も、言葉を返してこようとはしない。

 

 

「……どうしたもんかね、これは」 と、そこで士道は首を傾げた。 見間違いかもしれないのだが──今、『よしのん』の左手が見えた気がする。

 

 

 つまり、パペットを着けていない。 士道が不審そうに眉をひそめると同時、琴里から再度制止の声が響いた。

 

〈フラクシナス〉艦橋モニタに再び選択肢が、表示される。

 

 ①ねばり強く話しかけながら歩み寄り、距離を詰めていく。

 

 ②一旦態勢を立て直すため、退却する。

 

 ③パペットを着けていないことを訊いてみる。

 

 

「ふむ……」 手元の小型ディスプレイに表示されたクルーたちの集計結果を眺め、琴里は小さくうなりを上げた。 もっとも多いのは、③。

 

 

やはり皆、彼女がパペットを着けていないのが気になるようだ。 確かに琴里としても確認しておきたい事項ではあった。

 

 

「士道、③よ。パペットをなくしてしまって、探しているのかもしれないわ。とにかく何か反応が欲しいところだし、パペットのことを訊いてみなさい」

 

 

「……了解」

 

 士道は小さく首肯すると、唇を開いた。

 

「なあ……おまえ、もしかして、パペットを探してたりする……のか?」

 

「……!」 士道が言った瞬間、『よしのん』がカッと目を見開いた。

 

 

 そして士道の元にパタパタと走り寄ってきたかと思うと、頭をガッと掴み、問いつめるように揺さぶってくる。

 

 

 

「……っ! ……っ!?」

 

「あッ、あててててて……っ! ちょっ、止めろって」

 

 言うと、『よしのん』がハッとしたように士道の頭から手を離した。

 

 士道は彼女の様子を窺うようにしながら身を起こすと、もう一度問いかけてみた。

 

「やっぱり……あれを探してるのか」

 

『よしのん』が、何度も力強くうなずく。 それから、不安そうな瞳を士道に向けてきた。まるで、パペットの所在を問うように。

 

 

「……っ、す、すまん。俺もどこにあるかは知らないんだ……」 士道が言うと、『よしのん』はこの世の終わりを告げられたかのような顔をして、その場にヘナヘナとへたり込んだ。

 

 

 そしてそのまま顔をうつむかせ、「ぅえ……っ、ぇ……っ」と嗚咽を漏らし始める。

 

「え、ええと……」 暴れられるのも困るけれど、こういうのも困る。士道はあたふたと視線を泳がせた。

 

 

『──落ち着きなさい、士道』 と、またも琴里の声が鼓膜に届いてくる。

 

 

『よしのん』の反応を受けて、三度画面にウインドウが展開される。

 

 

 ①「そんな奴のこと、俺が忘れさせてやるぜ」頼れる男をアピール。

 

 ②「俺も一緒に、パペットを探してやるよ!」優しい男をアピール。

 

 ③「実は俺がパペットだったんだ!」ユーモアセンス溢れる男をアピール。

 

 

「総員、選択!」 琴里の号令とともに、小型ディスプレイに集計結果が表示される。

 

 もっとも多いのは②、それに次いで①。③には一票しか入っていなかった。

 

「まあ、②が無難でしょうね。……ていうか③なんて選んだの誰よ」

 

「……駄目でしょうか」 後方から、神無月のしょぼくれた声が響いてきた。

 

 

「…………」 琴里は無視してマイクをたぐり寄せた。

 

 

「士道、彼女と一緒にパペットを探してあげなさい」

 

 後方から「ああッ、放置プレイというのもなかなか……っ!」なんて声が聞こえてきたが、それも無視した。

 

「あ、あのだな、よしのん」

 

「……っ!」 士道が声を上げると、『よしのん』はまたもビクッと身体を震わせた。

 

 そして彼女がバッと手を振りかぶると、辺りにできた水たまりが隆起し、弾丸のようになって士道の座っている場所のすぐ近くに炸裂した。

 

「の……のわッ!?」 思わず、身をすくませる。

 

「す、すまんッ! 驚かすつもりはなかったんだ!」

 

 こちらの様子を窺うように、油断なく視線を送ってくる(……わりには、目が合うと視線を逸らそうとする)『よしのん』に、姿勢を直して小さく頭を下げる。

 

 

 そして無抵抗を示すように両手を上げながら、言葉を続けた。

 

「その……も、もしよかったら……お、俺も、パペットを探すの手伝おうか?」

 

 

「……!」 士道が言うと、『よしのん』が驚いたように目を見開いた。 そして数秒のあと、初めて顔を明るくし、うんうんと力強く首を縦に振ってくる。

 

 士道は「よし」と息を吐くと、ようやく濡れた地面から腰を上げた。 随分と濡れてしまったが、まあ、今は気にするまい。

 

 

「ええと……それで、なんだけど。パペットは、いつどこでなくしちまったんだ?」

 

 

 問うと、『よしのん』は逡巡するように視線を泳がせてから、その桜色の唇を開いた。

 

「……き、のぅ……」 そして、ウサギの耳付きフードをきゅっと握って顔をうつむけ、目元を隠すようにしながらたどたどしく言ってくる。

 

「こわい……人たち、攻撃……され……気づいたら……、ぃなく、なっ……」

 

 

「ええと……? 昨日、ASTに襲われたのか」 士道が言うと、『よしのん』はこくんと首を縦に倒した。

 

 

「なるほど、あのあとか……」 士道は言いながら、首を左右に回して辺りの様子を見取った。 崩落した建物や、ヒビの入った道路が、視界いっぱいに広がっている。

 

これは骨が折れそうだった。 と、それに合わせるようにして、右耳に〈フラクシナス〉からの音声が届く。

 

 

 

『──こっちからもカメラをあるだけ送るわ。できるだけ彼女とコミュニケーションを取りながら捜索をしてちょうだい』

 

 

 士道は了解を示すようにインカムを小突くと、再び『よしのん』に目をやった。

 

 

「よし……じゃあ、探すか、よしのん」

 

「……!」

『よしのん』が首肯し──しばし口をモゴモゴさせてから、声を発してくる。

 

 

「わ、たし……は、」

 

「え?」

 

「私……は、よしのん、じゃなくて……四糸乃(よしの)。よしのんは……私の、友だち……」

 

「四糸乃……?」 士道が問い返すように名を呼ぶと、少女──四糸乃が走っていこうとする。

 

「あ……ちょっと!」 と、その声に驚いたのだろうか、またも四糸乃が肩を震わせる。 瞬間、四糸乃の周囲の雨が突然、針のようになって士道の方に飛んできた。

 

 

「うわぁぁぁッ!?」 慌ててその場にうつぶせになり、どうにかそれを避ける。

 

 数が少なかったからいいようなものの、これが広域に放たれていたなら、今頃士道の身体はサボテンのようになっていただろう。

 

 

「お、落ち着いて! 俺だ、俺!」 四糸乃はビクビクしながら振り向くと、士道の顔を見て小さく息を吐いた。

 

 士道は恐る恐ると言った調子で立ち上がると、「よ、よかったらこれ。……もう濡れてっかもしれねえけど、ないよりはマシだろ?」

 

 先ほど道端に放った傘を拾い、四糸乃に差し出した。

 

 

「? ? ?」

 

「ああ、これはこうするんだ」 不思議そうに首を傾げる四糸乃の手に傘を握らせ、差してやる。

 

 

 すると、雨粒が自分の身体に触れなくなったことに驚いたのか、四糸乃が目を丸くして頭上を見やった。 透明なビニール傘に当たって雨粒が弾け、きらきらと光りながら落ちていく。

 

 

「……! ……!」 四糸乃が興奮気味に、傘を持っていない方の手をパタパタと動かした。

 

「お、おう、気に入ったか。使え使え!」 と、士道が言うと、四糸乃が士道に問いかけるように目を向けてきた。

 

「あ……? 俺?」 四糸乃が、こくこくとうなずく。

 

「ああ、俺は大丈夫だよ。いいから使えって」 四糸乃はしばしの間逡巡するように傘と士道を交互に見たのち、「ぁ……り、が……ぅ……」 ぺこりとお辞儀をしてから、パペットの捜索に戻っていった。

 

『格好いいことしちゃって』 右耳に、からかうような琴里の声が聞こえてくる。

 

「う、うるせ」『──まあ、精霊がその気になったなら、濡れた服なんてすぐ乾かせるでしょうけどね。というかそれ以前に、不可視の皮膜を張って雨を弾くなんて造作もないことだし』

 

「そ、そうなのか?」 ……まあ、そこは別の問題である。小さな女の子が雨に濡れているのを見るのは、どうにも忍びなかった。 士道は雨に濡れた顔を軽く拭ぐうと、捜索を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──どう? パペットは見つかった?」

 

 

「いえ、まだですね。見当たりません」 琴里が問いかけると、艦橋下段からクルーの返答が聞こえてきた。

 

 

 時刻は一二時三〇分。士道が四糸乃とともに捜索を開始してから、およそ二時間が経過している。

 

 

この雨の中の作業となれば、身体も冷えてしまっているだろうし、疲労も溜まっているだろう。

 

 

〈ラタトスク〉の機関員を捜索に回してもよいのだが──急に大人数を投入して四糸乃を怖がらせてしまっては元も子もないし、仮に怖がらなかったとしても、士道に向けられるべき感謝や好印象が、多方向に分散してしまう可能性がある。

 

 

「映像の方は?」 琴里が右手側に目を向けると、コンソールをいじっていたクルーが、視線は寄越さぬまま、声だけを投げてきた。

 

 

「解像度が粗いですが……なんとか」

 

 

「モニタに出してちょうだい」 琴里が言うと、〈フラクシナス〉艦橋のモニタの一部に、昨日、四糸乃とASTが交戦したときの映像が映し出される。

 

 

 攻撃の余波に巻き込まれてしまわぬよう、カメラも距離を取って撮影していたため、平時に比べて多少画質が悪かった。

 

 

「精霊が消失する瞬間の映像では──もう既にパペットをもっていません」

 

 

 一時停止ののち、画面が拡大されて、落ち行く四糸乃の姿がアップになる。「──反して、ASTの攻撃が着弾する前の映像では、天使の口元にパペットを確認することができます。この攻撃によって紛失したと考えるのが妥当でしょう」

 

 

「で、肝心のパペットは?」

 

「非常に煙が濃いため、確実ではありませんが……落下している影が確認できますので、攻撃の際に燃えてしまっているという最悪のパターンにはなっていないと思われます」

 

 

「……ふむ」 琴里はあごに手を当てた。

 

 

「四糸乃が消失したあとの、この近辺の映像は残っていないの?」

 

 

「さ、探してみます!」 と、そこでスピーカーから、きゅるるるる、という間の抜けた音が聞こえてきた。

 

 

「四糸乃?」

 

「……!」 パペット捜索を始めてから、およそ二時間。 士道は雨に濡れた髪をかき上げながら、隣でパペットを探す四糸乃の方を向いた。

 

 

 何やら、やたらと可愛い音が響いてきた気がする。

 

 

 四糸乃はまたも怯えるように肩を震わせたが──少しは士道の声に慣れたのか、水の弾丸や針を放ってはこなかった。

 

 

 

「……腹減ったのか?」 士道が問うと、四糸乃は顔を真っ赤にしてブンブンと首を横に振った。

 

 しかし、そのタイミングで、またもお腹の音が鳴る。

 

「…………っ!」 四糸乃はその場にうずくまると、フードを引っ張って顔を完全に隠してしまった。

 

 

 精霊も、お腹は空くようである。 精霊は、そういった生命維持に必要な事柄を全て霊力でまかなうことが可能と聞いていたが……そういえば十香も封印前からかなりの健啖家だった。

 

 

「……どうしたもんかね」 四糸乃がどれくらい前からパペットを探しているかはわからないが、もう昼を過ぎているし、空腹になってもおかしくはない。

 

 

士道も、少し小腹が空いてきたところだった。 士道が指示を仰ぐようにコンコンとインカムを小突くと、既に大方内容を察しているらしい琴里から、声が届いてきた。

 

 

『──そうね。一度休憩も兼ねて食事してきたらどう?』

 

「ん……そうだな」 士道は前屈みになっていた姿勢を伸ばすと、軽く伸びをしてから四糸乃に話しかけた。

 

「四糸乃、少し休憩しよう」 士道が言うと、四糸乃は首を横に振った。だが、そこでまたもお腹が鳴る。

 

 

「……!」

 

 

「ほら。無理すんなって。おまえが倒れたらよしのんが探せなくなっちまうぞ」

 

 

 四糸乃は少しの間考えを巡らせるようにうなってから、躊躇がちに首肯した。

 

 

「よし。じゃあ……」 言ってから、士道は「あ」と思い直した。 一応財布は持っているが、こんなにびしょ濡れでは、店に入るのも困難だろう。

 

 

 士道はしばらくあごに手を当ててから、インカムを小突いた。

 

「……なあ、琴里。休憩する場所なんだが、うちでも大丈夫か?」 言うと、琴里が大仰に驚いたような声を発してきた。

 

『わお。少し見ない間に随分大胆になったわね。押し倒す気なら気を付けなさいよ』

 

「……おい」

 

『わかってるわよ。……ま、他に場所もないでしょうし、特別に許可するわ』

 

「おう」 士道は短く返事をすると、四糸乃に声をかけた。

 

「じゃあ……行くか」 四糸乃は、無言のまま、小さくうなずいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……むう」

十香は、嘶くお腹をさすりながら、佐藤のあとについて雨の街を歩いていた。

 

 

 昨日の昼から何も食べていないうえ、あまり睡眠もとれていないため、どうも気分が悪い。

 

 

 だが、この途方もない気分の悪さが、空腹感や睡眠不足のみによるものでないことは、十香にも何となくわかっていた。

 

 

「…………」 十香は奥歯を噛みしめると、雨に濡れた地面をぺしっ、と蹴った。

 

 

 しかしそんなことで、腹の底にぐるぐると渦巻いた苛立ちが晴れるはずもない。

 

 

 と、前を歩いてい佐藤が、不意に足を止める。十香はその背にぶつかってしまう寸前で立ち止まった。

 

 

『…先に飯食べるか。ここで良いか?』

 

 

 二人の目の前には、カラフルな看板のついた建物があった。確かファミレスとかいう、食事を提供してくれる店舗だ。

 

 

 十香は深くうなずいた。「……そうだと…助かる。腹が空いて…死んでしまいそうだ…」

 

 

『おいおい……流石に一日飯抜いた程度で死にはしねぇよ…』 佐藤は苦笑しながらも傘を畳んで店内に入った。

 

 

そして、2人は店員の案内に従い、禁煙席の一番奥に腰を落ち着けた。 すぐに、メニューに目を通して料理を注文する。

 

 

 料理が来るまでの間、どうにか腹を保せようと、店員がテーブルに置いていった水を一気に飲み干した。

 

 

──と、『……で、十香』

 そこで佐藤が、珍しく真剣な目を十香に向けてきた。

 

 

 

「どうした?」

 

 

『いや……、料理が運ばれてくるまでの間、少し話したいことがあるんだが、……いいか?』

 

 

「ぬ……まあ、構わんが……一体何を話すのだ?」

 十香は、少し警戒を示すように身体を離しながらうなずいた。

 

 

 佐藤───いつもふざけているような、軽口を言うのが普通なのだが……何故か、佐藤からここまで目を細められることがなかったから居心地悪さというものを感じているのだ。

 

 

そんな十香の思考に気づいているのかいないのか、佐藤は肘を机につき、手で自身の頬を支えながら唇を開いてくる。

 

 

『……まあ、回りくどい話なんて俺の分野じゃないし、単刀直入にいこう。十香、お前が苛立っていた────いや、今まさに苛立ちを覚えている、その理由と原因を教えてくれないか?』

 

 

「──っ」 佐藤の言葉に、十香は思わず息を詰まらせた。

 

 

「っ、私は、別に──」

 

 

『……五河士道が他の女と会っていたのが許せないのか?』

 

 

「なっ、なぜそこでシドーが出てくるのだ……っ」

 

 

『…ふ〜ん…、関係がなかったか?』

 

 

「…………」 十香はテーブルに肘を突くと、観念したように頭をくしゃくしゃとやった。

 

 

 そして大きなため息を吐いてから、重苦しい調子で唇を動かす。

 

 

「……わからないのだ」

 

 

『…………』 佐藤は無言で返してくる。

 

十香はうつむけた顔をさらに前に倒した。

 

「……自分でも、なぜこんな気分になってしまっているのか、わからないのだ……」

 

 

 頭を抱えながら、言葉を続ける。

 

「サトーなら、分かるだろう? 昨日……シドーが私を学校に置いて──その、女の子と、キスとやらをしていたのだ」

 

 キス。その単語を出すだけで、なぜか胸の辺りが痛んだ。

 

 

『……まぁ、そうだな。』

 

 

あぁ、と頷いて続ける。

「別に……何がいけないわけでもないはずなのだ。シドーがどこで誰だと会おうが、誰とキスをしようが、私にそれを咎められるはずもない。……だが、それを見た瞬間、もう、なんというか、とても──そう、とても嫌な感じがしたのだ」

 

 

「気づいたときには……声を荒らげていた。それに……そのあとあのウサギが、シドーは私よりあの娘の方が大事だと言うのを聞いて……もう、どうしようもないくらい、悲しくて、怖くて、何がなんだかわからなくなってしまったのだ。……自分でも意味がわからない……こんなことは初めてだ」

 

 

 

 再び大きくため息を吐く。

 

「やはり……どこかおかしいのだろうか」

 

 

『………はぁ……。取り敢えず安心しろ、それは普通の感情だ。』

 

「そ、そうなのか?」

 

『……あぁ。心配するな。だが──誤解は解いておこう』

 

「誤解……?」

 

『……そのキスに関しては完全に事故だし……五河士道が十香、お前よりもあの女の子のことを大事に思っているとか、そんなことは決してない』

 

 

 十香はバッと顔を上げた。

「っ、ほ、本当か……?」

 

『……本当だ』

 

「だ、だがシドーは……」

 

『……お前のことを大切に思っていないなら、自らの命を危険に晒してまで助けないと思うが。それに…前にも似たような話をしただろ?』

 

 

「──あ……」

言われて──十香は言葉を失くした。 胸に、腹に渦巻くわけのわからない感情に気を取られ、完全に失念してしまっていた。

 

 

 ──昨日、士道は、先月と同じように、十香を庇ってくれたではないか。 また、凶弾に倒れる可能性があったにも拘わらず。

 

 

 十香は、胸元のあたりを手で押さえながら、ごくんと唾液を飲み込んだ。

 

 

「……っ、私は──」 なんて、馬鹿なことを。 十香はうめくようにのどを震わせると、再び頭をくしゃくしゃとかきむしった。

 

 

 そして、バッとその場から立ち上がる。

『……あ?』

 

 

「すまん、今日のデェト…後に回してくれないか?」

十香は、唇を噛みしめてから再び声を発した。

 

 

『……え、別に誰もデートって言ってないんだけど』

 

 

「……シドーに、早く…謝らねばならん」

佐藤の声など聞こえていないかのように十香は続ける。

 

 

『まぁ、行ってこいよ』

 

 

「感謝する」十香は短く言うと、ファミレスの扉を抜けて傘を手に取り、雨の街を走っていった。

 

 

『はぁ……。こういう役目じゃないんだけどなぁ』一人机に突っ伏してぼやいた。

 

 

どうせ、誤解を解いてやればすぐに解決する問題だったんだ。俺じゃなくても誰でもできるのになぁ…。

 

『──ま、実際にここに居たのは俺じゃないしな』

 

 

 

 

 

と、

 

「──お待たせしました! こちらダブルチーズハンバーグセットのライス大盛、若鶏の唐揚、牡蠣フライセット、ミックスグリル、マルゲリータ、スパゲティ・ボロネーゼでございます。鉄板が熱くなっておりますのでお気をつけください」

 

 

『……ん?』 突然現れた店員が、テーブルに十香の注文したハイカロリーな料理を並べていく。

 

 

「ごゆっくりどうぞ」 そして慣れた調子で四五度上体を倒すと、その場から去っていってしまった。

 

 

『…………』 残された佐藤は、その夥しい数の料理を前にして頬をかいた。

 

 

『……そうだった。こんなオチだった』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ええと……卵と、あ、鶏肉もあるな。ご飯も炊飯器に余ってたし……親子丼でいいか」

 

 

 ざっと冷蔵庫を見回してすぐにメニューを決め、必要な材料を取り出してから、リビングの方をちらと見やる。

 

 

 そこには、ソファに座りながら、物珍しそうに辺りを見回す四糸乃の姿があった。

 

 士道は家に帰ってすぐに服を着替えたのだが、四糸乃の装いは、先ほどと同じウサギのコートだった。琴里の言ったとおり、あれだけ雨を浴びていながら、少しも濡れていない。

 

十香の光のドレスと同じように、これも霊装というやつなのだろうか。

 

「ちょっと待っててくれ。すぐできるから。──あ、暇だったらテレビでも見てな」

 

 

「……?」 士道が皮を剥いたタマネギを刻みながら言うと、四糸乃が不思議そうに首を傾げた。

 

 

「ん、そこのリモコン──そうそう、それの一番左上のボタンを押してみ」 四糸乃が、士道の指示に従ってリモコンのボタンを押す。

 

 

 すると壁際に置かれていたテレビが点き、わははははは! という笑い声が響いた。

 

 

「────っ!」 瞬間、四糸乃が身を竦ませたかと思うと、流し台に溜まっていた水がボコボコと隆起し、弾丸のようになってテレビの画面に突き刺さった。

 

 

「な……っ」

 

『馬鹿ね。驚かすなって言ったでしょうに』 琴里の非難じみた声が、右耳に聞こえてくる。 四糸乃はといえば、瞑っていた目を開いたのち、慌てたように士道に頭を下げてきた。

 

 

「い、いや……気にすんな。驚かして悪かったな」 士道は乾いた笑みを浮かべてから、調理を再開した。

 

 

 水で割っためんつゆを熱し、そこに切り終えたタマネギと鶏肉を投入。火が通ったところに溶き卵を流し入れる。

 

 

 そしてご飯を盛ったどんぶりにそれを流し入れ、最後にみつばを散らして、完成。 慣れた作業である。一〇分とかからず、調理を終える。

 

「ほら、できた。しっかり腹ごしらえして、早いとこよしのんを見つけてやろうな」 言いながら、両手にどんぶりを持ってリビングへ。 四糸乃の目の前に一つ、その向かいに自分の分を置いてから、再度台所に足を運び、箸と、念のためスプーンを持ってリビングに戻る。

 

 

 

「さて、んじゃ、いただきます」 士道が手を合わせてそう言うと、四糸乃もその仕草を真似るようにペコリと頭を下げた。

 

 

 

 そしてスプーンを手に取り、士道謹製親子丼を一口、口に運ぶ。「…………!」 すると四糸乃はカッと目を見開いて、テーブルをぺしぺしと叩いた。

 

 

「ん?」 しかし士道が目を向けると、恥ずかしそうに目を逸らしてしまう。

 

 

 その後四糸乃は、何かを伝えたいんだけど、言葉を発するのが恥ずかしい、みたいな顔を作ってから、ぐっ、と士道に親指を立ててきた。

 

 

「お、おう……」 どうやら気に入ってもらえたらしい。士道は苦笑して、返答とばかりに親指を立てた。

 

 

 よほどお腹が減っていたのだろう、四糸乃は小さな口を目一杯広げ、すぐにそれを平らげてしまった。

 

 

 と──四糸乃の食事が終わるのを見計らうようにして、琴里が喋りかけてくる。『まだ少し休憩するでしょう? できるだけ精霊の情報が欲しいわ。ちょうどいい機会だし、幾つか四糸乃に質問をしてみてくれない?』

 

 

「質問?」 士道が小さな声音で問い返すと、すぐに琴里が質問事項を提示してきた。

 

 

「……ああ、そうか」 士道は、どんぶりを空にして満足そうに息を吐はく四糸乃に目を向けた。

 

 

「なあ……四糸乃。ちょっと訊きたいことがあるんだが──いくつか質問してもいいか?」 四糸乃が、不思議そうに小首を傾げてくる。

 

 

「その……随分大事にしてるみたいだけど、あのパペット──よしのんって、おまえにとってどんな存在なんだ……?」 問うと、四糸乃は恐る恐るといった調子で、たどたどしく唇を開いてきた。

 

 

「よしのん、は……友だち……です。そして……ヒーロー、です」

 

「ヒーロー?」 問うと、四糸乃がうんうんとうなずいた。

 

 

「よしのんは……私の、理想……憧れの、自分……です。私、みたいに……弱くなくて、私……みたいに、うじうじしない……強くて、格好いい……」

 

「理想の自分……ねえ」 士道は頬をかいて、デパートの中で四糸乃と会ったときのことを思い起こした。 まあ、確かにパペット越しで話していた四糸乃と、今の四糸乃では、口調から態度からまるで別人だ。

 

だが──「俺は……今の四糸乃の方が好きだけどなぁ……」 十香が現れたとき、パペットがのたまった冗談の数々を思い出し、苦笑する。

 

 確かにあのときの四糸乃は陽気で話しやすかったが──もうあれは勘弁願いたかった。 多少言葉が聞き取りづらいとはいえ、たどたどしくでも誠実に答えようとしてくれている今の四糸乃の方が、ずっと好感が持てる。

 

 

 だが士道がそう言った瞬間、四糸乃は顔をボンっ! と真っ赤に染め、背を丸めながらフードをたぐって顔を覆い隠してしまった。

 

「よ、四糸乃……? どうした?」 士道が顔を覗き込むようにしながら声をかけると、四糸乃がフードを握っていた手を離し、そろそろと顔を上げた。

 

「……そ、んなこと、言われた……初め……った、から……」

 

「そ、そうなのか……?」 四糸乃が、深く首肯する。 まあ……そもそも人と話す機会の少ない精霊だ。そういうものなのかもしれない。

 

 

『士道、今の……計算?』 と、そこで琴里がそう問いかけてきた。

 

 

「は? け、計算って何だ……?」

 

『……いえ。違うならいいわ』

 

「は、はぁ……?」 よくわからないことを言う妹である。士道は小さく眉をひそめた。『気にしないで。今のところ問題はないわ。──存外落ち着いてるじゃない。一応は同居訓練の成果が出てるのかしら?』

 

 

「……さあてね」 士道は曖昧に返事をした。確かに幾分かは落ち着いているが、それが訓練の成果によるものなのかどうかは判別がつかない。

 

 しかし、そちらにばかり気を取られてもいられない。士道は四糸乃に向き直ると、次の問いを発した。「それで──ええと、四糸乃、おまえはASTに襲われても、ほとんど反撃をしないらしいじゃないか。何か理由があるのか?」

 

 

 訊くと……四糸乃は、またも顔をうつむかせた。 十香の霊装と同じように、光の膜で構成されたインナーの裾をぎゅっと握るようにしてから、消え入りそうな声を出してくる。

 

 

「……わ、たしは……いたいのが、きらいです。こわいのも……きらいです。きっと、あの人たちも……いたいのや、こわいのは、いやだと……思います。だから、私、は……」

 

 油断していれば聞き逃がしてしまいそうなほど小さな、掠れるような声音。

 

 

 だけれど──士道はその言葉に、心臓を穿たれるかのような衝撃を覚えた。

 

 

「……っ、四糸乃……おまえ、そんな理由──」 しかし、士道はその言葉を最後まで続けられなかった。

 

 

 四糸乃が全身を小刻みに震わせながら、言葉を続けてきたからだ。「でも……私、は……弱くて、こわがり……だから。一人だと……だめ、です。いたくて……こわくて、どうしようも、なくなると……頭の中が、ぐちゃぐちゃに……なって……きっと、みんなに……ひどい、ことを、しちゃい、ます」 後半は、もう涙声だった。 ずずっと洟を啜るようにしてから、さらに続けてくる。

 

 

「だ、から……よしのんは……私の、ヒーロー……なんです。よしのんは……私が、こわく、なっても……大丈夫って、言って……くれます。そした、ら……本当に、大丈夫に……なるんです。だから……だ、から……」

 

 

「…………っ」 士道は、無意識のうちに唇を噛かんでいた。両の手はとうに、血が出るのではないかというほどに強く握られている。 そうでもしなければ──耐えられそうになかった。

 

 

 四糸乃は。この小さな少女は。あまりにも優しくて──あまりにも、悲しすぎる。

 

『いたいの』や『こわいの』はきっと嫌だろうからと。 幾度となく自分に敵意を、悪意を、殺意を突き付けてきたはずの相手を慮り──傷つけないようにする。

 

 

それが、一体どんなに困難なことか。

 

 四糸乃が──弱い? 四糸乃が己を評した言葉に首を振る。

 

──弱くなど、あるものか。 嗚呼、だが、それは──非道、非道く歪な慈悲だ。

 

 

「────」 士道は、思わず席を立っていた。 そしてテーブルを迂回し四糸乃の隣に腰を下ろすと──そのまま、四糸乃の頭をわしわしと撫でた。

 

 

「……っ、あ……っ、あの──」

 

「俺が」

 

「──っ、……?」

 

「俺が──おまえを救ってやる」 言うと、四糸乃が目を丸くする。構わず、士道は続けた。

 

 

 

 

「絶対に、よしのんは見つけだす。そして……おまえに渡してやる。それだけじゃない。もうよしのんに守ってもらう必要だってなくしてやる。もう、おまえに『いたいの』や、『こわいの』なんて近づけたりしない。俺が──おまえの、ヒーローになる」

 

 

 フード越しに頭を撫でながら、ガラにもない台詞を吐く。 でも──止まらなかった。 だって、四糸乃の優しさには、重大な欠落がある。

 

 

 聖人のようなその慈悲が、一つも自分に向けられていないのだ。 なら、それは、外部から与えられるしかない。

 

 

 もう、精霊がどうとか、そういう話は関係なくなっていた。 四糸乃に。このあまりに優しすぎる少女に、何も救いがないだなんて、そんなのは、絶対に許されない。

 

 

 そう──思ってしまった。「……? ……?」 四糸乃はしばしの間目を白黒させていたが、数十秒ののち、小さく唇を開いてきた。

 

 

「……あ、りがとう、ございま……す」

 

「……おう」 四糸乃が、素直にそう言ってくれたことは嬉しかった。小さくうなずく。

 

 だけれど、四糸乃が声を発した際に、その可愛しい唇に目がいってしまい……士道は気まずげに視線を逸らしてしまった。

 

「……? 士道、さん……?」

 

 四糸乃が、小首を傾げて士道の方を見てくる。

 

「や、その、なんだ。……この前は、悪かったな」

 

「え……?」

 

「いや……なんというか……キス、しちまって」

 

 正確には士道がどうこうという話でもないのだが……女の子には一大事だったろう。懺悔の意味も込めてそう言う。

 

 

 しかし四糸乃は、キョトンとした様子で目を丸くし、再び首を傾げた。

 

 まるで、士道が何を言っているのかわからないというように。

 

「……キスって、なんですか?」

 

「え? ああ、それは……こう、唇を触れさせることで……」

 

 士道が説明するも、四糸乃はまたもよくわからないといった表情を作ると、士道の目の前に顔を突き出してきた。

 

 

「こう、いうの……です、か?」

 

「……っ!」 少し顔を前に出せば、唇が触れてしまいそうな距離である。 急な事態に心臓が飛び跳ねたが、士道は十香との同居訓練を思い出し、どうにか表層だけは平静を装うことに成功した。

 

 

「っ、あ、ああ……そう、そんな感じ」 しかし四糸乃は小さくうなると、これまた小さな声で言った。

 

「……よく、覚えて、いません」

 

「……え?」 そんな返答を聞いて、士道は眉をひそめた。

 

 

 が──その瞬間。

「シドー……! すまなかった、私は──」

 

 突然扉が開かれたかと思うと、朝方家を出たはずの十香が、肩で息をしながら、リビングに入ってきた。

 

 

 そして、今にもキスをしてしまいそうな距離で向かい合う士道と四糸乃の姿を見るなり、ぴき、と身体を固まらせる。

 

「え……?」 一瞬、士道はポカンとした顔を作ったのち、

 

「と──とッ、ととととととととととととと十香……ッ!?」

 

 顔中に、ぶわっと汗を噴き出させた。

 

「……ひ……っ」 四糸乃も異常を感じたのだろう、後ろを振り返り、小さな声を漏らす。 しかしそれも仕方のないことかもしれなかった。

 

四糸乃にとって十香は、パペットを取り上げられた怖い相手であるはずだし──それに何より、リビングの入り口に静かに佇ずむ十香からは、言葉にしがたいプレッシャーが漏れ出ていたのである。

 

 ちなみに先ほどから、緊急事態を示すけたたましいブザーが右耳に鳴り響いている。

 

 

「…………」 十香は、無言のまま、いやに穏やかぁーな笑みを作ると、そのままゆっくりとした足取りでリビングに入ってきた。

 

 ビクッ、という感触が手に伝わってくる。どうやら四糸乃が身を震わせたらしい。

 

「と、十香、これはだな……」 なんだか浮気現場に踏み込まれた男のような心境になって、士道はあたふたと手を動かした。

 

 しかし十香は二人の脇を通り過ぎると、リビングを抜けてキッチンに向かい、冷蔵庫や棚からありったけの食料と飲み物を持ち出し、そのまま廊下へ出ていってしまった。

 

 扉の先から、ダダダダダダっ、という足音が聞こえ──それが二階に到達したかと思うと、今度はバァン! と、乱雑に扉を閉めるような音が聞こえてくる。

 

 

 ……どうやら、また部屋に閉じこもってしまったらしい。 しかも、今度は十分に兵糧を蓄わえての籠城だ。

 

 

「え、ええと……」

 

『……厄介なことになったわね』 右耳に、ため息交じりの声が聞こえてくる。「ど、どうすりゃいいんだ……?」

 

『とりあえず、今は放っておくしかないわ。今士道が声をかけても、多分逆効果にしかならないでしょうし』

 

「そ、そうか……」 言って、ちらと隣に腰し掛けた四糸乃の方に目をやる。 しかし、いつの間にやら、ソファの上から四糸乃の姿が忽然と消えてしまっていた。

 

 

「あれ……? 四糸乃?」

 

『──どうやら、十香が近づいてきたところで隣界に消失しちゃったみたいね。パペットを取り上げられたのが、よっぽどトラウマになってるんでしょ』

 

 

「……なるほどね」

 

 ふぅ、と息を吐はき──士道は違和感に眉をひそめた。 四糸乃は、十香にパペットを取られたことを覚えているらしい。

 

 なのに……士道とのキスは、よく覚えていないと言っていた。 いや、確かに昨日もさほど気にはしていない様子だったし、もしかしたら接吻という行為自体に特別な感情を抱いていないのかもしれない。

 

 

精霊の知識や価値観は個体によってまちまちだというし、そういう可能性もあるのだろう。 だけれど──それでも四糸乃の反応には、少し違和感があった。

 

 士道の脳裏に一つの疑問……というか、気になることが浮うかぶ。 士道は手を口元に当てながら、唇を動かした。

 

「なあ、琴里。……一つ気になることがあるんだが、調べてもらえるか?」

 

『何?』 士道は簡潔に、頭に浮かんだ疑問を伝えた。

 

『……ふうん。なるほどね。』

 

「おう、頼んだ」 と、士道が言うと、琴里が何かを思い出したように続けてきた。

 

『……ああ、そうそう。十香の乱入で言いそびれてたんだけど、一つ朗報があるわ』

 

「あ?」

 

『令音が映像を洗ってみたら、パペットの所在が判明したの』

 

「本当か!? どこにあるんだ?」

 

『それはね──』 琴里が発した言葉に、士道は、頬を痙攣させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……うがーっ!」 二階奥の部屋に駆け込んだ十香は、今し方持ち込んだ食料を手当たり次第にガツガツ食べながら、そんな叫び声を上げた。

 

 

もう、見るからにヤケ食いである。

「なんなのだ……なんなのだもう……ッ! ぐっ、むぐぅぅぅ……ッ!」 士道が十香の留守中、先日の少女を家に招待していた。 事象としてはたったそれだけのことなのだ。十香が怒るような要素はどこにもない。

 

 

 士道は十香のよい友だちで。その友だちが、新しい友だちを連れてきた。 十香の正しい対応は、士道に先日のことを謝って仲直りをし、そのあと「ようこそ。この前はすまなかった」と、あの少女の手を取ることであったに違いない。

 

 

 でも──できなかった。 士道とあの少女が二人で部屋にいたのを見た瞬間、例の『いやな感じ』が全身を駆け巡り、その場にいることができなくなってしまったのだ。

 

「ううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……ッ!」 十香はひと通り食料を食い荒すと、その場にうずくまった。

 

「……シドー」 ──士道に、謝りたい。士道と、仲直りがしたい。

 

 その気持ちに嘘はなかった。 でも……『いやな感じ』が胸の中に渦巻き、それができない。 十香は体育座りのような格好のまま、苦しげにうめいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ……で、合ってるよな」 左手に菓子折の入った紙袋、右手に地図の描かかれたメモ用紙を持った士道は、重苦しいため息を吐ついてから、目の前に聳えるマンションを見上げた。

 

 緊張を抑えるように胸元を叩き、「これは仕事。不可抗力」と大きく深呼吸。

 

 ……しかし、それにしても。「なんでまた、こんな泥棒みたいな……」

 

『仕方ないでしょ。鳶一宅に招き入れられるのなんて、士道くらいしかいないんだし』 士道がぼやくと、右耳に装着したインカムから、琴里の声が聞こえてきた。

 

 

 そう──今士道は、鳶一折紙の自宅であるマンションを訪れていたのである。 四糸乃が消失した際の映像を丁寧に洗ってみたところ──基地に帰投する折紙が、パペットを拾い上げ、持ち去ったことがわかったのだという。

 

 

 それをどうにか入手するために、「なあ鳶一、今度おまえの家に遊びに行っていいか?」と、数日前にお伺がいを立て、家に招いてもらうことになったのだ。

 

 

「……ていうか、そもそも招いてもらう必要もなかったんじゃないか? パペット一つ取ってくるくらい、〈ラタトスク〉なら簡単に──」

 

 

『……やったわよ、とっくに』

 

「え?」 ため息交じりに発せられた言葉に、士道は首を傾かしげた。

 

『数日前から三度にわたって侵入を試みたけれど、全部失敗したって言ってるの。──部屋中に赤外線が張り巡らせてあるわ、催涙ガスは噴射されるわ、要所に自動追尾歩哨銃(セントリー・ガン)まで設置されてるわ……うちの機関員六名が全員病院送りよ。一体何と戦ってるの彼女は』

 

 

「は、はあ……」

 

『数に物を言わせて強引に押し入ればもちろん奪取は可能でしょうけど──向こうからお誘いいただけるなら、それに越したことはないじゃない?』

 

「……了解したよ」 基本的に小心者な士道としては、非常に気が進まない仕事であったが……あの不安そうな四糸乃を見てしまっては、そうも言っていられない。

 

 

 それに──士道自身、折紙ときちんと話しておきたいこともあった。 と、もう一つ気になることがあって、士道は琴里に問いかけてみた。

 

「そういえば……十香の様子はどうだ?」

 

『相変わらずよ。部屋に籠ってるわ、佐藤が随所随所でなんとかしてくれてるから前よりはストレス値が目立ってないけどね』

 

「……そっか」 士道は頬をかいた。

 

 先日、四糸乃を家に招いているところを見られてから、十香の様子がおかしいままだったのだ。 いや、この前のようにずっと部屋に籠もりきりというわけではないし、佐藤にはある程度話しかけているし、学校にもちゃんと来ているのだが、どうも避けられている気がしてならなかった。

 

 むうとうなってから、気を取り直す。 それはそれで胃の痛くなる問題だったが、今はこちらだ。「──よし」 士道は意を決すると、マンションの入り口に向かって足を踏み出した。

 

 

 自動ドアをくぐり、エントランスに設らえられている機械に、折紙の部屋番号を入力する。 すると、すぐに折紙の声が聞こえてきた。

 

 

『だれ』

 

「あ、ああ……俺だ。五河士道だ」

 

『入って』 言うが早いか、エントランス内側の自動ドアが開く。 士道は、促されるままにマンションに入ると、そのままエレベーターに乗って六階まで上がり、指定された部屋番号の前に到着した。

 

 

「……じゃあ、手はず通りに」『ええ。任せてちょうだい』 言うと、琴里がそう返してくる。 士道の周りには今、〈ラタトスク〉の操作する超小型のカメラが虫のように飛んでいる。

 

 これが、士道が折紙の目を引き付けている間に探索を行うのだ。

 

「……ふう」 もう一度大きく深呼吸をしてから、呼鈴を鳴らす。 するとすぐさま──それこそ折紙が玄関で待ち構えていたかのようなタイミングで、扉が開けられた。

 

「お、おう鳶一。悪いな、今日は無理言っちゃっ──」 士道は、手を軽く上げて挨拶をし──そのまま、停止した。

 

左手に携たずさえていたお菓子の箱が落下し、グチャッと、あとでスタッフがおいしくいただかねばならなくなるような音を立てる。

 

 理由は単純。──折紙の、装いだ。 そりゃあここは鳶一家。折紙がどんな格好をしていようと自由だ。士道が文句を付けられるようなことではない。

 

 だがさすがに、これは想定外だった。 濃紺のワンピースに、フリルの付いたエプロン。頭には可愛らしいヘッドドレス。

 

 そう、今彼女は、頭頂から爪先まで、完璧なメイドさんスタイルだったのだ。

 

 あろうことか学校一の天才様が。あの永久凍土、鳶一・コキュートス・折紙嬢が、だ。

 

「ア、アノ……トビイチサン……?」

 

「なに」

 

 顔中に玉のような汗をびっしり浮うかべた士道が、なんとか声を発すると、折紙はいつものように人形のごとく無味な表情のまま、小さく首を傾げた。

 

 その様は、まさに折紙そのものである。 実は私は折紙の双子の妹、コスプレ好きの色紙ちゃんでしたー! なんて展開に、儚ない望みを託していた士道としては、早々に希望が打ち砕くだかれた気分だった。

 

「い、いや……なんて格好してんだ、おまえ……」 折紙は、不思議そうに自分の装いに目を落としてから、もう一度首を傾げた。

 

「きらい?」

 

「や……そ、そういうことではなく……」 嫌いどころかむしろたまんねえのだが、そんなことを口に出せるはずもなかった。

 

 ……なんかもう、直視できない。士道は顔を真っ赤にしたまま目を泳がせまくった。「入って」 しかし折紙はなんら気にする素振りも見せず、士道を部屋の中へ招き入れた。

 

 

「お、お邪魔します……」 士道は地面に落ちてしまった紙袋を拾い上げると、かすかに震える指でノブを掴んで扉を閉め、靴を脱いで部屋に上がった。

 

「……っ?」 と、士道は眉をひそめた。急にインカムから、ノイズのような音が鳴ったのである。 琴里に問いかけるよう、インカムをコンコン、と小突く。すると、琴里の声がノイズに紛れて微かに聞こえてきた。

 

『く……っ、まさ──ジャミング──士──、通──ない──、なんとか──』 そこまで聞こえたところで、ぷつん、と音声が途切れ、何も聞こえなくなる。

 

「……!? お、おい……」

 

「どうしたの」 インカムに問いかけると、前方にいた折紙が振り返ってきた。

 

「あ……っ、い、いや……なんでもない」

 

「そう」 折紙が顔の向きを元に戻してから、大きく息を吐く。

 

 理由はわからないが、どうやらここでは通信ができないらしい。もしかしたら、カメラの方も操作不能になっているかもしれなかった。 

 

 

否……仮にカメラが生きていても、士道に情報を送れないのなら同じことだ。 要は──一人でこの任務を成功させねばならなくなってしまったということだった。

 

「……おいおい、マジかよ」 折紙に聞こえないくらいの音量でぼやいてから、前髪をくしゃくしゃとかきむしる。

 

 しかし不満を言っても始まらなかった。士道は覚悟を決めるように唾液を飲み下すと、折紙のあとをついていった。 そして、折紙に促されるままに、リビングに足を踏み入れる。

 

「……ん? この匂い……」 と、リビングに入った瞬間、ふわっと甘い香りがした。 とはいえ、食べ物の匂いといった感じではない。どちらかというとこれは──「鳶一? お香でも炷いてるのか?」

 

 

「そう」

 

「へ、へえ……」 なんというか、少し意外だった。勝手なイメージなのだが、鳶一折紙は、こういった趣味や娯楽には、あまり興味を示さないような気がしていたのだ。

 

 クラスメートのいつもとは違った顔を見てしまった気がして、少し照れくさくなる。 ……だが、なんだろうか。 この香、嗅いでいると頭がボーッとしてくるというか、気を抜ぬいていると意識がどこかに飛んでいきそうというか……まあ、随分とリラクゼーション効果の高そうな代物だった。

 

 

「座って」

 

「あ、ああ……」 言われて、リビングの中央に置かれていた背の低いテーブルの前に座る。

 

「…………」 そして、士道が座ったのを見届けてから、折紙も腰を落ち着けた。

 

 士道の、すぐ隣に。

 

「え……?」 普通、向かいに座るものだと思うのだが、鳶一家ではこれが普通なのだろうか。

 

 折紙の涼しげな顔を見ていると、自分の常識が正しいのかどうかが、少しあやふやになってくる士道だった。

 

 

 

「ええと……」

 

「…………」

 

「その……」

 

「…………」 しばしの間のあと。士道はうんうんとうなずいた。 ──うん、そうだ。やっぱり鳶一家ではこの位置がスタンダードなのだ。

 

頬に汗なんて流れてない。だってこれが普通なのだから。 しかしさすがに気まずくなって、士道は会話の糸口を掴むべく、唇を開いた。

 

「と、鳶一?」

 

「なに」「や、素朴な疑問なんだが……鳶一って、一人暮らしなのか?」 折紙は、小さく首肯した。

 

「……そ、そうか」 もしかしたら……とは思っていたのだが、いざ明らかにされると、一人暮らしの女の子の家にお邪魔しているという事実が、士道の心拍を少し激しくした。「い、いつ頃から一人で?」

 

 士道が問うと、折紙が、補足をするように続ける。「五年前に両親が死んでから、しばらく叔母と一緒に暮らしていたけれど、高校に入るときに、一人でここに移った」

 

 

「高校から一人暮らしか……大変じゃないのか?」

 

「そうでもない」 顔の筋肉を必要最低限しか運動させぬまま、しかし士道の顔をジッと見み据すえ、そう言ってくる。しかもご存じの通り、とにかく距離が近い。

 

 

 ……なんか、ただ会話しているだけなのに妙なプレッシャーがあった。

 

 士道は内心の狼狽を誤魔化すように、大仰な仕草で後頭部をかいた。

 

「いや、はは、は……でもやっぱりすげえと思うよ。俺もそのうち一人暮らしすることになるだろうけど、なんか自分一人だと飯とか掃除とか手ぇ抜いちまいそうでさ」

 

「問題ない」

 

「え?」 きっぱりと言い切る折紙に、不思議そうな顔を向ける。

 

「私がやる」 士道は、一瞬全身を凍らせた。

 

「っ……!? えと……それって……」 が、士道が言うより速く、折紙がその場からすっくと立ち上がった。

 

「え……?」

 

「待っていて」 そしてそのまま足音もなく、キッチンの方へ歩いていく。 どうやら、お茶の準備をしに行ったらしい。

 

 士道はキッチンへ立った折紙の背をボーッと眺ながめ……ハッとして首をブンブン振った。「……そうだ、パペットは……」 小声で呟やき、部屋中を見回すように視線を巡らせる。 淡色で揃えられたシンプルな家具が、綺麗に配置された部屋である。 女の子らしさどころか、当然漂っているはずの生活感さえまったく感じられない。

 

 

まるでモデルハウスの内装みたいな空間だった。

「……ん」 パッと見たところ、パペットらしきものは見あたらない。 もの自体は少ないのだが、家の構造上収納スペースが多そうだったので、探すのには骨が折れそうだった。

 

 加え、折紙の目をどう誤魔化すかも問題である。やはり、折紙がトイレに立ったときにでも探すのが妥当だろうか。いや、ここは逆に、士道がトイレに立つ振りをして── と、そこで、折紙がトレイに、ソーサーとティーカップを二つずつ、それに砂糖とミルクを載せて戻ってきた。

 

 そして無言のまま、テーブルにそれらを配置していく。「どうぞ」 言って、折紙が再び士道の隣に寄り添そうように腰を下ろした。……なぜだろうか、先ほどよりさらに距離が近い気がする。「あ、ああ、ありがとう」 お香の匂いとは別に、仄かに漂ってくる折紙のシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐる。

 

 士道は自然と噴き出てくる汗を袖で拭ってから、ティーカップに手を伸のばした。

 

「……!?」 だが、カップに触れる寸前で、思わず眉をめる。 折紙と士道のティーカップの中身が、明らかに異なっていたのである。

 

 折紙のお茶は、見るも鮮やかな、透き通った赤褐色。 対して士道の方は、カップの底が窺がい知れないほどに淀んだ、泥のような液体だった。

 

 一瞬コーヒーかとも思ったが……違う。 液体の正体を見取るため、顔をカップに近づけた瞬間、生物兵器もかくやというほどの凄すさまじい刺激臭が、士道の鼻腔に爆撃をしかけてきたのである。

 

「──エンッ!?」 思わず、身体を弓なりに仰け反らせてしまう。

 

「どうしたの」

 

「ど、どうしたって……これ、一体なんだ!?」

 

「お茶。外国の」

 

「ず、ずいぶん個性的なお国で……」

 

 士道は顔をしかめ鼻をつまみながら再びカップを覗のぞいた。士道の生物としての本能が、頑くなに摂取を拒む色をしている。

 

──あれだろうか、これを飲み干せたら成人として認められるとか、そういう類いのものだろうか。

 

「あー……鳶一? 貴重なモン用意してくれて悪いんだけど、俺、これ苦手かも──」 が、士道が遠慮しようとすると、折紙がティーカップを士道の方に進めてきた。

 

 

「や……鳶一?」

 

「どうぞ」

 

「いや、どうぞじゃなくて……」

 

「どうぞ」

 

「あの、だな」

 

「どうぞ」

 

 

「……………………いただきます」

 

 なんかもう、自分の性格が嫌いやになる。士道は結局断り切れず、再びカップに向かった。「…………」 しかし、さすがにこのまま飲むのは気が引ける。 士道は少しでも味をマイルドにすべく、テーブルに置かれたミルクを一つ手に取ると、カップの中の液体に注ぎ込んだ。 ……結論から言うと、溶けなかった。 完全に分離したミルクの油分がお茶の表面に浮き、まるで重油の流出した海みたいになっていた。逆に状況が悪化した気がする。

 

 

「……ええい、ままよ!」 士道は意を決すると、カップを持ち上げ、液体をのどの奥に流し込んだ。

 

「──おぼふ……ッ!?」 臭に負けない、刺激的な味が、士道の味蕾を蹂躙する。 きっと一生口にすることなんてないだろうけれど、王水ってのは飲んだらこんな味がするんじゃなかろうか、と思えるような味だった。

 

苦いとか辛いとかじゃなく、痛い。「み……ッ、水……!」 しかし、手元に水はない。

 

 

「…………!」 士道は咄嗟に、自分で持ってきた菓子折の包装をびりびりと破くと、潰れた人型ヒトガタ焼き(天宮銘菓)を口に放り込んだ。 優しい甘みが口内に広がっていく。

 

……士道は力なくバタンと身体を後方に倒し、ようやく息を吐いた。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ」

 

 と──「……あ?」

 

 士道は胸元を押さえた。

 

 なぜだろうか、妙に身体が熱いというか、火照るような感じがする。

 

……今日はそんなに気温が高かっただろうか。 しかもそこへ。「…………」 なぜか折紙が、仰向けに倒れた士道の頭の横に手をつくと、腹の辺りに跨がり、マウントポジションを取るような格好で覆い被さってきた。

 

「…………っ!? と、鳶一!?」

 

「なに」

 

 まるで士道の方がおかしいとでも言うように、折紙が平然とした調子で返してくる。

 

「い、いや、おまえ何を……」

 

「だめ?」

 

「だ、駄目だ……と思う」 士道は、頭がフットーしそうになるのをどうにか抑えながら、なんとか言葉を発した。

 

 折紙のほどよい重量とか、女の子特有のいい匂いとか、柔かい感触とか、メイド服の衣擦れとか、そんなものが全てぐるぐるない交ぜになってもうやっべぇ。

 

少しでも気を抜いたなら、士道は即座にリバースカードをオープンしてしまいそうだった。

 

「そう」 折紙はそう言うと、ぱちりと瞬きをした。

 

「では、交換条件」

 

「は……?」

 

「ここから退くかわりに、私の要求を一つ、無条件で呑んで欲しい」

 

「な、なんだ……?」

 

ごくりと唾液を飲み下してから、問う。

 

 すると折紙は、珍らしく逡巡のような間をおいてから、小さな声で言ってきた。

 

「あなたは、夜刀神十香のことを十香と呼ぶ」

 

「え……? ああ……そ、そうだな」 士道は、小さくうなずいた。確かにその通りである。 いや、そもそも『十香』という名を付けたのは士道なのだから、当然である。

 

苗字は、戸籍を偽造する際に令音が付けたものという話だ。

 

 

「けれどあなたは、私のことを鳶一と呼ぶ」

 

「あ、ああ……」

 

「これは非常に不平等」 言って、折紙はぷいと顔を背けた。

 

「へ……? や、えと……」 士道は折紙の意図をはかりかねて、頭に疑問符を浮かべた。

 

「つまり……? 十香のことを夜刀神って呼べってのか? なんか慣れねえな……」

 

「…………」 折紙が、無言でぎゅうと、腹に体重をかけてきた。 せいぜい少女一人分の重量だ。大した重さではない。 のだけれど、問題はそんなところではなかった。耳から蒸気が噴き出すような感覚が、士道を襲う。

 

 

「じゃ……じゃあどうしろってんだよ……っ!?」 折紙は姿勢を元に戻すと、少し顔を背けながら言葉を発してきた。

 

 

「私のことを、折紙と呼んで欲しい」

 

「え……と」

 

「だめ?」 折紙が、言ってくる。

 

 それはいつも通り抑揚のない声音だったのだけれど──少しだけ、不安そうな響きを孕んでいるような気がした。

 

「や……それは、駄目じゃない、と……思う」

 

「そう」

 

「…………」

 

「…………」 またしばし、沈黙が流れる。

 

 これはさすがに士道にもわかった。……こほんと咳払いをしてから、のどを震わせる。

 

「ええと……お、折紙」

 

「…………」 士道がそう呼ぶと、折紙は無言で士道の腹から腰を浮かせ、その場に立ち上がった。 そしてその場で無表情のまま、ぴょん、と飛び跳ねる。

 

「へ……?」 なんともシュールな光景に、身を起こした士道は目を丸くした。 しかし折紙は気にする素振りもなく、小さく唇を開いた。

 

「──士道」

 

「……!」 そういえば、折紙にそう呼ばれるのは初めてだったかもしれない。……いつも『五河士道』とフルネームで呼ばれていた気がする。

 

「お、おう」 なんかむずむずするものを感じながらもそう返事をすると、折紙はもう一度その場でぴょん、と跳ねた。無論、表情筋はぴくりとも動いていない。

 

 ……ひょっとして、喜んでいるのだろうか。 折紙はそのまま数秒の間、余韻に浸るように目を伏ふせたのち、小さく息を吐いた。

 

 そして、「待っていて」 なぜか突然そう言うと、踵を返す。

 

「あ……おい、鳶──」

 

「…………」

 

「……折紙。どこ行くんだ?」

 

「シャワー」 折紙は、ちらと士道の方に顔を向け、それだけ言ってリビングを出て行った。

 

「は……?」 リビングに一人残された士道は、しばし呆然としてから、ようやく状況を理解し、

 

「はふぅ」と息を吐いた。そのまま、再びばたんと後方に倒れ込む。

 

「あー……」 胸に手を置く。 心臓が、信じられないくらいバクバクいっていた。

 

 だが、そうしてもいられない。数秒のあと、ハッと身を起こす。

 

「そうだ……! パペットを探すチャンスじゃねえか」 あまりに衝しよう撃げき的な体験の連続で忘れかけていたが、今日の目的はあくまでそれである。

 

 予期せず、千載一遇のチャンスが舞い込んできた。

 

「でもあいつ……なんでいきなりシャワーなんて浴びに行ったんだ?」 首をひねる。汗でもかいたのだろうか? ……にしても無防備に過ぎはしないだろうか。

 

士道にもう少し度胸があったなら、浴室を覗いてしまう可能性だってあったのである。

 

先ほどの言動もそうだが、折紙は少々そういったことに気を遣つかわなさすぎな感があった。

 

「……ま、助かったことにかわりはないか」 士道はすっくと立ち上がると、先ほどより詳細に、リビング中に視線を這わせ始めた。

 

「目につくところには……ねえか」 呟き、足音を忍ばせながら、棚の中身をチェックしていく。

 

 本当なら、空巣かガサ入れのごとく、中のものを全部床にぶちまけながら探した方が効率がいいのかもしれないが……さすがにそんなことはできない。

 

 今回の絶対目的は、四糸乃のパペットを回収することだが、可能な限り折紙に気取られないことも重要なのである。

 

「……なんか、恐ろしく綺麗に配置してあるから調べづれえな……」 収納スペースの内部まで完璧に整えられているため、少しでもずらしたらたちまち気づかれそうだった。

 

 しかし、そこまで気を遣っていては何もできない。できるだけ配置をもとに戻しながら、探たん索さくを進めていく。

 

「リビングにはなさそうだな……となると……」 士道は、ダイニングテーブルを隔へだてたキッチンに目をやった。

 

 

 まあ見込みは薄いと思うが、パペットを鍋掴みにしている可能性もゼロではない。

 

一応ざっと見ておいた方がいいだろう。「ええと……?」 そろそろとキッチンに移動し、食器棚やシンクの下などを順にチェックしていく。

 

「ん……これは?」 と、士道はぴくりと眉を動かした。

 

 キッチンの最奥にあるゴミ箱の中に、いくつもの小さな空き瓶を発見したのである。

 

「なんだこりゃ……」 首を傾げ、それらを手にとってみる。

 

『必殺・赤まむし』『大絶倫・黒天狗』『スッポンゴールド1000』『マカの魔力』 エトセトラエトセトラ……

 

 

 一本数千円はくだらない、高級精力剤のオンパレードだった。 どう見ても、女子高生が栄養ドリンク代わりに飲むような代物ではない。

 

 士道は、ぽりぽりと頬をかいた。 ……まあ、まずあり得ないことなのだけれど、これらを全部鍋に入れて煮に詰めたなら、それはそれは凄すさまじい味の液体ができるんだろうなあ、なんて考えて。

 

 ついでに、そんなものを男が飲まされたなら、もう即座にハイパーモードになって全身金色に輝かがやき、下腹の一部分だけが、それはもう真っ赤に燃えてしまうんじゃないかなあとも。

 

「ま、まあ、個人の好みを詮索するのはマナー違反だな」

 

 まあ、女の子の家を家捜しなんて、超特級のマナー違反を犯している士道が言っても、まるで説得力はないのだが。

 

「やっぱりキッチンにはないか。じゃあ次は──」 士道はドリンク剤の空き瓶をゴミ箱に戻すと、そろそろと歩みを進め、リビングの入り口に目を向けた。

 

 確か玄関からリビングに至るまでの廊下に、一つ扉があった気がする。 折紙が浴室に行ってから、もう一五分以上が経過していた。

 

士道は少し早足気味に、廊下へと出た。 そしてそのまま最後の扉へ歩いていき──「……っ」 その途中で、一瞬足を止めた。

 

 最後の扉のちょうど向かいに、脱衣所へと繋がる扉があり、そこからシャワーの水音が聞こえてきたのである。

 

 

 少し収まっていた動悸が、また激しくなる。「……落ち着け、落ち着け」 とりあえず手の平に『人』という字を三度書いて飲み込み、ジャガイモ頭の折紙を想像しながら、素数を数えてみた。

 

 ……正直、あんまり落ち着かなかったが。

 

 なぜか今日は、士道の頭の中のベルセルクが荒ぶりがちだ。本当になぜだろうか。まるで高い精力剤を何本も飲んでしまったかのような興奮のしかただった。

 

 このままここにいると、なんかとんでもない間違いを犯してしまいそうである。 士道は焦るように最後の扉に手をかけ、開け放った。

 

「……っ、ここは……寝室か」 六畳じようくらいのスペースに、ベッドや洋服棚だなが並べられている。

 

「……んん?」 と、部屋に入ってすぐ、士道は訝かしげな声を発しながら目を細めた。 ……何か、違和感がある気がする。

 

 部屋が狭い……? 否、これは──「……あいつ、随分とでかいベッドで寝てんだな」 そう。なぜかベッドがダブルサイズなのだ。

 

おかげで、妙みように寝室が狭く見えてしまっている。 しかも不思議なことに、他の家具に比べて、このベッドだけが妙に新しかった。

 

それこそ、昨日今日に包装を解いた新品のように。

 

「最近新調したのか……? いや、にしても……」 言いながらベッドの枕元に移動し──またも首をひねる。

 

 ホテルのベッドメイクもかくやというほどに、ピンと美しく張られたシーツの上に、枕が二つ並べられていたのである。 しかも、そのカバーにはポップな文字で『問題ない』と刺繍が施こしてあった。

 

「…………」 裏返してみた。 裏には『構わない』と書いてあった。

 

 選せん択たくの余地なしだった。

 

「……………………」 先ほどより長い沈黙のあと、「さ、さてと……パペットはどこかな……」 わかろうと思ってもわからないので──そのうち士道は、考えるのをやめた。

 

 と──そこで。「あ」 顔を上げた士道は、短く声を発した。 部屋の脇に置かれた背の高い洋服ダンスの上に、ちょこんと見覚えのあるシルエットが鎮座していたのである。 コミカルな意匠の施されたウサギ形のパペット。

 

 

──間違いなく、四糸乃のものだった。「こんなところにあったのか……」 これで、四糸乃を助けることができる。

 

 

士道はほう、と息を吐いた。 だが、士道がタンスに向かって足を踏み出した、そのとき。「……っ」 寝室の外から、ガチャッ、という音が聞こえてきた。

 

 

 普通のドアの音ではない。あれは多分、浴室の扉が開けられるときの音だった。 どうやら、折紙がシャワーを終えたらしい。

 

「やっべ……」 士道は手早くタンスの上のパペットを掴み取ると、無理矢理服のポケットに詰め込み、足音を殺してリビングに戻った。

 

 間一髪。間に合った。士道は小さく放念の息を吐いた。 あとはこれを持って、無事帰還するだけである。

 

 ……その最後の項目の難易度が、やったら高い気がするのは、気のせいだと信じたい。

 

「あ……そうだ」 ふと、士道は独り言を呟くように声を発した。 鳶一宅を訪れた最大の目標は、一応達することができた。 だが士道には、もう一つ個人的な目的があったのである。

 

 家に招き入れられてからずっと折紙のペースで、会話の糸口を掴むことができないでいたが……こんなチャンスはそうないだろう。

 

 

 一度──折紙と、ちゃんと話してみたかったのだ。 精霊のことに、ついて。 と、そこで、士道の思考を中断するように、リビングの扉が開いた。

 

 

どうやら折紙が戻ってきたらしい。 士道はごくりと唾液を飲み下すと、声を発しながらそちらに顔を向けた。

 

「お、おう、折紙。ちょっと訊きたいことが──」

 

 だが。「ぃ……ッ!?」 折紙の姿を目にした士道は、その姿勢のまま停止してしまった。

 

 リビングに入ってきた折紙の格好は、先ほどまでのメイド服ではなく──裸身にバスタオルを巻き付けただけだったのである。

 

 しかも全身に水分を帯びていたためか、タオル地がしっとりと張り付き、身体のラインを浮かび上がらせている。なんとも蠱惑的な美しさが漂っていた。

 

「な、ななな……」 いくら自宅とはいえ、来客時、しかも同年代の男子がいるときにこの格好はさすがに異常である。

 

 

「なに」

 

 だけれど折紙は至極当然のごとくそう言うと、士道がなぜ固まっているのかわからないといった感で小さく首を傾げてきた。

 

「……っ! あ、ああ、着替えを忘れたのか? あ、ははは……ドジだなあ」

 

 士道は乾いた笑いを浮かべると、油を差していない機械のような動きで、首を明後日あさつての方向へと向けた。

 

 

「…………」

 

 しかし折紙は無言のまま、足音もなく士道の元に歩み寄ると──先ほどと同じように、息づかいどころか体温まで感じられる位置で膝を折った。

 

 

 そのまま、ぐっと身体を押しつけてくる。

 

「──ッ!?」 士道はビクッと肩を震わせると、その場から飛び跳ねるようにして折紙と距離を取った。

 

「……?」 折紙が、不思議そうにまた首を傾げてくる。

 

「どうしたの」

 

「ど……ッ、どうしたって……」

 

 そう言っている間も、折紙はじりじりと距離を詰めてくる。 士道は必死に思考を巡らせ──咄嗟に声を発した。

 

 

「お、折紙! その──お、おまえに、訊きたいことがあるんだ!」

 

 折紙が、その場で停止する。

 

「なに」

 

「あ……ああ、その……」 士道は確認のためコンコン、とインカムを小突いてみた。 音は──何も、聞こえてこない。完全に、通信は隔絶されている。

 

 

 今なら、何を言っても、琴里たちには伝わらない。 士道は意を決すると、口を開いた。

 

 

「その……折紙。おまえは──精霊が、嫌い……なんだよな」

 

 

「…………」 士道がその言葉を発した瞬間、折紙の雰囲気が変わった気がした。 士道がそんな話題を出したことを訝かしむように、小さく首を傾げる。

 

 

「なぜ」 折紙は、士道の目をまっすぐに見ながら問うてきた。 それはそうだ。正直、何の脈絡もない。きっと〈フラクシナス〉と通信が繋がっていたのなら、余計な情報を漏らすなとか、無駄に警戒心を煽るなとか言われて怒られていたことだろう。

 

 だが士道は、訊かずにはいられなかった。 折紙に。両親を精霊によって失い──今、精霊に刃やいばを向ける少女に。

 

 

「……っ、や、その──だな。せ、精霊の中にも、いい奴はいるんじゃないか……なんて」

 

 

「ありえない」 にべもなく、切り捨てられる。

 

 

「精霊は現れるだけで世界を壊す。そこに『居る』だけで世界を殺す。あれは害悪。あれは災厄。生きとし生けるものの敵」

 

 

「そ……っ、そんな言い方──」

 

「──私は、忘れない」

 

 士道の言葉は、途中で遮ぎられた。 表情も、声のトーンも、何一つ変わっていないというのに……なぜだろうか、底冷えのするような威圧感が感じられた。

 

 

「五年前、私から両親を奪った精霊を」

 

「五年……前」 士道が呆然と声を発すると、折紙は小さくうなずいて続けてきた。「五年前、天宮市南甲町の住宅街で、大規模な火災が発生した」

 

「え……」 士道は眉をひそめた。士道も昔、そこに住んでいたことがあったのである。 火事で家が燃えてしまったため、今の家に引っ越こしてきたのだ。

 

 

「公式には伏せられているけれど、あの火災は──精霊が起こしたもの」

 

 

「な……ッ」 士道は驚愕に目を見開いた。

 

「その身に、真っ赤な炎を纏った精霊。私は──あの精霊に全てを奪われた。絶対に、許さない。精霊は全て、私が倒す。もう、私と同じ思いをする人は、作らせない」

 

 

 静かな、しかし強固な意志を思わせる声でそう言い、折紙はくっと拳を握った。

 

 

「そして、無論それは──夜刀神十香も例外ではない」

 

「え……」 不意に十香の名前を出され、士道は目を丸くした。

 

「彼女は今、精霊とは認められていない。でも、私は彼女の存在を許容できない」

 

「……っ、で、でも、今の十香は空間震も起こさなければ、暴れもしないじゃねえか。そうなったらもう──ただの女の子と変わらないだろ?」

 

 しかし、折紙は微塵の逡巡も躊躇も見せずに首を横に振ふった。

 

「彼女から精霊の反応が消えたことは事実。しかし、原因が不明な以上、最悪の状況に備えるのは当然のこと」

 

「……そ、それは──」 士道は言い淀んだ。 折紙の言い分はもっともだった。だって彼女は、士道の能力によって十香の力が封印されていることを知らないのだ。

 

 

「でも……空間震が起こるのだって、あいつらの意思じゃねえんだろ!? それなのに──」「────?」 士道がそう言うと、折紙が不思議そうに首を傾げた。

 

 

「なぜ、そんなことを知っているの?」

 

 

「……っ、や、それは──」 余計なことを言い過ぎた。士道はお茶を濁す言葉を探して視線を泳がせた。

 

 だが、折紙は抑揚のない声で続けてくる。「ちょうどいい機会。私も、あなたに訊きたいことがある」

 

「な、なんだ……?」

 

 

「四月二一日、午後。私は作戦遂行中にあなたを見た」

 

 

「……っ」 その日付に、士道は背を凍らせた。 それは、十香がこちらの世界に静粛現界をした日だったのである。

 

 つまりは──士道が、キスによって十香の力を封印した日。

 

「あなたは、一体何者」 静かな瞳でジッと士道を見据えながら、折紙が言う。

 

「や、その、それは……」〈ラタトスク〉のことまで漏らすわけにはいかない。士道はしどろもどろになり──「…………」 しかし、下唇を噛んで呼吸を落ち着かせた。

 

 

「……鳶一。信じてもらえないかもしれないけど──少し、俺の話を聞いてくれるか?」 折紙は、微塵の逡巡もなく首を前に倒した。

 

 

「ん……その、だな。詳しいことは言えないんだが……俺、実は何度か精霊に会って、話をしたことがあるんだ。──十香だけじゃない。……四糸乃ともだ」

 

 

「四糸乃?」

 

「ああ──〈ハーミット〉って呼ばれてる精霊のことだ」

 

 折紙の表情はぴくりとも動かなかったが、士道がそう言った瞬間、すぅっ……と、いつもより少しだけ息を吸うのが早くなった気がした。

 

 

「非常に危険。やめるべき」 抑揚のない声で、注意をしてくる。 だが士道は、首を横に振った。

 

 

「──鳶一。おまえは、一度でも四糸乃と話したことがあるか……? いや──ないだろうな。名前だって知らなかったんだから」

 

 

 身体ごと折紙に向き直り、続ける。「頼む。少しだけ、少しだけでいい。今度四糸乃が現界したら、あいつと、話をしてみてやってくれ。──おまえの言うように、悪い精霊だっているのかもしれない。でも、十香や四糸乃は──、なんて言えばいいのかわかんねえけど……、すげえ、いい奴なんだよ……! 人間にだってそうはいないくらい、滅茶苦茶優しい奴らなんだよ……っ!」

 

 

「…………」 折紙は、何も言わず、至極落ち着いた様子で士道を見つめてくるだけだった。 静かな。しかし不思議と冷たさは感じない、不思議な色の眼な差し。

 

 

「……っ」 ──嗚あ呼あ、そうだ。士道はようやく気がついた。 折紙に、ASTの意思決定を左右するほどの権能がないことはわかっている。

 

 

 それなのに、わざわざ情報漏洩というリスクを冒してまで折紙にこんな話をしてしまった理由。

 

 

──せざるを得なかった理由。

 

 

 もちろん、四糸乃を助けたいというのが一番大きかったのだが、それだけではなかったのだ。 それが、やっと実感として理解できた気がした。

 

 

「そう──か。俺……」 士道は、改めて折紙に目を向けた。

 

 

「俺は……四糸乃をどうにかして助けてやりたいし、十香のことを認めてやって欲しいとも思ってる。でも、それと同じくらい。鳶一、おまえに──そう、おまえに、あんないい奴らを、殺して欲しくないんだ……ッ!」

 

 

「…………」

 

 

「おまえだって、すげえいい奴なんだ……! まだ高校生だってのに、世界を守るために戦ってるんだぜ? そうそうできることじゃねえよ。マジで尊敬する」

 

 

 そう。折紙が間違っているだなんて、士道には言う資格がない。 五年前に精霊によって両親を亡なくし──もう、自分と同じ人間は作りたくないと、人を守るために武器を取った気高い少女。 その決意を、士道の薄っぺらな言葉で汚していいはずがない。

 

 

 だが──「なんで……なんでこんなことになっちまってるんだろうな……。誰も──誰も悪い奴なんていねえんだ。十香も、四糸乃も、鳶一、おまえだって、みんな、優しい奴らなのに」

 

 

「それは──」 

 

言いかけて、折紙はのどを小さくこくんと鳴らしてから続けてきた。

 

「それは、仕方のないこと」

 

 

「……っ」

 

 

「仮に、あなたの言うことが本当で、〈ハーミット〉がこちらとの闘とう争そうを望んでいないとする。──しかし、彼女が精霊である以上、空間震発生の危険性は、必ず残る。彼女一人のために、何人もの人間の命を危険に晒すことは、私たちにはできない」

 

 至極整然とした主張。琴里も、同じようなことを言っていた。 きっと、間違っているとしたら士道の方なのだろう。

 

 士道は、額についていた手を目元に滑すべらせ、表情を隠すようにしながら奥歯をぎりと噛みしめた。

 

 

 頭では、折紙の言っていることが理解できる。だがどうしても、納得はできなかった。

 

 

「──最後に一つ、確認させてくれ」 言うと、折紙が、不思議そうに首を傾かしげた。

 

 

「十香みたいに、精霊の力が確認できなくなったなら──もうその精霊に、攻撃をすることはないんだな?」 そう。士道の言っていることは理想論。あまりに、無理がありすぎる。

 

 

 ──けれど。その無理を通すことができる可能性が、士道には残されている。

 

「…………」 折紙は、しばしの間黙ってから返してきた。

 

 

「私としては本意ではない。反応が消えたからといって、精霊を放置するのは危険すぎる」

 

 

「……っ、そんな──」

 

「──しかし。上層部の方針として、精霊の反応が確認できない限り、それは人間と認めざるを得ない。私の独断で攻撃をすることはできない」

 

「つ、つまり?」

 

「その質問には、肯定を示す」 折紙が、落ち着き払った様子のまま言ってくる。 士道は、無意識のうちに唾液を飲み込み、拳をぐっと握っていた。

 

 

「──ありがとうよ。今は、それが聞ければ十分だ」

 

「そう」 折紙は短く言ったのち、「──今日うちに来たいと言ったのは、それが目的?」 少しだけ、ほんの少しだけ瞼を落とし、そんなことを言ってきた。

 

 抑揚のない声に変わりはないのに、なぜかそこはかとなく不機嫌そうな感じがする。

 

「っ、や……そ、そんなことはないぞ。今日来たのは、鳶一と話をするためで……」 さすがにパペットのことは言えないが、嘘は吐いていない。

 

 インカムが死んでしまったため、探索も士道が行うことになってしまったものの──本来なら、カメラが探索を行っている間、不信感を抱かせないために折紙と会話をするのが、士道の目的だったのだから。

 

 

「…………」 折紙は、士道の言葉を聞くなり、少し刺々しくなっていた雰囲気を一瞬で霧散させた。

 

 そして、再度士道の方ににじり寄ってくる。 だが、そこで。

 

 

 

 

 ウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ────

 

 と、外から空間震警報が鳴り響いた。

 

「け、警報……?」

 

「…………」 折紙は数瞬の間黙りこくると、小さく息を吐いてその場に立ち上がった。

 

「折紙……?」

 

「──出動。あなたは早くシェルターへ」 それだけ言って、折紙は廊下に出て行った。

 

 一人残された士道はしばしの間呆然としたあと。

 

「……まさか、四糸乃──?」 鼓膜を震わせる警報に眉をひそめ──ポケットの中のパペットをぎゅっと握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 目を開けて。四糸乃は、狼狽に身を震わせた。

 

 闇の中で微睡かのような感覚が掻かき消えると同時──ひんやりとした空気が頬を撫で、視界に街の景色が流れ込んできたのである。

 

「ぇ……、ぁ……っ」 四糸乃は辺りを見回した。 どこか知らない、街の真ん中。 四糸乃の周囲だけが、爆発でも起こったかのように消し飛んでいる。

 

 

 そして空からは、冷たい、雨。 幾度も、それこそ飽くほどに経験した、現界の感触。 ただ違いがあるとすれば──その左手に、四糸乃の無二の友だちがいないことだろう。

 

「……っ!」 空から、聞き覚えのある音が聞こえてくる。

 

 そこには──四糸乃の予想通り、機械の鎧いを纏まとった幾人もの人間が浮遊していた。

 

「──目標を確認。総員、攻撃開始」

 

『はっ』 そんな会話のあと、人間たちの手や足から、幾つもの弾が四糸乃目がけて放たれる。

 

「…………っ!!」 四糸乃は息を詰まらせると、地面を蹴って空に舞まった。

 

 そのまま、人間たちの攻撃を避けるように、複雑な軌道を描きながら逃にげていく。

 

「逃がすんじゃないわよ!」

 

『──了解!』 後方からそんな声が響き、さらに何発もの弾が射出された。 それぞれが致死の力を持つ、必殺の一撃。

 

霊装がなければ、四糸乃を一〇〇回殺しても釣りが出るであろう、悪意と殺意の化身。

 

「……! ……!」 四糸乃は、錯乱気味に空を舞いながら、声にならない叫びを上げた。 動悸が激しくなって、 お腹が痛くなって、目がぐるぐると回る。

 

 

 誰かに悪意を、殺意を向けられていることが、四糸乃には許容しきれなかったのだ。

 

 いつもは──違う。 いつもなら、四糸乃の左手には『よしのん』がいてくれる。

 

 

 そして『よしのん』はとても強くて頼たよりになるから、こんな攻撃はものともしない。 だから、四糸乃も平気だった。みんなを傷つけずにいられた。

 

 

 でも、今は──「きゃ…………!」 四糸乃は、背に凄すさまじい衝撃を感じ、短い悲鳴を上げながら地面に落ちていった。

 

 霊装を貫ぬくほどの攻撃ではない。だが、霊装の防護ごと、四糸乃を地面に叩きつけるかのような、重い一撃だった。

 

 どうしようもないくらいの恐怖感が、四糸乃の心に広がっていく。 ガチガチと歯が鳴って、 ガタガタと足が震えて、 グラグラと視界が揺れる。

 

 

 もう、どうしようもないくらいに、頭の中がグシャグシャになる。

 

「ぅ、ぁ、ぁ……」 ざぁ、ざぁと。──雨が、強くなる。

 

「──よし、このまま一気に行くわよ!」 リーダー格の女が言うと同時、人間たちの禍々しい武器が、一斉に四糸乃に向けられた。

 

 そして、そこから、今までで一番たくさんの殺意が、形と成って降り注いでくる。 それが着弾する直前。四糸乃は、天高く右手を上げていた。

 

 

 ──そして。「……〈氷結傀儡(ザドキエル)〉……ッ!!」

 

 災厄(てんし)の名とともに、それを、振り下ろした。

 

 

 

『──仕留めた!?』 少し興奮した様子の燎子の声が、通信機越しに聞こえてくる。 折紙は細く長く息を吐きながら、油断なく煙に包まれた地表に視線を這はわせた。

 

 

「…………」 警報が鳴り、住民の避難があらかた終わってから、およそ三〇分。〈ハーミット〉の姿を確認した折紙たちは、ただちに殲滅作戦を開始した。

 

 

 今この場には、九名のAST隊員が、アウトレンジ装備を纏って浮遊している。 全身に纏ったワイヤリングスーツと、基本装備のスラスターユニットを中心に、ありったけの対精霊弾薬を積んだ殲滅兵装である。 通常であれば身動きがとれないほどの重量ではあるが──そこは、顕現装置が発生させた絶対力場・随意領域の重力中和でカバーしていた。

 

 全員が全員、砲門を〈ハーミット〉に向けたまま、様子を窺う。

 

 と、そのとき。『な──』 誰かの狼狽に満ちた音声が、通信機越しに全員の耳に届いた。〈ハーミット〉が落ちた場所にわだかまっていた煙が一瞬のうちに掻き消え──その中から、数瞬前までは確認できなかった、鈍重なシルエットの人形が姿を現す。

 

 ──その背に、〈ハーミット〉の小さな身体をぴったりと張り付けて。『あれは……ッ』 通信機越しの燎子の声が、折紙の鼓膜を震わせる。

 

 

 あの人形には見覚えがあった。前回〈ハーミット〉が顕現させていた武器──天使だ。 と、人形が前屈みになり、両前足を地面につけたかと思うと、その四足の先と腹部、そして口元から、コォォォォ、と白い煙のようなものを吐き出した。

 

 

 

 そして人形は頭部を天に向け、

 

 

 ──クゥォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ──

 

 と、耳鳴りが残るような奇妙な咆哮を上げる。 すると──人形を中心に、地面がパリパリと音を立て、放射状に白くなっていった。

 

『な、何だ、これは……ッ!』 隊員の焦燥に染まった声音が響く。

 

 しかし〈ハーミット〉の人形はこちらの反応などお構いなしに、気味の悪い咆哮と冷気を吐き出し続けていった。

 

 

 そのたび、地面が白くなっていく。「…………っ」 折紙は左右に視線を振った。

 

 

 

視界に映る街の、至る所で、同じ現象が起きていたのである。

 

 

 突然の豪雨により作られた水たまりがボコボコと隆起し、無数の棘のような鋭利な形になって、一瞬のうちに凍付く。

 

 

 道路や建造物には這い回るように霜が降り、まるで街一つをそのまま冷凍庫にでも入れたかのような状態になってしまった。

 

 

 瞬く間に──折紙たちの視界は氷で覆われた。

 

 しかも最悪なことに、今この場には天より水分が際限なく追加されている。

 

 夥しい量の雨粒は、地面を覆う氷に触れると、一瞬でそれに同化していった。

 

 終わりのない侵略と増築を続ける、氷結の城。

 

 それが、天宮の街を埋め尽くした。

 

『……ッ! 総員! 怯むな! 撃てッ!』

 

 燎子の号令と同時、折紙は脳内に指令を発した。

 

 全身に装備した砲門を、一斉に稼動させる。 他ほかのAST隊員も同様に、撃てる限りの弾薬を、〈ハーミット〉に向けて掃射した。

 

 だが──「…………」 折紙は一瞬息を止めた。 それらの弾薬が、〈ハーミット〉に届く遥か前で凍り付き、爆発すらしないまま地面に落下してしまったのだ。

 

 

 折紙は即座に脳内に指令を発すると、簡易解析を発動させた。 すると視界いっぱいに、微弱な、しかし恐ろしいほどに広範囲の霊力反応が現れる。

 

 

『な……なんだってんだ』

 

「──恐らく、この雨のせい」 隊員の狼狽に、折紙は短く答えた。

 

『あ、雨?』

 

「そう。微量だけれど、雨が精霊の力を帯びている」 視界を隙間無く覆う豪雨。

 

 それに触れた瞬間、弾薬が氷に覆われ、その威力さえ凍らされて地に落ちたのだ。

 

 精霊の力を帯びた雨と冷気。この水のカーテンは、地に広がった氷の城を、そしてそこに鎮座する主を守るための強固な防護壁だった。

 

「…………っ!」

 

 と──そこで、巨きよ大だいな人形の背に張り付いた〈ハーミット〉が動きを見せた。

 

 

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ──と、

 

先ほどよりも大きな、まるで機械の駆動音のような咆哮を上げて、人形が身を仰け反らせる。

 

 今までとは少し様相が異なった。 そう、言うなれば、冷気を吐き出しているのではなくて、大きく深呼吸でもするように大気を取り込んでいるかのような──

 

『……! 総員、退避!』

 

 燎子の指示と同時、脳内でスラスターユニットに指令を発し、折紙たちは今まで浮遊していた空域を離れた。

 

 

 瞬間、人形が頭部を元の位置に戻したかと思うと、耳をつんざく不快な高音とともに、口にあたる部分から、青い光線のようなものを吐き出す。

 

 

『うわ……ッ!?』

 

『ぐ──っ』 通信機越しに、隊員の苦悶の声が聞こえてくる。どうやら二人、逃げ遅れたらしい。

 

「────」 空中で身をひねり、ちらと下方を見やる。 そこには半径三メートルほどの丸い氷が二つ、ごろん、ごろんと転がっていた。

 

 

 間違いない。今、通信機の向こうから聞こえた苦悶の声の主たちだ。

 

『……ッ、随意領域ごと凍結させたってのか……? 冗談じゃないぞ……!?』

 

「…………」 隊員の声を聞きながらも、折紙は油断なく〈ハーミット〉の挙動に目をやっていた。 と──〈ハーミット〉はASTたちが混乱しているのを感じ取ったのか、またも動きを見せた。

 

 

 くるりと折紙たちに背を向けたかと思うと、人形が地面に四つ足をつき、そのまま凄まじいスピードで、凍った地面を滑るように逃げていってしまう。

 

 

『く……追うわよ!』

 

『了解!』

 

 折紙たちは脳内に指令を発すると、スラスターユニットを駆動させた。

 

 

「……ッ!?」 五河家二階奥の部屋で眠っていた十香は、不意に鳴り響いた爆発音にバッと顔を上げた。

 

 

「な──なんだっ……!?」 急なことに驚ろいて身を起こし、ガラガラッ、と音を立てて窓を開ける。 そこで、十香は思わず身を震わせた。 何かに途方もない恐怖を感じたというよりは、窓から入り込んできた風の、予想外の冷たさにブルッと身体が震えたのである。

 

 異常なほど、気温が下がっている。

 

十香は怪訝そうに眉をひそめながら外を見回した。

 

「こ、これは……」 視界一面に雨が降り注ぎ、しかも、地面に触れた雨粒が、一瞬のうちに凍り付いている。

 

「一体、何が起こっているというのだ……」 と、そこで、ふと先ほどのことを思い出す。 昼寝をしていた際、何やらウゥゥゥゥゥ──という音が鳴っていた気がする。

 

 夢か何かかと思っていたが、あれは……「警報……というやつだったのか……!? ならばこれが……空間震?」 

 

 佐藤に聞いていた爆発云々とは随分イメージが異なっていたが、見るからに異常な事態である。早くシェルターとやらに避難せねばなるまい。

 

 と──十香が部屋から出ようとしたそのとき。「……っ!?」 窓の外を、奇妙なものが凄まじいスピードで通り過ぎていった。 ずんぐりとしたフォルムの、全長三メートルはあろうかという人形である。

 

 

 しかもその背に、緑色のコートを着た少女を乗せていた。

 

 

「あれは……あのときの」 そう、あれは、士道と会っていた少女だった。 それを認識すると同時、十香は、心臓がどくんと震えるのを感じた。

 

 何の根拠もない。だけれどなぜだろうか──あの少女のもとに、士道がいる気がしてならなかった。「……っ」 十香は唇を噛むと、ドアを思い切り開け────

 

 

 

『いったっー』

 

 

と、開けた先の何かにぶつかり、ドアを仕切った奥からは苦悶の声音が聞こえてきた。

 

 

 

「───っ、佐藤…?」

 

そこに居たのは十香のよく知る人物、佐藤だった。

 

 

『いって……、ずっと呼びかけても返事がないと思ったら急にドア開けられるし……』文句のような言葉を言われたが、十香には全く自覚がなかったので首を傾げることしか出来ず、佐藤もそれを見て……ため息を吐きながらも話を戻した。

 

 

『で、空間震が起きたからお前を呼び起こそうと思ったんだけど────』

 

 

「………」

 

 

『はぁ………。五河士道の所に行きたいならさっさと行ったほうがいい。』

 

やれやれと肩を落としながらそんな、アドバイスのようなものをしてきた。

 

 

「……そ、れは…。サトーはどうする…のだ?」

 

 

『ほら、行ってこいよ。きっと、あの子の所に五河士道は居る、一つぐらい謝って来い』

 

質問に佐藤は答えない。『そんなどうでもいい事は考えるな』とでも言うかのように。

 

 

 

「………感謝する。」

 

短く返すと、十香は佐藤の脇を通り過ぎ、玄関に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……っ、なんだよ、こりゃあ……っ」 パペットを携さえ、マンションの外に出た士道は、目の前に広がる光景に目を見開いた。

 

 

 

 何しろ、見慣れた街の景色が、一面銀世界になっているのである。 それも、雪が積もったとかではない。純粋に、街が凍り付いているのだ。

 

 

『──警報が聞こえなかった? 四糸乃よ』 今まで沈黙を保っていたインカムから、琴里の声が聞こえてくる。

 

 

『それより、精霊が出現するまで何をしていたの? 屋外に出るまで随分時間がかかったようだけれど』

 

「……いや、玄関に仕掛けられてたトリモチに捕まってて」 そう、折紙の部屋を出ようとしたところ、トラップに足を取られ、外に出るのが遅れてしまったのである。

 

 

 ……しかし妙なトラップだった。確かに時間は取られたが、絶対に脱出不可能というほどでもない。

 

どちらかというと外部からの侵入者を捕まえるためのものではなく、内部から逃亡しようとする者を、しばらく足止めしておくもののような……「……いやいやいや」 今はそんなことを気にしている場合ではない。首を振って思い直す。

 

 

「これが……四糸乃の仕業だってのか?」

 

『ええ』 氷に覆われた街を見渡しながら言うと、琴里が返してきた。

 

 

『あまり悠長に構えていられるような状況じゃあないわね。本来なら排水されるべき雨水まで取り込んで凍結しているから、このままの状態が続けば、地盤や地下シェルターの方にも深刻な影響が出る可能性があるわ』

 

 ふうと息を吐き、琴里が続ける。

 

『──今四糸乃を止められるのはあなたと、そのパペットだけよ。行ってくれるかしら?』

 

 

「当たり前だ。四糸乃も、街も、あのままにはしておけない」

 

 

『……シン、私の方からも一つ、いいかな?』 と、インカムから、眠たげな声が聞こえてきた。令音だ。

 

 

『……いろいろと調べてみたが──どうやら、君の疑問はあながち間違っていないようだ』

 

 疑問──というと、先日四糸乃が家に来たとき、士道が言ったことだろうか。 そういえば琴里が、令音に調べてもらうと言っていた気がする。

 

 

『……時間がないから手短に伝えよう。四糸乃は──』 令音が、簡潔に事態を説明してくる。

 

 

「……っ」 それを聞くと同時、心臓がぎゅうと締め付けられる感覚が、士道の身体を通り抜けた。

 

 

 だが──不思議と驚きはない。 あるのは、ああ、四糸乃ならば、という納得と── やはり彼女は救われなければならないという、確信だけだった。

 

 

「……琴里」 再度街に目をやって深呼吸。激しく鼓動する胸元を数度叩いて、覚悟を決める。

 

 

 それだけで士道の意図を察したのだろう、琴里が声を響かせてくる。『──よろしい。右手に真直ぐ、大通りに出るまで走りなさい。四糸乃の進行方向と速度から見て、およそ五分後にそこに到達するわ。その位置からなら先回りできるはずよ』

 

 

「了解……っ!」 指示を受け、速やかに足を踏みしめる。だが、『ちゃっちゃと好感度上げて、キスしてらっしゃい』

 

「……う」 ……具体的な手段を口に出されると、少ししり込みしてしまう士道であった。

 

『どうしたの? 何か問題でも?』

 

「い、や……そういうわけじゃないんだが……その」 士道がうっすらと頬を染めながら言うと、琴里が呆れたように「はん」と嘆息した。

 

『なに、今さら恥ずかしがってるの? 別に初めてってわけでもあるまいし』 琴里の言葉に、デパートでの一件が思い出されて、士道はさらに顔を赤くした。

 

「そっ……そりゃあ、そうなんだが……や、なんというか、あのときは事故みたいなもんだったけど、改めて自分からするとなると、ちょっと犯罪臭がするというか……」

 

『──ああ、なんだ、士道ってばロリコンだったのかしら?』

 

「……ッ、ち、違ぇよ!」

 

『やだなにその反応。図星? ストライクゾーンは中学生以下? きゃー怖い。私も気を付けなくちゃ』

 

 琴里が、からかうように言ってくる。士道は、おいおいと頬をかきながら返した。

 

 

「や、それはないわ」 いくら血が繋がっていないとはいえ、琴里は小さい頃から一緒に育ってきた妹である。さすがにそれはない。

 

 

『…………』

 

「琴里?」

 

『うるさい、さっさと行けっ!』

 

 琴里は高圧的な司令官モードには珍らしく、少し声を荒げながら叫びを上げてきた。

 

「な、なんだよ……」 士道は腑に落ちないものを感じながらも、冷たい雨の中を駆けていった。

 

 凍付いた路面に足を取られながら、なんとか速度を維持して走っていく。

 

 

 そしてすぐにひとけのない大通りに差し掛かかり──足をグッと踏みしめた。

 

『──来るわよ』 琴里の声からほどなくして──遠くに、鈍重なシルエットが見えてくる。

 

 滑らかで無機的なフォルム。頭部には、ウサギのような長い耳。間違いない。

 

 

四糸乃の顕現させた天使・〈氷結傀儡(ザドキエル)〉だ。 士道は、のどを潰さんばかりに声を張り上げた。

 

「──四糸乃ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 

 

「…………!」 猛スピードで迫る人形の背に張り付いていた四糸乃が、ぴくりと反応を示す。

 

 どうやら、士道に気づいてくれたらしい。 凍り付いた路面を滑るように移動していた〈氷結傀儡(ザドキエル)〉が、士道の目の前に停止する。

 

 そして鈍重そうな人形が身をかがめたかと思うと、その背に張り付いていた四糸乃が、涙でグシャグシャになった顔を上げた。

 

 

「お、おう、四糸乃。久しぶりだな」

 

 

「……士道さ、ん……!」 四糸乃が身を起こし、うんうんと首を縦に振る。

 

 

 その際、四糸乃が〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の背に開いた穴に差し込んでいた腕が抜かれる。四糸乃の指にはそれぞれ指輪のようなものが輝やいており、そこから〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の内部に、細い糸のようなものが伸びていた。

 

もしかしたら、操り人形のように〈氷結傀儡(ザドキエル)〉を動かしているのかもしれない。

 

「四糸乃、おまえに渡したいものがあるんだ」

 

「……?」 四糸乃が、涙を袖で拭ってから、問うように首を傾げる。

 

 

「ああ、これを──」 と、士道がポケットにしまっていたパペットを取り出そうとした瞬間。

 

『士道!』 琴里の声が響くと同時、士道の後方から四糸乃目がけて、光線のようなものが放たれた。

 

 四糸乃の肩口と頬のあたりを掠め、後ろへ抜けていく。

 

「な……っ」 士道は声を詰まらせ、バッと振り向いた。 そこには、仰々しい装備に身を包んだ折紙が、巨大な砲門を掲げながら浮遊していた。

 

 

「お──折紙……ッ」 しかも、それだけではない。いつの間にか士道と四糸乃の周囲には、ASTの魔術師(ウィザード)たちが集結しつつあった。

 

 

『──そこの少年。危険です。その少女から離れなさい』 機械を通したかのような音声で、隊長と思しき女から事務的な台詞が発せられる。

 

 

 だが、「ぅ──ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ……ッ」 すぐに前方からそんな声がして、士道は顔の方向を元に戻した。 四糸乃が、AST隊員たちの姿を見て、ガタガタと身体を震わせている。

 

 

「…………っ」

士道は、眉をひそめて息を詰まらせた。

 

 

「ぁ、っぁああ、ぅあああああっぁぁぁぁぁぁぁぁ──っ!」 叫び、四糸乃が再び両腕を〈氷結傀儡(ザドキエル)〉に差し入れる。 そして凄まじい冷気をあたりに撒き散らしながら、後方へと滑っていった。

 

 

「ッ、四糸乃……! 待ってくれ!」 士道の懇願も届かない。

 

 四糸乃に操られた〈氷結傀儡(ザドキエル)〉は、ゴォォォォォォォォォォォ──という音を立てながら、周りの空気を吸い込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ──あれは……っ!」

凍り付いた街を走っていた十香は、視界の先に見えた光景に戦慄した。 開けた道路の上に、士道と、先日見た青い髪の少女、それにASTたちの姿が確認できたのである。 そして、人形を駆る少女が後退し、周囲の大気を吸い込むように人形を仰け反らせる。

 

 

 

「────っ」

十香は、腹の底がぞくっと冷えるのを感じた。 なぜだろうか、本能とかそういったもののレベルでしか語りようがないが、なんとなく、わかる。

 

 

あれは──とてもよくないものだ。 言語化しづらいのだが、そう、十香が〈鏖殺公(サンダルフォン)〉で渾身の一撃を放とうとする寸前と、非常によく似た空気の震え方をしているのである。

 

 

「……っ、シドー!」 十香は声を張り上げた。 だが、そんなことをしても意味がないのはわかりきっている。 十香は、咄嗟に踵を地面に突き立てた。

 

 

「〈鏖殺公(サンダルフォン)〉……ッ!」 そして、その名を呼ぶ。十香の最強の剣であり、玉座。

 

 

────形を持った奇跡の名を。

 

 

「…………っ、く──」

しかし、何も起こらない。十香は顔を歪めた。 予想をしていなかったわけではない。一応、琴里たちからいろいろな説明は受けていた。 十香がどのような存在であるのか。琴里たちは、そんな十香をどうしたいのか。

 

 そしてその過程で、十香の力を封印したということも、聞いていた。

 

無論、最初から微塵も不安にならなかったといえば嘘になる。何しろ今まであった力が、ある日を境に無くなってしまったのだ。

 

だけれど次第に、それが士道や佐藤とともに人間としての生活を送るために必要な要素だということが理解できてきた。

 

 

 正直──十香は、今の生活がたまらなく楽しい。 折紙は未だに鼻持ちならないし、琴里や令音も、完全に信用に足るわけではない。 でも、士道や佐藤と一緒に過ごす日常は、今まで感じたことがないくらい輝きに溢れていた。

 

 

 ──だが。「〈鏖殺公(サンダルフォン)〉──〈鏖殺公(サンダルフォン)〉っ!〈鏖殺公(サンダルフォン)〉……ッ!」

 

 

 士道を救うために、今、いらないはずの力を再度求めなければならなかった。

 

 

 幾度も幾度も、地面に踵を突き立てる。 だが、何度試しても、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉は顕現しない。

 

 

佐藤に背中を押されてここまでやって来たのに、何も出来ずにメソメソと帰れるわけがない。

 

 

「く──頼む……出てくれ、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉……っ!」 歯を噛みしめ、眉根を寄せ、泣いてしまいそうになりながらも、地面を蹴り続ける。

 

 

 

 

「………」

 

 脳内にはあの時、危惧した最悪の光景が広がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

士道が、……士道が……。

 

 

 

 

 

 

ピエロの道化師のような女に殺される未来が(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

「………ぇ?」

 

 

私は…。何を想像した…、何だ……。こんな光景知らない。

 

 

しかし、私は知っている。〝わたしが殺された姿を〟。

 

 

「あ、あぁ………ッ」

 

 

 

 

───知らない。知らない。知らない。知らない。

 

 

 

 

荒れ果てる大地、倒壊する民家、目を開かない士道。

 

 

 

そして────胸を貫かれたまま生気の灯らない目で虚空を見つめる〝わたし〟

 

 

 

 

〝守りたい人が涙を流す音〟……

 

 

 

「泣、くな……」

何故か、そんな言葉が零れた。

 

 

 

 

その人にはその言葉をかけなくてはいけなかった。その人の顔が涙で溢れている事象が、許容できなかった。

 

 

 

その人は頑張っていた、誰よりも頑張って、努力をして。

 

 

 

 

 

────て、私は…何を…考えて…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その瞬間、少女が〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の頭部を、元の位置に戻す。

 

 

 

「……っ!」 ゆらゆら、ぐらぐらと、十香の精神状態が、不安定になる。

 

 

 

意識が飛んでしまいそうなほどのストレスが、十香の頭の中を蹂躙する。

 

 

 

 

 

 

 

「く──ぁ、ぁあああああああああああああッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、〈氷結傀儡(ザドキエル)〉がその口元から凝縮された冷気を発した瞬間──「ぅ、うわ……ッ!?」 士道は、思わず尻餅をついてしまっていた。

 

 

氷結傀儡(ザドキエル)〉の、凄まじいまでのプレッシャーに気圧されて。

 

 

 周囲に展開したAST隊員たちは、大気を吸い込み始めた〈氷結傀儡(ザドキエル)〉に、繰り返し攻撃を仕掛けていたが、それらは全て周囲の雨に阻まれていた。

 

 

 そして──四糸乃が〈氷結傀儡(ザドキエル)〉から、凄まじい冷気の奔流を放ってくる。

 

 

「な────」 詳しいことはわからなかったが、あれが士道の命を確実に刈り取るであろう一撃であることだけは、なんとなく予想がついた。

 

 このタイミングと速度では──到底避けられるものではない。

 

 

「士道──」 と、折紙の声が聞こえてくるが、間に合わない。

 

士道は思わず目を瞑り── 数秒の間身を固くしたあと、違和感に首をひねって目を開けた。

 

 

「こ、これは──」 そして呆然と、口を開く。

 

 

 何しろ、いつの間にか士道の目の前に巨大な玉座が聳え、四糸乃の攻撃から士道を守ってくれていたのだから。

 

 

「さ、〈鏖殺公(サンダルフオン)〉……?」 そう。金属のような質感を持った、豪奢な玉座。鋼色の肘掛けに、剣の柄が顔を覗かせる背もたれ。

 

 それは、精霊・十香の無二の武器〈鏖殺公(サンダルフオン)〉に他ならなかった。

 

 

「な、なんでこれが──」

 

 

『──簡単よ』 と、琴里の声が、右耳に響いてくる。

 

 

「琴里……? どういうことだ? 十香の力は、封印されてるんじゃなかったのか?」

 

 

『言ったでしょ。十香の精神状態が不安定になれば、士道から十香に、封印されているはずの力が逆流する可能性があるって。──フルパワーには程遠いけれど、まさか天使まで顕現させちゃうなんてね。……愛されてるじゃない、士道』

 

 

「は……? だ、だからなんで今十香の──」

 

 士道がポカンとしていると、周囲にも動きがあった。 突然玉座が出現したのに驚ろいたのは士道だけではなかったようだ。

 

四糸乃が得体の知れないものを見たような顔を作り、すぐ〈氷結傀儡(ザドキエル)〉を操って、凄まじいスピードで逃げていってしまった。

 

 AST隊員たちもスラスターを駆動させ、それを追っていく。 折紙も、士道の目の前に聳えた玉座を一瞥し、小さく眉をひそめてから、他のAST隊員たちと同じように四糸乃を追っていった。

 

「…………」 士道はしばしの間呆然としてから、ハッと目を見開いた。

 

 

「そうだ、俺も四糸乃を追わねえと──」

 

 と、「──シドー!」 後方から、そんな呼び声が聞こえてきた。

 

 

 可愛らしい声音に、独特のイントネーション。それに何よりも、士道の目の前に聳え立った玉座。声の主は考えるまでもなかった。──十香だ。

 

 

「十香。……て、え──?」 しかし振り向いた士道は、見慣れない十香の姿に目を見開いた。 十香はいつも通り来禅高校の制服を着ていたのだが──胸元やスカートなど、身体の要所に、美しい光の膜が揺れていたのである。

 

 

「十香、それは……?」

 

「ぬ?」

 士道が言うと、十香は目をぱちくりさせて自分の身体に視線を落とした。

 

「おお!? なんだこれは! 霊装か!?」

 

 指摘されて初めて自分の様子に気づいたらしい。十香が驚きの声を上げる。 そしてしばしの間、ぺたぺたと光の膜を触ったあと、ハッと顔を上げると、士道の方に視線を戻してきた。

 

「そんなことより──シドー、無事か? 怪我はないか?」

 

「あ……ああ。おかげさまで」

 士道は目の前に聳える玉座を見上げながら答えた。

 

 

 

と、それよりも気になることがあり士道は尋ねる。

 

 

「十香───その、大丈夫か?」

 

 

 

「っ……。何がだ?」

十香は一瞬、本当に刹那、顔を顰めたが、その後は不思議そうに首を傾げて尋ねてきた。

 

 

 

「……え、と…いや。なんでもない。」

士道も感覚的に何かを感じっていただけなので、特に追求せずにその質問を終えた。

 

 

 

 

 その後……、十香はばつが悪そうに目を泳がせ、少し震えた声であとを続けてきた。

 

 

「その……なんだ、わ、悪かった……いろいろと」

 

 

「え……?」 士道がキョトンと返すと、十香が「むむう」とうなりをあげる。

 

 

「だから……! 私が、よくわからないことで苛ついてしまって……その、シドーに礼も言えず……迷惑をかけた、から──ずっと、謝りたかったのだ……」

 

 

「や……あれは、俺が悪いんだし……」 十香の言葉には丁重に否定を示さなければならなかったのだが──今は、時間がない。

 

 士道はごくりと唾液を飲み込んだ。 精霊たる十香の、天使〈鏖殺公(サンダルフオン)〉。そして、霊装。 完璧な状態ではないとはいえ、それが人智を超こえる異能であることに変わりはなかった。

 

 ASTのCR-ユニットに。そして四糸乃の〈氷結傀儡(ザドキエル)〉に対抗しうる、精霊の力。

 

 士道は数秒の間考えを巡らせたのち、十香に向き直った。

 

「──十香、頼みがある」

 

「ぬ……? なんだ、改まって」 十香が、不思議そうに首をひねってくる。 士道は躊躇らうことなくその場に膝を突くと、深々と頭を下げた。

 

「し、シドー?」

 

「──頼む。俺に、力を貸してくれ。こんなこと、おまえに頼むのは筋違いだってのはわかってる。でも、俺は──あいつを、四糸乃を救ってやらなきゃならないんだ……っ!」

 

「…………」 十香はしばしの無言のあと、小さな声を響かせてきた。

 

「四糸乃というのは──あの娘のことか?」

 

「ああ」

 

「……っ」 息を詰まらせてから、十香が言葉を続けてくる。

 

どこか──悲しそうに。「……そうか。やはり、あの娘が大事なのだな。──私、より」

 

 

「……っ、誰がそんなこと言ったよ」

 

 士道は顔を上げ、十香の目を見た。

 

「え……?」

 

「違えよ、そういうことじゃ──ねえんだ」

 

『士道。危険よ。十香に余計な情報は──』

 琴里が何かを言ってくるが、無視して唇を動かす。

 

「あいつは──十香、おまえと同じなんだ」

 

「同じ……?」

 

「ああ。四糸乃は、おまえと同じ──精霊なんだ」

 

 

「……っ!? あの娘が?」

十香が、眉をひそめて怪訝そうな声を発する。

 

 

「──それだけじゃない。あいつも、おまえと同じように、自分の意思じゃどうにもならねえ力を持っちまってるばかりに、ずっと苦しい思いをしてきたんだ……!」

 

 

「…………」

 

 

「俺は──あいつと約束したんだ。俺がヒーローになるって。俺が、おまえを救ってやるって。……でも、俺だけの力では、あいつを追うことすらできない……ッ!」

 

 

 再び、頭を深く下げる。「頼む、十香。力を……貸してくれッ!」

 

 

「…………」 沈黙が、流れる。

 

だが──それはそう長くは続かなかった。

 

 

すぅー……はぁぁぁぁ、と深呼吸のような音が聞こえてきたあと。

 

 

「……っ、はは」 小さな、笑いにも聞こえる声が響いた。 顔を上げると、十香が、額に手を当てていることがわかる。 そしてその口元が、小さく動いていた。

 

 

 

「……ああ、そうか。そうだった。なぜ忘れていたんだろう。──私を救ってくれたのは、こういう男だった」

 

 

 

「十香……?」 雨のため、十香の言葉が聞き取れなかった。訝かしげに聞き返す。

 

 

 しかし十香は答えず、バッと身を翻した。

 

 

「──あの娘を、追えばいいのだな?」

十香の凜とした声が、雨音を掻き消すように士道の鼓膜を震わせた。

 

 

「……ッ! 十香!」

 

「それ以上は言うな。時間が惜しい」

 

 言って数歩足を動かし、その場に聳えていた〈鏖殺公(サンダルフオン)〉をガン! と蹴る。 すると巨大な玉座が前方に倒れながら、その形を微妙に変化させていった。

 

「こ、これは──」

 

「乗れ。急ぐのだろう?」

 

 十香は横になった玉座の背もたれ部分に飛び乗ると、士道を促がすように言ってくる。

 

「あ、ああ……」

士道は戸惑いながらも、十香に続いて倒れた〈鏖殺公(サンダルフオン)〉の上に乗った。もはや玉座というより、不格好な舟かサーフボードといった風情である。

 

 

「──掴まっていろ」

 

と、十香が短く言うと同時、「…………ッ!?」 凄まじい加速で以て、〈鏖殺公(サンダルフオン)〉が凍った地面の上を滑り始めた。

 

 全身を殺人的な風圧と重力が襲う。士道は咄嗟に背もたれの装飾にしがみついた。

 

 だが十香は何に掴まるでもなく、足の裏に強力な磁石でも備わっているかのように、〈鏖殺公(サンダルフオン)〉の背もたれに悠然と立っていた。

 

「速度を抑えていては見失う! このまま行くぞ!」

 

「お──おう……っ」 士道は凄まじい風圧の中、辛うじて声を発した。

 

『──まったく』 と、右耳のインカムに、やれやれといった声が響いた。琴里だ。

 

『十香が応じてくれたからいいようなものの──軽率よ、士道』

 

「すまん、説教はあとで聞く……! 今は何も言わず力を貸してくれ、琴里……ッ!」

 

 士道が言うと、琴里ははあというため息のあと、言葉を続けてきた。

『──もちろんよ。精霊を助けるのが私たちの使命。協力は惜しまないわ』

 

 

「恩に着る……!」

 

 

 と、そこでさらに〈鏖殺公(サンダルフォン)〉のスピードが上がる。士道は首に力を入れ、どうにか〈鏖殺公(サンダルフオン)〉の背もたれに足をつくと、十香に支えられながら氷の上を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

「………?」

佐藤はビル群の中に佇む一つの建物の屋上に立ちながら、その光景を見つめていた。

 

 

 

距離にしては〝一〇km〟探知されるほどの距離ではないだろう、少なくとも気を付けていればバレることはない。

 

 

『妙だな、』

思わず、呟く。

 

 

 

『………』

無言で胸元に触れる、何かを確かめるかの様に。

 

 

 

 

 

 

 

─────何か、起きた。

 

 

 

 

 

『チッ……』

 

舌打ちをしながらも冷静に考える。俺の要因で発生した何かは【無盧無奥(■■■■)】で識る事は出来ない。

 

 

 

 

 

 

そこで一つ───考えが浮かんだ。

 

 

 

 

 

『……はっ』

自嘲的に笑うが、その感情に笑みなど無い。

 

 

 

 

到底あり得ない、荒唐無稽。そうだ、バカバカしい考えでしか無い。

 

 

 

 

『………天香…さん』

 

呆然と、胸に込める手を強めながらその名を─紡ぐ。

 

 

 

 

 

 

目を逡巡の間、瞑った後。ゆっくりと開いた。

 

『…貴方の…願いなら、僕があの人達を少し手伝います』

 

 

 

 

 

 

唇を開く、言霊を唱える。

 

 

 

そして……顕現させる。

 

 

 

形を持った────〝覚悟〟を。

 

 

 

 

 

 

         『【爻盡六王(サマエル)】』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──B分隊、先行しなさい! 〈ハーミット〉を囲い込むわよ!』

 

 

『了解!』

通信機から、燎子と、それに応ずるAST隊員たちの声が響いてくる。

 

 

 折紙は、AST隊員二名とともに、微妙に進行方向を変えて、〈ハーミット〉を追う本隊から離脱した。 目標地点は、およそ一キロメートル先の交差点。

 

 

 通常であれば目を開けてすらいられないような風圧や、意識が朦朧としてしまうほどのGを随意領域テリトリーで中和しながら、目標地点に到達する。

 

 

「……っ」

そして空を蹴るような感覚でブレーキをかけ、方向を転換。

 

 

すでに視界には、こちらに進んでくる〈ハーミット〉と人形の姿が見て取れた。

 

 

B分隊三名はそれを確認すると同時に左右に展開、脳内に指令を出し、スラスターの脇に装備された二本のアンカーユニットを、地面に向かって射出した。

 

 

合計六本のアンカーユニットから光の糸が伸び、互いに絡み合って広大な網を形作る。

 

 

「──レイザーウェブ展開完了、β機、γ機と結合を確認」

 

 

『よし、追い込むわよ!』 折紙が言うと、〈ハーミット〉を追っていた燎子の叫び声が通信機越しに響いた。

 

 

「……っ!?」 そこにきてようやく〈ハーミット〉が待ち伏せに気づいたらしい。 だが──もう遅い。

 

 

 前方、そして左右には網の目状に編まれた魔力の光が。

 

 後方には燎子たちA分隊の追撃が。 そして上方には、レイザーウェブを張り終えた折紙たちB分隊が浮遊している。

 

 

「ぁ──あ、あ、ぁぁ……ッ──」 人形の背に張り付いた〈ハーミット〉が、目を見開き絶望に染まった声を出す。

 

 

 

『総員──攻撃!』

 

 しかし、ASTに精霊に対する同情や慈悲などはなかった。 号令とともに、AST隊員全員が、標準装備である近接戦用高出力(レイザーブレイド)〈ノーペイン〉を抜き、〈ハーミット〉に襲いかかる。

 

 

 ──だが。「ぅ……ぁ、ぁ、ぁぁぁぁぁぁあああああぁぁあぁぁぁぁぁぁ──ッ!」

 

〈ハーミット〉が叫ぶと同時、その周囲に、凄まじい風が巻き起こった。

 

 

 

あたりに降り注いでいた雨粒が雹のように氷結し、〈ハーミット〉を覆うように渦を巻いて、吹雪のドームを形作ったのである。

 

「──っ」 折紙は構わず、〈ハーミット〉を守る氷嵐の結界に〈ノーペイン〉を振り下ろした。 が、すぐに異変に気づく。

 

 

 結界に触れた位置から、〈ノーペイン〉が、そして折紙の周囲に張られた随意領域がぱりぱりと音を立てて凍り付き始めたのである。 折紙は咄嗟に〈ノーペイン〉の刃を消すと、一瞬随意領域を解除した。

 

 

「……く──」 身体と、着けていた装備が急激に重さを取り戻し、今まで鮮明に見えていた遠くの景色がぼやけて見えなくなる。

 

 加えて、街中に充満していた刺すような寒気と、上空から降り注ぐ冷たい雨粒が、初めて折紙の身体を襲った。

 

 瞬き程度の間に、温室から真冬の雪山に移動させられたようなものである。

 

心臓が驚愕したように大きく跳ね、折紙の呼吸を苦しくさせた。

 

 

基礎顕現装置(ベーシック・リアライザ)──再起動」 気絶してしまいそうな脱力感の中、どうにかその文言を口に出す。

 

 

 すると、再び折紙の周囲に不可視の結界が顕現され、その身体をふわりと浮かせた。スラスターを駆動、なんとか〈ハーミット〉の結界から逃れる。

 

 

『く……ッ、みんな、無事!?』 燎子の声が響いてくる。折紙と同じ方法で〈ハーミット〉の結界から逃れたのだろう。 しかしそれに応じた声は──折紙を含めて五つ。

 

 またも二人、随意領域ごと凍結させられてしまったようだった。「…………」 折紙は、凍り付いた道路の上に生まれた吹雪のドームに目をやった。

 

 

 ゴォォォォォォ──と低いうなりを上げながら渦を巻く、半径一〇メートルほどの半球。 精霊の霊力を帯びた氷弾が荒れ狂う、寒気の砦。

 

 そもそも物質ですらない随意領域(テリトリー)やレイザーブレイドの刃を凍り付かせる時点で、ただの吹雪でないことは明白である。

 

 

『ち……厄介ね。どうしたもんかしら』

 

「──方法がないわけではない」 短く言って、折紙は先ほどからスキャンしていた結界のデータを、隊員たちに送信した。

 

『これは……』

 

「そう。結界が帯びている霊力値は、実は大したことがない。こちらが顕現装置(リアライザ)で出力した魔力に反応して、局所的、一時的に防性を高めている」

 

 

『つまり……随意領域を解除した状態なら凍らされないってこと?』

 

 

「恐く」 折紙が言うと、燎子が難しげにうなってきた。

 

 

『あんまり現実的じゃないわね。いくら凍結を逃れられるっていったって、氷の塊が銃弾みたいに渦巻いてる結界よ。

 

ワイヤリングスーツにも一応申し訳程度の防弾処理はされてるけど……中に辿り着くまで身体がもつとは思えないわ』

 

 燎子が言うと、別の隊員が声を上げた。

 

『では──魔力を帯びていない銃による砲撃はどうでしょう』

 

 

『……それも難しいわね。仮にあの結界を抜けたとしても、精霊には霊装があるのよ。魔力を纏わせていない物理攻撃じゃ、結局精霊に傷を負わすことはできないわ』

 

 確かに、燎子の言うとおりではあった。 精霊の霊装は、顕現装置(リアライザ)で出力された魔力でしか砕くことはできない。

 

 

 しかし、周囲に纏った吹雪の結界は、その魔力に反応してくるのだ。

 

 属性の異なる二層の壁。なかなかに厄介な代物である。

 

 だが、折紙はスラスターを駆動させると、上空に飛び上がった。

 

『折紙?』

 

「こうすればいい」 折紙はそう呟くと、目を伏せて呼吸を整え、集中力を高めた。

 

 そして自分の周囲、半径三メートルほどに展開されていた随意領域を、一気に一〇メートル近くにまで広げる。

 

 随意領域(テリトリー)は、範囲を広げれば広げるほど、その密度が低くなり、能力値が落ちていく。

 

 半径一〇メートルクラスにまで拡大した今の随意領域では、恐らく精霊の攻撃を止めることはできないだろう。

 

 だが──今はそれでいい。折紙はそのまま近くに聳えていた雑居ビルに近づくと、「────!」

 

 

 ──ゴゴゴゴゴゴッ……と。

 

 

 拡大された随意領域(テリトリー)の範囲内に入ったビルの先端部をねじり取り、空中に浮遊させた。

 

 

 外壁のコンクリートが剥がれ、断熱材が千切れ、耳障りな音を立てて鉄筋の基礎が無理矢理ねじ切られる。

 

 ビルの中に入っていた事務所の備品だろうか、随意領域外に漏れ出たパソコンや書類が、バラバラと落ちていった。 

 

 相当の重量だ。脳に強烈な負荷がかかり、激しい頭痛が折紙を襲う。

 

 

『お──折紙……!? 何してんのよあんた』 折紙は構わず、ビルの先端部を浮遊させ、〈ハーミット〉の結界上空まで飛んだ。

 

 そして、小さく息を吐いてから言葉を発する。「物量で、押し潰す。これで、一瞬結界は解除されるはず。そこを狙って」

 

 

『……ったく、相変わらず無茶苦茶を……!』

燎子はため息交じりにそう言ってから、指示を出した。

 

 

『みんな、聞こえた!? 強引だけど他に方法もなさそうよ。総員、最大出力を維持したまま、結界範囲外ギリギリで待機! 結界が消えると同時に総攻撃よ!』

 

 

『了解!』 残ったASTの魔術師(ウイザード)たちが、各々の装備を構えて随意領域(テリトリー)を駆動させる。

 

 

 折紙は呼吸を整えると、ビルを持ち上げるように掲げていた手を一気に振り下ろした。

 

 凄まじい重量を誇る鉄とコンクリートの塊が、吹雪のドーム目がけて落下していく。

 

 

 

 ──が。 折紙は微かに眉を歪ませた。 今し方投げ落としたビルの先端部に、一本線が引かれたかと思うと、それに沿って、巨大なコンクリートの塊が、真っ二つに断ち分かたれたのだ。

 

 

「…………っ」

否──それだけではない。 分割された瓦礫が、一瞬のうちにさらに細かく切り刻まれていく。 地面に触れる頃には、それらはただの破片と砕片になっていた。

 

〈ハーミット〉の結界は──未だ、健在。

 

 

「これは──」 と、声を発した瞬間、耳にビーッ、ビーッ、という耳障りなブザーが届いた。

 

『折紙! せ、精霊反応が増えたわ! この反応は──』

 

 燎子の声を聞き終わるより速く、折紙は一〇メートルクラスにまで拡大していた随意領域(テリトリー)を、普段より狭い二メートルにまで凝縮させた。

 

 随意領域(テリトリー)から顔を出してしまった大型装備が、重力に従って地面に落ちて行く。

 

 

 瞬間──折紙の目の前に、夜色の髪が躍った。

 

「……っ!」 範囲を狭め防性を高めた随意領域に、強烈な負荷がかかる。

 

 

 理由は考えるまでもない。目の前に現れた少女が、剣で折紙に斬りかかってきたからだ。

 

「ふん、防いだか」

 

「……っ、夜刀神──十香」 折紙はうめくように少女の名を呼ぶと、腰からレイザーブレイド〈ノーペイン〉を抜き、身体の所々にまばらな霊装を纏った十香に斬撃を放った。

 

 

「っと──」 十香はその一閃をかわすと、近くのビルの屋上フェンスの上に足を落ち着けた。

 

 

 「なぜ、あなたがここに」 油断なく光の刃を向けながら、突然現れた十香に問う。

 

 十香は雨に濡れた前髪をかき上げるようにしながら、不敵に笑ってみせた。

 

「──ふん、悪いが、シドーの邪魔はさせんぞ」

 

「…………」

士道の名が出たことに疑問を覚えつつも、折紙は〈ノーペイン〉を握り直した。

 

『く──なんでここで〈プリンセス〉が。〈ハーミット〉を助けに来たっていうの?』

 

 忌々しげに、燎子が言う。 

 

 そう。AAAランク精霊──識別名・〈プリンセス〉。

 

 目の前の少女からは、普段観測できない精霊の反応が、微弱ながら発せられていたのだ。

 

『──く、〈ハーミット〉はあとよ。総員、目標を〈プリンセス〉に変更!』 燎子が叫ぶ。──妥当な判断だろう。

 

 

 確かに〈ハーミット〉を討つチャンスではあるが、そちらにかまけている間に〈プリンセス〉に攻撃されてはひとたまりもない。

 

 

 結界は確かに厄介だが、距離さえ取れば積極的な攻撃を仕掛けてこない〈ハーミット〉を後回しにするのは当然といえた。

 

だが──なぜだろうか。 燎子たちが地上から浮遊し、己の方向に向かってくるのを見て、十香が小さくうなずいた気がしたのである。

 

まるで──自分の思惑通りにことが運んでいるとでもいうように。 しかし、熟考している時間もなかった。

 

十香がビルのフェンスを蹴けると、再び剣を振り上げ、折紙に向かってきたのである。

 

「く──」

 折紙は光の刃を握り直し、応戦するために空を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事態は、三分ほど前に遡る。

 

 

「──あれはなんだ!? シドー!」 超高速で凍った路面の上を走る〈鏖殺公(サンダルフオン)〉の上に、十香に支えられながら辛うじて乗っていた士道は、そんな十香の声に顔を上げた。

 

 

「……な……!」 何とも奇妙な光景だった。 地面に吹雪が渦巻き、綺麗な半球形を作っており──その周囲に、ASTの魔術師ウイザードたちが、仰々しい武器を構えている。

 

 

「なんだ──ありゃあ……っ!」

 

 

『……四糸乃が構築した結界だね。ふむ、よくできている』 士道が言った瞬間、令音が冷気のドームの解析結果を簡潔に説明してきた。 魔力──つまりは、ASTがCR-ユニットで出力した攻撃に反応して自動オートで迎撃を仕掛けてくる氷の砦だという。

 

 

 士道は令音からの情報を、噛み砕いて十香にも説明してやった。十香が「むう……」とあごに手をあてて難しげにうなる。

 

 

 今度は、琴里の声が右耳の鼓膜を震わせた。『困ったことになったわね。あれじゃあ、誰も四糸乃に近づけないわ』

 

 

 と、そこで前方の光景に変化が現れた。 折紙が空に浮遊したかと思うと、なんと近くのビルの先端部をむしり取り、四糸乃の結界の上空にそれを運んでいったのである。

 

「な……っ」

 

『──ち、あれで結界を四散させようって腹? 随分と思い切った真似をしてくれるわね』 琴里が、忌々しげに言う。

 

 

「ど、どうすれば──」 と、士道が言った瞬間。

 

「──ん」 傍に立っていた十香が、小さくのどを震わせてきた。

 

 

「シドーは、四糸乃とやらをなんとかする方法に心当たりがあるのだな?」

 

「……っ、や、その……可能かどうかは──」

 

 言いかけて、士道は奥歯を噛みしめた。

 

 

「──いや、絶対に……なんとかしてみせる」

 

「そうか」 十香はそう言うと、にっ、と唇の端を上げた。

 

 

「十香……?」

 

「なら、そちらはシドーに任せる。ASTとやらの方は私に任せろ。絶対に、シドーの邪魔はさせん」

 

 十香はそう言い残して、走行を続ける〈鏖殺公(サンダルフオン)〉の前方に走っていき──背もたれの先端から生えていた柄を握ると、そこから一振りの剣を抜き取った。

 

 

 そしてそのまま背もたれを蹴ると、上空──ビルを抱えた折紙の方へと飛翔していった。

 

「な──あいつ……ッ!」 士道は未だ走行中の〈鏖殺公(サンダルフオン)〉にしがみつきながら、驚愕に目を見開いた。

 

 だが、すぐに思い直して口内の肉を噛むと、キッと目を前方に向ける。 今するべきは、危険だとか、無茶だとか叫ぶことではない。 精霊・十香。ようやく戦いの輪の中から抜け出すことができた少女。

 

 

 そんな少女が、四糸乃を助けるために──そしてきっと士道の決意を支えるために、再び戦場に飛んだのだ。

 

 その覚悟に報いる以外に、今士道に許される行動は存在しない──!

 

 士道は身を低くすると、〈鏖殺公(サンダルフオン)〉にしがみついたまま、四糸乃の結界へと猛進した。

 

 

 

「………」

さて、どうやって四糸乃の元まで辿り着けば良いか。

 

ASTのように人外の域に片足を突っ込んだ存在でも突破に悩む結界。それを士道のような少し特殊な力がありつつも〝本当に一般人〟にはそれが出来ない。

 

 

『士道、突っ込んで十香を止めないところまでは良かったけれど、考えはあるの?』インカムから声が響き、鼓膜を震わせてきた。

 

 

「………今、考えてる。…」

 

 

『………』

絞り出すように言った言葉に琴里は呆れたように無言を返してきた。

 

 

 

『士道』

 

と、士道が思考に再度浸ろうとしていた時。琴里が声をかけてきた。

 

 

『ある事には…あるわ。もしかしたら、貴方が突破できるかもしれない方法が』

 

そんな衝撃的な事を言ってきた。

 

 

「本当か…っ!?なら、早く教えてくれ!」

 

 

『…………』

士道が叫びながら尋ねた所。琴里はそれを言い淀むように息継ぎを繰り返していた。

 

 

 

『そ、れは────』

 

 と──琴里が言いかけたところで、上空に浮かんだビルが十香によって切り刻まれ、コンクリートの欠片となってあたりに降り注いだ。 すぐに、周囲にいたAST隊員たちが、目標を十香に変更し、空中に浮遊していく。

 

 

 それと入れ替わりになるような格好で、士道の乗る〈鏖殺公(サンダルフオン)〉は、四糸乃の結界のもとに辿り着いた。

 

 

 というか──勢い余って、結界に先端から突っ込んでいった。「いぃ……ッ!?」 がっくん、と強烈な揺れが士道を襲う。

 

 だが、いつまでも驚いてはいられなかった。〈鏖殺公(サンダルフオン)〉が結界に触れた部分から、ぱりぱりと悲鳴のように甲高い音を立てながら凍り付いていったのだ。

 

 きっと、〈鏖殺公(サンダルフオン)〉の霊力に反応したのだろう。「やべ……っ」 士道は慌てて〈鏖殺公(サンダルフオン)〉から降りると、ドーム状に渦巻いた吹雪の塊の前に立った。

 

 荒れ狂う氷嵐の結界。目の前で見ると、迫力が段違いである。「この中に──四糸乃が」

 

 

 

しかし、どうする。

 

この中に入ろうとすれば士道はきっと〝即死〟する。無理やり四糸乃の元まで辿り着こうとすればきっと身体は蜂の巣で歩けもしないだろう。

 

 

 

「琴里、さっき言ってた方法って何なんだ。」

あまり時間に余裕もない、士道は単刀直入に琴里に尋ねる。

 

 

『そ、れは………』

 

本当に司令官モードでは珍しく、琴里が言葉を詰まらせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………』

 

 

現在地点、神奈川県:三浦市。あの場所から推定六〇km…

 

 

 

 

ここまで離れて探知されたら最初から無理だった、と。諦めるしか無いだろう。

 

 

 

今のアイツは〈イフリート〉の自己治癒能力を知らない。恐らくあの結界に突っ込むという選択を取れない。

 

 

 

俺が蒔いた種なのだ、俺が落とし前をつけなければならない。

 

 

一応彼奴等の記憶をぼやかしているとは言え、紗和が出たらとんでもないことになる。だからこそ俺がやるのだ。

 

 

 

 

 

 六〇km、ここから……結界を

 

 

 

 

 

 

 

           ぶち抜く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那──士道の横を何かが通り過ぎた。

 

 

 

 

「…は?」

 

 

 呆けた声が漏れ出た。その理由、鋭い刃物のようなモノで物体を切ったような軽い音ともに目の前の四糸乃が発生させた氷嵐の結界が切れたのだ。

 

 

 

 例えるなら、そう。モーゼの海割りみたいに士道の目の前だけ、結界が開いたのだ。

 

 

 

『…………』

インカムからもクルーたちの狼狽が簡単に分かった。

 

 

 

 しかし、完全に結界は開き切った訳では無い。だとしても…氷嵐の速度は緩やかになり、もしかしたら…たどり着けるかもしれない。

 

 

 

いや、考えている暇など無い。何かで開いた四糸乃の結界は再生する様に閉ざされていっていた。

 

 

 

 

チャンスは…今しか無い。

 

 

 

『よしのん』をポケットから胸の中に入れ、守るように腕で囲み、前傾姿勢で足を前に出し、歩き出す。

 

 

『士道!?何を考えてるの!止まりなさ─────』

一瞬、琴里の声がインカムから聞こえたが士道の鼓膜には、吹雪の轟音しか響いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ、ぇ……っ、ぇ……っ」 結界の中心部で、四糸乃は〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の背にうずくまり、一人泣いていた。 吹き荒れる氷弾の中とは思えないほどに、静かな空間である。

 

 

ただただ、四糸乃の嗚咽と洟をすする音だけが、いやに大きく反響した。 とても怖くて、外には出られない。でも、ここは──とても、寂しかった。

 

「よ、し、のん……っ……」 涙に濡れた声で、友だちの名前を呼ぶ。

 

 答えてくれるはずがないのは、四糸乃にもわかっていた。だが、呼ばずには──『は・あ・い』

 

「…………ッ!?」 四糸乃はビクッと肩を震わせると、バッと顔を上げてあたりを見回した。

 

「──!」 そして、四糸乃は涙を拭って目を見開いた。

 

 なぜなら結界中心部と外縁部の境目あたりに、見慣れたパペットが確認できたからだ。

 

「! よしのん……っ!?」 四糸乃は叫ぶと、〈氷結傀儡ザドキエル〉の背から飛び降り、そちらにパタパタと走っていった。

 

 四糸乃が見間違えるはずがない。 それは紛れもなく、数日前にいなくなってしまった四糸乃の友だち『よしのん』だった。

 

 

 だが──「……ひっ……!」 バタン! と。『よしのん』の後ろから、誰かが倒れ込んできて、四糸乃は思わず足を止めてしまった。 否いや──正確には、今倒れ込んできた人が、『よしのん』を手に着けているようだった。

 

 容貌は、よくわからない。 それというのも、その人が全身血塗れ傷だらけで倒れ伏していたからだった。

 

「っ……」 きっと、四糸乃の結界を無理矢理通ってきたのだろう。その男の人が倒れ込んだ場所から夥しい量の血が流れている。

 

 

 四糸乃の目にも明らかだった。これはもう人というよりも、死体に近い。

 

 

 しかしすぐに、四糸乃はその認識を改めねばならなくなった。

 

 なぜなら──突然、その半死人の身体が淡く輝いたかと思うと、身体にできた幾もの傷口を舐め取るように、体表を焔が這っていったからだ。

 

 

 四糸乃が呆気に取られていると、その人物の身体から傷が消え去った。 そして──ようやくその容貌が見てとれるようになる。「……!? 士道さ……っ」 四糸乃は、驚愕に染まった声を発した。 そう、そのボロボロだった人間は、あの五河士道だったのである。

 

 

 

「────ん、」 目の前に横たわった士道が、

 

「ん…………………………ぉ熱っちゃぁぁぁッ!?」 と、未だ身体にくすぶっていた火を見て、跳ね起きた。

 

 慌ててた様子でバンバンと服をたたき、火を消し止める。

 

「て──あ、あれ? 俺……なんで」

 

 

完全には閉じきらなかった結界を抜けてきたとは言え、殆ど死ぬ覚悟でやって来たのに…士道は無傷だった。

 

 

 いや、士道が先ほどまで寝伏せていた箇所には夥しい血が残っているし、明らかに〝何か〟が働いている。

 

 

 「琴里…」

と、士道がインカムを小突いて気付いた。…明らかに故障をしている。

 

 

ふと、四糸乃を見やると、状況が飲み込めないように士道をつま先から頭まで見入っていた。

 

 

 

 外部は機銃掃射のような猛吹雪だというのに、中心部は実に静かだった。なんとも奇妙な空間である。士道はなんとなく、かまくらの内側を思い出した。 そしてその中には、巨大な人形と、目をウサギみたいに真っ赤に染めた女の子がいる。

 

 

 

しかし、今やるべきことは混乱でも困惑でもない。

 

 

「──四糸乃!」 士道は名前を呼ぶと、ウサギのパペットを掲げた。

 

 

「約束通り、おまえを──助けに来た……ッ!」

 

 

 すると四糸乃は目を丸くしたのち、「う、ぇ、ぇぇぇぇ……」 目に涙を溜め、泣き出してしまった。

 

 

「うわ……っ、ちょ──な、泣くなって。な、なんか俺いけないとこあったか……?」

 

 

 士道があたふたと手を動かすと、四糸乃がふるふると首を振った。

 

 

「違……ます、来て、くれ……嬉し……て……っ」 そう言って、再び「うぇぇぇぇ……」と泣き出してしまう。

 

 

 士道はそんな様子に苦笑しながら、右手で四糸乃の頭を優しく撫でた。

 

 そして、左手に装着していたパペットを、ぴこぴこと動かしてみる。『やっはー、お久しぶりだね。元気だったかい?』 なんて、口をもごもご言わせながら、見よう見まねで腹話術をする。

 

 拙さ極まる芸だったけれど、四糸乃は嬉しそうに首を何度も前に倒した。

 

 

 普通に考えれば、おかしな光景なのかもしれない。 だってあくまで『よしのん』は、四糸乃の腹話術で動く人形のはずなのだ。

 

 

 だが── 士道は、先刻の令音の言葉を思い返した。

 

 

 

 

 

 

 

『……調査の結果、こちらがモニタリングしていた精神グラフの後ろに、もう一つ非常に小さな反応が隠れていることがわかった』

 

「ええと……つまりそれって──」

 

『……要するに、パペットを着けているときにだけ、四糸乃の中に人格がもう一つ、並列して存在しているということさ』

 

「! そ、それって……四糸乃自身は知ってるんですか?」

 

『……どうだろうね。ただ一つ確かなのは、デパートで君が会話していたのは、四糸乃ではなくパペットを介して発現していた別人格だったということさ。四糸乃自身はそのとき、全ての対応をよしのんに任せ、意図的に心を閉じていた状態に近い。道理でキスをしても力が封印できないわけだ』

 

 

「……っ」

 

 

『……それともう一つ。よしのんの発生原因について、興味深いことがある』

 

 

「興味深いこと?」

 

 

『……ああ。己以外の人格を自分の中に生み出してしまう理由はいくつかあるが──ポピュラーなのは、虐待などの強い苦痛やストレスから逃れるため、といったところだろう。要は、辛い思いをしているのは自分ではなく別の誰か、と思いこむために、もう一つの人格を作りだしてしまうのさ』

 

 

「それって……やっぱり、ASTに命を狙われるのが辛くて──?」

 

『……いいや。──なんとも信じがたいことに、この少女は、自分ではなく、他者を傷つけないために、自分の力を抑えてくれる人格を生み出した可能性がある』

 

 

「────っ」

 

 

『……シン。きっと、彼女を救ってやってくれ。こんなにも優しい少女が救われないのは……嘘だろう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──そんな、やり取りを。

 

 

「…………」

 

「ありが、とう……ござ、ます」 と、不意に、四糸乃が頭を下げてきた。

 

「え?」

 

「……よしのんを、助けて、くれて」

 

 

 士道は一瞬頬をかいてから、「ああ」とうなずいた。

 

「次は──四糸乃。おまえを、助けてやる」

 

「え……?」 四糸乃が不思議そうに返してくる。士道は四糸乃と目線を合わせるように、その場に膝を突ついた。

 

 

 インカムからは、何も聞こえない。

 

四糸乃の精神状態が知れないのはやはり痛かったが、それはもう仕方がない。

 

 

 どちらにしろ、やるしかないのだ。 パペットを失った四糸乃との触れ合いと、今このときの会話と。

 

 

 それだけの時間で、士道が四糸乃に最低限の信頼を得ていると信じて。

 

「──ええと、だな、四糸乃。おまえを助けるためには──その、一つ、やらなきゃいけないことがあるんだ」

 

「なん……ですか?」 士道は緊張に渇くのどに唾液を流し込んでから、言葉を続けた。

 

「……その、変な奴だと思わないでくれ。……キスって、覚えてるか?」 四糸乃が一瞬キョトンとした顔を作り、すぐに首を縦に振ってきた。

 

「……っ、そ、そうか。ええと──その……おまえを助けるためには、それをしなきゃならないんだ。……いや、ホントに変な意味じゃないんだぞ! これは──」

 

 

 と。

 

「────え?」

 

 そこで士道は言葉を止めた。 理由は単純、四糸乃がふっと目を伏せ── 士道の唇にちゅっ、と口づけてきたからだ。

 

 

 瞬間、身体の中に何やら温かいものが流れ込んでくる感覚が、士道を襲った。

 

 

「…………っ!? よ、四糸乃……?」

 

「……?」 四糸乃が、小さく首を傾げた。

 

「違い……ました、か……?」

 

「っ、い、いや……違わない……けど」 士道が言うと、四糸乃はこくりと首肯した。

 

 

「士道、さんの……言うことなら、信じます」 と、その瞬間──四糸乃の後方に佇ずんでいた〈氷結傀儡(ザドキエル)〉や、彼女の纏っていたインナーが、光の粒になって空気に溶け消えていく。

 

 

 そして……士道と四糸乃を囲う吹雪の結界もまた、急激に勢いをなくして掻き消えていった。

 

 四糸乃の肩が、驚いたようにビクッと震える。

 

 

「…………っ、し、士道さ……、これ──」 四糸乃は何が何だかわからないといった様子で、目をぐるぐると回した。

 

 

そして半裸状態の身体を隠すように、身をかがめる。

 

 なんだかそんな反応をされると、士道も改めて恥ずかしくなってきてしまった。

 

「あ……ああ、うん、ええと……いろいろと言いたいことはあると思う! で、でもとりあえず今はだな──」

 

 と──そこで。「ん……」 四糸乃が、眩しそうに目を細めた。雲の切れ間から──太陽の光が、注いできている。「暖か──い……」 まるで初めて太陽を目にしたかのように、四糸乃が小さな驚嘆を発する。

 

 

 いや、本当に初めてかもしれない。 士道は思い起こした。水と冷気を操る四糸乃の性質なのかわからないが、彼女がこちらの世界に現れたときはいつも、雨が降っていた気がするのである。「き、れい……」 ぼうっと、呟くように。

 

 

 四糸乃が、天を見上げて言う。 士道も、それにつられて顔を上にやった。

 

 

 そして、すぐに四糸乃が見つめていたものを見つける。 灰色の雨雲が掻き消えた空には──見事な虹が、かかっていたのである。

 

 ──だが、その余韻はあまり長くは続かなかった。不意に士道と四糸乃の身体が、不思議な浮遊感に包まれる。

 

 

「のわ……っ!」

 

「……!?」 この感覚には覚えがある。〈フラクシナス〉の転送装置である。

 

 

 きっと琴里が、封印が完了したのを確認して回収してくれたのだろう。

 

「……っと」 一瞬あとには、士道の視界は、氷に包まれた街ではなく、見慣れた〈フラクシナス〉の艦内になっていた。

 

 

「……!? ……!?」 四糸乃は、さすがに目を白黒させている。 と──士道はその場に現れたもう一つの気配に、バッと振り返った。

 

「おお……無事だったか、シドー」 そこには、来禅高校の制服をところどころ焼け焦げさせた十香が立っていた。どうやら、士道や四糸乃と一緒に、戦闘中の十香を回収してくれたらしい。

 

 

「十香──! だ、大丈夫か!?」 士道が言った瞬間、十香がほうと息を吐き──その手に握っていた剣と、身体の要所に発現していた光の膜が空気に掻き消えた。

 

 

「うむ。大したことはない。……というか、おまえの方が酷い有様ではないか」

 

 

「あ……」 指摘されて、士道は後頭部をかいた。 士道の服は今、自らの血で真っ赤に染まり、ついでに穴だらけになっていた。

 

 

「ひ……っ」 と、四糸乃が怯えたような声を上げ、士道の陰に隠れる。 どうやらまだ十香のことが苦手らしい。

 

士道は思わず苦笑してしまった。「大丈夫だ四糸乃。こいつは十香。俺と一緒に──おまえを助けてくれたんだ」

 

 士道が言うと、四糸乃は恐る恐るといった調子で十香の顔に目をやった。

 

「十、香……さん」

 

「……ぬ」 十香はなぜか少し複雑そうな表情で四糸乃を見たあと、「うむ」と小さくうなずいた。

 

 

「ん……?」 と、士道は眉をぴくりと動かした。 何やら廊下の向こうから、バタバタとけたたましい足音が響いてきたのである。

 

 

 そしてすぐに転送スペースの扉が開き、息を荒くした琴里が入ってきた。

 

「こ、琴里……?」 急な闖入に士道が驚いていると、琴里が士道の全身を睨めるように見つめてきた。

 

 

 そして、「この──、阿呆兄……ッ!」

 

 

「ひぐ……ッ!?」 琴里は思い切り振りかぶると、士道の鳩尾に、強烈なパンチを放ってきた。

 

 しかも絶妙にひねりが入っていた。見事なコークスクリューだ。

 

 

「ぐは……っ、な……何しやがる!」

 

 

「馬鹿な真似をして……っ! あなたは私の言うことだけ聞いてればいいのよ!」

 

 

「っ、何を──」 士道は非難の声を上げようとしたが──途中で止められてしまう。 理由は単純。今し方パンチを放ってきた妹様が、士道の胸元に顔を押しつけ、そのまま身体に手を回して、ぎうー、と力を込めてきたからだ。

 

 

 

「そ、その…琴里。あの炎って───」

 

と、質問を繰り出そうとしたのだが。琴里の顔を見ると、尋ねられる雰囲気ではなく止めてしまう。

 

 

 

 

「……本当に考え無しよ。アメーバだってもう少し思慮深いわ。この半細胞生物」

 

 琴里は、顔を押しつけたまま、ちーん! と洟をかむと、ようやく身体を離す。 シャツの胸元に鼻水を塗りつけられた士道は、頬をかきながら苦笑した。

 

 

 しかし琴里は気にする素振りも見せない。というか──士道の胸元から顔を離した瞬間、いつもの冷徹な司令官殿に戻っていた。

 

 

「──まったく、勝手に動いて。……全員頭から爪先まで検診よ。士道の質問には後で答えてあげるから、さっさとこっちに来なさい」

 

 言ってぷいと顔を背け、廊下に出ていってしまう。

 

 

 

「はは……」 士道は力無く笑ってから、十香と四糸乃に顔を向けた。

 

 

「よし……じゃあ、行くか。……って、ん……?」 なぜだろうか、十香が、どこか浮かない顔で、士道のことを見てきていた。

 

 

「十香……? どうかしたか?」

 

「! な、なんでもない! 早く行くぞ!」 言うと、十香はのしのしと歩いていってしまった。

 

「なんだ……あいつ」 士道は、そう言ってから、四糸乃とともに十香の背を追って足を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……なんじゃこりゃぁぁぁぁッ!」 四糸乃の力を封印した日から、二日。

 

 

 検査を終えた士道と十香は、ようやく家に帰ってくることができたのだが……その日、朝起きてみると、五河家の隣に、マンションのような建物が聳えていたのである。

 

 

 二日前までは空き地だったスペースに、突如として、ドン、と。 まるでキツネかタヌキにでも化かされているかのようだった。

 

 

『何って……言ってただろ。精霊用の特設住宅を造るって』 と、後方から佐藤が、眠たげに目を擦りながら言ってきた。

 

「……! 佐藤、まさか、これが……?」

 

『えーっと、見た目は普通のマンションだけど、物理的強度は通常の数百倍、顕現装置も働いてるから、霊力耐性もバッチリ、多少暴れても、外には異常が漏れない………って、五河琴里が言ってたな。』

 

 

「いや、そういうことを聞いてるんじゃなくてだな……! 一体いつの間に造ったんだよこれ……! 一日二日じゃできねえだろこんなの!」

 

 

『はぁ………。陸自の災害復興部隊も破壊されたビルを一晩で直してるだろ?』

 

「あ……っ」 言われてみればそうである。きっとこれも、顕現装置とやらを使った結果なのだろう。

 

 

「……ってことは、住居ができるまで、ってのは結構な詭弁だったわけだ」

 

 

『そうなんじゃねぇの? まぁ、十香が外で暮らす試用期間とも言ってたからなー』

 

クスクスと笑みを浮かべて返してくる。

 

 

 

 

 佐藤は踵を返すと、家の方向に足を向けた。『──とまぁ。今から俺は家に帰るとして、十香は明日ぐらいには隣の家で暮らしてもらうことになるって、さっき見たけど荷造りしてたし』

 

 

「あ、ああ……そう、か。……」 士道は頬をかいた。 まあ、最初から住居ができるまでの間という話だったし、士道の精神衛生もようやく安定しそうではあったが……いざこの日がくると、少し寂しい気がしないでもなかった。

 

 

『なんだよ、もっと十香と暮らしたかったのか?』

 

 

「! や、べ、別にそういうわけじゃ……」 士道は慌てて否定したが、佐藤は小さく肩をすくめるのみだった。

 

 

 

『ま、何か間違いを起こしたいんだったら、今日明日あたりが最後のチャンスだぞ?』

 

 

「な……何言ってやがる……!」

 

 

『あー怖い怖い。俺はもう帰るな。』

 

 士道が顔を赤くして怒鳴ると、佐藤は飄々と息をつき、帰路を渡っていった。

 

「……ったく、佐藤のやつ」

 

 士道はやれやれと頭をかくと、ため息を吐いてから家に足を向けた。

 

 

 と──「ん……?」 士道は不意に眉を上げた。 可愛いらしいワンピースを纏い、頭に顔を覆い隠すようなキャスケットを被った少女が、飛び跳ねるように走ってきたからだ。

 

 

「! 四糸乃!?」 士道は少女の名を呼んだ。身に纏っているのは霊装ではなかったが──間違いない。

 

 何しろ、少女は左手に、ウサギのパペットを着けていたのだから。

 

『やっはー、士道くん』 パペットがパクパクと口を動かしながら、甲高い声を響かせてくる。

 

『やー、やっと会えたねえ。助けてもらったのにお礼言えなくてごめんねー』

 

「あ、いや……それはいいんだが。なんでこんなところに? もう検査は終わったのか?」

 

『んー、第一検査だけはね。まだあるらしいんだけど、士道くんにお礼が言いたくてさ。特別に少しだけ外に出してもらったんだー』

 

 言って、〈フラクシナス〉を見るように、パペットが空を仰ぐ。

 

『ま、そういうわけで、検査終わったらまたデートしよーねー』

 

「あ、ああ……そうだな」

 

『ふふ、うんじゃ、まーたね』 パペットが小さな手を振る。

 

 と、四糸乃がぴくりと肩を揺らすと、躊躇いがちに顔を士道の方に向けてきた。

 

 

「ん……? どうした?」

 

「──あ、の……」 と、士道はその声を聞いて眉を跳ね上げた。 それは『よしのん』ではなく、紛れもない四糸乃の地声だったのだ。

 

 

「また……おうちに、遊びに、行っても……いい、ですか……?」 言って、恐る恐るといった様子で士道の方に視線を送ってくる。

 

 

「お……おう、いつでも来い!」 士道が答えると、四糸乃は顔を明るくしてから頭を下げ、パタパタと走っていった。

 

 

『ふふっ、偉い偉い。頑張ったねー』

 

「……うんっ」 なんて会話を、パペットと交わしながら。

 

「……はは」 士道は小さく息を吐くと、唇の端に笑みを浮かべた。

 

 

 そういえば、パペットがある状態で『四糸乃』が喋ったのは、初めてかもしれない。

 

 なぜかわからないけれど……少し、嬉しかった。「さて……と」 軽く伸びをしてから、家の中に入っていく。

 

 と、階段を上り、自分の部屋に入ろうとしたところで、士道は小さな声を上げた。

 

 廊下の奥に位置する客間の扉が微妙に開き、そこから、十香が顔を半分ほど覗かせて士道の方を見ていたのである。

 

「……な、なんだ?」

 

「…………」 士道が眉根を寄せながら言うと、十香が無言のまま、扉の隙間から手を出し、ちょいちょい、と手招きをしてきた。

 

 

「こ、こっちにこいって?」

 

「…………」 十香が、こくりとうなずく。そしてそのまま、部屋の中に引っ込んでいってしまった。

 

「ええと……」 士道はしばしの間困惑した表情を浮かべてから、ゆっくりとそちらに歩いていった。

 

 そして、一応コンコン、とノックしてから扉を開ける。 十香は、部屋の左手側──壁際に置かれた棚の前あたりに立っていた。それと向き合う形になるように、部屋の中なか程まで歩みを進める。

 

「何か用か? 十香」 士道が問うと、十香は小さく唇を噛かむようにしてから顔を上げてきた。

 

「……ん。琴里から聞いているかもしれないが、明日から、隣の家に住むことになった」

 

「あ、ああ……そうらしいな」

 

「それで……ん、今のうちに、シドーと話しておきたいことがあるのだ」

 

「話?」

 

「……うむ」 十香が、何か言いだしづらそうに、目線を微妙に逸らす。

 

 

「昨日、検査のとき、琴里や令音にいろいろと、聞いた」

 

「──! え、ええと……いろいろっていうと……」

 

「ん……琴里たちは、私たち精霊を助けようとしてくれていて……シドーもそれに協力しているのだと」

 

 十香は、心拍を落ち着けるように深呼吸をしてから、士道に向き直ってきた。

 

「話というのは、それに関連してだ。──シドー。お願いだ。もし今後、私や四糸乃のような精霊が現れたなら、きっと救ってやって欲しい」

 

「え……」 士道は、目を見開いた。

 

「琴里が言うには、まだ精霊は数体確認されているらしい。きっとその中には、私たちのように、望まぬままに戦いに巻き込まれている者もいるはずなのだ。──そんなのは、可哀想ではないか」

 

 十香が、どことなく寂しそうな笑顔を作りながら、言う。

 

「だから頼む。シドーの力で、そういう精霊たちを救ってくれ。……あのとき、私を、助けてくれたように」

 

「…………っ」 士道は、唾液を飲み下すと、改めて十香の顔を見やった。

 

「……その、なんていうか。ん……」

 

 士道は額をコンと小突いた。 十香と四糸乃の件で、腹は決まっているはずなのに、なぜ言葉にするのを求めらたただけで口ごもってしまうのか。

 

 

士道は小さく首を振ってから口を開いた。

 

「──ああ。そのつもりだ」

 

 

「…………」 十香は、望み通りの答えが得られたはずなのに、なぜか複雑そうな顔をして笑った。

 

 

「ん……恩に着る。あと……もう一つ、いいだろうか?」

 

 

「おう、なんだ。言ってみてくれ」

 

 

「ん……」 と、十香が、何かモゴモゴ口を動かしながら、ふっと顔をうつむけてしまった。

 

 

「え? 何だって?」 何かを言っているようなのだが──聞き取れない。

 

 

 士道は耳を澄すますようにしながら十香の方に足を踏み出し──「……っ!?」 急に顔を上げた十香に身体かを寄せられ、息を詰まらせた。

 

 

 十香は士道の首に腕を回すと、そのまま士道を近くにあったベッドに押し倒した。

 

 

 そして──「んぐ……っ!?」 一瞬、逡巡のようなものを見せてから、十香は、おもむろに自分の唇を、士道の唇に合わせてきた。

 

 

 突然のことに、脳が混乱して悲鳴を上げる。 もしかしてまだ夢の中にいるのではないかとか、もしそうだとしたならこの夢は何のメタファーなのでしょうフロイト先生とか、詮ない思考が一瞬のうちに駆け巡る。

 

 

 だが、頬をつねって痛覚を確かめるまでもなく、士道の全身に配備された感覚器が、これは現実だ!とひっきりなしに主張を続けていた。

 

 

 鼻腔をくすぐる女の子特有の甘い香り。目前に迫った十香の貌。身体全体にのしかかった心地の良い負荷。

 

思わず抱きしめたくなってしまうような、柔かい肢体。

 

 

 そして──唇に伝わるえも言われぬ感触と、自分のものではない唾液の味。

 

 

 それらがない交ぜになって、士道の脳細胞を蹂躙していった。 抵抗も順応もできぬまま、数十秒のときが過ぎる。

 

 

 そこでようやく──十香が唇を離して顔を上げた。

 

「ぷは……っ」

 

 どうやらキスの間中、息を止めていたらしい。息き継ぎでもするように、十香が息を吐く。

 

 そしてマウントポジションを取ったまま、士道の目をジッと見てくる。

 

「と、十香……何を……」

 

 士道が声を発すると、十香は視線の位置を変えぬまま続けてきた。

 

「……今回は、これで手打ちにしてやる」

 

 

「え……?」

 

 士道が間の抜けた声を返すと、十香は恥ずかしそうに目を逸らした。

 

「……なぜだろうな。ただ唇を触れさせるだけの行為なのに……悪くない感じがする。……それと同じ……なのかどうかはわからないが、シドーが……その、ビルとやらの中で四糸乃とキスをしていたときは、なんというか……いやな感じがした」

 

 士道が反応できずにいると、十香が恥ずかしそうに続けた。

 

 

「……だから。その、なんだ。……もう、私以外とは、するな」

 

 

「…………っ、え、ええと──」 どうやら、十香は精霊の力を封印するための方法は聞かされていないらしい。なんという二律背反。無茶な要求をしてくれる。

 

 

「返事っ!」

 

 

「お……おうっ」 しかし十香に気圧されて、士道はそう言ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸上自衛隊・天宮駐屯地の一角にあるブリーフィングルームには今、非戦闘員をも含めたASTメンバーが居並んでいた。

 

 

 先日の作戦の報告会、及び近隣地域で観測された新たな精霊反応についての作戦会議のため、燎子によって集められていたのである。

 

 

「…………」 そんな中で、自衛隊常装姿の折紙は無言のまま、不機嫌な心地を抑おさえ込むように、机の上に置いた手を眺めていた。

 

 

 ──二日前。〈プリンセス〉の妨害によって結局〈ハーミット〉を取り逃してしまった。

 

 

 加え、その〈プリンセス〉までもが、戦闘中に忽然と姿を消してしまったのである。

 

 

 しかも──平時の消失とは異なった反応を残して。

 

 

〈ハーミット〉に随意領域(テリトリー)ごと氷り漬けにされた隊員は全員無事だったが……結局ASTは精霊を打ち倒すでも、何か大きな成果をあげるでもなく、帰投するしかなかったのである。不機嫌になるのも当然だった。

 

 

 しかも、なぜ折紙の家にいたはずの士道が、警報の鳴った街に出ていたのかもわからずじまいだったし──ついでに、先日拾ったウサギのパペットが、なぜか家から無くなっていたのである。……少し、気に入っていたのにだ。

 

 

 もちろん、士道を疑うわけではない。

 

 というかもし士道が折紙の私物を盗んでいったのだとしたら、まあそれはそれでアリなので、問題にするつもりもなかったのだが。 と──そこで、部屋の扉が開き、ASTの隊長である燎子が顔を出した。

 

 ブリーフィングルームにいた隊員たちが一斉に立ち上がり、敬礼をする。「あー、いいわ。座って座って」 燎子は煩しげにそう言うと、皆の前に立った。

 

 

 「さて、皆集まってるわね。──じゃ、早速始めようと思うけど……その前に。皆に愉快で最低なお知らせがあるわ」

 

 

『……?』 メンバーたちが不思議そうな顔を作ると、燎子ははあとため息を吐いた。

 

 

「……天宮は精霊現界が多いわりに、今一つ成果があがってないってんでね。補充要員が充てられることになったの」

 

「補充要員……ですか」

 

「ええ。バリバリのトップエースよ。顕現装置(リアライザ)の扱いにかけちゃ、世界でも五指に入るんじゃないかしら。──実際、単独で精霊を殺したことがあるそうよ」

 

 

『……!?』

燎子の言葉に、メンバーたちはざわめいた。 それはそうだ。ASTの精鋭一〇人がかりでも手に余る精霊を、たった一人で倒してしまったというのである。

 

 

 燎子は予想通りの反応、というように肩をすくめてから、今し方入ってきた扉の方をちらと見やった。

 

 

 「──入ってきて」

 

「はっ」 燎子の声に応えるように、随分と可愛らしい声音が響いてくる。

 

 そして再度扉が開き──一人の少女が部屋に足を踏み入れてきた。

 

『……っ!?』 瞬間、ブリーフィングルームに並んだAST隊員たちが、一斉に眉をひそめた。

 

 

 しかし、それも当然だ。何しろ入ってきたのが、どう見ても中学生程度の女の子だったのだから。

 

 

 後頭部で一つに括った髪に、利発そうな顔。それと左目の下にある泣き黒子が特徴的な少女だった。

 

 

 「…………」 折紙は、ぴくりと眉を動かした。──彼女の顔に、見覚えがある気がする。

 

 「──崇宮真那(たかみやまな)三尉であります。以後、お見知り置きを」

 

 

 コスプレにしか見えない自衛隊常装を翻し、真那が敬礼をしてみせる。

 

 

「日下部一尉……彼女は?」 隊員の一人が、燎子に質問を投げる。 燎子は「予想通りの質問が来た……」みたいな顔を作って口を開いた。

 

 

「さっき言ったでしょ。件のトップエース様よ」

 

 

『はぁ……ッ!?』 メンバーたちが一斉に眉根を寄せる。 真那は、そんな皆の反応を不思議がるように首を傾げた。

 

 

「どうかしやがりましたか」 なんとも奇妙な敬語で、真那が言ってくる。

 

 

「ど、どうかって……き、君、まだ子供じゃ──」 隊員の一人が言うと、真那はふうと息を吐いた。

 

 

「何か問題がありやがるでしょうか。年齢は個人の資質に関係ねーです。──それとも、この中に一人でも、私に勝てる方がいやがるのでしょうか?」

 

 

 別に嫌味とかではなく、ただ事実を述べるように、真那が言う。

 

 

 「……なっ」 そんな返しをされるとは思っていなかったのか、隊員が目を丸くする。

 

 

「そうですね。この中だと──」

 

 と、真那が折紙の方に視線を向けてきた。「──あなたくらいでしょうか。ほんの数パーセントでも見込みがありそうなのは」

 

 

「…………」

 

 折紙は、何を答えるでもなく、無言でその視線に対した。 すると燎子が、ポカンっ、と真那の頭を小突いた。

 

「無駄口叩くんじゃないの。一昨日の映像流すから、空いてるところにでも座りなさい」

 

「はっ」 真那は短く言うと、綺麗な足取りで、折紙の隣に座ってきた。

 

「さて……と」 と、燎子が壁際のボタンを操作すると、天井からスクリーンが下がり、部屋の照明が落ちた。

 

 

そして手元の端末を操作すると、すぐに、二日前の戦闘の様子が映し出される。

 

 

〈ハーミット〉が結界を構築し、それを折紙が打ち破ろうとしたところで──「──ここで、邪魔が入ったのよね」 燎子が忌々しげに言うと同時、画面に〈プリンセス〉の姿が映し出された。

 

 

 燎子が、画面をズームさせる。と──結界の前に、一人の少年の姿が確認できた。 折紙は小さく息を詰まらせた。間違いない。あれは──士道だ。 と。

 

 「…………っ」 隣に座った真那が不意に頭を押さえ、小さなうめきを発した。

 

 

 真那は少しの間頭痛を抑えるように側頭部に手を当てていたが──すぐに顔を上げると、ガタッ、と音を立ててその場に立ち上がった。

 

 

「ん……? 何、どうしたのよ」 燎子が訝げに声を発する。

 

 しかし真那は答えず、画面に映った士道を見つめて、小さく口を開いた。

 

 

「──兄様……?」

 

「……っ?」

折紙は眉をひそめ、真那の横顔を見やった。 そして──先ほどの違和感の正体に気づく。

 

 

 

 

 この少女は、あの五河士道と、雰囲気が似ていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜■〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

会社の一室で椅子に腰掛けながら、彼女────エレン・メイザースは苛立たしげな様子で足を小刻みに動かしていた。

 

 月明かりを集めたかのような淡い色のノルディックブロンドに、 碧眼。

 

 歳若く、 妖精のような可憐な姿をした少女である。 けれどその美しい造作の貌は今、過度のストレスで不快そうに歪んでいた。

 

 

 

 

 

『エレンさーん!見てください、これ!』

 

 

 

『チョウチョさんですよ!?』

 

 

 

『青くて綺麗ですよねー!──っあ、指に乗った!』

 

 

 

そう…、目の前で無邪気に戯れる少年。その子に苛ついていたからである。

 

 

しかし、これは日常茶飯事のことでもある。昔からいつもこう、どこまでも能天気で無邪気で純粋無垢。

 

 

 それがこの───〝佐藤鷹禾(サトウオウカ)〟の特徴であった。

 

 

 

「はぁぁぁぁ……」

 

ふかーい溜息を吐くと、鷹禾は不思議そうに首を傾げてきた。

 

 

 

『どうかしたんですか?何か、嫌なことでもあったんですか?』

 

 

自分がその原因だとは考えないのだろうか、その愚鈍さに辟易しつつもエレンは〝彼〟を待ち続けた。

 

 

 

 

『あっ、チョウチョさんがエレンさんの肩に───』

 

 

 

「ふぉぁッ!?!?」

 

 

 

『……冗談ですよー!』

 

 

 

思わずその衝撃的な発言に立ち上がったエレンに鷹禾はニッコリと悪気を感じさせない笑みで返してきた。

 

 

 

「…………」

取り敢えず1回叩きのめそう。

 

 

 

 そう決意したエレンだが鷹禾に歩を進めた瞬間、動きを止めることになる───部屋の扉が開き、一人の男が入ってきたからだ。

 

 

闇を集めて人の形に押し固めたかのような印象を持つ男である。くすんだアッシュブロンドに、錆び付いたような色の双眸。歳の頃は三〇代といったところだったけれど、その年齢に見合わぬ凄みと威圧感を佇ませていた。

 

 

 

  サー・アイザック・レイ・ペラム・ウェストコット。

 

 

 

一代でDEMインダストリーを築き上げた、魔術師(ウィザード)たちの王である。

 

 

 

 

『アイザックさん!こんにちはです!』

 

 

鷹禾はぴょんっと跳ねると、元気に、今しがたやって来たウェストコットの元まで歩き、ニコニコと笑みを浮かばせ挨拶をした。

 

 

 

「鷹禾、何度言えばわかるのです!アイクにはもっと敬いを───」

 

 

と、エレンが声を上げた台詞はウェストコットが「構わない」というかのように挙げた片手によって止められてしまった。

 

 

 

「オウカ、自分の力について知ることはできたかい?」

至極落ち着いた声音でウェストコットは鷹禾に尋ねた。

 

 

 

『……えっと、まだ全然分かりません!』

又も元気に言葉を返す鷹禾にエレンは顔を歪めたが、心拍を落ち着けるように胸に手を置きウェストコットに報告をする。

 

 

 

「鷹禾には特殊な力はやはり無い。と、判断するのが賢明かと思われます」

 

 

 

「ほう?」

その報告を聞き、ウェストコットはさぞ不思議そうに目を細めた。

 

 

「おかしいね、つまりは……彼には何の才能・力もない上で、真正の〝精霊〟の動きを停止させたということかい?」

 

 

事実をつらつらと並べると、エレンは歯痒いそうに顔を顰めた。

 

 

 

だが、ここまでエレンが言い切るということは実際に鷹禾にそれらしき特異は無かったのだろう。

 

 

 

 

「アイク──、まだ彼をここに置いておく気なのですか?」

 

 

 

「…………」

その質問に、ウェストコットはちらりと鷹禾を見やった。鷹禾は難しげな話に理解を諦めたのか、窓際に居た蝶と戯れている。

 

 

 

「エレン、彼はマナ──、ひいては〈ナイトメア〉との一件にてその力を初めて認知させた。別に社内に核爆弾を抱えるわけでもない……この様な奇異な力を持つ子供を捨て置くほうが愚行だろう?」

 

 

 

 

 

「…………はい。わかりました」

反論が難しいのか、エレンは顔をうつむかせると、そのまま了承の声をもらした。

 

 

 

 

 

「では、私はもう行くよ。オウカの件、解明を頼んだよ」

 

 

 

 

「…はっ」

エレンは部屋を出ていくウェストコットの一礼をし、数秒後、姿勢をもとに戻した。

 

 

 

 

 

そして…エレンは未だ蝶を指に乗っけ、あははっ…と笑い続ける少年を見つめた。

 

 

 

 

 

 昔、第二の精霊を捕縛した際に見つけた捨て子。ウェストコットが真那と同様────何かを感じた存在。

 

 

 

 

 実際に事が起きるまではただの子供だと思い込んでいた。しかし、実際に彼は今月、一瞬とはいえ〈ナイトメア〉を随意領域(テリトリー)で停止し、真那を救い出すという所業を見せている。元はといえば鷹禾が足を引っ張ったせいで真那が傷付けられかけたのだが。

 

 

 

それはともかく。───刹那、しかし…改造も施されていない才能も血筋もない、本当に〝子供〟が停止させたのだ。

 

 

 

 明らかに異常──そう思い、持ちうる限りの技術で彼を調べ上げたが全く力の理由などは解明されなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『わぁ〜……。チョウチョさん増えた…』

 

 

 

「…………」

なんなのだろう、この能天気なアホは。

 

 

 

「はぁ…」

思わず溜息が漏れる。

 

 

真那がその報告をしなかったらこの力に気付ける事は無かったと確信できる。それほどまでに彼は普通の少年なのだ。

 

 

 

 

「鷹禾」

 

 

 

『はい?───あ、チョウチョさん…』

鷹禾がエレンの呼び掛けに応じ、振り向いた時に蝶が指から離れ窓から出ていった。

 

それを見た鷹禾はさぞ悲しそうな顔をしたが、ぶんぶんと頭を振って向き直りこちらに笑顔を向けてきた。

 

 

 

 

『それで、どうかしたんですか?』

 

 

 

 

「……貴方は自身の力を自覚しているのですか?」

 

 

 

『…………分からないです!』

逡巡のあと、うーん…と、うなってから無駄に元気にそんなことを言っていた。

 

 

 

 

「………」

 

明らかに子供。しかし、精霊を停止させる。それは…この年からだったら私でも恐らく無理だ。

 

 

鈍重にさせるならまだしも、真那の証言では〝完全なる停止〟だったらしい。

 

 

それならば、だ。この子供は刹那とは言え実質的にはあの時だけ私を越えたと言っても良い。

 

 

こんな…子供が。

 

 

「はぁ…」

鬱々とした感情になりまたも溜息が漏れ出た。

 

 

 

しかし、これは良い事でもある。彼を鍛えればもしかしたら私に並ぶほどの魔術師(ウィザード)になるかも知れない。

 

 

 

 

「鷹禾、今日も鍛え直しますよ」

 

 

『はい!』

 

エレンが言うと、満面の笑みで返し、トコトコとついて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『冗談…だろ?』

 

とある会社の中にとある事情で侵入した佐藤はとんでもないものを見て絶句していた。

 

 

 

『同魂者───それも、〝真実点〟の…』

 

 

 何ていう偶然。あの時殺した相手が巡って来るとは……、しかし記憶がまだ無いのは良かった。

 

 

 

もし、彼奴に記憶があり…力が使えた場合。

 

 

 

『〝俺は絶対に勝てない〟』

 

 

断言できる、あいつとの一対一は俺が必ず負ける。相性が悪すぎるのだ。今の俺には彼奴に勝つ手段がない。

 

 

 

 

『……いや、たまたまとは言え今知れたのは大きい。さっさと用事を終わらせてこんなところでよう』

 

 

 

しかし、アイツが、居るのなら俺の計画もかなり狂う。異常(エラー)は【無盧無奥(■■■■)】で識る事は出来ない。

 

 

 

だからこそ、彼奴を見落としていた。これは、どうやって紗和たちに話そうか…、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





















と言うわけで四糸乃ナイト、終了です。


新キャラの名前はとある人から許可を貰って使ってます。というか、この新キャラの名前に一番悩みました。


次は狂三編ですお楽しみに。明らかに今回は長過ぎました…。


狂三──この世界だと自我というか、天使というか、明らかに本物の狂三と引けを取らない狂三が二人いるんですよね。



そのせいで狂三さんが三人ほど居る事になって面白いことになってます。




無駄話をしてしまいましたが、次回をお楽しみください



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