デート・ア・ライブIF 【エラー】   作:セルヴェイエ

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久方ぶりの投稿です。



前と同じく低クオリティですが、楽しんでいただけたら幸いです。








第三章 狂三 ディステニー
最悪の精霊【一四】


 

 

 

 

 

 

「わたくし、精霊ですのよ」

 

 

 

 六月五日、月曜日。 黒板の前に立った転校生の言葉に、来ら禅高校二年四組の教室はシンと静まりかえった。

 

 ただ、皆が皆、同じ顔をして黙りこくったわけではない。 もっとも多いのは、彼女が放った言葉の意味が理解できず、「なんなのこの子。夢見がちなの? イタい子なの?」と怪訝そうな顔を作った生徒たち。

 

 

 それに次いで多いのが、彼女のぞっとするほどに美しい容貌に目を奪われ、そもそも言葉を聞き逃していた男子たちである。

 

 ──だが五河士道は、そのどちらにも属していなかった。

 

「……なッ」 眉の間に深いしわを刻み、頬に汗をひとすじ垂らしながら、教卓の前に悠然と立った転校生を注視する。

 

 黒髪を二つに結えた少女である。肌は真のように白く滑らかで、襟元から覗く首は、少し力を入れて握れば折れてしまうのではないかと思えるほどに細かった。

 

 もっとも特徴的なのは前髪である。

 

 恐ろしく端整な顔立ちをしているのだが……前髪が異様に長く、顔の左半分を覆い隠してしまっているのだ。

 

 だが、士道はそれに感謝せざるを得なかった。 前髪に隠れていない右目──その視線に晒された瞬間、まるで悪魔に魅入られるかのような陶酔感を覚えたのである。

 

 もし両目で見つめられていたのなら、士道も先の男子たちの仲間入りをしていたかもしれない。

 

 士道はごくりと唾液を飲み下すと、ちらと黒板の方に目をやった。 そこには白のチョークで、少女の名が記してある。

 

 

 「時崎……狂三」 士道は誰にも聞こえないくらいの音量で、その名を呟いた。

 

 精霊。 確かに彼女──狂三は今、そう言った。 その言葉の本当の意味を知る者は……今この教室には三人のみだった。

 

 

「…………」 士道は、少しだけ首を回し、後方見やり視線を送った。

 

 後ろに座った少女──夜刀神十香は、目を丸くし口をぽかんと開け、傍から見てもすぐに驚いていることがわかる顔を作っている。

 

 

 反して士道の左の席の鳶一折紙は、ぴくりとも表情を変えず、しかし冷酷に射殺すような鋭い視線で狂三を見つめていた。

 

 

 だが、一人だけ、この場に居ないものもいた。

 

左斜め後ろ…士道が困っている時は結構──少しは頼りにできる男。…それが今日は休みだった。

 

 

 

 と──それぞれを見てから視線を前方に戻した瞬間、「……っ!」 士道は息を詰まらせ、肩を震わせた。

 

 

 だがそれも仕方あるまい。時崎狂三が、長い睫毛に飾られた右目で、士道の方をジッと見つめてきていたのだから。

 

 

 「……っ、な──」 士道が身じろぎさえできないでいると、狂三は目と唇をにっ、と微笑の形にした。

 

 

 「皆さん、どうか仲良くしてくださいまし」 言って、小さく頭を下げる。 戦慄する士道を放置して、ぱちぱちという拍手の音が、教室に広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唇を舐めると、汗の味がした。

 

 身体の周囲に展開された随意領域(テリトリー)は、重力を初めとして、温度や湿度も思いのままにコントロールすることができる。

 

 

 ゆえに、わずかとはいえ発汗が認められるということは、そんな外的条件以外の原因が考えられるということだった。代表的なところだと、過度の運動か、重度の疾患か──それとも、異様な緊張か。

 

 

「…………」 鳶一折紙は呼吸を整えるように唾液を飲み込むと、手にした高出力レイザーブレイド〈ノーペイン〉の柄をぐっと握り直した。

 

 今折紙の華奢な肢体を包むのは、着慣れた高校の制服ではなく、着用型接続装置(ワイヤリングスーツ)戦術顕現装置(コンバット・ユニット)リアライザ搭載だった。

 

 現代の魔術師ウイザードが魔性の業を振るうために纏う、機械の鎧である。

 

 これを身に纏い、随意領域(テリトリー)を展開させた魔術師(ウイザード)は、まさに超人といってもいい。

 

 だが──今。超人であるはずの折紙は、完全に追いつめられていた。

 

 

『──うわぁぁぁぁぁぁッ!?』

 

 

 

 「……っ」 ヘッドセットに搭載された通信機から聞こえてきた悲鳴に、微かに息を漏らす。

 

 

 聞き覚えのある声。折紙が所属する対精霊部隊アンチ・スピリツト・チーム、通称ASTの隊員のものだ。

 

 

 これで──九人目。折紙以外の味方が全て倒されてしまったことになる。

 

 

「……く」 折紙は障害物に身を隠したまま、脳内に指令を発した。 瞬間、折紙の周囲に展開された随意領域(テリトリー)内部の光が屈折し、折紙の視界からは見ることができないはずの景色が網膜に映り込んでくる。

 

 陸上自衛隊天宮駐屯地に近接した、特別演習場。

 

 折紙たちASTが、顕現装置(リアライザ)を用いての演習をする際に使用される、魔力処理の施こされた特設フィールドである。

 

 

 そんな、廃墟のような障害物が立ち並ぶその空間の中心に、髪を一つに結った少女が悠然と佇ずんでいた。

 

 

 ──崇宮真那。 折紙は少女の名を心中で反芻しながら、その姿を改めて見直した。

 

 

 年の頃は一四、五といったところだろう。左目下の泣き黒子に飾られた利発そうな貌には、まだどこかあどけなさが見て取れる。

 

 

 だがその小さな体躯を包むのは、少女にはまるで似つかわしくない機械の鎧──CR-ユニットだった。

 

 

 折紙たちのそれとは少し型の異なったワイヤリングスーツに、両肩に装着された盾たてのような兵装。折紙たちの装備よりも一世代新しい試作機という話である。

 

 

 「──さ、あと一人です。どこからでもかかって来やがってください」

 

 真那は、足下に倒れたAST隊員を一瞥もせず、そう言ってきた。 ここからは見えないが、周囲に広がった障害物の陰には、無力化された八人のAST隊員が倒れているはずである。

 

 

 あまりに、圧倒的。まるで精霊を相手取って戦っているかのようですらあった。

 

 ──彼女がこの天宮駐屯地に配属されてきたのは、先月末のことだ。

 

 

 曰く、陸自のトップエースでる。

 

 曰く、顕現装置(リアライザ)の扱かいは世界でも五指に入る。

 

 曰く──精霊を、単独で殺したことがある。

 

 

 

 確かに話だけを聞けば、規格外の怪物だ。 だが、出合い様に「この中に一人でも、私に勝てる人がいるのか」だなんて言われたなら、精鋭を自負するAST隊員たちが黙っていられるはずもなかった。

 

 

 ゆえに、真那の力を確かめるという名目で、一対一〇の特別演習が行われたのだ。 折紙としては、正直あまり興味なかったのだが……「…………」 無言で。折紙は、先日真那と交わした会話を思い起こした。

 

 

 真那がこの天宮駐屯地に配属になった日、ちょうど折紙たちは先日の戦闘映像を見ていたところだった。

 

 そこで真那が、映像に映っていた少年──五河士道を見て、言ったのだ。

 

 

 ──『兄様』、と。 士道にこんな妹がいるだなんて聞いたことがない。のちに折紙がそのことを問うと、真那は驚いたような仕草を見せてから口を開いた。(! 鳶一一曹は兄様とお知り合いなのですか!? ふむ……ええ、いいですよ、詳しく話しても。──ただし、今度の演習、あなたも参加しやがってください。それが条件です) そう言われては、選択の余地がなかった。 結局、折紙も演習に参加することになったのだが── 結果は、見ての通りである。

 

 

 九名が既すでに無力化され、折紙もまた、近接用レイザーブレイド以外の装備を失っていた。

 

 反して真那は、未だ傷一つ負っていない。「……さあ、このままでは時間切れになってしまいやがりますよ?」

 

 真那がふうと息を吐きながら、敬語になりきっていない敬語で言ってくる。

 

 

 このまま隠れていても仕方がない。折紙は身体を浮遊させ、真那の前に姿を現した。

 

 「──お。ようやく腹が決まりやがりましたか?」

 

 

「…………」 折紙は脳内に指令を発し、背中のスラスターを駆動させた。

 

 

 もとより折紙の手に残った武器は〈ノーペイン〉一つのみである。接近戦を仕し掛かける以外に道は残されていない。身体を前ぜん傾けいさせ、凄すさまじいスピードで空を駆ける。「潔し。嫌いじゃねーです、そういうの」

 

 

 真那は唇の端を上げると、肩のユニットを可変させ、両の腕に装着した。「〈ムラクモ〉──双刃形態ソードスタイル」

 

 

 すると次の瞬間、盾の先端部から巨大な光の刃が姿を現す。 しかし、折紙は止まらなかった。〈ノーペイン〉を振りかぶり、さらにスピードを上げる

 

。 だが、このまま吶喊しても返り討ちに遭うことはわかりきっていた。

 

「──今」 ゆえに、自分と真那の随意領域(テリトリー)が触れた瞬間、随意領域(テリトリー)を急速に収縮させる。

 

 

 通常、半径三メートルに展開されているそれを、一気に一〇分の一程度にまで。

 

 瞬間、随意領域外に顔を出してしまったスラスターの後部が、本来の重量を取り戻す。折紙はそれに合わせてワイヤリングスーツとスラスターの接続を解除すると、光の刃を消した〈ノーペイン〉の柄を抱き込むようにして身体を丸め、真那の脇をすり抜けた。

 

 

「なっ……?」 さすがにこの行動は予想外だったのだろう、真那が目を丸くする。

 

 

 そんな真那目がけ、主を失ったスラスターが慣性に従い、巨大な弾丸となって迫せまった。

 

「っ! あめーです……っ!」 しかし真那はすぐ落ち着きを取り戻すと、光の刃でスラスターを縦に両断した。

 

 

 バチバチという火花が散り、左右に断ち分かたれたスラスターの残骸が、煙を噴いて地面に落ちていく。

 

 

 だが──それこそが折紙の狙いだった。「──っ!」〈ノーペイン〉の刃を再度出現させ、真那の背中に切っ先を向ける。 真那がスラスターの迎撃に気を取られている一瞬の隙を衝いた、必中の一撃である。

 

 折紙の狙い通り、〈ノーペイン〉の刃が、真那のCR-ユニットに浅い傷を付ける。 ──しかし。「な……っ」 折紙は思わず声を上げていた。 レイザーブレイドの切っ先が真那の装備に届いた瞬間、全身の体表を手の平でくまなく撫で回されているかのような感覚が生まれ──折紙の動きが止められたのである。

 

 

「──ふぅ、危ねーです」 真那が首を回し、折紙に視線を送ってくる。 折紙は息を詰まらせた。間ま違ちがいない。真那が随意領域(テリトリー)で以て、折紙の動きを止めたのだ。

 

 ……確かに、全く予想していなかったわけではない。 もしかしたら真那の反応速度であれば、スラスターを迎撃した次の瞬間に、折紙の動きに対応することも可能かもしれないとは思っていた。何しろここは真那の身体のすぐ近く。彼女の領地たる随意領域(テリトリー)の中なのである。

 

 だがその上で、三〇センチにまで凝縮した折紙の随意領域(テリトリー)であれば、その中で活動することは不可能ではないと目算を付けていたのだ。

 

 だが……その予想は甘かったらしい。「残念、詰み(チェック)です」 真那が身体をゆっくりと回転させ、折紙の肩口に光の刃を触れさせる。

 

 その瞬間、頭上からブザーが鳴り響き、次いで、ヘッドセットから音声が聞こえてきた。『演習終了。崇宮真那三尉の勝利です』 演習終了後。

 

 駐屯地の格納庫に戻った折紙は、その場に腰こしを落ち着けながら床を眺めていた。 十数分前の感触を思い出すように、くっと右手を握る。

 

 

 

「…………」 先ほど随意領域(テリトリー)を解除したばかりのため、身体からだがずっしりと重い。腕を持ち上げて手を握るだけの作業ですら、まるで粘度の高い泥の中を泳ぐかのような不自然さが伴なった。

 

 だがそんな当たり前の事象すら、暗に自分の無力さを示しているかのように思われて、折紙は無意識のうちに握った拳に力を入れていた。

 

 「崇宮──真那」 冗談のような精度を誇る随意領域(テリトリー)に、特殊兵装を己の手足のように使いこなす練度。なるほど彼女は、噂に違たがわぬ天才だった。

 

 きっとこれは歓迎するべき事態なのだろう。真那は人間であり、AST隊員である。つまり折紙と同じく、精霊を倒すことを目的としているのだ。彼女ほどの力を持った魔術師(ウイザード)がいれば、作戦の成功率はぐっと上がるだろう。

 

 だが、それを頭で理解してなお、折紙の心中には不可解な焦燥と苛立ちが募っていた。「……強い」 と、握りしめた拳を睨め付けながら折紙が言ったとき、頭上から声が聞こえてきた。

 

 

 「──あなたも大したものですよ、鳶一一曹」 ふっと顔を上げる。いつの間に近づいてきていたのだろうか、そこにはワイヤリングスーツのみになった真那が、両手にスポーツボトルを持って立っていた。

 

 「よければどーぞです」 言って、左手に持ったボトルを差し出してくる。

 

 

「…………」 随意領域(テリトリー)を解除したばかりだというのに、真那の動きには何ら遜色が見られない。

 

 複雑な心境で真那を見上げながら、重い腕を持ち上げ、ボトルを受け取る。 真那は満足げにうなずくと、ドリンクを一口飲んでから言葉を続けてきた。

 

 「正直、驚ろきました。剣先数ミリとはいえ、私に攻撃を当てやがった人は久しぶりです」 嫌い味でなく、ただ純粋に折紙の技量を評価するように言ってくる。

 

 しかし。折紙は軽く奥歯を噛んだ。「どうすれば──あなたのように強くなれるの」 折紙が問うと、真那は困ったように眉を八の字にした。

 

 

「どうすればと言われましても……」

 

「あなたは、精霊を殺したことがあると聞いた。詳しい話を聞きたい」 折紙の言葉に、真那が小さく肩をすくめる。

 

「精霊を……殺した、ですか。まあ、言葉の上では間違っちゃねーですが──」 歯切れの悪い返事に、折紙は小さく首を傾げた。

 

 

「どういうこと?」

 

「んん……ちょっとアレに関しては、他の精霊と同列に扱わねー方がいいというか」

 

 

「何でもいい。どんな些細な情報でも構わない。教えて」

 

「まあ、構わねーですが……たぶん今言わねーでも、そう遠くないうちに直接見る機会が巡ってきやがると思いますよ。──そのために、私が配属されたわけですし」 思わせぶりな言葉に、折紙は小首を傾げた。

 

「……? あなたがここに配属されたのは、戦力増強のためと聞いている」

 

 

「間違っちゃねーですよ。ただもっと正確に言うと、ある精霊の反応がこの近辺に確認されやがったからなんです」

 

 

「ある精霊?」

 

 

「ええ。長いこと私が追っている最悪の精霊です。識別名は──」 と、真那が言葉を継つごうとした瞬間、スパン! スパン! と二人の頭が叩かれた。

 

 

「……っ」

 

「あたっ」 折紙と真那は同時に頭部を押さえると、これまた同時に右手に顔を向けた。 そこには、自衛隊常装に身を包んだAST隊長・日下部燎子が、片手に丸めた冊子のようなものを握りながら立っていた。

 

「あ・ん・た・ら、ねぇ……」 ピクピクと額に浮き出た血管を蠢めかせながら、ビッ! と演習場から回収された鉄塊──真っ二つに断ち分かたれたスラスターユニットを指さす。「模擬戦って言ったでしょうが! 何貴重な装備潰してくれてんの!」

 

 二人はしばしの間、燎子の指の先を眺めてから口を開いた。

 

「生半可な方法では、崇宮三尉に隙を作ることはできなかった」

 

「やはり模擬戦とはいえ本気でやらねーと、正確なデータはとれねーと判断し──」 そこで再び、二人の頭が叩かれる。

 

「ご高説は、顕現装置(リアライザ)搭載したユニットのお値段をちゃんと調べてから吐きなさい。ウチだって、予算が無尽蔵にあるわけじゃないのよ」

 

「了解」

 

「善処するです」

 

 

「ったく……」

 

 燎子は「以後気をつけるように」と残し、肩をいからせながら歩いていった。 その背中が見えなくなってから、真那が不満げにぶー、と唇を突き出す。

 

「まったく、隊長殿にも困ったものですね。そんなみみっちいことだから、精霊にいいようにされちまいやがるんですよ」

 

「同感」 折紙がうなずくと、真那は嬉しそうに唇の端を上げた。

 

「あなたとは気が合いそうです、鳶一一曹。こちとら、精霊なんて化物を相手取ってるんです。金に糸目なんて付けやがってたら、勝てるものも勝てなくなっちまいやがります」 言って、大仰に肩をすくめる。

 

 折紙は無言で、真那の顔を改めて見直した。 やはり……目鼻立ちというか、雰囲気が、士道に似ている。

 

 だが、士道に妹は一人しかいなかったはずだ。 会話を交かわしたことはなかったが、何度か見たことがある。五河琴里。言わずもがな、真那とは別人である。

 

 だが──折紙データベースによると、確か士道は養子だったはずだ。彼女が本当に士道の妹である可能性も、完全には否定できなかった。

 

 

 「崇宮三尉」 折紙は、自然と口を開いていた。

 

 「約束。あなたと士道の関係を教えて」

 

「士道……? 誰ですか、それは」 真那が首を傾げる。……おかしい。折紙は訝しげに続けた。

 

「先日見ていた〈ハーミット〉戦の映像──そこに映っていた少年の名前。あなたが、兄様と呼んだ人。演習に参加したら、教えてくれるという約束」

 

 

「……っ、兄──様……?」 と、真那が小さく眉をひそめた。

 

 

「どうしたの」

 

 

「いえ、少し、頭痛が……」 言って、側頭部を手で押さえる。

 

 

 

折紙はそんな真那の様子に見覚えがあった。──先月、映像で士道を見たときと同じだ。「……っ、失敬失敬。もう大丈夫です。ええと、兄様のことでしたね」

 

 

 真那は、頭痛を放逐するように軽く頭を振ってから、ワイヤリングスーツの胸元をまさぐると、銀色の小さなロケットを取り出した。

 

 そして、それを開いてみせる。中には、小さな男の子と女の子の写真が入っていた。「──士道」 小さく呟く。そう、それは間違いなく、幼い頃ころの五河士道である。そして隣に写っている、泣き黒子が特徴的な女の子は──どう見ても、真那だった。

 

 

 「これは?」

 

「昔の写真です。──生き別れた兄様の、唯一の手がかりです」

 

「詳しく、教えて」 折紙が言うと、真那は困ったように頭をかいた。

 

「すまねーのですが……あんまり覚えてねーのです」

 

「……? どういうこと?」

 

「いえ……実は私、昔の記憶がねーのですよ」

 

「……記憶喪失?」

 

「平たく言えばそうなりやがります。──でも、あの映像を見た瞬間、思い出したのです。私は、あの方を兄様と呼んでいたことがある、と」

 

「ならばなぜ、あんな条件を」 折紙が怪訝そうに問うと、真那はすまなそうに頭を下げた。「いやー……鳶一一曹の実力を見ておきたかったのです。この部隊の中で一番やりそうなのがあなただったもので。──実際、期待以上でした」

 

「…………」 折紙は無言で真那の顔を見つめ返した。あそこまで圧倒的な差を見せつけられてから『期待以上』だなんて言われても、少し複雑である。

 

 と、真那が、上目遣いになりながら言葉を続けてきた。「それで……鳶一一曹。ごめんなさいついでにもう一つお願いがあるのですが」

 

 

「なに」

 

 

「虫の良い話だとは思うのですが、その……兄様のこと、知っていやがるのですよね? わかる範囲でいいので、教えてくれねーですか?」

 

 

「…………」 なんだか立場があべこべになっている気がするが……折紙は少しの間思案を巡らせてから、小さく首肯した。

 

「──名前は、五河士道。年齢は一六歳」

 

 

「はい」

 

 

「家族構成は父・母・妹。現在両親は海外出張で家を空けている。家事全般が得意」

 

「ふむ……」

 

「血液型はAO型のRh+。身長一七〇・〇センチ。体重五八・五キロ。座高九〇・二センチ。上腕三〇・二センチ。前腕二三・九センチ。バスト八二・二センチ。ウエスト七〇・三センチ。ヒップ八七・六センチ」

 

 

「……はい?」

 

 

「視力は右〇・六、左〇・八。握力は右四三・五キロ、左四一・二キロ。血圧は一二八~七五。血糖値は八八mg/dl。尿酸値は四・二mg/dl」

 

 

「す、ストップストップ! そこまでは聞いてねーです!」

 

 

「そう」 焦るように叫さけぶ真那に、折紙は小さくうなずき返した。

 

「ていうか、え、なんですかその詳細なデータ。冗談ですか?」

 

 

「冗談ではない。全て正確な数値」

 

 

「…………」 折紙が真顔で返すと、真那は頬に汗を浮かべて眉をひそめてきた。

 

 

「……失礼、鳶一一曹と兄様は一体、どのようなご関係でいやがるのでしょうか」 真那の問いに、折紙は間髪入れず、何の迷いも躊躇いも逡巡もなく唇を開いた。

 

「恋人」    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも通り、士道は学校に登校していたのだが。その過程があまりにも酷すぎたため疲れ果てていた。

 

 

 

廊下をあるく道のり、その隣にとある少女がいた。長い夜色の髪に、美しい面。その貌に鎮座する双眸は水晶。 士道のクラスメートであり、精霊。夜刀神十香である。

 

 

 

 

精霊──世界を殺す厄災。だが、今の十香はただの女子学生でしかなかった。しかし、十香の精神値が不安定になったりすると、世界を揺るがす厄災の力の一端を振るえてしまう。

 

それを未然に防ぐためにも今日も士道は粉骨砕身していたのだった。

 

 

 

 「……」

 ため息をつきながら扉を開けて教室の中に入り、窓際から二列目に位置する自分の席に歩いていった。

 

 

 ちらと左隣の席を見やる。そこにはいつものごとく、綺麗な少女が腰掛けていた。 色素の薄い肌に、どこか人形めいた貌。浮き世のものとは思えない雰囲気を醸し出す、不思議な少女である。

 

 

「おう、おはよう……鳶──」

 

 

 

「…………」 凄まじいプレッシャー。

 

「──お、折紙」

 

「おはよう、士道」 すんでのところで言い直すと、少女──鳶一折紙は小さくうなずきながら返してきた。 いつもの挨拶。だが、今日はそれだけでは終わらなかった。

 

 

 折紙が士道の肩越しに十香の姿を認め、視線を鋭くする。

 

「一緒に登校してきたの」

 

「え? あ、ああ……そ、そうだけど」

 

「そう」 別段表情にも、語調にも変化は見られない。だがなぜだろうか、そこはかとない威圧感が辺りに満ちた気がした。

 

 「……ぬ?」 そんな雰囲気に気づいたのか気づいていないのか、士道の後方の席に鞄とランチバッグを落ち着けた十香が、折紙に顔を向けた。

 

「なんだ、何か用か?」

 

「別に」

 

「……ふん」 不快感を隠すこともなく、十香が鼻を鳴らす。

 

 

 そう、基本的に十香は誰にも悪意なく接するのだが……この少女だけは別だった。 まあ、それも仕方ないといえば仕方ないのだ。

 

 

 折紙は陸上自衛隊所属のAST──つまりは、十香のような精霊を、武力を以て排除することを目的とした部隊の人間なのである。

 

 実際、士道が十香の力を封印するまでは、何の冗談でもなく命を取り合う戦いを繰り広げていた。

 

 加え、折紙も折紙で、精霊に両親を殺されたという過去を持っているらしく、精霊に対して並々ならぬ憎悪と敵意を有している。そう易々と仲直りできないのも当然ではあった。

 

 ──と。そこで、スピーカーからチャイムが鳴り響いた。

 

「……! ほ、ほら、ホームルームだ! 十香、ちゃんと席に着け。な!?」

 

「ぬ? う、うむ……」 十香はとりあえずは大人しく、席に着いた。 士道も、天よりの助けに心から感謝を表明しつつ、椅子に腰を落ち着ける。

 

 周囲に散らばっていたクラスメートたちも、次々と着席していった。

 

ふと、何かが足りないと思い周りの席を軽く見渡した。

 

「佐藤…?」

 

そう、いつもだったら先程の応酬に助け舟をだして……くれるかもしれない。そんな男がいたのだが──居ない。

 

珍しい、というか佐藤が休んだのを見たのは初めてだ。

 

 

 

そんな事を考えていると、教室の扉が開き、眼鏡をかけた癖毛の小柄な女性が入ってきた。 どう見ても生徒にしか見えないが、これでも歴きとした社会科教師・岡峰珠恵二九歳(通称タマちゃん)である。

 

 「はい、みなさんおはよぉございます」 なんて、いつものごとくほわほわした挨拶を済ませると、タマちゃん教諭は出席簿を開こうとし──その手を止めた。

 

「あ、いけない。今日はみんなにお知らせがあるんでした」 言って、ざわめく教室に思わせぶりな視線を向けてくる。

 

「ふふ、なんとねえ、このクラスに、転校生が来るのです!」 ビシッ、とポーズをつけながらタマちゃんが叫ぶ。

 

 

すると教室中から、『おおおおおおおおおおお!?』と地鳴りのような声が響いた。 まあ、仕方あるまい。転校生といえば、学校生活の中でも大きなイベントだ。実際、十香がこのクラスに来たときも、皆一様に浮かれていた。

 

「……ん?」 そこで、士道は首をひねった。

 

 

 

 

 

 

 

 しぎょ────■■■■

 

 

……………………………………

 

 

 

 

 

 

 ついふた月前に十香が転校してきた(という扱いになっている)というのに、なぜまたこのクラスに転校生が宛がわれるのだろうという疑問が浮かんだのだ。別に、他のクラスより人数が少ないわけでもないはずなのだが……「さ、入ってきてー」

 

 

 士道の思考は、どことなく間延びしたタマちゃん教諭の声によって中断された。 ゆっくりと扉が開き、転校生が教室に入ってくる。

 

 瞬間──教室は水を打ったように静まり返った。 姿を現したのは、少女だった。この暑い中、冬服のブレザーをきっちりと着込み、足には黒いタイツを穿いている。

 

 影のような、なんて形容がよく似合う、漆黒の髪かみ。長い前髪は顔の左半分を覆い隠しており、右目しか見取ることはできなかった。

 

 だが、それでも、その少女が十香に──人外の美貌を備えた精霊に──勝るとも劣らない妖しい魅力を持っていることは容易に知れた。

 

 ごくり、と皆が唾液を飲み込む音が、士道の鼓膜に届く。

 

 「さ、じゃあ自己紹しよう介かいをお願いしますね」

 

「ええ」 タマちゃんが促がすと、少女は優美な仕草でうなずき、チョークを手に取った。

 

 そして黒板に、美しい字で『時崎狂三』の名を記す。「時崎狂三と申しますわ」 そして、そのよく響く声で、少女──狂三はこう続けた。

 

 

 「わたくし、精霊ですのよ」

 

「……ッ!?」 その、言葉に。 士道は、心臓を鷲掴みにされるかのような錯覚を覚えた。 ざわめく生徒たちの中。十香と折紙だけが、士道と同じような反応を示している。 狂三はそれに気づいたのだろうか、一瞬、士道の方を見て微笑んだ気がした。

 

 「……っ」

 

 「え……ええと……はい! とっても個性的な自己紹介でしたね!」 狂三がもう言葉を継がないことを察したのだろう、タマちゃんがパン! と手を叩いて終了を示す。

 

「それじゃあ時崎さん、空いてる席に座ってくれますか?」

 

「ええ。でも、その前に、一つお願いがあるのですけれど」

 

「ん? なんですか?」 タマちゃん教諭が言うと、狂三が指を一本立ててあごに当てた。「わたくし、転校してきたばかりでこの学校のことがよくわかりませんの。放課後にでも構いませんから、誰かに案内していただきたいのですけれど」

 

「あ、なるほど。そうですねえ……じゃあクラス委員の──」 だが狂三は、先生の言葉の途中で前方に歩き出すと、士道の席の真ん前までやってきた。

 

 「ねえ──お願いできませんこと? 士道さん」

 

「え……?」 士道は予想外の事態に、目を点にして呆ぼう然ぜんと声を発した。

 

「お、俺……? ていうかなんで名前を──」

 

「駄目ですの……?」 狂三が、さも悲しそうな、断られたら泣いてしまいますわ、みたいな顔を作る。

 

「い、いや、そんなことは……」

 

「じゃあ決まりですわね。よろしくお願いしますわ、士道さん」 狂三はニコリと微笑むと、ポカンとしたクラスメートの視線の中、軽やかな足取りで指定された席に歩いていった。

 

 

 

朝のホームルームが終わり、タマちゃん教諭が教室を去って行くなり、士道はポケットに手を突っ込んで携帯電話を取り出し、琴里に電話をかけた。

 

 

 しばらく呼び出し音が響いたあと、電話口から少し間延びした琴里の声が聞こえてくる。『もしもーし、おにーちゃん?』 先ほどの刺々しい口調とはまったく違う、どこか呑気な調子。

 

 司令官モードでない、いつもの琴里だった。「おう、琴里か」『もー、どーしたのこんな時間に。あと一〇秒早く携帯が鳴ってたら、先生に没収されるところだったぞー』

 

「学校着いたらちゃんとマナーモードにしとけって」

 

『ちょっと今日は忘れてただけだもんー』 ぷすー、と琴里が不満そうに言う。

 

 

『それで、どーしたの?』

 

 

「っ、ああ、そうだった。実はだな……」 言いながら、ちらと狂三の方に目をやる。 挨拶のときから「私は精霊だ」なんて、一般人からしたらイタいことこの上ない不思議ちゃん発言をしたにも拘わらず、狂三の席の周りには人だかりができており、ひっきりなしに質問が飛び交かっていた。四組の生徒だけではなく、噂の美少女転校生を一目見ようと、他のクラスからも生徒が集まっている。

 

 まるで十香の転校初日の様相だった。 と、不意に狂三と目が合う。その際にこりと笑みを向けられ、士道は頬を赤くして息を詰まらせた。

 

 『おにーちゃん?』

 

 

「あ、ああ……今日うちのクラスに、転校生が来たんだが……そいつがな、言ったんだ」

 

 

『なんて?』

 

 

「私は……精霊だって」

 

 

『…………』 士道がそう言った瞬間、琴里は無言になった。 その代わり、電話口の向こうから衣ぬ擦れのような音が聞こえてきた。そう──まるで、髪を括っているリボンを付け替かえるかのような。

 

 

『──詳しく話してちょうだい』 先ほどまでとは明らかに印象が違う調子で、琴里が続けてくる。

 

「詳しくって言われてもな……今言ったままだよ。転校生が挨拶のときに、『私は精霊だ』って言ったんだ。……確証はないけど、俺の方を向いてた気もする」

 

『自意識過剰じゃない?』

 

 

「…………」

 

 

『まあいいわ。精霊の名を知っているってのもおかしな話だしね。一応調べてみましょ』

 

「おう……頼む」

 

 そう言って士道が電話を切った瞬間、一限目の授業の開始を示すチャイムが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜★〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……わぁ〜……久しぶりのお休みだけど、やっぱり天宮市は賑やかでいいなー』駅前の商店街を歩き、辺りを見渡しながらそう言葉を鷹禾は零していた。

 

 

 

 

外見年齢は明らかに一〇歳行くか行かないかくらいの背丈と幼さを持っている少年である。

 

 

 

 

『……?』

 

と、そこで鷹禾は立ち止まった。

 

 

ふと横の視線に入った路地に人形が落ちていたのだ。

 

 

 

 

『……ウサギさんのお人形…?』

人を避け、路地に入り人形を拾い上げ、土ぼこりを手で軽く叩いて払うとよく正面から見つめて姿を確認できた。

 

 

 

人形といっても、手に嵌めるタイプの人形。正直見たこともないし、手作りだろうか…誰かを思いやって作っているのが見て取れる。

 

 

 

持ち主もかなり使い込んでいて、大事にしているのだろう、その年季とは裏腹に人形はかなり良質な状態であった。

 

 

 

『うーん……』

唸りながらも取り敢えず路地から先程の商店街の大通りに出て、辺りを見渡す……何かを探しているような人は誰も見えない。

 

 

 

ここには居ないのか、そもそも落としたことに気付かず探していないのか。

 

 

 

 

どちらにせよ、このウサギさんは持ち主に返さないといけない。

 

 

 

『よし…っ!』

 

 

 

パペットを丁寧にカバンにいれると、そのまま鷹禾は歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、やはり……休日はここのショートケーキに限りますね。」

 

 

とあるカフェにて────ノルディックブロンドの長髪を靡かせ、世界最強の魔術師…エレン・メイザースは悠々と息を吐き、休日を堪能していた。

 

 

 

「どこかの誰かさんのように、煩い羽虫も居ない……あぁ、最高です」

ショートケーキを食べ進めながら恍惚と言葉をこぼす。

 

 

 

まぁ……今日日本は全くの平日。本来ならば休みなどないし、こんなに呑気にカフェでお茶など楽しめないのだが、羽m───とある少年の検査が終わったことで一日だけ休みを頂いたのだ。

 

 

現在時刻は午後三時……帰りがけの学生が多いからか、カフェは段々と賑を見せ始めていた。しかし、エレンにはそんなことどうでもよく、今はただお茶をたのし───

 

 

 

 

 

 

 

と、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ美味しいぞ!静も一口どう?」

 

 

「先輩、何してるんですか! 破廉恥ですよ!」

 

 

 

そう言って、エレンが遠目で見れるほどの距離に座ったカップル。その中の男が自分のケーキを一口サイズにしてフォークでさし、彼女であろう人間に差し出していた。

 

 

少女は慌てて顔を背け、耳を真っ赤にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

呆れにも似た眼でその光景を見つめる。こんな平日から学生が何をしてるんだ。

 

 

 

 

まぁ、暇つぶしにはなりそうだし。少し見てみよう。紅茶のカップを持ち上げながら彼女らを見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、遠慮すんなって。俺のケーキを分けてあげてるんだから」男は笑いながらケーキを近づける。

 

 

「い、いえ! 私にはこの紅茶で十分です!」少女は紅茶のカップを両手で握りしめた。

 

 

「そうか?でも顔が赤いぞ。熱中症か?」男は本当に心配そうに額に手を伸ばした。

 

 

「ひゃっ! 先輩の手、どいてください!」少女はは椅子から身を乗り出して避ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───っ…はぁぁぁぁ」

カフェの窓際の席で、エレンはうなだれながらその光景を見ていた。

 

何なのだあのカップルは。見せつけてるのか?

 

 

 あの男は何だ、顔が赤いから熱中症?しかも、それに嘘をついているとも思えない。どこの漫画から来た男だ。

 

 

 しかし、彼女も彼女だ。なんだ破廉恥って、今どき使っている人間なんて見ないぞ。二人揃って漫画から来たのか?

 

 

 

 

そんなエレンには構うわけもなくそのカップルの会話は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男がふと雫の髪に挟まった一筋の髪を摘まんだ。

「静、髪が…」鷹禾は自然に髪を直そうとする。

 

 

「ちょっ! なにやってるんですか!」彼女は慌てて後ずさり、椅子がガタッと音を立てる。「周りの人たちが見てますよ!」

 

 

「え? ああ、ほんとに?」

 

 男は周囲を見渡すと、私……エレンと目があった。

 

 

 

「おー、人気者だな雫!」

 

 

「先輩のせいです! 破廉恥です!」彼女は頬を膨らませながらも目が笑っている。

 

 

「いやいや、静の方が可愛いからだろ?」男はさらりと言う。

 

 

「ひゃっ! 先輩、冗談でもそんなこと言わないでください!」静は顔を真っ赤にして両手で顔を隠す。

 

 

「冗談じゃないけど?」男はニヤリと笑って静の隠れた手をそっと取った。

 

 

「ほら、顔見せてよ。もっと話したいんだ」

 

 

「や…やめてください!こんなことしたら本当に周りが…」

 

「周りなんか気にするなよ。俺たちはカップルなんだから」男は平然と言った。

 

「きゃっ! もう…先輩ったら!」彼女は思わず立ち上がりかけたが、鷹禾に腕を掴まれてまた座らされる。

 

 

その瞬間、近くのテーブルから「かわいいなぁ」という声が聞こえた。カップルは同時にそちらを見ると、女子学生たちが羨望の眼差しでこちらを見ている。

 

 

「ほら、みんな羨ましがってるぞ」男は嬉しそうに言った。「俺たちって結構イチャイチャしてる?」

 

 

「もう…先輩ったら本当に!」彼女は呆れつつも微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・……うぅぅぅぅっざ」

その男女が去ったあと、エレンは柄にもなくそんな言葉を呪詛のように呟いた。

 

 

 

 なんだ彼奴等。私がここまでムカつかされたのは本当に久しぶりだ。今すぐにでも追いかけて、頭蓋を砕いたあとに体を遠心分離機にかけてやろうか。

 

 

 

 まぁ、たった一つの出来事で怒り狂うほど私の心は狭くない。日本では仏の顔も三度までと言うし。

 

 

 

と、微笑を取り戻し最後に取っておいた楽しみを食べようとフォークを伸ばし────

 

 

 

ガキン────────

 

 

 

「…ん?」

 

 

皿の上に乗るものに刺そうとしたフォークは摩訶不思議にも皿にあたった。

 

 

 

『エレンさん、こんにちはです。どうかしたんですか?』

 

 

 

「……ここの…イチゴ」

 

 

 

『あ、イチゴだけ残してたのでいらないと思って食べちゃいました。』

本人は申し訳無さそうにしているのかもしれないが、エレンからしたら本気で泣かせたくなるぐらいの出来事が起こった。

 

 

 

「…は?」

 

 

 

『あ、すいません、イチゴ美味しかったですよ』

 

 

 

 

「感想を求めたのではありませんよ!!」

何を勘違いしたのか申し訳ない程度のおまけ感覚で感想を述べてくる少年に言い放った。

 

 

 

 

『あれ、違いましたか?』

 

 

 

「あぁ、もう……今日は本当に最悪な日です!最後の楽しみは奪われるし、カップルに嫌味かと思うほどにいちゃつきを見せられるし、貴方と出会うし…」

 

 

 

『僕と出会うことそのものが最悪なんですか。』

 

 

 

「本当に、どうしてくれるのですか!私の苺を!」

 

 

『それなら、ショートケーキなら僕が奢りますからそれで────』

 

 

「それでは太ってしまうではありませんかッ!!」

鷹禾の提案を一蹴しながら叫んだ。

 

 

 

『太る…?』

 

 

 

「えぇ、最強たるもの健康管理も完璧ではなくてはいけませんので。」

 

 

 

『正直ケーキ一つでエレンさんは太らないと思いますし、十分綺麗ですよ?』

キョトンと本当に分からないといった様子で言ってきた。

 

 

 

「なッ……!?」

その言葉に思わず声を上擦らせ、言葉を詰まらせる。

 

 

「は、…そっ、そうです。私は最強なんですから、よ…っ、容姿端麗であたりま────」

 

 

 

『はいっ!すっごくエレンさんは美人ですよ!』

屈託のまったくない笑顔で言われエレンは泡を吹きかけ、るかもしれなかったが……意志とプライドで何とか立ち直り、話を変える。

 

 

 

 

「そっ、それで? 貴方が用もなく私のところに来るはずとおもいますが、アイクからの伝言でも貰ってきましたか?」

 

 

普通に考えればウェスコットからの伝言はエレンの携帯に掛かってくるし、鷹禾を経由させるのも非効率極まりないのであり得ないのだが、それを冷静に考えれないほど今のエレンは……まぁ、グチャグチャになっている感じだったのだ。

 

 

 

『あっ!そうでした!このお人形さんの持ち主を探したくて。エレンさんも手伝ってくれたら…なぁ、なんて……』

 

鞄から何かを取り出すとそれを机の上に置いた。

 

 

 

「………」

 

 

 

『あ、えっと…その……どう、ですかね?』

 

 

 

「…………」

 

 

 

『……え、えと?』

 

 

 

間が経つほどに鷹禾の顔は緊張か、気まずさか、それらによって歪んでいったがエレンがポツリと唇を開く。

 

 

 

「それは…どこで?」

 

 

『ぇ…?』

その質問が予想外だったのだろう、眉をひそめている。

 

 

『あ、えと……駅前の商店街の路地で────』

 

 

「……」

それを聞いた上でエレンはふうと息を吐いた。

 

 

 

そうして、そのパペットの姿を見やる。間違いない、このパペットは精霊・〈ハーミット〉が左手に装着しているモノである。

 

 

 

鞄から小型の機器を取り出し、確認をする。それを見て、エレンは笑みを作った。

 

 

 

『あの…どうかしたんですか?』

 

 

「いえ、やることが出来ました。アイクに話をしに行きます…鷹禾も付いてきてください。」

スクっと立ち上がると何かを考えたままエレンは店を出ていった。

 

 

 

『え、えぇ…何がどういう……。ていうか、ケーキはもう良いんですか…』

混乱しながらも会計を代わりにして、エレンと同じく店を出てついていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天宮駐屯地敷地内の一角。南関東圏全域の霊波情報を統括する観測室で。

 

「……っ、まさか」 AST隊長日下部燎子は、眉根を寄せてうめくような声を上げた。

 

 

「間違いないの? これは」 コンソールを操作している男──蘆村二曹に視線を向けると、頬に汗あせを滲ませながら首を縦に振ってきた。

 

「残念ながら。ここの観測機の精度は、国内でも最高クラスです」

 

「……そうよね」 画面上に表示された数値を改めて視線でなぞり、自分の認識が間違っていないことを確認してから、困惑をため息に変換して放逐するように肺を絞る。

 

 画面上には、とある人物のスキャニングデータが表示されている。 否──人物、というには少々語弊があるかもしれない。 何しろその数値は、対象が、世界を殺す災厄であることを示していたのだから。

 

 

 「……高校に、精霊が転入? 笑えないジョークだわ」 そう。今日の朝九時頃、折紙から基地に通信が入ったのである。 自分のクラスに精霊を名乗る少女が転入してきたため、確認を求む──と。

 

 半信半疑ながらも件くだんの少女のスキャニングを行ったのだが── 燎子は額を拭った。服の袖が濡れる。空調は完璧ぺのはずなのに、肌が妙に湿っていた。

 

 だが無理もあるまい。高校に転入するということは、戸籍や住民票はもちろん、他ほかにも様々な書類が必要になるということである。

 

 指先一つで街を壊す力を有する危険生物が、こちらの観測をすり抜けて現界したうえ、人間の社会構造を理解・応用するまでの知識を持っているというのである。戦慄するなという方が無理な話だった。

 

 「隊長? どうかしやがりましたか?」 と、そこで背後から、そんな奇妙な敬語が聞こえてくる。

 

 そんな言葉遣いをする隊員は一人しか心当たりがない。ちらと後方に目をやると、そこには予想通り真那が立っていた。「……ん?」 真那は画面に目をやると、忌々しげに眉をひそめた。

 

 

 「──これは……なるほど、やはり出やがりましたか、〈ナイトメア〉」

 

 

 

 「〈ナイトメア〉……?」 怪訝そうに問う。すると真那が眉根を寄せ、忌々しげに息を吐いた。

 

 「識別名〈ナイトメア〉。──私が追っている、最悪の精霊です。」

 

 

 

 「最悪の……精霊」 燎子が物々しい言葉におののくように言うと、真那は「ええ」と首肯した。

 

 

 「現在までで一万人以上の死者を出しやがっている精霊です。判明してねー被者も含めれば、その数はさらに膨れ上がるでしょう」

 

 

 「い、一万人……!? あ、あり得ないわ。避難指示が出ていなかったの? それとも、そこまで規模の大きな空間震が──」

 

 

 「ちげーます」 燎子の言葉を遮るように、真那が重苦しい声を発した。

 

「〈ナイトメア〉の起こす空間震の規模は標準程度です。死者もいねーことはねーですが、その数は一〇〇人にも満たねーです」

 

 

「じ、じゃあなんで……」

 

 

「単純な理由ですよ。──直接、その手で殺してやがるんです。一万人以上の人間を」

 

 

「…………っ」 息を詰まらせる。 以前この天宮市に出現していた〈プリンセス〉や〈ハーミット〉は、空間震被害こそ深刻であったもの、自分から人間を襲うことはしなかった。

 

 

 だが──もし容易く大地を割る怪物が、己の意思で人を殺そうとしたなら。

 

 それがどんなに恐しいことかは、AST隊員ならば容易に想像できることだった。

 

 

「しかし、珍しいですね」

モニターを注視しながら真那がポツリと言葉を零す。

 

 

「なにがよ」

 

 

「私ぐらいに慣れていると分かりますが、〈ナイトメア〉が自身の霊力に偽装を施してやがります」

 

 

 

「ぎ、偽装…?」

気になる単語に眉をひそめながら質問したのだが、真那は思考に耽ることに夢中になり。誰かにバレないため…?いやでも、私には簡単に分かる程度の偽装…しかし、精霊であることは隠す気がない…。

 

と、ブツブツと考えに浸ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──さ、そろそろ準備をしましょうか」

 

「え?」

 

 そして真那が軽く伸びをしながら言ったのに、燎子は素っ頓狂な声を上げた。

 

 

 「精霊が現れやがったんです。ならぶっ殺す以外にすることはねーです」

 

 

 「そりゃあそう……だけど、市民はみんな避難してないのよ? そんな中で一体──」

 

 

 「心配ご無用。私に任せやがってください。──アレの処理は、私の専門ですから」

 

 

 「あ、ちょ、ちょっと!」 すたすたと去っていこうとする真那の腕うでを、がっしと掴む。

 

 「? どうしやがりました。早いに越こしたことはねーでしょう」

 

 

「……ッ、まず説明しなさい。隊長は私よ。勝手な行動は許さないわ」

 

 

「…………」 真那はしばし思案を巡せるように黙だまったあと、小さく手を上げてきた。

 

 

「了解、従います」 しかし、すぐに燎子を値ね踏ぶみするような視線を向けてくる。

 

 「でも、くれぐれも忘れねーでください。私は『会社』からの出向です。その気になれば陸幕長の公認付きで行動を起こすこともできますので」

 

「……わかってるわよ」 燎子は面白くなさそうに顔を歪めると、真那の手を放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒板の上に設えられた時計は、もう三時を回っている。

 

 

 士道の視界の中では、見慣れた帰りのホームルームが展開されていた。チャイムとともに教室に入ってきたタマちゃん教諭が教卓に出席簿を開き、連絡事項を伝えている。

 

 

 何の変哲もない光景。だが士道は今、異様な緊張に苛まれていた。 なぜなら……「……!」 狂三が先生の隙をついて士道の方にちらと視線を寄越し、小さく手を振ってくる。

 

 

 「え、と……」 さすがに何も返さずにいるのも失礼かと思い、苦く笑しようしながら手をひらひらさせる。

 

 

『…………』 すると十香と折紙が、何の冗談でもなく、長時間見つめられていたら皮膚炎か何かになってしまいそうな視線を士道に浴びせかけてきた。 

 

「……ど、どうしろってんだよ」 士道が絶望的な心地で息を吐くのとほぼ同時に、タマちゃんがパタンと出席簿を閉じた。

 

 

 

 「連絡事項はこんなところですかね。──あ、それと、最近この近辺で、失踪事件が頻発しているそうです。皆さん、できるだけ複数人で、暗くなる前におうちに帰るようにしてくださいね」

 

 

 「……ん?」 小学生に話しかけるかのようなタマちゃん教諭の言葉に、士道は小さく眉を上げた。

 

 そういえば、朝のニュースでそんなことを言っていた気がする。天宮市という名前が出たため、意識の端に引っかかっていたのだ。 士道はまだしも、琴里には気をつけさせておかねばならないだろう。……まあ、あの妹様の場合、杞憂となる可能性の方が高いだろうけれど。

 

 

 士道がそんな思案を巡らせていると、起立の号令が響いた。それに従って椅子から立ち、礼をする。タマちゃん教諭は「はい、ではさようなら」と言って教室を出て行った。

 

 

 周りから、席を立つガタガタという音と、生徒たちの談笑が聞こえてくる。

 

 

 下校時刻。だが──士道にはまだ仕事が残っているのだった。 士道はポケットから小さなインカムを取り出し、右耳に装着した。

 

 

 すぐに、鼓膜を甲高い声が震わせる。『──時間ね。用意はいい? 士道』 幼い、しかし高圧的な声音。士道の妹・五河琴里の司令官モードである。 こちらからは見えないが、艦橋では〈ラタトスク〉の精鋭たちが、精霊攻略の準備を万全に整えているだろう。

 

 

 『まさか、本当に精霊だなんてね。──正直、士道の妄言かと思っていたわ』

 

 

「……おい」 鼻で笑うかのような琴里の言葉に、半眼を作る。 だがそれも無理のない話なのかもしれない。

 

 

実際、士道も半信半疑だったのだ。精霊が、転校生として現れるだなんて。 琴里に依頼した狂三の観測の結果は、昼休みに士道の携帯電話に届けられた。

 

 

 結論から言うと──狂三は、本当に精霊だったのである。『──まあ、でも好都合よ。向こうからお誘いかけてくれるなんてね。警報が鳴ってない以上、ASTもちょっかい出せないでしょうし、願ったり叶ったりじゃない。今のうちに好感度上げて、デレさせちゃいなさい』

 

 

 「……ん、そう……だよな」 士道は歯切れ悪く言うと、頬をかいた。 確かに琴里の言うとおりである。だが、あまりに狂三の意図が掴めないためだろうか、士道の胸には、何やらもやもやしたものがわだかまっていたのである。

 

 

 『何よ、その腑抜けた返事は。まだ精霊とキスするのは嫌だっていうの?』

 

 

「……っ、べ、別にそういう……って、や、まったく抵抗がないわけでもないんだが……」

 

 

 『なんでもいいけど、あんまり雑談している暇もなさそうよ』「へ?」 士道が間の抜けた声を発すると同時、その肩がちょんちょん、とつつかれた。

 

 

 「士道さん、士道さん」

 

 

 「うぉ……ッ!?」 突然のことに驚ろき、思わず声を上げてしまう。

 

 

 

「ごめんなさい、驚かせてしまいました?」 そこに立っていた少女──狂三が、申し訳なさそうに言ってくる。

 

 

 「と、時崎……」

 

 

「うふふ、狂三で構いませんわ」

 

「あ、ああ……じゃあ、狂三」 士道が言うと、狂三は嬉しそうに微笑んでから言葉を続けてきた。

 

 

 「学校を案内してくださるのでしょう? よろしくお願いしますわ」

 

「お、おう」 士道は、急に鼓動を速めた心臓を押さえるように、胸に手を当てながら首肯した。 ……作り物のように美しい貌。高貴さ漂よう仕草。優雅な所作。それら全てが士道の感覚器を通って、彼女の存在を強烈に印象づけてくる。

 

 

 眼球と脳が、狂三以外の物質を不純物と断じ、認識の外に置くかのような感覚。良家のお嬢様を通り越して、どこかの王族と言っても疑う者はそういないのでは──「うぉっほん!」

 

 

 「……!」 わざとらしい咳払いで我に返る。見やると、十香が腕組みしながら睨んできていた。

 

 「あ、あのだな……」 よほど露骨に見とれてしまっていたのだろうか。士道は弁明するように声を発した。

 

 

 「さ! 早く参りましょう。ふふ、楽しみですわ」 だが、言葉を終えるより先に、狂三が足取りも軽やかに廊下に歩いていってしまう。

 

 

「あ……お、おいっ!」

 

 

「うふふ、士道さんも早くいらしてくださいまし」

 

 

『──士道、今は狂三よ。あとを追いなさい。十香の精神状態は、まだ危険域に達するほどじゃないわ。帰りがけにきなこパンでも買ってってあげれば収まるレベルよ』

 

 

 と、右耳に琴里の声が聞こえてくる。 右手を一瞥すると、未だ憮然とした様子の十香が目に入ったが……仕方ない。士道は「すまん!」と一言残し、狂三のあとを追って廊下に出て行った。

 

 

「それで、どこから案内してくださいますの?」 教室を出てすぐのところに待ち構えていた狂三が、小さく首を傾げながら言ってくる。

 

 

「あ、ああ……そうだな」 士道が決めあぐねていると、右耳に琴里の声が飛んできた。 天宮市上空一五〇〇〇メートル。 そこには秘匿組織〈ラタトスク〉の有する空中艦〈フラクシナス〉が浮遊していた。

 

 

 不定期に現界し、そのたびに世界を壊していく危険生命体『精霊』。 それをデレさせて無力化するという、何とも滑稽な、しかし困難な任務を帯びた機関員たちは、今まさに作戦行動中であった。〈フラクシナス〉中心部に位置する艦橋には、司令官たる琴里を含ふくめ三〇名の機関員が揃そろっている。皆各々の持ち場に就き、  慣れた手つきでコンソールを操作していた。

 

 「好感度、四五・五。変化していません」

 

「精神状態、オールグリーン、安定しています」

 

 

「霊波一五〇・〇。前時間との誤差マイナス三・四。許容範囲です」

 

「──ふむ、まあとりあえず良好か」〈フラクシナス〉艦橋の中心に位置する艦長席にふんぞり返った琴里は、チェリー味のチュッパチャプスを口の中で転がしながらそう言った。

 

 髪を括ったリボンは黒。肩がけにした軍服は深紅。どう見ても映画に影響された女の子がコスプレをしているとしか思えない格好である。

 

 しかし艦橋という場所にまるで似つかわしくない容貌の少女は、艦橋下部に居並んだ部下たちを睥睨するようにしてから、メインモニタに悠然と目をやった。 巨大なモニタには、件の精霊・時崎狂三の姿がバストアップで映し出されている。

 

 そして画面端には各種パラメータが、下部のウインドウには、〈フラクシナス〉のAIが会話をノーウェイトでテキストに起こしたものが、リアルタイムで表示されていた。

 

 

 そう、まるでギャルゲーの画面のようになっているのである。 と、画面中の狂三が首を傾げると、その可愛かわいらしい唇を小さく動かした。

 

 

 『それで、どこから案内してくださいますの?』

 

『あ、ああ……そうだな』 次いで、スピーカー越しに、士道の声が響いてきた。

 

 

問い質たださなくてもわかる。いきなり行く先を委ねられ、困惑している声だ。琴里はふうと息を吐はきながら通話ボタンを押し、マイクを口に近づけた。

 

 「士道、ちょっと待ちなさい。こちらでも検討してみるわ」 琴里が言った瞬間、メインモニタに新たなウインドウが表示される。

 

 それは、今士道たちがいる来禅高校の見取り図だった。各教室や施設に名称が表示され、士道と狂三のいる場所が赤い点で示されている。ついでに、現在地からの距離や動線を考慮した校内散策コースが数パターン表示された。

 

 

 最初に向かう場所は── 

 

 ①屋上。

 

 ②保健室。

 

 ③食堂・購買部。 

 

 

このいずれかだろう。

 

 

 「──チャンスですね」 その声は、琴里の座った艦長席の後方から響いてきた。

 

 

 ちらと目をやると、長身の青年があごに手を当てながら立っているのがわかる。この〈フラクシナス〉の副司令、神無月恭平である。

 

 「行く先の順番をこちらの判断に委ねてくれたのはありがたいですね。組み合わせ次第では、良いシチュエーションを作ることも可能でしょう」

 

 

「まあ、そうね。──各自、選択! 五秒以内!」 琴里が言うと、すぐさま手元の小型ディスプレイに結果が表示された。

 

 

 選択の内訳を見て、琴里は唇を舐めた。「ふむ、屋上が一番人気か」

 

 

 「そりゃあそうでござりますよ、屋上といったら学校一番の青春スポット! 開放感溢れる空間に最高の景色! ここ以外考えられませんぞ!」 琴里が呟くように言うと、艦橋下段から、〈次元を越える者(ディメンション・ブレイカー)〉中津川が声を上げた。

 

 

 「でも……普通、高校って屋上に上がれませんよね? 危険だからって」 しかし隣に座っていた〈保護観察処分(ディープラヴ)〉箕輪が、あごに手を当てながら言う。

 

 

 「え……ッ、そ、そうなのですか……?」 途端、中津川の声が小さくなる。だが琴里は小さく咳払いをすると声を上げた。「問題ないわ。既に学校には複数名のエージェントを潜り込ませてあるから、士道と狂三が到達する前に鍵を開けることは十分可能よ」

 

 「そ、そうですよねえ! ならやっぱり屋上が──」

 

「ちょっとお待ちください」 今度は右方から、〈早過ぎた倦怠期(バツドマリツジ)〉川越が目を向けてきた。

 

「保健室を捨て置くというのはいかがなものでしょう。合法的に置かれたベッド、視界を遮断するカーテン、校内屈指の興奮スポットではありませんか!」

 

 

「な、何を! 露骨すぎでござりますぞ! 屋上の素敵さの前にはそんなもの……!」

 

 

「ふ……文句はその鼻血を拭ってから言ってもらいましょうか中津川くん」

 

 

「は……っ!」

 

「……そうねえ」 そんな屋上派と保健室派の応酬を聞きながら、琴里は再度手元の画面に目を向けた。

 

 

「そういえば、この③に入ってる一票は誰のものなの?」 琴里が問うと、すぐ近くの席から手が上がった。

 

 

「……私だ」 やたら眠そうな女が、分厚い隈に彩られた目を動かし、視線を一瞬向けてくる。村雨令音。琴里が全幅の信頼を寄せる〈ラタトスク〉一の解析官である。

 

 

 「令音が? 意外ね。理由を訊いていいかしら」

 

「……ああ。といっても大層な理由はないよ。単なる消去法だ」

 

「消去法? 屋上と保健室が駄目だっていうの?」 言うと、令音は首を横に振った。

 

 

「……そうではないんだ。ただ、まだ保健室には養護教諭が常駐している。保健室の持つ破壊力を引き出すには、あと三〇分ほど待った方がいい。……屋上の方も似たような理由さ。どうせなら、夕日が差してからの方が……素敵じゃあないか」

 

 

 令音の言葉を聞き、琴里は唇の端を小さく上げた。「──なるほど、なかなかロマンチストじゃない、令音」

 

 

 そして、マイクを口元に近づける。

「士道、聞こえる? まずは食堂と購買部でも案内してあげなさい」

 

 

 

 

 

「……そうだな、じゃあ食堂と購買でも見ておくか。何かと必要になるだろうし」

 

 

「ええ、構いませんわ」 士道が言うと、狂三は可愛らしい微笑を浮かべながら小さく首肯した。 トン、トン、と上履きの底でステップを踏むようにしながら、士道の横に立つ。

 

 

 「では、参りましょう」

 

 

「お、おう」 やたらと積極的な狂三に少々気圧されながらも、どうにか足を動かした。

 

 

 ここから一階の購買部に向かうとなると、西階段を降りるのが一番だろう。ゆっくりとした歩調で廊下を歩いていく。

 

 と、道中、下校中の生徒たちから、何やら意味深な視線が注がれた。

 

 

 ──わー、何あの子、かわいー。転校生? 隣にいるのって四組の五河君だよね、なんで? ああ、なんか直接案内役を指名されたんだってさ。え、五河って夜刀神さんのダンナじゃなかったん? いや俺は鳶一に囲われてて、将来はヒモになる予定って聞いたぞ。おいおい二股じゃ飽きたらず転校生までってか? うそー、五河君たらお猿さーん!

 

 

 

 ……勝手放題言ってくれる。 頬を痙攣させながら、無遠慮に鼓膜をノックする声をどうにか無視し、先を急ぐ。 と、それらの音声とは別に、右耳に琴里のうなるような声が聞こえてきた。

 

『んん……?』

 

 

「? どうかしたか、琴里」

 

『いえ……あなたたち二人に引っ付くように移動している反応があるのよ。……何者かにつけられてる可能性があるわ』

 

 

「え、ええ……っ?」 突然不穏なことを言われ、声を発してしまう。

 

 

『静かに。……こっちで確認しておくから、今は狂三に集中なさい。──ていうか、女の子と歩いてるっていうのに、なんで無言なのよ。気が利かないわね』

 

 

 

「え? あ……っ」 琴里に言われて、士道は小さくのどを鳴らした。

 

 

 女の子と一緒に歩くという緊張と、周りから注がれる好奇の視線に気を取られすぎて、狂三を放置していたのである。

 

 

 

 「……やべ」 口の中でそう呟き、ちらと狂三の方に視線をやる。 瞬間──士道は心臓がドクンと震えるのを感じた。

 

 

 だがそれも無理からぬことだろう。だって狂三が、髪に隠れていない右目で、士道の方をジッと見つめてきていたのだから。

 

 

 自然、目が合ってしまう。その瞬間、狂三は心底嬉うれしそうにニコッと微笑んだ。まるで士道が自分のことを見てくれるのを待っていたとでも言わんばかりに。

 

 「く、狂三。歩くときは前見てた方がいいぞ……!?」 士道が上わ擦った声でそう言うと、狂三は「まあ!」と目を見開いた。

 

 

 「気をつけますわ。わたくしを気遣ってくださるだなんて、士道さんは優やさしいですわね」

 

「い、いや……そんなこと!」

 

 

「ご謙遜なさらないでくださいまし。士道さんの横顔に見とれてしまっていたわたくしが悪いのですわ」

 

「み、見と……ッ!?」 士道は頬を真っ赤に染めて顔をペタペタと触った。──こ、こここの少女は今なんと言った? 見とれて? いやいや、あり得ない。この平々凡々な造作の顔面に注視すべき点などないことは、士道が一番よく知っている。

 

 

『あなたが口説かれてどうするのよ、士道』 そこで琴里のため息混じりの声が聞こえてきて、士道はハッと肩かたを震わせた。

 

 

「わ、悪い……」

 

『……しかしまあ、今までにないタイプの精霊であることは確かね。人間社会に溶け込んでるのはもちろん──向こうからこんなアプローチをかけてくるなんて』

 

 

 琴里が「ふぅむ」と考え込むようにのどを鳴らす。

 

『興味深い存在だからいろいろと情報を探りたいところね。……まあ、好感度上げつつ質問も織り交ぜていこうかしら。──と、ちょうどいいところで選択肢がきたわね。ちょっと待ちなさい』

 

 

〈フラクシナス〉艦橋のメインモニタに、再び選択肢ウインドウが表示される。

 

 

 ①「朝言ってた精霊って、一体何なんだ?」

 

 

 ②「狂三は、前はどこの学校にいたんだ?」

 

 

 ③「狂三は今、どんなパンツを穿いてるんだ?」

 

 

「総員、選択!」 琴里が叫さけぶと、艦橋下段のクルーたちが一斉に手元のキーを押した。

 

 すぐに結果が、琴里の専用ディスプレイに表示される。「やっぱり、①かしらね」 集計結果と自分の選択を合わせ、琴里はあごに手を当てた。「妥当かと。狂三は、士道くんが精霊を知っていることは知らないはず。一度揺さぶりをかけてみるのもよいでしょう」

 

 

 後方から、神無月がそう言ってくる。「そうね。──ちなみに神無月。あなたはどれに入れたの」

 

「③ですが」

 

「一応理由を訊こうかしら」 身体を軽く後方に向け、問う。

 

 

「黒タイツ越しのパンツは人類の至宝。些かの疑問を抱く余地もありません」 琴里はパチンと指を鳴らした。瞬間、艦橋に筋骨隆々の巨漢が二人入ってきて、神無月の両腕をがっしとホールドした。

 

「連れて行きなさい」

 

 

『はっ』 二人は同時に言うと、神無月をざりざりと引きずっていく。「し、司令! お慈悲を! お慈悲をぉぉッ!」 ぷしゅー、という音をさせて、扉が閉まる。

 

 

 静かになった艦橋で、琴里はため息混じりに口を開いた。「……『狂三は今、どんなパンツを穿いてるんだ?』……ねえ。何なのこの選択肢」

 

「ま、まあ……下ネタで場が和むこともなくはないですから」 艦橋下段のクルーが、苦笑しながら言ってくる。 と、そこで琴里はぴくりと眉を揺らした。「あ」 先ほど姿勢を変えた際に、肘でマイクのスイッチを押してしまっていたのである。

 

 

 つまり、今の言葉は士道の耳に入っていたわけで──『な、なあ……狂三は今、どんなパンツを穿いてるんだ?』

 

 

 画面の中で、それを指示と勘違いした士道が、馬鹿正直にその言葉を復唱していた。

 

 

 「ぱんつ……ですの?」

 

 

「……ッ!!」 狂三がキョトンと訊き返してくるのを見て、ようやく士道は自分がとんでもない台詞を発してしまったことを自覚した。「あ、いや、今のは──」 あたふたと手を動かしながら、抗議するようにインカムを小突く。

 

 

『馬鹿、今のは指示じゃないわ! 本当は①よ。「朝言ってた精霊って、一体何なんだ?」』

 

 

「は……はあ……っ?」

 

『とにかく誤魔化しなさい! 今のは冗談ってことにして、本当の質問に繋げるの!』

 

 

「お、おう……!」 士道は小さくうなずき、狂三に向き直った。「あ、あのだな、狂三」

 

 

 しかし狂三の表情と仕草を見て、言葉を止められる。 狂三は上目遣いで士道を見ながら、プリーツスカートの裾をきゅっと摘んでいた。

 

 

「……気に、なりますの?」

 

 

「えッ!? あ、そ、そりゃあ……じゃなくて、ええと──」

 

 

 そりゃ気にならないわけはないのだが、そんなことを口に出すわけにもいかない。 だが士道がしどろもどろになっていると、狂三はキョロキョロと辺りを見回し、身体をさっと、近くにあった掃そう除じ用具入れの陰かげに隠した。

 

 

 「く、狂三……?」 狂三の行動の意味がわからず、眉をひそめる。 すると狂三は恥はずかしそうに頬を染めると、小さく唇を開いてきた。

 

 

「いい……ですわよ、士道さんなら」 そう言ってスカートの裾を摘んだ手を、徐々に上に上げていった。

 

 

「え……ええ……ッ!?」 まったく予想していなかった展開に、目を見開く。

 

 

 しかしそうこうしているうちにも、狂三はするするとスカートを捲まくり上げていった。黒いタイツに覆われた脚が段々と露わになり──禁断のデルタゾーンが微かに顔を出す。左右に引っ張られて薄くなった黒い生地越しに、一瞬白い下着が見えた。

 

「──ッ!!」 士道は咄嗟に目を瞑ると、狂三のスカートの裾を掴んで下に引っ張った。

 

 

 「あら、あら」 狂三が不思議そうに言ってくる。

 

 

 「どうしましたの? 士道さんになら……構いませんわよ?」

 

 

 

 「や、いいから! な! 先進もう!」

 

 

 「うふふ、照れ屋さんですのね。──ああ、でも、先に進むのなら、スカートを放してくださいませんこと?」

 

 

「……っ!」 言われて、士道はハッと目を開いた。……傍はたから見たなら今の士道は、女の子を物陰に連れ込んでスカートを捲っている超絶変質者にしか見えなかった。

 

 

「す、すすすすすまん……っ!」 慌てて手を離す。狂三はさして気にするふうもなくくすくすと笑った。

 

 

『士道、慌ててないで体勢を立て直しなさい』 と、琴里から指示が飛ぶ。士道はわざとらしく咳払いをすると、もとの道に戻りながら、今度はちゃんと先ほど与えられた指示通りに質問をした。

 

 

「あ、あのさ、狂三」

 

 

「ええ、なんですの?」「朝、『私は精霊だ』って言ってたじゃないか。精霊って一体、何のことなんだ?」

 

 

 士道が問うと、狂三は一瞬キョトンとし──すぐに、ふふっ、と微笑んでみせた。

 

 

「──うふふ、とぼけなくてもいいんですのよ、士道さん。あなたはちゃんと知っているのでしょう? 精霊の、ことを」

 

 

「…………っ」 狂三の言葉に、士道は息を詰まらせた。

 

 

『……何なの、この女は』 琴里も同じように、訝しげな声を響かせてくる。

 

 

『士道が精霊の存在を知っていることを確信している……? 一体どういうことよ』

 

 

 それが士道に対する問いかけでないことはすぐに知れた。琴里の疑問を代弁するように口を動かす。

 

 

「な、なんで俺のこと、知ってるんだ……?」

 

 

「ふふっ、それは──秘密ですわ」

 

 

「え……?」

 

「でも、わたくしは士道さんに会うために、この学校に来ましたの。士道さんのことを知ってから、ずっと焦がれていましたわ。士道さんのことを考えない日はないくらいに。だから──今は、すごく幸せですわ」

 

 

 なんて言って、狂三が頬を桜色に染めてくる。

 

「…………ッ!!」 士道は、顔が熱くなるのを感じた。自分からは見えないけれど、もしかしたら耳から煙くらい噴いているかもしれない。

 

 なんだ。なんだこれ。媚びるとか、愛されガールとか、そういう次元じゃなく、なんかもう狂三という存在が愛おしくてたまらなくなるような、そんな感覚が士道を支配する。中学生のころ、ガラス戸に置いてあった父のウイスキーを舐めたときのような、とろんとした酩酊感。少し気を抜いたらその場にくずおれてしまいそうですらあった。

 

 

 『だから、それじゃあ立場が逆でしょうが!』

 

 

「は……っ」 琴里の声で我に返る。

 

 

「さ……っ、先急ごうか!」

 

 士道は大きく深呼吸しながら、できるだけ狂三の目を見ないように足を動かした。 なぜだろうか……あれ以上目を合わせていたら、もうその場から動けない気がしたのだ。

 

『……ち、まあ簡単には口を割らないか。仕方ないわ、攻略を続けましょう。──にしても情けないわね。完全に主導権握られちゃってるじゃない』

 

「う、うるせ……」

 

『ま……やられっぱなしってのも癪ね。ちょっと揺さぶりかけてみましょうか』

 

 琴里が言葉を発すると同時、艦かん橋きようメインモニタに選択肢しが表示される。

 

 

 ①「狂三って、綺麗な髪してるな」さりげなく頭を撫でる。

 

 ②「おっと、危ない」躓いた振りをしてもたれかかる。

 

 ③「ほら、こっちだよ」自然に手を握る。

 

 

 ふむ、と琴里はくわえていたチュッパチャプスの棒を立てた。 選択肢は全て、不意にスキンシップを図るものである。少し冒険ではあるが……精神状態の安定ぶりから、AIが可能であるとの試算を出したのだろう。確かに距離を縮めるのに有効な手段ではある。

 

 

「──総員、選択!」 言ってすぐに手元の画面に表示された集計結果を見て、琴里はふむとうなった。

 

「③……か。まあ無難なところね」

 

「そうですね。①は少々馴れ馴れしすぎますし、②は白々しい」 と、いつの間にか琴里の後方に戻ってきていた神無月が言ってくる。 さらさらの金髪は乱れ、胸元ははだけていた。ついでにズボンは穿いておらず、下半身はキャラクターのプリントされたトランクス一枚になっている。

 

 

 

「あら、よく逃げきれたわね神無月」

 

「危ないところでした。彼らは一体」

 

「いざというときのための備えよ」

 

「なぜか私のパンツを脱がそうとしてきたのですが」

 

「気のせいよ」

 

「なんだ、気のせいですか」

 

 

 神無月は「ははは」と笑うと、キリッと真面目な顔に戻った。

 

「しかし……スキンシップを図るのであれば、もう一つ手段があるのでは」

 

「言ってみなさい」

 

「は。まず士道君がおもむろに廊下に仰向けになるのです」

 

「それで?」

 

「するとアングル的に、精霊の黒タイツ越しパンツが拝めるのです」

 

「まだ言うか」 琴里が再び指を鳴らそうとすると、神無月が慌てて制止してきた。

 

「ま、まだ続きがあるのです。精霊は下着を見られたことを恥ずかしがるでしょう」

 

「ふむ」

 

「となれば無論、廊下に転がった士道君を踏みつけにかかるはずです! そうなれば主従の関係が深まるのは自明の──」

 

 琴里が指を鳴らすと、再び艦橋に巨漢が二人入ってきて、神無月を引きずっていった。

 

「な、なぜですか、司令ぇぇぇぇぇぇッ!」 神無月の叫びは無視して、マイクを引き寄せる。

 

 「士道、③よ。手を握ってみなさい」

 

「……了解」 士道は琴里の指示に、小さくうなずいた。……その指示が飛ぶ少し前に、断末魔のような叫びが聞こえたが、なぜだろうか、気にしてはいけない気がした。

 

 「…………」 士道はごくりと唾液を飲み込むと、前方の道を見やった。丁字路。あそこを左に曲がればすぐ西階段である。 なんともおあつらえ向きだった。あそこで、まっすぐ進もうとしていた狂三の手を取り、「ああ、こっちこっち」と道を示す。

 

 

 そんな動作を脳内で何度もシミュレートする。 だが──「ぃ……ッ!?」 士道は驚愕に目を見開いた。いよいよ丁字路にさしかかろうとしたところで、不意に狂三が士道の右手を握ってきたのである。『なんですって──?』 琴里も、予想外といった様子で声を上げる。 だが士道の狼狽は琴里の比ではなかった。右手の平に、細くて柔やわらかくて少しひんやりとした指が絡みつき、きゅっと力を込こめてきている。儚なげで健気な圧力。もう油断をしたらその瞬間に鼻血くらいは噴いてしまいそうだった。

 

 

 「く、狂三……?」 CGがなかった頃ころの映画に出てくるロボットのような挙動で首をガリガリと動かし、どうにかその言葉を絞しぼり出す。

 

 

 「ど、どどどどどどどうかしたのか……?」 見やると、士道の手を握った狂三は、少し恥ずかしそうに目を伏ふせ、顔を背けていた。

 

 

 「やっぱり……ご迷惑でして?」

 

 

「……ッ!! そ、そんなことは……ない、けど……」

 

 士道がそう言うと、狂三はホッと息を吐くように肩に入っていた力を抜いた。

 

「やっぱり士道さんは、優しいお方」

 

 言って、照れくさそうに微笑ほほえんでくる。

 

 

「っ、い、いや……」 ──なんかもう、どこを見ればいいのかわからない。目が泳ぐ。意識が混濁する。ヤバい。ヤバいよ狂三。ちょー可愛い。狂三可愛いよ狂三。狂三ちゃんマジ天使。そんな思考ともいえない思考が、脳内を蹂躙する。

 

 

 「──ねぇ、士道さん」 狂三が、その小さな唇を蠢めかせる。

 

 

「な……ん、だ?」

 

「わたくし、士道さんにお願いがありますの。……聞いてくださいまして?」

 

 不思議な感覚。狂三のお願いになら、無条件で首を縦に振ってしまいそうだった。

 

「あ、あ──」 だが、その瞬間。

 

「ぬわ……っ!」

 

「……っ」 そんな叫び声とともに、後方からドンガラガッシャンという音が響いてきて、士道はビクッと身体を揺らした。

 

 どうやら廊下に設えられていた掃除用具入れが倒れてしまったらしい。そこら中に箒やらちり取りやらが散乱している。

 

 そして──その中に、犯人と思しき生徒が二人、重なり合うようにして倒れ込んでいた。

 

 「と、十香……折紙!?」 士道は声を上げた。そう、そこにいたのは紛れもなく十香と折紙だったのである。

 

 「あらあら? お二人して何をなさっておられますの?」狂三が、士道の手を掴んだまま不思議そうに首を傾げる。

 

 

 その様子を見てか、十香と折紙がバッと立ち上がった。

 

「そ、それはあれだ! シドーが狂三に学校案内をするというから、その……あれしたのだが、そのあれは聞いていないぞ!」

 

「──時崎狂三。学校案内で手を握る必要はないはず。今すぐ離すべき」

 

 

「! そう、それだ!」 十香が、珍しく折紙の言うことに同意するように大仰に首肯する。

 

 

 

「あ……」 言われて、士道はまだ手を繋いでいることに気づいた。慌てて離そうとする──が、そのタイミングに合わせて狂三が指に力を入れてきたため、手を解くことができなかった。

 

 狂三は士道を一瞥してから二人に目を向けると、芝居がかったしなを作る。「実はわたくし、ひどい貧血持ちですの。そこで優しい士道さんが、わたくしの手を取ってくださったのですわ。士道さんを責めないであげてくださいまし」

 

 

 十香と折紙は、言葉を一通り聞いてから士道に目を向けてきた。「本当か?」と問うような視線で。

 

 

「え、ええと……その、まあ、うん……」 なぜだろうか、ここは誤魔化さねばならない気がして、士道は曖昧に返事をした。

 

 

 すると次の瞬間、不意に折紙がその場に膝を突いた。「っ! 折紙!? どうしたんだ?」 突然のことに士道が驚ろくと、折紙はくっと顔を上げて唇を開いた。

 

 

 「貧血」

 

 

「…………」 士道は、頬ほおをぴくりと動かした。自然、額を汗が伝う。

 

 

 「一人では歩けない」

 

 

「…………」

 

 

「優しい人」

 

 

「……お、おう」 士道は異様なプレッシャーに気圧されながらも、空いている左手を差し出した。

 

 すると、折紙が貧血らしからぬ速度でその手を取り、士道の隣にぴったりと寄り添った。

 

 「なんだ二人とも。情けないな!」 十香はそんな狂三と折紙を見てふふんと腕組みし──「……はっ!」 士道の両手を見直してから、ハッとした顔を作った。

 

 「し、シドー! 私もヒンケツなのだ!」

 

「そうなのか……?」

 

「う、うむ、実はあまりお尻の肉付きがよくないのだ!」

 

「いや貧血ってそういう意味じゃ……」 士道が苦笑すると、十香は困ったようにあわあわと両手を蠢かせた。

 

 

「と、とにかく、私もなのだ!」 言って、手を取ろうとする。──が、そこには既に狂三と折紙がいた。

 

 

「ぐぬぬ……」 十香は今にも泣いてしまいそうな顔を作ると、士道の真ん前に立ち、まるで飛びかかってくるかのように腰を低く落とした。

 

 

「お、おい、まさか──」 と、その瞬間、どこからともなく携帯電話のバイブ音が鳴り響いた。

 

 

 「──もしもし」 と、折紙がポケットから携帯電話を取り出し、話し始める。 電話口に向かって淡々と相を打ったのち、なぜか狂三に鋭い視線を送った。

 

 

 「……了解」 そして、静かに電話を切る。

 

 

「急用ができた」 折紙はそう言うと、名残惜しそうに士道の手をきゅっと強く握ったあと、手を離した。

 

 

 その瞬間、十香がそこに滑り込み、士道の手にしがみつく。「…………」 折紙はそんな十香を一瞥したあと、もう一度狂三に刺さすような眼光を向け、歩き去っていった。

 

 

 去り際、士道の耳元に「時崎狂三に気をつけて」という言葉を残して。

 

 

「な、なんだぁ……?」

 

 

「士道さん? 参りませんの?」

 

「え? あ、ああ……」

 

 

 狂三に促がされて、士道は両腕を拘束されたまま歩いていった。 ……周囲から注がれる視線が一層濃厚なものになったことは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜★〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『エレンさーん、遅いですよ〜…』

 

 

 

 

「………はぁ……はぁ……」

 

 

 

とある会社の中での会話。最強の魔術師ことエレン・メイザースは一つの物事に全神経、全運動能力を使っていた。

 

 

 

エレベーターの故障───

 

 

あれが無ければこんな事にはなっていない。

 

 

一段一段踏みしめて…軋む足を必死で上げる。

 

 

 

 

 

 

『………あの、まだ三階ですよ…?』

 

 

先ほどからエレンが進む事に一段足を上げていく少年が慈しむような目で声を上げる。

 

 

 

「三……階?」

絞り上げるようにして声を出す。

 

 

あり得ない、私の予想ではもう十階は越えたはずだ。

 

 

 

 

 

『あの……おんぶでも…しましょうか?』

気まずげにそんな提案をしてくる鷹禾。

 

 

 

「いりませんよ!!」

思わず大声を出してしまう。

 

 

 

しかし、そもそもこの会話そのものが非効率極まりない。

 

それを理解したエレンは返答を辞め、足を上げて、前に出す動作に集中を続けた。

 

 

 

 

 

 

『…………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よいしょっ………』

 

 

 

 

 

 

「ぱぴぷぇッ!!??!!??」

思わず変な声を上げてしまう。

 

 

 

 

それもそのはず、集中していたため気が付かなかったが、いつの間にかエレンの隣にまで降りてきた鷹禾がエレンの膝裏と首元に腕を回し、持ち上げる───言うなれば、お姫様抱っこをしてきたのだ

 

 

 

 

「な、ななななななな…なにをしているのですかッ!!」

狼狽に染まりきり、顔を真っ赤にしながら慌てた声でまともに言葉も紡げないまま鷹禾に言う。

 

 

 

 

『何…って、エレンさんが明らかに疲れてるから運ぶんですよ。』

 

 

 

 

「…よ………は、早く…下ろしてください!!」

鷹禾の目を直視しないよう、目線を背けながら鷹禾の肩を押す。

 

 

 

 

『あー…分かりましたから、すぐに運びますから待っててください』

 

 

 

「そういうことではありませんよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、結局エレンの抵抗も虚しくなるだけなので最後まで運んでもらってしまっていた。

 

 

 

「……」

 

 

 

『………』

エレンは降ろしてもらう時も顔を背けていた。というよりも、どうせ彼の表情は見なくてもわかる。やましい気持ちも何もなくただ〝私の役に立てたこと〟に、ニコニコしてるんだろう。

 

 

 

 

『それで、ウェストコットさんにお話があるってなんなんですか?』

 

 

 

 

「……そうですね、さっきの人形。アイクとの話に使うかもしれないので出しておいてください。」

コホンと、咳払いをするとその質問に言葉を返した。

 

 

 

 

コンコン───と、その部屋のドアにノックをする。

 

 

 

 

「入りたまえ」

一拍をおいた後、部屋の中からは至極落ち着いた男の声が聞こえた。

 

 

 

 

「おや、誰かと思えばエレンとオウカだったか。」

ウェストコットは手にした書類を机に置き、来訪者の顔を確認すると妙に嬉しそうな顔をした。

 

 

 

「失礼します、アイク……精霊絡みの事で、お話があります」

 

エレンが端的に内容を伝えるとウェストコットは椅子から立ち上がり、設えられたソファに腰を下ろした。

 

 

 

「君たちも座りたまえ。大方話は読めているがね……」

 

 

 

『あの、結局なんのお話なんですか?』

エレンの隣に座った鷹禾がコソッと耳元に囁いた。

 

 

「先程の人形を───」

 

 

 

『え…?あ、はい…』

有無を言わさぬ気迫に鷹禾は困惑しながらもウェストコットの前にその人形を置いた。

 

 

 

 

「これは……」

それを見たウェストコットは驚いたような、しかし…笑みを作った。まるで、新しい玩具を手に入れた子供のように。

 

 

 

 

「アイク。これが何かは言わなくても分かりますね?」

 

 

 

「ああ、〈ハーミット〉が付けているものだね。」

 

 

 

『〈ハーミット〉? 』

鷹禾は…聞いたことあるような、無いような単語に首を傾げたが、エレンは構わず続けた。

 

 

 

「〈ハーミット〉はこの人形を負の感情の抑えとして使っています。もしこれを目の前で壊されでもしたら、……もしかしたら〝反転〟するかもしれません」

 

 

 

「ほう…?」

エレンからの説明にウェスコットはしばし考えるように顎に指を当てた。

 

 

 

「ふむ、成功の確率は高くはないだろうが……やってみる価値はあるかもしれないね」

 

 

 

「では、策を────」

 

 

と、その時。

 

 

『ちょ…っ、ちょっと待って下さいよ。エレンさんとウェスコットさんは何のお話をしてるんですか?』

 

エレンの言葉を遮るように鷹禾が声を出した。

 

 

 

「……鷹禾、今はとても大事な話をしているのです。貴方は部屋の外にでも出て行ってください」

 

 

 

 

『えぇ…、さっき僕も参加して良いって…』

 

 

 

「詳しい話はきちんとしますが、いちいち話の腰を折られては面倒くさいです。聞きたいのなら黙っておいて下さい」

 

 

 

 

『は…、はい…』

 

 

 

「まぁまぁ、エレン。そんなに怒らなくても良いじゃないか、時間が限られているわけでもない。オウカにもゆっくり説明してやってくれ」

 

 

鷹禾がしょぼんとしていると、見かねたウェスコットがエレンを少しだけ窘めた。

 

 

 

「…はぁ……。分かりました。」

 

 

 

『はいっ!ありがとうございます!』

エレンが納得を示すと、鷹禾は満面の笑みになった。

 

 

 

 

「では、まず…〈ハーミット〉という精霊についてです。」その変わりように呆れながらもエレンは続けた。

 

 

 

『はいはい……』

 

 

 

「〈ハーミット〉は精霊の中では比較的被害規模の少ない精霊です。滅多に反撃・攻撃を行いません、しかし…観測機器によればあの少女は二重人格のようなもので、生み出した別人格に負荷を肩代わりのようなことをすることで負の感情を抑えているのです。」

 

 

 

『ふんふん……』

 

 

 

「しかし、別人格の切っ掛け(トリガー)となるのはその人形を装着している時。」

 

 

 

『なるほど…?』

 

 

 

「つまり、今の〈ハーミット〉には負荷を軽減させる方法がない。だからこそ、今既存の精霊の中で反転体に限りなく成りやすいと判断したんです。分かりましたか?」

 

 

 

「う〜ん……よく分かんないですけど。反転体ってなんですか?」

 

 

 

「………」

先ほどまでの相槌で何かを察していたエレンだったが思わずため息を吐いた。

 

 

 

「簡単言えば、世界に絶望をした精霊……というわけだ」

そこで、ウェスコットが口を開いた。

 

 

 

『絶望……』

その言葉を聞いた鷹禾は頭をぶんぶんと振ると、エレンに問いつめた。

 

 

 

『もしかして、このお人形壊すんですか!?』

 

 

 

「策によっては、そうなる可能性もあります」

 

 

 

『駄目ですよ!これは、僕が持ち主に返すって決めてるんです!』エレンの気迫にも負けずに鷹禾が否定する。

 

 

 

「……それが、アイクの意志でも…ですか?」

 

 

 

『そ、れは…』

 

その言葉を言われると、鷹禾はたじろぎながら言葉を詰まらせた。

 

 

 

 

『だ…っ、だとしてもッ!その人形は僕が見つけたんです!だから、僕が持ち主に────』

 

 

 

「煩いですね…そもそも、貴方は節度というものが────」

 

 

 

 

 

 

「良いじゃないか」

両者の争いにも動じずに、ウェスコットはいつも通り落ち着いた声音でそう言った。

 

 

 

 

「…っ?」

 

 

 

「……オウカが先に見つけたのなら、私はとやかく言うつもりは無いよ。それは、傲慢だろう?」

そして、ウェスコットはソファから立ち上がると、鷹禾の元まで歩き、…頭を撫でた。

 

 

『……あの…、ごめんなさい…』

 

 

「君が謝ることでもない。君の言い分はもっともだからね…」

そう言うと、ウェスコットは鷹禾に「人形を届けて上げてくれ」と伝え、鷹禾に人形を手渡した。

 

 

 

 

 

『ありがとうございます!!』

ウェスコットとエレンに鷹禾は一礼すると、小走りで部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───わざと、…ですか?」

 

取り残された二人、その中でエレンはウェスコットのそんな質問した。

 

 

 

 

「まあそうだね。マナを助け出した事……その功績をみれば、この程度の意見なんて見過ごすさ。それに、…彼が君に反抗するなんて久しぶりだろう?」

 

目を細めながら微笑を浮かべ、ウェスコットはそういった。

 

 

 

「……それに、恐らく〈ハーミット〉は君の案では上手く行っても反転しない。」

 

 

 

「な…っ、何故ですか!?」

 

 

 

 

「これは勘だよ。そんな気がするのさ」

 

 

 

「…………」

エレンはウェスコットの言葉に反論をしたかったが、それを溜息に変換し、抑えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エレン、オウカの異常性……気が付いたかい?」

 

 

 

 

「……?」

ふと、そんな質問をされてエレンは首を傾げた。

 

 

 

 

 

「彼が、何故…見ず知らずの人間──いや、精霊の為に私たちに反抗したか……分かるかい?」

 

 

 

 

「優しいから…ですか?」

 

 

 

 

「それも含まれるが、大本は違う。」

 

 

 

「……?」

今度こそ訳がわからなくなりエレンは眉をひそめた。

 

 

 

 

「彼は……人との信頼に行動や時間が関係しないんだよ。」

 

 

 

「……どういう…事ですか?」

 

 

 

「君は、出会ったばかりの人間と家族。どちらを信じる?」

 

 

 

「そんなもの…、家族に決まって────」

 

 

 

「普通はそうだろう。が、オウカにはこれが適用されない。彼は…そこでどちらを選ぶか迷うんだよ」

 

 

 

「………」

その言葉にエレンは眉を上げた……、何を言いたいのか分からないもどかしさに少々苛立ちが来ているのだろう。

 

 

 

「そうだね、簡単に言おうか。彼は…〝最初から何も信じていない〟」

 

 

 

「…は?」

衝撃的にすぎる発言にエレンは珍しく狼狽の声を漏らした。

 

 

 

 

 

「オウカは何も疑わない優しい人間なのではなく、最初から何も信頼していないんだよ。……最初から他者に全幅の信頼を置くということは、即ち…『信頼をする事を最初から考えていない』と同義、オウカは一言で表すなら人間不信という奴なのかも知れないね」

 

ウェスコットは淡々と、微笑を絶やさずにその説明を続けた。

 

 

 

 

「…………」

その説明にエレンは呆然と無言になった…。

 

 

 

 

 

 

 

「と、まぁ…話が長くなったね。結論として言いたいのは…彼をあのタイミングで止めようとしても、その人間不信───全ての他者への変わらぬ信頼が邪魔をして無駄だった。それをいいたかったんだよ」

 

 

 

 

 

やっと結論を言い終えたウェスコットにエレンは複雑な視線を向けながらも……思考に耽るようにその部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜★〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……むぅ…。エレンさんと協力して探したかったのに、結局僕一人だ…」口を窄めながらも人形の落ちていた場所に戻って来ていた。

 

 

 

 

「…あ、わ……ど…こ…」

 

 

 

 

 

『……?』

その路地裏から大通りに出たばかりの場所で一人の女の子が周り───いや、地面を注視してあたふたしていた。

 

 

 

 

目元を覆い隠すかのように白の麦わら帽子を目深に被って、蒼玉(サファイア)のような目はぐるぐると回り、明らかに何かを探している。

 

 

 

 

 

僕が見つけたのは午後三時ほど、今が四時ぐらいだから、十分この人が人形の落とし主の可能性はある。

 

 

 

 

『あの!』

 

 

 

 

「……っ!?」

鷹禾が話しかけると、ビクゥッ──と、動転しながらこちらを向いてきた。

 

 

 

 

『これ、君の?』

笑顔のままその人形を取り出すと、

 

 

 

「……!!」

その少女はぶんぶんと頭を縦に振ってきた。

 

 

 

『どうぞです!』

そのまま人形を手渡すと、少女はパペットを左手に装着した。

 

 

 

 

 

『どうも、悪いねぇ……。よしのんったら、四糸乃とはぐれちゃって…』左手に装着されたうさぎの人形が口をパクパクと開け、しゃべった。

 

 

 

『ウサギさんが喋った!?凄いね?!』

その光景にはまず、人形が喋った事について驚き、又も屈託のない笑みを作り上げた。

 

 

 

 

『おっと、コイツぁ…照れるぜ…』

と、何故かハードボイルド風にパペットが無い前髪を手でたくし上げる動作をとる。

 

 

 

 

『わぁ〜──って、四糸乃?…それが君の名前?』

 

 

 

 

『ふっふっふ……こっちは四糸乃、そしてこのユニークなウサギが「よしのん」さ!』

 

 

 

『四糸乃さんと、よしのん!………僕の名前は佐藤鷹禾だよ!宜しくね!』

 

 

 

『おー……こりゃまた、良い名前の人と会えたねぇ…、ほら四糸乃もお礼言わなきゃ!』

 

 

そうして、自己紹介を終えた『よしのん』が少女の帽子のつばを上げ、…目元を出させた。

 

 

「あ、…あの…。──よしのん……み…つ、けてくてくださって…ありがとう…ごさいます…ッ…!」

 

四糸乃と呼ばれた少女は鷹禾にペコリとお辞儀をした…。人見知りなのか、目はあんまり合わせてくれなかったけど仕草からは少女の優しさが滲み出ていて鷹禾も嬉しくなった。

 

 

 

『うん!どういたしまして!じゃあねー!』

 

 

鷹禾は今日も誰かの役に立てたことに喜びながら、帰り道を歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『すご〜い…子だったねぇ…。』

鷹禾が去った後、その背中を見つめながら『よしのん』はそう言った。

 

 

 

「う、うん…」

『よしのん』が呟いた言葉に四糸乃は盛大に首肯する。

 

 

四糸乃もあんな風に元気いっぱいで誰かとお喋りしてみたいものである。

 

 

 

『まぁ、あんな子は特殊だからねー…四糸乃はゆっくり成長していこーね。』

 

 

「そう…だね…」

 

 

 佐藤鷹禾───その名前を記憶の隅に置きながら四糸乃も帰路を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後六時。 一通り学校内の施設の案内を終えた士道は、狂三、そして半ば無理矢理くっついてきた十香とともに校門をくぐり、夕日に照らされた道を歩いていた。

 

 

 ──もちろん、もう士道の両手は自由になっている。

 

「まあ、大体あんなところだ。わかったか?」

 

「ええ。感謝いたしますわ。……本当は、二人きりがよかったのですけれど」

 

 

「は……はは」 冗談めかして言ってくる狂三に苦笑で返す。

 

 

 正直、士道は十香に感謝していた。 結局コブ付きということで、〈ラタトスク〉からの指示も比較的ソフトなものになり、結果屋上や保健室といったイベントスポットを訪ずれても、そこまでロマンティックな空気にならずに済んだのだ。

 

 

 いや、精せい霊れいの好感度を上げることを考えるのなら憂慮すべきことなのだろうが……なんというのだろうか、狂三と二人きりでムード満点の場所に放り込まれたら、取って食われてしまいそうな感じがしたのである。

 

 

 それくらいに妖しい魅力が、狂三にはあった。 まるで──そう、見る者を問答無用で虜にする、食虫植物のような。「いやいや……」 士道は自分の思考に小さく首を振った。

 

 

女の子に向かって取って食われそうとか食虫植物とか、いくら口に出していないとはいえ失礼に過ぎる。

 

 

 

 

 ──と。「それでは士道さん、十香さん、わたくしはここで失礼いたしますわ」

 

 十字路に差し掛かったあたりで、狂三がぺこりと礼をして、そう言った。

 

 

 「え? お、おう……」

 

 

「む、そうか。ではまた明日だ」 士道と十香が小さく手を振ると、狂三は夕日の中に消えていった。

 

 

「──ああ、ああ」 士道と十香の二人と別れて、一人夕日の道を歩きながら、狂三はそんな声を発した。

 

 

「いけませんわね──少し、我慢しないと。せっかくですもの。もう少し学校生活を楽しみたいですわ」 自分に言い聞かせるように呟つぶやき、ステップを踏むようにくるりと身体を回転させる。

 

 

「……うふふ、お楽しみは、最後にとっておきませんと」

 

 と──踊るように道を歩いていた狂三は、不意にドン、と何かにぶつかってしまった。

 

 

「──とと」 倒れないようその場に踏みとどまり、そちらを見やる。 どうやら狂三がぶつかったのは男の背中だったらしい。ガラの悪い男たちが、道端にたむろしていた。

 

 

 「あらあら、申し訳ありませんわ」 狂三はぺこりと頭を下げてそう言うと、その場から立ち去ろうと足を動かした。だが。

 

 

「おい、待てよお嬢ちゃん。そっちの不注意だってのに、それで終わりはねえだろよ」 狂三がぶつかった男がニタニタいやらしい笑みを浮かべながら言ってくる。 と、それに応ずるように、男の仲間が、狂三を囲うように散らばった。

 

 

 「あら、あら?」 狂三がキョトンと首を傾げると、男の一人がひゅうッ、と口笛を吹いた。

 

 

 「おいおい、ちょっとマジで可愛いじゃん。ちょー大当たり?」

 

 

 「ねーねー君ぃ、お名前なんてーの? ちょっと仲良くしようよー」 なんて、狂三の全身を睨め回しながら、口々に言ってくる。 ああ──、と、狂三は理解した。

 

 

 

「お兄さん方。──もしかして、わたくしと交わりたいんですの?」 妖しい笑みを浮かべながら狂三が言うと、男たちは一瞬ポカンとしたあと、額に手を当てて笑い始めた。

 

 

 「おいおい、交わりたいって。きゃー、露ッ骨ー」

 

 

「いーじゃんいーじゃん話早くって。何、君もそういうの好きなの?」

 

 

「ええ。人並み程度には。──それより、少し場所を移しませんこと? ここでは人目についてしまいますわ」

 

 

 狂三が言うと男たちは色めき立ち、狂三を囲むようにしたまま、路地裏に入っていった。 そして袋小路に狂三を追いつめるような格好を作ると、狂三とぶつかった男が好色な笑みを浮かべながら手を伸ばしてきた。

 

 

「ま……じゃあ、遠慮なく」

 

 が──その手は狂三に届かず、段々と下に下がっていった。

 

 

 

「あ? 何してんのさ。やんねーんなら俺が先に──」 男の仲間が、肩をすくめながら言う。しかし狂三に手を伸ばした男は、必死な様子でその言葉を遮ぎった。

 

 

「ち、違げぇ! 身体が……!」

 

 

「身体?」 そこで、仲間も気付いただろうか。 狂三の足下から影が広がり、そこから白い手が無数に生え──男の身体を影に引きずり込んでいるのだと。

 

 

「……ッ!? な、なんだこりゃ……!」

 

 

「う、わわわわ……ッ!?」 仲間たちが一斉に叫びを上げる。だが──もう遅い。

 

 

 「うふふ、ふふ」 狂三が唇を笑みの形に歪めると、全員の足に白い手が絡みつき、その身体を影の中へと引きずり込んでいった。

 

 

 「まあ、いつもなら食べるに値あたいしない小物ですけれど……近いうちにメインディッシュが控えていますし、肩慣らしならぬ舌慣らし──としておきますわ」

 

 

 狂三は、ぱん、と両手を合わせた。「──いただきます」 瞬間、辺りに響いていた男たちの悲鳴が、完全に消えてなくなった。

 

 

 狂三は料理を味わうようにしばしの間目を伏ふせると、息を吐いてお腹をさすった。

 

 

 と──その瞬間。「……あら?」 狂三は、不意に全身を襲った感覚に、眉まゆをぴくりと動かした。 全身を無遠慮に撫で回されるかのような感触。巨大な生物に咀嚼もされぬまま丸呑みされたら、こんな感じかもしれない。

 

 

 この感覚は初めてではなかった。 現代の魔術師(ウイザード)顕現装置(リアライザ)とかいう機械を使って作り出した結界・随意領域(テリトリー)。 その中でも特別なもの。そう、間違いなく──あの女。

 

 

 「──ち、一足遅かったですか」 狂三の思考を裏付けるように、狂三の目の前に、一人の少女が姿を現した。

 

 

 髪かみを一つに括った、中学生くらいの女の子である。 装いはパステルカラーのパーカーにキュロットスカートというラフなものだったが、その身に纏う空気は、獲物を見つけた猛禽さながらに剣呑であった。

 

 「また派手に食い散らかしてくれたようですね、〈ナイトメア〉」

 

 

「あらあら、あなたは……崇宮真那さん、でしたかしら?」

 

 狂三が小さく首を傾げながら言うと、真那はフンと不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

 

「私の名を覚えてやがったことは褒めてやりますが、気安く呼ばれるのは反吐が出やがります」

 

 

「あら、これは失礼しましたわ」 狂三はぺこりと頭を下げ、素直に謝った。

 

 

「でも、お名前は大事でしてよ。わたくしも〈ナイトメア〉なんて呼ばれるのは悲しいですわ。時崎狂三と呼んでくださいませんこと?」 狂三が言うと、真那は一層気分悪そうに眉を歪めた。

 

 

「大事だから、貴様には呼んで欲しくねーんです。大事だから、貴様は呼んでやんねーんです」

 

 

「難しいお方」

 

「黙れよ、精霊」 真那が視線を鋭くする。 狂三は、肌の表面がちりつくのを感じた。

 

 

 

と、『あー!真那さん!何してるんですか?!』

 

 

そんな、……幼さを帯びた声が路地に響き渡った。

 

 

 

 

 

「な…っ」

真那はその声の主に驚きながら振り返った。

 

 

 

「鷹禾!? 何してやがるんですか!」

やはり、というか…自身が想定していた人物と同じ、背後に居たのは年は十歳そこらと言えるほどの少年───佐藤鷹禾だった。

 

 

 

「あらあら、貴方は…いつぞやの佐藤さんでしたか。」

その人物を狂三も確認すると、…そんな言葉を漏らした。

 

 

 

『狂三さんも、こんにちはです!』

先ほどの惨状を知らない鷹禾は、真那からすると呑気だと思えるほどに挨拶をした。

 

 

「えぇ、お久しぶりです。鷹禾さん」

微笑を浮かべると狂三はペコリと軽く会釈をした。

 

 

 

「───って、そんな話をしてやがる暇はねぇんですよ!」完全に鷹禾に気を取られた真那は狂三に向き直ろうとしたが、

 

 

 

「では、真那さん…佐藤さん……。またどこかで、お会いしましょう」と、言葉を残し…にやりと笑みを浮かべながら影に消えていった。

 

 

 

 

 

「………」

 

 

『行っちゃいましたね…』

 

 

隣でぼそっと呟いた鷹禾の頭に拳骨を一つぶつけつつため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








今回はこれで終わりです。何かと長くなりがちですが次回も楽しんでいただけたら凄く幸いです。




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