佐藤くん───ではなく、鷹禾による間接的な行動によって変化が早くなる世界。
佐藤くんが動かなくても勝手に未来が変わっちゃうのだから正史を保つなんて荒唐無稽なんですよね。
まぁ、佐藤もそれを理解はしている節がありますが……。
てなわけで完全な公認のダブルデートが出てくる物語を楽しみください。
────やることが多い。
『あー…くそ、今から〈フラクシナス〉にも連絡しねぇといけないのか…』
狂三との密談が終わったあと、佐藤はビルの横に備え付けられた鉄骨の階段を降りながら愚痴をこぼす。
そう、狂三に話を通したとは言え…、最低でもあの女にこの話をしておかないと琴里に伝わらない。
琴里にこの話が伝わらなければデートがスムーズに行えなくなる。それを危惧したからこそ佐藤は携帯を取り出し、とある番号に掛ける。
───ワンコール
───ツーコール
───スリーコール
───フォーコール
『……………』
そして、五回目に突入するタイミングで電話先から妙に眠たげな女の声が聞こえた。
「この番号に掛けてくる……ということは、佐藤かい?」
佐藤の持っている携帯は琴里から直接渡されたものであり、今時スマホすら持ち合わせていない佐藤にドン引きし、携帯を与えられた。
その為、この回線は特殊でありすぐに佐藤───少なくとも、佐藤が所持している携帯。ということが分かるのである。
『ああ。というか、出るの遅すぎやしないか…』
「すまない…、受話器を取ろうとしたら頭から転んでしまってね。取るのが遅れてしまった…」
『…………』
やはりこの女は対話がやり辛い、辟易したように息を吐くと。話を変えて本題に入る。
『五河士道から聞いたかもしれないが事情が変わった。狂三とのデートと十香とのデートを水族館で並行して行う』
「ああ、その話か…。それなら琴里から聞いているよ……〝勝手に決めた上に私抜きで即決したこと後悔させてやるわよ〟……と、琴里が意気込んでいたからよく覚えている。」
『…………ま、まぁそれは良い。』
冷や汗が流れ出たが、コホンと咳払いをして続ける。
『ペアチケットはもう用意してる、狂三の了承も取る事が出来た。後は十香が俺と士道とデートをしていると思わせながら狂三とも士道がコミュニケーションを図れるか、という事だ。』
「ふむ……しかし、本当に大胆な作戦を思いつくね。琴里ならタイムスケジュールを作って全く別の場所で並行デートでもさせると思うよ」
『おいおい……、そんな鬼畜みたいなやり方…流石に…やら、…ないだろ』
言いながらも不安になってしまった。……あの琴里でも、そんな無理難題…やらない…と、思う。多分。
一つ咳を入れて話を元に戻す。
『五河琴里は居るか?出来ることならアイツとも話をしたい』
「……ああ、了解した。──というよりも佐藤が掛けてきたら私にも教えるように…と、琴里に言われたからね。仮に佐藤が嫌と言っても琴里と話させたさ」
『………そうかい。』
そして、プッと電話は切れる。そしてすぐにコール音が鳴ってきた。
『五河琴里か?』
ボタンを押すと開幕にそう言った。
「えぇそうよ、本当に余計なことしてくれたらしいじゃない」
電話口からは機嫌悪そうな琴里の声が聞こえてきた。モードはもちろん司令官らしい。
『はぁ……。これでも〈ナイトメア〉の危険性を考慮してやったんだがな』
「何ですって?」
『……確かに〈ナイトメア〉は人を殺す害悪極まる精霊だ。でも、前もって士道が精霊に関係した人間だと気付いているなら、十香たちの正体にも気付いてるだろ?つまりだ、十香が居る士道が狙われるようなことは無いってわけだ』
淡々と説明をすると、電話口からは琴里の嘆息が聞こえてくる。
「理由は確かに分かったわ…。それにしても…貴方はなんで〈ナイトメア〉について知ってるのよ」
『そこ気になるか?』
「一番重要よ、狂三とのコンタクトにも成功したらしいし……。もしかして、狂三と会ったことでもあるの?」
『あるよ』
「…そう、あるの………って、はぁ!?」
佐藤の言葉が予想外すぎたのか一拍遅れて驚愕の声を漏らす。
『結構前だけどな。五年前ぐらい……。まぁ、あの時は精霊の事は知らなかったけど…』
「………」
さらっと滅茶苦茶重要なことを喋ってくる佐藤に琴里は呆れ果てて話を変える。
「じゃあ、なんであの子が〈ナイトメア〉だって知ってたのよ」
『それはASTの組織のパソコンハッキングして手に入れた』
「…………」
又も無言になる。言いたいことがあり過ぎて電話口では言いたくないのだ。
「そ、その話は後でしましょう…。まずはデートの話が最優先よ」声が妙にピクついてるのがわかる。
『そのデートについてだが、俺から提案がある───いや、提案というかこれは絶対だ。』
「何よそれ?」
『確か、五河士道のデートには〝選択肢〟というものがあったな』
「ええ、あるわよ……って、まさか…」
『今回はそれをなくしてもらう』
「はぁ?…何言ってんのよアンタは! あの阿呆兄が私たちの助言なしに精霊をデレさせるわけないじゃない!」
『……他の精霊とは違い、狂三は士道と自ら接触した。何が狙いかは知らないが…少なくとも最初の学校案内では結構良かったんだろ?』
「うぐ…っ…。それは……」
『仮に精霊が不機嫌になっても俺がカバーする。それに、今の士道は精霊を二人も落としてるんだぞ?あの士道が分かりやすく怒らせるわけないだろ。』
「はぁ、…分かったわよ。その代わりに事前に知識を与える程度はさせてもらうからね」
『分かった』
もうこれ以上話す意味もない。電話を耳から離して通話終了ボタンを押す。
『ふぅ…』
軽く吐息する。……何とかなりそうだ。やはり、この力は便利だ───催眠にも似た能力。
微笑を浮かべながら携帯をポケットに仕舞うと佐藤は歩き出した。
付いてるんだが付いてないんだかよくわからないくらいの光量を持つ電灯の下を通りながら佐藤は帰路を渡る。
────
数分後……佐藤は目的の場所につく。五河邸と精霊マンションの前へと。
『……?』
しかし、そこには意外な人物が居た。
「佐藤様…?!」
その特徴的な名を呼んで息を呑んでいた。
狂三とはそっくりの顔なのに霊装は黄色となった少女。佐藤の記憶を見たせいでほんの少しだけ…本来の未来を知っているイレギュラー。
『は…?シスタス…?何でお前ここに居るんだ…?───ていうか、佐藤様やめろ』
しれっと様付けをしてくるシスタスに何時も通りツッコむのだが特に反応はされない。
「わたくしは野暮用で……というか、佐藤様はなぜここに…?」
『……だから…、もう良い。───俺は日課をしに来ただけで。それでお前は何してるんだよ、野暮用って言ってもお前の姿がバレたらマズイだろ』
「それは…佐藤様の【
『さいですか…』
それを聞くと興味なさげに相槌を打ち。何時も通り、…一番見栄えを良くするために電柱に花を添えた。
「───は」
『……?』
佐藤は首をかしげる。何故なら…それを見た瞬間───………シスタスの表情が驚倒するようなモノになっていたからだ。
『どうかしたのか?……あ?まさか俺が花添えるの以外すぎてか?失礼なんじゃ───────』
ブツブツと文句をたれようとしたのだが。
「佐藤様」
凛とした声でそれを遮ってくる。
『はい?何…?』
「それ、は……。何をして…?」
指を震わせながら添えられた花を指した。まるで…シスタスの表情は〝聞きたくないものを恐れながら聞こうとしている〟かのようだった。
しかし、それに何も気付かない佐藤はあっけらかんと言い放つ。
『これか?うーん、と…。なんて言ったら良いのやら…。簡単に言えば大切な人たちへの供え物…かなぁ…?』
「………っ」
『…?』
「い、いいえ……」
『……まぁ、用事も終わったし。さっさと隣界に帰るぞ』
やれやれと息を吐くと、佐藤は歩き出した。が、佐藤は動きを止める…シスタスが佐藤の服袖をキュッと掴んできたからだ。
『はぁ?何だよ、…これ以上ここにいる意味ないんだが』
「佐藤…様。その…〝大切な方たち〟とは…どんなお方なのでしょう…か?」声は途切れ途切れで上擦っている。佐藤は不審そうに視線を細めながらも口を開く。
『俺がたとえ死んでも守りたかった人たちだよ。とゆーか、お前、まさか……知ってるのか?』
「……いえ、これは…知りませんでしたわ……」
『……? そうなのか? ま、お前が黙ってるならどんな記憶を得ようがどうでも良いんだけどよ』
「その、大切な方たちとは…亡くなってしまったのですか?」
『……ああ。死んだよ、〝俺のせいでな〟』
「………」
軽く笑うと佐藤は花束に【
『どうした?戻らないのか?』
未だ、停止するシスタスに訝しげに言葉をかける。
「ええ、今…用事を思い出しまして…」
『………はぁ。お前の姿がもしバレでもしたらとんでもないことになるって自覚ある?』
「これだけは……やっておかないといけませんの」
真剣そうなシスタスの声音に諦めたのか、やれやれと手を振る。『絶対にこの世界の人間に見られるなよ』
「承知しましたわ」
佐藤は軽く頷くと、そのまま闇に消えた。
「はぁ、……っ」
佐藤の気配が消えたことを確認すると、シスタスはその場にへたり込んでしまう。
「………どうしよう……──」
立てた膝の中に頭を埋めると、ぼやくようにつぶやいた。
────…彼が言った大切な方というのが分かっていた。だから、嬉しいし…辛い。
その大切な方たちの死が彼を縛り付けているということが、だ。
「あんたが今ここに居たら……何するのかしらね…」
「全部彼に教えてこんな事辞めさせる?」
「それとも彼にバレないように士道たちにこの事を教える?」
その二つの考えを彼女は苦笑して、止める。
自分が彼を止める資格なんて無い。
だから、自分は何にも干渉せずにただ側で彼を見守り続けることしかできない。
でも、いつも思ってしまう。これで良いのだろうか、と。
「あんたが居たら…私も考えは変わってたのに」
鬱陶しげに髪をかきあげると、頬をパチンッと叩き……──は、シスタスへと戻った。
「…帰りましょうか」
端的に呟くとシスタスは隣界へと消えた。
〜〜〜◆〜〜〜
デート当日。士道は緊張に身を強張らせながらも待ち合わせの場所で彼女らを待っていた。
『士道、準備は良い?』
士道の表情で緊張を察しているのか、インカムから琴里の声がけ聞こえてきている。
「あ、ああ……たぶん」
言いながら、顔を下に向けて自分の装いを見直す。今の士道の格好は、紺色のポロシャツにベージュのチノパンというシンプルなものだった。
琴里曰く、「女の子の男の子に対するお洒落採点法は基本的に減点方式」らしい。初心者があれこれ気を回しても失敗は目に見えているので、無難な服装でもいいから清潔感を大事にせよ、とのことだった。
『…そろそろ来るわ。今日は誰かさんのせいでアドバイスが出来ないけれど頑張ってちょうだい。────さ、私たちの
「お、おう」 言われて、士道は緊張を抑え込むように深呼吸をした。
既に士道は、天宮駅東口を出てすぐのところにある犬の銅像前に立っている。 確か正式名称は別にあるのだが、あまりにも渋谷駅の忠犬と容貌が似ているため、近隣住民からは親しみと嘲りを込めて『パチ公』と呼ばれていた。哀れなワンちゃんである。
とはいえ駅を出てすぐという配置のため、本家忠犬と同じように、待ち合わせスポットとして機能していた。周囲には士道の他にも、結構な数の人間が見受けられる。
と、その人の波を割るようにして、聞き慣れた十香の声が、士道の鼓膜に届いてきた。
「シドー!」 声の方向に振り向いて、目をやる。そこには、もう太陽より眩しいんじゃないかなあなんて思えるほどの満面の笑みを浮かべた十香が立っていた。
装いは、いつもの制服ではない。薄手でのチュニックにショートパンツという組み合わせだった。これがまた、誂えたように似合っている。
「こ、これは……」 士道がポカンと十香を見つめていると、インカムから令音の声が聞こえてきた。
『……ああ、十香から、何を着ていけばいいのかと訊ねられたんだ。悪くないだろう?』
「は、はい……」 ぼうっとした様子で口を開く。悪くないどころかとてもイイ。一瞬目を釘付けにされた。
『せめて何か言えよ馬鹿が。』
そんな冷えた声とともに士道の頭に軽い手刀がたたき込まれた。
「…って、佐藤…。」
そこには一人の少年が立っていた明らかに士道に呆れた顔。服装は、白いシャツにネイビーのカーディガンを羽織っていて…中々似合っているような気がした。
ええと、と…言葉に詰まった後。
「ん、似合ってる。可愛いぞ…十香」
「な……っ」
士道が言うと、十香は顔を真っ赤に染めた。 あたふたと手と首を動かしてから、
「お、おぉ! さ、サトーではないか!」
分かりやすく声を裏返して言った。
佐藤は特段反応を示さず、んっ。とだけ返事をした。
『てゆーか、早く来いよ。』
佐藤は眉根を寄せながら後方を向くと、それと同時に一人の少女が姿を現した。
「あらあら、折角ならばお話が終わった後に来たかったのですが…」
そう言ってにこりと微笑む少女──狂三の姿に士道は思わず息を呑んだ。
高級そうなブラウスにロングスカートという出で立ちだったのだが、それら全てが黒で統一されているためか、まるで喪服でも着ているかのように見えた。
「よ、…よう。狂三…」
ぎこちなく挨拶をすると、こちらと目を合わせてきた狂三が拗ねたような表情を作ってくる。
「十香さんは褒めていらしたのに…、わたくしは可愛いと言ってくださらないんですの…?」
「あ、えと…。はい。可愛い…です。」
妙にカタコトになってしまった。
「…なっ、狂三…!?」
十香が周章狼狽しながら、声を上げる。しかし、狂三は大変楽しそうににこりと微笑みしか返さない。
「え…っ、佐藤…?お前…言ってなかったのか?!」小声で佐藤の耳元で言うが、『逆に、…今じゃないと言えねぇんだよ。』
佐藤はさしてはんのうもせずに淡泊に返してくる。
『十香、ちょっとこっち来い。』
「む…、どう…したのだ?今は…狂三が──」
『良いから来い』
強引に十香の腕を掴むと、そのまま引き摺るように十香を引っ張っていく。
そして、佐藤は十香の耳元で何かを囁いた。「な…っ?!」と、十香は驚いていたが…うんうんと頷いたあと…こちらに戻ってきた。
「よし…っ、では行くぞ!シドー!」
十香は次いで士道たちを先導するように歩いていった。
「…お前…なんて言ったんだ…?」
『言わないし、言えない。……
──まぁ、どうせ十香行く場所わかってねぇだろうからさっさと…行くぞ。…』
佐藤はため息を吐くと、『先に行け、俺は別のペアチケットで狂三と入るから。』と、狂三を一瞥しながら言った。
〜〜〜■〜〜〜
士道が行ったのを見送りながら佐藤はまた…吐息した。
「ため息をすると、幸せが去るようですわよ?」まるで今の状態の佐藤を煽るように狂三が言葉を吐いてきた。
『……去るほどの幸せなんて俺にはねぇよ』
「………そうですの?わたくしは…貴方が幸せそうに見えたのですけれど…」
『……知るか。』
吐き捨てるように呟くと佐藤は歩き出す。
「ロキさん、…あの時聞けませんでしたけれど…改心したんですの?」
『…だから、アイツラを助けてんだろうが。』
「折紙さんには……事実を教えたほうが良いのではありませんこと?」
『……運命なら仕方ねえよ。』
「わたくしは幾分構いませんけれど……、彼女。反転化しますわよ?」
『だったら、必ず……〝士道に止めさせるさ〟』
嘆息したように息を吐くと、佐藤は水族館までの歩調を速めていった。
〜〜〜◆〜〜〜
水族館へ向かう途中。十香が唇を開いた。
「そういえばサトー。」
『あ?どうした?』
「水族館とは一体何なのだ?」
「何って……十香が行きたかったんじゃないのか?」
思わず士道が尋ねる。
「勘違いするなシドー。私はサトー達と一緒にデェトがしたかっただけだ」
「…………」 何だろうか、顔が熱くなる。……普通は「か、勘違いしないでよねっ! 水族館に行きたかっただけなんだから!」とかだと思うのだが……なんか、逆だった。
気を取り直すようにこほんと咳払いをし、口を開く。
「水族館ってのは……まあ、魚とかがたくさんいるところだ」
「なんと!」 十香が、目を丸くして声を上げる。
「塩焼きか!?」
「いやいやいや」
「では煮付けか?」
「だから違うって」
「とすると、アクアパッツァか?」
「は……?」
「はっ、もしや
「食べる方向ばっかじゃねえか! ていうかなんでそんなに調理法に詳しいんだよ!?」 どこで仕入れた知識か知らないが、随分と偏りがあった。後半などは、料理に明るい士道でなければ突っ込みきれなかったかもしれない。
「むう、違うのか?」
「ああ。魚が泳いでるのを見て楽しむんだよ」
「魚が……泳ぐ……!?」 十香は戦慄した様子で眉をひそめた。
そういえば十香は、美味しく調理されたあとの魚しか見たことがなかったかもしれない。
「あー……まあ、百聞は一見に如しかずだ。とりあえず行ってみよう」
「む……うむ、そ、そうだな」
と、その時。
ふふ…っと、後方から微笑みが聞こえてきた。
「っ……、ああ!…。悪い、狂三!」
「いえいえ、ご配慮痛み入りますわ。ですが…今は佐藤さんから士道さんの事を聞いていますので、十香さんとお話してあげて下さいませ…、時間はたっぷりありますもの…嫉妬などしませんわ。」
「………」
思わず脂汗をかき、頬を掻いてしまう。そこで…佐藤が耳元で囁いてきた。
『後で、お前と狂三が二人きりになれるようにしてやる。それに、狂三もこう言ってるし…な?』
「…佐藤…その。俺の話って…何言ってるんだ…?」
その質問にひとしきり無言になった後、答えてくる。
『………お前の中学時代の話』
「佐藤さん、先ほどのお話の続きをして下さいまし」士道が反応を返すまもなく、狂三が割って入り、そのまま会話を始める。
……中学時代?──ちょっとまて。佐藤って、俺の中学時代の〝なに〟を話してる…?
「シドー?どうかしたのか?」
前方から十香が首を傾げて言葉を投げかけてきた。佐藤の話も気になるが…今は十香と対話を続けなければならない。胃が痛くなりつつも士道は歩みを速めていった。
「いや、大丈夫だ。」
そしてうなずく十香を引き連れて、道沿いに進んでいく。 ほどなくして、四人は目的の天宮クインテットにたどり着いた。
去年完成したばかりの、新しい複合商業施設である。すぐ近くに同グループの経営するホテルや室内遊園地、映画館、ショッピングモールが並び、まるで一つの小さな街のようになっている。
新たな観光地としても人気が高く、平日でもかなりの人が居る印象だったのだが…〝今日はそこまで人影が多くなかった〟。
「さて、と。水族館はあれだな」
「ああ…そうだな」
『ん、…もう着いたのか。』
「あら、佐藤さんのお話をもう少し楽しみたかったのですけれど…」
───ほんとに佐藤は何を話したんだ?!
思わず食いかかりたい士道だったが、どうにか抑えた。
水族館に入り。 受付で佐藤たちと共にチケットを手渡し、薄暗い館内に足を踏み入れる。
すると、「な……っ、なんだこれは……っ!」 十香が館内に響き渡るような声を発した。
周囲にいた客が一斉に十香に視線を注いでくる。
「と、十香。ここでは静かにな」
「! う、うむ……すまん。だがシドー、これは……凄いぞ」 少し小声になって、十香は顔を上げた。
館内は一面がガラス張りになっており、大小無数の魚たちが泳ぎ回っていた。士道でさえ思わず声を漏らしてしまうほどのスケールである。十香が驚くのも当然といえば当然だった。
「こ、これが全て魚か……」 足下をまったく見ずに歩きながら、十香が言う。
「ああ、そうだ。綺麗なもんだろ?」
「う、うむ。とても綺麗だ……」 言いながら、十香はフラフラと歩いていき、大きなガラスの壁にぺたりと両手をつけた。その目の前を、小さな魚の大群が横切っていく。
「おお……」 十香が目をまんまるにして、魚群の動きを目で追う。その姿が妙に可愛らしくて、士道は思わず笑ってしまった。
『……偶にはこういう所も良いもんだな。』
「同感ですわ」
そんな士道たちの様子を見ながら佐藤と狂三も感嘆の声を漏らしていた。
して、よし…っ。と佐藤は声を上げると十香に向かって口を開いた。
『十香。少し奥まで見ていないか?』
「おぉ、それは良いな!」
十香が目を輝かせるのと同時に佐藤は通り過ぎ様に士道に口を開く…『……時間は稼いでやるから、狂三とデートしとけ。』と、そんなことを言ってきた。
「え、えぇと…。」もう何を言ったらいいか分からずに狂三の方を見やる…、狂三は大層嬉しそうに笑みを浮かべていた。
今回は何もアドバイスが無いことに絶望する士道だった。
〜〜〜◆〜〜〜
「ふむ……」
〈フラクシナス〉のメインモニターと別の小型デバイスを見ながら解析官──村雨令音は唸るような息を吐いた。
「どうかしたの?」
その様子を訝しんでか、琴里が上方から声をかけてきた。
「いや、大した問題ではないのだが…。というよりも…良い意味での問題なのだが…。」
「? どういう事よ」
「……狂三の、シンと佐藤に向けられている好感度がかなり上昇している。特に佐藤へは、親友と呼べるまでに好意を向けている。」
「は…?」
その言葉に琴里は目を点にした。
そして思い出す───『狂三とあったことがある』と言った佐藤の言葉を。
───本当に佐藤は、何者…?
琴里は心の中で呟いた。
〜〜〜◆〜〜〜
それから、水族館の不可思議なデートはあまりにも上手く進んでいった。
佐藤が十香の気を引き、士道と狂三を擬似的に二人きりにすることで会話をさせる時間を稼ぎ、今では軽い談笑程度なら士道側からでも出来るほどになっていた。本来なら街の案内が建前だったのだが…狂三が良しとしているなら良いだろう。
そして、現在。
今は四人で水族館の隣にあるこじゃれたレストランにて昼食を取っていた。
まるで、こうしてみると本当にダブルデートをしている気分になってしまう。
───まぁ、その場合だと士道と佐藤のどちらかが十香か狂三と恋人である想定になってしまうのだが……。
今は十香と狂三の二人がお手洗いに言ってしまった為、待っている途中である。
「なぁ、佐藤」
ふと、士道は思ったことがあり、佐藤に向かって口を開いた。
『ん?何だ』
俯かせていた顔を上げて、こちらと目を合わせてくる。
「いや、今のデートとは特に関係ないんだけどさ。佐藤の家族って…どんな人たちだったんだ?」
───そんな、質問。
きっと……いや、絶対にこれは佐藤からしたら不快感のある質問だろう。けど、…いつも思ってしまうのだ、佐藤とは妙に距離が作られている…と。だからこそ、士道は佐藤の事について何か少しでも知りたかったのだ。
『唐突に何だよ。今関係ねーだろ。お前は狂三とのデートのシミュレーションでもしとけ』
「……優しい人たちだったか?」
『………』
すると、佐藤は何かを諦めたようにため息を吐くと口をゆっくりと開いてくる。
『そうだな、優しい人たちだったよ。』
「お前のお母さんってどんな人なんだ?」
『…一言で言えば、怖い人。──でも、それ以上に俺を想ってくれている人だったよ。俺が転んで膝を擦りむいた時も……嫌々言いながらも…優しく傷の手当てをしてくれたんだ。』
段々、佐藤は少しづつ饒舌になっていた。その言葉の端々から、本当に家族を想っているのだと士道は確信できた。
「じゃあ、お姉さんは?」
『うちには、姉が二人居たんだが…。二人とも面白い人たちだったよ。一人は……昔はすっごい傲慢で、利己的で、思想とか凄かったんだけど……時が経ったら…人が変わったみたいに他者も尊重するようになってたな。もう一人は、すんごい…好奇心旺盛で…知識欲も凄くてさ、特に俺が分からないことがあったらすぐに教えてくれたな、…まぁ…饒舌すぎるのは偶に傷だけど。』
そう言ってケラケラと笑う。
『因みにだが、俺の家族は死んだって言っても。別に精霊たちは関係ないからな。』
「え…っ」
士道はおもわず声を上げて、驚いてしまう。不謹慎だとは思うが、士道は佐藤の話を聞いてからは…精霊に因縁があるからこそ〈ラタトスク〉に協力をしてくれているのだと思っていたからだ。
───じゃあ、
『じゃあ、気になるか?』
すると、…まるで…士道の心でも読んだかのように佐藤が尋ねてきた。
『…ま、別に良い。───俺の母親は俺を殺人犯から庇って死んだ。』
「………」
士道の無言に佐藤は反応せずに言葉を並べていく。
『……姉は…。不治の病だな。…もはや、天寿が普通の人より短いと表現できるほどの不治の病だよ。』
「……あの、さ…。佐藤。」
『ん?』
「……すまん…。」
士道は…謝り倒すことしかできなかった。…だって、家族が死んでしまった。佐藤の古傷を抉るような行為をしているのだと自覚をしたからだ。
しかし、
『別に?そこまで気にしてないから気に病むなって。』と、佐藤はまたもケラケラと笑いで返してきた。
「なぁ、佐藤…。昔の佐藤って…どんなだったんだ?」士道は話題を変えるように佐藤に質問を投げかけた。
『……端的に言えば「クソガキ」だよ。出来もしねぇことペラペラ並べて、努力も全部空回りして、周りの人に助けてもらってばかりで、………母親を守るって言ったのに……結局…逆に守られた。能天気のアホで、今の俺が一番キライな奴だよ。昔までの俺だったら精霊たちを救うだなんて大層な事しなかっただろうな。』
けど、と言って佐藤は笑う。
『お母さんも…お姉ちゃんも、…教えてくれたんだよ。〝辛い時も悲しい時も笑え〟って、…〝自分が助けられた分、誰かを助けろ〟ってさ。───だから。俺は精霊たちを救いたいんだよ。俺が家族に救われた分、あの人たちを救いたいんだ。』
「佐藤……」
意外だった。いつも、佐藤は何を考えているのかよく分からなくて、少し頭の良い青年だと思っていた。
けれど、違った。
差異はあれど…士道と同じ想いを持っていた。
そんな親近感に士道は…不思議な感情が頭を巡った。
「佐藤、もう少し教えてくれよ。たとえば…高校に来るまでの中学の時の話とか。」
その言葉に佐藤は意外そうに目を丸くして……ふっと笑みを作った。
『十香と狂三が帰ってくるまでだぞ?………』
〜〜〜◆〜〜〜
そうして、それから数時間後。デートは…終わりを告げた。
今日で「キス」まで持っていけなかった事で、琴里などから士道はネチネチと言われていたのだが、帰路につくまでの十香の微笑みを見ると小言を言われた程度のストレスは消えてなくなっていた。
「では、士道さん。今日はとても楽しめましたわ。また、誘って頂ければ…嬉しいですけれど。」
とある公園を分かれ道に、狂三はそういうとペコリとお辞儀をしてきた。
「あ、あぁ!また。今度はちゃんと街を案内するよ!」妙に声が上擦った事に冷や汗が垂れたが、狂三は嬉しそうににこっと微笑み、踵を返して帰路を歩いていった。
『ま、上出来じゃないか?キスまでは行かなくとも……狂三とかなり近づけたと思うぞ。』佐藤が十香に聞こえないくらいの音声で囁いてくる。
苦笑で返すことしか出来ないが、…士道もそれは同意見だった。
そして…佐藤と共に五河家の前まで到着した時。
『……あ、』
と、佐藤がそんな、声を漏らした。
「どうかしたのか?サトー」
不審そうに十香が尋ねてくると、佐藤はバツが悪そうに顔を歪めていった。
『いや、これ。』
そう言って佐藤は士道と十香にぷらぷらと黒い猫のキーホルダーを見せつけてきた。
『狂三が落としてたから後で渡そうと思ってたんだが、忘れちまってた。…まだ狂三も遠くまで行ってないだろうし、〈フラクシナス〉の探知でも使ってお前が届けてくれよ』
言うと、佐藤は士道の方に向き直り、キーホルダーを手に握らせてきた。
「…は?何で俺が?」
『良いじゃない。少しでも好感度アップしてきなさいよ』インカムからは琴里のそんな言葉が聞こえてくる。
「えぇ……」
しかし、その言葉もなぜか理に適っている気がして…士道は渋々、狂三と別れた公園に向かって走り出した。
〜〜〜◆〜〜〜
「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ」
士道は全身を蝕む疲労感の中、どうにか狂三と別れた公園のベンチにたどり着いた。
と、士道はシャツの袖で汗を拭いながら、小さく眉をひそめた。
「何だ…。この音…」
『どうかしたの?』
「あぁ、いや…何でも。」 ──と、士道が言った瞬間。
『司令! 微弱ですが、付近に霊波反応が……!』 不意にインカムの向こうから、別のクルーと思しき男性の声が響いてきた。
『どこ?』
『公園東出口付近の路地裏です! この反応は──間違いありません、時崎狂三です!』
「……っ!?」 士道は肩を揺らしてバッと顔を上げ、公園の東出口の方を見やった。
『……ふむ。何かあったのかしら。士道、向かってみてくれる?』
「あ、ああ……!」 不穏な言葉に唾液を飲み込みながらも、士道は公園を横切っていった。
〈フラクシナス〉の誘導に従い、自動販売機の脇を通って、狭い路地を走っていく。
そして。「────は?」 目的の場所に着いた瞬間。
士道は、呆然と目を見開き、その場に立ち尽くした。
視界を埋め尽くしたのは、赤い色だった。 灰色の塀や地面の上に、夥しい量の赤がぶち撒けられている。
そして所々に、歪な形をした大きな塊が三つ、小島のように浮かんでいた。
あまりに馴染みのないその光景に、士道は一瞬、状況が理解できなかった。
否──一瞬を超え、数瞬を超え、数秒を超え。 段々と推測が固まっていっても、士道の脳はその状況の理解を拒絶しようとしていた。
だって、あり得るはずがないのだ。
こんな街中で。こんな日常の中で。 ──人が、死んでいるだなんて。
「う──わぁぁぁぁぁッ!?」 事実が脳の拒絶を超えて、ようやく。士道は悲鳴じみた叫びを発した。
『士道! 落ち着きなさい、士道!』 琴里の声が鼓膜を震ふるわせるが、そんなものは意味を成さなかった。
脳が状況を認識してしまった瞬間、辺りに漂う異様な臭気が鼻腔を襲い、士道に途方もない嘔吐感を覚えさせる。昼食が胃からせり上がってくる感覚にどうにか抗うため、士道は思わず口元を覆った。
「……っ、う……っ」
「──あら?」 その声に、視線を上げる。赤い、赤い海の中央に。その黒い少女は立っていた。
「……士道さん。何故こちらに?」 赤と黒の霊装を纏まとった時崎狂三が、士道の方を振り返りながら言ってくる。左手にはどこから持ってきたのか、細緻な装飾が施こされた古式の短銃を握っていた。
と──そこで士道はもう一つの事柄に気づいた。
路地裏の奥に、男が一人、全身をガタガタと震わせながらへたり込んでいることに。
若い男である。なぜか腹部に、血で同心円が三つ描えがかれており、まるで的当ての的のようになっていた。
「ひ──ッ、ひ──ッ」 男は今にも死んでしまいそうな呼吸をしながら、士道に目を向けてきた。
「た……ッ、助け……く、れ……ッ! なん……、こいつ……、化物……ッ!」
「あらあら」 狂三は顔を男の方に戻すと、手に握っていた銃を向けた。
「狂三……っ、おま、何を──」 半ば呆然と士道がカラカラののどを絞ると、狂三はくすくすと笑った。 いつものような可愛らしい微笑ではない。聞いているだけで歯の根が鳴るような、不気味な笑い声だった。
「何かを殺そうというのに、自分は殺される覚悟がないだなんて、おかしいと思いませんこと? 命に銃口を向けるというのは、こういうことですのよ?」
「……、や、め……」 息も絶え絶えといった調子で男が声を発そうとした瞬間。
狂三が、躊躇も逡巡もなく引き金を引いた。
瞬間、銃口から影を固めたかのような漆黒の銃弾が、これまた真っ黒い軌跡を描きながら、男の腹に描かれていた的の中央に吸い込まれていった。
「ひぐ──ッ」 男の身体からだがビクンと跳ねる。それきり、男は何も声を発さなくなった。
「一〇〇点、ですわね」 短く息を吐き、銃をその場に落とす。するとそれは、狂三の影の中に消えていった。
「お待たせしましたわ、士道さん。恥ずかしいところを見られてしまいましたわね」
狂三が、士道の方に振り返ってくる。
『──道! 士道! 逃げなさい! すぐに!』
そこで士道は、ずっと琴里がインカムを通して叫びを上げていることに気づいた。どうにか立ち上がると、ガクガクと震える足を制してその場から逃げ出す。
しかし。「うふふ、駄ァ……目、ですわよ」
「うわ……っ!?」 後方から狂三の声が響いたかと思うと、士道は急に足を取られ、地面に身体を叩きつけられるようにして転げた。不意のことで、頭をしたたかに打ち付けてしまう。
「つ……ッ」 目の前に火花が散るかのような鈍痛に顔をしかめる。
だが今はそれどころではない。
逃げなければならない──が、右足が何者かに拘束され、その場から動いてくれない。
狂三の影から白い手が顔を出し、士道の足をがっしりと掴んでいる。
「な、なんだ……これ……ッ!」 仰向けになり、足をばたつかせて振り解こうとするも、見た目に似合わぬ凄まじい力で足首を締め付けられ、逃れることができない。
そうこうしているうちに、狂三がゆっくりと士道の面前にまで迫ってきた。
「ふふ、捕まえましたわ」 言ってにっこりと笑い、傍らに膝を突ついて、士道に覆い被さるように身を寄せてくる。
「……っ」 心臓が締め付けられるように痛む。だがそれは、狂三の美しい貌と大胆な行動によるものではなく──純粋な、恐怖によるものだった。
そう。士道は今──狂三に、精霊に恐怖していた。 世界を殺す災厄。人類の天敵。
言葉の上では何度も耳にしていたその言葉。
飽くほどに折紙が繰り返していたはずのその台詞。
それが、初めて生々しい臭いを伴なって、士道の脳髄に染み込んできた。
そこで、狂三は士道の持っていたキーホルダーを視界に入れたのか、目を細めてきた。
「──まさか、それをわたくしに?…あの人も回りくどいことをしますわね…。ああ、ああ、また士道さんとデートに行きたかったのですけれど…残念ですわ。」
ぴと、と士道の両頬を包み込むように、狂三が手を這はわせてくる。
「……っ、……」 逃げようとした。叫を上げようとした。
でも、できなかった。足が痙攣し、のどから掠れた息が漏れるだけだった。
狂三が、士道に顔を近づけてくる。
でもそれはキスというより、まるで首筋に噛みつこうとしているようで──「……っ、え……?」
と。──そのとき、士道ののどから、ようやく声が出た。
狂三の口が士道に触れるかどうかのところで、全身を奇妙な感覚が包んだのである。
経験したことのない、不思議な感覚。まるで士道を包む空気全部が粘度の高い液体になり、意志を持って士道の体表を撫で回しているかのような、奇妙な感じがした。
そして、次の瞬間。
「────っ」 短い息を伴って、狂三の身体が軽々と後方へと吹き飛んだ。
コンクリートの塀に華奢な肢体が叩きつけられ、細かなヒビが入る。
「な──」 士道は何が起きているのかわからず、呆然と目を見開いた。
一体、これは──「──無事ですか、兄様」
と。どうにか状況を理解しようと思考を巡らせる士道の鼓膜を、そんな声が震わせた。
「は……?」 間の抜ぬけた声を絞り出しながら顔を上げる。
いつの間に現れたのだろうか、そこには今、ワイヤリングスーツを纏った真那が、士道を守るように背を向けながら立っていた。
肩には盾のような、羽のようなパーツが装着されている。
「真、那……?」 士道が掠れた声で名を呼ぶと、真那は視線を士道の方に向けて、「はい」とうなずいた。「間一髪でした。大事はねーですか?」
「あ、ああ……」 呆然と声を発する。と、真那はその反応をどう受け取ったのか、自分の装いを見下ろしながら、気まずそうに後頭部をかいた。
「ああ……そりゃ驚きやがりますよね。なんというか、ちょっとワケありでして」
と、前方から小さなコンクリートの破片が地面に落ちる音が聞こえてきた。
「……、まあ、話はあとです」 真那が言うと同時、狂三がゆらりと立ち上がり、唇を動かしてくる。
「あらあら……私と士道さんの逢瀬を邪魔するだなんて、マナー違反が過ぎませんこと?」
「うるせーです。人の兄様を狙いやがるだなんて、どんな了見ですか」
真那が言うと、狂三は驚いたように目を見開いた。
「真那さんと士道さんはご兄妹でいらっしゃいますの?」
「……ふん、貴様には関係ねーです」 真那は吐き捨てるように言うと、小さく首を回した。
その動作に合わせて肩に装着されたパーツが前を向いて可変していき、先端部がまるで手のように五つに分かれる。
そして左右合計一〇の先端部に、青白い光が現れた。「とっととくたばりやがってください、〈ナイトメア〉」
その言葉とともに真那が指を鳴らすと、両肩のパーツから一〇条の光線が迸ほとばしり、狂三に向かって伸のびていく。
まさに瞬の間の出来事。しかし狂三は身をひねると、光線を華麗にかわしていった。
「うふふ、あの時。彼が居なければ貴方は死んでいらしたのに…随分と吠えますわねェ。」
「──ち」 真那が鬱陶しげに舌打ちし、指を微かすかに動かす。
すると狂三に避けられた光線が急に進路を変え、再び狂三に向かっていった。
「ぎゅ……ッ」 さすがにこれは避けきれなかったらしい。両足と腹部を光線に貫かれ、狂三が奇妙な悲鳴を漏らし、その場にくずおれた。
どく、どくと、赤い血が地面に広がっていく。
「……っ」 あまりに凄惨な光景に、士道は眉をひそめた。
「化物風情が手間かけるんじゃねーです。」 真那は眉一つ動かさず、軽く右手を上げた。すると手の平のように開いていたパーツが再び盾のような形に戻り、その先端から、巨大な光の刃が姿を現す。
「──っ」 士道は息を詰まらせた。今から真那がしようとしている行為に気がついたからだ。
「真、那……ッ!」 思わず、士道は声を発していた。「どうかしやがりましたか。すぐに片付けちまいますので、待ってやがってください」
「駄……目だ! 殺しちゃ──!」
士道が言うと、真那は不思議そうに目を見開いた。 だがすぐに目を伏せ、かぶりを振ふってくる。
「……そういえばこの女、兄様のクラスに人間として転校してきやがったのでしたね。──兄様。詳しいことは言えねーですが、この女のことは忘れやがってください。この女は人間ではありません。生きていてはいけねー存在なのです」
そう言って、地面に倒れ伏した狂三の方に歩いていく。
「……ッ! そういう問題じゃない! やめろ! やめてくれ……ッ!」 士道が懇願すると、狂三が、のどからひゅうひゅうという息を漏らしながら、消え入りそうな声を発してきた。
「……ふ、ふ……やっぱ、り、士道さん、は、優しい……お方」
──真那の剣が、狂三に振り下ろされる。
じゅッ、という嫌な音がして、それきり狂三は何も言わなくなった。
「ふぅ」 真那が軽く右手を振る。すると手に装着されていたパーツが肩に戻っていった。
「なん……で」 そんな真那の背に、士道は震える声を投げた。
真那は小さく息を吐きながら士道に向き直り、足を進めてくる。
と、真那が着装していたユニットとスーツが淡く輝やいたかと思うと、次の瞬間には普の服装に戻っていた。
「知った顔が死ぬのは少しショックが大きかったかもしれねーですが、兄様、あの女を殺さなければ、殺されていたのは兄様ですよ」
「…………」 真那に言われて、言葉を失う。
「悪いことは言わねーですから、今日のことは悪い夢でも見たと思って、早めに忘れやがってください。あの女の死に心を痛めては駄目です。アレは死んで当然、存在してはならねーモノなのです」
真那の言葉に、士道は思わず拳を握っていた。
「っ、ASTの言い分はわかる……! 今助けてもらったのにも礼を言う! でも……でも、精霊だからってそんな言い方は……」
真那が怪訝そうに眉根を寄せる。
「……兄様、どこでそれを?」
「っ、……」 士道は微かに眉を動かした。そういえば、真那はこちらが精霊やASTのことを知っていることを知らないのだ。
だが真那は数秒のあと、何やら納得したように腕組みした。
「……さては、鳶一一曹ですね。まったくあの方は……兄様には甘々なんですから」
真那はやれやれと息を吐くと、再度士道に目を向けてきた。
「でもまあ、それなら話がはえーです。どこまで知っていやがるのかは存じねーですが、つまり、そういうことです」
真那が、何の感慨も無さそうに言ってくる。 士道はそんな真那の様子に、戦慄を覚えずにはいられなかった。
「なんで……おまえは、そこまで平然としてられるんだよ。おまえは、今、人……を、」
その言葉を発するのが躊躇われたのだろうか、のどが痛んだ。だが、無理矢理発音する。
「人を──殺し……たんだぞ……ッ!」
「人ではねーです。精霊です」
「それでもだ……! なんで、そんなにあっさりと──」
「慣れていやがりますから」
「……っ」 そう言った真那の声があまりにも冷たくて。士道は、息を詰まらせた。
「〈ナイトメア〉──時崎狂三は、精霊の中でも特別です」
「特別……?」 真那が、「ええ」とうなずく。
「死なねーんですよ。何度殺しても、どんな方法で殺しても。あの女は、何事もなかったかのように、必ずまたどこかに出現して、何度も人を殺しやがるんです」
「……っ!? な、なんだよ、それ……」
士道がそう言うと、真那が細く息を吐きながら、軽くあごを上げる。
その表情は、えらく歳を取っているように、くたびれて見えた。
「──だから。私は殺し続けているんです。あの女を。〈ナイトメア〉を。時崎狂三を。執拗に追いかけて、何度も、何度も、何度も」
疲れたように、真那が続ける。士道は顔を歪めた。
「違う……っ!」
「え?」
「それは──慣れているだなんて言わない。磨り減ってるだけだ。……心がッ!」
士道が言うと、真那が小さく眉を揺らした。
「何を……言っていやがるんですか、兄様」
「もう、止めてくれ、真那……おまえは俺の妹だっていうんだろ……? なら……一つだけでいい。俺の頼みを聞いてくれ……っ」
士道は祈るようにのどを絞った。 それは妄想でもなんでもない。
心は負荷をかけられると磨り減り──それがずっと続くと、ついにはもとに戻らないくらいに摩滅してしまうのだ。
──母に捨てられたときの士道が、そうなりかけていたように。
──敵意と殺意を向けられ続けた十香が、そうなりかけていたように。
「……無理ですよ、兄様」 しかし真那は、自嘲気味に言った。
「〈ナイトメア〉が生き返りやがる限り、そして人を殺し続けやがる限り、私はあの女の首を摘まねばならねーんです。でないと、あの女はもっともっと人を殺します。──私にしか、できねーんです」
「…………ッ」 ──違う。……方法は、それだけではない。
が、士道がそれを口に出すより早く、真那が顔の向きを右上の方に向けた。
「──ん、兄様。今日はここまでです」
「な……、まだ話は」
「増援が近づいています。兄様がここにいては面倒なことになりやがります」
真那が、半ば無理矢理士道を方向転換させ、背中を押してくる。
「っ、真那、おまえは──」
「聞き分けがねーですね」 真那が苦笑しながら指をピンと立てると、士道の身体がふわりと中に浮いた。「な──これは……」 間違いない。これは、ASTが顕現装置で展開する随意領域だった。
真那はCR-ユニットを着装していない状態で、この領域を展開したのである。
「また、会いましょう。今度は、もっと時間に余裕を持って」
「待──」 言葉の途中で士道の身体は路地の外にまで飛ばされ──優しく着地させられた。
「っ……」 AST隊員がいようと関係ない。士道はすぐ路地に引き返そうとした。
だが、不可能だった。路地の入り口には見えない壁が張られ、先に進めなくなっていたのだ。
きっと、真那の仕業だろう。
「……っ──」
士道はその場に膝を突くと、血が出んばかりに地面に拳を叩きつけた。
「……あー」 士道を路地の外に移動させた真那は、くしゃくしゃと頭を掻きむしった。
いろいろと余計なことを話してしまった気がする。これでは折紙のことを言えない。
だが……なぜだろうか、士道には聞いて欲しかったのだ。
「こんなの、ただのルーチンワークでしかねーですのに」
路地の奥で無残に横たわった〈ナイトメア〉──時崎狂三の遺体に視線を落とす。
と……どこから現れたのか、小さな仔猫が後ろ足を引きずりながら、狂三の亡き骸に寄り添そっていた。 不思議に思い、膝を折って頭を撫でてやる。
仔猫は小さな声でにゃあ、と鳴いた。「ほら、こんなところにいると血で汚れちまいやがりますよ」
言って、猫を抱き上げる。それから真那は再度、狂三の亡骸を見た。
「……なんで、か」 士道が言っていた言葉を口に出す。 そういえば、なんで──真那は狂三を殺し続けているのだっただろうか。
狂三は人を殺しまくる最悪の精霊で、真那には
「……つっ」 不意に頭に走った痛みに顔をしかめる。記憶が曖昧で、よく思い出せなかった。
軽く頭を振って、頭痛を追い払うようにする。
と──『真那さーん!』
「はぁ…」
聞き覚えのある声が路地に響き、真那はため息を吐いた。
『……って、……狂三さん…。』
この惨状を見ると今しがた来た少年───佐藤鷹禾は眉を八の字にして、悲しそうな顔になった。
『また、殺しちゃったんですか…?』
真那が無言で返すと、鷹禾はぶんぶんと頭を振って口を開いてくる。
『そうでした。真那さん。狂三さんの力について分かったことがあったのでお話しに来たんですけど………って、あれ?』
その時、鷹禾は少し屈んで地面に有った小さな機械をひょいと拾い上げた。
『真那さん、これなんでしょう。』
不思議そうな目で真那の手にそれを渡してきた。
真那は、地面に不思議なものを矯めつ眇めつ眺めてみる。
『これ、インカム……ですかね?』
鷹禾がそれを見つめながらポツリと声をこぼす。
そう、それは耳に装着するタイプの小型通信機のようだった。
「なんでこんなものが……」
真那は鷹禾と共に首をひねると、何とはなしにそれを右耳に近づけてみた。
すると、『──士道! 応答しなさい、士道! 一旦〈フラクシナス〉で拾うわ! 移動して!』
「…………っ?」 どこかで聞いたような声が、真那の兄の名を呼んでいるのが、聞こえてきた。
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『変わった』
一人、ボロボロのスーツを纏ったような装いの少女はポツリと呟く。
今度は、確信。
しかも、この変化の仕方は……
『初めて…。いや、違う。…もっと根源的な何かをもう一度繰り返された……』
少女はため息を吐くと、自分で考えを整理しようと思考を巡らせる。
『……先ほど、時が戻った。』
そう、戻ったのだ。しかもほんとうについ先程。
ボクに対する対策かどうか知らないが、…ある程度記憶を覗いても誰にも不審な記憶はなかった。
つまり、時を戻した当人にも無自覚無意識ということ。
────一番やりにくい。
敵を騙すなら味方からというが……。
『神を騙すなら…自分から…か。』
適当なことをぼやいてしまい頭を振る。
『そろそろ…ボクが出張らないといけないのかなぁ…。』
憂鬱そうに少女は盛大なため息を吐いた。
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ダブルデートとか、抜かしたのに全然デートの描写ねぇじゃねえか。それどころか、佐藤くんの過去話のほうが長えぞどうなってんねん。
というわけで狂三編第四話は終わりです。最近はね、すっごい投稿頻度ヤバいけど、善処しているんです…ほんと、僕悪くないもん。
と、言い訳が過ぎましたがどうにか一週間に一回にはしていこうと思っています。では、ノシ。