デート・ア・ライブIF 【エラー】   作:セルヴェイエ

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復讐者 【二十一】

 

 

 

 

視界に広がるのは、地獄とも見まごう光景だった。

 

 

見慣れた住宅街が、真っ赤な炎に沈んでいる。建ち並んだ家々も、通い慣れた通学路の街路樹も、公園の木々も、可燃物と思しきものには一切の例外なく炎が舌を揺らめかせ、次々と炭に変えていく。

 

 

辺りからは勢い良く燃え盛る炎の轟々という音に交じって、逃げまどう人々の悲鳴や足音が響き、さらに時折、何かが爆発するような凄じい音が聞こえてきていた。

 

 

(なに……これ……)

そんな、あまりにも現実離れした光景を目の当たりにし、折紙は呆然と声を発した。

 

 

意味のない行動。その一言を発する間に足を動かした方が、遥かに賢明であったに違いない。

 

 

だが、それを愚かしいと断ずる者はいないだろう。

 

一〇と二つ歳を重ねただけの子供が速やかに理解をするには、今のこの状況は理不尽に過ぎた。

 

何しろ買い物から帰ってきたら、出かける前に見ていた街とは別の光景が広がっていたというのである。

 

 

その場にへたり込んでしまわないだけ、折紙はまだ幾分落ち着いているのかもしれなかった。

 

と──そこで、折紙はハッと目を見開いた。

 

 

(お父さん、お母さん……!)

そう。家には、父と母が残っていたはずなのである。

 

 

それを思い出した瞬間、折紙は手に提げていた鞄をその場に放り、駆け出していた。

 

子供一人が駆けつけたところで何ができるわけでもないし、もしかしたら既に避難を終えているかもしれない。

 

 

だが、混乱する折紙にそんな判断ができるはずもなかった。

 

 

ただ、数時間前とは随分と様変わりしてしまった道を走っていく。

 

 

そして数分後、なんとか自宅へと辿り着ついた折紙は、顔を絶望に染めた。折紙の家も他の家屋と同じように真っ赤な炎に包まれ、黒い影しか見えなくなっていたのである。

 

 

(そん、な……)

予想できていなかったわけではない。だがそれでも、実際目にするまでは一縷とはいえ希望があったのだ。

 

 

だが、これでは──(──っ!?)

 

と、折紙は肩を揺らした。自宅の扉が、内側から蹴破られたのである。 そして中から、額に汗を浮かばせた父が、母の肩を抱くようにしながら歩み出てきた。

 

 

(! お父さん! お母さん!)

 

折紙は精一杯のどを絞り、大きな声で二人を呼んだ。

 

 

(っ、戻っていたの、折紙!?)

 

 

(怪我はないか? ここは危ない。すぐに逃げるぞ!)

 

そう言いながら、父が折紙の方に手を伸ばして歩みを進めてくる。 折紙は二人が生きていてくれたことが嬉しくて、目に涙を浮かべながら何度もうなずいた。

 

 

そして、父の手を取ろうと手を伸ばし──

 

(────え?) 一瞬、何が起こったのかわからず、折紙はそんな声を発していた。

 

 

折紙が手を伸ばした瞬間、空から目の前に光のようなものが降り注いだのである。 そしてすぐに、凄まじい衝撃波が発され、折紙の身体は軽々と吹き飛ばされてしまった。

 

 

(きゃ……ッ!)

数メートル離れたコンクリート塀に打ち付けられ、数度咳込む。肋骨にヒビでも入ったのだろうか、そのたび激しく脇腹が痛んだ。

 

痛くて痛くて泣いてしまいそうになる。けれど、今はそんなことよりも両親の安否が気にかかった。

 

なんとかそれに耐え、視線をもといた場所へと向ける。

 

 

──だが、そこにはもう、誰もいなかった。折紙の両親がいた場所は地面ごと抉られ、まるで小さなクレーターのようになっていたのである。

 

這うようにしながら、そこへと進んでいく。 そして。

 

 

(あ、あ……あ……あああああ──)

抉り取られた地面に父と母であったものを見つけ、折紙は歯をガチガチと鳴らした。

 

 

強い目眩い。世界が歪むかのような感覚。真っ赤だった視界が、灰色と黒だけで塗りつぶされるような絶望感が折紙の意識を侵食していく。

 

 

何故。どうして。詮ない問いが頭を巡り、解が得られないままぐるぐると渦巻く。

 

 

(──っ)

折紙は顔を上げた。今し方折紙の父母を灼いた光。その根源を確かめるように。

 

そして……またも、身体が動かなくなった。

 

 

(てん──し……)

呆然と、呟く。そこには──天使がいたのである。

 

 

無論、そんなものがこの世に存在するはずがないのはわかっている。だけれど今折紙の視線の先にいる存在を表すのに、他に適当な言葉が思い浮かばないのもまた、事実だった。

 

痛みに視界が霞み、細部までを見取ることは叶わなかったが、空に立ったそれが人の形をしていることはわかった。

 

燃え盛る街を睥睨するように宙に浮いた、華奢なシルエット。──恐らく、年若い少女。

 

その影が手を頭に触れさせ、身体を微細に震わせる。

 

それは嘆いているようでもあり──嗤っているようにも見えた。

 

 

(お、まえ、が……)

 

──お父さんと、お母さんを。

 

 

言葉の後半は、声になっていなかった。ただ血が出んばかりに拳を握。しめ、歯を噛みしめて、火の海を舞まう天使の姿を睨み付け、呪いと怨嗟に満ちた叫びを上げる。

 

 

(許、さない……! 殺す……殺してやる……ッ! 私が──必ず……っ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで、鳶一折紙は意識を取り戻し、カッと目を見開いた。

 

 

「……っ、……っ」

今の今まで眠っていたというのに、呼吸が荒い。

 

折紙は身体を起こすと、動悸を抑えるように大きく深呼吸をした。うっすらと消毒液の臭いが混じった空気が、気管と肺を循環していく。

 

呼吸を整えた折紙は、ゆっくりと首を回し、周囲の様子を確かめた。 白い天井に、白い壁。視界の端に見えるのは、点滴を吊り下げておくスタンドだろう。

 

 

すぐに、自分が何度も世話になっている自衛隊病院の病室に寝かされていることに気付く。しかも、ご丁寧なことに個室である。

 

 

「…………」 無言で、額を拭う。頭部には丁寧に包帯が巻かれていたのだが、それが寝汗でびっしょりと濡れていた。

 

 

無論、額以外に巻かれた包帯や病衣の背も湿っている。折紙は身体に張り付いた病衣を摘つまむと、ぱたぱたと風を送り込んだ。

 

そう寝汗をかく方ではないのだが……恐らく、今の今まで見ていた夢のせいだろう。

 

 

五年前。折紙の両親が死んでしまったときの光景。

 

 

あのとき折紙が天使と見間違えた存在の名は、のちになって知ることになった。

 

特殊災害指定生命体・精霊。あの大火災は、その人外の存在の手によるものだったのだ。

 

 

だが──最近は見ることも少なくなった悪夢だというのに、なぜ今になって、また。

 

 

「──!」 そこまで考えて、折紙は息を詰まらせた。

 

 

なぜ今自分がここにいるのかを思い出したのである。

 

「士道……!」 愛しい恋人の名を呼ぶ。そう。折紙は来禅高校の屋上で精霊・時崎狂三と交戦し──取り押さえられたのちに気絶させられてしまったのである。

 

 

士道と真那の安否、それに狂三の動向が気にかかった(屋上にはもう一人ゴミと見間違えてしまうような生命体がいた気がしたが、まあそれは別に気にしなくてもよいだろう)。

 

 

折紙が生きているということは、他の面々も無事である可能性が高いが……それとて推測でしかない。

 

 

 

とにかく、情報が欲しかった。

 

 

折紙は気を失う寸前の記憶を探るように目を伏せ──あることを思い出して、ごくりと唾液を飲み下した。

 

折紙が狂三の分身体に取り押さえられ、狂三が士道に向かっていったとき。 空から、信じ難いものが現れたのである。

 

 

「炎の……精霊……!」 折紙は、網膜に映ったその姿を思い起こして、呪いに染まった声を発した。

 

 

炎の精霊。識別名〈イフリート〉。五年前、南甲町の住宅街に大火を呼んだ精霊。

 

──折紙の目の前で、両親を殺した精霊。

 

 

「見つけた。ついに……」

五年間、探して、探して、探し続けた仇敵。命を賭してでも殺すと決めた復讐の標的。偶然とはいえ、折紙は、ようやくそれに辿り着いた。

 

心臓が激しく脈動し、せっかく整えた息が再び荒くなる。永き悲願に指先が触れた、歓喜にさえ近い感情が頭の中を荒れ狂った。

 

 

だが……なぜか、不思議な違和感があった。

 

 

屋上に現れた炎の精霊──〈イフリート〉の顔を、五年前のあのときとは別に、見たことがある気がしたのである。

 

 

一体どこだっただろうか。思案を巡らせるも、出てこない。

 

折紙は数分間考え込んだあと、顔を上げてベッドから降りた。脇わきに置かれていたスリッパを履き、立ち上がる。 思い出せないものは仕方ない。

 

折紙がここに搬入されているということは、真那も病院内にいるはずだった。

 

彼女であれば、もっと詳しい事情を知っているかもしれない。

 

折紙は軽い立ちくらみを無視して歩き出そうとし──点滴に腕を引っ張られてベッドに尻餅をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

面会終了時間。

 

 

 

 

 

 

 

─────真那たちや佐藤、折紙、鷹禾の面会に来たのだが。折紙以外は会うことすらできなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────しかも、その折紙からは…〝とんでもない真実〟を聞いてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

できるだけ音を立てないように扉を閉めたのち、廊下に視線を落としながら歩き出す。

 

 

仮にも病院の廊下である。危険であるし、あまり早足なのは望ましくない。

 

 

だが、発散場所のない思考をどうにか放出するように、歩調は自然と早くなっていった。激しい動悸を抑えるように胸元に手を置きながら、カツカツと靴音を響かせていく。

 

 

 

 

────もしかしたら、琴里が……折紙の両親を。

 

 

 

 

 

「……っ」

と。歩調を緩めぬままエントランスまでさしかかった士道の歩みを止めさせたのは、不意にポケットで震え始めた携帯電話だった。 そういえば病院に入るとき、電源を切るのを忘れていた。慌てて病院から出ると、ポケットから携帯電話を取り出して通話ボタンを押す。

 

 

「はい……もしもし」

 

 

『……もしもし、シンかい』

 

 

「令音さん?」

急いで電話に出たため着信画面は確認していなかったが、その眠たげな声とシンという呼称ですぐに電話の主に見当がついた。

 

 

……知り合って随分経つが、令音はまだ士道の名前を間違えたままなのである。

 

 

『……ああ。真那や佐藤のお見舞いは終わったかな?』

 

 

「あ……はい。まあ、一応」

 

 

『……? 煮え切らない返事だね』

 

 

「えっと、実は2人とも処置中らしくて、面会できなかったんですよ」

 

 

『……ふむ、そうか』

言って、令音が何やら難しげにうなる。

 

 

「? どうかしたんですか?」

 

『……いや、何でもない。それよりシン、今から〈フラクシナス〉に戻って来られるかな? 琴里のことなんだが……』

 

「──!」

令音が発した名前に、士道は声を詰まらせた。 先ほど〈フラクシナス〉を出てくる前に見た琴里の様子と、今し方折紙に聞いた言葉が頭の中でシェイクされて、内臓が痛むような感覚が襲ってくる。

 

 

「こ、琴里に何かあったんですか!?」

 

 

『……いや、そういうわけじゃあない。協議の結果、作戦会議を開くことになってね』

 

 

「作戦会議?」

士道が眉をひそめながら問うと、令音が『……ああ』と返してきた。

 

 

『……シン、君は琴里をデレさせるのは困難と言ったが……今回のケースの場合、十香や四糸乃のときにはなかった大きなアドバンテージがある』

 

 

「アドバンテージ……ですか」

 

 

『……ああ。至極単純な理由さ。突然現れる精霊と違い、今度の攻略対象は君や我々と何年もの間一緒に過ごしてきたんだ。その趣味嗜向、好きなもの、行きたがっている場所、欲しがっているもの……エトセトラエトセトラ。我々はそれらの情報を、他の精霊とは比べものにならないレベルで保有していることになる。……しかも、一日強とはいえ、プランを練る時間も用意されているというんだ。これを有効活用しない手はないだろう』

 

 

「た、確かに」

言われてみればその通りである。確かに司令官モードの琴里はこの上ない難物であるが、事前のパーソナルデータ保有率だけを見れば、他の精霊とは比べものにならない。ある意味、もっとも対策を立てやすい攻略対象と言うことができた。

 

 

『……そこで、琴里のことをよく知るクルーたちを集めて、二日後のデートプランについて話し合おうということになったんだが、是ぜ非ひシンにも参加してもらいたいと思ってね』

 

そういうことならば是非もない。士道は大きくうなずいた。

 

 

「わかりました。役に立つかはわかりませんけど、是非協力させてください」

 

 

『……助かるよ。──では〈フラクシナス〉で拾おう。一旦自宅に戻って貰えるかな?』

 

 

「はい、了解です。──っと、令音さん」

 

 

『……ん? どうしたね』

 

 

「えと……その、五年前のことなんですけど。琴里が──」

 

 

『……琴里が?』

令音が聞き返してくる。しかし、士道はその先の言葉を紡げなかった。上手く思考を整理して質問を組み立てることができなかったのかもしれないし──琴里の部下であり親友でもある令音にこんな質問をするのが躊躇らわれたのかもしれなかった。

 

 

「……いえ、なんでもないです」

 

 

『……? そうかね。では、またあとで』

言って、令音が電話を切る。士道は無言のまま通話ボタンを押すと携帯電話をポケットに押し込み、重い足取りで歩いていった。

 

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シドー!」

士道が〈フラクシナス〉の転送装置で艦内に移動すると、そこには令音と、着替えがなかったためだろうか、令音と揃いの軍服に身を包んだ十香が待ちかまえていた。

 

 

「お、十香じゃないか。目が覚め──」

士道の言葉を最後まで聞かず、十香がバッと飛びかかってくる。

 

 

「う、うわっ!」 咄嗟のことに驚き、一瞬身体が硬直してしまう。

 

しかし十香は構わず士道の首に手を回すと、ぎぅー、と腕に力を入れてきた。

 

 

「うむ! シドー! 無事だったか! よかったぞ!」

 

 

「ん……おかげさまでな」

苦笑しながらぽんぽん、と肩を叩き、そろそろ離れるように促うながす。

 

 

十香は「ん」とうなずくと、士道の意を察して身を剥がそうとし──

 

 

「……ぬ?」

怪訝そうに眉をひそめて再び士道の首元に顔を近づけた。

 

 

そのまま匂いを嗅ぐように、ひくひくと鼻を動かす。

 

 

「な、なんだ? どうかしたのか十香」

 

 

「いや……なんだか嫌な匂いがする気がしてな。なんというのだろうか……いい匂いのはずなのだが、嗅いでいるだけでムカムカしてくるというか、腹が立ってくるというか……ああ、そうだ、鳶一折紙みたいな匂いがするのだ」

 

十香が渋い顔を作りながら言う。凄まじい嗅覚である。士道は心臓を跳ねさせた。

 

「──っ! き、ききき気のせいじゃあないか……?」

 

 

「む……そうか。そうだな。シドーから鳶一折紙の匂いがするだなんて、私はどうしてしまったのだろうか。シドーがあの女をおぶったりでもしない限り、匂いが付くだなんてありえないというのに」

 

「……! そ、そうだよ。そんなはずないじゃないか」

 

 

 

「……そろそろいいかな、シン」

と、そんな士道と十香の様子を横で見ていた令音が、ゆらりと頭を揺らしながら声を上げてきた。相変わらず眠そうというか、今にも倒れてしまいそうな調子である。

 

 

「あ……はい、すいません」

 

 

「……ん、では付いてきてくれ。十香は少し、四糸乃と遊んでいてくれるかな?」

 

 

「ぬ? シドーと一緒ではいけないのか?」

十香が眉を八の字にしながら士道の顔を見てくる。胸がちくりと痛むのを感じたが……琴里をデレさせるための会議に十香を出席させるわけにはいかないだろう。

 

 

「ごめんな、十香。俺はちょっと用事があるんだ」

 

 

「むう……わかった」

十香は唇を尖らせながらも、素直にそう言ってゆっくりと歩いていった。

 

 

「……さ、では行こうか」

言って、令音がふらふらと歩き出す。士道はその背について足を進めていった。

 

 

通ったことのないルートを通って、大きな扉のもとへと辿り着く。

 

令音が扉の前に立つと、ピピッという音がして、扉が自動でスライドした。

 

 

「……さ、入ってくれ」 令音が扉の横に立ち、士道を促してくる。 中は広い空間になっていた。部屋の中央には大きな円卓状の机が設しつらえられ、既すでに何人ものクルーたちが席に着いている。

 

 

どうやらここは作戦会議室のような場所らしい。

 

 

「……空いている席に座ってくれたまえ」

令音はゆらゆらと幽霊のような挙動で足を進めると、空いている席に腰こしを落ち着けた。

 

 

それに倣うように士道はその隣となりに座る。

 

 

手元を見やると、そこには小さな液晶画面とキーボードが設置されていた。どうやら全ての席に、簡易コンソールが設えられているらしい。

 

と、奥の席に腰掛けていた男が、こほんと咳払いをしてからすっくと立ち上がった。

 

 

背にかかるくらいの髪に、日本人離れした彫りの深い顔の造作。一昔前の少女漫画にでも出てきそうな風貌をした長身の男である。

 

 

神無月恭平(かんなづききょうへい)。この空中艦〈フラクシナス〉の副艦長であり、〈ラタトスク〉実戦部隊の副司令官でもある男だった。

 

 

琴里が隔離エリアに収容されている今、彼がこの艦の事実上の最高責任者となるはずである。

 

 

「よく集まってくれました、諸君。緊急事態につき、司令に代わってこの私、神無月がこの場を仕切らせていただきます。──士道くん、しばらくお付き合い頂けると幸いです」

 

 

「はい、もちろんです」

士道がうなずくと、神無月は満足げに首肯して言葉を続けた。

 

 

「では、早速本題に入りましょう。以前から司令の身体について知っていた者、今回の件で初めて知った者……様々いるでしょうが、どうか協力をお願いします。 ──今日の主な議題は、二日後に迫せまった五河司令と士道くんのデートプラン作成です。各々持ち寄った情報を紹介しあい、司令が心から楽しいと思える一日を演出するのです」

 

そう言って神無月が部屋に並んだクルーたちを見回し──すぅっと大きく息を吸う。

 

 

 

「……シン。少し耳を塞いでおきたまえ」

 

 

「え?」

不意に令音がそんなことを言ってきて、士道は首を傾げた。

 

 

と──「──さあ諸君。親愛なる〈ラタトスク〉機関員諸君。我らが愛しい女神の一大事だ。日頃の御恩に報いるときだ。司令が! 五河琴里司令が! 我らの助けを必要としている! それに応える気概はあるか!?」

 

 

「応ッ!」

 

神無月がよく通る声で叫ぶと、円卓に着いていたクルーたちがそれに応えるように一斉に大声を上げた。凄まじい轟声がビリビリと空気を震わせ、部屋の壁に幾重にも反響して士道の鼓膜を乱暴に叩く。

 

「な、なんだ!?」

士道の狼狽など気にしていない様子で、神無月が続ける。

 

 

「司令に褒められたいか!?」

 

 

 

「応ッ!」

 

 

 

「司令の笑顔が見たいか!!」

 

 

「応ッ!」

 

 

「司令に四つん這いにさせられたのち、ブーツの踵で尻を重点的に蹴られたいか!?」

 

「お……ぅ?」 どうやらこれは賛同が得られなかったらしい。神無月がこほんと咳払いをする。

 

 

「今こそ! 我らが愛を示すとき! 謳え、高きその御み名なを!」

 

 

 

「KO・TO・RⅠ! KO・TO・RⅠ! LO・V・E・KO・TO・RⅠ!」

 

 

ブリーフィングルームが熱狂に沈む。もう号令とか問答とかではなく、アイドルのライブでも見ているかのような調子だった。

 

 

「よろしい! では報告を開始せよ! 司令の希望、司令の願望、それら全てを成就させ、我らが司令をデレさせん!」

 

 

 

了解(ヤー)!」

 

 

 

神無月の声に応え、クルーたちが手元のコンソールを操作したり、持参した資料を繰くったりし始める。

 

 

士道は未だキィンという耳鳴りを覚えながら小さく頭を振った。

 

 

「な、なんですか……これ」

 

「……まあ、なんだ。皆琴里が大好きなのさ」

 

 

「はあ……」

士道が頬に汗をひとすじ垂らしながら言うと、円卓の反対側から声が上がった。髪に白髪の混じり始めた、痩身の男である。確か名は──〈社長(シャチョサン)幹本(みきもと)

 

 

「副司令! 私が!」

 

 

「よろしい、発言を許可する!」

 

「はっ! 何より基本はプレゼント! 好みがわかっている分、通常の精霊よりもポイントがわかりやすいと言えましょう! 司令の大好物といえば皆さんご存じチュッパチャプス! これのオリジナルフレーバーを作成し司令に献上すれば──!」

 

 

NON(ノン)! 短絡的に過ぎる! 我ら程度の知識で、司令のチュッパ愛を超越できると思ったか!? 心せよ! 相手の愛するものこそが、最も贈るに難きものであると!」

 

 

「……っ! も、申し訳ありませんッ!」

 

「次!」

 

 

「はっ!」

神無月の号令に合わせ、別のクルーが席を立つ。丸眼鏡が特徴的な、〈次元を越える者(ディメンション・ブレイカー)中津川(なかつがわ)である。

 

 

 

「司令の中学校の友達、早乙女加奈(さおとめかな)ちゃんからの情報によりますと、どうやら司令は最近携帯アプリのブタさん育成にはまっているらしく──」

 

 

「ちょっ、どこから情報得てんですか!」

たまらず士道が叫ぶと、中津川はもの凄すごくイイ笑顔でビッ! と親指を立ててきた。

 

 

「ご心配なさるな。口止め料は十分支払っておりますし、〈ラタトスクわれら〉のことがばれぬよう、ちゃんと『琴里ちゃんに付きまとう変態ストーカー』を演じておきました!」

 

「どういうことですかそれ!?」

 

「はァ……はァ……ね、ねえ君ィ、さっき一緒に歩いてた子と友達なんだよね……? お、お小遣いあげるから、あの子のこと詳しく教えてくれないかなァ……?」

 

「最悪だぁぁぁッ! ていうか加奈ちゃんそんな奴に友達の情報売ったのかよおい!」

 

「なんでもご病気のお母様がいるらしく、どうしてもお金が必要だったとかで。さんざ悩んだ末の決断でござりました。未だ後悔に枕を濡らしているご様子です」

 

「ごめん加奈ちゃん事情も知らず!」

士道が頭を抱えると、次いで中年の男──〈早すぎた倦怠期(バットマリッジ)川越(かわごえ)が席を立つ。

 

 

「副司令、それでは私が」

 

「よろしい、期待していますよ」

 

「はっ。──まずはこちらをご覧ください。五月二日の映像です」

 

と、川越が手元のコンソールを操作する。すると円卓の中央に設えられていたモニタに、艦橋の映像が映し出された。

 

 

 

艦長席に、琴里が腰掛けている。どうやら何か仕事を終えたところなのだろう。

 

琴里は「んん……っ」と伸びをすると、手で肩をさすりながら口を開いた。

 

 

『……ふぅ、疲れた。たまには温泉でも行ってゆったりしたいわね』

 

 

 

 

 

その光景に、居並んだクルーたちが騒然となった。

 

「お、温泉……だと……」

 

「はっ。確かに司令は仰いました。──そこで私が提案するのがこちらです」

 

言うと同時に、モニタの映像が古風な温泉宿のものに切きり替かわる。

 

 

「安らぎのひとときをあなたに。身も心もリフレッシュして、解放感溢あふれる休息を! 月見ヶ原温泉三泊四日コース! 源泉かけ流しの天然温泉が、司令の凝った肩と心を解きほぐしてくれることでしょう」

 

「な、なるほど……!」

 

「しかも、それだけではありません。この温泉、時間制ですが──混浴があるのです!」

 

 

『な……ッ』

再び、クルーたちに戦慄が走る。川越は鬼気迫る調子でバッと両手を広げた。

 

「調査の結果、司令が士道くんと最後にお風呂に入ったのは今からおよそ五年前!」

 

「な、なんでそんなことまで知ってるんですか……っ!」

士道が叫ぶも、華麗に無視された。川越が、熱っぽく語るように続ける。

 

「日頃は男女を意識しない兄妹間なれど、久方ぶりの入浴で士道くんは意外な妹の成長に気付き、司令もまた、兄の身体に不思議な感情を覚える……! 理性とは裏腹に高鳴る鼓動。不意に肌が触れ合うたびに意識しあう二人……! 無論、このシーンはカメラの数をいつもの倍にして記録します!」

 

 

『お、おお……ッ』

クルーたちが色めきたつ。女性機関員も何人かいるのだが、なぜか一緒になって興奮気味に鼻息を荒くしていた。まるで、そっちの方が目的と言わんばかりである。

 

 

「──そして迎えた最後の夜。楽しいひとときもやがて終わる。そんなとき、司令は勇気を出してこう言うのです。

 

『……ふん、今日くらい一緒に寝てあげてもいいわよ』」

 

 

『……っ! ……っ!』 クルーたちが悶えるように身を捩る。

 

 

「どちらからともなく手が触れ合い、いつしか重なる身体と身体。そしてついに触れる唇と唇ッ! 嗚呼っ、おめでとうございます! 司令! おめでとうございます……っ!」

 

川越が目を覆う。よく見ると泣いていた。否、川越だけではない。円卓に着いた令音以外のクルーたちが、全員感極まったようにその目に涙を浮かべている。

 

 

「士道くん……司令を頼みます……」

 

 

「お願いします、どうか彼女を幸せにしてあげてください」

 

 

「うぉぃおぃおぃ……」

いくつもの涙に濡れた視線に注視され、士道は辟易(へきえき)しながら頬をかいた。

 

 

「い、いや、そんなこと言われましても……」

 

「! なんて煮え切らない! それでも男か!?」

 

「そうですよ! 責任をとりなさい!」

 

 

「そんな男にうちの司令はやれんぞ!」

なんかもうみんな琴里の父親みたいになっていた。困り顔を作って額ひたいに手を当てる。

 

 

と、その場を制するように神無月がぱん、ぱん、と手を打った。

 

「いやしかし、彼のプランは素晴らしい!聖琴里勲章(セイントコトリ)ものだ!」

 

「有り難き幸せ!」川越が拳を手の平に打ち付け、頭を下げてみせる。士道はそんな様子を見ながら、隣に座る令音に小声で話しかけた。

 

 

「ええと、聖琴里勲章(セイントコトリ)ってなんですか?」

 

「……琴里の写真を使って神無月が自作した缶バッヂだ」

 

「……そうですか」

なんというか、あまりありがたみのない勲章だった。

 

 

と、もう半ば方針が決定してしまったかのような様子でうなずき合うクルーたちに、令音が声を上げる。

 

 

「……しかし、三泊四日では琴里のリミットは過ぎてはしまわないかね」

 

 

『……あ』 クルーたちがポカンと口を開け、顔を見合わせた。 そして一斉に困り顔を作る。

 

 

「む、むう……そういえば確かに。なんとか期間を短縮できませんか」

 

 

「駄目です! このプランは前二日の微妙な二人の付ず離れずの距離感が、最後の夜の引き金になるのです……!」

 

「……それに、最後の夜の琴里の行動はプランというより願望に近い気がするのだが」

 

 

『は……っ!』

令音に言われて初めて気付いたといった様子で、皆が息を詰まらせた。

 

「く──ならばどうすれば……」

神無月が苦しげにうなる。そんな様子を見てか、令音が小さく息を吐いた。

 

 

「……まあ、そこまで難しく考える必要もないと思うけれどね」

 

「と、言いますと?」

 

「……そうだな。シン、どこか琴里が行きたいと言っていた場所などはないかい?」

 

「行きたがってる場所……ですか」

 

「……ああ。できるだけ伝聞や盗み聞きではなく、琴里がシンに聞こえていることを自覚している場面で言っていたことの方が望ましい。シンに直接、連れていってくれ、だなんて言っていたら最高だね」

 

「は、はあ……」

士道はあごに手をあてた。琴里が士道に連れていってとせがんだ場所といえば──「ええと……あ、そうだ。そういえばいつだったか、CMでやってるのを見て栄部のオーシャンパークに連れてって、とか言われた気が……」

 

「……ん、そうか。ならそこでいいんじゃあないかな?」

令音が軽い調子でうなずきながら言う。

 

「い、いいんですか? 琴里が言ったっていっても、司令官モードじゃなくて妹モードのときですよ?」

 

「……構わないさ。別に、四糸乃のように別人格になっているというわけじゃあないんだ。むしろ感情を発露している状態であるし、好都合なのではないかな」

 

「はあ……」

だが、神無月は難しげに眉を歪めた。

 

 

「オーシャンパーク……ですか。まあデートスポットとしては王道ではありますが、明確なプランも示さずにはい決定というわけには……」

 

他のクルーも神無月と同意見らしかった。皆、承諾しかねるといった様子で口をへの字に結んでいる。

 

「……オーシャンパークなら琴里の可愛い水着姿が見られるのだがね」

 

『…………っ』

しかし令音の一言に、皆が息を詰まらせる音が聞こえてくる。 ……琴里と〈ラタトスク〉の命運を賭けたデートプランは、なんだか存外、簡単に決定してしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……む〜…」

 

 

第三領域───その城の一室。

 

 

白い髪を鬱陶しげに無造作に束ねた少女、緋衣響は机に突っ伏しながらぼやいていた。

 

 

 

 

そう、生というものを受け入れてからはや数カ月。いまだに響は環境の暑さや寒さや気持ち悪さに慣れずに居るのである。

 

そのため現実世界とある程度リンクしている隣界の暑さに少しでも抵抗するために手をパタパタと振って頭に風を送っていた。

 

 

 

 

 

「……佐藤さんは今ごろ狂三さんと戦ってるんですよね…」

 

 

そう言いつつ響は首を傾けて隣に座る少女の方を向いた。

 

 

 

「どうですかね。今は…もう終わってるんじゃないんですか?」

 

白い軍服を着、白い髪を均等に二つに結び、左目の文字盤を鳴らす少女───山打紗和はそんな言葉を返す。

 

 

 

「わたくしとしてはあの方に『わたくし』がボコボコにされているのを想像したくないのですけれど…」

 

 

対面の席に座る存在。黒い髪を不均等に二つに括り、赤と黒を基調とした霊装を纏っている少女……時崎狂三は嘆息したように紅茶を一口飲みながらそう零した。

 

 

と、

 

 

『ばかか、まだアイツラにバラす前なのにお前ボコボコにしてどうすんだよ。』

 

 

この部屋の入り口の扉の前に寄りかかる形で一人の少年が姿を現していた。

 

 

だが、三人の少女たちは特段驚きの表情は見せず、響が口を開いた。

 

 

「すんごい疲れてますけど…大丈夫ですか?」

 

 

 

 

『……アイツの本体さんが両腕ぶちおってくれたお陰でクソ痛かったよ。』

 

佐藤は分かりやすい皮肉を毒づいたが狂三はそれを無視した。

 

 

佐藤の登場から先ほどまで頭をカクンと項垂れていた紗和が次いで口を開いた。

 

 

 

「ならばまだ貴院に居ないと駄目なのでは?」

 

 

『ちゃんと分体残してるから安心しろ。』

 

 

そう言うと佐藤は目線を振って探していた人物がいないことを知ると質問をしようと口を開く。

 

 

『シスタスはどこだ?アイツと話しておきたい事があったんだが。』

 

 

 

その質問に響はキョトンと首を傾げる。

「シスタスさんですか?えーっとですね、昨日から頭が痛いって言ってて今は寝てるんじゃないんですか?」

 

 

 

その言葉に佐藤は…少し疑問を感じたがまあと言って話を変える。

 

 

『それなら別に良い。じゃあ、…俺は第五領域にでも行ってくるよ。』

 

 

「あら、あちらには行かなくてよろしいのですの?」

 

 

『今回の〈イフリート〉の件には俺は首を突っ込まない。あれは…当事者たちが解決すべきだ。』

 

 

 

 

扉を開くとそのまま廊下に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

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