デート・ア・ライブIF 【エラー】   作:セルヴェイエ

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第五章 八舞 ミスチーフ
仮面はどこまでも〝イタンデ〟 【二十五】


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界の狭間の中。ボロボロのスーツを着た少女───クラウンは、その物語を見ながらつまらなそうに息を吐いた。

 

 

 

『なるほどね〜…彼は…立ち直ったんだ?──あの時殺すべきは時崎狂三じゃなくて、緋衣響の方が良かったかな?…まぁ、どうせ皆死ぬんだ。順番が変わろうがどうだって良いさ』

 

 

 

クラウンは画面の中に映る少年を見てもう一度深いため息を吐いた。

 

 

『……どうやって…心を折ってやろうかな〜?』

物語を早送りしたり、停めたりしてクラウンはとある少年の情報を掴もうとしていた。

 

 

 

 

 

『………絶望…ね。』

とある場所で一時停止して、クラウンは口角を上げた。

 

 

 

『…ウェストコット…。アイツと手を組む……ふふっ、それが良い…』

 

確か…ウェストコットは本条二亜の〈囁告篇帙(ラジエル)〉を〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉にしてから手に入れる筈だ。

 

 

 

だとしたら。───

 

 

 

あの男がやる事は……ウェストコットの計画を阻止するために、少なくとも…山打紗和などを連れて主人公の味方をする…かな?

 

 

 

でも、あの男はもう、一人を失っている。

 

 

だとしたら…山打紗和や時崎狂三の〈霊結晶(セフィラ)〉を受け継いだ緋衣響は連れて行かずに隣界を守らせ、単身で主人公の加勢に来るだろう。

 

 

 

 

─────────と、そこまで考えてからクラウンは半目で息を吐いた。

 

 

『………まぁ。ボクの再生が間に合わないから無理なんだけどさ。』

 

 

 

 

ゲームガーディアンでもそうだが、物語(ゲーム)の限界以上に数値を弄りすぎると壊れる(クラッシュする)

 

 

だから、数京年かかる再生の時間を限界まで早くして……

 

 

 

『────六ヶ月か七ヶ月にしたら……丁度〝あの時〟か。』

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

────この物語はただ〝私が物語を終わらせたいから〟始めたに過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

っ……ん? 何? 今、場面展開しようと思って───あ、止めてない?……何でオフロスキーみたいになんないといけないんだ。

 

 

 

『まぁ、何か知りたいことがあるんでしょ……え…、ボクを嫌ってる人が居る?───あ〜…まぁ、そういうこともあるよね。』

 

 

クラウンは頭を振ると、にやりと嗤った。

 

 

 

『じゃあ、そうだ。〝ボクがもっと嫌われるよう願いを込めて〟……彼女たちをどうやって壊したのか…教えて上げるよ』

 

 

パチンッとクラウンが指を鳴らすと、何処からともなくクラウンの前に一人の男の子が現れる。

 

 

 

『ああ、安心して?この男の子には何の伏線もないし、本当にモルモットとして扱うだけだから。』

 

 

そして……キョロキョロと不安そうに辺りを見渡す男の子の顔を一瞥してからクラウンは能力を発動する。

 

 

 

虚王無永転(ハシュレフリエイン)】は全ての数値を弄くれる。重力だろうと時間の進みだろうと物体の速さだろうと……。

 

 

 

そう───人体の痛覚と感覚すらも。

 

 

 

『取り敢えずぅ…、痛覚と熱の感覚を…五億倍でいいかな。』

 

 

 

 

瞬間、クラウンは音声の大きさを0に変えることを忘れていたことを…思い出した。

 

 

 

「あああああああああああががががががががががががががぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ─────ッ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

『うるさ…っ』

更に倍率を上げるため、うるさくならないように…男の子の音量を0にした。

 

 

『ぷ…っ、ふふ…あはは…っ!ほんとこれ、面白すぎるんですけど!』

 

 

自身の血液よってまるでマグマを身体全身に流されているかのような激熱を感じ、呼吸をするだけで針千本を飲み込んでいるような痛みを感じ、衣擦れだけで身体を削られる間隔に陥る。

 

 

 

 

しかし、これは…ただ生きているだけで感じる前提の痛み。

 

 

『これで、蹴り飛ばしでもしたらぁ…、どうなっちゃうのかなぁ…。ああ〜…すっごく楽しみ…』

 

クラウンは軽く伸びをした後に、思い切り少年の腹を踏み潰した。

 

 

「◎△$♪×¥●&%#?!¶¢‡§¥■⊕∃∨▲∉µ○!!!!!!!!!!」

 

 

『あー…やっぱ何言ってるかわかんないや。…』

クラウンは…もう飽きたのか、少年の存在自体を0に変えて静寂を作り出した。

 

 

 

 

そして、終わった後にクラウンは〝こちら〟を見つめ笑った。

 

 

『耐久力の高い精霊たちはね、…何と何と…さっきの痛覚とか感覚神経を七兆倍にしても生きれてたんだよねぇ。…ま、…七兆倍にしたのを…通常に戻して…そのあとにまた七兆倍にして、っていうのをずぅぅぅぅっと…繰り返してたら…〝ああなった〟。』

 

 

 

本当は今説明するつもりじゃなかったんだけど、──あ、これモノローグか。

 

 

 

 

『本当はこんなに早くに説明するつもりじゃなかったんだけど。ボクの力を教えたかったからやっちゃった。』

 

ふふっと…クラウンは笑い、──そして一礼をした。

 

 

 

「どうか、ワタシの破壊が貴方たちにとっての娯楽になりますよう…努力いたします…。──因みに、バッドエンドとか鬱エンドとかが嫌いな人はこれ以上読み進めないほうが良いよー…」

 

 

 

それと、と言ってクラウンは眠り眼を擦りながら口を開く。

『ボクの見た目とか、君たちに見せるために……えーっと…えーあい?とやらでやって見たんだが、こりゃ駄目だね。上手くやろうとすれば出来るんだろうが…ボクにはサッパリだ。だから、その失敗作の中でも少しだけ上手くできたモノを載せて終わるよ…』

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後にそういってクラウンは今度こそ、…数カ月の眠りに就いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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夕日がビル群の谷間に落ちた頃。

 

 

ビルの屋上の縁に腰掛けるようにしながら、時崎狂三は気怠げに首を回した。

 

 

背後には、数名の人間が倒れている。

 

 

 

否──正確に言うのなら、このビルの中にいる人間全てが、意識を失っている状態であるはずだった。

 

 

 

〈時喰みの城〉。狂三の影を踏んでいる人間から時間を吸い上げる、狂三の持つ広域結界である。

 

 

 

 

 

 狂三の左目の時計が、逆方向にくるくると回る。

 

 

 

 

 

先日予想以上に消費させられてしまった『時間』を埋めるように。

 

 

狂三は小さく息を吐くと、ビルを覆った影を、ゆっくりと自分の足元に収めていった。

 

 

本来ならば死の直前まで時間を吸い尽くした方が効率はよいのだが、これだけの人数が大量死したとなれば間違いなく騒になる。

 

まだ十分に『時間』を補充できていない狂三としては、ASTやあの赤い精霊、そして…DEMに嗅ぎつけられるのは避けたいところだった。

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ。まだまだ、足りませんわね……」 軽く伸びをすると、左手を伸ばして唇を開く。

 

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉」

 

すると狂三の影から、巨大な時計が姿を現した。失われたはずの『Ⅰ』『Ⅱ』『Ⅲ』の数字も、既に復元されている。

 

 

しかしその最下に位置する『Ⅵ』の数字は、なぜか白く色を失っていた。

 

 

狂三が片手を掲げると、時計の短針──古式の短銃が、手の中に収まった。

 

 

続けるように、妖しく唇を動かす。

 

「──【八の弾(ヘット)】」

 

狂三の声と同時に、左目の時計が凄まじい速さで順方向に回転し、『Ⅷ』の数字から滲み出た影が短銃の銃口に吸い込まれていく。

 

 

そして狂三は、影の装填された短銃の銃口をゆったりとした動作で自分のこめかみに持っていくと、何の躊躇いもなく引き金を引いた。

 

 

瞬間、頭をぐわんと揺するような衝撃が通り抜けていき、狂三の身体が二つに分かれる。

 

否、正確に表現するのであれば少し違う。

 

狂三から、もう一人の狂三が生まれた……といった方が適当だろう。

 

 

刻々帝(ザフキエル)〉【八の弾(ヘット)】。

 

 

装填された弾で己を撃ち抜くことにより、『今までの自分』を切り取った分身体を作り上げる【弾】である。

 

 

分身体の活動限界は、【八の弾(ヘット)】生成の際に消費した『時間』に比例する。

 

 

つまり、長時間生存する分身体を生成するためには、狂三の『時間』をそれだけ多く使わねばならないのだった。

 

 

「まったく、本当に燃費の悪い子ですわ」

 

愚痴るようにこぼしながら、もう一発、【八の弾(ヘット)】をこめかみに撃ち込む。

 

 

すると再び狂三の身体からもう一人の狂三が生まれ、屋上に蟠った影に吸い込まれていった。

 

数日前、来禅高校の屋上で崇宮真那と炎の精霊に消された分身体の数はおよそ五〇〇体。

 

 

 

未だ狂三は影の中に、幾体分身体を保有しているが──まずは十分に時間を補充し、軍備を整えなければならないだろう。

 

 

「次は……絶対に、いただきますわよ、士道さん」

 

 

唇を歪んだ上弦の月にし、くすくすと笑みを漏らす。

 

と──「……?」

 

狂三は突如として軽い立ち眩みを感じ、用心深く後ろを振り向いた。しかし、誰も──少なくとも意識のある人間はいないはずの屋上に、何者かの気配はない。

 

 

 

 

だが、立ち眩みと共に流れ込んできた情報によってすぐにその正体は知れた。鼻から息を吐き出し、肩をすくめるようにする。

 

 

 

「ああ、ああ、あなたですの」

狂三は眉を撥ね上げ、軽く目を細めた。すると、そこには、見覚えのあるシルエットが立っていたのである。

 

 

 

自身の記憶を消した張本人であり、一切の正体を明かさずに普通の高校生として生きる存在。

 

──穴の空いていない無機質な楕円形の仮面と闇のように真っ黒な外套を羽織りながら、フードで髪を覆い隠すように被った少年……佐藤は口を開いた。

 

 

 

『ああ、久しぶりだね。──いや、そうでもないか? まぁ、いいや。で、どう?アイツは』

 

 

 

だが、別に記憶をぼやかさせられるのも戻されるのは初めてのことでもない。

 

 

狂三は驚くでもなく悠然と首を前に倒した。

 

 

「ええ、素晴らしかったですわ。あんな方が実在するだなんて、この目で見るまで信じられませんでしたけれど」

 

 

そう。ひと月ほど前、五年ぶりに佐藤が狂三の前に現れ、そのことを口にしたときは半信半疑だった。 ──三体もの精霊の力をその身に蓄えている人間がいる、だなんて。

 

 

だがもし本当にそんな存在がいるとしたら……それは狂三の目的に近づく大きな一歩となる。駄目でもともとと接触を図ってみて驚いた。確かに狂三の鋭い嗅覚は、士道から濃密な霊力の匂いを感じ取ったのである。

 

 

 

『もう、アイツのことは諦めたのかい?』

 

 

「ふふ、まさか」

 

佐藤の言葉に鼻を鳴らす。

 

「──でも今は、『時間』を蓄えるのが先ですわ。今の状態では、あの炎の精霊を殺しきるには至りませんし。万全ですらあの子供にすら邪魔をされる始末……でも、諦めませんわよ?」

 

八の弾(ヘット)】で頭部を撃ち抜きながら、続ける。

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉最後の弾──【一二の弾(ユッドベート)】を使うためには、士道さんの力が必要なんですもの。絶対、絶対いただきますわ。絶対、絶対諦めませんわ」

 

 

そう。永劫に叶ぬと思っていた願い。

 

この世に生まれ落ちてからずっと心に燻り続けた悲願。

 

それを達成しうる道を、ようやく見つけたのである。〈刻々帝〉には、文字盤一つ一つに、それぞれ霊力を有する【弾】が装填されている。

 

 

それらは狂三の『時間』を消費することによってその力を現すのだが──【一一の弾(ユッドアレフ)】と【一二の弾(ユッドベート)】だけは、少々その性質が異なった。

 

それぞれが、精霊一人の命を使い潰すほどの代償を必要とするのである。

 

もし撃ったならば、狂三はその場で息絶えてしまうやもしれない。

 

仮に生きていたとしても、そのときには目的を達するだけの力を残せてはいまい。

 

だが、士道さえ、精霊三人分の霊力を有する士道さえ『食べる』ことができたなら、狂三は十分な力を残した状態で【一二の弾(ユッドベート)】を撃つことができるのだ。〈刻々帝(ザフキエル)〉【一二の弾(ユッドベート)】。

 

 

その力は──『まだ、アレを諦めてないのかい?』

 

 

「…………」

まるで狂三の思考を見透かしたかのような佐藤の言葉に、狂三は眉をひそめて視線を鋭くした。

 

「いくら貴方でも、そこまで言うのはお門違いですわよ?」

 

 

『それはすまない……けれど、前の礼もまだなんだ。教えてくれても良いだろう?』

 

佐藤がおどけるように言ってくる。狂三はふんと鼻を鳴らした。

 

そう。【一二の弾(ユッドベート)】が持つ力は、時間遡行。撃った対象を、過去の世界に送る弾である。

 

 

狂三は、左手に握った短銃を掲げるようにしながら、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「──【一二の弾(ユッドベート)】。わたくしはそれで、三〇年前に飛びますの」

 

 

『前は教えてくれなかったけど。何故そんな時間に?』

佐藤が問うてくる。狂三は短銃の引き金に指をかけながら続けた。

 

 

「三〇年前、この世界に初めて現れたという精霊。全ての精霊の根源となった『最初の精霊』。──それを、この手で殺すためですわ」

 

 

『…………』

佐藤が、無言になる。狂三は構わず言葉を継いだ。

 

 

「この世に、精霊が現れたという事実を消し去る。今この世界にいる全ての精霊を、なかったことにする。──それが、わたくしの悲願ですわ」

 

しばしの沈黙のあと、佐藤が声を発してきた。

 

 

『やっぱり、君は……優しいな』

 

 

「……っ!」

狂三は不快そうに眉根を寄せると、握っていた短銃を佐藤に向けて引き金を引いた。

 

 

『あー 悪いね』

へりくだるように笑いながら佐藤は弾丸を弾いた。

 

 

 

 

心底不愉快だが、尋ねたい情報もあり狂三は銃を下ろすと唇を開いた。

 

 

「あの子供は。何ですの?」

 

 

 

子供───というのが、一瞬佐藤には分からず、視線を彷徨わせたが、ああと理解した。

 

 

『佐藤鷹禾の事か?』

 

 

 

佐藤が口調を変えたことに反応することもなく端的にええと頷く狂三。

 

 

 

『アイツの何が識りたいんだ?』

 

 

 

 

 

「────全て、ですわ。」

 

 

佐藤はその答えを聞くと…、やれやれと肩をすくめた。……そして…少し、目を瞑ったあとにチラリと狂三を視界の端に捉えながら口を開いた。

 

 

 

『〝真実〟…を世界に適用させる能力だ。』

 

 

「真実?」

 

 

『ああ。……奴が随意領域内で起こす事実と事象には絶対に〝真実〟が適用される。この世の物差しに全ての〝特異〟は弾き出される。だから、本来ならば…霊力なんて言う未知の存在そのものを消しされる能力なんだが…。弱体化してるんだろう、特異を弱化させる程で能力は終わるし、効果範囲も世界全土ではなく随意領域内に変わってる。』

 

 

その…隔絶的過ぎる力に、狂三は…目を見開き、そして…ぶつぶつと独り言を始める。

 

 

「……本来起きる真実の強制化…。確かに…それならば、…納得できますわ…。」

 

 

 

 

と、そこまで考えてから狂三は佐藤を睨んだ。

 

 

「なら、貴方はあの空間内で…何の能力を使っておりましたの?───まさか、〝何も使っていない〟なんて…言いませんわよね?」

 

 

 

 

『何も使ってな────』

頬を弾丸が掠めた。

 

 

別段気にする攻撃ではないが、これはそういうパートなのだ。だから、わざとらしい反応を佐藤はする。

 

 

 

『っぶねぇな…──仕方ねぇだろ。あの時はアイツも居たんだ。能力を使うわけにはいかなかったんだよ』

 

 

 

ならば、と狂三は結論を出して唇を噛んだ。

 

 

 

「霊装と天使が弱体化してるとはいえ…わたくしを…ただの生身で、追い詰めましたの?!」

 

 

 

『だから、そうだって言ってんだろ…』

 

 

 

───しかし、佐藤の顔から本当だと分かったのか…狂三は呆れるような…諦めるような…ため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──それでは、処分を言い渡す」

静かで重い男の声が、直立した折紙の鼓膜を震わせる。自衛隊天宮駐屯地の一室には今、数名の男たちが並び、部屋の中央に立った折紙に視線を向けていた。その表情は一様に険しく、まるで折紙を糾弾しているかのようである。

 

 

だが、それも当然だった。

なぜなら、今行われているのは、先の折紙の不祥事に対する査問であったのだから。

 

 

正面に座った男──桐谷陸将が、厳かな調子で言葉を続けてくる。

 

「鳶一折紙一曹を懲戒処分とする。もう顕現装置(リアライザ)に触れる事は二度とないと思え」

 

 

「…………」

 

予想通りの言葉。表情を変えることもなく細く息を吐く。

この査問は開始前からほとんど結末が定められているようなものだった。

 

形式上、弁護役に直属の上司である日下部燎子も列席はしていたが、ほとんど発言を認められていない。これはあくまで、折紙を懲戒にするための手順に過ぎなかった。

 

とはいえ、あれだけのことをしでかしたのだ。当然といえば当然である。むしろ折紙自身、それを覚悟の上で起こした行動でもあった。

 

 

あの精霊さえ──折紙の両親を殺した炎の精霊〈イフリート〉さえ倒せたなら、もう戦えなくなっても構わないと、討滅兵装の引き金を引いたのだ。

 

 

折紙の誤算は……〈イフリート〉五河琴里が、両親の仇ではなかったことだった。

否──まだはっきりしたわけではない。だが士道が命を賭して訴えた言葉をまったくの嘘と切り捨てることもまた、 折紙にはできないのだった。

 

もし士道の言うことが本当で、五年前のあの場所に、もう一体精霊がいたとしたならば、折紙は真犯人を追うチャンスを、今ここで失ってしまうことになる。

 

その事実が、めったなことでは動じない折紙の心臓をきつく締め付けるのだった。 

 

 

だが──その瞬間。

 

「……?」 突如部屋の扉が開かれ、部屋に居並んだ男たちの視線がそちらに注がれた。

 

 

「なんだ、今は査問中だぞ。誰も入れるなと──」 桐谷が眉根を寄せながら言いかけ、その闖入者の顔を見ると同時、言葉を止める。

 

 

「──ミスター・ウェストコット?」

その怪訝そうな声と顔に違和感を覚え、折紙もちらと後方を見やる。 そこには、一人の男が、秘書と思しき少女を従えて立っていた。

 

漆黒のスーツに身を包んだ背の高い男である。

 

くすんだアッシュブロンドに、貌にナイフで切り込みを入れたかのように鋭い双眸。歳はせいぜい三〇代半ばといったところだったが、どこか歳を経た老練さを感じさせる不思議な男だった。

 

その男の顔を見て、そして桐谷が呼んだ名を聞いて、折紙は微かに眉を動かした。

 

DEM社業務執行取締役マネージング・デイレクター、

 

サー・アイザック・レイ・ペラム・ウェストコット。

 

 

世界で唯一顕現装置を製造することのできる会社メーカーの、実質的なトップである。

 

 

「──ああ、お取り込み中だったかな。これは失礼」

ウェストコットは部屋を見回すと、流暢な日本語でそう言って小さく肩をすくめた。

 

 

「な、なぜこんなところにあなたが……」 桐谷が狼狽えた様子で言うと、ウェストコットがそちらに目を向ける。

 

 

「いえね、せっかく〈ホワイト・リコリス〉をプレゼントしたのに、マナがダウンしてしまっていると聞きまして。今は日本に居ますし、激励とお見舞いにと思ったのですが……道中、面白いことを耳にしまして」

 

 

「面白いこと?」

桐谷が首を傾げると、ウェストコットは大仰にうなずいた。

 

「〈ホワイト・リコリス〉を起動させ、精霊と戦った隊員がいるそうではありませんか」

 

「……っ」

ウェストコットの言葉に、桐谷が息を吞むのがわかる。

 

それはそうだろう。DW‐029〈ホワイト・リコリス〉──折紙が無断使用した討滅兵装は、DEMの実験機。秘匿技術の結晶である。技術的に使用が困難という話以前に、DEMの出向社員たる真那にしか起動が許されていない装備だったのだ。

 

そんな思考を察したのか、ウェストコットが芝居がかった調子で首を振った。

 

 

「早合点はいけない。私は別に、そのことを責めるつもりも、不祥事を盾にとってなにがしかの要求を通そうとするつもりもありません」

 

「……? では?」

 

「純粋な好奇心です。あのじゃじゃ馬を僅かな間とはいえ乗りこなした魔術師というのはどんな方かと思いましてね。まあ──」

 

言いながら、ウェストコットが折紙に視線を向けてくる。

 

「君のような可愛らしいお嬢さんとは思わなかったがね」

 

 

「…………」

その視線に、得体の知れない気味悪さを感じ、折紙はごくりと唾液を飲み下した。

 

それが伝わってしまったのだろうか、ウェストコットが苦笑しながら肩をすくめる。

 

と、そんなやりとりを遮ぎるように、桐谷陸将がわざとらしく咳払いをした。

 

「今回の件に関しては後に正式に謝罪させていただく。一曹にも処分を与えるつもりだ」

 

「処分といいますと?」

 

「記憶処理を施した上での懲戒免職が妥当と結論が出たが」

桐谷がきっぱりと言うと、ウェストコットが大きなため息を吐ついた。

 

「何を言っているのですか。あれを扱えるレベルの魔術師なんて、そうはいませんよ?」

 

 

「……そういう問題ではないのだよ、ミスター。これは隊の規律の問題だ」

 

 

「オォゥ……」

桐谷の言葉に、ウェストコットは大仰な仕草で額に手を置き、細く息を吐いた。

 

そして桐谷の目の前の机に手を突き、ずいと顔を寄せて口を開く。

 

「おわかりいただけませんか。私が、これだけ言っても」

 

『……っ』

ウェストコットの言葉に、部屋に居並んだ武官たちが一斉に息を詰まらせた。

 

それだけの迫力が彼にあったのも確かだが──それだけではあるまい。

 

アイザック・ウェストコットはDEM社業務執行取締役マネージング・デイレクター。つまり、世界中の顕現装置を牛耳っていると言っても過言ではない男なのである。

 

三〇年前、人類が手にした奇跡の技術。 空想を現実に再現する『魔術』の一端。 

 

一般には公表されていないものの、既に顕現装置は各国の重要機関に配備されている。

 

もし仮に、DEM社の気まぐれで、特定の国に顕現装置が供給されないという事態になりでもしたなら、その国の力を大きく削ぐことになってしまう可能性さえあるのだ。

 

桐谷陸将が、ごくりとのどを鳴らすのがわかる。ただでさえ今、陸上自衛隊はDEM社に大きな借りを作ってしまっているのである。

 

ここで判断を誤り、ウェストコットの機嫌を損ねたならば、間違いなく厄介なことになるだろう。

 

だが。桐谷はぎりと歯を噛み締めると、拳を机に打ち付けた。

 

「……舐めるなよ民間企業。決定は覆らん。鳶一一曹は懲戒処分だ」 言って、キッとウェストコットを睨み付ける。 一瞬部屋中から息を吞む音が聞こえてくるが──異議を差し挟む者はいなかった。

 

当然といえば当然である。自衛隊の幹部が外国企業の要求に屈するなどという前例を、こんなところで作ってしまうわけにはいかないのだ。

 

 

「ご立派」

しばしの間無言で桐谷と視線を交じらせていたウェストコットは、ふぅと息を吐くと、ジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。

 

 

「──ああ、どうも。お久しぶりです。ええ、実はご相談したいことがありまして……」

そして幾度か言葉を交わしたのち、ウェストコットは桐谷に電話を手渡した。

 

「……? 何を──」

 

 

「出ていただければわかります」

桐谷は訝しげに表情を歪めながらも、ウェストコットから電話を受け取った。

 

そして、それから数秒後。

 

「……ッ、佐伯防衛大臣……!?」

桐谷はガタッと椅子を揺らしながら、顔を驚愕に染めた。

 

「は……ですが。──い、いえ、決してそのようなことは……」

 

桐谷が額に汗を滲ませながら、眉間に盛大なしわを刻む。

 

そして通話を終えた桐谷は、電話をウェストコットに叩きつけるように放った。

 

「おっと。大事に扱ってくださいよ。最新型なんですから」

 

「……貴様っ」

 

「ふふ、文民統制シビリアンコントロールというのは素晴らしいシステムですね。屈強な方々を相手取らずとも、一人の紳士と懇意にするだけで事が済む」

 

するとウェストコットは電話を内ポケットにしまい込み、桐谷に視線を送りながら小さく肩をすくめ、発言を促がすように手の平を表に向けた。

 

桐谷は忌々しげにうめくと、先ほど打ち付けた拳を再び振り上げ、机に叩きつける。

 

「……鳶一折紙一曹を、二ヶ月間の謹慎処分とする……!」

 

『……!?』

その宣言に、並んだ幹部たちが目を見開いた。謹慎──要は、顕現装置の使用禁止。 折紙のしたことから考えれば、信じられないほどに甘い処分である。

 

「陸将。それは」

 

「……ッ、黙れ。私は処分を伝えたぞ。査問は終わりだ。さっさと失せろ!」

 

「ですが」

折紙が言いかけたところで、燎子が泡を食って立ち上がり、手を取ってきた。

 

「し、失礼します!」

言って敬礼をし、折紙を連れて足早に部屋を出ていく。 その際、ウェストコットが友人にするような動作で小さく手を上げてきたが、折紙はそれを一瞥するだけで返さず、燎子に引かれるままに扉をくぐっていった。

 

そして燎子は折紙を連れてさらにツカツカと歩き、声が届かないくらいの距離に至ってから、再び言葉を発してきた。

 

「……折紙、あんたさっき何言おうとしたのよ」

 

「……、たとえ間接的とはいえ、自衛隊幹部が外国企業の要求に──」

 

言いかけたところで、折紙はスパンッ! と頭を叩かれた。

 

「何をするの」

 

「こっちの台詞よ。下手なこと言ってまた懲戒にされたらどうするの!」

 

「……困る」

折紙が言うと、燎子は頭をくしゃくしゃとかきながらはぁと息を吐はいてきた。

 

「なら、いいじゃないの。偶然でもなんでも。神様が強面のエンジェルを遣わしてくれたとでも思っときなさい。……親御さんの仇、取るんでしょ?」

 

「…………」

燎子の言葉に、折紙は拳をきゅっと握ってうなずいた。

 

燎子が表情を弛ませ、応ずるように首を前に倒す。

 

と。

 

「……ん?」

そこで燎子が不意に眉をひそめ、通路の奥へと視線をやる。

 

それにつられて首を後方へ回すと、廊下の曲がり角から、小さな頭が二つ覗いていることがわかった。

 

燎子と目を見合わせてから、静かにそちらに歩いていく。そして、「わっ!」 燎子が不意に声を発すると、二つの頭はビクッと震え、その場にどてんと倒れ込んだ。

 

「い、痛たた……何するんですかぁ」

 

「むぎゅっ、お、重いです、ミケ」

 

そこにいたのは、十代半ばくらいの少女たちだった。片方は髪を二つに括り、来禅高校の制服に身を包んだ女の子。

 

もう片方は、作業服の上に大きめの白衣を羽織り眼鏡をかけた、金髪碧眼の少女だ。

 

岡峰美紀恵(おかみねみきえ)二等陸士に、ミルドレッド・F・藤村二等陸曹。

 

実戦要員と整備士という違いはあれど、双方、折紙や燎子と同じASTのメンバーだった。

 

 

歳が近いからか、妙に折紙に懐いている二人組である。

 

「ミケにミリィ。あんたら……こんなところで何してるのよ」

 

腕組みしながら半眼を作った燎子が問うと、二人は一瞬で姿勢を正し、あたふたと手振りを始めた。

 

「あ、あの、それはですね、ええと、何ででしたっけミリィさん」

 

「うぇ!? ミリィに振られても困りますよー」

燎子はそんな二人の様子に、深いため息を吐き出した。

 

「どうせ折紙が心配だったんでしょ。……ったく」

 

「あ、あぅう……」「申し訳ないです」

 

美紀恵とミリィはすまなそうに言うと、しゅんと肩をすぼませた。

 

だが美紀恵はすぐにバッと顔を上げると、折紙の方に視線を向けてくる。

 

「そ、それで……! どうだったんですか、折紙さん!」

美紀恵が叫さけぶように言うと、ミリィもそれに倣うように面を上げた。そんな二人の様子に、燎子が再び「ったく」と呆れ顔で吐息をこぼす。

 

そののち、答えてやれ、とでも言うように折紙にあごをしゃくってきた。

 

燎子に応ずるように小さく首を前に傾むけてから、唇を動かす。

 

「……二ヶ月間の謹慎処分が言い渡された」

 

「あ、ああ……」

その言葉を聞いた瞬間、美紀恵は膝からがくりとその場にくずおれた。

 

だがすぐに首をブンブンと振ると、ポケットから『辞表』と書かれた茶封筒を取り出し、廊下に叩きつける。

 

「か、かくなる上は私も職を辞させていただきたきゅ」 

 

 

「言えてないですよミケ」

ミリィが、どうどう、と動物を宥めるように美紀恵の背をさする。

 

「ていうか、落ち着いてオリガミの言葉を復唱してください」

 

「え……? だ、だって折紙さんは二ヶ月の謹慎に……え? あれ? 謹慎?」

 

目に浮かんだ涙を袖で拭い、美紀恵がその場に立ち上がる。

 

 

「き、謹慎ってことは、辞めなくてもいいってことですか!?」

 

「そう」

瞬間、絶望に染まっていた美紀恵の顔がパァァァっと明るくなる。

 

「よ、よかったです……折紙さんが免職になったら私……私……っ」 せっかく拭った涙が、再び美紀恵の目に浮かぶ。美紀恵はそのまま感極きわまった調子で両手を広げると、折紙に飛びついてきた。

 

 

「折紙さぁぁぁんっ!」

しかし折紙はそれに応ずることなく、咄嗟に身を捻ると、向かってきた小さな体躯を受け流し、すれ違い様、後頭部にエルボーを打ち込んだ。 別に攻撃をする意図はなかったのだが、身体に染みついた感覚が、自分に向かってくる相手に過剰反応を示してしまったのだ。

 

 

「へぶッ!?」

何とも珍奇な叫びを上げて、美紀恵がびたーん!と勢いよく廊下に顔を打ち付ける。

 

「お、折紙さぁん……」

 

「……、突然来られたら、驚く」

 

「そ、そんなぁ……結構感動的なシーンでしたよねえ、今の……」 真っ赤になった鼻と額をさすりながら、美紀恵がずずっと鼻水を啜る。

 

と、そんな美紀恵を横目に見ながら、燎子が腰をかがめ、廊下に落ちていた茶封筒をひょい、と摘まみ上げた。

 

「ふーん……AST辞めたいの。仕方ないわね。人手不足は痛いけれど、ご丁寧にこんなものまで用意されちゃ、無下に断るわけにもいかないか」

 

言って、燎子が大げさなジェスチャーを交えながら肩をすくめ、わざとらしくため息を吐いてみせる。

 

「へっ!?」

素頓狂な声を上げたのはもちろん美紀恵だった。目をまん丸に見開き、慌てた様子でパタパタと燎子の方に走っていく。

 

 

「あ、あの! それは……!」

 

「んー? なーにー。どうしたのミケ。……ああ、馴れ馴れしい呼び方をしてごめんなさいね岡峰さん。大丈夫、あなたならきっとこれからの人生も上手くやっていけるわよ」

 

 

「隊長、ち、違うんです! それは違うんですぅぅっ!」

ミケが燎子から辞表を取り返そうと手を伸ばす。だが、すんでのところで燎子がひょいと辞表を摘んだ手を上げた。

 

「そ、それは、それは何かの間違いなんです! 悪の組織の陰謀なんですぅぅぅ!」

 

 

「間違いって……あんたが書いたんでしょうに」

美紀恵がぴょんこぴょんこ飛び跳ねるタイミングに合わせて、燎子がひょいひょいと辞表を上方へと逃がす。

 

明らかに、遊んでいた。生き真面目な燎子にしては珍らしい行動だったが……先ほどのストレスもあったのかもしれないし、ただ単に美紀恵が全身からいじめてオーラを出しているからかもしれなかった。

 

と、折紙がそんな様子をいつもと変わらぬ視線で見つめていると、ミリィがあははと朗らかな笑えみを浮かべてくる。

 

 

「まあ、二人とも、オリガミがクビにならずに済んで嬉しいんですよ。……でもよく謹慎二ヶ月程度で済みましたねえ。正直、免職以外あり得ないと思ってたんですけども」

 

何と言ったらいいのだろうか、折紙が説明をしあぐねていると、ミリィがハッとした様子で両手を戦慄かせ始めた。

 

「っ! ま、まままままさか……」

 

「ミルドレッド?」 不審に思い、名を呼んでみる。だがミリィはまったく気付かぬ様子で頬ほおを紅潮させ、額に汗を滲ませていった。

 

「普通に考えれば懲戒クラスの不祥事……でもオリガミに下された処分は謹慎……あまりに軽すぎる不自然な処分……暗い部屋……好色な笑みを浮かべる上官たち……『クビにはなりたくないだろう? なら何をすればいいのかわかるよなあ?』……嗚呼、オリガミは屈辱的てきな格好で這いつくばらされ、まだ誰にも見せたことのない乙女の──」

 

 

「こらッ!」

 

「ぎゃん!」

げしっ、と燎子の拳がミリィの脳天に振り下ろされる。

 

「な、何をするですかー! ミリィの頭脳は人類の至宝ですぞー!」

 

 

「うっさい、考えてること全部口から漏れてるわよ」

 

「も、漏れてるって……まさかそんなマニアックなプレイまで強要され」

 

もう一度、燎子の拳がミリィの頭を揺らした。

 

 

「いったたた……もう、ミリィがバカになったらリョウコは責任とれるのですかー!?」

 

「もう十分膿んでるわよこの耳年増」

 

燎子はやれやれといった調子で拳を開くと、ミリィの頭をわしわしと撫でた。

 

と、そこで廊下の先から、二人分の靴音が響いてくる。 視線をそちらに向けると、黒いスーツの男と、サングラスをかけた少女の姿が確認できた。アイザック・ウェストコットとその秘書だ。

 

 

「…………」

ぺこり、と頭を下げる。そんな折紙の様子を見て、他ほかの面々もウェストコットの存在に気付いたらしい。ピタリとじゃれ合うのを止やめ、口を噤つぐんでその場に直立する。

 

 

 

「──ああ」

ウェストコットはこちらに気付いたように眉を動かすと、折紙の脇を通る瞬間、その肩にポン、と手を置いた。

 

「期待しているよ、若き魔術師。君ならきっと、精霊を討ち滅ぼせる」

 

「…………っ」

折紙はごくりと唾液を飲み下した。

 

敵意を感じるでも、殺意を感じるでもない。だが、折紙の心臓は普段からは考えられないくらいに急速に収縮を繰り返していた。

 

 

まるで──今しがた隣を通り過ぎた男に、恐怖を感じてでもいるかのように。

 

「あれを」 ウェストコットがそう言うと、秘書が懐から小さな紙を取り出し、折紙に手渡してきた。

 

「どうぞ」

無言で、それを受け取る。

 

 

そこにはI.R.P.Westcottの名と、電話番号と思しき数字の羅列、そしてメールアドレスが書かれていた。

 

 

「何か困ったことがあったならいつでも言ってくれたまえ。──デウス・エクス・マキナは、君への協力を惜しまない」

 

「……感謝します」

名刺を受け取り、静かな声で返す。だが結局、その目を見返すことはできなかった。

 

そんな折紙の様子に気付いているのかいないのか、ウェストコットは小さな笑みを浮かべてから、秘書を伴なって歩み去っていった。

 

 

「あ、あのー……今のって」

 

「どちら様です?」

ミケとミリィが、まったく同じタイミングで首を傾げる。

 

緊張した面持ちを作っていた燎子は呆れた様子で頭をかくと、二人に半眼を向けた。

 

「DEM社のウェストコット氏よ。テレビとか雑誌で見たことないの?……ていうか、ミケはまだいいとして、ミリィ。あんたDEMの出向でしょ。なんで知らないのよ」

 

CR‐ユニットの要である顕現装置を製造できるのは、世界中でDEM社のみである。

 

ゆえに顕現装置を配備している各国の軍隊や警察組織には、DEM社からの監督役や整備主任が派遣されているのだ。

 

 

ミリィもまた、そんな人員の一人だった。

 

 

しかしミリィは、燎子の言葉に「あー」と指をあごに当てた。

 

 

「そういえばそんな人いたかもしれませんねー」

 

「そういえばって……あんたのところの親分じゃない」

 

「あはは、メカニックとマネージャーなんてそうそう顔合わせる機会ないですからねー。経営陣なんてのは黙ってミリィたちにカネ出してくれてりゃ誰だっていーですし」

 

「さらっと問題発言するわねえ」

燎子が苦笑する。

 

だが折紙は、そんなやり取りがほとんど耳に入っていなかった。

 

 

手の平の上に残された名刺。

 

 

そこに書かれた数字と文字の羅列を睨むように見つめ──もう一度、のどを唾液で湿らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウェストコットはカツカツと廊下に靴音を響かせながら、静かに息を吐いた。

 

「──見たかエレン。誰も彼も、ことの重大さを理解していない。そんな無能者が雁首を揃えて、万人に一人の天才を糾弾しているというんだからおかしなものだ」

 

「そうですね」

ウェストコットの数歩あとを歩きながら、少女──エレンが静かに返答してくる。

 

「しかし、未精製の魔術師が〈ホワイト・リコリス〉を動かせるとはね。──キリタニがあれでもトビイチオリガミの処分を撤回しないようであれば、彼女を我が社に迎え入れてもよかったかもしれないな。そういった意味では、彼が折れてくれたのは少し残念だよ」

 

「DEMに、ですか」

 

「ああ。丁寧に魔力処理を施せば、マナやアルテミシアや……それこそ、世界最強の魔術師、エレン・メイザースさえ超える魔術師になるかもしれない」

 

「…………」

ウェストコットが目を細めながら言うと、世界最強の魔術師はしばらく押し黙った。冗談とわかっているだろうに、もしかしたら少し不機嫌になっているのかもしれない。

 

ウェストコットはそんなエレンがたまらなく可愛らしく思えて、小さく肩をすくめた。

 

だがエレンはすぐに、何かを思いだしたように声を上げてきた。

 

「──そういえば、一つご報告が」

言って、エレンが手にしていたファイルを開く。

 

「報告?」

 

「はい。関東近辺に連続して現界していたAAAランク精霊──識別名〈プリンセス〉が、およそ三ヶ月前から確認されなくなっていることは、先日お伝えしましたね」

 

 

「ああ、聞いたよ。だが別にそんなことは珍しくないだろう?」

 

 

「はい。ですが、これを」

エレンが一枚の写真を、ウェストコットに向けてくる。 そこには二人の少女の姿が収められていた。一人は、先ほど顔を合わせた鳶一折紙一曹ある。そういえば彼女は予備隊員扱いで、平時は高校に通っていると聞いていた。

 

だが──問題は、もう一人の少女の方だった。 折紙と同じデザインの制服に身を包んだ、細身の少女である。

 

腰まであろうかという夜色の髪に、美しい面。一度見たならば生涯忘れ得ないであろう、幻想的な水晶の瞳。 間違いない。間違えようがない。

 

それは、「──〈プリンセス〉、だと?」

 

ウェストコットは鼓動を早めた心臓を制しながら、静かな声で言った。 そう。そこに写っていたのは、件の精霊・〈プリンセス〉だったのである。

 

 

「どういうことだ、これは。精霊がハイスクールに通っているとでも言うのか?」

 

ウェストコットが眉をひそめながら言うと、エレンは小さく口を開いた。

 

「彼女の名は夜刀神十香。〝彼〟からの報告で判明しましたが……。〈プリンセス〉が姿を眩ましたのと同時期に、都立来禅高校に転入した女子生徒だそうです」

 

 

「ふむ……自衛隊の対応は?」

 

 

「鳶一一曹から精霊に酷似した生徒がいるとの報告はあったようですが、観測の結果精霊の反応が確認できなかったため、一般人と断定した模様です」

 

 

「観測方法は」

 

 

「DS‐06による外部観測です」

 

 

「馬鹿な」

使用した観測器の名を聞いたウェストコットは、右手で額を覆い、ため息を吐いた。

 

 

「精度の低い車載型の観測機DS‐06で一度きり? それだけで他人の空似と断定したと?」

 

「そのようです」

 

「今確信したよエレン。平和呆けはどんな痴呆よりも恐ろしい」

 

「至急、再調査を要請します」

 

「──いや、待て」

だが、ウェストコットは手を広げてそんなエレンの動作を制止した。

 

 

「どうせお優しい自衛隊のお歴々に任せたところで、健康診断と変わらぬような検査をするくらいが限界だろう」

 

 

「では」

 

 

「──ああ。こちらで独自にやらせていただくよ。その方が手っ取り早いし、確実だ」

 

 

「しかし」

エレンが言ってくるのを制止する。彼女の言いたいことはわかっていた。 この夜刀神十香嬢が精霊である可能性がある以上、彼女が本性を現した際に対応をするだけの戦力を用意しておく必要がある。

 

だが、AAAランク精霊に対応するだけの人員と装備を、ASTのお膝元で秘密裏りに運用するのは非常に困難だ。

 

要は、ご馳走を目の前に置かれながら、手を出せない状況である。エレンが自衛隊に再要請を出そうとしたのも、そんな考えがあったからだろう。

 

「──それをもう少し見せて貰えるかな」

 

「は」

ウェストコットがエレンの手元を指さすと、彼女は短く答えてから、手にしていたファイルを差し出してきた。

 

 

それをパラパラと捲り──ウェストコットは唇の端を歪めた。

 

「ほう……グッドタイミングじゃあないか。──なあエレン、最近は精霊との戦闘ではなく彼との訓練ばかりで身体が鈍っているのではないかね?」

 

 

「…………」

言うと、エレンはぴくりと頬を動かした。

 

 

精霊は気まぐれで神出鬼没である。最強の戦力を用意したところに都合良く出現してくれるとは限らないし、仮に精霊を追いつめたとしても、消失されては意味がない。

 

だが、その所在がわかっているというのなら、話は単純だった。

 

「この件は君に任せよう。──エレン。エレン・ミラ・メイザース。世界に二人と並ぶ者のない、人類最強の魔術師よ。君にならばできるはずだ。たとえ相手が、世界を殺す彼の悪逆の精霊であろうとも」

 

エレンは、一拍おいてから答えてきた。

 

「もちろんです。相手が何者であろうと、私は負けません」

 

予想通り、期待通りの返答である。ウェストコットはくつくつと、愉快そうに笑った。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 短く息を吐いて、崇宮真那はゆっくりと目を開けた。

 

 

長い間目を使っていなかったためだろうか、モザイクがかかったように視界がぼやける。

 

身体にも上手く力が入らず、全身が鈍く痛んだ。

 

 

「ここ……は……」

 

一瞬、自分ののどから発された声が、誰のものかわからなかった。渇ききったのどと、耳鳴りのする鼓膜。

 

声を誤認するには十分過ぎる要素だろう。あとはもしかしたら、脳自体が自分の声を覚えていないのかもしれない。

 

そんな馬鹿みたいな考えが頭を過よぎる。 

 

 

数分をかけて、真那は身体の感覚を取り戻し、自分の置かれている状況を確かめた。

 

白い部屋。大きなベッド。身体の至る所に包帯が巻かれ、左手には点滴、口元には酸素マスクが取り付けられている。胸元には電極のようなものが張り付けられ、真那の鼓動に合わせて心電図が規則的な音を鳴らしていた。

 

真那は思わず苦笑した。どこからどう見ても重体患者のそれである。

 

「なんで、私は、こんな……」

 

そこまで言って、真那は目を見開いた。酸素マスクをむしり取って、痛む身体を起こす。

 

そして首を回し、棚たなの上に置かれているデジタル時計に目をやった。

 

 

 

 ──14:00 7/5 WED

 

 

「七月……五日……!?」

 

そこに記されていた日付を見て、真那は息を詰まらせた。

 

この時計が狂っているだとか、誰かが真那を騙そうとして意図的に日付をずらしているとか、そういったことがない限り。

 

真那が〈ナイトメア〉──時崎狂三と来禅高校の屋上で戦った日から、ひと月近くの時間が過ぎていたのである。

 

そう。あのとき真那は、天使を顕現させた本物の狂三の前に為す術なく敗れ去ってしまったのだった。

 

あの場にいたのは真那と狂三以外に、士道、十香、折紙の三人きり。

 

誰も、あの状況を覆すことができるとは思えなかった。

 

 

それが意味すること。即ち……「兄様……ッ!」 

 

 

真那は胸に張り付けられた電極と、左腕に刺さされた点滴を無理矢理外した。

 

途端に心電図が乱れ、ピー、という音が鳴る。

 

 

そしてそこでようやく、真那は初歩的なことに気付いた。

 

「なんで……私、死んでねーんでしょう……」

 

確かに身体は痛む。目は霞む。全身の感覚器が本調子とは言い難がたい。

 

だが──生きている。 あの人喰い〈ナイトメア〉の前で無防備な姿を晒してなお、真那は生存していた。

 

だとすると、余計わけがわからなくなる。真那が気を失った時点で、戦況は最悪だった。

 

 

高校の屋上には狂三の分身体が溢れ、その最奥には、時を操る彼女の天使が鎮座していた。

 

誰でも一目見ればわかるような絶望的な状況。それを打破するような戦力が、そうそうこの世に存在するとは思えない。

 

だが、それだと真那が生きていることに説明がつかないのである。──あの変態女が、気まぐれとかそういった理由で意趣を返しでもしない限りは。

 

真那は痛む頭に手を置いた。真那が存命しているからといって、他ほかの面々に危害が及んでいないか否かはわからない。あの場にいた皆みなは、一体どうなってしまったのだろうか。

 

「……え?」

と──思案を巡らせていた真那は、不意に声を発して眉をひそめた。 病室の扉が開き、黒いスーツを纏まとった数名の人間が入ってきたからだ。

 

 

「──崇宮真那だな」

 

 

「……何者でいやがりますか、あなたたちは。医者や看護師にしてはくれーですね」

 

真那が視線を鋭どくするも、黒服の男は微塵も動じなかった。

 

「一緒に来てもらおう。手荒な真似はしたくないが、抵抗するのならその限りではない」

 

「……ああ?」

真那は顔を不機嫌そうに歪めると、言葉を発した男を睨み付けた。

 

「誰に口をきいているのかわかっていやがるのですか? 手荒な真似? この私に? はッ、できるものならしてみやがれってんです」

 

 言って、真那はその場に立ち上がり、身体を慣らすように手首を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「崇宮さん、どうかされましたか?」

 

 

 

言って病室の扉を開け──その看護師は凍り付いた。

 

 

「え……?」

 

崇宮真那の心電図に異常が見られたということで様子を見に来たのだが……その病室には今、誰もいなかったのである。

 

 

乱れたベッドの上には、取り外された酸素マスクや電極、点滴の針などが散乱し、つい今し方まで人が寝ねていたことを示すようにうっすらとくぼみができている。 

 

 

 

だが、左右に首を振っても、ベッドの下を覗いてみても、意識不明だったはずの患者の姿はどこにも見えない。

 

看護帥は慌ててベッドの枕元に駆け寄ると、ナースコールのボタンを押した。    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「終わったー……」

聞き慣れたチャイムが校内に鳴り響くと同時、五河士道は力を使い果たしたように机に突っ伏した。

 

自分では見えないが、たぶん頭からは煙が立ち上っていることだろう。

 

だがそれも仕方あるまい。何しろ士道は今、学校生活における難敵の一つ、期末試験を終えたばかりなのだから。

 

「はいはーい、ダレてちゃ駄目ですよぉ。うしろから答案を集めてくださーい」

 

パン、パンと手を叩き、教卓の前に立った小柄な眼鏡の教師が声を上げる。

 

 

このクラスの担任、岡峰珠恵教諭・通称タマちゃんである。 生徒たちはゾンビのような挙動で身を起こすと、順にテストを前の席へ送っていった。

 

いつもよりもクラスメートのゾンビ率が高い気がしたが、それも当然だろう。

 

ただでさえ範囲の広い期末考査だというのに、この学校の生徒たちは、つい数日前まで、集団で病院送りになっていたのである。

 

先月末、来禅高校にいた生徒・職員が皆意識不明に陥るという事件が発生した。

 

徹底的なガス管や建材、あとはガスを発する異物等の検査の末、休校は解除されたのだが……無慈悲なことに、期末試験の日程は一日も動かなかったのである。

 

「……ん?」 と、プリントを貰おうと後ろを振り向いた時、後方の席に座った少女の姿が目に入った。

 

一瞬前の士道と同じように、机にびたー、と突っ伏している。

 

「十香、大丈夫か?」

 

「う、うむ……」

士道が話しかけると、十香がゆらりと顔を上げてプリントを回してくる。

 

「どうだった?」

 

「む……むぅ、まあまあだ」 十香が疲れ果てた顔で、ひらひらと手を振ってくる。

 

前の中間試験では、答案用紙に落書きをしていただけ(点数は令音が赤点にならないよう手を回していた)の彼女だったのだが、士道にテストの意味を聞いてからは、自分で頑張ってみると勉強を始めていたのだった。

 

どうやら、士道がテスト勉強をしているのに、自分だけが何もしないでいるのが嫌だったらしい。

 

自発的な十香の行動は〈ラタトスク〉側としても望むところらしく、テスト前に五河家で勉強会を開いたのだが……やはり慣れない勉強は相当に彼女の体力を削っていたらしい。実際、勉強会を始めて一時間で熱を出していた。ある意味、本当の知恵熱である。

 

「はい、ではこれで、一学期末テストは全教科終了です。皆さんお疲れさまでした」

 

 

タマちゃんが声を上げる。教室中から歓声と放念の息が漏れた。

 

 

「でも、今日はまだ決めることが残ってますから、帰っちゃだめですよぉ?」

 

タマちゃんは念を押すように言うと、答案の束を整え、教室を出ていった。 と、それに合わせるように、カッサカサになった十香がゆらゆらと椅子から立ち上がる。

 

 

「シドー……少し、水を飲んでくる」

 

 

「お、おう。大丈夫か?」

 

 

 

「うむ……心配するな。少し疲れただけだ」

言うと、十香はふらふらした足取りで教室を横切り、扉を開けて廊下へと出ていった。

 

 

 

「はは……まあ、頑張ったもんな」

士道は十香の背を見送ってからふうと息を吐くと、椅子の背もたれに身を預け──ぴくりと眉を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

理由は単純。

 

とある少年がにやにや笑いながらいつの間にか隣に立っていたからである。

 

 

 

 

 

「なんだよ…佐藤」

何だか久しぶりに会うわけだが、一方の佐藤は退院したばかりだと言うのに普通にテストを受けていた。

 

 

だから、傷は心配いらないのだろう。そう思い、敢えてここで怪我などの質問はしなかった。

 

 

 

すると、佐藤はコホンと咳払いをすると、士道の耳元に向かって小さな声で語りかけてきた。

『いや、聞きそびれていたからな、五河琴里の件。上手くいったか?』

 

 

士道も声を小さくして返す。

「……まぁ、成功…なのかな?」

 

 

 

『何だよそれ』

 

 

「封印自体には…至ったんだけど……」

佐藤からの質問に答えながら、気不味そうに佐藤の背中側の席に座る少女──鳶一折紙を見やる。

 

 

 

佐藤もその視線で何か気付いたのか、…ああ…と、息を吐いてくる。

 

 

『なぁ、士道。』

 

 

「…ん?」

 

 

『………………いや、やっぱりなんでもねぇや。』

 

 

「なんだそりゃ」

 

 

と、そこで佐藤は話を変えるように口を開いた。

 

 

 

 

 

『そういえばだが、修学旅行の行き先変わるんだってな』

 

 

 

「へ…?修学旅行…?」

 

素っ頓狂な声を出したが……言われてみたら確かにそうだと思い出す。

 

 

 

 

最近は色々なことがありすぎていたが…一大イベントの修学旅行もあった。

 

 

 

 

「へー…何処になるんだ?」

 

 

『或美島』

 

 

「………」

一瞬、目を丸くして…見上げた。───そして、記憶を掘り返して…思い出す。

 

 

「ああ、…確か…伊豆ら辺だったけ?」

 

その言葉に佐藤は軽く頷いてくる。

 

 

『まぁ、その話は後にタマちゃんがしてくれるだろ』

 

言って笑う佐藤。

 

 

何故だろう───士道は、今日の佐藤の言動に何か違和感と齟齬感を感じた。

 

 

 

会うのが久しぶりだからだろうか、…違いがハッキリしているのだ……なんというか、今の佐藤は───無理に気を繕っているかのような、空元気のように見えたのだ。

 

 

 

「佐藤……大丈夫か?」

 

 

『あ?何がだよ。皮肉的な意味の大丈夫?って奴か?』

 

 

 

 

「…………」

やはり…。少し、わざとらしい。

 

 

 

でも、それはそうだと士道は嘆息する。

 

 

狂三に殺されかけて、その前に両腕を折られているのだ…。

 

 

そんな恐怖体験をしたあとには佐藤もこうなるに決まってる。

 

 

 

「いや、そういう意味なんかじゃないが……」

 

思わず苦笑する。───そうして、佐藤と会話を繰り広げていると…十香が水飲みから帰ってきた。

 

 

先ほどよりは元気が戻っているような気がする十香はトコトコと士道たちの元へ来ると……目をパチパチとさせて…何故か佐藤の顔を凝視した。 

 

 

 

『…あ…?何だよ…』

少し佐藤が眉根を寄せると、十香が口を開いた。

 

 

 

「やはり、サトー…何かあったのか…?」

 

 

『………あったにはあっただろ。テスト勉強とかいう最悪な行事が』

 

 

佐藤が悪態ついて言うも十香はそういうことではないと顔を横に振った。

 

 

 

「……何故…だろうな…。少し…似ていた気がするのだ」

 

 

 

「似てた?」

思わず士道が横から口を挟む。

 

 

だが、次には首を傾げ始める十香。

「どこで見かけたかは分からぬが…。サトーのその顔は…ものすごーく〝嫌な事〟を隠している時の顔だったぞ」

 

 

すると、佐藤は呆れたように肩をすくめた。

『あのなぁ。自分が意味分からんこと言ってるの理解してるのか?何だよ、見たこともない顔に似てたって、矛盾し過ぎだし、そもそも俺はテスト以外に嫌というような事は起きてねぇよ』

 

 

 

「そ、そうか…?」

 

 

『たりまえだろ』

佐藤が謎に胸を張って答えると、十香の不安そうな顔は消え、顔を明るくさせた。

 

 

 

「うむ!それなら良いのだ!」

 

 

 

 

 

と、そこで、背後から教室の扉が開く音が聞こえ、タマちゃん教諭が現れる。

 

 

「はいはーい、皆さん席に着いてくださぁい。ホームルームを始めますよぉ」

 

 

 

その台詞で士道たちは会話を中断し、席に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……紗和さん。もう、大丈夫ですか?」

 

 

 

 

隣界、第三領域。

 

 

取り敢えずは佐藤が正常に戻ってくれたことで支配者たちの会議は粛々と進行し、…皆の考えも固まったことで…第三領域にあった嫌な雰囲気は消えていた。

 

 

 

そして、〝いつも〟の部屋で…緋衣響は一人の少女に尋ねていた。

 

 

 

「はい…大丈夫ですよ…。」

山打紗和は椅子に座り、紅茶を飲みながら答えた。

 

 

 

その目はどこか遠くを見つめているが、それでも…あの人ほど壊れてなかった。

 

 

 

次いで…。響は…もう一人の少女に向かって口を開く。

 

 

「えっと…その…。シスタスさんは…もう、頭痛は大丈夫なんですか?」

 

そう問うと、……シスタスは、恐らく未だ痛む頭を押さえながらこちらに言葉を返してくる。

 

 

「ええ、…大丈夫ですわ…。それに、こんな事態でたかだか頭痛程度でダウンしていては堪りませんもの」

 

 

それは流石に自分を大切にして欲しいと思ったのだが……響は口にはせずに、続いて質問をする。

 

 

 

 

「〝狂三さんについてどれぐらい覚えていますか?〟」

 

 

その…質問をすると、途端に部屋の空気が重たくなったような気がした。

 

 

 

「因みに私は…意識していたら…狂三さんとの、思い出は…蘇ります…。きっと…狂三さんの霊結晶を持っているからなんでしょうけど…」

 

重たくなった空気を少しでも和まそうと、響は苦笑しながら頬を掻く。

 

 

 

すると、苦々しい顔で紗和がゆっくりと口を開いてきた。

 

「………もう、…この隣界で遭った狂三さんとの思い出は……もう殆ど…ありません…」

 

 

シスタスも顔を俯かせながら口を開く。

「わたくしは…まだ、少しは覚えていますわ。───紗和さんほど忘却はしておりません…」

 

 

「…………」

響は短く吐息して上を見上げた。

 

 

 

 

 

 恐らくは特殊な例外を除いて、ほとんどの少女たちが〝この隣界で暮らしていた時崎狂三〟を忘却している。

 

 

時崎狂三が居た事と、時崎狂三の事を忘却した、という事実は覚えていても…本当にそれ以外は時崎狂三を忘れてしまっているのだ。

 

 

 

数日前から…だんだんと頭に靄がかかってしまう事はあったが、遂に今日の正午程から時崎狂三は〝無かったことになった〟。

 

 

 

佐藤さんは…【クラウン】が使った『大嘘憑き』の副次効果によって…記憶や情報なども消えてしまったと言っていた。

 

 

 

 

 

「……本当に…。面目ないですわ…。みなさんが…、あの女と戦っている間に私は───」

 

 

 

「そ、そんな……もう大丈夫ですよ…。それに、…あの女は…佐藤さんクラスじゃないと足止めも出来ない化け物でしたし…」

 

 

申し訳なさそうに顔を歪めるシスタスに、響は思わず口を開いた。

 

 

「それでも………、例え…突貫が愚行だとしても…。佐藤様が…あんなにも…精神を疲弊させるのを見たあとでは、…ただ頭痛に苛まれていただけなのは…後悔してしまうものですわ…。」

 

 

しかし、紗和は小さく吐息した後にシスタスに言葉をかける。

 

「気持ちは分かりますけど、…でも…きっと…、どんなに運命が変わっても…必ず一人は亡くなっていましたよ。──私かもしれなかったし、響さんやカリンさんや…シスタスさんかもしれなかった。だから、選択の違いに後悔しても…意味なんか…無いです。それぐらい…あの【クラウン】は強かったんですから」

 

 

少し…酷い言葉のようにも聞こえたが、…それも紗和さんのせめてもの計らいなのだろう。

 

 

 

「……佐藤様は『わたくし』を覚えているんですの?」

 

 

 

「え、ああ。覚えてるって言ってましたよ。」

 

 

響がそう言うと、シスタスは悲しそうな顔を作った。

 

 

 

気持ちは分かる。───狂三さんにはとても悪いが、…皆が大事だからこそ佐藤さんは少し壊れていた…だから、〝狂三さんとの思い出が忘却されて良かった〟と、失礼極まりなく思ってしまう自分も居るのだ。

 

 

佐藤さんのように自責の念に押し潰されるような人が出て来なくて本当に安心した。

 

 

 

そして、響は……少し思案し、シスタスの言葉を思い返しながら質問を投げかけた。

 

 

「あの、…シスタスさん。少し…良いですか?」

 

 

 

「はい?…どうかしまして?」

 

 

 

「───知っていましたよね。貴方はクラウンを。」

 

 

 

「……………」

 

響がほんの少し目を細くして、問うと…シスタスは押し黙った。

 

 

 

「……何故、そんなことを?」

 

 

「攻めてきた人を〝女〟って…言ってましたし、それ以外は…そうですね…感、ですよ。…何となく…恨みがあるような声音でしたから」

 

 

 

言葉をつらつらと並べていく。すると、シスタスは諦めたような表情で肩をすくめた。

 

 

 

「………昔、佐藤さんに…【十の弾】を撃った時に、彼女を見た。それだけですわ」

 

 

「──────本当にそれだけ…ですか?」

 

 

 

「ええ…」

 

しつこく問うも、シスタスは頷きで返してくるのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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修学旅行の座席分けやグループ分けをした日から数日経った、其の日。七月七日。ビルの上から佐藤はその少女と五河士道を見つめていた。

 

 

 

 

やはり、クラウンが言っていた通り、因果がおかしくならないように此処の未来は全く変わっていなかった。

 

 

 

隣界に住む元エンプティたちや狂三と殆ど関わりのない少女たちは〝時崎狂三〟との出来事を忘れている。

 

 

 

しかし、気になる所はそれだけではない。

 

 

 

 

 

「あの…クソ野郎……」

 

 

 

──拳を衝動に任せ握りしめると、爪が皮膚を食い込み…血がボタポタと垂れ落ちた。

 

 

 

 

 

あの時、クラウンが攻めてきた時に居た…手甲鉤を使う少女と魔女服を着た少女……あれは…あの人達は──────

 

 

 

 

「必ず殺してやる…。狂三の…アイツの仇も…必ず取る…」

 

歯を思い切り食いしばって…言葉を吐き出す。

 

 

 

────狂三は死んだ。

 

 

とある少年に恋焦がれた時崎狂三は何の間違いもなく死んで…無かったことにされた。

 

 

 

それは事実で変えようのない事象だ。

 

 

 

 

 

 

でも、響が言ってくれたじゃないか。

 

 

 

〝悲劇と不幸は同じじゃない〟…だから、あの時の狂三の死は…悲しいことばかりじゃないと分かっている。

 

 

 

 

────〝でも〟でも。

 

 

だったら……正史のままでも……それは……───

 

 

 

と。そこまで考えて佐藤は首を大きく振った。

 

 

 

『何言ってん…だろ…。俺には…まだ…、やるべきことが…あるだろ』

 

 

 

そうだ…考えるな…考えちゃダメなんだ。

 

 

 

───〝最初から何もするべきじゃなかった〟だなんて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




















彼を救えるものなんて〝もう居ない〟。彼を〝もしかしたら〟、救い出せる人間たちは…



否、──存在たちは…もう死んでしまっている。



だから、道筋(ルート)は全く同じモノを辿る。



だから、だから、───




「見届けてくれよ。──彼が、……いや、彼らが…どんな終幕劇を迎えるのかを…さ」






































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