デート・ア・ライブIF 【エラー】   作:セルヴェイエ

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それぞれの意志 【二十七】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は過ぎ、一八時五〇分。

 

 

さすがに日も落ち、日中の茹だるような蒸し暑さは少し改善されていた。

 

それに合わせるように、昼間響いていた蝉の声が次第にキリギリスのそれに替わっていく。

 

あのあと十香が目を覚ますのを待ってから旅館へと移動した一行は、部屋に荷物を運び込み、夕食を済ませて自由時間を満喫していた。

 

そう──士道以外は。

 

 

「はぁ……なんだってまたこんなことに……」

 

士道は壁に手を突きながら旅館の廊下をのたのたと歩いていた。

 

 

それはそうだ。何しろ未封印状態の精霊が二人も現れ、士道に絡んできたというのである。

 

 

しかも、誰一人ひとりとして避難していないという状況の中で、だ。

 

耶倶矢も夕弦も、資料館で令音に何やら説明を受けてからは随分と大人しくなっていたが……それで不安が拭い去れるはずもない。

 

「どうにか……しねえと」

渋面を作りながらうめき、足を進めていく。

 

今士道が向かっているのは、令音の部屋だった。

 

今後の方針を話し合おうということで、資料館から出る際にあとで部屋に来るよう言われていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

だが、士道は丁字路に差し掛かったところで足を止めた。

 

……左右に分かれた通路の両側から頭がちょこんと飛び出、士道にジーッと視線を送ってきていたのである。 すぐに、その正体に気付く。士道は緊張に唾液を飲み下してから唇を開いた。

 

「な、何してんだ、耶倶矢、夕弦」 士道が言うと、二人が通路の奥から歩み出てきた。

 

「くく……我が気配に気付くとはやりおるわ。流石と言っておこうか」

 

「指摘。隠れ方がお粗末だっただけでは」

 

「……っ! ゆ、夕弦に言われたくないし! あんたよりは上手く隠れてたし!」

 

「反論。耶倶矢が夕弦よりも上手く隠れられる道理がありません」

 

……士道から言わせればどちらも等しくバレバレだったのだが、それは言わずにおく。

 

「それで二人とも、何してたんだよ」

 

士道が問うと、二人は一瞬目を合わせてから視線を士道に戻してきた。

 

「ふ……教えてやろう。来るがいい」

 

「確保。どうぞこちらへ」

そしてまったく同じタイミングでそれぞれ士道の両腕を引っ張ってくる。

 

「な、なんだってんだよ、一体」

困惑気味に左右を見ながらも、士道はずるずると引きずられ──ほどなくして、とある場所に辿り着いた。 二つの隣合った入り口に青と赤の暖簾がかけられており、それぞれに大きな字で『男』『女』と書かれている。

 

この宿の名物であるという露天風呂の入り口だ。

 

「……風呂?」

士道が首を傾げると、耶倶矢が大仰にうなずいてきた。

 

「くく……貴様の身体は常闇の穢れを蓄積し過ぎた。その身を浄化することを許す」

 

「は?」

 

「通訳。お風呂に入って汗を流してください、と言っています」

 

「ああ……そういうことか。でも、入浴時間はまだ少し先だろ。タオルも着替えも用意してねえし。それに俺、今は行かなきゃいけないところが……」

 

言って踵を返そうとすると、両腕がさらにがっしと掴つかまれた。

 

「ってて……な、何するんだよ」

 

「貴様に選択権などあると思うてか? 四の五の言わずにその穢れを祓うがよい」

 

「請願。お願いします。入浴の準備はこちらで整えておきました」

 

 夕弦が視線を下に落とす。そこにはバスタオルとタオル、そして浴衣が畳まれていた。

 

「な、なんでそこまで……一体何を企んでやがる」

 

 

「ふ……我が崇高にして玄妙なる思考は、常人には到底理解し得ないものなのだ」

 

 

「提言。誰もいない大浴場というのもいいものです」

 

 

「…………」

士道は訝かしげな目で二人を交互に見たのち、はぁと大きなため息を吐ついた。

 

 

令音には厳密な時間を指定されていたわけではないし、今ここで二人の指示を断って暴れ出されでもしたらことである。

 

 

「……わかった。じゃあ先に入らせてもらうよ」

 

 

「くく……解ればよいのだ」

 

 

「賞賛。士道の決断に敬意を表します」

今ひとつ二人の意図がわからないが、まあ一風呂浴びて汗と疲れを流したいのは事実だった。

 

 

用意されていたタオルなどを手に取り、男湯の方に入っていく。

 

 

その際ちらと後方を振り返ると、なぜだろうか、耶倶矢が少し照れたように頬を赤くし、夕弦が口元に手を当てていた。

 

 

そんな二人の様子に不審なものを感じながらも、士道は脱衣所で服を脱ぐと、タオルを携さえて湯気で曇った引き戸を開けた。

 

 

「おお……すげえなこりゃ」

そして、目の前に広がった景色に思わず感嘆を漏らす。

 

 

岩で形作られた巨大な浴槽に、微かに褐色がかった湯が満たされ、濃密な湯気を立ち上らせている。

 

 

そして、浴槽のすぐ先には海が広がり、静かなさざ波の音を響かせていた。

 

 

まだ入浴時間ではないため、士道以外に人はいない。なるほど、これは夕弦の言った通り最高のロケーションかもしれない。

 

 

士道は手早く身体と頭を洗うと、タオルを頭に載せて、身体を湯に沈み込ませた。

 

 

「あぁー……」

なんて、なんとも年寄り臭い声がのどから漏れ出る。両手両足を伸ばすと、少し熱いくらいの湯が全身に染み渡てきた。

 

 

と、そのときだった。ガラリと音が鳴り、浴場の引き戸が開いたのである。

 

 

誰か入ってきたのだろうかと入り口に目をやり──士道は湯の中で硬直した。

 

 

「な……」

それはそうだろう。何しろ、先ほど廊下で別れたはずの耶倶矢と夕弦が、身体にバスタオル一枚を巻き付けた状態でそこに立っていたのだから。

 

「お、おまえら何してんだぁぁぁっ! ここ男湯だぞッ!?」

 

 

たまらず士道が叫ぶも、二人はそのまま湯船に足を浸し、士道の隣まで歩いてきた。

 

薄いバスタオルが湯気で肌に張り付き、二人の肢体のシルエットがくっきりと浮かび上がっている。

 

士道は思わず顔を赤くすると、身体を深く湯に沈ませた。

 

そんな士道の反応を見てか、耶倶矢が頬を染めながら腕組みする。

 

 

「く、くくく……ど、どうだ。流石の貴様も我が色香

の前にひれ伏さざるを得まい」

 

その言葉に、対面するような格好で立っていた夕弦がフスー、と息を漏らした。

 

「嘲笑。色香(笑)。耶倶矢にそんなものが備わっていたとは初耳です」

 

「……ふん、すぐに吠え面をかかせてくれるわ。そこの士道を我が魅力の虜にしてな!」

 

 

「応戦。望むところです」

言って、二人はそのままゆっくりと足を折り、士道を挟むように湯船に入ってきた。

 

 

「……ッ!?」

本当はバスタオルを巻いたまま入浴するのはマナー違反なのだが、そんなことを指摘できるはずもない。

 

 

士道は緊張に身体を硬直させ、思わず目を瞑った。

 

 

「くく……覚悟するがいいぞ士道。もう我無しでは満足出来ぬ身体にしてくれよう」

 

「否定。士道には夕弦の肉体の虜になってもらいます」

 

 

「な、何を……!」

二人の言葉に士道はさらに身を固くした。嗚呼、一体どんな凄いことをされてしまうのだろうか。

 

 

未知への恐怖にほんの僅かな期待が取り込まれ、ぐるぐると頭の中に渦巻いた。

 

 

だが。「……ん?」

 

 

しばらく経っても、何も起こらない。士道はゆっくりと目を開けた。

 

 

士道の左右に陣取った二人は、挑発しあうように視線を交じらせているだけだった。

 

 

「ふ……っ、温情だ、夕弦よ、貴様から先にやることを許す」

 

 

「否定。不要です。むしろハンデが必要なのは耶倶矢の方です。先制権くらい譲ります」

 

 

「かか、わからぬ奴よの。我が手を下した瞬間に士道の目は我に釘付けぞ。貴様の出る幕を一瞬でも作ってやろうという我が配慮を解さぬか」

 

 

「懐疑。本当は何をすればいいのかわからないのではないですか?」

 

 

夕弦が言うと、耶倶矢がビクッと肩を揺らした。

 

 

「そ、そんなわけないし! 超エロエロだし! な、なーに言ってんのかねこいつは! あんたなんか考えもしないようなオトナのテクニックをいーっぱい持ってるんだから!」

 

 

「疑念。では、見せてください」

 

 

「な……っ、ふ、ふん! いいわ、見てなさい!」

 

 

耶倶矢はその場に立ち上がると、士道の方を見ながら右手を頭に、左手を腰に当て、「……う、うふーん」

 

 

なんて、旬を過ぎたグラビアモデルでもしないようなポーズを取った。

 

 

瞬間、夕弦が口に手を当て、プークスクス、と息を漏らす。

 

 

「ええと……」

士道は何と言えばいいのかわからなくなってぽりぽりと頬をかいた。……いや、色っぽくないことはないのだ。

 

 

水分を含んだバスタオルが耶倶矢の肌に張り付いた様は確かにセクシーではある。

 

 

しかし……それより先に、何かいたたまれない気分が士道の心を満たすのだった。

 

 

そんな二人の反応に、耶倶矢は顔を真っ赤に染めて湯船に再ダイブした。

 

 

「な、何よ二人して!」

 

 

「嘲笑。さすが耶倶矢の色香(笑)は違います」

 

「な、なんですって!? っ、ていうかあれなんじゃないの? あんたの方こそ、実は何していいのかわかんないんでしょ!」

 

耶倶矢がビッ! と指を突き付けながら言う。

 

すると夕弦がぴくりと眉の端を動かした。

 

「……否定。そんなことはあり得ません」

 

 

「はっ、どーだか! じゃあやって見せなさいよ!」

 

 

「了承。……いいでしょう」

 

 

夕弦はそう言うと士道に向き直り、「悩殺。ちゅっ」

 

 

と、一昔前のアイドルのような仕草で投げキッスを放ってきた。

 

 

「……あ、うん」

またもどうリアクションしていいかわからず、士道は額に汗を滲ませながら苦笑した。

 

 

それを見て、耶倶矢が腹を抱えて笑い出す。

 

「きゃはははははは! なんだそれ、なーんだそれ! それで悩殺してるつもりなの?」

 

 

「憮然。耶倶矢には言われたくありません」

 

 

「はん、お互い様でしょーが!」

 

 

「否定。そもそも耶倶矢の幼児体型では、誘惑にすらなっていません」

 

 

「……ッ! あ、あんたも大して変わんないでしょうがぁッ!」

 

 

「反論。数字の上では僅差でも、揉み心地が違います」

 

 

「く、くく……スレンダーの魅力というのがわからんようだな」

 

 

「嘲笑。スレンダー(笑)。聞こえのよい言葉に置き換かえたところで事実は変わりません」

 

 

「ふ、ふん……! 斯様なもの、所詮は脂肪の塊ではないか!」

 

 

「憤慨。聞き捨てなりません。それは耶倶矢の嫉妬と捉えます」

 

 

「嫉妬などしとらんわー! 羨ましくなんかないし! 士道だって夕弦みたいなでぶちんより私の方が可愛いと思うに決まってるし!」

 

 

「否定。男性にアピールする際に胸がないのは致命的てきです。耶倶矢のような鶏ガラは相手にすらされません」

 

 

「だッ、誰が鶏ガラじゃー!」

 

 

「応戦。だれがでぶちんですか」

 

 

「何よ、私より枝毛多いくせに! ほーら士道、こんな女嫌よねー!」

 

 

「指摘。耶倶矢の方が夕弦より若干汗臭いです。女としての魅力に劣ります」

 

 

「な、何おう!? あんたこそ、私より体脂肪率高いくせに!」

 

 

「憐憫。結局そこしか指摘できない耶倶矢に哀れみを覚えます」

 

 

「うるさいっ! ほら、ぷよぷよー! ぷよぷよー!」

 

「反撃。ぺたぺたー。ぺたぺたー」

 

またも二人が言い合いを始める。

 

 

と──「……っ!?」

 

 

士道は肩を揺らした。再び戸が開く音がし、誰かがこちらに入ってきたのである。

 

「お、おい……誰か入ってきたぞ。おまえら隠れないとまずいんじゃないのか?」

 

ここは男湯である。無論、新たな闖入者は男子生徒であるはずだった。

 

 

しかし耶倶矢と夕弦は平然とした様子で言ってきた。

 

 

「くく……何を言っておるのだ、士道」

 

 

「否定。大丈夫です。心配いりません」

 

 

「は……?」

二人の言っている意味がわからず、首を傾げる。

 

 

と、「とりゃー!」

 

 

元気のいい声とともに、新たな入浴客が勢いよく湯船に飛び込んできた。

 

 

そして、先に入っていた士道と目が合う。

 

 

聞き覚えのある凜とした声音。夜色の長い髪。到底男とは思えない、美しい曲線で描かれたボディライン。

 

 

そう、その姿は──紛れもなく、夜刀神十香のものだった。

 

 

「ん?」

そこで十香も、先客に気付いたらしい。キョトンとした様子で士道を見てくる。

 

 

 

「…………」  「…………」

 

 

 

そして。

 

「ギャ──────────ッ!?」

 

「ギャ──────────ッ!?」

 

 

二人して顔を見合わせ、全く同じ悲鳴を上げた。 十香が慌ててあたふたと両手を動かし、バッと胸元と下腹を覆い隠す。

 

 

 

「な、なななななななななななぜこんなところにいるのだシドー!」

 

 

「い、いやいやいやおまえこそなんでこっちに入って来てんだよ! ここ男湯だぞ!」

 

 

「何を言っている! ちゃんと皆に教わったとおり、赤い方に入ったぞ!」

 

 

「は……!?」

そこで士道はハッと身体を揺らした。嫌な予感が背筋を通り抜ける。

 

 

 

「まさか、おまえら……!」

言って左右に目をやると、耶倶矢と夕弦がキョトンとした様子で返してきた。

 

 

「うむ、士道が入る前にのれんを入れ替えておいた。さすが我。策士よの」

 

 

「質問。もしや、何か問題がありましたか?」

 

 

「お・ま・え・らぁぁぁぁぁ……ッ!」

士道は怨嗟に染まった声を発し、二人を睨み付けた。

 

恨み言の一つでも吐きたいところだったが、今はそれどころではない。

 

 

十香に向き直り、湯船に顔を浸けるような勢いで頭を下げる。

 

 

「十香、信じてくれ。俺は誓って、こんなことをするつもりじゃなかったんだ!」

 

 

「お、おお……!?」

士道が必死に訴えかけると、十香は面食らったような顔を作った。

 

 

「で、ではなぜこんなところにいるのだ……?」

 

「騙されたんだ! すまん、すぐ出て行くから……!」

 

 

「あ……シドー!」

士道ができるだけ十香の身体を見ないように湯船から上がろうとすると、不意に十香が手を取ってきた。

 

まるで、士道を引き留めるように。

 

 

「ど、どうしたんだよ十香」

 

 

「いや……そちらは、まずいと思うぞ」

 

 

「へ?」

 

士道が目を点にすると同時、またも引き戸が開き、女子のご一行様が入ってきた。

 

 

「な──」

慌てて湯船に身を沈め、岩陰に隠れる。

 

 

よくよく考えてみれば当然だった。

 

入浴時間になって十香が入ってきたということは、他の女子たちも一斉に風呂に入ってくるのである。

 

「やー、広いじゃなーい! 海すぐそこじゃーん!」

 

「あ、転入生さん、もう入ってたんだ。はやーい」

 

「あれ、鳶一さんお風呂入らないの?」

 

 

「──私には、やらねばならないことがある」

 

 

「そ、そう……がんばって」

女子たちの甲高い声が聞こえてくる。

 

 

このままでは見つかるのも時間の問題だろう。

 

 

「や、やややややっべぇ……! ど、どうすんだこれ……っ!」

 

かつてないピンチに、士道は頭を抱えて目を泳がせた。

 

もしこんなところに潜んでいるのが見つかったなら、間違いなく袋叩きにされるだろう。

 

 

いや、それならばまだいい。一生消えることのない性犯罪者のレッテルを貼られ、残りの高校生活を、変態だとか性欲の権化だとか若さゆえの過あやまちだとか言われて過ごさねばならなくなるに違いなかった。

 

 

それどころか、最悪警察沙汰になることだって── と、士道がガタガタ震えていると、十香が士道の姿を隠すように移動してきた。

 

 

「と、十香……?」

 

 

「シドーが悪いのではないのだろう……? なら、私の陰に隠れて早く逃げるのだ」

 

 

「……! す、すまん。恩に着る……!」

 

 

幸い、湯気と赤褐色の湯のおかげで、士道の姿は見えづらくなっている。

 

 

十香という壁があれば、女湯の外に逃げることくらいはできるかもしれなかった。

 

 

「よし……では行くぞ」

 

 

「お、おう」

十香の声にうなずく。すると十香が湯船に浸かりながら、ゆっくりとカニ歩きを始めた。

 

その背に隠れるようにしながら、湯の中を進んでいく。

 

 

──だが、「あー、十香ちゃんはっけーん!」

 

「どうしたの? こんな端っこで」

 

 

「ていうかうっわ、肌きれー。揉ませろコラー!」

 

十香の前方に、亜衣麻衣美衣トリオが現れた。

 

 

士道の頭の中に、RPGで敵とエンカウントしたときのBGMが鳴り響く。

 

 

「ひ……っ」

 

 

「い、いや、なんでもないぞ! 気にするな!」

 

 

十香がそう言うも、亜衣麻衣美衣は十香に興味津々の様子だった。

 

このままでは、十香の背後にいる士道の存在にも気付かれてしまうだろう。

 

 

と、そこで。

「は……っ! あんなところに巨大なきなこパンが!」

 

 

十香が咄嗟に叫び、遠くを指した。一瞬、三人の注意がそちらに逸れる。

 

 

「──!」

好機。士道は身を翻と、岩縁から海にダイブした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

 

 

男湯の一角では数名の紳士たちが集結し、円陣を組むような格好で、声をひそめて会話を交かわしていた。

 

 

「おい殿町、本当だろうな?」

クラスメートからの問いに、殿町はニッと唇の端を上げた。

 

「ああ、抜かりはない。普通に風呂に入っている分には気付かないが、男湯と女湯を隔てている垣根の一部に、微妙な隙間が開いているんだ」

 

『おお……っ!』

志を同じくする戦友たちが、一斉に声を上げる。殿町はうんうんとうなずくと、皆の中心に手をバッと差し出した。

 

 

自然と、その上に皆の手が重ねられていく。

 

 

「準備と覚悟は十分か!」

 

「「「「応とも!」」」」

 

「よかろう! ならばついてこい! この世の楽園を見せてやる……!」

 

 

 

「「「「おうっ!」」」」

 

野太い声が響き渡わたり、皆の手が高々と掲げられる。

 

殿町は軽い陶酔感の余韻を味わうように目を伏せてから、ゆっくりと歩いていった。

 

 

そしてできるだけ音を立てないよう垣根沿いに足を進め、目的のポイントまで辿り着く。

 

 

「よし、では……」

殿町が戦友たちを見渡すと、皆が一斉にうなずいた。

 

「おまえから行ってくれ、殿町」

 

「おまえが俺たちに勇気をくれた。俺たちを導いてくれた」

 

 

「その目に、心に、しかと焼き付けてくれ」

 

 

「おまえら……」

殿町は熱い涙を腕で拭うと、大きくうなずき返した。

 

 

「では行くぞ……俺の生き様、とくと見るがいいっ!」

 

 

言って、殿町は背伸びをし、垣根の一部にわずかに開いた隙間を覗き込んだ。

 

 

と。

 

「…………」

 

「…………」

 

 

──目が、合った。 女湯の方からこちらをジッと見ていた、鳶一折紙嬢と。

 

 

 

 

 

「……お、お邪魔しました」 殿町は渇いた声でそう言って、足を元の位置に戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

部屋で小型端末を操作していた令音は、不意に首を捻った。

 

 

扉の外から、ペタペタという足音が聞こえてきたのである。

 

 

次いでその音が部屋の前で止まったかと思うと、コンコン、と扉がノックされた。

 

 

「……どうぞ」

令音が言うと、扉がゆっくりと開き、タオル一枚を腰に巻き付けただけの士道が、部屋に入ってきた。

 

 

 

なぜか全身びしょ濡れで、肩を抱いてガタガタと震えている。

 

そんな様子を見て、令音は数秒の間考えを巡らせ──ポンと手を打った。

 

 

「……夜這いには、少し早いのではないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「くく……下等な人間共め。我と寝所を共に出来ることを光栄に思うがいいぞ。その心に我が高き名を刻むが良い。颶風の御子、八舞耶倶矢の名をな」

 

十香たちの泊まる四〇一号室にやってきた少女は、テーブルに腰掛けてふんぞり返りながらそんな挨拶をした。

 

無礼極まる口ぶりではあったのだが、耶倶矢の得意げな顔と甲高い声のためか、そこまで嫌味にも高圧的にもなっていなかった。

 

なんというか、小さな子供が好きなキャラクターを真似ているような微笑ましさがあるのである。

 

「うむ、仲良くするぞ。よろしくだ!」

十香は腕組みしながらうんうんとうなずいた。

 

 

それに合わせるように、隣に並んで座っていた班員の亜衣、麻衣、美衣も、ニコニコと微笑を作る。

 

 

急に令音に、この少女を一晩君たちの部屋に泊めてくれ、なんて言われたときには三人とも驚いたようだったが、基本的に皆楽しいことと可愛いものが好きなメンバーなので、すぐに適応していたのだった。

 

 

「きゃー!」と色めき立つように笑顔を作り、耶倶矢の頭を撫でたりほっぺを突っついたりし始める。

 

 

「やーもー、かーわーいーいー。イタ可愛いー」

 

 

「髪さらさらー。ほっぺぷにぷにー」

 

「甘いの好き? ポッキー食べる?」

 

「や、やめんか、貴様等! 無礼であるぞ! んぐんぐ……」

 

 

耶倶矢がたまらず叫びを上げる。ちなみにポッキーは食べていた。

 

 

「あっ! 美衣、私もポッキーが欲しいぞ!」

 

 

「はいはーい、いいわよ十香ちゃーん。……て、あ、ごめんごめん。今耶倶矢ちゃんにあげちゃったので最後だったわ。ヤンヤンつけボー食べる?」

 

 

「な……なんだそれは!?」

十香が手て渡された円筒形の物体を真剣な顔で矯つ眇めつ眺め回していると、亜衣麻衣美衣が耶倶矢に次なる質問を投げかけた。 

 

 

「ねーねー、それで、耶倶矢ちゃんてどっから来たのー?」

 

「この時期に転校って珍らしいよねー」

 

 

「新学期入ったら四組ってことでいいのー?」

 

亜衣麻衣美衣が矢継ぎ早に質問を投げかける。

 

 

耶倶矢はフフンと足を組み替かえた。

 

 

「何処から……か。ふ、いい質問だ。我らが在った場所は天の頂にして地の底。幽世の最果てにして現世の傍ら。貴様等の思考の範疇では理解することすら出来ぬ領域よ」

 

 

「かくり……うつし……?」

十香は首を傾げた。だが、何となく凄そうなことを言っているのは理解できる。

 

「むう。そうか、耶倶矢はむつかしい言葉をいっぱい知っていて凄いな!」

 

 

「くく……よく解っているではないか。気に入ったぞ。名をなんと申す」

 

「うむ、夜刀神十香」

 

「十香か……くく、佳き名よ。ほうれ、撫でてやろう」

 

なぜか耶倶矢が上機嫌になって、十香の頭をぐりぐりと撫でてくる。

 

「ぬ? な、なんだ、くすぐったいぞ」

 

 

「貴様はなかなか見所がある。この闇の洗礼を以て、我が眷属に加えてくれよう」

 

 

「けんぞく? なんだそれは」

 

 

「くく……それは我が軍門となり戦列に並ぶことが許される資格。この世でもっとも偉大なる一族に名を連ねることができることを意味するものだ」

 

 

「おお……! なんだかよくわからないが、そんな凄いものにしてくれるのか!?」

 

なぜだろうか、十香が素直にそう言うと、耶倶矢が感極まったように指を震わせた。

 

 

何となく、初めて自分の理解者が現れた芸術家か発明家みたいな調子に見えた。

 

「お、おうとも! 我が全身全霊を以て貴様を護ってやる! 光栄に思うがいいぞ!」

 

「うむ、光栄だ!」

そんな二人の様子を見てか、亜衣麻衣美衣が頬に手を置いて「やーん!」と声を上げた。

 

 

「うっわマジもーたまんねー。十香ちゃんも耶倶矢ちゃんも可愛すぎー」

 

 

「ちょっ、一枚いいっすか? 目線くださーい!」

 

 

「性別とかもう些細なことだと思うんだよね」

 

言って、何やら身を捩ったりデジカメを構えたりギラギラ光る眼でこちらを見つめながら舌なめずりしてきたりする。

 

耶倶矢がそんな視線に眉まゆをひそめてから、ふと何かに気付いたように目を丸くした。

 

 

「十香といったな。御主まさか……あのとき士道の背に負われていたおなごか?」

 

「? シドーがどうかしたのか?」

 

十香が答えると、耶倶矢は目を細め、十香の手を引っ張って部屋の隅に歩いていった。

 

「あれれー、耶倶矢ちゃんどこ行くのー?」

 

 

「今から我は、我が眷属と非常に重大な情報共有を図るのだ。常人には耐えられぬ呪いの言葉ゆえ、聞けば耳が爛れ落ちるぞ。それでもよいならば聞き耳を立てるがよい」

 

 

「あー、内緒話ね。あはは、盗み聞きなんてしないってばー」

 

亜衣が朗らかに笑いながら言ってくる。だが、十香は気が気でなかった。

 

 

両手で耳たぶを押さえながら、カタカタと身を震わせる。

 

 

「み、耳が落ちるのか……?」

 

 

「案ずるな。我が眷属たる御主はこう、不思議なパワーが宿ってるから大丈夫なのだ」

 

「そうか……眷属とは凄いのだな」

十香が神妙な面持ちで呟くと、耶倶矢は満足げにうなずき、声をひそめて訊ねてきた。

 

 

「十香、御主、士道と親しいようだな」

 

「ぬ? うむ、シドーのことならよく知っているぞ」

 

 

「! そうか。くく……ならば幾つか訊きたいことがある」

 

十香が言うと、耶倶矢はピンと指を立てて問いを発してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「請願。今晩お世話になります、八舞夕弦です。どうぞよろしくお願いします」

 

言って、気怠げな半眼を作った少女が三つ指を突いて頭を下げる。

 

「い、いや、そんな畏まらなくても大丈夫よ……?」

 

夕弦の無駄に丁寧な所作に、四〇二号室の面々は逆に畏まってしまっているようだった。

 

 

あせあせと落ち着かない様子で手や視線を動かし、ぎこちない苦笑を作る。

 

 

もとよりこの班は、クラスでも大人しい女子のグループを中心に、人数合わせであぶれた面子を組み込んだ余り物の集まりである。

 

もともと班員同士の会話も多くないため、会話がそれ以上発展しないのだった。

 

「…………」

だが、折紙はそんな微妙な雰囲気など微塵も気にかけていなかった。

 

むしろ常に静かで、必要以上に会話をしなくていい分、この班のことは気に入っていたくらいである。

 

部屋の隅に腰掛け、窓の外を見ながら残念そうにため息を吐く。

 

 

事前の入念なリサーチの結果、女湯と男湯を隔てる垣根の一部に隙間を発見したのであるが……士道の姿を発見することはできなかったのだ。

 

と、沈黙に耐えかねたのか、班員の一人が夕弦に声をかけるのが聞こえてきた。

 

 

「え、ええっと……足痛くないですか? 座布団もありますんで、よかったら……」

 

 

「感謝。お言葉に甘えます」

短く言って、夕弦が班員たちの方に歩いてくる。

 

その行動で、ようやく班員たちは放念の息を吐いたらしかった。

 

 

部屋の雰囲気が、ほんの少しだけ柔らかくなる。

 

 

「急な転入でいろいろ大変でしょうし、わからないことがあったらなんでも訊いてね?」

 

 

「多謝。お心遣い痛み入ります」

言って、またも夕弦が頭を下げる。眼鏡をかけた女子生徒が、困ったように苦笑した。

 

 

と、夕弦が顔を上げると同時に唇を開く。

 

 

「質問。では一つ、お訊したいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

 

 

「ええ、もちろん。何?」

 

 

「請願。男性の気を引く方法をお教え願いたいのですが」

 

 

「「「「「え……ッ!?」」」」」

 

夕弦が無表情のまま発した質問に、班員たちが固まる。

 

 

「え、ええと……? 今なんて?」

 

 

「復唱。男性の気を引く方法を、と。理性のくびきを取り払い、辛抱たまらなくしてしまう手練手管をご教授願いたいのです」

 

 

『…………っ!?』

 

 

班員たちの顔が真っ赤に染まる。クラスでも比較的地味な女子ばかりが集まったグループである。

 

そういう話題にあまり免疫がないのかもしれなかった。

 

だが、なんでも訊いてと言った以上引っ込みがつかないのか、最初に声をかけた女子がおずおずと口を開く。 

 

 

 

「そうねえ……こう、偶然を装って手と手を触れ合わせるとか……?」

 

 

「い、いや、そんな少女漫画みたいな……」

 

 

「ええ……じゃあどういうのがいいのよ」

 

 

「えっと、そうだな……こう、飲みかけのジュースを渡わたしてみるとか……?」

 

 

 

 

 

「──甘い」

そんなやり取りに、折紙は横から口を挟んだ。

 

 

班員たちが、意外そうな顔で見てくる。

 

 

「え? と、鳶一さん……?」

 

 

「甘いって言うと……?」

 

 

「話にならない。そんな漫然とした行動では、意中の人は落とせない」

 

折紙がそう言うと、夕弦の目が静かに輝くのがわかった。

 

 

「請願。ただ者ではないとお見受けします。どうかご教授を」

 

 

「…………」

折紙は小さく息を吐くと、身体の向きを夕弦の方に向け、目の前を指で指し示した。

 

 

すぐに夕弦が立ち上がり、折紙の示した場所に正座する。

 

「まず、大事なのは──」 そして折紙は、静かに語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうにか海から上がって令音の部屋まで辿り着き、予備の浴衣ゆかたを借りた士道は、湯飲みに注がれたお茶を飲み干してからようやく大きなため息を吐いた。

 

 

「すいません、助かりました……」

 

「……いや。災難だったようだね」

言って、令音が小さく肩をすくめる。

 

 

士道は思わず目を逸らした。令音は備え付けの浴衣を着ていたのだが……帯の締め方がぞんざいなためだろうか、彼女が動くたび、悩ましい胸元がちらちらと覗のぞいていたのである。

 

 

健全な男子高校生の目には、いささか強すぎる毒だった。

 

 

「……? どうかしたかね」

 

 

「い、いえ。それより、〈フラクシナス〉との通信は回復したんですか?」

 

問うと、令音が無言で首を振った。

 

 

「……いや、駄目だ」

 

 

「そう……ですか。えっと、じゃああの二人──耶倶矢と夕弦は……」

 

令音が小さく首肯し、テーブルの上に置かれた小型のノートパソコンをカタカタと操作し始めた。

 

 

画面に、望遠で撮影された、風の中に躍る二つの人影の姿と、細かな数値や文字列が表示される。

 

 

その画像だけで人相までは判別できないが──「これは……耶倶矢と夕弦?」

 

 

「……ああ、恐らくね」

士道が画面を指さして声を上げると、令音は小さく首を倒した。

 

 

「……実は、彼女らは我々の間ではちょっとした有名人でね。風の中で二人組の精霊を見たと聞いた瞬間から、なんとなく目星はついていたんだ」

 

 

「有名人……っていうと」

士道が問うと、令音は順を追って話そう、というように、軽く手をかざしてきた。

 

 

「……彼女らは、〈ベルセルク〉と呼ばれている。君も見たように、風を伴なう精霊だ」

 

 

「〈ベルセルク〉……」

 

 

「……ああ。世界各地で現界が確認されている二人組の精霊だ。こちらに現れては、常に二人でじゃれ合っているだけなのだが……その規模が問題でね」

 

 

「ああ……」

 

士道は頬をかきながら昼間のことを思い出した。木々を薙ぎ海を荒らす凄まじい大嵐し。あんなものを何度も起こされてはたまらないだろう。

 

 

 

 

「各地で起きている突発性暴風雨の何割かは、彼女たちのせいだろう。その上、目撃情報も非常に多いときている。アメリカではゴシップ誌に写真を撮とられ、天使かUFOか、それとも空飛ぶスパゲッティ・モンスターかでちょっとした論争が起きているらしい」

 

 

「目撃……って、あ──」

そこで士道は気づいた。そういえば、あんなに近くに精霊が現れたというのに、辺りには空間震警報が鳴っていなかったのである。

 

ここ或美島の北街区は、士道たちの住む天宮市に負けないほどに、シェルター普及率の高い場所だ。

 

 

空間震の予兆が確認されれば、間違いなく警報が鳴るだろう。

 

「まさか、あの二人も静粛現界を?」

 

士道が戦慄した調子で言うと、令音が首を横に振った。

 

 

「……いや、予兆は確認されていたようだ。──太平洋沖の遥か上空で、だがね」

 

士道は思わず目を丸くした。

 

「太平洋沖の──空?」

 

「……ああ。〈ベルセルク〉二人の空間震規模はAランク……十香たちとは比べものにならない大爆発だ。だがどういうわけかその多くは、何もない空中で確認されている」

 

 

「え、それじゃあ、なんであの二人はこの島に……」

 

 

「……簡単な話さ。空中で現界したのち、ここまで移動してきたんだ。まるで移動性低気圧のように二人で組んず解ほぐれつしながら、数百キロという距離を、わずか数分でね」

 

「な……」

 

 

「……世界を悩ます意思ある台風さ。人間へ明確な攻撃意思を示すでも、世界を憎むでもなく、二人で争う余波だけで森を、山河を、街を壊滅させる、気まぐれな狂戦士だ」

 

 

令音がそう言いながら、端末のエンターキーをタンッ、と叩く。

 

すると画面に、滅茶苦茶に破は砕さいされた街の様子が映し出された。

 

「……彼女らによる被害は甚大だ。加えて、その姿を何度も衆目に晒してしまっているというのも、精霊の存在を秘匿しておきたい組織にとっては悩みの種だ。ゆえに耶倶矢と夕弦は、〈ラタトスク〉からもASTからも、優先目標に指定されている。……だが、今まで彼女らに接触できた者はほとんどいない」

 

 

「な、なんでですか?」

 

 

「……彼女らの移動範囲と移動速度のためさ。現界してから追っていては、誰も彼女たちに追いつけないんだ。だから君が二人に遭遇できたのは、僥倖中の僥倖といえる」

 

 

「な、なるほど……」

令音は頭をゆらりと動かしてから続けてきた。

 

 

「……確かに今は、〈フラクシナス〉との通信が途絶え、〈ラタトスク〉からのサポートが受けられない状況だ。私も今ある機材だけでは、十分な解析は行えない。このまま攻略を行うのは、いつも以上にリスキーだろう。だが──悪いことばかりじゃあない」

 

 

「っていうと……」

 

 

「……彼女らは今、向こうから君の気を引こうとしているじゃあないか」

 

 

「ああ……」

士道は頬に汗を垂らした。そのせいで、先ほどはえらい目に遭ったのである。

 

 

「……極めて遭遇率の低い〈ベルセルク〉相手に、これは願ってもない状況なんだ。この機を逃したなら、何の冗談でもなく、耶倶矢と夕弦にはもう二度と会うことができないかもしれない。だから、彼女らの気が変わらないうちに封印を施こしてしまいたいんだ」

 

 

「じゃあ、〈ラタトスク〉の協力なしで攻略する……ってことですか」

 

言ってから、士道は自分の言葉に緊張するように唾液を飲み込んだ。

 

あの選択肢が役に立つかは五分五分だが……対象の精神状態を知ることができないのは痛い。

 

それに何より、後ろにサポートが控えている、自分が一人でないと認識していられるのは、想像以上に心理的な余裕となるのである。

 

「……そうなるね。それと実はもう一つ、彼女らを攻略する上で問題となることがある」

 

「問題となること……っていうと」

 

「……単純な理由さ。〈ベルセルク〉は二人いるんだ。しかも、今彼女らはどちらが君を籠絡するかを競っている。もし仮に君がどちらかにキスをしたなら──どうなるかな」

 

「あ……」

封印のためキスをしたなら、彼女らは、キスされた方が決闘の勝者と認識するだろう。

 

だがその勝者は、勝利の瞬間に霊力を失ってしまうことになる。

 

もし敗者がその決着に納得せず暴れ出したりしても──それを止めることのできる者はいなくなってしまうのである。

 

「……彼女らの道義と矜持を疑うわけではないが……それを根拠に生徒や或美島の人々を危険に晒すことはできない」

 

「そう……ですね。じゃ、じゃあ、片方に隠れてキスするしかないってことですか?」

 

士道の提案に、しかし令音は難しげにうなった。

 

 

「……それも確実とは言えない。彼女らはもともと同一の精霊だったという話だろう。君と十香たちのように、二人の間に霊力の経路が通っている可能性がある。そうなると、片方を封印した際に気付かれてしまうだろう」

 

「じゃ、じゃあ、一体どうすれば……」

士道が難しげな顔を作って問うと、令音が腕組みしながら首を前に倒した。

 

 

「……まったく打つ手がないわけじゃあない。一つ、策を講じさせてもらった」

 

「策?」

 

「……ああ。今日の昼間、話をした際に、彼女らと一つ取り決めを交かわしたのさ。修学旅行最終日──つまり明後日の朝までに、君に必ずどちらが魅力的かを選択させると」

 

「明後日……ですか」

 

「……ああ。二日後に必ず成果が得られるとあれば、彼女らもそう簡単に意趣を返したりはしないだろう? 少なくとも、一日の猶予を稼かせぐことができる。我々にとっては何より貴重な──デートの時間を」

 

 

令音の言葉に、士道はごくりと息を飲んだ。

 

 

「つまり……明日一日で、耶倶矢と夕弦をデレさせろ……と? でも──」

 

 

「……いや、少し違う」

と、士道の言葉の途中で、令音が首を横に振った。

 

 

「……今回、私は、君をデレさせる」

 

 

「…………………………は?」

 

「……だから君は、その上で二人をデレさせてくれ」

 

一瞬令音の言っている意味がわからず、士道は目を見開き口をポカンと開けた。自分からは見取ることができないが、相当に間の抜けた顔をしていることだろう。

 

だが令音はそんな滑稽な士道の様子を笑うでもなく、静かに声を続けてきた。

 

「……私は耶倶矢と夕弦にインカムを渡し、シン、君を攻略する手助けを行うつもりだ。君は私が指示した彼女らの行動に対し、色好い反応を示してくれればいい。──私のサポートが信頼できるものである、と、彼女らに思わせるようにね」

 

 

「え、いや、ちょっと、言ってる意味が……」

 

 

「……二人が、こちらのアドバイスが的確であるという判断をしてくれさえすれば──二人の行動をある程度御することが可能だろう。そう、たとえば──二人同時に、君にキスをさせる、とかね」

 

 

「……っ!?」

士道はハッと肩を揺らした。

 

二人同時に、キスをする。 無論そんなこと一度も試したことはないが──それで二人の霊力を同時に封印できるのなら、令音の懸念は解消することができるだろう。

 

「……苦肉の策には変わりない。だが……二人を封印できるとしたら、この方法しかないと私は考えている。どうだろうか?」

 

令音が士道の目をジッと見ながら言ってくる。

 

「どう……って」

その隈に飾られた瞳を見つめ返しながら、士道は唾液でのどを湿らせた。

 

確かに困難極まるミッションである。一歩間違えば士道のみならず、十香や折紙や佐藤、学校の面々や島の人々をも巻き込んでしまう。

 

だが──今士道がやらねば、また突発性のハリケーンが世界のどこかで発生することになってしまうだろう。

 

──それに。士道は小さく唇を噛んだ。

 

 

耶倶矢と夕弦から二人の関係性を聞いてから、士道は堪らない気持ちの悪さを覚えていたのである。

 

主人格の座をかけて争い──敗北した方は、相手に取り込まれて消えてしまう。

 

自分が生き残るために、相手を殺さねばならないという最悪の筋書き。

 

生まれた瞬間に、どちらかが消えねばならないという理不尽極まる運命を背負わされた二人。

 

だが、士道がもし二人の霊力を封印することができたなら、その運命を覆すことができるかもしれないのである。

 

「…………」

士道の脳裏に、今まで触れ合ってきた精霊たちの記憶が蘇る。

 

十香。四糸乃。狂三。そして──琴里。 危険がどうだとか、世界がどうだとか、そんなものは二番目三番目で構わない。

 

 

──精霊を。最悪の定めに囚われた少女を、救いたい。

 

士道が手を伸のばす理由は、それだけあれば十分なのだった。

 

「わかりました……やってみます」

 

「……すまない。助かるよ」

言うと、令音がふっと士道から視線を外し、軽く頭を下げる。

 

そこまで畏まられても困ってしまう。士道は苦く笑しようしながら手を振った。

 

「そんな。俺だって精霊を──」

と。言いかけたところで、

 

 

「──ぅえっくしょん!」

士道は派手なくしゃみをして肩を揺らした。そういえば、夏場だというのに少し肌寒い気がする。どうやら先ほど海にダイブしたのが祟ってしまったらしい。

 

 

「……風邪かね?」

 

「いや……大丈夫だと思いますけど」

言って、ずずっと鼻水を啜る。

 

 

と、そこで令音が、何かを思いついたかのようにポンと手を打った。

 

 

「令音さん? どうかしましたか?」

 

 

「……ああ、やはり大事になるといけない。今日はもう休みたまえ」

 

 

「え? いや、さすがにそんな……」

 

 

「……明日、君が万が一ダウンしてしまったなら、耶倶矢と夕弦はどうするんだい?」

 

 

言われて、士道はむうとうなった。

 

 

「わかりました。じゃあ今日は休ませてもらいます」

 

そう言って立ち上がろうとすると、なぜか令音が士道の手を取った。

 

「……待ちたまえ、シン。──ここで、寝るんだ」

 

 

「へ?」

令音の言っている意味がわからず、士道は目を丸くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからおよそ二〇分後。士道は令音の意図を完全に理解した。

 

「くく……令音から聞いたぞ士道よ。どうやら風邪らしいではないか。かか、人間というのは斯くも脆弱なものか。あの程度で身体を病むとはな」

 

「宣言。安心してください。夕弦の看病にかかれば、明日までに全快です」

 

そう言いながら、浴衣姿の耶倶矢と夕弦が部屋に入ってきたのである。

 

 

「……ああ、悪いな」

布団を被り額に濡ぬれタオルを載せた士道は、渇いた笑みを浮かべながらそう言った。

 

一瞬「誰のせいだ、誰の」なんて言葉が漏れかけるが、それは心の奥底にしまっておく。

 

 

大体のことは令音に聞いていた。要は看病で二人との親密度を上げておくのと同時に、彼女らの行動パターンを把握しておこうというのである。

 

 

だから生徒への感染を防ぐ、という名目で教員の部屋を空け、士道が一人で寝込んでいたのだ。

 

ちなみに物もの陰には隠しカメラが設置され、彼女らの行動を逐一記録している。

 

耶倶矢と夕弦にしても、どうにかここでポイントを稼ぎ、士道に選んでもらおうと張り切っているのだろう。妙に気合が入っている様子だった。

 

 

「くく……では邪魔するぞ」

 

「失礼。上がらせていただきます」

 

二人はスリッパを脱ぎ、部屋に上がってくると、士道を挟はさむように左右に正座した。

 

そして、ジッと士道の顔を見下ろしてくる。

 

 

「……ええと、なんだ?」

士道が言うと、耶倶矢と夕弦はふっと顔を上げて視線を交じらせた。

 

 

「くく……夕弦よ。先に言っておくが、我を今までの八舞耶倶矢と思うていては怪我をするぞ。我は優秀なる眷属を得、新たなる我へと生まれ変わったのだ」

 

 

「溜息。また耶倶矢のハッタリが始まりました」

 

耶倶矢の言葉に、夕弦がやれやれと肩をすくめる。あからさまな挑発である。

 

しかし耶倶矢はそれには乗らず、口元を歪めて不敵な笑みを漏らすのみだった。

 

夕弦も、そんな耶倶矢の余裕を感じ取ったらしい。微かに目を細める。

 

 

「驚嘆。どうやらあながち嘘でもないようですね。──ですが、それは夕弦も同じです。夕弦は素晴らしい師を得ました。今の夕弦に敵はありません」

 

 

「ほう……? 面白い。では尋常に勝負!」

 

言って、耶倶矢は再び士道に視線を落としてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「む」

入浴を終え寝間着に着替えた十香が旅館の廊下を歩いていると、十字路に差し掛かかったところで折紙に遭遇した。

 

 

 

 

シンプルなデザインの部屋着姿で、小さなポーチのようなものを手首に提げ、何故か手にラップのかかった皿を持っている。

 

 

 

どうやら載っているのはおにぎりらしかった。

 

 

 

なぜそんなものを持っているのかは気になったが、正直遭遇して嬉しい相手ではないし、別段話すこともなかった。

 

 

 

ぷいを顔を背けて目的の方向へと歩いていく。

 

 

──だが、「……ぬ?」

 

 

十香は怪訝そうに眉をひそめた。折紙が、無言で十香のあとをついてきたのである。

 

 

 

「む、なぜ私のあとをついてくるのだ?」

 

 

「あなたを追ってなどいない。進む方向が同じだけ」

 

 

折紙が、表情一つ変えぬまま返してくる。十香は眉間のしわをさらに深くした。

 

 

 

「……貴様、まさか令音の部屋に行くつもりではないだろうな」

 

十香が言うと、折紙は初めてぴくりと眉を動かした。

 

 

 

そう。十香もまた、令音の部屋に──正確に言うならば、令音の部屋で休んでいるという士道の看病に行くつもりだったのである。

 

 

先ほど士道と遊ぼうと、士道の部屋に行ったところ、風邪をひいて別室で休んでいると聞かされたのだ。

 

 

だが──まさか折紙までもがその情報を掴んでいたとは。

 

 

「士道の看病は私一人で十分。あなたは自分の部屋に戻っていればいい」

 

 

「ふざけるな、シドーは私が看病するのだ!」

 

 

「あなたにそんなことが可能とは思えない」

 

 

「何おう!」

 

 

「では、具体的に何をするの?」

 

 

「そんなの決まっているだろう、まずは──」

 

 

十香は、自信満々に話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

士道はひッと息を漏らした。耶倶矢が軽く顔を染めてから、意を決するように頬を張り、そのままいそいそと士道の布団に入り込んでこようとしてきたのである。

 

 

「ちょッ、ちょっと待った! 一体何を──!」

 

「くく……風邪のときはとにかく温かくするものだろう。そして士道、御主聞くところによると、おなごと同衾するのが大好きだそうではないか」

 

 

 

「は……はぁっ!?」

士道は布団を両手でキープしながら叫びを上げた。そりゃあ士道も男の子である。

 

 

無論嫌いなことはないが……「な、なんだよそれ。そんなこと言われる覚えなんて──」

 

 

 

「違うのか? 我が眷属は、ある朝起きたら御主がいつの間にか布団にいたと……」

 

 

 

「……すまん、あった」

士道は頬をぴくつかせながら答えた。恐らく、というか間違いなく、耶倶矢のいう『眷属』とやらは十香のことだろう。

 

 

 

以前琴里によって、寝ている間に十香の布団に放り込まれたことが確かにあったのだった。

 

 

そんな士道の回答を聞いてか、耶倶矢がふふんと勝ち誇ほこった笑みを夕弦に向け、満足げにうなずいた。

 

 

そしてそのまま、またも布団に押し入ってこようとする。

 

 

「い、いや、だから──!」

 

 

と、士道がそれを拒絶するように布団を押さえつけると、耶倶矢が「うぐ……」と眉を八の字にした。

 

 

「わ、私じゃ……駄目?」

 

 

「……ッ! そ、そういうわけじゃ……ああもうッ!」

 

 

士道は、困り切った顔を作って額に手を置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──という風に、添い寝して温かくするのだ!」

 

十香は、ふふんと鼻を鳴らしながら、自信満々に腕組みした。

 

 

 

そう。令音や琴里が、風邪のときは温かくするのが大事と言っていたのを覚えていたのである。

 

加えて、士道はいつの間にか十香の布団に潜り込んでいるほどの添い寝好きなのだ。

 

あのときは突然のことに驚いたが、体調を崩している今は……まあ、特別である。

 

だが、折紙はやれやれといった調子で首を横に振ってきた。

 

「やはり、あなたでは役者不足。大人しく部屋に戻るべき」

 

「な、なんだと!?」

 

「その証拠に、あなたは何も用意していない」

 

 

「何?」

 

十香が睨みながら言うと、折紙は手首に提げたポーチに視線を落とした。

 

「体温計、冷却シート、それに身体を拭くためのタオルも用意してある。抜かりはない」

 

「ふ、ふんっ! タオルは部屋に備え付けてあるだろう! それくらい私にだって……」

 

言うと、折紙がふるふると首を振った。

 

「それでは意味がない。せっかく汗を拭いても、備え付けのタオルでは、回収できない」

 

「む、むぅ……?」

今ひとつ折紙の言っていることがわからなかった。うめくようにのどを鳴らす。

 

「それに、あなたは大事なことを理解していない」

 

 

「大事なこと?」

 

 

「そう。タオルを使うのは最後の手段」

 

 

「何? それでは汗が拭けぬではないか」

 

 

「私ならばこうする」

折紙は、淡々と語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

士道と耶倶矢が攻防戦を繰り広げていると、今度は夕弦が、ゆったりとした動作で士道に一歩近づいてきた。

 

そして、バサッと布団を剥ぎ取ってくる。

 

 

「うわっ!? な、何するんだよ夕弦」

 

 

 

「っ! そうだぞ貴様、我の添い寝の邪魔をするとは卑ひ怯きようなり!」

 

 

士道に同調するように、布団に入り込もうとしていた耶倶矢が非難の声を上げる。

 

 

しかし夕弦はさして気にも留めていない様子で、ひくひくと小さく鼻を動かしてきた。

 

 

「確認。発汗が見られます」

 

 

「え? ああ……そりゃ、少しはな」

 

士道は小さくうなずきながら答えた。

 

 

風邪をひいている状態を演出するため、夜とはいえ夏場に分厚い布団を被らされていたのである。当然、汗くらいはかくだろう。

 

 

「指摘。汗は放っておくと気化熱で体温を奪うばいます。すぐに拭ぐわねばなりません」

 

 

「や……まあ、そりゃそうかもしれないけど……」

 

と、士道がキョトンと目を丸くしていると、夕弦が突然士道の浴衣の合わせを掴み、ガバッと胸むな元もとをはだけさせた。

 

 

「は──」

そして夕弦は士道に覆い被さり、舌を伸ばして士道の胸元をぺろぺろと舐なめてきた。

 

 

柔く温かい、濡れた感触が、士道の胸をくすぐるように這い回る。

 

 

突然のことに、士道は思わず「きゃんっ!」と女の子のような声を発してしまった。

 

 

「ゆ、夕弦ッ!? ちょ……ッ!」

 

 

「な、なななななにしてんのよ夕弦ぅぅッ!」

 

 

士道に合わせて耶倶矢が叫び、夕弦の頭をがっしと掴んで士道から引き剥がす。

 

 

 

すると夕弦はぺろりと唇を舐めてから、不思議そうな顔を作った。

 

 

「疑問。なぜ止めるのですか?」

 

 

「なッ、なぜってあんた、一体何してんのよ!?」

 

 

「汗を拭うにはこの方法が一番と、師に教わりました」

 

夕弦の言葉に、士道はぴくりと眉を動かした。……なんだか、思い当たる人物が一人だけいる気がする。

 

 

だがとにかく、今はこの状況を何とかする方が先決である。

 

 

士道ははだけられた胸元を直すと、奪われた布団を被り直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──というように、舌で以て汗を舐め取る」

 

 

「そ、それに何の意味があるのだ!?」

十香が頬に汗を滲ませながら叫ぶと、折紙はほうと吐息してきた。

 

 

「あなたの感性の貧弱さには哀れみすら覚える」

 

「ぐ……」

なんだろうか、正しいのはこちらのはずなのに、言い知れぬ敗北感を覚えて十香は歯噛みした。

 

 

だが、ここで相手に吞のまれてはいけない。

 

 

十香はブンブンと首を振ると、反論するようにのどを震わせた。

 

 

「だ、だが結局、汗を拭いたあとは添い寝が必要になるだろう!」

 

 

「確かに、一理ある。ともに寝るのはとても重要なファクター」

 

 

「それ見たことか! 私だって役に立つのだ!」

 

しかし折紙は、再び否定を示してきた。

 

 

「それにおいても、私一人がいれば十分」

 

 

「ふ、ふざけるな! 私の方が上手く添い寝できるのだ!」

 

十香と折紙は、視線を交じらせると、バチバチと火花を散らした。

 

 

士道が布団を被り直すと、それを待っていましたと言うように、耶倶矢が四つん這いになりながら士道の布団を捲り上げてきた。

 

 

「くく……どうやら士道は我の添い寝の方がいいようだな」

 

 

「否定。添い寝テクでも夕弦は耶倶矢を凌駕します。暖を取るのなら是非夕弦で」

 

 

「いや、おかしい! 何かがおかしい!」

士道が必死になって制止すると、耶倶矢と夕弦はキョトンと目を丸くした。

 

「何だ……? 温かくするときは人肌が一番ではないのか?」

 

「同調。そのように聞きましたが」

 

「ゆ、雪山じゃねえんだから、一人で大丈夫だって……」

 

士道は胸元で布団を握りしめ、二人から逃がれるようにしながら言った。

 

 

絵柄的には、まるで暴漢に襲われるヒロインのような格好である。

 

 

すると夕弦が、何やら得心がいったようにポンと手を打ち、小さくうなずいてきた。

 

 

そしておもむろに立ち上がると、浴衣を留めていた帯をするりと解く。

 

 

「「な……ッ!?」」

 

 

士道と耶倶矢の狼狽が見事に重なる。

 

だが夕弦はさして気にしていない様子で悠然と士道を見下ろしてきた。

 

 

縛めを解かれた浴衣の僅かなスリットから彼女の艶めかしい肌と、上下揃いの下着が覗き、士道の動悸 を異様に加速させる。

 

 

「な、なな、何を……」

 

 

「理解。そういえば師が、温めるなら直接触れ合わねば意味がないと仰っていました」

 

 

「何その超理論!?」

士道が悲鳴じみた声を上げるも、夕弦は構わず布団に入り込んできた。

 

 

そして士道の震える左腕を取って、自分の浴衣の中に滑り込ませていく。

 

 

「はぅあ!?」

士道は顔を真っ赤にして叫びを上げた。

 

 

自分からは見えないが、きっと頭や耳からは煙が吹き出していることだろう。

 

 

「ちょッ、な、なにモゾモゾしてんのよ!」

 

 

「無視。耶倶矢は知らなくていいのです。布団の中は大人の空間なのです」

 

夕弦が言うと、耶倶矢が悔しそうに歯を摺り合わせた。

 

 

「な、舐めんなぁぁぁ!」

そして勢いよく自分の帯に手を掛かけ、バサッとそれを取り去る。

 

 

「な……っ!?」

士道は目を丸くした。

 

夕弦よりも勢いをつけて帯をパージしたものだから、一瞬浴衣がめくれ上がったのである。

 

 

しかも──「な、なんで裸なんだよ耶倶矢ッ!?」そう。

 

 

夕弦でさえ浴衣の下にはブラとショーツを着用していたというのに、今の耶倶矢は、何も着けていなかったのである。

 

 

慌てて目を瞑る。

 

「……! 驚愕。まさかそこまで」

夕弦もまた、驚いたように目を丸くする。

 

 

そんな二人の反応を見てか、耶倶矢が戸惑いながら声を発してきた。

 

 

「えっ? こういうものじゃないの、浴衣って。だって十香が言って──」

 

 

「いや、正しくはそうかもしれないけど!」

 

 

「え、ええい! もうどうにでもなれ……ッ!」

興奮状態の耶倶矢は自棄気味に叫ぶと、そのまま、士道の布団にダイブしてきた。

 

 

そして夕弦と同じように士道の手を取り、両足を士道の身体に絡めてくる。

 

 

「さ、さぁ……士道よ。我が癒しの力を感じるがいい……! 夕弦なんぞより温かかろう。ほら、夕弦は若干冷え性気味だし!」

 

 

「否定。耶倶矢の方が胸元が寂しい分、発熱量は少ないはずです」

 

「くは……ッ!?」

二人の口論の中、士道は全身を緊張させながら息を吐いた。

 

何しろ布団に閉じ込められた上、両側から身体を押し付けられているのである。

 

しっとりと張り付くような肌の感触だとか、耳元に感じる吐息だとか、微かに漂よう汗の匂いだとかが鮮明に感じられてもうやっべぇ。

 

 

さすがにもう耐えられそうになかった。

 

 

「制止。耶倶矢、士道の顔が赤くなっています」

 

 

「なんだと? 我ら二人で温めているというのに、体調が悪化しているというのか?」

 

 

「仮説。もしかしたら、耶倶矢アレルギーなのかもしれません。離れてみてください」

 

 

「ひっ、人をハウスダストみたいに言うなッ!」

 

 

「進言。冗談はさておき、どうにかせねばなりません」

 

 

「どうにかって……どうするというのだ」

 

 

「提案。そういえば、直接と言っていながら、肌の接触領域が限定的だとは思いませんか?」

 

と、夕弦が言ったかと思うと、不意に士道の左腕に絡みついていた手が解かれた。

 

 

ほう……と放念の息を吐く。だが次の瞬間、士道は再度身体を強こわばらせた。

 

 

理由は単純なものだった。

 

夕弦の手が士道の浴衣を留める帯を解き始めたのである。

 

 

「ちょッ、やっ、な、何っ!?」

士道が涙目めになりながら叫ぶも、夕弦は手を止めようとしなかった。それどころか、途中で夕弦の行動に気付いた耶倶矢までもが、顔を赤くしながら負けじと士道の浴衣を脱がしにかかってくる。

 

 

「きっ、きゃぁぁぁ! きゃぁぁぁぁぁッ!?」

 

 

「うるさい、黙らぬか! 脱がせづらいわ!」

 

「同調。うぶなねんねじゃあるまいし」

布団がモゾモゾとうねり、その脇からぽーい、と士道の着ていた浴衣が放り出される。

 

 

正直、何をされたのかわからなかった。まるで奇術のような手て際ぎわのよさである。

 

 

だが、悪夢はそれだけでは終わらなかった。次いで耶倶矢と夕弦の指が、士道の最後の砦たるパンツにかけられたのである。

 

 

「さ、さあ……ここが最後だ」

 

 

「肯定。一気にいきましょう」

興奮した様子で息を荒あらくしながら、二人がグッと手に力を入れる。

 

「いッ、いやぁぁぁぁぁぁッ!?」

甲高い士道の悲鳴が、部屋中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

旅館の廊下で折紙と向かい合ったまま膠着状態に陥っていた十香は、不意にどこかから聞こえてきた悲鳴のようなものを耳にして眉をひそめた。

 

 

「……ぬ? 何か聞こえなかったか?」

 

 

「きっと幻聴。大事をとって部屋に戻るべき。士道は私に任せて」

 

 

「まだ言うか……っ!」

十香はビッと折紙の持っていた皿に指を突き付けた。

 

「では、その皿はなんだ!? それこそ、シドーの看病には必要ないだろう!」

 

十香が言うと、折紙は至極当然といった調子で返してきた。

 

 

「士道の夜食用。風邪をひいているときは、とにかく体力をつけなければならない」

 

「ふ、ふん! 馬脚を現したな! 風邪をひいている人はお粥を食べるものなのだ!」

 

 

そう。確か以前、令音と琴里がそんなことを言っていた気がする。

 

 

だが折紙はさして驚く様子もなく、淡々と言葉を返してきた。

 

「風邪のときは、消化のいいものを。そんなことは当然」

 

 

「何……? ではなぜそんな──」

 

 

「これは、私がその場でペースト状にし、直接士道の口に注入する。何も問題はない」

 

 

「な、なんだと……?」

十香は首を傾げた。折紙は他に器具らしきものを持っているようには見えないが、どうやってペースト状にするというのだろうか。

 

 

しかも直接とは一体…… 十香が考えを巡らせていると、折紙が無言で足を進め始めた。

 

 

ハッと目を見開き、慌ててその肩を掴む。

 

「ま、待てっ! シドーの看病をするのは私だ!」

 

 

「離して。士道が私を待っている」

 

 

「ふざけるな、そんなはずが──」

と、通路の真ん中で十香と折紙が口論をしていると、背後から三つの影が素早く走り寄ってきて、姿勢を低くしながら二人の周りをサササッと取り囲んだ。

 

 

「な、なんだ……?」

十香はビクッと肩を揺らし、周囲に展開した女子生徒たちを見やった。覚えのある顔。

 

 

十香と同部屋の亜衣、麻衣、美衣トリオである。

 

 

「へいへいお二人さーん、今日も精が出るねーぃ」

 

 

「でもこんな往来じゃ、みんなの迷惑になっちゃうよー」

 

 

「よければその勝負、私たちに預けてみなーい?」

 

亜衣麻衣美衣が、盗塁を狙う走者のような姿勢で、小刻みに左右に動きながら順にそんなことを言ってくる。

 

 

「ぬ……?」

 

 

「…………」

三人に囲まれた十香と折紙は、不思議そうに目を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旅館の廊下の壁に張り付くようにして様子を窺っていたエレンは、ターゲットである夜刀神十香が部屋に入っていくのを確認してから、インカムを指で押さえた。

 

 

 

「──こちらアデプタス1。ターゲットが部屋に入るのを確認しました」

 

 

『了解。〈バンダースナッチ〉を展開させますか?』

 

「念のため部屋の外に三体ほどお願いします。ただし、部屋の中には鳶一折紙一曹もいる模様です。念のため、随意領域の展開範囲には注意しておいてください」

 

 

『了解。〈バンダースナッチ〉一から三号機、移動』

 

 

エレンの言葉に従い、オペレーターが指示を発する。

 

 

と、エレンはインカムに次なる指示を出そうとしたところで、「──へぶっ!?」

 

 

いきなり部屋の中から飛んできた何かを顔面に受け、その場にひっくり返った。

 

 

「つ──今のは」

鼻を押さえながら身体を起こし、瞬時に身を固くする。

 

 

 

「まさか、気付かれた……?」

さしたるダメージではないものの、今の一撃は、間違いなくエレンを狙っていた。

 

 

 

──そんなはずはない。エレンは自分の思考に心中で首を振った。〈バンダースナッチ〉もまだ目立った行動は取っていないし、エレンだって何をしたわけでもない。

 

 

いやしかし、精霊の知覚能力であれば……そんな思考が、一瞬のうちにエレンの脳内を巡る。

 

 

何にせよ、危機的状況には変わりなかった。エレンはその場から退去しようとし──「あ、カメラマンさんはっけーん」

 

 

部屋の中から響いてきた脳天気な声に、その身を射い竦められた。

 

 

「お、ホントだホントだ。エレンさんだっけ?」

 

 

「逃がすな、確保ォォォォォ!!」

などと叫さけびながら、部屋から三人の少女が走って来たかと思うと、エレンを取り囲むようにぐるぐると回り始めた。

 

 

「な……」 ──囲まれた!

 

 

エレンは奥歯を噛みしめた。彼女らの顔には覚えがある。

 

 

ターゲットと同じ部屋に宿泊している生徒たちだ。 エレンは自分の油断を呪った。恐らく彼女たちは既に精霊に自我を奪われ、操られているような状態にあるのだろう。

 

 

でなければ、この異常な行動に説明がつかない。と、そんなことを考えているうちに、エレンは亜衣麻衣美衣に両手両足を押さえられ、部屋の中に担ぎ込まれてしまった。

 

 

「く──何を……!」

 

 

「おーい、カメラマンさんも参戦するってさー!」 亜衣がそんなことを言った瞬間、部屋の奥から「おお!」と十香の声が響いてきた。

 

 

「よかろう、纏めて葬ってくれる!」

 

 

「いい度胸」

叫び、部屋の奥で睨み合っていた十香と折紙が大きく振りかぶり、何かを投擲してくる。

 

 

「させるか! カメラマンバリアー!」

と、その瞬間、エレンの足を担ぎ上げていた亜衣が急に手を離し、エレンの背後に隠れるように身を縮めた。

 

 

同時に、エレンの顔面に、布を固めたような物体が連続で直撃する。

 

「かは……っ!」

喀血するように息を吐はき、エレンはその場にくずおれた。

 

 

「エ、エレェェェェェェェン!!」

「大丈夫か、傷は浅いぞ!」

「しっかりしろ、郷里に家族が待ってるんだろう!?」

 

 

なんて、エレンを盾にした張本人たちが、わざとらしく涙を拭うような仕草を見せる。

 

 

エレンは混乱する意識の中で、自分の顔に直撃した物体の正体を確かめた。

 

 

「……枕?」

そんなエレンの呟きとともに──戦争が、再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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職員会議を終えた二年四組担任教諭・岡峰珠恵は、自分の部屋の隣に位置する村雨令音教諭の部屋に立ち寄っていた。

 

 

なんでも、珠恵のクラスの生徒である五河士道が急に体調を崩したため、大事をとって休ませているらしい。

 

 

眠っているようなら起こさない方がいいだろうが……一応、担任として状態の確認くらいはしておかねばなるまい。

 

 

珠恵はコンコン、と控えめに扉をノックした。

 

 

「五河くーん? 熱が出たって聞きましたけど、大丈夫ですかぁ?」

 

 

そしてそう言いながら、ゆっくりと扉を開ける。 すると、その瞬間。

 

 

 

 

「や、やめてぇぇぇぇぇっ!」

なんて情けない叫びを上げながら、件の五河士道が部屋から飛び出してきた。

 

 

 

 

 

 

──なぜか、裸で。

「────」

 

 

 

 

「へ……?」

士道が、珠恵の顔を見て驚いたような顔を作る。 瞬間──『──きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?』 珠恵と士道の絶叫が、ホテル中にこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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小さいさざ波が砂浜を行き来するのを遠い目で見ながら、佐藤は早々に出ている月明かりを浴びて…ため息を吐いた。

 

 

 

 

 

部屋割りの運に見放されたかは知らないが、あのこうるさい殿町と同じメンバーになったことでダル絡みされることになり、…今は無断で誰にも気づかれずに外へ抜け出してきた次第である。

 

 

 

 

 

 

 

 

『………最近は…考え事が多いな…』

 

思わず言葉が漏れ出た。

 

 

 

DEMに居る【真実点】の事も気掛かりなのに、…まさか…あの女まで来るだなんて。

 

 

 

 

消し飛ばした為、…例え時間を極限まで早めたとしても早くて七ヶ月…遅くて十数ヶ月、復活にはそれぐらいの時間がかかるだろう。

 

 

 

 

 

そして、それだけの時間があるなら、この世界での切り札の準備もできるだろうし、まだ…まだ…大丈夫だ。

 

 

 

 

 

───けれど、佐藤は…正直に言ってクラウンに勝てるビジョンが全くと言っていいほどに沸いていなかった。

 

 

 

 

昔では息をするように使っていた〝アレ〟も今では……使えないし…。

 

 

 

 

 

 

『はあ……。』

しかし…悪い事ばかりでもない。

 

 

 

 

 

〝新たな覚悟〟…佐藤はそれを得ていた。

 

 

 

 

『──【既世縫史(ウリエル)】』

 

 

 

 

言霊を唱えると、佐藤の手には…辞典ほどの大きさの本が開かれていた。

 

 

 

 

その本には一文、一文に…様々な〝能力〟が記されている。

 

 

 

 

 

そして、佐藤は…その中にある一つの欄に触れる。

 

 

 

すると……途端に佐藤が触れた欄は灰色になっていき、やがて空白になった。

 

 

 

 

その文は──【完全催眠】

 

 

右側にある【名】という欄には【鈴仙・優曇華院・イナバ】と、明記されていた。

 

 

 

 

既世縫史(ウリエル)】──その異能は、【生涯で随意的、非随意的は関係なく。他者によって受けた能力を同様の事象として好きな時に〝一度だけ〟扱える】……というものである。

 

 

 

 

 

 

今はこの能力を使っているから、十香や士道などに意識されていないが………。

 

 

 

と、佐藤はチラリと自分の右腕を見て……もう一度深いため息を吐いた。

 

 

 

一度きりの都合上、常に能力を発動しているせいか、身体への負荷がちょっと…多い。

 

 

 

 

だとしても…。自由に動けるというのはかなりでかい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

そこで佐藤は…意味合いの違うため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「あの人が修学旅行から帰ってきたら何故か隣人増えたけど…。まさか、こんな裏事情があったんだ……」

 

 

呆れを通り越してもはや…笑えてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

ま、これ以上滞在していても他の男どもが煩くなるだろうし、そろそろ戻るか。

 

 

 

 

『〜〜〜〜♪』

本心を隠すように佐藤は鼻歌を口ずさみながら帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『〜〜〜〜♪』

 

 

 

〝DEM日本支部〟にて、……鼻歌を口ずさみながら…併設された勝手元でゴソゴソと並んだ冷蔵庫を開けて、探し物をしている少年───【佐藤鷹禾】。

 

 

 

先月彼は精霊〈ナイトメア〉との戦闘によって脳に少しダメージを受けて入院していたのだが、数週間で回復し、今では後遺症も特に何も残らず生活していた。

 

 

 

〝未だに入院中〟の真那の事は心配だが…ある意味…真那なら大丈夫だという信用があるため、鷹禾は生活中に特段焦燥もなかった。

 

 

 

 

まぁ、生活と言っても…本来なら…このような齢の少年は学校にでも行っているのだろうが、…悲しいかな…家もなければ家族からも捨てられた鷹禾にはまともな居住区もないからここに半ば住み込みで隊員をやっているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勿論、それを不幸だと思ったこともない。鷹禾からしたら家族から捨てられたので…家族への心配もないし、〝あの子〟を終わりにまで導けたし、元々居た学校のイジメを全て無くせていたので不安など一つもなかったからどうでも良かった。

 

 

 

 

『うーん……』

 

パタン…と、最後の冷蔵庫を閉める。

 

 

何個か冷蔵庫を漁ってみたが、探し物は無かった。……………けれど、よくよく考えてみたらそうだ。

 

 

 

ここには英国の人たちが殆どだし、鷹禾の探し物があるはずも無かった。

 

 

 

「また探し物かしラ。これで何回メ?」

 

 

 

すると、勝手元の入り口から…呆れたように鷹禾を見つめる人を認識した。

 

 

長く綺麗な赤い髪を靡かせた、若い女性。

 

 

 

『あっ!ジェシカさん!こんにちはです!』

 

 

 

「……疲れてる時にそのたっかい声をあげないでもらえル?」

 

 

彼女、【ジェシカ・ベイリー】は心底疲労しているようにため息を吐いてきた。

 

 

 

鷹禾は全く分からないが、訓練でもしてきたのだろうか。

 

 

『…す、すみません…。』

 

 

肩をすぼめて縮こまると、…ジェシカはより…嫌そうな顔をした。

 

 

「はァ……。あなたに何か言うとウェストコット様から叱責をもらうの、だから、この話は終わりにするけド。何を探してるノ?」

 

 

鷹禾は顔色を変えて口を開く。

 

『牛乳を探してたんですよ。夜は毎日飲んでたんですけど…前に買い込んでたものが切れちゃって。──やっぱり、買いに行かなきゃ駄目ですね。』

 

 

「……あなた、前もそんな事いってなかっタ?」

 

 

『へ?』

ふと、口元に手を当てて…何かを思案していたジェシカが言った台詞に鷹禾は首を傾げた。…

 

 

しかし、記憶に確信があるのか続けてジェシカは言葉を紡ぐ。

「前にも私とそんな会話したわヨ」

 

 

 

『…………そう、なんですか?………まぁ。別に良いですよ』

 

 

 

ジェシカは少し不可思議に思ったが、どうでもよいと吐き捨て、踵を返して去っていった。

 

 

 

 

が、次いで…質問があるのか…ジェシカは軽く首を回して視線を合わせてくると口を開いた。

 

 

「前は聞かなかったけド…どうしてミルクなんて毎夜飲むノ?」

 

 

 

鷹禾は…少しだけ唸ったが、すぐに答えを出す。

 

 

『牛乳を毎夜コツコツ飲んで、沢山寝たら大きくなれるって言われたので!』

 

 

 

ジェシカはある程度予想していた返しに、…ああそう。…と、端的に返すと…「時間の無駄だったワ」…そう思いながら戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『……』

最小限のお金と袋を持参して…鷹禾はDEMのビルから出ると、…自分の微かな記憶を使って商店街への道を歩いていた。

 

 

 

 

 

 

【牛乳を毎夜コツコツ飲んで、沢山寝たら大きくなれる】

 

 

それを思い返しながら鷹禾は腕を組んで小首を傾げた。

 

 

 

 

『………誰に言われたんだっけ…?』

 

 

アイザックさんからでも、エレンさんからでもない。

 

 

 

 

でも、でも、鷹禾はその言葉を確かに言われたことがある。

 

 

 

 

 

 

 

『……………』

数分前に言われたようで、遠い昔に言われたかのような不思議な思いに襲われる。

 

 

 

 

 

 

【大きくなりたい?……ハッ、馬鹿らしくて阿呆らしい君らしい願望だぜ。まあ、でも。それでも教えてやるのが僕さ、……牛乳でも毎日飲んで沢山寝たらなれるんじゃないか?】

 

 

 

 

『………っ…』

 

痛い。

 

 

 

嗚呼そうだ。きっとこれは…〝思い出さなくても良い記憶だ〟。

 

 

 

 

鷹禾はそんな確信をすると……自分すら気がつかないほどに、小さな声で呟く。

 

 

 

 

 

 

『【自己暗示(イプセサジェスチョン)】────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『……?僕、何しようとしてたんだっけ…。…あっ!牛乳買いに行ってるんだった。』

 

 

 

 

 

鷹禾は頭痛も不要な記憶も全て忘れて、人通りが少なくなる前に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よいしょっ…と。』

 

 

買い物を終えた鷹禾は、袋を肩にかけると帰路を歩いていく。

 

 

 

 

……そして、鷹禾が帰ってきた頃には月明かりが出てきていて、街灯が夜を着飾っていた。

 

 

 

 

 

 

『………』

DEM社のビルの自動ドアを潜り、入っていく………すると────────

 

 

 

 

 

「やっと帰ってきたのネ。」

 

 

 

 

『……?』

そんな声が掛けられ、鷹禾は小首を傾げた。

 

 

声の聞こえた方には…腕を組みながら壁に身を預けている女性が居た。

 

 

 

 

 

「ウェストコット様がお呼びヨ。……それだケ」

先ほどぶりの女性───ジェシカは…、何故か機嫌悪そうに鷹禾にそう言ってから……チッ…と舌打ちをして…去っていった。

 

 

 

 

 

『………』

今日は一段と機嫌が悪そうだ。…と、鷹禾は呑気なことを考えながら階段でその部屋まで登っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コンコン…と、ノックをしてから、『えっと、用があるってジェシカさんに言われてきたんですけど…』と言うと。

 

 

 

 

「ああ、オウカか。入りたまえ」

 

一拍を置いたあとにそんな声が扉の奥から聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

『失礼…します…?』

何故か疑問調になりながらも、鷹禾は扉をゆっくりと開けて部屋に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

次いでウェストコットに視線を合わせた時、鷹禾は後ろから何者かに頭を何かで殴られ…ゴンッと鈍い音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

『……………い ゙…』

短くうめき声を発すると、そのまま鷹禾は気を失い床に倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────そして。

 

 

 

 

 

「ウェストコット様。これで本当に良かったのですカ?」

 

 

鷹禾の後頭部を鈍器で殴った張本人。ジェシカ・ベイリーは床に伏した少年を一瞥しながらウェストコットに問うた。

 

 

 

 

ウェストコットはその問いを愚問と言わんばかりに…くっくっ…と嗤った。

 

 

 

 

「至極当然だろう?なにせ、…過日の〈ナイトメア〉との戦闘を見直した時。彼の能力が明らかになったのだから……。早急に頭の中を覗きたかったんだ…。…けれど、悪いね、こんな事を頼んでしまって」

 

 

 

ウェストコットはこれっぽっちも思っていない言葉を吐くが、ジェシカはそれを悟る事など出来るはずもなく…ただ恐れ多いと言わんばかりに頭を下げていた。

 

 

 

「……それは良いのですガ…。メイザース様には…何もお伝えにならなくても────」

 

 

 

「エレンには内密に頼むよ。」

 

ジェシカが言葉を言い終える前に、ウェストコットはポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

───そもそも、彼女(エレン)を或美島に向かわせたのは…この検証を邪魔をされないためだ。

 

 

 

 

 

確かに〈プリンセス〉の件もとても気になる……精霊を更に捕らえられれば我々の目的はまた進む。

 

 

 

 

しかし、今は…どんな事項よりも鷹禾の力の要因を調べる事が最優先であると確信していた。

 

 

 

 

当たり前だろう。…人間の身でありながら、まるで…人外──精霊と同種の異能を使う。そんな人間が身近に居て…何も調べないほどに知的好奇心が無いわけではない。

 

 

 

 

どうせ…。……何かと鷹禾を甘やかすエレンがここにいれば、積極的にはなってくれないだろう。

 

 

 

 

 

だからこそ、今…やるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「くく…っ…。ふはははっ…!」

 

まるで、新たな玩具でも見つけた子供のようにウェストコットは顔を笑みに染めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『んーっ』

 

 

 

その世界にて、〝矛盾点〟はビルの縁に腰を下ろしながら伸びをしていた。

 

 

 

 

『あーあ、俺が見つかったってことは…本体が死んだのか。』

 

 

 

本体が死、もしくは消滅ほどの事が起きなければ…俺にスポットライトが当たるわけがない。

 

 

 

嘆息したように息を吐くが、それどころではないことは理解している。

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそも、この矛盾点は……シスタスに干渉し、世界を巻き戻す前に本体の矛盾点が保険として置いていた分身のようなものである。

 

 

 

……まぁ、分身とは言っても…始祖が何かした時の保険のため殆どの能力は使えないし、シスタスに掛けた記憶封印のパスとしてしか機能はしていない。

 

 

 

 

 

だとしても、だ。

 

 

『俺は馬鹿か?』

 

 

思わずそんな言葉が出てしまった。

 

 

 

だって、それはそうだろう。──ほぼ、というか全て俺のせいでクラウンが目覚めて、そのせいで狂三が死んで、始祖が自責の念で病みかけるし。

 

 

 

 

 

 

『どうしよっかなー…。』

 

 

本を媒介として出現させたメモをペラペラとめくりながら、うーん…と唸り声を上げる。

 

 

 

 

『そういえば、ここには真実点の奴もいるのか。───はは、数少ないエラーの4分の3が同じ世界に集まるって…とんでもないな…』

 

 

 

と、そんな事をぼやいるが…一番大事なことを思い出し…渋い顔を作る。

 

 

 

 

 

『クラウン……意外と強かったな…』

──てっきり、そこまで強くはないと思っていたのだが…アイツの能力を汲み取るのならば…なろう小説の主人公みたいな強さになっている。

 

 

 

 

 

『………』

ペラペラとその描写を読み返しながら…思考を矛盾点は続ける。

 

 

 

虚王無永転(ハシュレフ・リエイン)】…物語全ての数値を好き放題に弄ぶことができる能力。

 

 

始祖との戦闘で訳すならば…奴の能力の弱点は。

 

 

 

 

〝数値があまりにも細かく分類されている〟ということだ。

 

 

 

実際にクラウンは予知していなかった攻撃では傷を受けている……、逆に言えば弱点らしい弱点がこれぐらいしかないわけだが…

 

 

 

 

 

 

『あー…クソ……。なんなんだよ…コイツ…。』

 

 

俺は始祖の心理描写を読み取ることはできないが…、それでも…始祖がクラウンに苦戦を強いられていることは分かっている……このままだと確実に負けるということも、な。

 

 

 

 

 

 

『チッ…』

 

せめて、異形郷に行った俺の記憶が共有されていれば…もっと情報を得れていたのに…。

 

 

 

──そもそも何で分身体の俺がこんな事を並行でやんないといけないんだよ。人格と思考は同じつったって…能力自体は弱体化してるんだぞ…そんなもんで世界の改変ができるわけないだろ…。

 

 

 

 

 

『クラウン……【王冠】…か。…その名前に相応しい化け物じみた特性だ…。』

 

 

嗚呼そうだ。…正直に言ってしまえば…アイツ独自の力のみなら…俺だって勝てるさ。

 

 

 

けれど…摂理としての特性があまりにも…理不尽だ。

 

 

 

 

【古今東西全てのキャラたちが〝できること〟を能力として扱える】………という特性。

 

 

 

 

実際に奴は…【めだかボックス】の【球磨川禊(くまがわみそぎ)】の過負荷(スキル)である【大嘘憑き(オールフィクション)】を使用していた。

 

 

 

しかも…【東方異形郷】で出てきていた所謂異形魔理沙がパクっていたとされている【大現実憑き(オールリアリティ)】を使ってもいた…。

 

 

 

 

原作…二次創作…限らず、創作された物語内のキャラのできることならば何でもできる特性。

 

 

 

 

『イカれてやがる……』

 

 

 

多少は通じているからこそわかるのだ……【キャラの能力を使える・コピーできる】ではなく…【キャラができることを出来る】方が恐ろしいことを…。

 

 

 

 

例えば…だ。

 

 

【呪術廻戦の五条悟】──あのキャラの能力は理解するのも難しければ…使うのにそもそも…特殊な目が必要で…最低限に【呪力】というものがないといけない。

 

 

 

けれど、クラウンならば…理屈も論理も関係なしに、五条悟が出来ることならば…

 

無下限バリアだろうが、【蒼】だろうが、【赫】だろうが全て使うことが出来る。

 

 

 

 

 

もう一つ例を挙げるなら…【とある魔術の禁書目録】に登場する【一方通行】もそうだ。

 

 

 

あのキャラの能力は【ベクトル制御】。しかし、本来ならば…とんでもない計算式を頭の中で組み上げなければならないし、それは…一方通行自身の特異性によって使いこなせる能力になっている。

 

 

 

けれど…クラウンはご都合的にキャラごとに〝出来ること〟を解釈し、デメリットが付属された性質は消し、メリットのみを使えるようになっている。

 

 

 

そのため…ベクトル制御に必要な計算式も特段必要ない…【こんな感じに飛ばしたい】とか考えたら勝手にベクトルが操作されるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──とまぁ、これはあくまでも予測に過ぎないが…奴の情報を汲み取るならばこれぐらいは出来るはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

『……はぁ…。これからが憂鬱だ…。せめて真実点が味方になってくれれば多少は可能性が上がるんだが…。』

 

 

 

 

クラウンも強いし、その配下みたいな…白髪の女も能力的に言えば強かったし。

 

 

 

途中乱入してきた緑髪の女も………強かった。

 

 

 

 

 

………異常たちには〝理解されれば理解されるほど弱くなる〟つー特性があるが…。クラウンにはそんなの無いから始祖を攻略する時のようには行かないし…。

 

 

 

いっそのこと…始祖の事が理解できれば…一周回って解決できるんだが…。

 

 

 

 

まぁ…始祖の〝覚悟〟を理解するために始祖の生まれ故郷の異形郷に本体は行ったんだけど……結局死んでるから…ただの戦犯だし。

 

 

 

 

 

………でも、よくよく考えてもおかしな話だ。

 

 

 

あの異形郷が故郷であるなんて、な。

 

 

 

 

 

 

『因みにだが、…俺がこの世界と異形郷を一時的にリンクさせることができたのは…。〝前週の世界〟で始祖の記憶を一部読み取れていたからだ。……あー…それと、言うのが遅くなっていたが…【俺の回想話】の内容は…始祖と俺の会話だけはデタラメにしてるからな。…まぁ、IFとしての滲出も止めようとしたが無理だったし。…それぐらいは良いだろ?』

 

 

 

 

……ここまで言ったが結局の所、エラーたちの最も厄介な所は、【自分すら騙せる】という点だ。

 

 

……だから、モノローグや独語すらも俺たち側で改変することができる。

 

 

 

 

だって、それは事実なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ、こう言っている俺のモノローグすらも…【本心】かどうかなんてわからないがな。

 

 

 

 

 

 

『……あーあ、一人で何いってんだか…俺は』

 

つくづく嫌になる思考を打ち捨てながら矛盾点はため息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

『次考えるべきは…始祖のことか』

 

 

 

 

そうだ。始祖の思考を完全に模倣することができれば…俺にも始祖と同じ〝覚悟〟を使えるようになる。

 

 

 

……まぁ、これぐらいしか現状の所…クラウンに打ち勝つ術がないし…腹を括るか。

 

 

 

 

 

 

 

『それにしても……このお話って気色悪いぐらいに原作通りだよなー…』

 

話が脱線したことにも気付かずに矛盾点は疑問を続ける。

 

 

 

 

『【山打紗和】とかいう奴が……【フラクシナス】とかASTの隊員にみられたことなんて確定してるのに…忘れてるし。…いや、ASTはまだ分かるが…何でフラクシナスの面々は忘れてんだ?』

 

 

 

 

そもそも…8話時点だと五河琴里も覚えてただろ…。なのに、10話の時には…反転体の話どころか、ナイトメアの事すら忘れてるんだぞ…?意味分かんねぇよ。

 

 

 

それに、19話の時に真実点とか始祖がやってきていたのを【鳶一折紙】や【夜刀神十香】は見ていたはずなのに…鳶一折紙はその記憶不自然に無いし、21話で折紙が気絶する瞬間を思い出す時に【何故か炎の精霊を見たと語っている】……。

 

 

 

 

 

 

『はぁ…?なんだよこれ、手抜きのなろう小説並みに酷いぞ…』

 

思考をしながら矛盾点は…その〝矛盾〟に呆れ、頭を抱えた。

 

 

 

 

 

けれど、重要なのは…ここにある。

 

 

 

 

 

ああ、そうだ…誰しも…ここを見れば〝ミス〟していると思う(実際に俺も半分ぐらいはミスだと思ってる)…。けれど…もし、これが…始祖の能力だとしたら?

 

 

 

 

現実改変──よくあるチート能力にあるだろう。

 

 

 

 

 

そして、〝それが始祖にさえ無自覚無意識だとしたら?〟

 

 

 

まるで…始祖が有利になるように…現実が改竄されているのだとしたら?

 

 

 

 

 

 

 

 

まず、この現実改変には…二通りの予測ができる……、一つ目:始祖としての特性。これは殆ど無いと思うが…可能性としては無くはない。……そして、二つ目:誰かが始祖を守るために現実改変をしている。

 

 

 

うん、……二つ目が濃厚そうだ…。

 

 

 

けれど残念。…この世界のキャラを調べても、現実改変を出来るような奴は存在していなかった……まぁ、出来そうなやつは居たが…この時系列にはまだ出てこない。

 

 

 

 

 

『………現実…改変…か。…』

少し難しい問題に矛盾点は頭を悩ませる。しかし、メモを読み返して…記憶を掘り返して…独り言を呟き続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……何かの加護?…………無自覚の能力…?……いや、何者かの意思があるとみて…絶対に間違いはない』

 

 

 

 

 

 

 

 

『始祖の意思を関係なしに……けれど…始祖を守る思想を持つ…キャラ…』

 

 

 

 

 

 

 

『始祖を、…守ろうと…している…存…ざい……』

 

 

 

 

 

 

『かこの………だれか…、』

 

 

 

 

 

 

『はは……ふたり…の、あね………』

 

 

 

 

 

 

 

『ごうまん……ちしきよく…、……ふたりの…あね……』

 

 

 

 

 

 

 

『……かい、へん………きり…………。みま、ちがい…

…………しそ…の…ことば…………』

 

 

 

 

 

 

『……しゅんかん、…いどう……じか、ん…ていし………』

 

 

 

 

 

『…くち…ょ…う………ことば…まわ、し………い、し………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ………』

 

 

矛盾点は…考えて…考えて…考え続けて…。答えを出した…。

 

 

 

 

 

……なぜ、始祖は異常にはそぐわず…様々な口調を出来ていたのか…。

 

 

 

なぜ、あんなにも始祖には能力があったのか…やっと…分かった。

 

 

 

 

 

『……は、はは…。設定がないくせに…二つ以上の口調があるのは…おかしいと思っていたが……まさ、か…な。』

 

 

 

 

【俺・お前】の荒い口調も、【僕・君】の一般の口調も【私・貴方】の丁寧な口調も使える理由が…ようやく分かった。

 

 

 

 

 

そして、何故…現実改変がされていたかも…その上で始祖の〝出自能力〟すらも。

 

 

 

 

 

ここまで…分かるだなんて…。いやでも、それが分かってしまうと全て辻褄が合うんだ。

 

 

 

驚異的な回復能力・多数の属性の違う能力を使える才能・そして、僅かな現実改変能力。

 

 

 

『く、くくっ…。姉…ね、…まさか…あの二人が姉か…。』

 

 

 

あまりに滑稽だと思い…矛盾点は思わず笑ってしまう。

 

 

 

 

『いやまぁ、異形たちと一緒に生活はしてたんだから…始祖にも他者に好かれる〝決意〟でも持ってたんだろう。そんで…異形郷で過ごせているのなら…あの女たちとも溶け込める理由はわかる。』

 

 

 

逆にここまで予想して外してたら恥ずかしすぎるから言いはしないが。………うん、それが良い。

 

 

 

 

 

けれど、それすらも…〝行ってみたら分かる〟

 

 

 

『よし…、行くか…。』

 

 

今度こそは…という決意を持って矛盾点はとある空間に向かって歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 














それぞれの思いはいつか、交錯する。








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