デート・ア・ライブIF 【エラー】   作:セルヴェイエ

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仮面は砕かれる 【二十九】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕食は、味がしなかった。

 

別に旅館の調理師が宿泊客の健康に気を遣いすぎただとか、士道の味覚が云々という話ではない。ただ単純に、他のことに気がいってしまっていたのである。

 

誰とも会話を交わさず食事を済ませたのち、ぼんやりと思案を巡らせながら、旅館の廊下をのろのろ歩く。

 

日中、海で耶倶矢と夕弦が吐いた言葉が、未だに頭の中に渦巻いていた。

 

──もう一人の自分を生かすために、自分の消滅を選ぶ。

 

それを聞いたとき、士道は一瞬彼女らの考えが理解できなかった。

 

 

だが、たとえば。

 

士道が命を投げ出さねば、妹である琴里が死んでしまうとしたならば。

 

きっと──自分は、逡巡することもなく応と首を振るのだろう。

 

自己犠牲だとか献身だとか、そんな自己陶酔的ナルシスティックな動機ではない。

 

ただ単純に、一考だにせず、それしかないと。

 

そんなものは選択肢ですらないと、頭が判断してしまうだけだ。

 

 

「──ドー」

だから、夕弦に生き残って欲しいという耶倶矢の気持ちも、耶倶矢に生き残って欲しいと願う夕弦の気持ちも、痛いほどに理解できる。

 

 

「シドー」

いや、それどころか。むしろ──耶倶矢と夕弦が互いをこんなにも思い合っていることがわかって、士道は嬉しかったのかもしれない。

 

 

だが……「おい、シドー!」

 

 

「っ!?」

耳元で大声を発され、士道はハッと目を見開いた。

 

 

「まったく、ようやく気付いたかシドー」

 

言って、いつの間にかそこにいた浴衣姿の十香がぷくー、と頬を膨らます。

 

 

「と、十香……いつからそこに?」

 

「随分前から隣を歩いていたぞ」

士道が言うと、十香はジッと士道の顔を見つめてきた。

 

 

「ん……何だ?」

 

「いや」

十香はふっと視線を逸らすと、小さく唇の端を上げ、士道の手をきゅっと握ってきた。

 

「シドー、よかったら、少し外へ行かないか?」

 

 

「え……?」

 

 

「夜の海をな──見てみたいのだ」

言って、士道の手を引いてくる。

 

 

「あ、ちょ、ちょっと……」

士道は慌てて足を踏ん張り、十香の進行を止めた。

 

 

「いや、まずいだろ勝手に外行っちゃ。そろそろ先生も見回りに来るだろうし……」

 

 

すると十香は唇を突き出すようにしながら、ほうと息を吐いた。

 

 

「……すまん、シドー。少し嘘を吐いた」

 

 

「え?」

 

 

「その……なんだ、せっかく修学旅行に来たのに、なんだか……あまり話せていないだろう? だから──シドーと、二人でお話がしたかったのだ」

 

 

「……っ」

 

 

「駄目……だろうか」

言って、上目遣いになりながら士道を見てくる。

 

 

「……いや、そんな、ことは」

これで駄目と言える男がいたなら、是非お目にかかってみたいものだった。

 

 

 

次の瞬間士道は、満面の笑みを浮かべた十香に引っ張られていった。

 

 

 

「はーい! 皆さんお待ちかねトランプタァァァイムっ!……って、あれ?」

 

叫びながら部屋に飛び込んでいった亜衣は、部屋の中を見回しながら首を傾げた。

 

部屋の中に、麻衣と美衣の二人しかいなかったのである。

 

 

「あれ、十香ちゃんは? それに耶倶矢ちゃんも」 問うと、寝転がりながら旅のしおりを捲っていた麻衣と、電灯から下がった紐を相手にボクシングをしていた美衣が顔を向けてきた。

 

「んー、十香ちゃんなら五河くんと一緒にいたよー。よろしくやってんじゃないのー?」

 

「耶倶矢ちゃんも見たよー。壁に隠れてその二人を見てた」

 

二人の言葉に、亜衣は「ほほう……」とあごを撫なでた。

 

「うそ、まさかの三角関係? きゃー、何だか昼ドラの匂いがしますなあ」

 

亜衣はにまにまと笑ったあと、手にしたトランプに視線を落とした。

 

「しかしま、そうなると人数が足りないか。大富豪しようと思ったんだけど」

 

亜衣が肩をすくめながら言うと、二人があははと笑ってきた。

 

 

「まあそれだと五人は欲しいわよねー」

 

 

「夕弦ちゃんの方呼んでみたら?」

 

 

「いや、そっちの部屋も寄ってみたんだけど、夕弦ちゃんもいなかったのよね。エレンさんは見つけたんだけど途中で見失っちゃうし。みんな揃ってどこ行ったんだか」

 

亜衣はふうと息を吐くと、ほんじゃま七並べでもしとく? とカードを切り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「──はぁっ、はぁっ」

旅館の外で壁に張り付くようにしながら、エレンは荒い息を整えるように深呼吸をした。

 

 

そして旅館の中を覗き込み、そこに誰もいないことを確認してから放念の息を吐く。

 

 

「……危ないところでした」

 

独り言を呟き、額の汗を拭う。ターゲットである夜刀神十香が、男子生徒とともに外に出ていくのを見かけ、これはチャンスとそのあとを追おうとした瞬間、背後から

 

「エーレーンさぁぁぁん! あっそびっまっしょぉぉぉ!」

 

と、天敵の声が響いてきたのである、慌ててその場から離脱したものの、正直心臓は未だバクバクいっていた。

 

 

 

「ま、まあ、ともあれ、チャンスです」

エレンはもう一度だけ念のため旅館の様子を窺ってから、インカムに手を伸ばした。

 

 

「〈アルバテル〉、見えていますか? ターゲットが旅館を離れました。仕掛けます」

 

 

『──了解しました』

 

 

「それと……この近辺にも〈バンダースナッチ〉を一機、待機させておいてください」

 

 

『構いませんが、なぜでしょうか』

 

 

「──旅館内にはASTの鳶一一曹がいます。杞憂とは思いますが……万が一彼女に不審な動きが見られた場合、そちらで対応してください」

 

『了解』

オペレーターの声を確認してから、エレンは夜闇に足を踏み入れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 夜の浜辺にはまるで人影がなく、日中の喧噪が嘘のように静まり返っていた。

 

 

まあ、士道たちのいたプライベートビーチは、昼間から静かではあったのだが。

 

 

士道と十香は、ゆっくりとした歩調で海岸沿いの防波堤付近を歩きながら、何くれとない会話を交わしていた。

 

 

「──でな、昨日の夜は亜衣、麻衣、美衣たちと枕投げをしていたのだ」

 

「はは……そんなことしてたのかよ」

 

「うむ。最初は鳶一折紙と、どちらがシドーの看病をしにいくかを決めるための勝負だったのだが、途中からつい熱くなってしまってな、互いに疲れて眠ねむるまでやってしまった」

 

 

「……そ、そうか」

士道は力無く苦笑した。もし早くに決着が付いてしまっていたり、どちらかの体力が余っていたりしたなら、昨日の夜はさらなる大惨事が待っていたかもしれない。

 

とはいえ……なんというのだろうか。さして意味のない会話を交わしているだけだというのに、何となく気分が楽になってきていた。

 

と、少しばかり歩みを進めたところで、不意に十香が振ふり返ってくる。

 

「それで──シドー。一体、何があったのだ?」言われて、士道はどきんと心臓が跳ねるのを感じた。

 

 

「……っ、何っ、て」

 

 

「いや、具体的にはわからんのだが……何か、あったのだろう?」

 

 

「な、なんでそう思うんだ……?」

士道が問うと、十香が「んー……」と人差し指をあごに触れさせた。

 

「なんとなく、シドーが悩んでいる感じがしてな。そうだ──ええと、あのときの〝サトー〟と少しだけ似たような感じがしたのだ」

 

 

小さくうなずきながら十香が言ってくる。

 

 

「いや、何もないならいいのだ。もしかしたら、私の思い過ごしかもしれん」

 

 

「…………」

十香の言葉に、士道は少しだけ小首を傾げながらも口を開く。

 

 

「もしかして、十香。それで俺を連れだしてくれたのか?」

 

「む……まあ、その、なんだ。いや、私がシドーと話をしたかったのも本当だぞ?」

 

十香がほんのりと頬を染めながら言ってくる。そんな仕草がたまらなく可愛いらしくて──そして、ありがたくて、士道は思わず頬を緩めていた。

 

「……なあ、十香。聞いてくれるか?」

 

「む? うむ、何でも聞くぞ」

十香がうなずいてくる。士道は首肯してから、ゆっくりと話し始めた。

 

 

「耶倶矢と夕弦がいるだろ? 嘘みたいな話なんだがな、実はあいつらが──」

 

魅力勝負云々のことは上手くぼかしながら、あの二人が精霊であり、争いあっていること、そして……負けた方は命を失ってしまうことを説明する。

 

最初はふむふむと首肯していた十香だったが、すぐに驚いたような顔になっていった。

 

「なんと……そんなことが」

 

「ああ。それで──本題はここからなんだけどな。実は……今日の昼、耶倶矢に、『夕弦を選べ』って言われたんだ」

 

「何……? そんな馬鹿な、それでは耶倶矢は──」 言いかけて、十香は小さく首を振った。

 

「いや……しかし、そうか。私も、私が死なねばシドーが死んでしまうと言われたなら……そうするかもしれない」

 

 

「十香……」

 

士道が言うと、十香はハッとした様子で肩を揺らした。

 

 

「ぬ、な、なんでもない! 続けてくれ!」「あ、ああ……」

 

ぽりぽりと頬をかいてから続ける。

 

「それで……な、実はそのあとすぐ、夕弦にも同じことを言われたんだ。『耶倶矢を選んでくれ』って、な」

 

十香が、目を丸くする。

 

 

「なんと……それでは耶倶矢と夕弦は」

 

「ああ……お互い、相手を生かしたがってるんだ。たとえ自分の自我が消えてなくなってしまうとしても、耶倶矢は夕弦に、夕弦は耶倶矢に、生き残って欲しいと思ってるんだ。それで──なんていうか、どうしたらいいのかわからなくなっちまってさ」

 

士道が言うと、十香はむう、とうなって黙り込んだ。

 

それからしばらくの間、難しげに考え込むように眉まゆをひそめる。

 

 

 

そして数秒後、十香は神妙な面持ちで口を動かし始めた。

 

 

 

「なあ……シドー。私は思うのだが──」

 

 

 

 

 

 

 

と──その瞬間。前方から地面を踏みしめるような音が響いて、士道は顔を上げた。

 

 

そしてそこに浴衣を着た少女の姿を認め、身体を強ばらせる。

 

 

 

 

 ──そう。八舞耶倶矢が、そこに立っていたのである。

 

 

 

 

「か、耶倶矢……!? なんでここに……」

 

 

 

「今の……何?」

問いには答えず、耶倶矢が静かな──しかし激しい憤怒に彩られた声音を発してくる。

 

「夕弦が……私を? は……? 意味わかんない。何言ってんの?」

 

独り言を呟くように言いながら、耶倶矢がぎりと歯を噛かみしめ、拳を握る。するとそれに合わせるようにして、周囲に冷たい風が渦うず巻まいていった。

 

 

「耶倶矢、落ち着──」

焦燥に心臓を締め付けられながら士道は言った。

 

だが、耶倶矢はそんな言葉などまるで聞いていないようだった。

 

ただ拳に力を入れ、全身を小刻みに震わせている。 そして──それに次いで。

 

 

「……ッ!? 夕弦……!?」

背後からの足音に士道が振り返ると、そこには、耶倶矢と同じように顔を俯むかせた夕弦の姿があった。

 

 

「復唱──要求。耶倶矢が……夕弦を選べと? そう言ったのですか?」

 

 

「夕弦、話を──」

 

 

 

『ふざけるな……ッ!』

 

 

瞬間、二人が怒号にも近い声を吐くと同時、二人から凄まじい風圧が発された。

 

 

「うわ……ッ!?」

 

「く──!」

二人のすぐ近くにいた士道と十香は、突然の風に背から地面に叩きつけられてしまった。

 

 

どうにか近くの防波堤にしがみつきながら身を起こし、二人の方に視線を戻もどす。

 

 

凄まじい風の奔流が耶倶矢と夕弦の身体にまとわりつき、彼女らが身につけていた衣服を光の粒子に変えていく。

 

 

そして、それと入れ替わるようにして、全身を締め付ける拘束衣が出現し、首と手足に錠が掛けられる。

 

 

 

 

──霊装。精霊を護る絶対の鎧。

 

しかも、それだけでは終わらなかった。 耶倶矢が右手を、夕弦が左手を、それぞれ前に掲げる。

 

すると耶倶矢の右肩に、無機的な質感の翼が現出した。

 

そしてそこを起点にするように、右腕に金属のような光沢を持った手甲が構築され──最後にその手に、彼女の身の丈を優に超える巨大な槍が現れる。

 

 

「〈颶風騎士(ラファエル)〉──【穿つ者(エル・レエム)】!!」

 

 

それとまったく同時に、夕弦の左肩にも無機的な翼が生えた。そして左腕を鎧が覆っていき、その手の中に、先端に菱形の刃がついた紐のようなものが握られる。それはまるで、ダウジングに用いるペンデュラムのように見えた。

 

 

「呼応。〈颶風騎士(ラファエル)〉──【縛める者(エル・ナハシュ)】」

 

 

耶倶矢が槍を構え、夕弦がペンデュラムの先端についた刃を宙に浮かせる。

 

 

士道は顔を青くした。

 

 

二人が今顕現させたのは、間違いなく『天使』だった。

 

 

精霊が誇る最強の武器である。

 

 

一瞬のうちに様々な思考が頭の中を駆けめぐる。

 

 

『ふざけるな』。

 

 

二人が発した言葉の意味。それは二人の秘密を漏らした士道に向けられたものなのか──それとも、士道と二人で話をしていた十香に向けられたものなのか。

 

 

 

だが、正解はどちらでもないようだった。

 

 

 

耶倶矢は夕弦を、夕弦は耶倶矢を刺さすような視線で睨みつけ、忌々しげに口を開く。

 

 

「……ふざけたことしてくれんじゃないの、夕弦。私を選べですって?」

 

 

「反論。耶倶矢こそ、なんのつもりですか。夕弦はそんなこと、頼んだ覚えはありません」

 

 

その言葉とともに、辺りに渦巻く風がさらに強くなっていく。

 

 

「──駄目ね。やっぱり、駄目。この決闘方法なら穏便に順当に決着が付くと思ったけど、あんたの阿呆さを計算に入れるのを忘れてたわ」

 

 

「同意。耶倶矢の馬鹿さ加減には愛想が尽きます。──結局、こうなるのです。二人で始めた決闘を、誰かの手で終わらせてもらおうだなんて、虫が良すぎたのです」

 

言って、二人が槍を、ペンデュラムを構える。

 

「そうね。やっぱり、最後は私たち二人でやるしかないみたいね。ちょうどいいわ。今私、生涯最高潮にあんたにむかっ腹立ってるし」

 

「応戦。夕弦もです。耶倶矢の慮さに苛立ちと怒りを隠し切れません」

 

 

「──決闘方法は」

 

「当然。知れたことです」

 

 

耶倶矢と夕弦は、再び同時に口を開いた。

 

 

 

『──倒れた方が、勝ち』

それが示すのはただ一つ。どちらかが倒れるまで止むことのない──闘争。

 

 

 

 

「やめ──」

士道の制止の声も聞かず、二人は凄まじい風圧を伴ともなって激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 突然、ゴゴゴ──と、まるで地鳴りのような風の音が外から響き渡ったかと思うと、旅館の外壁がギシギシと軋み始めた。

 

 

旅館内の生徒たちの反応は様々だった。テレビを点つけて気象情報を確認する者、嵐を怖がって早々と布団を被る者、嵐が起きたのが昼間でなくて良かったと脳天気に笑う者。

 

 

とはいえ無論、わざわざ風の吹く旅館の外に出ようとする者はいなかった。

 

──鳶一折紙、ただ一人を除いては。

 

 

「…………」

無言で靴を履き、旅館の扉に手を掛ける。 理由は単純明快だった。先ほど士道の姿を探していたところ、十香と同部屋である亜衣から、十香が士道を連れて外へ行くのを見たとの情報を得たのである。

 

 

折紙の行動は速やかだった。トランプに誘ってくる亜衣の手をぺしんとはたき落とし、途中珠恵に「廊下は走っちゃいけませんよぉ」と注意を受けながら、旅館の出入り口まで走ってきたのである。

 

 

嵐程度では折紙の足を止めることはできなかった。 士道が十香と二人きりで出かけたというのも気に入らないが、それ以前に、こんな嵐の中、海にほど近い旅館の外にいるというだけでも非常に危険である。

 

一刻も早く士道を連れ戻さねばならないだろう。 確かに風は強いが、歩けないほどではない。

 

折紙は外へ歩いていき──「……ッ!?」 背後に気配を感じ、咄嗟にその場から飛び退のいた。

 

瞬間、折紙が今までいた場所から、ガシャン、という金属音が響いてくる。

 

 

「な……」

折紙はその場に現れたモノを見て、微かに眉をひそめた。

 

人の形をしたモノが、地面に拳を突き立てるような格好で立っている。

 

一瞬、折紙はそれをAST要員かと思った。実際それが装備しているのはASTの正式採用装備によく似たCR‐ユニットであったし、至近距離で随意領域を展開されたときの微かな頭痛も感じる。

 

 

それが顕現装置を発動させているのは、恐らく間違いないだろう。

 

だが──違う。そのユニットを纏っているそれは、明らかに人間ではなかった。

 

命あるものとは思えない無機的な外装。効率のみを重視して設計された歪な手足。

 

それは、一般的にロボットとか人形とかと形容される、人の形をした機械だった。

 

 

「これは……一体」

折紙はのどから絞り出すように声を発した。顕現装置は、人間の脳波を用いねば制御することができないはずである。

 

人型のロボットが随意領域を展開させるなど──「く……」

 

 

そんな思考は途中で中断された。

 

 

機械の人形が折紙に向かって跳躍してきたからだ。 すんでのところでそれを避け、できるだけ距離を取る。

 

「あなたは、何者」

僅かな希望にかけて声を掛けてみるも、やはり人形は答えなかった。

 

何も反応を示さぬまま、連続して攻撃を仕掛けてくる。

 

「…………!」

折紙は紙一重でそれをかわしながら、奇妙な感覚を覚えた。

 

見る限り、人形はレイザーブレイドや銃などの基本装備を備えている。だがなぜか折紙に対してそれを使用しようとはせず、素手で殴りかかってきているのだ。

 

まるで、無傷で折紙を捕えようとしているか──これより先に折紙を進ませぬよう足止めでもするかのように。

 

 

「……っ、邪魔を──」

後方に飛び退き、折紙は忌々しげにのどを震わせた。

 

 

こうしている間にも、士道に危険が迫っているというのに。

 

と──そのとき。

 

 

「……鳶一折紙、何をしているんだい。外は危ない、早く旅館へ戻るんだ」

 

誰かが折紙が旅館の外へ出たことを伝えたのだろうか、折紙が来た道の方から、村雨令音教諭の眠たげな声が響いてきた。

 

 

「──っ、先生、戻って──」

が、折紙が言い終えるより早く、折紙と対峙していた人形が、ぐるりと首を回して令音の方を向いた。

 

 

「……ん? 誰だ君は。悪いがうちの生徒に……」

 

と、人形に向かって言いかけ、令音は言葉を止めた。もしかしたらそこでようやく、自分が声を掛けていたモノが人間でないことに気付いたのかもしれない。

 

だが、もう遅い。人形は狙いを折紙から令音に変えると、凄まじい勢いでもって丸太のような右腕を振りかぶり、令音に突進していった。

 

「く──」

折紙は息を吐くと、咄嗟に地面を蹴り、令音を突き飛ばした。

 

 

そして、次の瞬間。「か──は……っ」

 

腹部に人形の重い一撃を受け、折紙は軽々と後方へ吹き飛ばされた。

 

脇腹が酷く痛み、呼吸が困難になる。

 

意識が朦朧とし、目が霞む。

 

「先生……早く、逃げ……」

視界に映る令音の背後に人形の影が迫るのと同時に、折紙の意識は闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「──っ! 副司令、或美島北部の海岸付近で、凄すさまじい暴風が発生しています!」

 

 

或美島上空に浮遊していた〈フラクシナス〉艦橋にアラームが鳴ると同時、〈保護観察処分(ディープラブ)〉箕輪が叫びを上げた。

 

 

「暴風が……発生?」

艦長席の隣に立った神無月は訝しげにあごを撫でた。

 

風というのは空気の流れ。普通、どこかを始点としていきなり発生するようなものではない。

 

 

「何か村雨解析官から連絡は?」

 

 

「ありません!」

神無月はふむとうなった。問題が発生した場合はあちらから連絡が入るはずなのだが。

 

 

「一度こちらから回線を開いてみてください。何もなければそれで構いません」

 

 

「了解!」

だが、コンソールを操作し始めたクルーが、すぐに訝しげな声を発してくる。

 

「通信……繋がりません。何者かに通信を妨害されている恐れがあります!」

 

「ふむ?」

神無月はぴくりと眉を動かした。こちらから通信を試みるまで、妨害の存在にすら気付かせないとは、一体──

 

 

だが、判断は至極速やかだった。

 

数秒と待たず、クルーに指示を出す。

 

「仕方ありません。少々危険ですが、直接連絡要員を送り込みましょう。高度を一〇〇〇メートルまで下げたのち、或美島北街区に人員を転送、展開した〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉を経由して通信を行います。"村雨解析官と士道くん、そして十香さん"の安否を確認してください」

 

『──了解っ!』

神無月の指示にクルーたちが応え、コンソールを操作していく。

 

すると、艦橋に低い駆動音が響き渡り、エレベーターに載っているかのような軽い浮遊感が身体にまとわりついてきた。

 

数分とかからぬうちに、〈フラクシナス〉は或美島上空高度一万五〇〇〇メートルから一〇〇〇メートル地点まで降下した。

 

「目標座標に到達。恒常随意領域(パーマネント・テリトリー)に反応なし」

 

 

〈フラクシナス〉には八基の制御顕現装置(コントロール・リアライザ)と、一〇基の大型基礎顕現装置(ベーシック・リアライザ)が搭載されており、常に艦体の周囲に随意領域を展開している。

 

そしてその随意領域が可視光線を操作して巨大な〈フラクシナス〉の艦体を不可視化しているのである。

 

また、随意領域に飛行機や鳥が触れた瞬間、それと衝突しないように艦が自動回避するようにもなっている。

 

だが、艦体下部にある転送装置にて人員や機材を地上に転送する際や、艦体後部に装備された独立ユニット〈世界樹の葉〉を展開するときなどは、この不可視迷彩が数秒間途切れてしまうのである。

 

 

ゆえに、低空地点で〈世界樹の葉〉を中継ポイントにしての通信を行う際は、周囲に航空機の機影がないか、〈フラクシナス〉がそのレーダーに察知されてしまわないかを入念にチェックする必要がある。

 

 

「よろしい。では、〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉を展開してください」

 

 

「了解」

神無月の指示とともに、〈フラクシナス〉を包む不可視の壁がゆっくりと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同、或美島上空高度一〇〇〇メートル。

 

DEM五〇〇メートル級空中艦〈アルバテル〉の艦橋に、クルーの叫びが響き渡った。

 

「──! 艦長、レーダーに反応が!」

 

「航空機か?」

 

「いえ……これは、空中艦です!」

 

「……なんだと?」

艦長席に腰掛けたパディントンが訝しげに眉をひそめると同時、メインモニタに空の映像が映し出される。

 

航空機などではなく、間違いなく空中艦である。鋭利なフォルムの艦体後方に小さな放熱板らしきものが幾もついており、まるで巨大な樹木を思わせた。

 

「一体どこから現れた」

 

「突如として反応が出現しました。恐らくですが──不可視迷彩機能(インビジブル)を施していたとしか」

 

「なんだと? 識別信号は」

 

「不明です。DEM社製の艦には該当する機種が確認できません」

 

パディントンは渋面を作り、顎髭を撫でた。

 

 

不可視迷彩機能(インビジブル)を搭載している空中艦だと……? まさか。DEMインダストリーが随意領域(テリトリー)を用いての不可視化に成功したのはつい最近のことだぞ」

 

そう。不可視迷彩はDEM社が完成させた新型顕現装置〈アシュクロフト〉のβベータシリーズで、初めて実現された最新技術のはずだ。これを搭載した艦は現在、この〈アルバテル〉を含めて三機しかない。

 

と、そのとき、モニタに映し出されていた艦から放熱板らしきものが取り外され、独立して宙に浮うく。

 

すると次の瞬間、件の艦は仕事を終えたように再びその姿を空に解け消えさせた。

 

「! 反応、消失しました!」

レーダーを監視していたクルーが声を上げてくる。

 

もう、あの正体不明の艦が不可視迷彩機能(インビジブル)を搭載していることは疑いようがない。他ならぬ自分の目で、その機能を確認してしまったのである。

 

だが、そんなものが存在するはずは──

 

「……っ、まさか」

 

パディントンはハッと目を見開いた。そういえば以前耳にしたことがあったのである。

 

DEM社以外で唯一随意領域(テリトリー)を持つ組織の名を。

 

 

「──〈ラタトスク機関〉」

パディントンがその名を発すると、艦橋にいたクルーたちが息を飲んだ。

 

DEM第二執行部──DEM社が擁する影の実行部隊に属する者たちならば、聞いたことがあってもおかしくはない。

 

そう。パディントン自身も、その存在は聞かされていた。──アイザック・ウェストコットその人から、だ。

 

 

 

 

曰く、DEMより進んだ技術を有する組織が存在する。

 

 

曰く、空間震を平和的手段で解決しようという酔狂集団が存在する。

 

曰く──それは、DEM我らの敵である。「発見した場合は、即──殲滅せよ」 

 

 

 

 

 

パディントンはそれを口に出すと、くっくっと笑った。

 

「なるほど、私は運がいい」

 

その場に立ち上がり、クルーに指示を飛ばす。

 

「主砲用意! 〈アシュクロフト‐β〉一〇号機から二〇号機を魔力生成に回せ!目標は──消失した所属不明艦!」

 

 

「っ、艦長……執行部長に指示を仰いだ方が──」

 

 

クルーの一人が不安そうに顔を歪めながら言ってくる。

 

パディントンは苛立たしげに舌打ちした。パディントンよりも、あの年端もいかぬ小娘の言葉の方が重いというのか。

 

「構わん! 執行部長殿の任務は、〈バンダースナッチ〉隊がいれば事足りる! それさえ確保しておけば文句はないだろう!」

 

 

「りょ、了解……」

パディントンの語気に圧されるように、クルーがコンソールを操作し始める。

 

やがて艦橋に低い駆動音が響き、〈アルバテル〉がその針路を変えた。

 

「主砲、魔力充填完了!」

 

「目標、所属不明艦消失空域!」

 

不可視迷彩機能(インビジブル)解除! 随意域領の属性を対衝撃に変更します!」

 

クルーたちの声を確認してから、パディントンは指をモニタに向け、呟くように言った。

 

 

 

「──撃て(ファイア)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地鳴りのような音が鳴ると同時、〈フラクシナス〉の艦橋が地震のごとく激しく揺れた。モニタにノイズが走り、緊急事態通告(エマージェンシーコール)がけたたましく鳴り響く。

 

 

そして、突如としてレーダー画面に反応が現れ、外部映像を映しているモニタに、巨大な機影が出現した。

 

「……っ!」

〈フラクシナス〉クルー・椎崎雛子は思わず両手で頭を覆っていた。

 

今まで体感したことのない衝撃に、一瞬頭が混乱する。

 

だが、それも仕方のないことだった。実際、艦橋に残っていたクルーの一部は雛子と似たような反応を取っている。

 

確かに〈フラクシナス〉には、万一のときのため、戦闘用の兵装も備え付けられている。〈ラタトスク〉に入る際に、そういった荒事が起こる可能性があることも説明されていたし、戦闘訓練も受けていた。

 

だが──少なくとも雛子は今まで、実際の戦闘を経験したことがなかったのである。

 

 

「──左舷随意領域、二〇パーセント縮小!」

 

「AR‐008ベーシツクリアライザ三号機の出力が下がっています!」

 

「機体損傷は軽微! ですが、これは一体──」

艦橋にクルーたちの叫びが飛び交かう。

 

 

「い、今のは……っ!」 

雛子が金切り声を上げると、艦長席の傍に立っていた神無月が、ふうむとあごに手を当てた。あれほど凄まじい揺れだったというのに、姿勢一つ崩していない。

 

 

「ふむ、攻撃を受けたようですね。ここまで接近していたのに反応が認められなかったということは……あちらも不可視迷彩機能(インビジブル)を張っていたということですか。おかしいですね。アスガルドウチ社以外の随意領域(テリトリー)では技術的に不可能だったはずですが……」

 

 

「熱源反応確認! 第二撃、来ます!」

 

 

「おっと──不可視迷彩機能(インビジブル)及び自動回避(アヴォイド)を解除。基礎顕現装置(ベーシック・リアライザ)の生成魔力を全て防性随意領域(プロテクト・テリトリー)の展開に回してください」

 

 

「りょ、了解!」

クルーが叫ぶと同時、〈フラクシナス〉の周囲に展開されていた随意領域(テリトリー)の属性が、不可視迷彩機能(インビジブル)から防性(プロテクト)のそれに変換される。

 

瞬間、再び艦橋を震動が襲った。

 

「く──防性結界でもこの威力……!?」

 

艦橋下段に座っていた川越が、顔をしかめながらうめく。

 

 

確かに彼の言うとおり、迷彩効果に割いていた魔力を防性結界に回したとは思えないくらいの衝撃だった。

 

 

「こんな直接的な攻撃に出てくるとは、随分と艦の性能に自信がおありのようだ。んん……いいですねえ、痺れますねえ。ああっ、もっと激しくっ!」

 

 

しかし神無月は緊張感のない調子で言いながら、肩かたを抱いて身をくねらせる。

 

 

「…………」

 

……やはり駄目だ、この人は。雛子は半眼を作ると手元のコンソールを操作した。

 

このままではこの艦は落とされてしまう。秘匿回線を開き、緊急コールを行う。

 

ほどなくして、画面に五河琴里司令の姿が映し出された。

 

『……椎崎? どうしたのよ、秘匿回線なんて使って。一体何があったの?』

 

 

「緊急事態ですっ! お願いします司令、指揮を執ってください……!」

 

雛子が鬼気迫る調子で言うと、琴里が顔を険しくした。

 

『まさか、また神無月が変な選択肢選んで十香の機嫌を悪くしたとか?』

 

 

「いえ、もっと深刻です。このままじゃ……」

 

『だから、何があったのよ。……っ、もしかして、神無月が直接修学旅行先に乗り込んで、士道や十香の前でストリップショーを──!?』

 

戦慄した様子で琴里が言う。雛子はブンブンと首を振った。

 

「違います、敵です……! 所属不明の空中艦が現れ、攻撃を受けているんです! このままでは〈フラクシナス〉は……」

 

雛子は必死に訴たえかけた。それはそうだ。何しろ自分の命がかかっているのである。

 

だが、雛子の言葉を聞いた瞬間、琴里は途端に興味を失ったように半眼を作った。

 

『なんだ……そんなこと』

言って、ふうと息を吐く。

 

 

『てっきりあの馬鹿が何かしでかしたのかと思ったじゃない。驚かせないでよ』

 

 

「そッ、そんなことって──艦の一大事ですよ……!?」

 

 

 

叫びを上げると、琴里は雛子を制するように手を広げてきた。

 

『大丈夫よ、そんな心配しなくても』

 

 

「な、なんでそんなに落ち着いて……」

雛子が絶望的な心地で言うと、琴里は肩をすくめながら唇を動かした。

 

 

『──だってそこには今、神無月がいるでしょう?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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或美島北街区と南部地域を隔てる森林を、暴力的な烈風が薙ぎ払っていく。

 

夏季の訪ずれと共に青々と繁った枝葉が滅茶苦茶に千切り飛ばされ、まるでミキサーの中にでも放り込まれたようにぐるぐると渦を巻いて上空に放り出される。

 

細い木々などは根から掘り起され、弾丸のように周囲に放り投げられていた。

 

それはまさに暴虐なる狂戦士の行進。

 

 

目に付く一切を捻り切る、理性なき暴力の具現。 一体誰が想像するだろうか。

 

──その突然の嵐の原因が、二人の少女の大喧嘩によるものだと。

 

 

「──前ッから思ってたのよ! あんたは自分一人で抱え込んで処理しようとして!」

 

 

叫びながら耶倶矢が巨大な槍を突き出すと、槍の先端部がドリルのように高速回転し、猛烈な竜巻を生み出した。

 

その竜巻で撫で切りにするように、夕弦に向かって槍を薙ぐ。

 

「反論。その言葉、熨斗とリボンで過剰包装して耶倶矢に突き返します……!」

 

しかし夕弦は、破壊的な暴風の塊が迫っているというのに、至極冷静な様子で返し、左手を複雑に動かした。

 

すると夕弦が握っていたペンデュラムが、まるで意志を持ったかのように蠢き、夕弦の前に方陣のようなものを組む。

 

それは耶倶矢の巻き起こした竜巻の一撃を難なく防ぐと、再び元の紐状に戻って夕弦の身体の周囲に螺旋状に渦巻いた。

 

 

「あんたは優し過ぎんのよ! せっかく私が主人格の座を譲ってあげようってんだから、大人しく受け取っとけばいいの!」

 

 

「拒否。夕弦は初めから、主人格になる気はありませんでした」

 

 

「……ッ、今までの勝負で私が上手く負けるのどんだけ苦労してきたと思ってんの!」

 

 

「反論。それは夕弦も同じです。せっかく黒星を稼ごうとしても、耶倶矢が攻めてこないので焦れたのは一度や二度ではありません」

 

 

「八舞は万象薙ぎ伏せる颶風の王! それに相応わしいのはあんたしかいないじゃない!」

 

 

「否定。それは違います。真の八舞の名は、耶倶矢こそが得るべきです」

 

 

「っ、私より飛ぶの速いくせに!」

 

 

「夕弦より耶倶矢の方が力が強いです」

 

 

「私よりスタイルいいくせに!」

 

 

「耶倶矢の方が肌が綺麗です」

 

 

「私より可愛いくせに!」

 

 

「反論。それは譲れません。夕弦より耶倶矢の方が可愛いに決まっています」

 

 

口喧嘩のような、そうでないような言葉を交わしながら、高速回転する耶倶矢の槍と、剣のように複雑に編まれた夕弦の紐が打ち合わされる。

 

 

威力はまったくの互角。インパクトの瞬間、周囲に風が荒れ狂い、士道に襲いかかってきた。

 

 

「く……!」

身体を丸めて十香を支えながら、どうにかそれに耐たえる。

 

この身に精霊の加護がなければ、今頃士道もこの風に吹き飛ばされてしまっていただろう。

 

 

そう確信できるくらいに、二人の戦いは──正しく言えば、それによって巻き起こされる副産物的な被害は凄まじいものだった。

 

 

二人が天使を打ち合わせるたび、周囲に突風が撒き散らされ、辺りにあるものを根こそぎ吹き飛ばしていくのである。

 

 

だが士道は、そんな思考を振り払うように首を振り、睨むように二人を見つめながら、どうにか風に逆らって身体を起こした。

 

 

 

「なんで……」

 

 

 

耶倶矢は夕弦に生き残って欲しくて、夕弦は耶倶矢に生き残って欲しい。

 

 

二人とも、互いを慮っている。

 

 

それこそ──互いのためなら、己の命すら惜しくないというほどに。

 

 

それなのに、なぜ。

 

 

 

 

「なんで──こんなことになるんだよ……ッ!!」

士道はのどを潰さんばかりの叫びを上げた。

 

 

 

「やめろっ! 二人とも! おまえら、お互いのこと大好きなんじゃねえか!」

 

 

叫ぶが、二人は反応しない。

 

 

風鳴りに士道の声が掻き消されているのか、それとも互いの攻防に夢中になって聞こえていないのか、それとも──あえて無視しているのか。

 

 

その判別はつかなかったが、耶倶矢と夕弦が未だ激しい戦いを続けていることだけは確かだった。

 

 

「ぐ……っ」

あまりに、無力。士道は手で顔を覆いながら奥歯を噛みしめた。

 

 

 

 

と──「シドー! 気を付けろ! 何かがいるぞ!」

 

 

 

隣となりから十香の声が響いてきて、士道は小さく肩を揺らした。

 

そして周囲を見回し──眉をひそめる。

 

「な……」

士道が耶倶矢と夕弦を視線で追っている数秒の間に。

 

 

士道と十香を取り囲むように、一〇体ほどの人影が立ち並んでいたのである。

 

 

否──違う。身体に頭部と手足がついているのは変わらないが、それは明らかに人間とは異なる形をしていた。

 

 

フルフェイスヘルメットのように滑らかな頭部に細身のボディが連なり、人間とは逆向きの関節をした脚部が地面を踏みしめている。対して腕部は大きく、どこかアンバランスな印象があった。

 

 

それらを構成するのは、全てが鏡面のように滑らかに磨き上げられた金属の装甲である。

 

 

そして、その身体の各所には、CR‐ユニットのようなパーツが、所々に見受けられた。

 

 

「な、なんだ……こいつらっ!」

猫背気味の姿勢でじりじりと距離を詰めてくる人形の一団に得体の知れない恐怖を覚え、士道はうめくように声を発した。

 

 

「DD‐007〈バンダースナッチ〉……といっても、わからないでしょうか」

 

 

すると、その悲鳴じみた声に呼応するように、人形の陰から一人の少女が歩み出てきた。

 

──随行カメラマンの、エレン・メイザースである。

 

 

「エレン……さん?」

 

 

「ぬ、おまえは……」

 

士道と十香がほぼ同時に声を発すると、エレンは大仰に首肯した。

 

 

「ようやくひとけのないところに来てくれましたね、十香さん。一人余計な方がいらっしゃるようですが──まあ、それくらいはよしとしましょう」

 

言って士道の方を一瞥し、興味なさげに鼻を鳴らす。

 

「しかし、驚きました。まさかあの二人が精霊だったとは。──しかも、優先目標である〈ベルセルク〉ときたものです。積もり積もった不運の代償としてはお釣りがきますね」

 

「な……」

思わず眉をひそめる。──今この少女は耶倶矢と夕弦を〈ベルセルク〉と呼んだのだ。

 

 

「あんた……一体何者だ。まさかAST……!?」

 

 

「! ほう……」

士道が忌々しげに叫ぶと、エレンが初めて士道に興味を示したように眉を動かした。

 

「陸自の対精霊部隊のことをご存じですか。──しかし、残念ながら外れです」

 

 

言って女が手を掲かかげると、それに合わせるようにして、〈バンダースナッチ〉と呼ばれた人形たちが一斉に姿勢を低くし、士道と十香に向かって飛びかかってきた。

 

 

「く──」

士道は咄嗟のことに思わず息を詰まらせ、目を瞑ってしまった。

 

 

が、数秒のあとも、身体には何の衝撃も走ってこない。

 

不思議に思いゆっくりと目を開けると、そこには、「む……大丈夫か、シドー」

 

浴衣の周囲に限定霊装を顕現させ、その手に光り輝やく剣〈鏖殺公〉を握った十香の姿があった。

 

 

どうやら〈バンダースナッチ〉が飛びかかって来た瞬間、霊力を限定解除し、その攻撃を〈鏖殺公(サンダルフォン)〉で薙ぎ払ったらしい。

 

と、そんな十香の姿を見てか、エレンが少し興奮気味に目を見開いた。

 

 

「──〈プリンセス〉。やはり本物でしたか」

 

 

「っ、十香の識別名まで……」

 

 

士道は眉根を寄せた。

 

 

一刻も早く耶倶矢と夕弦を止めねばならないのに、こんな得体の知れない敵まで現れるとは。

 

しかしエレンはそんな士道の思考などまるでお構いなしとばかりに、十香に向かって手を差し伸べるように伸ばしてきた。

 

「十香さん。私とともに来てはくださいませんか。最高の待遇をお約束します」

 

 

「──ほざけっ!」

 

 

十香は裂帛の気合とともにそう叫ぶと、エレンに向かって〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の切っ先を向けた。

 

 

「お、おい十香、いくらなんでも生身の人間に〈鏖殺公(サンダルフォン)〉は──」

 

 

「違う」

 

 

「え……?」

士道が問い返すと、十香は緊張に満ちた面持ちでエレンを睨み付けながら言葉を続けた。

 

「こうして向かい合ってみて初めて気付いた。──あの女、もの凄く嫌な感じがする。そう……ASTの気配を極限まで濃くした感じだ」

 

と、十香の言葉に合わせるように、エレンが初めて唇の端に笑みらしきものを浮かべた。

 

「面白い表現をしますね」

 

 

言いながら、エレンが十香を挑発するように悠然と両手を広げてみせる。

 

 

すると、それと同時にエレンの身体が淡い輝きに包まれ、一瞬あとには、その身にワイヤリングスーツとCR‐ユニットが着装されていた。

 

 

ASTのそれとは形状が異なるスーツに、身体の各所を覆う、まるで機械の甲冑とも表するべきパーツ。

 

そして背に装着された巨大な剣型の装備が、一際目を引いた。

 

「! な……」

 

 

「──〈バンダースナッチ〉隊、しばらく手を出さないでください。音に聞こえた〈プリンセス〉がどれほどのものか、少し試させていただきます」

 

 

言って、右手で背に備えた剣を抜き、その刀身に光の刃を出現させる。

 

そして十香を誘うように、くい、と左手の指を曲げて見せた。

 

「舐めるな……ッ!」

 

叫び、十香が地を蹴けってエレンに向かっていく。同時に〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を振りかぶり、目にも止まらぬ速さでエレンの脳天に叩きつける。

 

が──エレンはそれを、片手で握った剣で易々と受け止めた。

 

 

「おや、そんなものですか?」

 

 

「く……ッ!」

苦悶じみた声を発し、十香が連続して〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を振るう。

 

 

しかし、その攻撃は全て防がれ、エレンのユニットには傷一つついていなかった。

 

 

「はぁッ!」

 

「…………」

幾度目かの剣撃を受け止め、エレンが小さくため息を吐く。

 

 

「……こんなものですか、〈プリンセス〉」

 

「な──なんだと!?」

 

「せっかく〈ペンドラゴン〉まで装備してきたのですが──必要なかったようですね。期待外れです。終わりにしましょう」

 

言って、エレンが巨大なレイザーブレイドを十香に向かって振り下ろす。

 

 

「く──」

十香がその一撃を受け止めようと〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を構える。

 

 

が──『え……?』

 

次の瞬間、呆然とした声が、士道と十香ののどから同時に漏れた。

 

しかしそれも当然だろう。何しろ、エレンの剣撃を受け止めた瞬間、十香が構えていた〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の刀身が、いとも容易く砕け散ってしまったのである。

 

 

 

「なん……だと──」

短い苦悶の一瞬あと、エレンの攻撃は十香の小さな身体を軽々と後方に吹ふき飛ばした。

 

 

「くぁ……っ!」

そして数度身体を地面に擦り、十香がうつ伏ぶせに倒れ伏す。

 

 

それから一拍遅れて、砕かれ、弾かれた〈鏖殺公(サンダルフォン)〉が光の粒子となって空気に溶け消えた。

 

 

「と、十香!」

士道は叫ぶと、十香のもとに駆け寄ろうとした。

 

 

が──その進行方向上に〈バンダースナッチ〉が二体現れ、士道の行動を阻害してくる。倒れた十香の方にも幾体もの〈バンダースナッチ〉が群がり始めていた。

 

「興醒です。早く昏倒させて〈アルバテル〉に運び込んでしまってください」

 

言ってエレンが指を鳴らすと、彼女の身を飾っていた甲冑が一瞬のうちに消え去った。

 

 

そののち、十香にさえ興味を失ったように、ぷいと顔を背けて腕組みする。

 

だが、窮地に変わりはなかった。倒れ伏したまま動かない十香の両腕を、左右から二機の〈バンダースナッチ〉が掴み、その身体を持ち上げる。そしてぐったりとした十香の前方にもう一体の人形が歩み出たかと思うと、その額に爪の生えた手を近づけていった。

 

「ぐ──ぁ……ッ──」

十香が、苦しそうな声を発して身を捩る。

 

 

「十香! 何してやがるてめえらッ! くそッ、退け!」

 

 

叫ぶも、士道の前に立ち塞がった人形は動こうとしなかった。

 

そうこうしている間にも、十香ののどからは悲鳴と苦悶が混じり合ったような、痛々しい声が響いている。

 

 

「十香──!」

 

 

士道は絶叫を上げた。 途方もない無力感と絶望感が、頭の中を蹂躙する。

 

 

結局、士道には何もできなかった。

 

耶倶矢と夕弦を止めることも。

 

 

十香の窮地を救うことも。

 

 

唯一その手の中にある封印能力も、今この状況では用を成さない。

 

あとは琴里から借り受けた治癒能力と、十香たちから得た精霊の加護だけ。

 

──せめて、もう一つ。この人形を切り裂さいて進める力があれば。

 

なぜだろうか、狂三の──自らの意思で人を殺す最悪の精霊の顔が頭を過ぎる。

 

あのときに感じた、自分にはどうしようもできないという無力感。結局……狂三を救うことができなかったという絶望感が、脳内を駆け回る。

 

 

 

 

──もう、二度と、あんな思いはしたくない。 士道は頭の中で何かが弾ける音を聞いた。

 

 

生涯一度で構わない。今一度きりで構わない。

 

今この手に、十香を救う力があれば──!

 

 

 

「十香ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッ!」

 

 

 

瞬間──士道は自然と、右手を振り上げていた。 そして。

 

 

「え……?」

 

 

呆然と、声を発する。

 

 

振り上げていた右手を前に下ろした瞬間、目の前に立ちふさがっていた〈バンダースナッチ〉の上半身が、綺麗に消え去っていたのである。

 

そしてその延長線上に位置するもう一機の〈バンダースナッチ〉──十香の手を抑えていた機体の頭部が、斜めにするりとこぼれ落ちる。

 

するとそれに引っ張られるような格好で、十香の身体が地面にくずおれた。

 

 

「けほ……っ、けほ……っ」

 

 

「これ……は」

士道は信じがたいものを見るような調子で、己の右手を見やった。

 

 

そこには。 ──光り輝く剣が、握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「一時方向に防性随意領域(プロテクト・テリトリー)範囲指定、座標一三二‐五〇‐三九。範囲二五五・二四六」

 

「りょ、了解。防性随意領域(プロテクト・テリトリー)範囲指定、座標一三二‐五〇‐三九。範囲二五五・二四六」

 

神無月の指令を復唱し、〈保護観察処分(ディープラブ)〉箕輪が素早くコンソールを叩く。

 

 

すると、〈フラクシナス〉の周囲に張りめぐらされていた随意領域(テリトリー)が変質し、神無月の指定した方向と範囲に凝縮、見えない壁を構築した。

 

 

次の瞬間、ちょうどその位置に、敵艦からの魔力砲が炸裂する。

 

 

艦外映像を映し出したモニタが凄まじい光に包まれるも、艦橋は僅かに揺れただけだった。

 

 

『……っ』

〈フラクシナス〉クルーたちが、一斉に息を飲む。

 

 

防性随意領域(プロテクト・テリトリー)は、その名の通り領域内部への攻撃を防ぐことを目的として張られる特化属性の一つである。

 

 

 

基本的に、範囲を広く取れば取るほど随意領域(テリトリー)の強度は落ち、内部にある対象の表面ギリギリに纏わせるように凝縮すればその強度は格段に増す。

 

 

だが、今神無月が指示したのはそのもう一段上。特定の位置にのみ、壁のように随意領域(テリトリー)を凝縮する方法だった。

 

 

無論、そうすれば随意領域(テリトリー)の強度は限りなく増す。

 

 

その効果は今、クルー全員が身を以て体験していた。

 

だが、それは極めて危険な諸刃の剣でもあった。 単純な理由である。随意領域(テリトリー)を限定範囲に展開すると、その他の部位が完全に無防備状態になってしまうのだ。

 

 

「──次、同方向に防性随意領域(プロテクト・テリトリー)範囲指定、範囲五〇・六九」

 

 

「ご、五〇・六九ですか……!?」

 

「急いでください、死んじゃいますよ。──ああ、でも確かにあれですね、死ぬほど痛いっていうのを一度体感してみたいって気持ち、私もわからなくは……」

 

 

防性随意領域(プロテクト・テリトリー)範囲指定、範囲五〇・六九!」

 

神無月の言葉の途中で、随意領域(テリトリー)が指定位置に展開される。

 

するとごく小範囲に設定された随意領域(テリトリー)に、先ほどよりも強力な魔力砲が放たれた。

 

恐らく、先刻の設定のままでは船体を損傷していたであろう威力。それを見越していたかのように、神無月は展開範囲を小範囲に指定したのである。

 

しかも、一度や二度ではない。

 

 

最初の砲撃を受けてから、魔力砲が放たれること実に一二回。その全すべてを、神無月恭平は的確に防いでいたのである。

 

確かに敵は一機。攻撃の方向もおおよそは目算がつく。理論の上では、不可能なことではないのだろう。だが──

 

 

 

「さ、なんとなくリズムも掴めてきました。本当ならもっと責め……もとい、攻めて欲しいところですが、これ以上五河司令の美しき世界樹に傷を付けるわけにはいきません」

 

神無月は皆の注目を集めるように手をバッと掲げると、メインモニタに映し出された敵艦を睨み付けた。

 

 

 

「──収束魔力砲〈ミストルティン〉用意」

 

 

「なぜ当たらんッ!」

パディントンが怒号と共に握り拳を艦長席の手すりに打ち付ける。

 

先ほどから幾度も魔力砲を放っているというのに、未だ〈ラタトスク〉の艦は空に浮いたままだったのである。

 

しかも迎撃をしてくるでも、回避行動をとるでもなく、一定の位置に留まりながら、的確に砲撃のみを防いでいたのだ。

 

 

そう──まるでこの〈アルバテル〉を馬鹿にでもするように。

 

 

「ほ、砲撃が届く一瞬前に、着弾予測位置に防性随意領域(プロテクト・テリトリー)を展開している模様です!」

 

 

「ふざけるな! そんな真似ができてたまるものか!」

 

「で、ですが──」

クルーが言いかけたところで、艦橋にアラームが鳴り響いた。

 

「! 熱源確認! 敵艦、艦体先端の主砲に魔力を収束しています!」

 

「く……面舵針路一‐〇‐四! 生成魔力を全て防性随意領域(プロテクト・テリトリー)に回せ!」

 

「了解。面舵針路一‐〇‐四」

パディントンの指示に従い、〈アルバテル〉がその巨大な船体の方向を変える。

 

 

次の瞬間、敵艦の先端が輝やいたかと思うと、そこから凄まじい魔力の奔流が放たれた。

 

それは針路を転換した〈アルバテル〉の随意領域(テリトリー)を貫き、船体を掠めて後方へと抜けていくと、雲を割いて空の果てに解け消えた。強烈な震動が、〈アルバテル〉の艦橋を襲う。

 

「ッ、おのれ──おのれおのれおのれェェェッ!」 パディントンはのどを震わせると、次なる指令を発した。

 

「〈アシュクロフト‐β(ベータ)〉を五〇号機まで全て臨界駆動させろ! 随意領域(テリトリー)を艦体表面三メートルまで収縮ののち、取り舵だ! 全速前進! 敵艦の随意領域(テリトリー)を削り取れッ!」

 

 

 

 

「りょ、了解……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あーあー、今頃オリガミは南の島でバカンスですかー。羨ましいですねー」

 

 

陸上自衛隊天宮駐屯地の一角にある格納庫で、ミリィは薄型の液晶タブレットをパタパタやって自身に風を送りながら、間延びした口調で呟いた。

 

 

「口じゃなくて手ぇ動かしなさい」

と、燎子がやれやれと吐と息いきしながら、ミリィが額に着けていたゴーグルを引っ張り、急に手を離してくる。

 

 

パチンという音とともに額に衝撃が走り、ミリィは後方にひっくり返ってしまった。

 

 

「あたー! な、何をするかー!」

 

 

「ほら、次こっち。あとがつかえてるんだから早くしなさいよ」

 

言って燎子が、手にしたのち戦術顕現装置搭載(コンバット・リアライザ)一つ、レイザーナックル〈ナッツクラッカー〉を示してくる。拳と下腕部を覆うような形の金属製のグローブから、ミリィの方に向かって一本のケーブルが伸びていた。

 

 

顕現装置(リアライザ)で生成した魔力を拳に纏わせて格闘を行うことのできる近接特化型装備なのだが、リーチの極端な短さもあって、隊でもそう使用者の多くない特殊兵装である。

 

少なくとも、好んで主兵装に取り入れているのは燎子くらいのものだろう。

 

「もう……いちいちバイオレンスなんですよリョウコはー。整備士の頭はお大事にー」

 

ブツブツ文句を言いながら、手にしていたタブレットにケーブルを接続し、画面をタッチして装備の微調整を開始する。

 

「何言ってんの。私は滅茶苦茶優しい方よ。私がASTに配属になったときの隊長なんて、もう思い出すのもおぞましいくらいヤバかったんだから」

 

なんて、何か恐ろしいものを思い出すように顔を青ざめさせながら燎子が言う。

 

ミリィはタブレットを操作しながらちらと視線を向けた。

 

 

「ヤバかった……そんなに厳しかったですか?」

 

 

「厳しかったというか、なんというか」

 

 

「? どういうことです?」

ミリィが怪訝そうな顔をして問うと、燎子は困ったように言葉を続けてきた。

 

「そうねえ。たとえばあんたが今みたいに無駄口叩いてたとするでしょ」

 

 

「はいはい」

 

 

「そしたら隊長が音もなく近づいてきて、肩にポン……と手を置かれるのよ。そうしたらもうアウト。その日一日、隊長の選んだ恥ずかしいコスプレ衣装で過ごさなきゃならないの。もちろん訓練中も、ワイヤリングスーツの上から着せられたままよ」

 

 

「ええ……ッ」

ミリィは盛大に眉をひそめた。その拍子に手元が狂い、数値に乱れが出てしまう。

 

 

慌てて修正しながら、燎子に言葉を返す。

 

 

「こ、コスチュームプレイ、ですか」

 

 

「ええ。……しかも、それはまだ序の口。二回目は、コスプレさせられた状態で隊長を踏ませられるペナルティが加えられるわ」

 

 

「へ? 隊長さんに踏まれるのではなく?」

 

 

「ええ。ペナルティを受けた隊員が隊長を踏むの」

 

ミリィは頬をぴくぴく動かしながら額に汗を浮かべた。

 

 

「なんでまた」

 

 

「さあてねえ……まあでもみんな気味悪がって規律正しくなったわよ」

 

 

「えーと、じゃあ、もし三回注意されたら……」

 

 

「…………聞きたい?」

そう言う燎子の表情にただならぬものを感じ取って、ミリィはブンブンと首を振った。

 

 

「こ、個性的な隊長さんだったんですねー」

 

「……まあ、そうね。美しい日本語のフィルターを通すと、そういう婉曲表現ができる可能性も、僅かばかり残されているかもしれないわ」

 

 

「は、はは……」

燎子には珍らしいブラックな物言いに、思わず苦笑する。

 

 

が、「でも」と燎子は言葉を続けてきた。

 

「確かにとんでもない変態だったけど……実力は本物だったわ。何の冗談でもなく、顕現装置の練度が他の隊員とは桁一つ違った。間違いなくASTのエースだったわね」

 

 

「は、はあ、そうなんですか。……えと、じゃあ、なんでまた今はいないんですか? そんなにお強い方なら、上も前線に置いておきたいでしょうに」

 

 

ミリィが言うと、燎子は困惑したように眉をひそめた。

 

「それが……よくわからないのよね。ある日突然、『私は、私が仕えるに相応わしいご主人様を探しに行かねばならないのです! 嗚呼、許してください戦友よ! 止めないでください朋友よ! さよならさんかく盟友よ!』とかいってどこかに消えちゃったのよ。一応、僅かな復帰の望みを残して籍はとってあるらしいけど……」

 

 

言って、肩をすくめる。

 

 

 

「本当に……何をしているやら」    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「〈ミストルティン〉、回避されました……!」

 

 

「おや、外れてしまいましたか。んん、やはりどうも、攻めるのは苦手です」

 

冗談めかして神無月が言うと、クルーたちが一斉に力無く苦笑した。

 

 

「──! 敵艦、こちらに進行してきます!」

 

 

「なるほど、直接こちらの随意領域(テリトリー)を削りに来ましたか」

 

顕現装置(リアライザ)を搭載した艦同士の戦いは、突き詰めてしまえば、どちらが先に相手の随意領域(テリトリー)を剥ぎ取れるか、ということに帰着する。

 

 

神無月はふうむとうなってから、大きな声を発した。

 

基礎顕現装置(ベーシック・リアライザ)を全て並列駆動。生成魔力を随意領域に回してください。同時に領域収縮。艦体表面二メートルまで絞ってください」

 

「了解、AR‐008、一号機から一〇号機まで、並列駆動開始」

 

「ああ、それと制御顕現装置も、一基残して残りは魔力生成に回しちゃってください」

 

「了か──え?」

 

忠実に神無月の言葉を復唱していたクルーが、言葉を止める。

 

だがそれも無理からぬことだろう。〈フラクシナス〉には大きく分けて二種類の顕現装置が搭載されている。

 

随意領域や主砲などに用いる魔力を生成する基礎顕現装置(ベーシック・リアライザ)と、それらを制御するための制御顕現装置(コントロール・リアライザ)だ。

 

制御顕現装置(コントロール・リアライザ)顕現装置(リアライザ)の一種である以上、非効率とはいえ基礎顕現装置(ベーシック・リアライザ)のように魔力を生成することは可能である。

 

確かに膨大な魔力出力を以て迫ってくる敵艦に対抗するためには、それくらいしか方法はあるまい。

 

しかし、制御顕現装置(コントロール・リアライザ)の大半を放棄するということは、パソコンからCPUを抜き去るに等しい。

 

如何に膨大な魔力を生成できるようになったからといって、それを随意領域(テリトリー)に固定することすらできなくなってしまう恐れがあるのである。

 

神無月は、クルーたちの不安も当然というようにうなずくと、艦長席の裏から、黒いヘッドセットのようなものを取り出し、頭部に装着した。

 

 

「──大丈夫です。制御顕現装置(コントロール・リアライザ)の代わりなら、ここにあります」

 

言って、自分の頭部を指す。

 

 

「え……?」

 

「説明はあとです。〈フラクシナス〉を落とされたくなかったら、指示に従ってください」

 

「ッ──了解……! 制御顕現装置(コントロール・リアライザ)──二号機から八号機、魔力生成に移行!」

 

クルーがコンソールを操作すると、一瞬〈フラクシナス〉を包む随意領域が消えかけ──すぐに復元される。

 

 

「ば、馬鹿な……」

 

 

「副司令、一体何をしたんですか?」

 

 

「何って、基本はASTのワイヤリングスーツと変わりませんよ。彼らは顕現装置の生成した魔力を、自分の脳波でコントロールするでしょう?」

 

「コントロールって……空中艦搭載用の制御顕現装置(コントロール・リアライザ)七基分ですよ……!?」

 

「お喋りはあとです。来ますよ」

 

神無月が言うと同時、艦橋にアラームが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵艦、随意領域(テリトリー)出力上昇!」

 

 

「ふん……迎え撃とうというのか? この〈アルバテル〉を」

 

 

「随意領域、接触します! 衝撃に備えてください!」

 

クルーが叫ぶと同時、〈アルバテル〉の艦橋が地震の如く激しく揺れた。

 

「くッ、随意領域(テリトリー)、範囲展開! 敵艦との接触面にのみ凝縮しろ! 一気に押し潰す!」

 

「了解! 随意領域(テリトリー)、範囲展開!」

 

クルーがコンソールを操作する。と、〈アルバテル〉の艦体表面に展開されていた随意領域が、敵艦方向にのみ収縮した。

 

敵艦には未だ、動きは見られない。

 

 

 

勝った──!

 

 

パディントンはグッと拳を握りしめた。接触時の随意領域(テリトリー)の出力は、衝撃から考えてほぼ互角。

 

こちらが先んじて領域収縮を行った分、強度は長じているはずだった。

 

今から収縮を行ったところで、もう間に合うまい。哀れ〈ラタトスク〉の艦は〈アルバテル〉の随意領域(テリトリー)によって押しつぶされ──

 

 

「……ッ!?」

そこで、パディントンは驚愕に目を見開いた。

 

 

突然、〈アルバテル〉の後方から爆発音が響いてきたのである。

 

一瞬敵艦からの砲撃かとも思ったが、それは考えづらかった。

 

何しろ、爆発音がしたのは敵艦のちょうど反対側だったのだ。

 

「何だ、一体何があった!?」

 

「右舷小破! 外部衝撃による損傷が確認されます!」

 

 

「外部衝撃……!? 敵の攻撃か!?」

 

 

「わッ、わかりません! 原因は不明です!」

 

クルーが金切り声を上げる。と、それに追随するように別のクルーが絶叫を上げた。

 

 

「ッ! 艦長、大変です! 今の爆発でB2区画が炎上、〈バンダースナッチ〉隊を遠隔操作している制御室が損傷しています!」

 

「何だと……!? 至急消火しろ!」

 

パディントンは指示を出しながら、奥歯をぎりと噛かみしめた。

 

 

 

 

 

「い、今のは……」

震動の収まった〈フラクシナス〉艦橋で、雛子は後退していく敵艦を見ながら呆然と呟いた。

 

敵が随意領域(テリトリー)を収縮、強度を高めているというのに、一向に対抗策を示さない神無月に焦れていると、突然敵艦が火を吹ふき、〈フラクシナス〉から離れていったのである。

 

 

しかも、敵艦が損傷しているのは、〈フラクシナス〉と接触していた箇所とはまるで違う場所だった。

 

一体何者が、敵艦に攻撃を加えたのだろうか。

 

 

それを疑問に思ったのは雛子だけではなかったらしい。

 

クルーの大半が言葉を詰まらせ、神無月の方に視線を送っている。

 

神無月は皆の視線に気付くと、肩をすくめて手元の小型モニタをトントン、と叩いた。

 

 

皆、自分の手元をご覧なさい、というように。

 

 

そのジェスチャーに従い、クルーたちは自分の手元のモニタを見──目を丸くした。

 

 

そこには火を吹きながら旋回する敵艦と──不可視迷彩(インビジブル)の施された小さな葉のようなシルエットが確認できたのである。

 

「これは──〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉……?」

 

そう。それは先刻、敵艦が出現する直前に、或美島との通信中継用に放っていた独立ユニットだった。 

 

皆は一斉に理解した。そしてそれと同時に、戦慄した。〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉には、それぞれ小型の顕現装置(リアライザ)が搭載されている。

 

それを使用して〈フラクシナス〉から遠隔操作をし、随意領域(テリトリー)を発生させることが可能なのである。

 

だが、随意領域(テリトリー)を展開できるということは、用途は通信のみに囚われない。

 

神無月は通信中継のために放ったそれを遠隔操作し、あたかも機雷のように利用したというわけだ。 だが、ただでさえ七基分の制御顕現装置(コントロール・リアライザ)を補っておきながら、そんな細かな遠隔操作までやってのけるだなんて、にわかには信じられなかった。

 

そんな皆の思考に気付いたのだろう、神無月が唇を開いてくる。

 

「まあ、何と言いますか。悲しいかな、どんなに高度な技術を持ったところで、未だ人間は、人間の頭一つ作り出せていないということです」

 

言って、肩をすくめる。

 

 

いや、そんな人間そうそう存在してたまるか、という思考までは──彼には届かなかったようだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

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「な……これは──〈鏖殺公(サンダルフォン)〉……?」

 

 

士道は自分の右手の中に現れた剣を凝視しながら声を上げた。

 

輝やきを放つ幅広の刀身。精緻な細工の施された鍔。

 

そう。それは紛れもなく、十香の有する『形ある奇跡』──天使・〈鏖殺公(サンダルフォン)〉そのものだった。

 

 

「シ、ドー……? な、なぜ〈鏖殺公〉をシドーが……!?」

 

十香もまた、驚いた様子で、士道の方を見てきている。

 

しかしそれも無理からぬことだろう。何しろ先ほどエレンに砕かれた〈鏖殺公(サンダルフォン)〉が、士道の手の中に現れたというのである。

 

 

だが──士道はそれに驚きながらも、どこか冷静に事態を受け止めている自分がいるのを自覚してもいた。

 

そもそも士道の治癒能力は士道のものではなく、精霊となった琴里の霊力を封印したことにより発現したものだった。

 

その構造がもし、他の──今まで士道がその身に霊力を封印してきた精霊たちにも適応されるのであれば。

 

他の精霊の力を士道が扱えるようになるということも、確かに考えられた。

 

 

そして事実、その仮説はこの上ない実像をもって実証されたのである。

 

 

 

 

 

──天使の、顕現によって。

 

 

 

 

「天使……? しかも〈プリンセス〉のそれと同じ……? まさか。それはつい今し方私が砕いたはずです。それ以前に、なぜあなたがそんなものを──」

 

エレンが、先ほどまでの興味なさげな様子とは打って変わって、好奇の色が映る瞳で士道を見つめてくる。

 

 

「五河──士道といいましたね。あなたは一体何者です」

 

 

「……人間さ。一応な」

 

 

「…………」

エレンは士道の回答に眉をひそめると、手を上に掲げた。

 

 

その動作に合わせて、周囲の〈バンダースナッチ〉たちが警戒を示すように姿勢を低くとった。

 

「気が変わりました。五河士道。あなたも来ていただきます。抵抗はお勧めしません」

 

 

「ぐ……」

士道は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を握りしめながら渋面を作った。

 

 

確かに今士道は〈バンダースナッチ〉を二機機能停止状態に追い込んだ。しかし警戒状態に移行した八機もの〈バンダースナッチ〉が残っているうえ、その最奥には限定解除状態の十香を易々と倒してしまった正体不明の魔術師が控えているのである。

 

 

この状況で十香を連れて逃げおおせるというのがどれだけ困難かは容易に想像がついた。

 

 

「〈バンダースナッチ〉隊。彼を捕えてください。抵抗するようであれば手足くらいは折っても構いません」

 

 

言って、エレンが掲げていた手を士道に向かって振ふり下ろす。

 

 

同時、周囲に展開していた〈バンダースナッチ〉が一斉に士道に襲いかかってきた。

 

 

「くっ、この……!」

咄嗟に手に握っていた〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を振り回すも、先ほどのような剣撃は発されなかった。

 

ただぼんやりと光った刀身が夜闇に軌跡を描くのみである。

 

無論、そんな一撃が〈バンダースナッチ〉に当たるわけもない。

 

易々と士道の攻撃を避けた〈バンダースナッチ〉が、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を持った士道の右手に腕を伸ばし──

 

 

 

 

 

 

『【既世縫史(ウリエル)】────「(カイ)」』

 

 

 

 

 

 

そんな、声が響いた瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 

ばぢッという音が鳴ったかと思うと、士道と十香を取り囲んでいた全ての機械の人形たちの頭部がまるで見えない刃物で切られたかのように切断され、火花を噴いた。

 

 

 

「…な、にが………」

 

 

訝かしげに眉をひそめる。

 

 

 

 

──すると、まるで夜闇のように真っ黒な外套を羽織った存在が士道たちの前に降り立った。

 

 

 

「?何者です、…貴方は…?」

 

 

 

その存在を見て、士道の手に握られた剣を凝視していたエレンが、不可解そうに顔を歪める。

 

 

 

 

『おいおい、「ぼやかし」はもう取ってやったぞ?〝五年ぶり〟とはいえ忘れたか?』

 

 

エレンを嘲るように言った台詞の意味も分からず、困惑で返そうとしたのだが…。

 

 

「………ッ。ま、さか……あな、たは…」

 

そして何かに気付いたように、そして、〝狂喜するように〟唇を動かした。

 

 

 

「───…ろ、〈ロキ〉…。…ふふ…っ…あははははっ…!なるほど、そうでしたか…。【天使を扱う少年】、【不自然に霊力の消えた精霊】…全て、貴方が一枚噛んでいたというのなら納得できる話です…!」

 

 

 

 

更に、興奮気味にエレンは続ける。

 

 

 

 

「良いでしょう。纏めて全員、──とは言いません。〈ロキ〉、貴方だけでも生け捕りします」

 

 

言いながらエレンは再び、CRユニットを装着すると光の刃をその存在に突きつける。

 

 

 

 

 

『さて、と。───おい、五河士道…ここは俺に任せて〈ベルセルク〉共のところに行ってこい』

 

 

 

しかし、その存在はさしてエレンからの言葉に反応も見せずに背後にいる士道に振り返って言ってくる。

 

 

 

────モノクロの仮面。

 

 

 

 

それが月影に照らされる。

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ…。おまえ、は……」

聞きたいことが山ほどある。けれど、この機を逃すわけにはいかない。

 

 

士道は即座に地面を蹴り、バッと十香の手を取ると、一目散にその場から逃げ出した。

 

 

 

「な……なんだ、何故こんな所にサトーは居るのだ?」

 

 

 

「それは後でアイツに聞く! 今は行くぞ!」

言って、人形たちから逃れるように、森の方へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エレンは逃げ遂せていった士道たちから視線を外し、ロキに視線を変えていた。

 

 

 

 

 

 

『くひひっ…。始めようか?──まぁ、僕の目的は君の足止めだけなんだが…』

 

 

ロキは地面に転がる〈バンダースナッチ〉を踏み潰しながら歩み出る。

 

 

 

 

「ふん…。その余裕面、私が剥がしてあげますよ」

 

 

 

 

 

───先に動いたのはエレンだった。常人ならば目にも止まらぬ速度でロキに肉薄し、光刃で斬りかかる。

 

 

 

 

 

『やっぱり速いな──』

 

しかし、ロキは完璧にその動きを捉え、身体を傾けることで綺麗に避けていた。

 

 

 

 

 

 

 

そうして、ロキは反撃のようにエレンの身体を蹴り飛ばす。

 

 

 

 

「……っ…。実力は健在…ということですか」

 

 

足で勢いを殺して、エレンはもう一度ロキを睨め付ける。

 

 

 

 

『話は変わるが。……お前のとこの〈アルバテル〉、どうやら別の空中艦と戦いあってるらしいぞ?』

 

ロキはエレンの気を逸らしたいのか…、わざとらしく肩をすくめながら唇を開いた。

 

 

「なんですって…?そんなわけが───」

 

 

 

言いながら、耳に手を当てて…唇を開こうとしていたエレンにロキは嘲るように放つ。

 

 

 

『ここら一帯の電波はジャック済みだ。連絡を取ろうとしても意味ねぇぞ?』

 

 

 

「……そうですか…。」

歯噛みをしながらも、エレンは気を落ち着かせて、随意領域(テリトリー)を維持する。

 

 

 

 

ロキは『…ふぅん…?……』と、唸ると。そのまま空に転移をした。

 

 

 

 

 

『くひひひひ……ッ…!さぁさぁ、ショータイムと行こうぜ!?───────【暴颱六王(ラファエル)】、【凍哀六王(サキエル)】、【䨓怒六王(ラミエル)】……!!』

 

 

 

 

 

 

 

そして、暴風と冷気と雷がエレンを襲う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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現在。士道は後方を振り返るのを止めて顔を前方に向け、ごうごうという風鳴りの中を走っていた。

 

 

そして、どれくらい進んだだろうか。

 

 

 

「……! あれは──」

 

 

「──むっ」

併走していた士道と十香は、同時にのどを震わせた。

 

 

そう。木々が放射状に薙ぎ倒された森の上空に、激突を繰り返す耶倶矢と夕弦の姿を見つけたのである。

 

 

「耶倶矢──夕弦!」

士道は足を止めて叫んだ。

 

 

 

今ここで二人を止めねば、きっと二人の間で決着が付いてしまう。

 

そしてその決着が意味するところとは──耶倶矢と夕弦どちらか片方の消滅を意味するのである。

 

もし万が一ここでそれが決されなかったとしても、二人が隣界へと消失してしまったら同じ事だった。

 

二人をともに救うためには、今ここで、士道が霊力を封印せねばならないのだ。

 

 

「二人とも! やめるんだ! もしかしたら二人とも生き残れる道があるかもしれない!」

 

叫ぶも、その声は聞こえていないようだった。距離的にはさほどではないものの、二人を覆うように渦うず巻まいた風の壁が、外からの音をシャットアウトしてしまっているのだろう。

 

「く、どうすれば──」

言いかけて、士道はハッと目を見開き、自分の右手を見下ろした。

 

そこには未まだ、十香の天使〈鏖殺公(サンダルフォン)〉が握られていたのである。

 

そう。〈バンダースナッチ〉を屠ったこの天使の一撃であれば、耶倶矢と夕弦を覆う嵐の壁を切り裂くことができるかもしれない。

 

 

無論、それだけで二人を止められるとは思わなかった。だが、一瞬士道に注意を向かせ、話を聞かせることくらいならできるかもしれない。

 

それは薄弱な可能性だった。だが、他に方法はない。

 

「すまん十香、少し離れててくれ……!」

 

「む……? う、うむ」

十香は素直にうなずくと、士道から手を離し、数歩後方へと後ずさった。

 

士道はそれを視界の端で確認すると、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を両手で構え、耶倶矢と夕弦を覆う風の城を切り裂くように一閃させた。

 

 

「はぁぁッ!」

だが──〈鏖殺公(サンダルフォン)〉は最初に見せたときのような光を発しはしなかった。

 

 

「く……」

何度か試してみるが、結果は同じだった。〈鏖殺公(サンダルフォン)〉はその刀身の範囲内で空気を裂くのみであり、十香が扱うときのような絶対的な権能を見せはしなかったのである。

 

 

「駄目か……ッ」

士道はぎりと歯を噛みしめ、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の柄を握りしめた。

 

 

だが、まだだ。

 

士道は首を回し、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の本当の主あるじに目を向けた。

 

「十香……! 頼む、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉で二人を止めてくれ!」

 

「何……?」

十香が怪け訝げんそうな声を発する。が、激しくぶつかり合う耶倶矢と夕弦を見たからか、士道のただならぬ様子から事態を察してか、子細を放るようにうなずいてきた。

 

 

「すまん、頼む……!」

言って、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の柄を十香に向け、差し出す。

 

 

「うむ、任せろ」

十香はもう一度うなずくと、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を手に取った。

 

しかし──「……っ」

 

その瞬間、小さく息を詰まらせ、眉根を寄せる。

 

 

「十香……?」

 

 

「──駄目だ。今の私に、この〈鏖殺公(サンダルフォン)〉は振れない」

 

 

「え?」

 

士道が疑問符を浮かべると、十香はジッと士道の目を見据えながら続けてきた。

 

 

「〈鏖殺公(サンダルフォン)〉はただの剣ではない。霊力を持つ者の願いによって顕現する『天使』だ。十全に霊力を有している状態ならばまだしも、今の私では、シドーの願いによって召喚された〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を扱うことはできん」

 

 

「そんな──それじゃあ……」

 

 

士道は絶望的な心地ここちで顔を上にやった。

 

 

上空では、未だ二人の精霊たちが、容赦も手加減もない生かし合いを続けている。

 

 

口々に相手を讃えながら。

 

 

一挙手一投足相手を慮かりながら。

 

 

一撃ごとに愛を伝えながら。

 

どうしようもなく互いが大好きな、どうしようもない不器用者たちの、どうしようもなく歪な戦いが、続いている。

 

 

──自分自身を、殺すために。

 

 

「そんなの……許容できるかよ!」

士道は叫ぶと、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の柄を握りしめ、もう一度振るった。

 

無論、先ほどと何も変わりはしない。だが、他に方法はなかった。

 

諦あきらめずに二度、三度とそれを繰り返す。

 

「くそッ、くそ……ッ! なんとかならねぇのかよ! このままじゃ二人が……」

 

士道の封印能力を使えば、二人の霊力を封印することができる。

 

そうすればもしかしたら、二人は一つの八舞に戻らず、今の状態でいられるかもしれない。

 

あの嵐の直中に踏み込めなくともよい。

 

ただ一撃。

 

一撃のもとに風を裂き、二人の注意を士道の方に向けさせることさえできれば──!

 

 

と、十香が士道の肩に手を置いてきた。

 

 

「……っ、十香?」

 

 

空を見上げていた顔を十香の方に戻し、士道はごくりと唾液を飲んだ。

 

──肩に置かれた十香の手が、失意に沈む士道を慰めるような優しいものではなく、激しく叱咤するように力強かったからだ。

 

「羨ましいな。シドーにそんなに言ってもらえるだなんて」

 

「十香……?」

士道が半ば呆然と声を発すると、十香は一瞬苦笑めいた笑みを浮かべてから、力強くうなずいてきた。

 

 

「先ほど言いかけたのだが、私はやはり、皆で話し合うしかないと思う。シドーに二人を生かす手段があるとわかれば、耶倶矢も夕弦も剣を収めるだろう」

 

それはあまりに単純で、しかし真実の言葉だった。

 

 

「でも、どうすれば──」

 

 

「──言っただろう、今この〈鏖殺公(サンダルフォン)〉は、シドーの願いによって召喚されたと。ならばそれを叶かなえるのは、シドーの他に誰がいよう」

 

「……! 俺、が……?」

十香はこくりとうなずくと、士道にしっかりと柄を握らせた。

 

 

そして自身は士道の背後に回り、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を共に握るように士道の身体に手を回してくる。

 

が……さすがに体格が違いすぎたらしい。

 

 

「むう……」

 

とうなると、今度は逆に士道の腕をくぐって、前方にやってきた。

 

まるで二人羽織のような格好になりながら、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の柄を握る士道の手に、そっと手を添えてくる。

 

 

「十香……」

 

 

「心を落ち着けろ。そして思い出せ。シドーが今何をしたいのか。シドーが今願っているのは何なのか。それ以外は今些末なことだ。捨て置け。ただ一つ、心の中に願いを思い描いて剣を振れ。──そうすれば、天使はきっと応えてくれる」

 

 

「…………」

士道はごくりと唾液を飲み込むと、目を伏せて細く息を吐はいた。

 

十香に言われたとおり、心を落ち着けて呼吸を整える。

 

鼓膜を揺らす風鳴りも、髪を掻き乱す暴風も、手に胸に伝わる十香の感触と体温さえ思考の埒外に置き、ただ一つのことだけを心に描く。

 

耶倶矢と、夕弦。偶然か、必然か、二つに分かれてしまった精霊。

 

生まれた瞬間に、どちらかが消えてしまうことを運命づけられた存在。

 

しかしそれを認識してなお──二人は今、互いを生かそうと、最愛の半身を相手に戦っている。

 

士道はギリと奥歯を噛みしめた。

 

「──そんなこと、させて、たまるか」

 

そう。あんなにも、馬鹿みたいに優しい二人を、どちらか消してしまうだなんて、あってはならない。 だから、二人の決着が付いてしまう前に。

 

 

二人の崇高な決闘とやらをぶち壊す、冒涜的で絶対的な一撃を──!

 

 

「…………っ!!」

士道はカッと目を見開いた。

 

 

〈鏖殺公〉の刀身が、先ほどとは比べものにならないくらいに強い輝やきを放っている。

 

 

士道が柄を握り直すと、十香もまた、それに添えた手に力を入れ、こくりと首を前に倒した。

 

 

士道は再び顔を上げ、上空で馬鹿騒ぎを繰り広げる不器用者どもを視界に捉とらえた。

 

 

そして。

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ──ッ!」

 

 

裂帛の気合とともに、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を空目がけて振り下ろした。

 

 

瞬間、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉から光が溢れ──その刀身が描いた斬撃を延長するように、空に向かって伸びていった。

 

 

そして〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の光は上空に吹き荒れていた風の城を容易すく切り裂き、耶倶矢と夕弦の間を通るようにして空へと抜けていった。渦を巻いていた雲が真っ二つに分かれ、今まで隠れていた月が顔を出す。

 

すると辺りに吹いていた風が嘘のようにぴたりと止み、狼狽に満ちた声が聞こえてきた。

 

 

「な──」

 

「焦燥。これは……」

 

 

互いに槍とペンデュラムを向け合っていた耶倶矢と夕弦が目を丸くし、今の斬撃の出所を探ってか、下方に目を向けてくる。

 

そして二人はそこに士道の姿を認めると、途端に眉をひそめた。

 

 

「士道……!? 今の、もしかしてあんたが……?」

 

「驚愕。まさか。凄まじい霊力でした」

 

士道は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を杖のように突き、十香におぶさるような格好になりながら、二人の問いに応ずるように口を開いた。

 

 

「耶倶矢──夕弦……っ!」

 

 

一撃。ただの一撃だったというのに、全身が軋むように痛んだ。

 

 

だが、今を逃しては二人に声を届けることなどできはしない。

 

のどよ潰れよといわんばかりに、大声を張り上げる。

 

「頼む……戦いを、やめてくれ!」

 

しかし士道が訴えかけると、耶倶矢と夕弦は不機嫌そうに顔を歪めた。

 

 

「……あんた、聞いてなかったの? 私と夕弦は、どちらかがどちらかを取り込まないと存在できなくなっちゃうの」

 

 

「同調。その通りです。邪魔をしないでください。今この分からず屋に、耶倶矢がどれだけ優れた精霊かを教え込んでいるのです」

 

 

「っ、まだ言うか……! 私なんかが生き残ったって仕方ないって言ってるでしょ!? なんでわかんないのよ! 夕弦! あんたが生きるべきなの!」

 

 

「否定。そうは思いません。耶倶矢の方が生きるべきです」

 

 

「あんたは……!」

 

 

「激昂。耶倶矢こそ──」

 

 

 

「──俺は!」

このまま勢いに任せていたら、せっかく中断させた決闘が再開してしまいそうだった。

 

二人の言葉を遮ぎるように声を張り上げる。

 

「まだおまえらの決闘の裁定役を降りたつもりはない! 俺が──選ぶ! 真の八舞に相応ふさわしい精霊を! 生き残るべきは誰なのかを!」

 

『……っ!』

士道が言うと、耶倶矢と夕弦が驚愕に目を見開き──すぐに視線を鋭くして士道を睨み付けてきた。 だが、何も言ってこようとはしない。

 

一応は、言葉を聞くつもりはあるらしい。

 

 

 

 

 

しかし二人の視線の意味も容易に理解できた。

 

 

双方から、肌がちりつくほどのプレッシャーを感じる。

 

……要は二人ともこう思っているのだ。相手を選ぶのなら良し。

 

だがもし自分を選ぼうとしているのなら、その名を言い終わる前にその心臓を差し貫ぬく、と。

 

そして風の精霊たる〈ベルセルク〉のことである。彼女らは、実際にそれを可能にしてしまう力を有しているだろう。

 

士道は緊きん張ちようにごくりとのどを鳴らしてから口を開いた。

 

そして、その選択を声にして、発する。

 

「俺が選ぶのは──おまえたち二人、両方だ!」

 

士道の声が、風が止み静寂の訪おとずれた森にこだました。

 

耶倶矢と夕弦は数秒の間士道をジッと見つめたあと……どちらからともなく、大きなため息を吐き出した。

 

「……何それ。ふざけてんの?」

 

「軽蔑。小学生以下の回答です。決断力のない男性はみっともないです」

 

言って、呆れた声を発してくる。

 

だが、士道はふざけているつもりも、二人を茶化すつもりもなかった。

 

至極真面目に、言葉を続ける。

 

「──仕方ないだろうが! おまえたち二人とも、それぞれ違ったいいところがあるんだから、選びようがねえ!」

 

 

「な……っ」

 

「…………」

 

耶倶矢が頬を赤くし、夕弦が半眼を作る。

 

 

「それぞれって……知った風な口を利きかないでよ! あんたなんかに何が──」

 

「わかるさ! 少なくとも、おまえらより先に俺が知ってたことが一つずつある!」

 

「……質問。それは?」

 

夕弦の問いに、士道はグッと拳こぶしを握にぎりながらのどを絞しぼった。

 

 

「耶倶矢は、夕弦のことを思う気持ちが夕弦自身よりずっと強くて──夕弦は、耶倶矢のことを耶倶矢自身よりずっと大切にしてるってことさ」

 

 

 

「──っ、それは」

 

 

「…………」

 

 

二人が言葉を失ったように黙りこくる。士道は今にも倒れ込んでしまいそうな身体に活を入れ、全身の力を振り絞ってあとを続けた。

 

 

「──おまえらには!! これから先を選択する権利がある! 選べ!

 

 

①! 夕弦が耶倶矢を取り込み、真の八舞となる!

 

②! 耶倶矢が夕弦を取り込み、真の八舞となる!」

 

 

士道の言葉を聞いた二人は、何をわかりきったことを、というような顔をしながらも口を開いてきた。

 

 

「そんなの、決まってるじゃない。①──」

 

 

「返答。考えるまでもありません。②──」

 

 

だが、士道は返答を聞かず、言葉を続けた。

 

 

「③! 精霊の力を失う代わりに、二人で生き残る……ッ!」

 

 

『……ッ!?』

士道が言った瞬間、耶倶矢と夕弦は目を丸くした。

 

 

「は……? 何ですって?」

 

「要求。今、なんと」

 

士道は激しく咳込んだ。十香が、心配そうに首を回してくる。

 

だが、今ここで言葉を止めるわけにはいかない。唾液でのどを湿しめらせ、声を絞り出す。

 

「──悪いが、長いこと三択の選択肢しか選ばせてもらってなかったもんでね。……選択肢が二つだけってのは、許容できないんだよ」

 

 

「何を……言ってるの? そんなこと、可能なはずがないじゃない」

 

 

「疑念。そうです。そんな方法、聞いたことがありません」

 

 

耶倶矢と夕弦が、疑わしげな目を向けてくる。

 

 

さもあらん。信じろと言う方が無茶な話だ。

 

 

だが。士道は叫びを上げた。

 

 

「頼む! 信じてくれ! 一度だけでいい! 俺に、おまえたちを二人とも生き残らせるチャンスをくれ……ッ! もし失敗したなら、そのときは好きにしてくれて構わない! 何なら俺を殺してくれたっていい! だから……!」

 

 

「……何を。あんたはただの人間じゃない。そんな──」

 

 

「つい今し方、おまえらの自慢の風を割ったのが誰だれか、忘れたのか?」

 

 

「っ……」

 

 

「思案。…………」

 

 

耶倶矢と夕弦が言葉を失い、目を見合わせる。士道の言葉の真意を探っているというよりも、急な事態に混乱している様子だった。

 

 

「だから──やめろ! もう、二人が争う必要なんてないんだよ……! どちらかが消える……必要、なんて──」

 

 

言葉の途中で、士道は激しい目眩を感じ、その場に倒れ込んでしまった。

 

〈鏖殺公〉が地面に落ち、光の粒子となって空気に溶とけ消える。

 

 

「シドー!」

 

十香が心配そうな声を発し、肩を揺すってくる。だが、それに答えるのは困難だった。

 

一応意識はあるのだが、ひゅうひゅうとのどから空気が漏れるばかりで、声を発することができなかったのである。

 

どうやら──士道の身体はとうに限界を超こえていたらしい。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

上空では、耶倶矢と夕弦がジッと見つめ合っていた。

 

──耶倶矢が、静かに唇を開く。

 

 

「……だってさ。どう思う? 夕弦」

 

「不信。考えられません。本当に今の一撃が士道のものであったとしても、精霊から霊力を奪うだなんて聞いたことがありません」

 

「だよねー……私も同意見」

 

 

「……! ……!」

 

士道は霞む視界の中、なんとか声を発しようと肺を絞った。

 

 

だが──いくらのどが震えても、呼吸が音を纏ってくれない。

 

 

駄目だった。信じてもらうことが、できなかった。士道は視界が滲むのを感じた。

 

──止めろ、止めろ、止めろ。俺には、本当におまえたちを救える力があるのに。

 

 

手を伸ばせば、掴むことができるのに。

 

 

しかし、士道の声にならない声は上空に届くことはなかった。耶倶矢と夕弦が、互いの目を見据えながら言葉を続ける。

 

 

 

「ったく、士道にも困ったもんね。二度も邪魔してくれちゃって」

 

 

「同意。まったくです。せっかく耶倶矢を倒せるところだったのに」

 

 

「何言ってんの。私こそ今必殺の一撃を放つとこだったし」

 

 

「嘲笑。シュトゥルム・ランツェ(笑)ですか」

 

 

「うッ、うるさい。もう一度言ったらマジで怒るかんね」

 

 

「応戦。どうぞ、好きにしてください。どうせ勝つのは夕弦です。夕弦が、耶倶矢を生き残らせてみせます」

 

 

「そうはいかないもんね。私が勝つわよ。あんたは、生き残らなきゃなんないの」

 

 

「反論。耶倶矢こそ」

 

 

耶倶矢が槍を、夕弦がペンデュラムを構える。辺りに、再び風が吹き始めた。

 

 

 

 

 

 

──だが。

 

 

 

「…………ねえ、夕弦」

 

 

「応答。なんでしょう」

 

 

「あくまでIF(もしも)の話。可能性の話だけどさ。──もし士道の言うことが本当だったら、どう思う?」

 

 

「請願。考える時間をくださいますか」

 

 

「認める。ただし三〇秒」

 

 

「……………………」

 

 

「はい、終わり。どう?」

 

 

「応答。…………とても、素敵だと思いました」 

 

 

「……ふうん。案外ロマンチストなのね」

 

 

「憮然。そういう耶倶矢はどうなのですか」

 

 

「……奇遇ね、私もよ」

 

 

「質問。もし二人とも生き残れたら、耶倶矢は、何がしたいですか?」

 

 

「私? そうねえ……あ、十香が言ってた、きなこパンっての食べてみたいかも。なんでも至高の美味らしいし」

 

 

「同意。それは美味しそうです」

 

 

「夕弦は?」

 

 

「回答。──夕弦は、学校に通ってみたいです」

 

 

「ああ……いいわね。あはは、夕弦ならきっと学校中の男たちの憧れの的よ」

 

 

「否定。それはないと思います」

 

 

「へ? なんで?」

 

 

「応答。だって、耶倶矢も一緒だからです。きっと耶倶矢の方が人気が出ます」

 

 

「は、は……私も一緒?」

 

 

「肯定。だって、もしもの話です。制限を与えられた覚えはありません」

 

 

「ああ……そうだっけ。そうね、じゃあ授業が終わったら、放課後は街をぶらつこっか」

 

 

「同意。それは素敵です。喫茶店に入ってみたいです」

 

 

「はいはい、わかってるわよ。でもちゃんと割り勘だかんね?」

 

 

「否定。それは不平等です。耶倶矢の方がいっぱい食べます」

 

 

「そ、そんなに変わらないし」

 

 

「疑問。そうでしょうか」

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

その言葉を最後に、二人がしばしの間無言になる。 風鳴りの中、声を再開させたのは、耶倶矢の方だった。

 

 

 

「……ねえ、夕弦」

 

 

「応答。なんでしょうか」

 

 

「ごめん、私、嘘ついてた。……私、」

 

 

耶倶矢の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

 

 

「私、死にたく、ない……」

嗚咽とともに、言葉を続ける。

 

 

「生きてたい……もっと、もっと夕弦と一緒にいたい」

 

 

「応と──、」

次いで夕弦の頬に、涙がひとすじ伝った。

 

 

「夕弦も……です。消えたく、ありません。耶倶矢と、生きていたいです」

 

 

「夕弦……」

 

 

「耶倶矢」

 

二人が視線を合わせ、同時に唇を動かす。

 

 

『────』

だが、二人ののどから発された声は、互いに届くことはなかった。

 

 

それよりも遥かに巨大な駆動音が、耶倶矢と夕弦のさらに上空から轟いたからだ。

 

 

「何……?」

 

 

「注視。あれは──」

 

耶倶矢と夕弦が空を仰ぎ見る。

 

 

そこには、後部から煙を噴いた、巨大な黒い戦艦が浮遊していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「艦長! これ以上高度を下げては危険です! 不可視迷彩を張っていない状態では、住民に気付かれる恐れが──!」

 

〈アルバテル〉の艦橋に、焦燥感に彩られたクルーの悲鳴じみた声が響き渡る。

 

 

「黙れ!」

だが艦長席に座ったパディントンはそれを一喝して黙らせた。

 

 

──住民に気付かれる?

 

だから意味があるのだ。事実、〈アルバテル〉が急降下を開始してから、〈ラタトスク〉の空中艦はこちらの追尾を中断していた。

 

幸運にも、向こうの艦長もこちらのクルーと同じく凡庸な思考の持ち主であってくれたらしい。

 

秘匿性を第一に考えるがゆえに、みすみす手負いの敵を逃そうというのである。

 

 

「いや──違うか」

パディントンは唇を舐めた。

 

 

自艦の情報を秘匿することのみを目的としているのであれば、〈アルバテル〉を追わずとも攻撃する方法はあるはずだった。

 

 

それこそ、収束魔力砲を撃うってもいいし、先ほど使用した得体の知れない機雷を用いてもいい。

 

 

だが、仮に今それらの攻撃を行った場合、島に被害が及およぶ可能性があるのである。

 

 

精霊を平和的手段で以て懐柔しようだなんて酔すい狂きような組織に属する艦長ならば、もしやと思ったのだが……どうやらそれは的中していたらしい。 だが──それだけではまだ足りない。

 

 

数機の〈バンダースナッチ〉を失い、〈アルバテル〉を損傷させ、逃げ帰った。

 

 

その時点でパディントンの失態は決定的なのだ。

 

 

それを帳消しにするためには、それを補って余りある成果が必要となる。

 

 

パディントンは画面上に映し出された二人の少女を睨み付けた。

 

 

先ほど通信が不自然に途絶える直前に、エレンによってもたらされた情報によれば、あれが彼の精霊〈ベルセルク〉であるという話だった。

 

 

「遠隔制御室の消火は済んだな!? 艦に残っている〈バンダースナッチ〉を全すべて発進させろ! なんとしても〈ベルセルク〉と〈プリンセス〉を拿捕するのだ!」

 

「し、しかし──」

 

「いいから、やれッ!」

 

パディントンの怒号から一拍おいて、クルーが奥歯を噛みながらコンソールを叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──何よ、あれは」

 

 

「同意。空気を読んで欲しいです」

 

 

 

耶倶矢と夕弦は上空に現れた巨大な鉄の塊を見上げながら、不機嫌そうに声を発した。

 

せっかく最愛の半身と和解し合えたというのに、絶妙のタイミングでそれを邪魔されてしまったのである。

 

だが、それだけでは終わらなかった。

 

戦艦の下部に設えられていたハッチのようなものが開いたかと思うと、そこからバラバラと、手足や背に様々な武器を積んだ人形が落ちてきたのである。

 

 

 

無機的で滑らかなフォルム。

 

 

一応頭部と手足のある形をしているのだが、人間というよりも、おとぎ話に出てくる亜人や悪魔のそれを想起させた。

 

しかもその機械の人形たちは、空中で背のウイングを広げると、存外軽やかに空中を旋回し、耶倶矢と夕弦を取り囲むように飛び始めた。

 

と、次の瞬間、周囲を飛び回る人形が、右手に備えた筒のようなものを二人に向け、そこから光線を発してくる。

 

 

「うおっ!?」

 

「……!」

 

 

耶倶矢と夕弦はすんでのところでそれを躱すと、キッと人形を睨み付けた。

 

 

が、すぐに他の人形たちもそれに追するように砲を構え、耶倶矢たちに攻撃を仕掛けてくる。

 

 

「く、なんだこの人形は!」

耶倶矢は右手に握った槍の先端部を回転させると、小型の竜巻を生み出し、そこに群がった人形を薙ぎ払った。

 

 

「攻撃。鬱陶しいです」

夕弦もまた左手でペンデュラムを操り、周囲の人形たちを吹ふき飛ばしていく。

 

 

が、二人の攻撃によって散らされた人形たちは、何事もなかったかのように姿勢を直すと、再び重力を無視して二人に向かってきた。

 

 

耶倶矢と夕弦は不快そうに眉まゆを歪めた。

 

 

「ふ……気味の悪い輩よ」

 

「同意。正直触りたくありません」

 

 

耶倶矢と夕弦は再び人形を吹き飛ばすと、再び上空を仰ぎ見た。

 

まだ人形は打ち止めではなかったらしい。またもバラバラと、巨大な艦から人形が投下される。

 

 

二人はそれを見てうんざりと眉を歪めると、まったく同時に口を開いた。

 

 

これではいくら人形を倒してもきりがない。

 

 

 

 

「あのさ、夕弦」 「提案。耶倶矢」

 

 

 

声が綺麗に重なる。耶倶矢と夕弦はキョトンと目を丸くすると、顔を見合わせた。

 

そして、どちらからともなく、「ふふっ」と声が漏もれる。

 

 

 

「やっちゃう?」 「肯定。やっちゃいます」

 

 

二人は小さくうなずき合うと、耶倶矢が左手を、夕弦が右手を差し出し──ぴたり、と合わせた。

 

 

すると二人の霊装と天使が光り輝やき──耶倶矢の右肩に生えていた羽と、夕弦の左肩に生えていた羽が合わさって、弓のような形状を形作った。

 

 

次いで、夕弦のペンデュラムが弦つるとなって羽と羽の先端を結び──耶倶矢の槍が、矢となってそれに番えられる。

 

 

今度は、耶倶矢が右手で、夕弦が左手で。

 

 

霊装の鎧に包まれた手で以て、左右から同時にその弦を引いた。

 

最大まで引いた弓を、上空の戦艦に向ける。

 

 

 

そして。『〈颶風騎士(ラファエル)〉──【天を駆ける者(エル・カナフ)】!!』

 

 

 

二人が、まったく同時に手を離し、その巨大な矢を、天高く打ち上げた。

 

 

瞬間、今までとは比べものにならないほどの風圧が、辺りを襲う。

 

彼女らの直下にいた士道たちはまだよかったが、二人に飛びかかろうとしていた人形はその余波だけで吹き飛ばされていた。

 

 

残っていた木々が薙ぎ倒され、森が波打つようにざわめいていく。

 

風の加護を纏った矢の進行を止められるものなど、この世界に存在しない。

 

 

絶対にして無敵の一点集中攻撃。

 

 

八舞たる二人が揃って初めて放たれる、最強の矢。

 

 

人間の産物である戦艦に、それを防げる道理など、あるはずがなかった。

 

 

巨きよ大だいな戦艦は瞬の間に〈颶風騎士(ラファエル)〉の矢に貫かれ、そしてそれの纏った風圧により内部機関を滅茶苦茶に破壊され──巨大な爆発音を伴って夜空を赤く染めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……く、ぁ……」

うめきのような声とともに、折紙はうっすらと目を開けた。

 

視界に映るのは風吹く島の空ではなく、四角い照明に照らされた旅館の一室の天井である。一瞬今までのことが夢であったかのような錯覚に襲われるが──違う。

 

 

脇腹には確かに、鈍い痛みが残っていた。

 

 

顔をしかめながら胸元に触れてみると、湿布と包帯で手当が施されていることがわかる。

 

 

「一体、何が……」

 

 

「……ああ、目覚めたかい」

 

と、枕元から、眠たげな声が聞こえてきた。副担任の村雨令音だ。

 

 

「先生……ここは」

 

 

「……私の部屋だ。悪いが、運ばせてもらったよ。他の生徒に見つかっては騒ぎになってしまうだろうからね」

 

 

「あの……人形は──」

 

 

「……ああ、君が気を失ったあと、なぜか急に動かなくなった」

 

 

「──そう」

折紙は短く言うと、軋む身体をどうにか起こした。

 

 

「……無理はしない方がいい。今日は大人しくしていたまえ」

 

 

「この治療は、先生が?」

 

 

「……ああ。あり合わせで悪いがね」

 

 

「いえ。……感謝します」

 

 

「……礼を言うのはこちらの方さ。君のおかげで助かった。ありがとう」

 

言って、令音が頭を下げてくる。折紙はこくんと唾液を飲み下してから声を続けた。

 

 

「先生、あの人形のことは」

 

「……誰にも言っていないさ。その方がいいだろう?」

 

 

「…………」

 

折紙は無言で令音の顔を見返した。

 

 

……この村雨教諭、いきなりあんなものに襲われたというのに妙に落ち着いている気がした。

 

 

その上、冷静に状況判断をして折紙に手当を施し、それを誰かに話したりもしていないときたものだ。 確かに折紙としても、謎の人形のことを無闇に広めて欲しくはなかったのだが……何というのだろうか、少々優秀すぎる気がしないでもなかった。

 

 

そう──まるで、CR‐ユニットの存在を知ってでもいるかのように。

 

だが、折紙はそんな思考を中断した。

 

そんなことよりももっと大事なことが頭を掠めたからだ。

 

 

 

「──士道」

 

 

「……ん?」

 

 

「士道は、どこ」

 

 

「……ああ、無事だよ。今こちらに向かっているようだ」

 

 

その言葉に折紙は放念の息を吐きかけ──違和感に眉をひそめた。

 

 

「なぜ、そんなことがわかるの」

 

 

「…………」

 

折紙が言うと、令音は「しまった」というように目を泳がせて頬をかいた。

 

 

そしてしばらく黙ったのち、唇を開いてくる。

 

 

 

「……勘?」

 

 

「…………」

 

 

折紙は無言のまま、布団から這い出した。

 

 

そんな薄弱な理由で士道の安全を保障されても、安心できるはずがない。

 

 

だが、その場に立ち上がった瞬間、腹部に鈍い痛みが走り、折紙は膝を突いてしまった。

 

 

「う……っ」

 

 

「……だから言ったろう。無理はいけない。なに、すぐに戻もどってくるさ」

 

 

「…………く」

 

 

折紙はその場に四つん這いになったまま、畳に拳を突き立てた。その衝撃でまたも腹部に軽い痛みが走るが、構わずもう一度畳を殴る。

 

 

ただの一撃。

 

武器を用いたわけでもないただの一撃で。精霊でもなんでもないただの人形の一撃で、これである。

 

 

顕現装置を奪われた今の折紙は、悲しいくらいにただの人間だった。

 

あまりに弱く、あまりに無力。

 

偶然に縋って命を拾っただけ。

 

もしあの場で人形が機能を停止していなければ、令音ともども殺されていたやもしれない。

 

 

士道を──恋人を危険な場所から連れ戻すことすら叶わない脆弱な少女。

 

それが今の鳶一折紙だった。

 

ぎりと奥歯を噛かむ。微かに血の味がした。

 

 

「────たい」

 

 

「……うん?」

 

令音が首を傾げてくる。だがそれは令音に発した言葉ではなかった。

 

自分に言い聞かせるように、もう一度唱える。

 

「強く……なりたい。何にも頼らず……士道を、守れる……くらいに……ッ」

 

 

「…………」

その言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか──令音は、静かに目を伏せて折紙の肩に優しく上着を掛けてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「──〈アルバテル〉。こちらアデプタス1。応答してください、〈アルバテル〉」

 

 

 

荒れた森の中で、〈ロキ〉との激戦を終えたエレンがそう呼びかけるも、インカムの向こうからはノイズしか聞こえてこなかった。

 

 

 

「…………」

エレンは口の中で小さく舌打ちし、眉を歪めた。

 

 

 

〈アルバテル〉は十中八九やられてしまったろう。

 

 

 

〈ロキ〉の言葉を信用するわけではないが、〈アルバテル〉からの返答がないという事実がその言葉を裏付けていた。

 

 

 

 

エレンは不機嫌そうに思考を巡らせる。

 

 

 

 

〈アルバテル〉が跡形も残らないくらいに全壊し、パディントンたちも全員死亡しているならまだいい。

 

 

だが、あの艦を〈ラタトスク〉に渡してしまうわけには──

 

 

「っ……」

 

と、エレンは小さく肩を揺らした。インカムから、何やら音が聞こえてきたからだ。

 

 

「〈アルバテル〉ですか? 状況を──」

しかし、通話の相手は予想したものとは違っていた。聞き覚えのある含み笑いが、エレンの鼓膜を震わせる。

 

 

 

『ふふ……その様子だと、作戦は失敗してしまったようだな。君にしては珍らしいじゃないか、エレン』

 

 

 

「──アイク」

そう。その声は、他ならぬアイザック・ウェストコットのものだった。

 

 

 

「申し訳ありません。全て私の責任です」

 

 

 

無論、腹ではそうは思っていない。能力に余る玩具を与えられて浮かれたあの無能と──悪魔のような女学生たち、そして───こちらの事情をすべて知っているかのように邪魔をしてきたあの男のせいである。

 

 

 

ウェストコットは、そんなエレンの思考すら見通しているかのようにもう一度笑った。

 

 

 

『それで、〈プリンセス〉は?』

 

 

 

「……申し訳ありません。捕獲に失敗しました」

 

 

 

『精霊だったのかね?』

 

 

 

「え? は、はい。それは確認できました。間違いありません。夜刀神十香は精霊〈プリンセス〉です」

 

 

エレンが言うと、ウェストコットは満足そうにのどを鳴らした。

 

 

 

『ふふ、何だ、ちゃんと判明したんじゃあないか。それがわかっただけでも今回の作戦には非常に大きな意義があった。──ご苦労だったね。帰投してくれ』

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

『不服かい?』

 

 

 

「そのようなことは。ただ──最後に二つほど報告したいことが」

 

 

 

『ほう、何だい?』

エレンは、静かに唇を開いた。

 

 

 

 

「──〈ロキ〉が復活し〈ラタトスク〉へと与し、精霊の力を扱う少年を発見しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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士道は十香に肩を借りながら、のろのろと旅館へ歩いていた。

 

 

森は見る影もなく荒れ果て、来たときよりも随分と見通しがよく、歩きやすくなっていた。

 

 

薄暗い道の先を眺めながら、不安げに呟く。

 

 

「……これ、旅館は大丈夫だろうな……?」

 

 

士道が言うと、後方から耶倶矢と夕弦が息を飲む音が聞こえてきた……気がした。

 

 

と、旅館に近づいた辺りで、士道たちは奇妙なものを発見した。

 

 

「ん……? あれって……〈バンダースナッチ〉ってやつ……だよな」

 

耶倶矢と夕弦の風によって、こんなところまで飛ばされてきたらしい。

 

頭部が陥没したように損傷している。落下の際に打ち付けたのだろうか。

 

 

と、士道が考えを巡らせていると、背後から耶倶矢の含み笑いが聞こえてきた。

 

 

「くく……我らが颶風は強烈だからな。斯様な人形など塵芥のごとく翻弄されるのみよ」

 

 

「同調。夕弦と耶倶矢の風は最強です」

 

 

言って二人が、拳を合わせて微笑み合う。

 

 

今までの様子からは考えられないくらいの仲直りっぷりだった。

 

 

「それより──だ。士道よ、早く我らの力を封印してみせよ」

 

 

「同意。まだ時間はありますが、早い方がいいです」

 

 

「え、いや、それは」

士道は十香の方をちらと見ると、言葉を濁らせた。十香が、不思議そうにキョトンと見返してくる。

 

 

「い、いろいろと準備があるんだよ。明日の朝にはちゃんとやってやるから、少し待っててくれ」

 

 

さすがに、十香の前でやるわけにもいかない。士道は適当に誤魔化した。

 

 

「ふん……嘘ではないだろうな? もしこの颶風の御子に虚言など吐いたなら、その骨さえ残らぬと思え」

 

 

「私刑。ぼこぼこです」

 

 

「う、嘘なんてついてねえよ」

 

 

『…………』

二人は疑わしそうな目で士道を見たあと、小さく息を吐いた。

 

 

「くく……まあいいだろう。信じてやる。ところで十香よ」

 

 

「む? なんだ?」

 

 

「要請。少しの間、士道を貸してはいただけませんか?」

 

 

耶倶矢の言葉を継ぐように、夕弦が言う。十香は不思議そうに首を傾げた。

 

 

「別に構わんが……なぜだ?」

 

 

「い、いいから、少しの間だけ、ここで待っているがいい」

 

 

耶倶矢はそういうと、十香の肩から士道の手を取った。

 

 

そのまま二人で士道を運んで、森の脇へと入っていく。

 

 

「な、何だよ一体」

 

 

「いいから黙るがいい」

 

 

「同意。沈黙は金です」

 

 

有無を言わさぬ調子で二人にそう言われ、士道は大人しく口を噤つぐんだ。

 

 

そして、十香から見えないくらいの位置に来たところで、二人が足を止める。

 

 

「……士道。まあ、なんというか、ありがとうね。いろいろと」

 

 

「多謝。士道のおかげで、耶倶矢と争わずに済みました」

 

 

「いや、そんな……」

 

 

急にしおらしくなられて、少し面食らう。

 

 

 

士道は困ったように苦笑した。

 

 

と、耶倶矢と夕弦は互いに目配せしてから、士道に視線を戻してきた。

 

 

「だから、まあ、つまんないもんだけど、お礼にと思って」

 

 

「請願。目を閉じていてください」

 

 

「は? 目って……」

士道は眉をひそめながらも、大人しく指示に従った。

 

すると──「……!?」

 

 

右と、左。

 

 

唇の右と左に、同時に柔らかい感触が生まれ、士道は目を白黒させた。

 

そう。耶倶矢と夕弦が、同時に士道の唇に口づけてきていたのである。

 

「な、おまえら、何を──」

 

 

「だ、だから言ったでしょ、お礼代わりって。私と夕弦なんて超絶美少女二人分のファーストキスよ? 喜び舞い踊るならまだしも、その反応ってどうよ」

 

 

「謝罪。ご迷惑でしたか」

 

 

耶倶矢が顔を赤くして腕組みし、夕弦がすまなそうに顔を俯かせる。

 

 

 

 

 

 

と──

 

 

 

 

「な……」

 

 

 

「驚愕。これは──」

 

 

 

 

 

耶倶矢と夕弦はのどから狼狽に満ちた声を発した。

 

 

だがそれも無理はあるまい。

 

 

何しろ、彼女らが身に纏っていた拘束衣と鎖が、光の粒子となって消えていってしまったのだから。

 

 

 

「う、うきゃぁぁぁッ!?」

 

 

「狼狽。えっちです」

 

 

二人が揃って胸元を覆い隠し、その場にうずくまる。士道は慌ててフォローに回った。

 

 

「お、落ち着け二人とも! 実は今のが霊力の封印に必要な──」

 

 

「シドー? 何やら光っていたが、何かあったのか?」

 

 

「……!? と、十香!?」

 

 

と、最悪なことに後方で待っているはずの十香が、ひょこん、と顔を出してきた。

 

 

そして、キョトンと目を丸くしたのち、状じよう況きようを理解したのだろう、十香はその顔を真っ赤に染めた。

 

 

「し、シドー!? な、ななな何をしているのだ!?」

 

 

「い、いや、違うんだって! 俺は何も──」

 

 

「士道にいきなり服を剥ぎ取られたー……」

 

「落涙。もうお嫁にいけません」

 

 

 

背後から、追い打ちとばかりに耶倶矢と夕弦の援護射撃が入る。

 

 

十香はさらに頬を赤くすると、士道をギロリと睨み付けてきた。

 

 

「シドーォォォ!」

 

 

「ちょッ、待て! い、今は身体が……う、あ、ああああああああぁぁぁぁぁッ!?」

 

 

夜の森に、士道の悲痛な叫びが響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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嵐が吹き荒れた夜が明け、翌日。

 

 

旅館から出発した士道たちは、バスの窓から薙ぎ倒された木々を眺めながら移動し、天宮市に帰るため空港にやってきていた。

 

 

着替えなどを纏めた大きな荷物を預け、幾つかの注意事項を説明されたあと、飛行機が出航するまでの間ロビーで待機するよう言われていた生徒たちは、もう十分買っただろうに、販売スペースで土産物ものを漁ったり、フードコートで空港に舌鼓みを打ったりしている。

 

さすがは高校生。

 

青春真直中のハイスクールスチューデント。昨日さんざ海で遊び回ったというのに、まだスタミナが残っているらしい。

 

 

士道は、ぐったりとロビーの椅子に腰掛けながら、はは……と力無い笑みを浮かべた。

 

 

「いやー、なんだかんだで一瞬だったなー」

 

 

と、士道の隣で、なぜか首から上だけ日焼けした殿との町まちが、快活に笑いながら言ってくる。

 

 

「ああ……そうだな」

士道は枯かれ果てた老木のような調子でそう答えた。

 

 

昨晩、〈鏖殺公〉を顕現させてから、全身を凄まじい虚脱感が襲っていたのだが──一晩眠ってからは、その上にさらに強烈な筋肉痛が加算されていたのである。

 

 

 

まあ、とはいえそれが人の身に余る『天使』の力を振るった代償ならば、そして、耶倶矢と夕弦二人を救うことができた代償ならば、安いものなのかもしれなかったが。

 

 

 

 

「って言っても、ほとんど修学旅行って感じしなかったけどな……」

 

 

言って、息を吐はく。結局様々な騒動に巻き込まれたせいで、ほとんど集団行動に参加できていなかったのである。

 

 

「あーあー、なんだよ疲れ切った顔しやがって。おまえ昨日の夜部屋にいなかったろ。どこ行ってたんだよ。あ? そんな疲れ切るまで、誰とどんなエロいことしてたんだよ?」

 

 

殿町がフンフンと鼻息を荒くしながら問うてくる。士道は呆あきれるように吐と息いきした。

 

 

「エロいことは前提なのかよ……」

 

 

「そりゃおまえ、健康な高校生男子が修学旅行先で夜姿消して何もしてませんとか、信じるのは聖人か馬ば鹿かか十とお香かちゃんのどれかだろ。で? 誰なんだよ。十香ちゃん……は違うか。元気いっぱいだったしな。あれか? 八舞姉妹を二人一気に相手にして精魂尽き果てたか? ちょうど姿も見えねえし」

 

 

「ああ……まあ、ある意味」

士道は苦笑した。

 

 

そう。確かに旅館を出るときから、耶倶矢と夕弦の姿はなかった。

 

二人はあのあと、〈フラクシナス〉に転送されていたのである。

 

 

たぶん次に会うのは、全ての検査が終わったあと、天宮市に戻ってからになるだろう。

 

 

便宜上転入生という扱いになっていた二人であるが……今後も士道の高校に通い続けるかどうかはまだわからなかった。

 

とはいえ和解した二人の精神状態は今までの精霊の中でも群を抜いて安定状態にあるというし、二人が並んで街を歩ける日はそう遠くないだろう。

 

士道がそんなことを考えていると、殿町がずいと顔を近づけてきた。

 

 

「おい、何曖昧に誤魔化そうとしてんだよ。それともあれか? やっぱこっちも姿が見えない鳶一か? どんだけハードなプレイしたんだよ」

 

 

「折紙……か」

士道は頬をかきながら答えた。

 

 

折紙もまた、今朝旅館を出たときからその姿を見ていなかったのである。

 

令音の話によれば、嵐が止むのを待ってから近くの病院に搬送されたため、天宮市に帰るのが遅れるかもしれないとのことだった。

 

なんでも件の〈バンダースナッチ〉に襲撃を受けたとのことだったが……大丈夫だろうか。

 

 

 

 

と、殿町がさらなる追及をかけようとしてきたところで、『はぁ…お前らはこんな公共の場でなーに言ってんだ』…呆れたような少年の声が士道と殿町にぶつけられた。

 

 

 

 

「あ、……佐藤…ッ!」

士道はその少年の姿を認識した瞬間。思わず声を上げながら立ち上がってしまった。

 

 

 

「……っ…てて、…」

が、次いで身体を筋肉痛が襲い、ドンッと座り込んだ。

 

 

 

「おー佐藤か。────なんか、ずっと部屋でもいた筈なのに久しぶりに話す気がするな…。」

 

 

 

『ん、そうか?まぁ、俺は影が薄いからな。』

 

 

 

言いながらハハハッと笑い合う二人。

 

 

 

 

 

しかし、士道はごくりと喉を鳴らしてしまっていた。───〝誰も佐藤が外に出ていたことを知らない〟…その異常性に士道のみが気付いているからである。

 

 

 

「ていうか佐藤。聞いてくれよ、このセクシャルビーストと来たらよぉ……」

 

 

 

と言って、殿町と佐藤は更に会話を弾ませている。

 

 

 

 

 

 

「さ、…佐藤……。その───」

 

 

 

 

と、士道が冷や汗を垂らして唇を開こうと瞬間。遠くの方からタマちゃん教諭の声が聞こえた。

 

 

 

「はーい、皆さーん、そろそろ時間ですので、集まってくださーい!」

 

 

 

『お……もうそんな時間か』

 

 

 

「くっ、おい五河、話はあとでちゃんと聞くからな!」

 

 

殿町が、大仰なジェスチャーをしながら言ってくる。

 

 

『士道。安心しろ、後で琴里たちも含めて話してやる』

 

 

「わ、わかった……」

 

 

 

佐藤が士道に小声で耳打ちをする。──士道も小さく頷いた。

 

 

 

 

『立てるか?』

 

 

「ああ、…助かる…」

と、士道が佐藤から手を引かれて、よろめく足に力を入れてどうにか立ち上がると、それに合わせるかのように、バタバタッという足音が聞こえてくる。

 

 

 

「シドー!サトー!たくさんお菓子を買ったぞ!」

 

 

言って、両手に土産物屋の袋を提げた十香が、ニッコニコしながら走り寄ってくる。

 

 

 

こちらは昨日大立ち回りを演じたばかりだというのに、元気一〇〇倍全力全快だった。

 

 

 

『いくらなんでも買いすぎだろ』

 

 

 

「そんなことはないぞ! 見ろ、限定味のチュッパチャプスだ。きっと琴里も喜ぶぞ!」

 

 

 

佐藤が端的に言うが、心底嬉しそうに屈託のない笑みを浮かべて十香が返した。

 

 

 

「そうだ。──サトー、いったい昨日の夜はあそこで何をしていたのだ?」

 

 

 

『……後で教えてやるから今は聞くな』

 

 

 

 

「……むぅ…。そうか……」

 

 

 

『……ってか、荷物片方は持つぞ』

 

 

 

「良いのか…?感謝する…」

 

 

 

『士道は大丈夫か?──体痛えなら荷物持つが』

 

 

 

「悪い…頼む…」

 

 

 

 

 

 

なんて、そんな会話をしてから、ゆっくりと集合場所へ歩いていった。

 

 

 

「はいはい、全員集まりましたかぁ? では、これから飛行機に乗り込みますので、順番に並んでくださぁい」

 

 

 

タマちゃん先生がロビーに集まった生徒たちを見渡しながら声を響かせる。

 

 

 

生徒たちはガヤガヤと旅行の終わりを惜しみながら、事前に決めた席順に並んでいった。

 

 

 

 

「サトー、帰りはシドーと私の隣に座ってくれるか?」

 

 

 

と、十香が目をキラキラさせながら佐藤に言った。行きの飛行機で折紙に佐藤の席を取られたことをまだ悔やんでいるのだろう。

 

 

 

『………まぁ、折紙も居ないみたいなら別に良いが…───』

 

 

 

 

 

 

「──それは認められない」

 

 

 

『…は?』・「へ?」

佐藤の言葉を遮るように響いてきた声音に、佐藤と士道は素頓狂な声を発する。

 

 

二人同時に背後を見やると、そこには身体の各所に包帯を巻いて松葉杖を突いた折紙の姿があった。

 

 

「お、折紙!? おまえなんでここに!? ていうかその怪け我が……大丈夫なのか!?」

 

 

 

「問題ない」

折紙は平然と言うと、士道の側にぴとっと寄り添ってきた。

 

 

 

 

「! こ、この、シドーから離れぬか! いきなり現れてなんだ貴様は!」

 

 

 

「席は既に決まっているはず。士道の隣の席は私のもの。佐藤の場所なんてない」

 

 

『……いや、別にそこまで言うなら譲るが…。』

 

 

十香と折紙が士道を挟んで喧嘩を始める。そのたび、筋肉痛に苛まれた士道の身体がぐらぐら揺すられた。

 

 

『落ち着けよ…。だから、俺は席譲るって言ってるだろうが。というか、士道が苦しそうだから離してやれよ』

 

呆れたような声音で佐藤が言うと、十香はしょんぼりと萎れ、折紙は待っていたと言わんばかりに口を開いた。

 

 

 

「なら行きと同じように、私は窓際の席に座る」

 

 

 

「な…っ、なんだと!サトーが優しさで譲ってくれたのだぞ!貴様は大人しく廊下側に座って居ればいいだろう!」

 

 

「そんな事は知らない。───私が窓際の席に座るのは既に決定事項」

 

 

 

言って、更に喧嘩が激しくなる前に士道が慌てて口を開く。

 

 

 

「ちょっ、待った待った…!落ち着け二人とも!もっと平和的に……そうだ、ジャンケンで決めればいいだろ?」

 

 

 

「む……あの三種の手の形で勝敗を決めるやつか。私は構わんが……」

 

 

 

「士道がそう言うなら異存ない」

折紙が静かに答えると、十香は視線を鋭くして右手をグッと握った。

 

 

「いいだろう。勝負をつけてやる。じゃーんけーん──ぽん!」

 

 

声と同時に、十香と折紙が同時に手を前に出す。 ──が、そこで士道は違和感を覚えた。

 

 

 

至極単純な話である。

 

 

その場に出された手が、二本ばかり多かったのだ。

 

「え……?」

十香がグー。折紙もグー。

 

そして、その脇から出された二つの手は、両方ともパーだった。

 

「くく……漆黒の魔石(グー)空裂の双剣(チョキ)には勝るが、破邪の呪符(パー)には敗北する」

 

 

「宣言。夕弦たちの勝利です。士道の両隣の席はいただきます」

 

 

「耶倶矢──夕弦!?」

士道は声を発したパーの主たちを見て、驚きの声を発した。

 

 

そう。そこにいたのは、昨晩〈フラクシナス〉に収容されたはずの耶倶矢と夕弦だった。

 

 

その背後には、頭をゆらりと揺らした令音の姿もあった。

 

 

問いかけるように視線を送ると、ゆっくりと歩み寄ってきてひそめた声を発してくる。

 

 

「……どうしてもシンと一緒に飛行機に乗ると聞かなくてね。状態も安定しているようだし、無闇にストレスを与えるのも良くないということで、特別に許可を出したんだ。本格的な検査は天宮市に帰ったあとで行う」

 

 

「い、いや、それはいいですけど……」

そこで勝者である耶倶矢と夕弦が、士道の両腕に絡からみついてくる。

 

 

「くく……光栄に思えよ士道。最初は決闘の贄に過ぎなかったが──我は存外御主を気に入った」

 

 

「寵愛。夕弦もです。ですが、せっかく和解した耶倶矢と争うことはしたくありません」

 

 

「そこで、だ。士道、御主は我と夕弦との共有財産とすることが決定した」

 

「同意。そういうことです。思うさま愛してあげます」

 

 

「は……はぁッ!?」

士道がたまらず叫ぶと、十香と折紙が眉をひそめてそれを睨み付けてきた。

 

 

「シドー、どういうことだ? やはり二人を裸に剥いたとき何かあったのか?」

 

 

「裸? それは何。説明を求める」

 

 

『は?…裸?…嘘だろ士道…』

 

 

 

「いや、その」

士道が回答に困っていると、両脇を固めた耶倶矢と夕弦がふふんと鼻を鳴らした。

 

 

「くく……悪いな十香。しかし我が眷属であれば身に余る光栄だろう。何しろ、この我に供物を捧げることができたのだからな」

 

 

「皆伝。マスター折紙、今までありがとうございました。夕弦はマスターの教えを守って先に進みます」

 

 

二人が言うと、十香と折紙がそれぞれ士道の両足を取ってきた。

 

 

「ふざけるな! シドーは渡さんぞ!」

 

 

「いきなり現れて勝手なことを言わないで」

 

 

「くく……いい度胸だ! 我ら八舞姉妹に挑もうとは!」

 

 

「応戦。受けて立ちます。夕弦と耶倶矢の連携を見るがいいです」

 

 

 

言って、四人が四方から士道の手足を引っ張ってくる。

 

 

 

 

「ちょ……ッ、待っ……!佐藤!助け…ッ────」

 

 

鏖殺公(サンダルフォン)〉の使用でボロボロになった士道の身体は、その最後の一撃でついに悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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心臓の音が、いやに大きく感じる。

 

 

琴里は広い廊下に靴音を響かせながら小さく苦笑した。

 

こんなにも広い空間に琴里一人しかいないというのもあるが──やはり、少し緊張しているのだろう。

 

今までも何度か訪ずれたことがあるというのに、どうも慣れそうにない。

 

琴里はいつもの真紅の軍服姿だったのだが、ジャケットを肩掛けにはせず、きちんと袖を通してボタンを留めていた。

 

無論、口にキャンディもくわえていない。

 

〈フラクシナス〉のクルーが見たなら、目を丸くするかもしれなかった。

 

琴里は扉とびらの前で足を止めると、すうっと深呼吸をした。

 

そして、コンコン、とノックをする。

 

 

「五河琴里、参りました」

 

 

『──入ってくれ』

 

 

「はい」

琴里は短く答えると、扉を開けて部屋の中に入っていった。

 

部屋の中は書斎のようになっていた。部屋の四方が本棚で埋められ、革張りの本が幾つも収められている。

 

詳しい内容はわからない。

 

 

それもそのはず、机の上に開かれた本には文字が書かれておらず、かわりに点字が並んでいた。

 

 

そして部屋の最奥に、その男はいた。

 

 

「久しぶりだね、五河司令」

 

 

言いながら椅子をくるりと回し、琴里の方に顔を向けてくる。

 

 

半ば白くなった髪と髭に、優しげな目元。

 

年齢は五〇前後といったところだろう。

 

 

老人というには幾分か歳としが足りないかもしれないが、好々爺やといった感である。

 

 

円卓会議議長、エリオット・ウッドマン。

 

〈ラタトスク機関〉の創始者であり、琴里の恩人でもある人物だった。

 

 

「ご無沙汰しております、ウッドマン卿」

 

 

琴里は、踵を揃えて綺麗な敬礼をした。

 

 

「随分と活躍しているようじゃないか。円卓の連中も驚いていたよ」

 

 

「彼らは大仰に驚くのが仕事ですから」

琴里が言うと、ウッドマンは愉快そうにくつくつと笑った。

 

 

「まあ、そう言わないでくれ。彼らは彼らで、〈ラタトスク〉に必要な人材だ。……それより五河司令。〈灼爛殲鬼〉を使ったと聞いたが、大事ないかね」

 

 

「はい。ご心配をおかけしました」

 

 

「いや。随分と無理をさせてしまって申し訳なく思っているよ」

 

そう言って髭を撫でながら、静かな口調のまま続けてくる。

 

 

「……ところで、つい先ほど報告があったのだがね」

 

 

「報告、ですか」

 

 

「ああ。〈フラクシナス〉がDEM社製と思しき空中艦に襲撃されたらしい」

 

 

その報告は既に受けていた。

 

 

「ええ」

と首を前に倒す。

 

 

「聞いています。しかし、艦には神無月がいます。問題はないでしょう」

 

「そうだろうね。──どちらかというと問題は、もう一つの方だ」

 

「と、言いますと」

琴里が問うと、ウッドマンはしばし逡巡のようなものを見せてから言ってきた。

 

 

「……どうやら、君の兄上が、天使を顕現させたらしい」

 

「……!」

その言葉に、琴里はぴくりと眉を動かした。

 

こくんと唾液を飲み下し、一瞬にして激しくなった心臓の鼓動を抑えるように胸に手を置き、呼吸を整えてから言葉を返す。

 

 

「そう、ですか。──もう」

 

 

「ああ。恐らく、君の霊力の再封印がきっかけになったのだろう」

 

「……っ」

思わず奥歯を噛んでしまう。ウッドマンはそんな琴里の様子に気付いたのか、申し訳なさそうに顔を歪ゆがめた。

 

 

「……もしものときは、適切な対処を迫られるかもしれない。でなければ、せっかく封印を施した精霊たちに、また災いが降りかかることになる」

 

 

「承知……しています」

琴里が静かに目を細めると、ウッドマンがうなるように声を発してくる。

 

 

「……嫌な役を押し付けてしまって、すまなく思っているよ」

 

 

「いえ、仕方のないことです。……今後、もし最悪の事態に陥ったなら、」

 

 

そして、琴里は小さくうなずいてからその言葉を発した。

 

 

 

「──士道は、私が殺します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────暗い、暗い、闇の中。

 

 

 

 

紅白の巫女装束を着て、首筋に十字架のペンダントを提げている一人の少女は……唸りながらゆっくりと目を開けた…。

 

 

 

 

「……どこだ…?…ここは…」

 

 

 

 

 

『お、……起きたか』

 

 

 

 

目を覚ました少女を一瞥してから安心したように息を吐いたのは、右腕の無い一人の青年だった。

 

 

 

「……とうま…?…ここは…、どこ…。─────んん…っ、頭が痛い…」

 

 

 

少女はぼんやりとした意識の中で、青年を呼びかけると…頭を押さえた。

 

 

 

『説明してやっからまずは、起きろ』

 

 

 

 

そうして、隻腕の青年は数刻前の出来事を説明し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数刻前、異形郷。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左手に鉄製の手甲鉤を付け、片方の兎の耳が千切れているボロボロの兎の耳が着いた外套を羽織った少女は唱える。

 

「凍て付かせろ───【心氷爛漫(ペリエル)】」

 

 

 

 

虫食いに遭ったかのように所々に穴が空いている和装のような服を着て、先端に燃えた氷が付いている戦鎌をもった少女は唱える。

 

「壊しちゃえ───【永劫凍焰(リルズ)】」

 

 

 

 

 

仙女のような格好に錆びた釘を持った少女は釘を床にグサリと刺しながら唱える。

 

 

「従え───【絶枷隷(ドゥレイエル)】」

 

 

 

首や足に枷を付け、鎖鎌を右腕に巻きつけて、左手には薙刀を持った少女は唱える。

 

 

「実現せよ───【理槍遂鎖(バシレウス)】」

 

 

 

意味の理解できない言語を話し、穢れた翠色の魔女服を着た少女は唯一聞き取れる言語で唱える。

 

 

「奪え───【劫掠堕嬢(マモン)】」

 

 

 

形容しがたいほどに奇異的にうねった骨を服のように着ている少女は唱える。

 

 

「手管しろ───【廻獄極王(レヴィ)】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……チッ……。──おい、今から狭間の扉を開いてやる!お前らはそこに逃げろ!』

 

 

 

彼女らが悪意を顕現させた時。矛盾点は周囲にいる全ての人間にそう叫んだ。

 

 

 

 

「そんな気遣い要らないわ。───あの女達が来たってことはクラウンも来るってことでしょ?ちょうど良いわ、アイツラにやられた分、やってやるわよ」

 

 

 

「カチカチカチ!」

 

 

 

しかし、四人のうち二人は…矛盾点の提案を突っぱねると戦いを選んだ。

 

 

 

 

『…あぁ、もうっ…!分からず屋どもが、…死んでも知らねぇからな!』

 

 

 

 

「カチカチッ!」

 

 

「承知のうちよ」

 

 

 

まるで、あの異形郷のものたちとは思えない発言に矛盾点は笑ってしまう。

 

 

 

 

それを横目で見ていた基準点は自分にしがみついている少女を一瞥してから…ため息を吐いた。

 

 

 

 

『矛盾点!俺もやる、手伝うぞ』

 

 

 

「…う、……わ、…私もやるぞ!───ここで逃げたら我が主に顔向けできない…」

 

 

基準点が覚悟を決めた顔で言い、博麗霊夢は渋い顔で言った。

 

 

 

 

 

 

『……お前らもさっさと逃げ─────、もう良い…勝手にしろ。…』

 

 

矛盾点は憂鬱そうな顔で吐息して、目の前の少女たちを見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時、その場にいた者たちはほんの少しだけ〝油断していたのかもしれない〟。

 

 

 

だから、──分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私からやるねー!」

 

 

 

一人の少女がそう言うと、右手に持った戦鎌が形を変質させ、凍った炎が右腕に纏わりついていく。

 

 

 

そして、大きな筒状のような形になった【永劫凍焰(リルズ)】がその砲身に絶対零度の炎を溜め込んでいく。

 

 

 

 

「弱っちいやつは死んじゃえ……【永劫凍焰(リルズ)】────〈(ドーラ)〉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──────ッ…。』

 

 

その場にいた全ての人間は最初に避けようとした。あんなにも時間のかかる攻撃準備を見せられたら…少なくともこの場にいる者たちは簡単に避けられる。

 

 

 

 

けれど…────動かない。

 

 

 

 

思考がままならず、現在が攻撃の食らう瞬間で、どのような状況かは理解できるのに──〝だからなんなのか〟が分からない。

 

 

 

 

そして、氷点下のエネルギーが矛盾点たちを無慈悲に襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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永劫凍焰(リルズ)】────その能力は絶対零度の冷気の生成操作。

 

 

 

そして、コトリの放った〈(ドーラ)〉─────それは絶対零度の〝気体〟である。

 

 

ゆらゆらと揺らめく気体はもはや見ている者が炎と錯覚してしまう。だからこそ、〝絶対零度の炎〟。

 

 

が、本来ならば、絶対零度という概念に気体は現在存在せず、そもそも気体として存在していたとしても運動エネルギーがほぼ全く無く、今のように放ったとしても重力などで落下し、凝縮してしまう。

 

 

 

 

けれど、その常識にコトリの【永劫凍焰(リルズ)】とヨシノの【心氷爛漫(ペリエル)】は含まれない。

 

 

 

 

まず、実在気体は冷却すると分子間力により凝縮して液体・固体になってしまうため、絶対零度でも気体でいられない。

 

 

そのため、コトリは「分子間力が全く働かない」かつ「分子自身の体積がゼロ」という性質を持つ理想気体を霊力で生成し使用している。

 

 

 

 

しかし、それだけでは例え零点エネルギーがあるとしても砲として放つには不十分が過ぎる。

 

 

 

そのため…ヨシノは全てを凍結・停止させる悪意(てんし)────【心氷爛漫(ペリエル)】によって、〈(ドーラ)〉のが放出された際に加わる外部からの空気抵抗、摩擦、重力、浮力、それら全てを〝凍結・停止〟させている。

 

 

 

 

 

 

 

 

結果、「分子間力がない理想気体」「悪意(てんし)による無限の冷却効率」「運動エネルギーを阻害する全ての要因の排除」といった非現実的な前提を満たすことで、こうして〈(ドーラ)〉は部屋の中を冷やし尽くし、至る所が凍りついているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん〜…!ありがとねー、ヨシノちゃん。お陰で成功したよー!」

 

 

 

永劫凍焰(リルズ)】を戦鎌に再び戻すと、コトリは後方にいるヨシノに向かって親指を突き立ててグッドサインを送った。

 

 

 

「優しいネぇ。なんニも言っテないノにコトリちゃンの手助けスるナんて」

 

 

 

「黙れ殺すぞ」

 

 

 

 

「ワーこわ~イ☆」

 

 

ヨシノが嫌悪の視線を向けてくると、ヤマイはわざとらしく黄色い声をあげた。

 

 

「でも、〈(ドーラ)〉使うと寒くなるなー…。ミクさんが暖かくしてくれてるから大丈夫だけど…」

 

 

 

そんな掛け合いを聞きながらムクロはため息を吐き、口を開いた。

 

 

 

「全く、常に油断するなと言っているだろう」

 

 

 

「えぇ〜…だってぇ、私の〈(ドーラ)〉を防御も出来ずに受けて生きてる奴なんて見たことないしー」

 

 

 

「ムクロちャんハ心配シょうだねぇ、防御したなラまだしも…ヨシノちゃんノ能力でソれモ無くしてルんだヨぉ?コトリちゃんのこウ撃が直撃なんテしタら、クラウン様も死んジゃうカもしレないンだよ?無理ダってぇ」

 

 

 

その言葉にコトリはふくれっ面を作って反発し、ヤマイは肩をすくめて首を横にふった。

 

 

 

 

 

 

が、

 

 

 

 

 

 

「───どうやら、此度の敵はそう簡単には行かぬようだぞ?」

 

 

 

 たった一人ミクだけは未だに煙の晴れぬ〈(ドーラ)〉の着弾地点を見つめており、その表情は笑みになっていた。

 

 

 

 

「何を言って─────」

コトリが眉をひそめて尋ねてようとした瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『舐めやがって…。初見殺しにも程があるだろうが…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「…な…っ…」」」」

 

 

 

 

その言葉|が響き、二人を除いた少女たちは一斉に瞠目の声を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

煙が晴れる。周囲が凍り付き、衝撃で部屋が大破しながらも……声の主である男は左腕が凍傷になっている程度で済んでいた。

 

 

 

その上、男の背後に居た八雲紫や霊夢すらも…生き残っていた。

 

 

 

 

 

 

『つっめてぇ………。今すぐ風呂に入りてぇ……。』

 

矛盾点は完全に駄目となった左腕をさすりながらぼやく。

 

 

 

 

「………助かったわ…」

 

紫は感謝を述べるとそのまま手を振り上げ、能力を使った。

 

 

 

 

すると…部屋を襲っていた強烈な冷気は途端に常温をへと変わる。

 

 

 

 

「カチカチカチ…」

 

 

 

『……境界操作か…。』

ありがたいと思いつつ紫を一瞥する。

 

 

 

 

 

「彼は…?」

 

 

 

 

『…お前も分かってるだろ。───俺たちじゃアイツラに〝勝てない〟。本気を出した俺と、弱体化した異形ども…合わせてようやく撃退できるレベルだ。──さっきの冷凍ビーム食らう瞬間に避難させた…』

 

 

 

矛盾点は軽く伸びをすると、放念の息を吐き。そして、目の前の少女たちを睨みつけた。

 

 

 

 

 

「へぇ〜…凄いじゃん。まさか私の〈(ドーラ)〉を受けても死んじゃわないんだ」

 

 

虫食いにあったかのような襤褸襤褸の和装を着た少女はニヒヒと笑う。

 

 

 

 

 

 

『………紫、霊夢。───悪いが死を覚悟してくれ。逃げるだけならまだしも、時間稼ぎじゃあ…生き残れそうにないんでな…』

 

 

 

 

 

「………。こんなに早くから死を前提にしないでもらえる?─悪いけど私は死ぬつもりはないし、子供たちも死なせるわけにいかないのよ」

 

 

 

「カチカチカチ!」

 

 

 

 

『おま、えら……』

────紫の手はほんの少しだけ震えていた。…きっと…─────いや、違うな。そんな事は今は重要じゃない。

 

 

 

紫と霊夢からの鼓舞の言葉に矛盾点は唇の端を上げた。

 

 

 

『……ふ…っ…。そう、か…。そうだよな。…ああ良いぜ、やってやるよ…!』

 

 

 

 

 

矛盾点は【堕天噩譚(ルシファー)】を発動させると、そのまま少女たちに突貫していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な…、なななッ!───…壊れたのか!?皆死んでしまったのか!?……あー…、これでは我が主に見せる顔がぁぁ……!!!」

 

 

『うるっせぇ…』

 

 

基準点はある程度の説明を博麗霊夢にしてやったのだが、…落ち着くどころか博麗霊夢は更に興奮したように基準点の肩を揺さぶっていた。

 

 

 

 

 

「そ……、そうだ!…当麻は大丈夫なのか!?右腕がグシャってなってたじゃないか!」

 

 

博麗霊夢はハッとして思い出すと、基準点の右腕を恐れ慄きながら指先で触れ始めた。

 

 

 

 

『……義手が取れただけだから心配は要らないんだが…』

 

 

 

が、霊夢は基準点の声が届いていないのか…シクシクと泣き始めた。

 

 

 

「…当麻の腕がぁ…。なくなっちゃったぁ……うぅ……ぐすっ…」

 

 

 

『おーい!霊夢さん!?あの、ホントマジで、義手がなくなっただけなんで心配することはないってゆーか、…とにかく泣き止んでくれます!?』

 

 

涙が軽くトラウマになっている基準点は慌ただしく手を動かすと、霊夢を安心させるように頭を撫でていた。

 

 

 

 

 

 

 

すると、…その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

『──おー、やっぱ居たか』

 

 

 

 

『……は?』

不可解な状況に遭い、基準点は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

 

 

 

だって…、あの時…自分たちを世界の狭間へと強引に押し込んだ人物が…。狭間の扉も空いていないのに…やってきていたからである。

 

 

 

 

 

「……え、な……。い、生きてるぞ!矛盾点が生きてるぞ!どうなってるんだ当麻!?」

 

 

 

『あの、霊夢さーん…。取り敢えず一回黙ってもらってもよろしいでしょうか……』

 

 

更に肩を激しく揺さぶってくる霊夢に、嘆息を漏らす。

 

 

 

 

 

 

『で…、どういうことだよ。──お前命賭けて時間稼ぎしてくれたんじゃなかったのか?』

 

基準点はその男を一瞥しながら質問を投げかける。

 

 

 

 

『ん?あぁ、本体は多分死んでるぞ。』

 

 

 

 

『……は?』

 

あっけらかんと言ってくる矛盾点の言葉に…頭痛を感じてしまう。

 

 

『俺は異形郷の世界に来る前にデート・ア・ライブの世界に置いてきた分身体だよ。────なんとなく、自分が死んだことは分かってたんだが……あの俺がただで転ぶとも思えなくてな、こうやって狭間に来てみたらやっぱりお前らが居たってだけだ。』

 

 

 

「ほぉ〜…お前は矛盾点の分身体なのか…。全く違いが分からんぞ…」

 

 

 

 

『うるせぇ、というか何でお前も居るんだよ。───生き残って欲しくなかったんだが…』

 

 

「べ、別に私が生き残る分には良いだろう…。な…、ま…っ…まさか…、私は死んだほうが良かったのか!?─────うぅ…、ぐすっ……うわぁぁぁ…っ…。当麻ぁ!矛盾点が矛盾点がぁ!」

 

 

 

『ちょ…っ、バカ…っ…俺に抱きついてくんじゃねぇ…!』

 

 

 

 

 

 

 

『なーに夫婦漫才(めおとまんざい)してんだお前らは』

 

 

 

 

夫婦(めおと)なわけあるかッ!!』

 

 

矛盾点が半眼まで言うと、基準点はくわっと叫ぶを上げる。

 

 

 

 

『……まー…。本音で言うなら、お前みたいに主人公の香りを持ってるやつが居ると、ここにスポットライトが当てられるんだよ。───だから、一旦居ないほうが嬉しかったってだけだ』

 

 

 

「…ほ…、本当……か?」

基準点の胸の中から、チラリと視線を向けて確認を取ってくる。

 

 

『なんだお前。お前みたいな奴がそんな、態度とっても誰得じゃねぇから辞めとけ』

 

そんな霊夢に全くときめかない矛盾点はただ呆れたように言い放った。

 

 

「うぅぅぅ!やはりお前は嫌いだ!」

 

 

『……俺もそんな年にもなって幼児退行する奴は好きではないな』

 

 

 

「うわぁぁぁ! 当麻ぁぁぁ!」

そうして、霊夢はもっと涙目になって基準点に泣きついた。

 

 

 

『レスバで負けたからってこっちに当たってくるなよ!!』

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…お前も一応主人公だろ?世界の物語性も理解できるレベルのくせに、何でそんなん…なんだよ…。」

 

 

しかし、矛盾点の嘆息に…霊夢は基準点に抱き着きながらキョトンと首を傾げて返してきた。

 

 

 

 

「も、物語性…?───なんだ、それは…?」

 

 

 

 

『…………ん?』

 

思わず矛盾点側も腕を組んで首を傾げた。

 

 

 

『いや、お前。知ってただろ?…例えば、「幻葬狂」っていうお前の世界本来の名前とか、…だから世界の物語性を知って────』

 

 

 

 

 

「……?言わなかったか?私は教えてもらったんだぞ?」

 

 

そうして、会話の中で泣き止んだ霊夢は更に眉をひそめて言葉を返してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『教えて、…もら…った…?』

 

 

 

 

『おい、ちょっとまて!霊夢?!お前、それ本当か!?』

 

 

 

「あ、あぁ…。事実だが…」

 

先ほどとは反対に今は基準点が霊夢の肩を揺さぶっていた。

 

 

 

 

 

 

 

だけれど…それが本当なら────

 

 

 

『何で早く言わねぇんだよそれをッ!!!』

 

 

矛盾点は思わず叫びを上げた。

 

 

 

「…っ…。だ…、だって…聞かれなかった…し…」

 

 

 

『だってもクソもあるか!───滅茶苦茶重要なことじゃねぇか!』 

 

 

 

ガリガリと後頭部を掻きむしると、矛盾点は放念の息を吐き…深呼吸をした。

 

 

 

 

 

『どんな奴だった?』

 

 

 

 

「─────え?」

 

 

 

 

『その教えてくれた奴の情報を教えろ』

 

 

 

 

霊夢は妙に唸りながら悩んでいたが、矛盾点の鬼気迫る顔を見て…口をゆっくりと開いた。

 

 

 

「…その…あんまり…覚えてないんだが…。」

 

 

自信無さげに指をモジモジと弄りながら顔を俯かせる霊夢。

 

 

 

 

「どこか掴みどころのない女で…髪は…金髪…、目は…赤かった…と思う…。当時の私が珍しいと思うような…格好…で、確か…黒い帽子と…ゴスロリ?…と言うのか?そんな、服を着てた…。…あとは…変な…本を持ってて………名前は…すまん…覚えていない……」

 

淡々とゆっくり、霊夢は言葉を紡いだ。

 

 

 

 

『……?意外と覚えてんじゃねぇか…。──だとしても、そんな奴俺も知らねぇな…。知ってるか?基準点』

 

 

 

『いや、…流石に…始祖をずっと追いかけてからな…。他の世界の奴らはそこまで覚えてねぇよ…。』

 

 

 

 

 

 

 

 

更に謎の深くなった事実に一同はため息を吐く。

 

 

 

 

 

「……って、そうだ!聞き忘れていたぞ!そもそもここはどこだ!?…隠れるなら隠れるで…もっと…明るい場所が良いんだが…」

 

 

 

『あ?───ここは世界の狭間だよ。ここから色んな世界に繋がってるんだ。まぁ、望みの世界に行きたいなら座標を合わせないと行けないんだが………』

 

 

 

 

『まんまネザーだな』

 

 

 

『俺も思ったけど我慢してたんだから言うなよ』

 

 

 

 

 

「ね、ねざー…?」

 

 

 

 

『お前は知らんで良い。』

 

 

霊夢は…うぅ…と唸った後。ブンブンと頭を振ると…何か考えでも思い付いたかのように目をキラキラとさせながら矛盾点に向かって口を開いた。

 

 

 

「色んな世界に繋がっているのか!?」

 

 

 

 

『…?そうだが』

 

 

 

「つまりは、我が主の居る世界にも行けるのか!?!?」

 

 

 

『まぁ、行けるっちゃ行けるな』

 

 

 

「おおおぉぉぉ!!!???本当か!?」

 

 

 

『お前……一応…俺の本体とか異形郷滅んでるんだぞ…?───基準点はまだしも…お前は切り替え早すぎるだろ…』

あまりにも切り替えの早い霊夢に矛盾点は頬をピクつかせながら言葉を返す。

 

 

「そんな事はどうでも良い!我が主の元に行けるなら些末な問題だ!」

 

 

 

『……始祖が聞いたらブチギレるぞ……?』

 

半目で矛盾点が言うと、…霊夢はハッと肩を揺らし…興奮を抑えた。

 

 

 

「そ、そうだな…。あの世界の同胞たちが死んでしまったのはとても悲しいが…いつまでも嘆いても意味はない。……────さぁ、私を我が主の元へと連れて行ってくれ!!」

 

 

 

 

『───いや、連れて行くのは無理だが』

 

 

 

 

「え……」

矛盾点が何の声音も変えずに言った台詞に、絶句する霊夢。そして、又もよく分からん言語を発しながら基準点に抱き着いていた。

 

 

 

 

『本体が言ってなかったか?──今あの世界には障壁が貼られてんだよ。もう俺も戻れないし、強引に世界に入ったら…摂理に気付かれる。』

 

 

 

 

『だったら…お前…。何でこっちに来たんだよ……』

基準点は幼児をあやすように霊夢の背中をさすりながら矛盾点に視線を向ける。

 

 

『だってやることないし。それぐらいならお前の話を聞きに来たかったんだよ…。それに────基準点が居るなら最悪摂理に勝てるかもしれないからな』

 

 

 

『んなわけあるか…。お前の本体が即座に逃げの判断をする相手だぞ…?───俺が居た所で…』

 

 

 

『いーや?────お前が大事なんだよ。なんせ、始祖から【無盧無奥】を貸し出されてんだろ?お前』

 

 

 

『……………始祖の一割も使えてないぞ…?』

 

 

 

 

 

 

『ふふ…っそれは面白い冗談だ』

 

 

 

 

 

 

『冗談じゃねぇよ』

 

 

妙に爽やかな声で言ってくる矛盾点に、基準点はやれやれと嘆息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、そこで…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すぅ…───すぅ………すぅ─すぅ……すぅ」

 

 

 

そんな不規則な寝息が聞こえてきた。

 

 

 

『……あ?』

矛盾点は訝しげな声を出し、その声の主を見やる。

 

 

 

 

少女、博麗霊夢は…矛盾点に抱き着きながら静かに寝息を立てて眠っていた。

 

 

 

『…はぁ…。世話のかかるやつだ……』

基準点は言いながら微笑み、霊夢の背中を優しくぽんぽんと叩いた。

 

 

 

『…コイツ、…異形郷が滅んだこととかよりも…。始祖と会えないことのほうがショックなのかよ…』

 

 

少女の寝顔を見つめながら…、矛盾点ははあとため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だとしても─────

 

 

 

 

 

『霊夢に………幻葬狂と平行世界のことを教えた女…か。』

 

 

 

 

顎に指をあてがいながら思考を巡らせる。

 

 

 

 

 

 

そして、───『記憶を読み取ればいいだろ』

 

 

 

 

そんな安易な気持ちで霊夢の頭に触れ、簡易的にだが記憶を読み取った───────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………?誰よ、あんた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは何時ものごとく、庭の掃き掃除をしていた日のことだった。

 

 

 

 

 

気配も足音も匂いも何も無く、そいつは現れた。

 

 

 

 

 

 

『───不快にさせたのならば謝罪します、少しだけ不審ですけれど安心して下さい。私は貴方と話がしたいだけですよ』

 

 

 

日の刻が落ち始めていた今では、彼女はカラスのように見える錯覚をしてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きなつばをもつ、真っ黒な帽子。

 

 

 

全体的に黒を基調とした、フリルが多くあしらわれたゴシック調…またはロリータ風のドレス。

 

 

 

光を反射し、もはや銀に見えてしまう長い綺麗な金髪。

 

 

 

表面上は微笑んでいるが、心情は全く読み取れない端正な顔。

 

 

 

その瞳は真紅のような赤色だが、瞳孔は…彼女の不敵さを象徴するように黒く濁っていた。

 

 

 

 

そして、あろうことか…その少女は首に…明らかにチョーカーとは思えない…。動物用の黒い首輪を付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……っ…。何者…?ここに迷い込んだ人間───じゃ、ないわよね。…妖怪?それとも────」

 

 

この少女と対面をしてから冷や汗が止まらない。

 

 

自然と霊夢の声は不自然に上擦っていた。

 

 

 

『人間ですよ…。私は人間です。────えぇ、誰が何というと…私は人間ですよ。〝博麗霊夢さん〟』

 

 

 

 

「……なんで、私の名前を…知っ、て…。」

 

 

 

『今知っただけです。初対面ですから安心して下さい』

 

 

 

少女は霊夢を安心させるようににこりと微笑んでくる。───しかし、霊夢からしたらその微笑みは不審以外の何物でもなかった。

 

 

 

 

 

 

『さて…、───霊夢さん。私は一つ言いたいことがあるんです』

 

 

 

「話…?生憎だけど私は─────」

 

 

 

少女は霊夢の発言など意に介さず…一つの声音も上げ下げすることなく…言葉を紡いでくる。

 

 

『私はとある男性を探しています。───そして、この世界はその男性の能力が掛けられている、いいえ…掛けられた。と表記したほうが良さそうですね』

 

 

 

 

そう言葉を終えると、少女は黒い装丁の本を取り出した。

 

 

そして、それを一瞬だけ開いた後…すぐに閉じ、再びこちらを見据えてくる。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

『───なるほど、幻葬狂…と…言うんですね。心配しなくても大丈夫です、貴方にも記憶を上げますから…』

 

 

 

 

『最後に言っておきましょうか。私の名前は…………そう、ですね…、【転換点】。貴方がこの情報に耐え抜き、彼に会うことができたならば…再び会えるでしょう。では、さようなら………そして、目覚めて下さい…博麗霊夢さん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な…に、を…」

 

その言葉を最後に霊夢は境内に倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、霊夢は打って変わり、巫女仕事はきちんとするのだが……よく分からない主のことを町の人間たちに説き始めるようになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

それに加え、永遠亭の兎である鈴仙・優曇華院・イナバに妙に絡んだり、白玉楼で何かを探し始めたり、紅魔館のメイド長である十六夜咲夜の身を案じたり、新たにこの世界にやってきた別の巫女の教育などに力を注いでいたり、魔理沙に「…変な薬とか作ってないだろうな」等と奇妙なことを言うようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────そんな彼女が、とある日に…再び街の中で誰かもわからぬ主の事を説いている時に…隻腕の青年と出会ったのは…また別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 














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