『──はあ』
昧い闇い天蓋が空間を埋め尽くす黒の中。
何の特徴も無い青年は少女の頭部から手を離し、そんなため息を吐いた。
『で、なんか見えたか?』
そんな事を聞いてくるのはツンツン頭の隻腕の青年───基準点であった。
質問に『見えたんだがなぁ』なんて、濁したように答えながら青年、矛盾点はもう一度深いため息を吐いた。
『?』
その様子を見て基準点は小首を傾げるが、まず…矛盾点は先ほど見た記憶の中で最も印象に残った部分を思い返しながら『あのなぁ』と、基準点に指を突きつけていた。
『お宅さんはなにをしてらっしゃる?なぜに名前を名乗ってる?』
言うと基準点は『うげ』と分かりやすく嫌な顔をした。
『あの記憶も見たのか…?てか、お前の能力万能すぎだろ』
『はいはい、申し開きはどーでもいいですー』
矛盾点はぱち、ぱちと手を叩くと、再びため息を吐いた。
『お前が真実点みたいにある程度名乗る権利があるのは理解してるが…。真実点の場合は事情がちと違う。…名乗ってすぐ居なくなるならまだしも……』
言葉を切り、何度目かのため息を吐き…
『まさか、年単位で同世界に滞在。特定の個人と居続けるとか……。お前、どれだけ〝博麗霊夢〟の変化と変貌を促したか理解してるのか…?』
その事実を紡いだ。
『…っ』
基準点は目を逸らし、歯噛みした。
『わか…ってる』
そして、弱々しくその、反論を述べる。
まるで、叱られたガキのような反応に矛盾点は顔を押さえて、深い、深ーーいため息を吐く。
『別に説教がしたいでも責めてえ訳でもない。ただ、理解してるのかを聞いてんだよ。物事としてじゃなく、その〝結果を〟』
矛盾点の言葉にはまるで、"見たことのある"者としての重さがあった。
基準点が黙り、…未だに眠り続ける霊夢の方に視線を向ける。
それに対し、矛盾点は小さく吐息してから『俺は見たことがあるよ』と、ぼやき続ける。
『どっかの馬鹿は、同じ世界に滞在し続けた。結果的に人が変わりすぎて、【神理】の判断で世界線自体が消失し………〝大切な者を殺したと拗れたクソガキ〟をな』
しかし、言い終わってから矛盾点はガリガリと後頭部を掻き
『だぁー!もう!俺は別にシリアス雰囲気にしようとしてぇわけじゃねぇんだよ!』
と、ひとしきり叫ぶと。…深呼吸し、基準点と視線を合わせた。
『安心しろよ、基準点。お前が名乗っている程度なら壊れねぇと思うからよ』
『年数はどれだけ持つんだ?』
唐突な基準点の質問に矛盾点は目を丸くし、『んぁ…?』と、言いながらも
『さてな。少なくとも俺の年齢くらい一緒に居ても別に問題無いだろ』
そう返した。
しかし、基準点はその返答に眉をひそめる。
『いや、俺お前の年齢とか別に知らないんだが』
『え、マジで?』
『……何で知ってると思ってたんだよ…』
『……始祖と一緒に居るなら流れで教えられたかと……』
そんな問答を交わし、矛盾点は『あー…』と、額を押さえた。
すると……
『もしかして、じゃあお前…そこまで生きてもないか…?』
その予測をぶつけてくる。
が、意味のわからない基準点は『…一般感性なら長生きしてると思うが…』と返す。
その、〝普通過ぎる〟返答に矛盾点は『ダメだこりゃ』と項垂れる。そして、ぽりぽりと頬を掻きながら基準点と視線を合わせた。
『良いか、基準点。俺達異常からしたら、何億年生きようが何兆年生きようが何も変わらん。というかそんな単位で生きてない』
と、学のない子どもに言い聞かせるような口調で続ける。無論、基準点は『……』と、何とも言えない顔になるが。
『良いか、基準点。俺は大して頭も良くないからあんまり説明させんな。そして、頭の悪い単位を言うが絶対に俺を非難するな。俺はなんにも悪くない』
と、ぐだぐだと前置きを置いてから咳払いし、その〝単位〟の説明を始める。
『俺たち異常の生きる時に使う単位、それは』
固唾を飲み込み、続ける。
『〝周期〟──一周期で10の9999無量大数乗。10の0の後に9999無量大数個の0が続く単位だ』
と、結論を述べた。
直後
『はぁぁぁぁ!?!?』
その、驚声を見越していた矛盾点は…半目になりながら耳に蓋をしていた。
『るっせぇなぁ…。数学的に見りゃあそんなにデカい数字でも無いだろうがよ…』
しかし、そんな言葉で止まるわけもなく基準点は手を横に振っていた。
『いやいやいや、おかしいだろ!なんだその頭おかしい数字は!』
『おいおい、こんな桁で色々言ってたらグーゴルプレックスとかグラハム数とかレイヨ数とか、もっと怪物じみた物あるだろ』
『その……グーゴルなんとかは知らねぇけどその単位は数学的に表してるだけだろ!実際に生きてるのとは違うだろ!』
そこまで言い合ってから矛盾点は他の長寿キャラを挙げようとしたが『それもそうだな』と、反論を辞めた。
けれど
『いや、そもそもお前なんでそんな単位の事とか知ってんだよ』
と、基準点は呆れながら矛盾点にそうツッコんでいた。
『んぁ?そういうのは調べたくなる時期とかあるだろ。いやさ、調べてみたら案外面白くて頭に残ってよ。あれなんかね、あれを作った数学者はとにかく大きくしたいんかね。調べる毎にそれより大きい数〜…って、出てくるんだよ。絶対に覆せねぇから不可説不可説転だっつってんのにそれより大きくしてどうすんだよ』
基準点からの質問に言葉を返し、ぶつぶつと独り言をぼやくと…矛盾点は息を吐いた。
『話を続けるが。……俺達異常はその、周期で寿命を約で表してる。例えば、お前なら1周期も生きてない0周期。真実点は約5周期を生きてる。とまぁ、そんな感じだ』
『え…アイツそんなに生きてんの…?』
あの少年のまさかの寿命に素の声が出るが『じゃあ』と言って矛盾点に尋ねる。
『お前の年齢は?』
その質問に数瞬の間視線を彷徨わせた後、最後のため息を吐くと。
『約30周期』
と、至って端的に。至極小さく。言葉を紡いだ。
『真実点の…6倍かよ…』
その答えに基準点はドン引きの声を上げ、眉根を下げていた。
『く…くく…っ』
『……?』
しかし、矛盾点の反応は予想とは裏腹にくつくつと笑い始めた。
更に基準点が眉をひそめると矛盾点は答え合わせのように唇を開く。
『……俺程度を長寿だと思ってるからよ。ホントに始祖の寿命知らなかったんだって思って笑ってたんだよ。……因みにだが、始祖の寿命は
約、17万周期だ』
『──は?』
矛盾点が紡いだ答え、に基準点は心の底から素っ頓狂な声を上げていた。
『じゅうな…、え。1周期で……。え、は。しかも万。……は?』
『はいはい。そんなに深く考えるな。考えるだけ無駄だし頭馬鹿になるぞ』
混乱する基準点を他所に矛盾点は肩をすくめてから『んじゃ、さっきの話に戻るが』そう言うと
『お前は一応始祖や真実点みたいに自分の力を抑えてる。だから、よほどの力を解放しない限り壊れねぇって言ったんだよ』
ようやく結論を教えていた。
基準点側も混乱する情報が多過ぎたからか、ガリガリと後頭部を掻いたが……取り敢えず『分かったよ』と、納得の声は上げた。
しかし…基準点はふと、思った。そして、思った瞬間には口に出ていた。
『なあ、矛盾点』
唇を震わせるように紡いだ言葉に『なぁ〜んだよ』と、軽薄な様子で返す矛盾点。
『何で…そんな年数生きてて…〝生きてられるんだ?〟』
『?』
しかし、矛盾点はその質問の意図が分からないからか、素で目を丸くしていた。それを察した基準点は『あぁ、悪い』と言うと、砕いた説明を始める。
『だって、17万周期なんていう年月過ごしてたら…〝記憶〟がとんでもないことにならないか?』
と、基準点側も上手く説明できないのかふわふわとした言葉を紡ぐ。
が、矛盾点は基準点の〝世界〟が頭に浮かび『ああ、なるほどな』と、視線を合わせる。
『確かにな。お前からしたら不思議か。膨大な年月の記憶を得て、何もなさそうな人間は』
そう、矛盾点は言いながらからからと笑うが
『………』
『悪かったから右手を見せてくんな。普通にそれ俺トラウマなんだよ…』
無言で右手を顕現させ、掌を向けてくる基準点に対し、矛盾点は軽口でありながらも物珍しく冷や汗を流しながら宥めるように言っていた。
『はぁ、言い方に悪意を感じたからな』
『悪かったって……』
基準点は一息つくと、『それで』と言って…話の続きを催促する。矛盾点も『ああ』と、続ける。
『予測になるが……始祖は何らかの力で記憶容量を増強させて…記憶能力も変質させてる。決意か、覚悟かで言えば……決意だろうが…』
言い終えると『記憶だけの力ってなんだよ』と、嘆息していた。
すると……パチンッ、と手を叩き、矛盾点は唇を開く。
『小休憩だけのつもりだったけど、散々話したなら…そっちの「俺」が経験したこと教えてくんね?それが気になって仕方ないんだが』
今更過ぎるその質問に基準点は『そう言えばそうだったな』なんて思い返しながら
『俺は説明上手くもないし、会ったのはほんとに少しだけだぞ?』
と、一応の保険をぶつぶつと言いながら
〝それ〟を言っていた。
まず、異形郷でのマヨヒガでの出会い。
次いで交わした、異形郷が始祖の幼い頃に居た世界だということ。
次に、紫さんたちに自分たちエラーの事を話し、博麗霊夢には現在判明している始祖の〝覚悟〟と〝決意〟を全て教えたということ。
そして、矛盾点が始祖の居る世界に障壁(?)があることを言って、入れなくなった事。
次に、始祖の現在の実力的な話になり、矛盾点が出自能力を紫に尋ねていたこと。
その話の解決になるかもしれない、と、霧雨魔理沙の〝日記〟を紫が出してくれたこと。
自分はその日記を見なかったから理由は不明だが、矛盾点は紫に「姉」のような存在が居たかを尋ね。
次に自分に〝盗聴対策〟の為にわざわざ念話で【始祖が一度巡った事のある世界を知らないか】と、聞いてきたこと。
最後に、恐らく矛盾点は始祖の重要な〝ナニカ〟に気付いたようなのだが……
6人の侵入者によって先ほど言った通り、矛盾点は死亡。自分たちは狭間に投げられ、くっついていた博麗霊夢もついてきたこと。
……矛盾点が死んでしまうほどの敵ならば、異形郷は既に壊滅状態であること。
──という、大まかな事を話し終えた後
『お前がある程度俺に情報共有してくれれば話せたんがな』
半目で嘆息をしていた。
『…だって俺知らねぇし。俺関係ねぇし』
その戦犯具合に流石の矛盾点も歯痒さを感じたのか、目を逸らしていた。
しかし、話をまとめ始めた矛盾点は『うーん』と、腕組みしながら唸り声を上げた。
基準点が『どうした?』と、声をかけると『あぁ、いや…』と、どこか濁したように返答をする矛盾点。
が、『たぶん…そうだよな…』
『?』
矛盾点は何か確信めいた重さの言葉をぼやくと、ゆっくりと唇を開く。
『俺はずる賢い。それはもう、とんでもなく、な』
『だからなんだよ』
そんな前置きに基準点は更に困惑を深める。
『俺が〝足止めで死んだ〟なんて、あり得るか?』
生存に特化した〝あの〟自分がただで死ぬわけがないと、一種の信頼のある者の問い掛けだった。
『…?お前は死亡を感じたから来たんだろ。それに、あいつが死んだのはお前って言う一種の不意を残してたからじゃねぇのか?まだ、異形郷を襲ったアイツラが何者かは分からねぇけど話的には【クラウン】って奴と一緒に始祖を襲った奴らと同一人物たちだ。そいつら視点だと〝お前〟はもう死人になってる。それがあいつの真意じゃねえのか?』
しかし、何故か整合性の取れない矛盾点の発言に基準点は小首を傾げていた。
コイツは言っていた。
【俺は異形郷の世界に来る前にデート・ア・ライブの世界に置いてきた分身体だよ。────なんとなく、自分が死んだことは分かってたんだが……あの俺がただで転ぶとも思えなくてな、こうやって狭間に来てみたらやっぱりお前らが居たってだけだ】
〝矛盾〟───とまでは言わないが、食い違っている。コイツはこの時点で自分の本体の死亡理由がある程度理解していたはずだ。
……。
『お前、……なにを…言ってるんだ…?』
基準点は突如、完全に警戒を顕にし、矛盾点に問い掛けた。
おかしい。名状し難い異質感がある。コイツは明らかに何かを隠している。
『おいちょっと待てよ。そんな雰囲気じゃなかったろ。単純に、〝俺〟はこれだけの為に死んだのか気になっただけだって』
『質問に、答えろ。矛盾点』
肩をすくめる矛盾点に対し、構わず基準点は固唾をのみ込んでから唇を開く。
『お前は、何をしにここに来た』
『……言ったろ。〝俺〟が何をしたかを確認するために来たんだよ』
『……じゃあ、お前がいた世界で何を見てきた』
その質問に、矛盾点は暫し沈黙した後、『はぁ』とため息を吐き
『別に何も?……強いて言うなら…クラウンの強さを確認してきた程度だが……分からないことのほうが多いからな。あのまま始祖の居る世界にいたくもねぇし、本体が死ぬなんてどういう状況だ…って、考えて戻って来たんだよ』
手をぷらぷらと振りながらつまらなさそうに答えた。
しかし、『………わけがわからねぇな。お前は本体と記憶が共有されてるわけじゃない。記憶の共有はその世界で別れた時点で途切れていて、そこからは独立した記憶と思考を持ってるはずだ。じゃあ、何故────〝俺達がいることを前提にした?〟』
ジロリと、矛盾点を睨めつけたまま、基準点を言葉を紡ぐ。
『…………』
矛盾点が押し黙るのに構わず基準点は続ける。
『ここに来た直後、お前は【やっぱ居たか】と、言った。まぁ、自分自身に何かをあったのならば〝摂理〟に勝つ手札が用意されていた、と解釈もできる。まだ核心はない。
次に俺は何故時間稼ぎをしたのにここに居るのかを問うと、自分は既に死んでいる、と答えた。多分、と付け加えてな。
【あの俺がただで転ぶとも思えなくてな、こうやって狭間に来てみたらやっぱりお前らが居たってだけだ】と、言っていた。つまり、〝俺達がここに居たのは予想外だった〟ってわけだ』
そこまで言うと、更に矛盾点は眉をひそめる。しかし、基準点は紡ぐ唇は止めない。
『お前は〝コイツ〟───本来ならば異形郷に居ないはずの博麗霊夢を知らない。なのに、【というか何でお前も居るんだよ。───生き残って欲しくなかったんだが】そう言った。
おかしくないか?ここでお前は〝生き残ってほしくなかった〟なんて言葉を選ぶわけがない。だって、異形郷に居たなんて知らないからな。だけど、この発言もこちら側に起きた事をある程度理解していたから…とも、捉えられる。
が、その後もそうだ。このバカのポンコツさを見たお前は主人公のくせに何故そんなにも脆弱なのかを言い、霊夢が逆に問い返すと。【いや、お前。知ってただろ?…例えば、「幻葬狂」っていうお前の世界本来の名前とか、…だから世界の物語性を知って】…と、言った。
そこで、霊夢が〝未知の存在〟から教えられたと。言った時お前は【何で早く言わねぇんだよそれをッ!!!】と、叫んだ。ああ、おかしいよな。
最後に決定的な〝矛盾だ〟。障壁があるせいでもう、元の世界には戻れない。という話をした時、じゃあなぜ、その場に留まらなかったのかを言った時。
お前は、【だってやることないし。それぐらいならお前の話を聞きに来たかったんだよ…。それに────基準点が居るなら最悪摂理に勝てるかもしれないからな】
そう、返した。…なぁ、答えろよ矛盾点。何でお前は〝俺達がいる前提で帰ってきたと言った?〟』
基準点は…未だに眠る霊夢を庇うように腕を広げ、警戒を最大限に高めていた。
『俺は───』
『昔の話にはなる。だけど、俺は始祖の隣で何度も見てきた。お前が…憎悪と執着で始祖の命を狙う瞬間を………』
そう言いかけた矛盾点の言葉を堰き止め、更に言葉を続ける。
『あの時、真実点に狙われかけた俺を助けて【別に信じられなくてもどうでもいいんだけどよ。こちとらもう飽き飽きしてんだ、あのクソチーターと殺り合う気なんてさらさらねぇよ】そう言った。異形郷で会った時も、何もしていなかったし、その上…紫さんたちがいた。だから、敵意は見せなかった』
拳を無意識に握り締め、歯を噛みしめる。
『お前は知ってる。始祖の奴が最も〝絶望〟する瞬間を。……もし、俺達側が摂理に勝ったとしても。……次の瞬間にお前が始祖の大切にする者達を全員皆殺しにすれば…………』
深呼吸をし、言葉を切り
『どうなるかなんてすぐにわかるし。お前には〝それ〟が出来るだけの力と〝覚悟〟がある』
そうして、言葉を言い終え…「答えろよ。記憶を保持できるにしろ、お前は何で嘘をついた」と、問うた。
しかし、矛盾点は『はあ』と、ため息を吐くと。
『嘘を見抜かれるなら見抜かれるで……なーんで、こんな形になるかねぇ…。というか、今回過去回想なんだが?こんなのに時間使われたくねぇんだが』
いつもの調子で肩をすくめていた。
すると、基準点は『はっ』と、鼻で笑いながら視線を合わせる。
『お前が〝そういう用語〟を出す時は、とんでもなく余裕があるときか。逆に余裕が無くて…必死に糸を手繰り寄せているか、の二択だ。さて、お前は…今、どっちだ?』
『…………ち』
流石の矛盾点もここまで来たら観念するかしないと考えたのか、両手を上げ…頭を横に振った。
『わーった、分かったよ。こんな勘違いで戦闘になるなんてバカバカしい。教えてやるから聞け』
ガリガリと後頭部を掻くと、深いため息を吐き、目つきを変えた。
『…………答えは───事情があって〝言えない〟』
そして、出てきた答えは…基準点の予想だにしないものだった。
『は……?』
ここまで、言われて、疑われて、『言えない』。そんな返答をするだなんて思わなかった。
武力行使か、しらばっくれるか、正直に理由を話すか。
その3択程度だと思った。停滞を選ぶだなんて、思考にない。からこそ、素っ頓狂な声が出てしまう。
『おま、え…自分で、…何言ってるのか…理解してるか…?』
喉から震えた言葉を漏らすように紡ぐ基準点に対し、どこまでも矛盾点は冷静に揺るぎなく『ああ』と返す。
『分かってるさ。この答えがどれだけ異常かはな。だけど、言えない。絶対に、だ』
『…………』
『……ま、お前の疑いたい気持ちも理解できるさ。なら、疑い続けたら良い。お前には力があるだろ?』
基準点が沈黙を返すと、矛盾点はからからと笑って返してくる。
『お前には沢山の推測があるだろうが。その全てに付き合ってやるほど俺は時間がないんでね。さっさと、博麗霊夢の記憶を見ないといけないだよ』
ゆらりと一歩、あゆみ出る。
『何か変なことしたら……即座に〝飛ばす〟からな』
基準点からの物珍しい殺意に『へいへーい』と、返しながら矛盾点はしゃがみ込み、霊夢の額に触れる。
そして、記憶にひたる直前。内心で思う
(別に記憶見てるのがコイツだけ、なんて言ってないんだけどな)
と。
◆◇◆◇◆◇◆
「ぜ…ぇ、…は…ぁ…」
その、未だに長く続く石段の中。
『……おまえ…な』
額に滲む汗を拭いながら……背中に居る少女に基準点は呆れと憐れみが混じった声音でぼやく。
数分前、上条当麻の意図しない軽薄な言葉により空のジェットコースターの旅が開始したのだが、なまじ体力を使って登り切る前に霊夢は──
「うげぇ……気持ち悪いぞぉ……とうまぁ…」
と、明らかに少女としてやってけない容貌になっていた。
顔つきは真っ青で、今にも色々とやってしまいかねない。
『頼むから吐くなよ…?マジで。本当に捨ててくからな…?』
「頑張る。…………ぶっ、ぐぐ」
『泡を吹くなよ…。………ていうか、身体弱すぎだろ。自分の能力で酔うって何だ…?』
あやすように揺らしてやりながら、当麻は階段を登り続ける。
上を見上げても、今のところ、ザラついた石段以外何も見えない。
「こんなにも……」
と、霊夢は呻きながらも言葉を返してくる。
「──速度が出ると思わなかった…。わたし…すごい…」
『なに卑下に見せかけて自画自賛してんだオイコラ。今すぐ降ろすぞ』
ここまで、弱まってもスタンスの変わらない霊夢に呆れながらもツッコミで返す
「わたしを……おんぶできる、など……。光栄の極みだぞ……わた、しからの…賜りを受け給え…」
『分かったからもうノリで喋んな。てか、賜りを受けるってなんだよ。頭痛が痛いかよ』
余りにも脊髄で喋る霊夢に嘆息する当麻。
そして、「すぅ…すぅ…」と、背中の中で寝息を立て始める霊夢。
『良いご身分なこった……』
と、ひとりごちながら……霊夢の横顔を一瞥し、小さく微笑んだ。
しかし、次の、瞬間。
………。
背後に、何かが、立っていた。
ぞわり…と、背筋を震わせる。根源的な〝邪〟の気を纏っていながら、神にも似た存在の重さを持っていた。
『…………』
見定め、られている。
何を…?分からない。
だけど、後ろの〝コイツ〟は何を見ている。
それだけは何となく理解できた。
……るわり……。
言葉と形容できるのか分からない、耳に響くこともない、異質な声音で〝何か〟を紡いだ後。
それは、消えた。
『……っ…。…はぁ……っっ』
次いで、当麻は……肺に溜まった息を吐き出すように俯いた。
ちらりと、一瞥をすると……どうやら、霊夢は何も気付いていないらしい。
警戒と安堵を同時に抱きながらも……進み続けるしかない。
そして、歩み続け、歩み続け。
『はぁ…はぁ………──あ…?』
辿り着いた光景に、当麻は瞳を揺らす。
境内に足を踏み入れた瞬間、肺に絡みつくのは神社特有の線香の匂いなどではない。錆びた鉄と、雨上がりの土が腐ったような、鼻を突く死の香気だった。
『……そりゃ…そうか…』
思わず、納得したような、諦めたような言葉が出てしまう。
こんなところが、まともな理由がない。神社という神聖な場所というイメージのある場所ならば……可能性があると思ったが、あるわけがなかった。
拝殿の格子戸の奥からは、無数の『何か』が見つめ返してくるような錯覚を覚える。
こんな場所に長い所滞在はしたくないSAN値がゴリゴリ削られている。できれば、さっさと…目的の承諾を受けて次の場所に生きたい。というか霊夢にはさっさと、起きて歩いてほしい。
と。
『………っ、おでましかよ…』
目の前に一人の、…ボロボロの巫女服を着た女が現れた。
霊夢とは違い、青と白を基調にしている。しかし、異様なのはその相貌だった。
湿っているのか、妙に地肌に張り付いている長い髪の毛。おかげで、顔つきを確認するのは容易ではなかった。
身体そのものを伸ばしたかのように、体つきは細く、腕や腰辺りも長かった。
先程会った能面野郎よりかはまだ耐えられる容姿だが……
と、そこまで考えて当麻は……『あ』と、声を上げていた。
あの時、クソ長い階段を登っている最中に会った……邪神。アレと、何か似ている。……けれど、いや、違う…?だが、明らかに似ていた。
しかし、そんな当麻の内情を知ってか知らずか、目の前の〝邪神〟はゆらりと背を向けると……足音も立てずに歩き出した。
まるで、……付いてこい。と、言わんばかりに。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
壁を指でなぞれば、湿り気を帯びた粘膜のような肌触りの木材があった。
外観と周囲がアレほどまでに悍ましかったのだ。一体中はどんな地獄絵図なのか、と思ったが。
この手長女に案内された、円型のテーブルを中心に置いた居間(?)のような場所は以外にも小綺麗であり、色彩という物が生きていた。
そして、すぅ…と、手長女は自分たちから見てテーブルの対面に回り込むと……静かに正座で座り込んだ。
「…………」
骨張った長く青白い人差し指をくいっ…と下げる。
『座れ』というハンドサインだとは何となく理解できた。どっかの誰かさんみたいに対話ができないわけじゃないらしい。
それが確認できただけでも安堵物だ。
当麻は未だに背中に乗せている霊夢を傍らに降ろすと……
「……んぅ…っ」
霊夢は器用に丸まり、座布団の上で眠った。さながら猫である。
そして……霊夢から視線を外し、目の前の〝異形〟を見据える。
「…………」
『……………』
────。
────────。
────────────。
『……あー…』
あちら側から喋ってくれないため、なんと言って話を切り出せばいいか分からず当麻は頬をポリポリと掻く。
しかし、手長女がテーブルの上をトントンと、軽い音を鳴らした直後。
───貴方のお名前は?
赤黒い、凝固した血のような色合いの文字がテーブルに浮かんできた。
原理はよく分からない。なんだこれ。けれど、答えなければ……
『……俺は……〝基準点〟』
そう思い、いつものように名乗った。
「…………」
一瞬、押し黙ったが。さして構わず手長女は再び机を叩いた。
貴方たちのことは聞いている
文が出てきたと同時に、続けて。
それで、ここに滞在をしたい、と。言っていたとも聞いている
と、文が現れる。
『………』
合ってなくはないが、俺はさっさとこのバカの言う「主」に会えればどうだって良いのだが…。しかし、紫の言葉もある。
『ああ、そうだ。だから、許可を貰うために巡ってる』
こくりと、頷き首肯する。
しかし、……それは出来ない
コン、と…指で机を震わせ、…ゆらりと、髪のなかに潜む瞳で当麻を見据えてくる。
『……なぜ…?』
沈黙することなく当麻は質問を返す。
すると、手長女は─────
ゴンッ
私〝たち〟は外来者が絶対に許せないからだ
指を机に叩きつけながら、文字が現れる。しかし、その文字も後半はのたうったようにミミズ文字になっていた。明らかな〝憤怒〟が感じられる。
決して、相手の雰囲気に呑まれれぬよう、深呼吸をしてから……唇を開く。
『紫さん似たような事言っていたが…何で、そんなにも外来者───外から来る存在をお前らは嫌うんだ?』
憎いからだ
もはや、指を叩くこともなく間髪入れずに机にその血文字が浮かび上がった。
『……その───
…………大切なものが殺されたから
質問を先に読んでいたのか『その理由は…?』と、問う前に答えが浮かび上がった。
そして、浮かんだ文字の意味を理解し、唇を噛みしめる。
なにより、印象が変わった。
人とも思えぬ化け物ではない。少なくとも、今、目の前にいる女性は、一人前────否、それ以上の〝人情〟は持ち合わせているらしい。
『殺され…、た…?』
言動は思考に追いつかずオウム返しをしてしまう。
しかし、その直後。当麻は思い知ることになる。目の前いる、彼女、は。特定の個人にのみ人情を持ち合わせるのみで、それ以外には………見た目通りの感慨しかないことを。
その、オウム返しに手長女は左手を広げ、顔を覆うように押さえた。
……ああ、そうだ。殺されたのだ。それを思い出すたび、私の胸の奥で『何か』が産声を上げる。それは憤怒などではない。もっと湿り気を帯びた、どす黒い粘膜のような、名状しがたい餓えだ。視界の端が、あいつの鮮血と同じ色に焼き付いて離れない。まぶたを閉じれば、裏側にこびりついた犯人の指先が、肉を裂く感触が、スローモーションで再生される。爪を噛み切り、指先から血が滲んでも足りない。この指をあいつの眼窩に突き立て、その温かい眼球を奥まで指先でかき回し、視神経を引きずり出した時の手応えを想像するだけで、胃の腑の底から甘美な痺れがせり上がってくる。あいつの臓腑を一つずつ生きたまま引きずり出し、それをあいつ自身の口に詰め込み、己の死を咀嚼させたいのだ。あいつが流す涙の一滴、絶叫の一音までを瓶に詰め、永遠に私の部屋に飾っておきたい。骨の一片すらも逃がさず、粉々に砕いて私の血肉に混ぜ合わせ、未来永劫、呪いの苗床として飼い殺してやる。殺してやりたい殺してやりたい。それが、私の憎しみの理由だ。憎悪の訳だ。理解したか?〝外来者〟
「…………ッ」
テーブルだけでは足らず、壁一面を覆い尽くさんばかりに血文字がミミズ走りにのたうちまわっていた。
そして、血文字という名の〝憎しみの顕〟が今も部屋を地獄絵図に変えている中。
手長女は…人さし指を当麻に向けると〝試練〟の開始の言葉を紡ぐ。
私の呪いは私にとっての〝悪〟を目の前から消す。お前が私にとっての〝悪〟でないことを証明するならば……
私の呪いを一度、耐えろ
その、死刑にも、等しき宣告を。
お久しぶりです。
一応こんな小説にも待っているお方が居たと思いますので遅すぎる投稿に謝罪を。
気付いたら恐らく変態でしょうが、時が経ちすぎたせいか文章の構成がかなり変化しています。上手い下手は関係なく変わりすぎて別人になってしまいましたね。
さて、備考ですが。
もし、基準点さん方が竹林以外に転移していた場合。
基準点さんの右腕を辿って妖精さんや異形が寄り付く
↓
なまじ霊夢さんが異形を消滅させようとしてしまう。
↓
サナエさんに祟られ少なくとも霊夢は死ぬ
となるので、直接マヨヒガに飛ぶか、霊夢が攻撃するよりも早く基準点が泰平郷に転移しなければなりません。
さて、続きは多分きっと恐らく早く投稿されると思いたいです。
お楽しみに〜