デート・ア・ライブIF 【エラー】   作:セルヴェイエ

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久方ぶりの投稿です。

ここからはキモいぐらい速くなる……と思いたいです。




泰平郷編 【夢の終わり】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………。

 

 

 

 

…………。

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

そこで、青年は吐息する。

 

 

 

 

『はぁ…嫌なもの見た…』

 

矛盾点は頭を押さえ、辺りを見渡す。

 

あの猿真似野郎が来たせいで頭痛がヤバい。

 

というか霊夢たちの記憶が全く見れてない。

 

まったく…過去編ぐらいしゃんとさせろってんだ。

 

 

 

そして

 

 

 

…………。

 

 

 

 

僅かに矛盾点は考え事をして、

 

『ま。だからこそ俺は〝矛盾〟点なんだしな』

 

そんな事を誰に向かってかも分からずぼやいた。

 

 

 

そして、矛盾点は眠る二人を視界の端で見据え

 

『もうさっさと終わらせよ。引き延ばしすぎなんだよクソが』

 

ぶつぶつと文句を垂れながら【堕天噩譚】を発動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

小さな電子音が、静まり返っていた森の奥へ乾いた余韻を残して響いた。

 

それは機械的で無機質な音だった。

 

まるで何かの照準が定まったことを知らせるような、冷たい合図。

 

その直後だった。

 

――ドドドドドドドドドッ!!

 

空気そのものを裂くような轟音が、一斉に炸裂する。

 

耳をつんざく連続射撃。

 

機関銃が火を噴くような音。

 

重々しい大砲が放たれるような爆音。

 

鋭く空気を切り裂くライフルの発砲音。

 

それらが混ざり合い、森全体を巨大な戦場へと変えていた。

 

否。

 

混ざっている、という表現ですら足りない。

 

その全てが同時に放たれている。

 

何十、何百という銃火器が一斉に牙を剥いたかのような圧倒的な制圧射撃。

 

木々は震え、地面は爆風に煽られていく。

 

その嵐は数十秒にも渡って続いた。

 

そして。

 

まるで最初から何もなかったかのように。

 

唐突に静寂だけが戻ってくる。

 

耳鳴りだけが、その激しさを物語っていた。

 

「もくひょお……ちんもく?」

 

幼い子供のような舌足らずな声がぽつりと漏れる。

 

声の主は〝妖精〟だった。

 

下半身は巨大な蛇のようにしなやかな肉体を持ち、その鱗とも皮膚ともつかない表面はぬらりと不気味な光沢を放っている。

 

上半身は少女そのもの。

 

しかし、その腕だけは異様だった。

 

肩口から先は完全に一丁のライフルへと変貌しており、生物と兵器が無理矢理融合したかのような禍々しい姿を晒している。

 

少なくとも〝普通〟という言葉から最も遠い存在だった。

 

そして、その妖精たちの中央。

 

一人だけ静かに立つ少女が、ゆっくりと首を横へ振る。

 

腰まで届く艶やかな長髪。

 

幾重にも重なったフリルを纏う愛らしい服装。

 

一見すれば人形のように可憐な少女。

 

だが、その顔には人間として決定的に欠けているものがあった。

 

鼻がない。口がない。

 

感情を表す器官すら存在せず。顔の中央にぽつりと、一つだけ。巨大な隻眼が目標を見つめていた。

 

ぎょろり、と。

 

その瞳だけが周囲を見渡し、生物とは異なる意思を宿している。

 

彼女もまた、人の理解が及ぶ存在ではなかった。

 

「油断をしないようにしてください」

 

静寂を破ったのは、刈安色の髪を揺らす妖精――デンカだった。

 

目を細めると、周囲へ向けて静かに告げる。

 

その声音に焦りはない。

 

だが、確かな警戒だけが滲んでいた。

 

「紫苑さんによれば、彼らは彼女の祟りを乗り越えています。油断しないでください」

 

その言葉が森へ溶けていく。

 

そして――

 

まるでその忠告へ応えるかのように。

 

煙の向こうから、一人の少女の声が静かに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

爆ぜる音は、確かにあった。

 

耳を裂く轟音も、地を揺らす衝撃も、火薬の臭いも。

 

森を飲み込むほどの銃火は、間違いなくそこへ降り注いでいた。

 

だが――。

 

そこには、何一つとして"結果"が存在しなかった。

 

土は抉れていない。

 

木々も傷付いていない。

 

まして、人影が吹き飛んだ形跡などどこにもない。

 

まるで、撃ち込まれた弾丸という存在そのものが最初から世界に存在しなかったかのような、不自然な静寂だけが広がっていた。

 

その静寂を破ったのは、一人の少女のため息だった。

 

「全く、油断も隙もない……」

 

 

呆れ半分。

 

感心半分。

 

 

そんな声音だった。

 

片手をゆるく持ち上げたまま、少女――博麗霊夢は背後へと視線を向けている。

 

その表情には焦りなど微塵もない。

 

まるで、最初からこの程度の奇襲など予想していたと言わんばかりだった。

 

『おい待て……なんだよアイツラ……』

 

その後ろでは、上条当麻が思わず顔を引きつらせていた。

 

反射的に振り返った先。

 

そこには大小様々な異形が、木々の隙間からこちらを見下ろしている。

 

腕が銃になった者。

 

蛇のような身体を持つ者。

 

人型ですらない者。

 

この世界の言葉で表すなら、異形…

その一言で片付けるしかない。

 

 

だが、それにしたって種類が多すぎた。

 

一体一体がまるで別種族。

 

同じ妖精という括りで済ませるには、あまりにも統一性がない。

 

 

……そもそも。

 

 

当麻は眉をひそめる。

 

 

気付かなかった。気配に何一つ。

 

 

足音も。

 

息遣いも。

 

殺気すら。

 

 

あれだけの数が潜んでいたというのに、自分は誰一人として存在を察知できなかった。

 

そんな馬鹿な話があるはずがない。

 

つまり。

 

(隠密系の能力者……、か)

 

そう考えるしかなかった。

 

「妖精、か」

 

ぽつりと漏れた早苗の一言。

 

『……は?妖精?』

 

当麻は思わず素っ頓狂な声を上げた。

 

目の前にいる化け物どもが?

 

あれが?

 

妖精?

 

(いやいやいや……俺の知ってる妖精って羽が生えてて小さくて可愛らしい存在なんだけど!?)

 

どこの世界にライフルを腕に生やした妖精がいる。

 

どこの世界に出会いざまに機関銃ぶっ放してくる妖精がいる。

 

この並行世界を作った奴は頭がおかしい。

 

控えめに言っても。いや、控えめじゃなくても。

 

絶対にまともじゃない……。そんな確信だけが、当麻の中で静かに積み重なっていく。

 

しかし、それより優先すべきことがある。

 

『ていうか早苗ッ!知ってるならアイツら止めてくれよ!』

 

藁にもすがる思いで叫ぶ。

 

すると。

 

「不可能だ」

 

返答は、あまりにも早かった。

 

一秒たりとも迷いがない。

 

『はぁ!?なんでだよ!』

 

思わず声を荒らげる。

 

すると早苗はゆっくりと腕を持ち上げ、人差し指を一本だけ立てた。

 

「いわば、これは試練。そして、それを受ける義務が貴方たちにはある」

 

静かに。

 

感情を乗せることなく。

 

ただ事実だけを述べるように言い放つ。

 

そして、そのまま当麻と視線を合わせた。

 

『…………』

 

試練。

 

その単語だけが妙に重く響く。

 

当麻は思わず口を閉ざした。言い返せない。

 

 

すると。

 

 

「はっ」

 

隣から鼻で笑う声。

 

「こんな物が試練なら逆に好都合」

 

霊夢だった。

 

その口元には、自信しか存在していない。

 

「私が全員仕留めてみせる」

 

堂々と言い放ち、口角を吊り上げる。

 

その姿はまさに歴戦の強者。

 

 

……だったのだが。

 

 

『…………おんぶされてなきゃ決まってたな』

 

当麻の冷静すぎるツッコミが飛ぶ。

 

「…………」

 

霊夢はぴたりと固まった。

 

数秒。

 

完全な沈黙。

 

やがて。

 

無言のまま当麻の背中から飛び降りる。

 

着地すると、何事もなかったかのように咳払いを一つ。

 

そして堂々と胸を張った。

 

「さぁ、来い雑兵!君たちの相手はこの私だ!」

 

ビシィッ!

 

勢いよく妖精たちを指差し、高らかに宣言する。

 

完全に格好はついていた。

 

……ほんの数秒前まで背負われていたことさえ除けば。

 

 

『それと、霊夢!』

 

当麻は何かを思い出したように慌てて声を上げる。

 

『絶対に殺すなよ!?』

 

その一言に、霊夢は肩を落として大きくため息を吐いた。

 

「注文の多い……。」

 

面倒くさそうに呟きながらも、その口元にはどこか柔らかな笑みが浮かんでいる。

 

「まあ、我が主の知人かもしれないのであれば……当たり前の話、か。」

 

あくまで余裕を崩さない。

 

敵意は向ける。

 

だが命までは奪わない。

 

そんな意思表示だった。

 

しかし。

 

そのやり取りは、妖精たちの耳にも当然届いていた。

 

「……っ」

 

デンカの表情がぴくりと歪む。

 

額に青筋が浮かぶ。

 

目の前にいる相手は、自分たちを殺さないよう気を遣う余裕すらあると言っている。

 

 

戦場で。

敵を前にして。

まるで格下へ配慮するような口振り。

 

それが何より神経を逆撫でした。

 

「……こちらこそ、遠慮は要らないらしいですね。」

 

怒気を押し殺した声が漏れる。

 

「お望みなら……全てくれてやりますよ。」

 

直後。

 

伝達魔法によって妖精たちへ一瞬で命令が駆け巡る。

 

"撃て"

 

その意思だけが共有された。

 

次の瞬間だった。

 

カチリ。

 

周囲の妖精たちが一斉に首を僅かに動かす。

 

そして。

 

 

――――ドガガガガガガガガガッ!!

 

 

森全体が再び火を噴いた。

 

無数の閃光。

 

絶え間ない発砲音。

 

木々の隙間という隙間から鉛の嵐が吹き荒れる。

 

ライフル。

 

機関銃。

 

砲撃。

 

魔力を帯びた弾丸。

 

数えることすら馬鹿らしい。

 

数百。

 

いや、千発を超えている。

 

先程との違いは、その"時間"だった。

 

一秒。

 

二秒。

 

十秒。

 

三十秒。

 

一分。

 

それでも止まらない。

 

妖精たちはただ撃ち続けた。

 

照準など不要。

 

回避など許さない。

 

弾幕そのものを壁に変える。

 

相手が消えるまで撃ち続ける。

 

そんな執念だけで引き金を引き続ける。

 

森は轟音に飲み込まれ、地面は絶え間なく震え続ける。

 

硝煙が視界を白く染め上げ、火薬の臭いが鼻を焼く。

 

それでも。

 

誰一人として射撃を止めなかった。

 

数分後。

 

まるで示し合わせたように。

 

銃声は、ぴたりと止んだ。

 

静寂。

 

耳鳴りだけが残る。

 

デンカは息を整えながら隻眼の妖精――スターサファイアへ視線を送る。

 

索敵。

生存確認。

 

その結果を聞こうとした。

 

しかし。

 

 

 

「ふっ……。」

 

 

 

砂煙の向こうから、小さな笑い声が漏れる。

 

 

「ははは……っ!」

 

 

やがて。

 

 

抑えきれないような哄笑へと変わった。

 

 

妖精たちの表情が一斉に険しくなる。

 

「無駄だよ」

 

煙の向こうから霊夢の声が響く。

 

「君たち程度の鉛玉では、一生私たちには届かない」

 

その瞬間。

 

霊夢は片手を軽く横へ払った。

 

ただ、それだけ。

 

それだけの動作で。

 

渦巻いていた砂煙が左右へ真っ二つに裂ける。

 

視界が晴れる。

 

そして。

 

姿を現した彼女たちは誰一人として傷付いていなかった。

 

衣服に付いた土埃すらない。

 

髪も乱れていない。

 

当然、後方にいた上条当麻も同じ。

 

全員が、完全なる無傷。まるで数分前まで銃撃など存在しなかったかのような姿だった。

 

妖精たちは思わず息を呑む。

 

「君たちの攻撃は全て『浮かせている』。」

 

霊夢は教師が答え合わせをするように、ゆっくりと説明を始める。

 

「決して、私たちの元へは届きはしない。」

 

その声音には誇張も虚勢もない。

 

ただ事実だけを告げていた。

 

 

 

 

 

 

とある"人間"の手によって改竄された、泰平郷の博麗霊夢。

 

彼女の能力には対象の制限という概念が存在しない。

 

 

 

飛来するもの。

 

迫るもの。

 

衝突しようとするもの。

 

その全てへ干渉する。

 

 

 

それら物体が持つ運動量そのものを"浮かせる"。

 

結果として弾丸は推進力を失い、届く直前で浮遊し、力を失って逸れていく。

 

それは反射ではない。

 

防御でもない。

 

"届く"という結果そのものを成立させない能力。

 

故に。

 

物理攻撃という概念は、彼女へ到達することができない。

 

それを理屈として理解している者は、この場にはいない。

 

だが。

 

理解できなくとも、本能は雄弁だった。

 

目の前の相手はやはり危険だ。

 

そう、全員が肌で感じ取っている。

 

――依神紫苑。

 

彼女から与えられた情報。

 

そして、自分たち自身が見聞きした記憶。

 

その二つは、目の前に立つ存在がただの少女ではないことを物語っていた。

 

〝幻葬狂〟。

 

その名を冠する、常軌を逸した存在。

 

だからこそ妖精たちは接近戦を選ばなかった。

 

距離を取る。

 

姿を見せない。

 

圧倒的な物量だけで押し潰す。

 

それが唯一の勝機だと判断した。

 

 

 

彼女たちは知っている。

 

あの一撃を。

あの閃光を。

 

"彼女"ですら耐え切れなかった攻撃を。

 

 

 

ならば妖精程度が浴びれば、一瞬で消し飛ぶ。

 

一発でも直撃すれば終わる、そう信じていた。

 

だからこそ、それすら防がれたという事実が、何より恐ろしかった。

 

しかも。

 

「殺さない」

 

そんな余裕まで見せつけられている。

 

命を奪う側ではなく。

命を選別する側。

 

いつの間にか立場が逆転していた。

 

「くっ……!」

 

デンカは思わず奥歯を噛み締める。

 

歯が軋む音が自分にだけ聞こえた。

 

対照的に。

 

霊夢は腕を組み、どこまでも余裕の笑みを浮かべている。

 

その姿が癪に障る。

 

「う、うっそ……。」

 

「まじで……?」

 

「無傷とか……。」

 

周囲の妖精たちから、動揺の声が次々と漏れる。

 

誰もが信じられないものを見る目をしていた。

 

撃った。撃ち続けた。

 

数分間休むことなく。

 

それでも一人として傷付いていない。

 

そんな現実を誰が受け入れられるというのか。

 

「静かに」

 

デンカが低く言う。

 

その一言だけで、ざわめきはぴたりと止んだ。

 

妖精たちの視線が、一斉に彼女へ集まる。

 

デンカはゆっくりと霊夢を見据えた。

 

 

 

「私たちは……」

 

拳を強く握る…、震える指先を押さえ込むように。

 

「お前たちを必ず殺す」

 

決意を刻み付けるような声音だった。

 

「常に用心でもしていろ」

 

それは脅しではない。

 

宣言。

 

そして、自分自身への誓いでもあった。

 

 

 

その言葉を聞いた霊夢は。

 

「ふっ」

 

鼻で笑う。

 

本当に小さく、心底おかしそうに。

 

「幾ら不意打ちをされようともこの程度なら傷一つ付けられないさ。」

 

堂々と言い放つ。

 

一切の迷いがない。

絶対的な自信。

その姿は挑発そのものだった。

 

 

「……っ。」

 

デンカは悔しげに顔を歪める。

 

反論はできない。現実が霊夢の言葉を肯定してしまっている。

 

だからこそ踵を返した。

 

長い髪を翻し、そのまま森の奥へ歩き出す。

 

それを合図にするように周囲へ潜んでいた妖精たちも、一人、また一人と闇へ溶け込んでいく。

 

葉擦れの音だけを残し。

 

気配すら消し去って。

 

数秒後には、誰一人として姿を残していなかった。

 

 

 

 

静寂。

 

 

 

ようやく、本当の意味で戦闘が終わる。

 

『……くっそ疲れた……。』

 

当麻はその場で肩を落とし、大きく息を吐いた。

 

張り詰めていた緊張が一気に抜ける。

 

全身が鉛のように重く、精神的疲労が一気に押し寄せてくる。

 

その時だった。

 

「私も疲れたぁ……。」

 

どこか間延びした声。

 

『うぐっ!?』

 

直後。

 

ドンッ、と背中へ重みが加わる。

 

霊夢が再び全体重を預けてきたのだ。

 

『お、お前なぁ……。』

 

当麻は思わず呻く。

 

『体力なさすぎだろ……。』

 

深々とため息を吐く。

 

だが返事はない。

 

不思議に思って横目で覗くと。

 

「…………」

 

霊夢はもう寝ていた。

 

本当に一瞬で……規則正しい寝息まで聞こえてくる。

 

『早っ!?』

 

ツッコミを入れても起きる気配はない。

 

結局。

 

「はぁ……」

 

諦めたように霊夢を背負い直すと、当麻は再び森の道を歩き始めた。

 

 

『んで?』

 

霊夢を背負い直したまま、当麻は隣を歩く早苗へ視線を向ける。

 

『このまま道なりか?』

 

「そうだ」

 

返答は簡潔であり、余計な説明は一切ない。

 

いつものこととはいえ、ここまで必要最低限だと逆に清々しい。

 

『あとどんぐらいだ?』

 

少し期待を込めて尋ねる。

 

「もうすぐ着く」

 

そんな答えをちょっと。否、かなり望んでいた。

 

だが。

 

「…………」

 

返ってきたのは沈黙だった。

 

『……なぜに無言になるの?』

 

嫌な予感しかしない。

 

「…………」

 

再び沈黙。

 

その沈黙が何より雄弁だった。

 

『え゛っ!?』

 

当麻の声が裏返る。

 

『こっから何時間とか歩かないよな!?な!?』

 

必死だった。

 

切実だった。

 

精神はすでに限界へ近い。

 

肉体的疲労もさることながら、ここへ来てからというもの休まる暇が一秒たりともない。

 

異形に襲われ。

 

命懸けの応酬を繰り返し。

 

その上、霊夢という荷物まで背負っている。

 

(……いや荷物って言ったら怒られるな。)

 

そんなことを考えながらも、本音では休憩したかった。

 

いっそ十分。

 

いや五分でもいい。

 

座って息を整えるだけでどれほど違うか。

 

そう考え始めた、その時だった。

 

『……?』

 

隣を歩いていた早苗が、不意に右腕を伸ばす。

 

掌が当麻の胸元を軽く押さえ、その場で動きを制した。

 

『なんだ――』

 

言いかけたその瞬間。

 

 

 

 

「くくっ……。」

 

低い笑い声。

 

「クハハハハッ───!!」

 

 

森全体を震わせるような哄笑が、頭上から降ってきた。

 

 

『!?』

 

当麻の全身が総毛立つ。

 

反射だった……考えるより先に首が動く。

 

視線を一気に空へ向ける。

 

枯れた木々。そのさらに上。

 

月明かりすら届かぬ薄暗い空間に。

 

"それ"はいた。

 

まるで王座へ腰掛けるように。

 

何もない空中へ悠然と座り込み、こちらを見下ろしている。

 

背には、ボロボロに裂けた巨大な翼。

 

それは天使のような美しさとは無縁だった。

 

黒く朽ち果てた蝙蝠の羽。

 

幾つもの穴が空き、破れ、それでもなお異様な威圧感だけは失われていない。

 

その姿は堕天使というより。

 

終焉そのもの。

 

右手には一本の槍。

 

いや。

 

遠目でも理解できる。

 

あれは普通の槍ではない。

 

禍々しい気配が、この距離ですら肌を刺してくる。

 

顔は暗闇と包帯に隠れ、輪郭しか見えない。

 

それなのに。

 

見られている。

 

確実に。

 

眼球など見えていないはずなのに、その視線だけは当麻の胸を真っ直ぐ貫いていた。

 

「息災のようだな。魔王。」

 

早苗が静かに口を開く。

 

その言葉に。

 

「その言葉は好かん。」

 

低く響く女の声。

 

「言うのならば、壮健とでも言え。」

 

その声音には、不快さすら愉しむような余裕が滲んでいた。

 

ゆらり。

 

空中へ腰掛けていた存在が、重力など存在しないかのように地上へ降りてくる。

 

足音はない。

着地の衝撃もない。

ただ影だけが静かに地面へ溶けた。

 

全身を包む漆黒の衣。

 

古びた夜着のような長衣は風もないのにゆっくり揺れ、その奥からは濃密なた圧迫感が滲み出ている。

 

頭にはくすんだ白いナイトキャップ。

 

目元には幾重にも巻かれた包帯。

 

だが。

 

その隙間から。

 

ギラリ。

 

紅蓮の瞳だけが獣のような光を放っていた。

 

ただ立っているだけ。

それだけで森の空気が変わる。

 

呼吸が重い。

 

空気が粘つく。

 

まるで世界そのものが、この女を中心に歪み始めているかのようだった。

 

「相変わらずの無神論だ。」

 

早苗が淡々と告げる。

 

すると魔王は肩を揺らして笑った。

 

「貴様の前、というのもあるがな。」

 

愉快そうに、楽しそうに、笑っている。

 

その笑みが逆に不気味だった。

 

早苗は一度だけ当麻へ視線を向ける。

何かを確認するように。

 

そして再び魔王を見る。

 

「ならば話が早い。彼らが例の新入者」

 

その一言だけで十分だった。

 

「わかっている」

 

魔王は興味なさげに頷く。

 

だが、その紅い瞳だけは一瞬たりとも当麻から逸れなかった。

 

「貴様の案内もここまでだ。疾く失せろ」

 

その声音は静かだった。

 

静かでありながら、有無を言わせぬ威圧を孕んでいる。

 

普通の者なら、それだけで膝を折ってしまいそうな圧迫感だった。

 

しかし早苗は眉一つ動かさない。

 

ほんの一瞬だけ顔をしかめると、そのまま当麻たちへ向き直る。

 

「では、さようなら」

 

それだけだった。

実に彼女らしい別れの挨拶。

 

『あ……あぁ。』

 

当麻は困惑したように頬を掻く。

 

『ここまで案内ありがとな』

 

短い時間だった。

決して愛想が良い相手ではなかった。

 

だが。

 

わざわざ目的地まで導いてくれたことも事実だ。

だからこそ自然と言葉が漏れた。

 

早苗は何も答えない。

 

ただ。

 

そのまま当麻のすぐ横を通り過ぎる。

 

 

すれ違いざま。

 

 

ほんの僅かに顔を寄せ。

誰にも聞こえないほど小さな声で囁いた。

 

「この女に。レミリア・スカーレットには気を付けたほうがいい。」

 

『え……』

 

思わず聞き返そうとした。

 

しかし。

 

返事はない。

 

早苗の身体は淡い粒子へと崩れ始める。

風に舞う花弁のように。

 

音もなく。

光だけを残し。

 

完全に姿を消した。

 

 

『……行っちまった』

 

 

呆然と呟く当麻。

 

その言葉を待っていたかのように。

 

「さて」

 

レミリアが肩を鳴らす。

 

「邪魔者も消えた。」

 

ゆっくりと右腕を持ち上げる。

 

「さっさと終わらせるか。」

 

その手には。

 

一本の槍。

 

『……っ』

 

当麻は思わず息を呑む。

 

今まで遠目にしか見えなかったそれを、ようやく間近で視認した。

 

そして。

 

理解する。

 

(……なんだよ、これ。)

 

槍。

 

そう呼ぶには、あまりにも異形だった。

 

漆黒の柄。

 

しかし、それは鉄でも鋼でもない。

 

磨かれた金属特有の光沢は存在せず、どこか生物めいた鈍い艶だけがある。どちらかというと、巨大な獣の骨をそのまま削り出して作ったかのような質感。

 

年月を経た象牙のようでもあり。

化石となった竜骨のようでもあった。

 

 

握りへ目を向ける。

 

 

そこには深紅の筋。

まるで血管。

 

 

いや。

 

本当に血管だった。

 

脈打っている。

 

どくり。

 

どくり。

 

一定の鼓動を刻みながら、槍そのものが呼吸をしているかのように。

 

 

 

視線はさらに先端へ。

 

 

 

槍穂は黒曜石にも似た漆黒の結晶。

 

その周囲を囲むように、左右へ大きく反った副刃が生えている。

 

三又。

 

だが神聖な祭具ではない。

 

巨大な魔獣が顎を開いた姿。

 

あるいは。

 

獲物へ喰らいつく牙。

 

その形状は"武器"というより、生き物の一部だった。

 

見ているだけで寒気が走る。

 

手にした瞬間、魂まで侵食されそうな。

 

そんな本能的嫌悪感があった。

 

『おい……』

 

当麻は無意識に一歩下がる。

 

背筋へ冷たい汗が伝う。

 

『まさか……』

 

嫌な予感しかない。

 

 

 

レミリアはその反応を見て。

嬉しそうに口角を吊り上げた。

 

「そのまさか、だ。」

 

愉悦に満ちた声。

 

「今から余の【魔槍】を受けてもらう…」

 

そこで一拍置き。

 

獲物を見据える猛獣のような笑みを浮かべる。

 

「……生き延びれば、試練はクリアにしてやろう」

 

しかし。

 

『一発か?』

 

当麻は警戒を崩さないまま問い返した。

 

その声には恐怖も緊張も滲んでいる。

 

それでも、その瞳だけは真っ直ぐレミリアを見据えていた。

 

「……?」

 

〝予想外〟だったのかレミリアは僅かに目を丸くし、首を傾げる。

 

「その心は?」

 

純粋な興味だった。

 

当麻は肩を竦めるように鼻で笑う。

 

『魔槍を耐えろって話だろ?』

 

視線は片時も槍から離さない。

 

『だったら、アンタが今持ってるソレを耐えても……』

 

そこで一度言葉を切る。

 

『次から次に別の槍を出してきて、「全部魔槍だから~」とか屁理屈言われたらたまったもんじゃねぇ』

 

淡々と言う。

 

『だから最初に確認しとく。条件は一発だけだな?』

 

一切の遠慮はない。

 

どこか聞く論点がズレている。

まるで、〝1本なら耐えられる〟かのように。

 

 

 

数秒。

 

 

森に静寂が落ちる。

 

そして、

 

「……くッ」

 

レミリアの肩が震えた。

 

「くく……」

 

喉の奥から笑いが漏れる。

 

やがて。

 

「ハハハハハッ!!」

 

腹を抱えるほどの大笑いへ変わった。

森へ高らかな哄笑が響き渡る。

 

「面白い」

 

槍を肩へ担ぎながら、レミリアは実に愉快そうに笑う。

 

「実に面白いぞ」

 

ゆっくりと槍を下ろす。

 

そして。

 

ブンッ――!

 

空気を裂く音と共に、その切っ先を当麻へ向けた。

 

圧倒的な威圧感。

 

まるで巨大な獣へ牙を突き付けられているようだった。

 

 

「言い直そうか、」

 

笑みを浮かべたまま宣言する。

 

「余の試練は────」

 

その紅い瞳が細められる。

 

「我が手に持つ【魔槍グングニル】を、一発耐えきる」

 

その一言だけで十分だった。

 

「それだけだ」

 

ニヤリ。

 

獰猛な笑みを浮かべる。

 

 

「シンプルだろう?」

 

 

『ああ』

 

当麻も同じように笑う。口角をつり上げる。

 

『良いぜ。やってやるよ』

 

その言葉が終わり、当麻は魔王に向き直った。

 

――次の瞬間だった。

 

 

乾いた音が響く。

 

 

 

ブチッ。

 

 

肉が裂ける音。

 

骨が軋む音。

 

筋が千切れる音。

 

それら全てが混ざり合い、一つの凄惨な破裂音となって森へ響き渡る。

 

ビチャッ。

 

鮮血が宙を舞った。

 

赤黒い飛沫が弧を描き。

 

そのまま地面へ叩き付けられる。

 

ボタ……

 

ボタボタ……

 

いや。

 

そんな生易しい量ではない。

 

雑巾を全力で絞ったように肩口から大量の血液が滝のように流れ落ちていき、地面は瞬く間に赤く染まる。

 

そう、上条当麻は……

自ら〝右腕を引き千切っていた〟

 

「ほう?」

 

レミリアは眉一つ動かさない。

 

驚愕でもない。

嫌悪でもない。

ただ純粋な興味。

 

珍しい玩具を見付けた子供のような眼差しだった。

 

一方の当麻は。

 

「……っ、はぁ……!」

 

荒い呼吸を繰り返していた。

全身から脂汗が噴き出す。

視界が白く霞む。

激痛で吐き気すら込み上げる。

 

 

普通の人間なら、その場で意識を失っていてもおかしくない。

 

 

それでも。

 

口元だけは笑っていた。

乾いた。

自嘲にも似た笑み。

 

ゆっくりと。

 

残された左腕を前へ突き出し、呼吸を整えながら言う。

 

『どうせ、ここにいる奴のことだ』

 

レミリアを睨む。

 

『威力も馬鹿げてんだろ?』

 

その眼差しに恐怖はない。

覚悟だけが宿っていた。

 

 

レミリアはしばらく黙っていたが。

 

やがて。

 

「……はは。」

 

笑う。

 

「ハハハハハ!!」

 

先程よりも大きく。

楽しそうに。

心の底から。

 

「良い……!」

 

笑いながら一歩前へ出る。

 

「良いぞ!」

 

紅い瞳が妖しく輝く。

 

「その瞳!」

 

「その顔つき!」

 

「そして、その〝異常さ〟!」

 

笑みはさらに深くなる。

 

「やはり貴様は似ているな!」

 

誰と。

 

何に。

 

その言葉の意味は語られない。

 

ただ、レミリアだけは確信していた。

 

目の前の男は例の力だけでなく、この歪みもあの童と酷似していると。

 

ひとしきり笑うと、レミリアは魔槍をくるりと回転させる。

 

重さなど感じさせない滑らかな動作。

 

そして。

 

ピタリと切っ先を当麻へ向ける。

 

「さて───」

 

静かな声。

 

「準備は良いか?」

 

その問いに。

 

当麻は一度だけ深呼吸をする。

肺いっぱいに空気を吸い込み。

ゆっくり吐く。

 

『ああ、』

 

その瞳に迷いはなかった。

 

『良いぜ』

 

左腕を構える。

 

『いつでも来いよ魔王サンよ』

 

その言葉にレミリアは獰猛に笑った。

 

次の瞬間だった。

 

投げる予備動作は、一切ない。

 

腕を引くことも。

狙いを定めることも。

踏み込むことすらなく。

 

ただ。

 

片手を軽く動かしただけ。

 

それだけで魔槍グングニルは世界そのものを裂くような轟音を伴い、空間を一直線に貫いた。

 

音より速く。

 

視線より速く。

 

認識より速く。

 

それは一筋の黒い閃光となって、当麻の胸元へ吸い寄せられるように飛来した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隣で爆発でも起きたかのような、耳をつんざく轟音が森を駆け抜けた。

 

――ドォンッ!!

 

大気そのものが震える。

 

直後、着弾地点を中心に巨大な土煙が巻き上がった。地面は大きく抉れ、衝撃波が周囲へと放たれる。幾本もの木々が根元からへし折られ、轟音と共に森の奥へと倒れていった。

 

まるで、そこだけ戦場そのものが降り立ったかのようだった。

 

その光景を前にしても、レミリア・スカーレットは微動だにしない。

 

ただ、つまらなさそうに首を横へ振った。

 

「…………。」

 

返事はない。

 

視界を埋め尽くす土煙の向こうにも、人影は見えなかった。

 

(死んだか)

 

そう判断する。

 

少し、期待をし過ぎたのかもしれない。

 

先ほど見せた異常な行動。

 

右腕を自ら捨てるという狂気。

 

あの瞳に宿っていた、妙な覚悟。

 

それらを見て、もしかすると――と思っていた。

 

だが。

 

「……まあ、それも仕方ないことか」

 

レミリアは独り言のように呟いた。

 

彼女が放ったのは、ただの槍ではない。

 

【魔槍グングニル】。

 

そして、それを扱う彼女自身もまた、ただの吸血鬼ではなかった。

 

『運命力』。

 

それは、物事を自分の望む方向へ動かしたり、強運や巡り合わせを引き寄せたりする力。

 

運命そのものへ干渉する、レミリア・スカーレットの異能。

 

その力を持つ彼女にとって、戦いとは単純な腕力の競い合いではない。

 

「勝つ」という結果へ、運命そのものを引き寄せる。

 

それが彼女の戦い方だった。

 

そして今回。

 

魔王レミリア・スカーレットは、本気で目の前の人間を殺すつもりだった。

 

見せかけの殺意ではない。

 

威嚇でもない。

 

手加減をしたつもりもない。

 

例え〝かの童〟によって弱化されている身であろうとも。

 

この程度の人間一人の首を取ることなど、造作もない。

 

そう判断していた。

 

だからこそ。

 

ほんの少しだけ、期待していたのだ。

 

この程度では終わらない何かを。

 

――しかし。

 

「…………?」

 

その瞬間。

 

レミリアの眉が僅かに動いた。

 

土煙の向こうから。

 

何かが聞こえた。

 

声。

 

いや。

 

言葉だった。

 

『【無盧無奥】』

 

「…………ッ?」

 

その言葉を認識した瞬間。

 

ぞくり、と。

 

レミリアの背筋を、理由のない悪寒が駆け抜けた。

 

理解できない。

 

聞いたことのない言葉。

 

意味すら分からない。

 

なのに。

 

なぜだ。

 

なぜ、この言葉を聞いただけで――。

 

本能が警告を発している。

 

近づくな。

 

見るな。

 

理解するな。

 

そんな、生物としての根源的な拒絶感。

 

それは理屈ではなかった。

ただ、その言葉そのものが。

まるで世界の外側から響いてきたかのように感じられた。

 

 

 

――そして。

 

 

 

土煙が動いた。

 

左手が伸びる。

ゆっくりと。

しかし確実に。

 

その腕で目の前の土煙を払い除けていく。

 

視界が開ける。

 

そこにいたのは――。

 

右腕を失い。

 

博麗霊夢を背負い。

 

肩で荒々しく息をしながら。

 

それでもなお、二本の足で立っている男。

 

先ほどまでレミリアが〝雑兵〟と評価していた人間だった。

 

「は、は……ハハ……」

 

乾いた笑いが漏れる。

 

レミリア自身の口から。

 

驚愕。

 

歓喜。

 

感嘆。

 

そのどれなのか、自分でも分からない。

 

ただ。

 

面白い。

 

それだけは確かだった。

 

あれほどの一撃を受けて。

 

なお、立っている。

 

「…………。」

 

当麻は荒い呼吸を繰り返していた。

 

肩は上下し、顔には苦痛が滲んでいる。

 

決して余裕があるわけではない。

 

むしろ、限界に近い。

 

それでも。

 

当麻はレミリアへ向けて、残った左手を持ち上げた。

 

そして。

 

人差し指を、まっすぐ彼女へ向ける。

 

『俺の勝ち…』

 

一度、息を吸う。

 

『……ってことで、良いんだよな?』

 

言い切った直後。

 

「ごほっ……!」

 

当麻は激しく咳き込んだ。

 

口元を左手で押さえる。

 

その姿を見れば分かる。

 

余裕などない。

 

グングニルの一撃を防ぐために、彼もまた相応の代償を支払ったのだ。

 

レミリアはしばらく黙っていた。

 

やがて。

 

「……そうだな」

 

小さく息を吐く。

 

そして、ふと視線を逸らした。

 

当麻ではない。

 

レミリアは紅い瞳を細め、鋭く睨みつけた。

 

「貴様は余の顔に泥を塗るつもりか?――〝ヴィンカワーズ〟」

 

呪詛のような声だった。

 

当麻には、その名を呼ばれた相手の姿すら見えない。

 

しかし。

 

森の奥深く。

 

一本の木の樹冠に潜んでいた弓騎士――ヴィンカワーズは、その声を確かに聞いていた。

 

そして。

 

ギリギリと引き絞っていた弓を、ゆっくりと下ろした。

 

言葉など必要なかった。

 

レミリアの怒り。

 

それだけで十分だった。

 

彼女はもう一度、当麻へ視線を戻す。

 

その表情には、先ほどまでの退屈さはない。

 

むしろ。

 

僅かな興味と、確かな愉悦が浮かんでいた。

 

そして、はっきりと告げる。

 

 

 

 

「貴様の勝ちだ」

 

その言葉が森に落ちた。

 

しばしの間、誰も何も言わなかった。

 

勝者を告げられた当麻は、ようやく張り詰めていた身体から力を抜く。

 

「……そっか」

 

短く呟く。

 

安堵した途端、身体が一気に重くなった。

 

右腕を失ったこともそうだが、それ以上に――ここへ来てから一体どれほどのことが起きたのか。

 

竹林への転移。

 

化け物との遭遇と、忠告。

 

理不尽な試練を与えられ、

 

早苗にトラウマは掘り返され、

 

異形の妖精たちによる襲撃され、

 

そして、目の前の魔王が放った、あまりにも理不尽な魔槍に打ち勝った疲労。

 

正直なところ。

 

もう、何も考えたくなかった。

 

『……次の試練って、どこなんだ?』

 

それでも当麻は訊いた。

 

自分でもよく動けるものだと思う。

 

だが、返ってきたのは予想していた答えとは違った。

 

「そうだな」

 

レミリアは腕を組み、少し考えるように目を細める。

 

そして。

 

「まずは休んだほうが良いのではないか?」

 

『……え?』

 

「疲れているのだろう?」

 

その言葉と同時に、レミリアは踵を返した。

 

「来い。余の城へ案内してやる」

 

『いや、ちょっと待て。』

 

当麻は慌てて声を掛ける。

 

『俺たち、次の試練を──』

 

「その話も城でしてやろう」

 

「…………」

 

有無を言わせぬ声音だった。

 

結果。

 

当麻たちは、何故かレミリア・スカーレットの住処(?)へ向かうことになった。

 

それから数時間。

 

「……っはぁー……疲れた……」

 

当麻はとうとう地面へへたり込んだ。

 

森の中を歩き続けて、体感で三時間と少し。

 

 

 

その間、レミリアは妙に機嫌が良かった。

 

「貴様は面白いな」

 

「その程度で疲れるのか?」

 

「先ほどの槍を受けた時より、今の方が辛そうではないか」

 

『いちいち話しかけてくんなよ……!』

 

「そう言うな。退屈なのだ」

 

『こっちは退屈してる暇なんてねぇんだよ……!』

 

そんな応酬が、道中ずっと続いていた。

 

しかも。

 

当麻の背中には、未だに霊夢がいる。

 

先ほどから一度たりとも起きる気配がない。

 

本人は完全に当麻を寝床か何かと勘違いしているらしい。

 

『……なんで俺、こんな目に遭ってんだろ』

 

誰にともなく呟く。

 

しかし、その問いに答える者はいない。

 

ただ、ソレを聞くとレミリアは楽しそうに笑っていた。

 

 

やり取りを繰り返しながら歩いていると。

 

 

やがて。

 

木々の隙間から、それは姿を現した。

 

「…………」

 

当麻は言葉を失った。

 

森の中に巨大な城が建っている。

 

いや。

 

建っている、という表現すら生ぬるい。

 

それはまるで、森そのものを支配する巨大な影だった。

 

赤黒い煉瓦と黒い石材によって築かれた城壁。

 

見上げても頂上が見えないほど高く、幾つもの尖塔が夜空へ突き刺さるように伸びている。

 

中央には、それら全てを従えるかのような巨大な本塔。

 

その頂には、紅い月を模した装飾が掲げられていた。

 

西洋の古城。

 

確かに、その言葉が最も近い。

 

だが。

 

規模が違う。巨大すぎる。

 

森の中に存在しているというより、城の方が森を呑み込んでいるようにすら見える。

 

当麻は思わず足を止めた。

 

『……でけぇ』

 

素直な感想だった。

 

レミリアはその反応を見て、満足そうに笑う。

 

「気に入ったか?」

 

『いや、気に入ったとかそういう問題じゃねぇだろ……』

 

やがて正門へ辿り着く。

 

巨大な鉄門。

 

その左右には、何やら歪な装飾が施されていた。

 

悪魔。

 

そして蝙蝠。

 

どうやら、それらを模したものらしい。

 

「それは余が作った」

 

レミリアが誇らしげに言う。

 

『…………』

 

当麻は流石に無言になった。

 

褒めるべきなのか…それとも触れてはいけない話題なのか。

 

判断できなかった。

 

 

 

 

 

そのまま門を抜ける。

 

こんなにも、荘厳なのに門番のような存在が居ないことを不審がりつつ、その機微を察したのかレミリアは台詞を紡ぐ。

 

「門番は今はいない」

 

 

『門番いないのか?』

 

 

「ああ。余が手配した」

 

 

「…………」

 

そして、レミリアは何でもないことのように続けた。

 

「美鈴は、この城へ近づく者を例え城の者が同行していようとも殺し尽くすからな」

 

(『それ……』)

 

当麻は遠い目をした。

 

(『門番じゃねぇだろ……』)

 

心の中だけでツッコむ。

 

わざわざ口にする気力は、もう残っていなかった。

 

そして。

 

城内へ足を踏み入れた瞬間。

 

当麻は再び目を奪われる。

 

外観から想像していた荒々しさとは、まるで違った。

 

赤い絨毯が長い廊下を一直線に伸びている。

 

左右には黒檀を思わせる重厚な柱。

 

天井から吊り下げられた巨大なシャンデリア。

 

壁には幾つもの燭台が設置され、その炎が静かに揺らめいている。

 

窓から差し込む月明かりと炎の明かりが重なり、城内は薄暗い。

 

それでも、不思議と歩くのに困るほどではない。

 

むしろ。

 

その薄暗さが、この城にはよく似合っていた。

 

静謐。

 

荘厳。

 

そして、どこか人を寄せ付けない気配。

 

「…………」

 

当麻は周囲を見回した。

 

ここまで巨大な城に住んでいるということは、レミリアがこの場所で相当長い時間を過ごしているのだろう。

 

そう考えながら歩いているうちに。

 

「ここだ」

 

レミリアが一つの扉の前で足を止めた。

 

扉を開く。

 

「…………」

 

当麻は再び言葉を失った。

 

部屋の壁一面。

 

そこには、奇妙な絵画が敷き詰められていた。

 

まるで古代エジプトの壁画を思わせる、抽象化された絵。

 

人のようなもの。

 

獣のようなもの。

 

そして、何かを象徴しているような不可思議な図形。

 

一つ一つが独立した絵なのか。

 

それとも巨大な一枚の壁画なのか。

 

その境界すら曖昧だった。

 

レミリアは部屋の中央に置かれた椅子へ腰を下ろす。

 

そして頬杖をついた。

 

「聞きたいことがあるのだろう?」

 

紅い瞳が、当麻を見つめる。

 

「丁度、ここには女狐の視界も、小娘の力も届かん」

 

その言葉に、当麻は僅かに眉を動かした。

 

何のことなのか。すぐには理解できない。

 

しかしレミリアは気にする様子もなく続けた。

 

「何でも教えてやろう」

 

 

 

その瞬間だった。

 

「んぁー……?」

 

背中から声がした。

 

『……お?』

 

当麻が振り返る。

 

今まで眠り続けていた霊夢が、ようやく目を覚ました。

 

「ここは、どこだぁ~……?」

 

寝ぼけた声。

 

目は半分しか開いていない。

 

当麻は無言で右手を上げる。

 

そして。

 

ぺしん。

 

「痛っ!?」

 

手刀が霊夢の頭へ落ちた。

 

「何をする!?」

 

『起きろ。』

 

「起きてるぞ!」

 

『今まで完全に寝てただろ!』

 

「……?」

 

霊夢は周囲を見回す。

 

そして。

 

レミリアを見つけた。

 

「…………」

 

数秒。

 

「…………」

 

さらに数秒。

 

ようやく。

 

自分たちがどこにいるのか理解したらしい。

 

事情を聞かされる。

 

これまで何があったのか。

どうしてここへ来たのか。

何故、レミリアの前にいるのか。

 

その全てを。

 

 

 

その間。レミリアは一言も挟まなかった。

 

ただ、くつくつと静かに笑っていた。

 

まるで。

 

この二人のやり取りそのものが、何よりも面白いと言わんばかりに。

 

そして説明が終わった頃。

 

霊夢は。

 

「…………」

 

見る見るうちに顔を引きつらせた。

 

額から汗が流れる。

 

頬にも汗。

 

背中にも汗。

 

やがて。

 

すっ……。

 

何の前触れもなく、流れるような動作で正座した。

 

『…………』

 

当麻は何も言わなかった。

 

レミリアも何も言わない。

 

ただ。

 

「くくっ……」

 

再び、楽しそうな笑い声だけが部屋に響く。

 

 

 

「貴様の勝ちだ」

 

その言葉が森に落ちた。

 

しばしの間、誰も何も言わなかった。

 

勝者を告げられた当麻は、ようやく張り詰めていた身体から力を抜く。

 

「……そっか」

 

短く呟く。

 

安堵した途端、身体が一気に重くなった。

 

右腕を失ったこともそうだが、それ以上に――ここへ来てから一体どれほどのことが起きたのか。

 

竹林への転移。

 

化け物との遭遇と、忠告。

 

理不尽な試練を与えられ、

 

早苗にトラウマは掘り返され、

 

異形の妖精たちによる襲撃され、

 

そして、目の前の魔王が放った、あまりにも理不尽な魔槍に打ち勝った疲労。

 

正直なところ。

 

もう、何も考えたくなかった。

 

『……次の試練って、どこなんだ?』

 

それでも当麻は訊いた。

 

自分でもよく動けるものだと思う。

 

だが、返ってきたのは予想していた答えとは違った。

 

「そうだな」

 

レミリアは腕を組み、少し考えるように目を細める。

 

そして。

 

「まずは休んだほうが良いのではないか?」

 

『……え?』

 

「疲れているのだろう?」

 

その言葉と同時に、レミリアは踵を返した。

 

「来い。余の城へ案内してやる」

 

『いや、ちょっと待て。』

 

当麻は慌てて声を掛ける。

 

『俺たち、次の試練を──』

 

「その話も城でしてやろう」

 

「…………」

 

有無を言わせぬ声音だった。

 

結果。

 

当麻たちは、何故かレミリア・スカーレットの住処(?)へ向かうことになった。

 

それから数時間。

 

「……っはぁー……疲れた……」

 

当麻はとうとう地面へへたり込んだ。

 

森の中を歩き続けて、体感で三時間と少し。

 

 

 

その間、レミリアは妙に機嫌が良かった。

 

「貴様は面白いな」

 

「その程度で疲れるのか?」

 

「先ほどの槍を受けた時より、今の方が辛そうではないか」

 

『いちいち話しかけてくんなよ……!』

 

「そう言うな。退屈なのだ」

 

『こっちは退屈してる暇なんてねぇんだよ……!』

 

そんな応酬が、道中ずっと続いていた。

 

しかも。

 

当麻の背中には、未だに霊夢がいる。

 

先ほどから一度たりとも起きる気配がない。

 

本人は完全に当麻を寝床か何かと勘違いしているらしい。

 

『……なんで俺、こんな目に遭ってんだろ』

 

誰にともなく呟く。

 

しかし、その問いに答える者はいない。

 

ただ、ソレを聞くとレミリアは楽しそうに笑っていた。

 

 

やり取りを繰り返しながら歩いていると。

 

 

やがて。

 

木々の隙間から、それは姿を現した。

 

「…………」

 

当麻は言葉を失った。

 

森の中に巨大な城が建っている。

 

いや。

 

建っている、という表現すら生ぬるい。

 

それはまるで、森そのものを支配する巨大な影だった。

 

赤黒い煉瓦と黒い石材によって築かれた城壁。

 

見上げても頂上が見えないほど高く、幾つもの尖塔が夜空へ突き刺さるように伸びている。

 

中央には、それら全てを従えるかのような巨大な本塔。

 

その頂には、紅い月を模した装飾が掲げられていた。

 

西洋の古城。

 

確かに、その言葉が最も近い。

 

だが。

 

規模が違う。巨大すぎる。

 

森の中に存在しているというより、城の方が森を呑み込んでいるようにすら見える。

 

当麻は思わず足を止めた。

 

『……でけぇ』

 

素直な感想だった。

 

レミリアはその反応を見て、満足そうに笑う。

 

「気に入ったか?」

 

『いや、気に入ったとかそういう問題じゃねぇだろ……』

 

やがて正門へ辿り着く。

 

巨大な鉄門。

 

その左右には、何やら歪な装飾が施されていた。

 

悪魔。

 

そして蝙蝠。

 

どうやら、それらを模したものらしい。

 

「それは余が作った」

 

レミリアが誇らしげに言う。

 

『…………』

 

当麻は流石に無言になった。

 

褒めるべきなのか…それとも触れてはいけない話題なのか。

 

判断できなかった。

 

 

 

 

 

そのまま門を抜ける。

 

こんなにも、荘厳なのに門番のような存在が居ないことを不審がりつつ、その機微を察したのかレミリアは台詞を紡ぐ。

 

「門番は今はいない」

 

 

『門番いないのか?』

 

 

「ああ。余が手配した」

 

 

「…………」

 

そして、レミリアは何でもないことのように続けた。

 

「美鈴は、この城へ近づく者を例え城の者が同行していようとも殺し尽くすからな」

 

(『それ……』)

 

当麻は遠い目をした。

 

(『門番じゃねぇだろ……』)

 

心の中だけでツッコむ。

 

わざわざ口にする気力は、もう残っていなかった。

 

そして。

 

城内へ足を踏み入れた瞬間。

 

当麻は再び目を奪われる。

 

外観から想像していた荒々しさとは、まるで違った。

 

赤い絨毯が長い廊下を一直線に伸びている。

 

左右には黒檀を思わせる重厚な柱。

 

天井から吊り下げられた巨大なシャンデリア。

 

壁には幾つもの燭台が設置され、その炎が静かに揺らめいている。

 

窓から差し込む月明かりと炎の明かりが重なり、城内は薄暗い。

 

それでも、不思議と歩くのに困るほどではない。

 

むしろ。

 

その薄暗さが、この城にはよく似合っていた。

 

静謐。

 

荘厳。

 

そして、どこか人を寄せ付けない気配。

 

「…………」

 

当麻は周囲を見回した。

 

ここまで巨大な城に住んでいるということは、レミリアがこの場所で相当長い時間を過ごしているのだろう。

 

そう考えながら歩いているうちに。

 

「ここだ」

 

レミリアが一つの扉の前で足を止めた。

 

扉を開く。

 

「…………」

 

当麻は再び言葉を失った。

 

部屋の壁一面。

 

そこには、奇妙な絵画が敷き詰められていた。

 

まるで古代エジプトの壁画を思わせる、抽象化された絵。

 

人のようなもの。

 

獣のようなもの。

 

そして、何かを象徴しているような不可思議な図形。

 

一つ一つが独立した絵なのか。

 

それとも巨大な一枚の壁画なのか。

 

その境界すら曖昧だった。

 

レミリアは部屋の中央に置かれた椅子へ腰を下ろす。

 

そして頬杖をついた。

 

「聞きたいことがあるのだろう?」

 

紅い瞳が、当麻を見つめる。

 

「丁度、ここには女狐の視界も、小娘の力も届かん」

 

その言葉に、当麻は僅かに眉を動かした。

 

何のことなのか。すぐには理解できない。

 

しかしレミリアは気にする様子もなく続けた。

 

「何でも教えてやろう」

 

 

 

その瞬間だった。

 

「んぁー……?」

 

背中から声がした。

 

『……お?』

 

当麻が振り返る。

 

今まで眠り続けていた霊夢が、ようやく目を覚ました。

 

「ここは、どこだぁ~……?」

 

寝ぼけた声。

 

目は半分しか開いていない。

 

当麻は無言で右手を上げる。

 

そして。

 

ぺしん。

 

「痛っ!?」

 

手刀が霊夢の頭へ落ちた。

 

「何をする!?」

 

『起きろ。』

 

「起きてるぞ!」

 

『今まで完全に寝てただろ!』

 

「……?」

 

霊夢は周囲を見回す。

 

そして。

 

レミリアを見つけた。

 

「…………」

 

数秒。

 

「…………」

 

さらに数秒。

 

ようやく。

 

自分たちがどこにいるのか理解したらしい。

 

事情を聞かされる。

 

これまで何があったのか。

どうしてここへ来たのか。

何故、レミリアの前にいるのか。

 

その全てを。

 

 

 

その間。レミリアは一言も挟まなかった。

 

ただ、くつくつと静かに笑っていた。

 

まるで。

 

この二人のやり取りそのものが、何よりも面白いと言わんばかりに。

 

そして説明が終わった頃。

 

霊夢は。

 

「…………」

 

見る見るうちに顔を引きつらせた。

 

額から汗が流れる。

 

頬にも汗。

 

背中にも汗。

 

やがて。

 

すっ……。

 

何の前触れもなく、流れるような動作で正座した。

 

『…………』

 

当麻は何も言わなかった。

 

レミリアも何も言わない。

 

ただ。

 

「くくっ……」

 

再び、楽しそうな笑い声だけが部屋に響く。

 

そうして、当麻は最初から疑問に思っていたことを尋ねる。

 

『なあ、もう知ってるかもしれねぇけどさ。俺たちはただ、この世界にいる「コイツ」の『主』に会いたいだけなんだよ。会ったらすぐに帰るから場所を教えてくれないか?』

 

紫にも、早苗にもはぐらかされた質問。彼女ならば、答えてくれると思った。

 

「無理だ」

 

しかし、きっぱりとレミリアは答える。

 

「な、なんでだよ!」

 

「それは余にも〝あの童〟の場所など知りようがないからだ」

 

『わ、童…?』

 

瞠目しながら返す。

 

「ああ、そうか。お前たち、あの女狐に何も教えらなかったのか…。性悪、というより…自ら説明する痛みを他者に押し付けた。そんなところか」

 

勝手に納得して頷く、レミリア。

 

「訳がわからない……という顔をしているな」

 

当麻の瞳を見据えながら、薄く微笑む。

 

「良いだろう、すべて教えてやる。元よりそのためにこの部屋に来たのだ」

 

言うと、レミリアは立ち上がり指を鳴らす。

 

すると壁の絵画が書き換えられ、別の何かに変わっていく。

 

「まずは、ここだな。この世界、『異形郷』に『幻葬狂』という〝別の我々〟が侵入をしてきた」

 

 

壁には歪で異形な飛行船?が空を飛んでいる。

 

すぐさま絵は切り替わり、次の絵では……『幻葬狂』の一面?であると推測ができる一団が街を破壊していた。

 

また切り替わり、

涙を流す少女が飛行船に連れ去られていく。

 

 

「しかし、『幻葬狂』は我々の命を脅かすこともなく。全てが屠られる。……異形たちによってな」

 

 

次の絵では、

『幻葬狂』の面々は、どこはかとなく魔女のように見える『黒い魔女(?)』や『ドラゴン(?)』に様々な描写で倒されていく。

 

 

 

『だからアンタラは侵入者を嫌うのか?』

 

一旦話が区切られたと理解したのか、当麻が問う。

 

「いや、違う。そもそも、我々には例え侵入者が来たとしても尽くを返り討ちにできる力を持って〝いた〟。そう、この時は、な…」

 

意味深に言うと再び絵は切り替わり、

 

先ほど見えた黒い魔女(?)が椅子に座った女性から何かを言われ、何処かへ出かけている。

 

「あの女狐───、八雲紫は我々が『何の犠牲もなく』幻葬狂に勝てたことを不審に思ったらしい。そこで、〝娘〟である『霧雨魔理沙』に【幻想郷】に向かい、異変の原因を探るように命じる」

 

 

解説の次に絵はきり替わる。

 

花畑のような場所で、右目と左腕に何故かバッテンを描かれた子供と手を繋ぐ黒い魔女の姿があった。

 

「しかし、何をトチ狂ったのか……『霧雨魔理沙』は異変の原因であるが「童」を自身の子供として、異形郷に帰還してくる」

 

 

「じゃ、じゃあ……その…子供が…?」

 

震えた声で霊夢が問うと、レミリアは深くため息を吐いてから「ああ」と、首を縦に振る。

 

 

再びレミリアが指を鳴らすと絵は切り替わる。

 

今度はその子供が、森?だと推測できる場所で異形……そう、自分たちが今日、襲撃を受けたような異形妖精たちと戯れている。

 

絵画が切り替わると、今度はその子供が黒い魔女と巫女服の少女と戯れている。

 

レミリアは何も言わない。

ただ、絵画が次々と切り替わっていく。

 

紅魔城だと推測される場所で「騎士」のような者たちと関わる子供。

 

大きな屋敷のような場所で……

 

広大な洞窟のような場所で……

 

神社のような場所で……

 

 

子供は多種多様な異形たちと戯れていた。

 

 

思わず、当麻は見入ってしまう…

 

そして、なんとなく〝先を理解する〟

 

流石に、コレだけヒントを出されれば嫌でも分かる。

 

伊達に長生きをしていない。

 

 

レミリアはやがて天井へ視線を向けた。

 

「あの童は、この異形郷に様々な物をもたらした」

 

ぽつり、と。

 

独白にも似た声だった。

 

「不可思議な力で、この異形郷の『負』を掬い上げていった」

 

当麻は黙って聞いている。

 

「良いか、悪いかを言えば……確実に異形郷は〝良くなって〟いった」

 

その言葉とは裏腹に、レミリアの表情は少しも嬉しそうではなかった。

 

「理想論と綺麗事が存在する。まるで……『幼子が思い描く絵空事』を、そのまま具現化していくようにな」

 

言葉を重ねるたび。

 

レミリアの呼吸が、僅かに乱れていく。

 

普段の余裕に満ちた声音が、少しずつ崩れていた。

 

「……そして」

 

パチン。

 

再び、指が鳴る。

 

壁画が変わった。

 

そこに描かれているのは、崩壊した異形郷。

 

そして、その光景を前に立つ一人の存在。

 

その背後には六人の『何か』。

 

それは絵画であるはずなのに、妙に生々しかった。

 

まるで、その場に残された記憶そのものを壁へ焼き付けたかのように。

 

「……油断と慢心……。ソレにつくのだろうな」

 

レミリアは自嘲するように呟いた。

 

「余ですら、この世界への侵入を認知してから、実際に城が襲撃されるまで……数秒間、動けなかった」

 

その言葉の意味を。

 

当麻は理解してしまった。

 

何が起きたのか理解できなかった。

襲撃が事実なのだと認識ができない。

 

だって、今までそうだったから。

 

だから――ほんの数秒の遅れが、致命的になった。

 

今度は、絵画は切り替わらない。

 

レミリアはその光景を見つめたまま、静かに語り始める。

 

「余の城を襲撃してきた、『あの女』」

 

紅い瞳が細くなる。

 

「口煩く、饒舌で……強かった」

 

その声に、初めて明確な苦々しさが混じった。

 

「余の能力が及ばず、敗北した」

 

一瞬。

 

レミリアの指先が僅かに震える。

 

「妹も、配下も殺され、城も……崩壊させられた」

 

当麻は何も言えない。

 

霊夢も同じだった。

 

「他の各所も侵入者たちによって尽くを滅ぼされ、殺された」

 

淡々としている。

 

しかし、その淡々とした口調こそが、語られている出来事の重さを際立たせていた。

 

「童を守ろうとした霧雨魔理沙や八雲紫、博麗霊夢も惨殺された」

 

そこで、レミリアは一度だけ当麻を見る。

 

「貴様の知る、『モリヤ神社』とその信者たち以外は、な」

 

『……』

 

当麻が何かを尋ねようとする。

 

だが、その前にレミリアが続けた。

 

「後から聞いた話によれば、あの童は我々の負を掬い取った」

 

レミリアの声が低くなる。

 

「『死』という負をな」

 

――死。

 

その一言だけが、妙に重く部屋へ落ちた。

 

「その後に侵入者たちのリーダー格を撤退させたことで、異形たちは生き残った」

 

ほんの僅かな間。

 

「……『霧雨魔理沙』以外は」

 

『……ッ』

 

当麻の表情が強張る。

 

それまで壁画を見つめていた霊夢も、俯いた。

 

レミリアはそんな二人を見ながら、静かに続ける。

 

「……そもそも、侵入者たちとあの童は因縁があり……初めから他の面々なんぞどうでもよかったのだろうな」

 

その言葉は、冷たかった。

 

「だからこそ、あの童の最も愛した者を奪った」

 

当麻の拳が、僅かに握り締められる。

 

霊夢は何も言わない。

 

ただ、膝の上で両手を強く握っていた。

 

「そして、あの童は生き残った後に……何かの『目的』を果たすために、他の世界へと旅立った」

 

レミリアは一度、目を閉じる。

 

「『終わればもう一度帰ってくる』」

 

その言葉を、まるで記憶から拾い上げるように呟いた。

 

「そう言い残してな」

 

そして。

 

「……それが、事の顛末だ」

 

長い沈黙が訪れた。

 

レミリアは深く息を吸い込み、手で顔を覆う。

 

しばらくそのままでいたが、やがて顔を擦るようにして手を下ろした。

 

そして、改めて二人を見据える。

 

「あの女狐はそもそも、『お前たちに試練が攻略できないようにしていた』」

 

『……は?』

 

当麻の眉が跳ね上がる。

 

「その理由が、今言った話だ」

 

レミリアは淡々と説明する。

 

「大方、あの『モリヤ』の力で時間稼ぎをするつもりだったのだろうな」

 

そこで、僅かに口元を歪める。

 

「……『自分は説明したくない。そして、他の娘たちにも説明なんてさせたくない』」

 

一拍。

 

「……〝だから〟、当人が帰ってくるまでお前たちをここに滞在させ続ける」

 

『……』

 

「どうせ、本気で殺す気なんて最初から無い」

 

レミリアは言い切った。

 

「少なくとも、八雲紫と『モリヤ』はな」

 

『なん、だよ……それ……ッ』

 

当麻は歯噛みする。

 

紫。

 

早苗。

 

そして、これまで受けてきた試練。

 

あれだけ遠回りをさせられて。

 

危険な目にも遭わされて。

 

それなのに――。

 

そもそも、最初から殺すつもりなどなかった。

 

「……」

 

霊夢は完全に絶句していた。

 

レミリアは二人の反応を眺め、少しだけ声を落とす。

 

「あの童は生きている」

 

その言葉に、霊夢が僅かに顔を上げた。

 

「しかし、場所は分からない。だからこそ余は『無理だ』と言ったのだ」

 

「そん……な……」

 

霊夢の声が震える。

 

「じゃあ、私は……」

 

両手が震え始める。

 

「我が主に……感謝が……」

 

そのまま霊夢は項垂れ、頭を抱えた。

 

何かを理解しようとしている。

 

けれど、感情の方が先に追いつかなくなっていた。

 

レミリアはそんな霊夢をしばらく眺めていた。

 

そして。

 

「……はぁ」

 

今度は少し呆れたように嘆息する。

 

「〝別の我々〟の欠片である【幻葬狂】の女」

 

霊夢が顔を上げる。

 

「貴様がどうやって、あの童のことを認知したかは知らない。貴様の世界で何が起こったのかも知らん」

 

レミリアは椅子へ腰掛け直す。

 

「しかし、負を掬い取られたのはこの世界だけではない」

 

紅い瞳が、霊夢を射抜く。

 

「幻想の延長にある世界は、全ての負が掬われている。貴様の言う【主】があの童であるのは確実だ」

 

「ならば……」

 

そこで、レミリアは僅かに笑った。

 

「待ってみれば良いではないか」

 

「へ……?」

 

霊夢が間の抜けた声を漏らす。

 

目をぱちぱちと瞬かせる。

 

その反応に、レミリアは呆れたようにため息を吐いた。

 

しかし。

 

何故かその頬は、少し楽しそうに緩んでいた。

 

「この異形郷には、確かに貴様らの敵は多いだろうが……大抵のものは手を出すことはない」

 

レミリアは指先で頬を支える。

 

「それは、あの童が――」

 

言葉を止める。

 

そして、少しだけ訂正するように。

 

「ああ。あの童が嫌うことだからな」

 

当麻が僅かに目を細めた。

 

「妖精程度の塵芥ならば、自衛もできるだろう?」

 

レミリアは当麻を見る。

 

「住居が心配ならば余が提供してやろう」

 

『え?』

 

「紅魔城に住まわせるのも良いが……その場合、いつ殺されても文句は言えんぞ?」

 

『い、いや……!ありがたいけど大丈夫だって!』

 

当麻は思わず苦笑した。

 

話が重かったはずなのに。気が付けば、レミリアの口数が妙に増えている。

 

「そうか?」

 

レミリアは少し残念そうに眉を上げた。

 

「まあ、待つにしても住居に困っているのは事実だろう?」

 

「家は余が提供してやる」

 

レミリアは胸を張る。

 

「光栄に咽び泣け?」

 

『いや、そこまでじゃ……』

 

「――ああ、そう言えば名前を聞いていなかったな」

 

今度は名前を尋ねてくる。

あまりにも話の展開が早い。

 

当麻と霊夢は顔を見合わせる。

 

そして。

 

『俺は……上条当麻。助かるよ、レミリア』

 

基準点。

その名は言わなかった。

 

「私は『博麗霊夢』! 感謝するぞ、レミリア!」

 

妙に堂々と名乗る霊夢。

 

レミリアは一瞬だけ目を丸くした。

 

そして。

 

「ふっ……」

 

口元に笑みを浮かべる。

 

「その態度、本来なら斬首だが……」

 

頬杖をつきながら、愉悦そうにくつくつと笑った。

 

「まあ、今日は気分が良い。許してやろう」

 

その笑い声だけが。

 

しばらく部屋の中へ響いていた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

それから。

 

レミリアは本当に、当麻たちへ住居を用意した。

 

正確には――。

 

「これはどうだ?」

 

『いや、デカすぎるだろ』

 

「では、これは」

 

『今度は何でこんなに豪華なんだよ……』

 

「ならば、これは?」

 

『……普通だな』

 

「普通? 余が選んだ家を普通だと?」

 

そんなやり取りを何度繰り返したことか。

 

最終的に当麻が選んだのは、白を基調とした家だった。

 

大き過ぎず。

 

小さ過ぎず。

 

異形郷という物騒極まりない場所に建てられたとは思えないほど、穏やかな外観をしている。

 

「ここでいい」

 

『……やっと決まった』

 

当麻は心底疲れたように呟いた。

 

その隣では、霊夢が「広い家はいいなぁ…」などと呑気に眺めている。

 

こうして。

 

二人の異形郷での生活が始まった。

 

――そして。

 

長い年月が経った。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日こそは、主は帰ってくる!」

 

朝。

 

霊夢は今日もそう言って家を飛び出していった。

 

「……毎日よくやるよな」

 

その背中を見送りながら、当麻は呆れたように呟く。

 

しかし。

 

それを止めることはしなかった。

 

霊夢は、来る日も来る日も異形郷を巡った。

 

森。

 

山。

 

竹林。

 

花畑。

 

地底。

 

永遠亭。

 

時には死にかけた。

 

一度や二度ではない。

 

それでも、霊夢は戻ってくる。

 

そして翌日には、また同じことを繰り返す。

 

因みに異形たちに「例の童」の事を聞こうとしても普通に嫌われているので教えてもらえないらしい。

 

 

 

そんな日々の中で。

当麻もまた、この世界について少しずつ理解していった。

 

まず。

 

この世界に初めて来た日のこと。

 

あの日、竹林を歩いていたこの世界の博麗霊夢。

 

今になって考えれば、おそらく自分たちと同じだったのだろう。

 

【例の子供】が帰ってきた時、すぐに分かるように巡回していたのだ。

 

そして、もう一つ。

 

この世界は、明らかにおかしい。

 

異常なほどに。

 

――【エラーへの耐性】が強い。

 

当麻自身、それを何度も確認していた。

 

右腕にあった【幻想殺し】。

 

それを失った状態でも。

 

【無盧無奥】を発動できる。

 

普通なら世界そのものが耐えられないような力。

 

それを使っても、異形郷は壊れない。世界は崩れない。

 

だからこそ。

 

当麻は疑問を抱くようになった。

 

「……なんでだ?」

 

そして。

 

霊夢と共に巡回する中で出会った異形たち。

 

彼らに例の童のことを尋ねれば――。

 

不思議なほど、好意的な答えが返ってきた。

 

 

 

 

 

 

【マヨヒガ】。

 

そこで八雲紫から聞いたのは。

 

――可愛い男の子。

 

――世界を渡る力を持っている。

 

そんな話だった。

 

 

 

【モリヤ神社】では、東風谷早苗から以前と似たような話を半ば強制的に聞かされた。

 

 

 

【花畑】では。

 

風見幽香。

 

今まで見た異形の中でも、八雲紫に並ぶほど柔和な存在から。

 

霧雨魔理沙と。

 

その男の子について聞いた。

 

 

 

 

【地底】では。

 

古明地さとりという、妙に人間味のある異形と出会った。

 

そして何故か。「穴掘りを手伝ってくれたら教えてあげる」

 

という条件を提示され、当麻は本当に穴を掘らされた。

 

しかも、スコップである。機械や能力を使わないことを尋ねると。

 

「温かみがないから」

 

と、返ってきた。

 

その後、穴掘りの結果として聞いたのは。

 

――彼は、どんな異形にも平等に接する。

 

という話。

 

「……なんで俺、こんなことに来てまで穴掘りしてんだよ」

 

当麻は遠い目をした。

 

 

 

 

そして【永遠亭】。

 

 

 

再会した輝夜。

そして、その他の濃すぎる異形たち。

 

そこで聞いた話は、さらに興味深かった。

 

彼の【負】を掬う力。

 

それは、とんでもなく強大なものらしい。

 

元々は、とても人間とは呼べない姿だった異形たち。

 

そんな存在ですら、客観的に言えば『人』のような姿になれる。

 

どうやら地底や永遠亭の異形たちは、その力の影響を強く受けているらしく。

 

【異形状態】と【人間状態】。

 

その二つを使い分けられるようになっているらしい。

 

「……シャドウサイドかよ」

 

思わず当麻がそう呟いたのも、無理はなかった。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

そんな日々を過ごすうち。

 

当麻は、一つの結論へ近づいていた。

 

この【異形郷】は。

 

今まで見てきたどの世界よりも。

 

【エラー耐性】が強い。

 

人物たち個々のエラー耐性については分からない。

 

しかし少なくとも。

 

当麻が【幻想殺し】というリミッターを解除した【無盧無奥】を使っても、世界そのものが壊れない。

 

それだけは確かだった。

 

だからこそ、逆に疑問が深まる。

 

自然にこんな世界が作られるものなのか?

 

世界そのものに、これほどまでの異常への耐性が備わるものなのか?

 

「……」

 

当麻は机に紙を広げた。

 

そして、これまで集めた情報を書き出していく。

 

一つ。

 

この世界にいた【童】は――。

 

【可愛い男の子】

 

一つ。

 

【異世界へ行く力を持っている】

 

一つ。

 

【異形たちにも分け隔てなく接する優しさと胆力を持つ】

 

そして。

 

最後の一つ。

 

【『負』を消し去る力がある】

 

当麻は、それらを紙の上に並べた。

 

しばらく。じっと眺める。

 

四つの情報。

 

一見すればただの特徴だ。

 

こんな世界ならばどこにでもありそうで、誰かの人物紹介にでも書かれていそうな情報。

 

だが――。

 

「……」

 

当麻の目が細くなる。何かが引っ掛かっていた。

 

この世界。異形郷。エラーへの異常な耐性。

 

そして。

 

その世界にいた。

 

〝童〟

 

「……いや……ないな」

 

当麻は首を横に振った。

 

自分で思いついた考えを、自分で否定する。

 

そんな偶然。

 

あるわけがない。

 

まさか。

 

この世界にいた奴が――。

 

【異常】だなんて。

 

「……そんな偶然、あるわけねぇよな」

 

紙の上に並んだ四つの特徴。

 

それをもう一度だけ見つめ…当麻は、深く息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






幸せには線があります。

不幸にも線があります。

人はその線を引くのが好きです。

あちら側はこちら側。

勝った者と負けた者。

選ばれた者と捨てられた者。

彼は知っていました。

線を引いた人だけが、

決して線の上には立たないことを。


Historio
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