デート・ア・ライブIF 【エラー】   作:セルヴェイエ

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何故か急に消えたマイページから消えたので作り直すことになりました、マジでふざけんな。







名前のない少女に救済を【六】

 

 

 

 

 

 

「どんなもんじゃーいッ!」 軽快な音楽が鳴るモニターの光を浴びながら士道は左手にコントローラーを預けて、右手をグッと握って天高く突き上げた。

 琴里と令音の放課後強化訓練が実施されてから、休日を含めて一〇日間。

 

 士道はようやく、ゲームのハッピーエンド画面を迎えていたのだった。 ……まあそれまでに、幾度古傷を抉られたかは、数えたくもないのだが。

 

「……ん、まあ少し時間はかかったが、第一段階はクリアとしておくか」

 

「ま、一応全CGコンプしたみたいだし、とりあえずは及第点かしらね。……とはいっても、あくまで画面の中の女の子に対してだけだけど」

 

 背後からスタッフロールを眺めていた令音と琴里が、息を吐くのが聞こえてくる。

 

「じゃ、次の訓練だけど……もう生身の女性にいきましょ。時間も押しちゃったし」

 

「……ふむ、大丈夫かね」

 

「平気よ。もし失敗しても、失われるのは士道の社会的信用だけだから」

 

「何さらっと不穏なこと言ってんだてめえ」

 

 黙だまって二人の会話を聞いていた士道だったが、さすがにたまらず口を挟む。

 

「やだ、盗み聞きしてたの? 相変わらず趣味が悪いわね。この出歯亀ピーピング・トム」

 琴里が眉をひそめ口元に手を当てながら言う。

 

 なんというか、日本と外国の故事がフュージョンしたような悪口である。まあ意味は似たようなものだけれど。

 

「目の前で喋ってて盗み聞きも何もあるかっ!」 士道が叫ぶと、琴里が「はいはい」と手を広げてこちらを制するように言ってきた。

 

 なんだか士道の方が変なことを言っている感じにされた。

「それで、士道。次の訓練なんだけど」

 

「……びっくりするほど気は進まんが、なんだ?」

 

「そうね……誰がいいかしら」

 

「あ?」 と、士道が首を傾げる横で、令音が手元のコンソールを操作し始めた。机の上に並べられたディスプレイに、学校内の映像がいくつも映し出される。

 

「……そうだね、まずは無難に、彼女などどうだろう」 言って、令音が画面の右端に映し出されていたタマちゃん教諭を指さす。

 琴里は一瞬眉を跳ね上げ──「──ああ、なるほど。いいじゃない、それでいきましょう」

 

すぐに、邪悪な笑みを浮うかべた。

「……シン。次の訓練が決まった」

 

「ど、どんな訓練ですか」

 士道が不安な心地を抑えながら問うと、令音が首肯しながら返してきた。

 

「……ああ。本番、精霊が出現したら、君は小型のインカムを耳に忍ばせて、こちらの指示に従って対応してもらうことになる。一回、実戦を想定して訓練しておきたかったんだ」

 

「で、俺にどうしろと?」

 

「……とりあえず、岡峰珠恵教諭を口説いてきたまえ」

 

「はァっ!?」 眉根を寄せ、叫ぶ。

 

「何か問題でもあるの?」 琴里が、士道の反応を楽しむようにニヤニヤと言ってくる。

 

「大ありだろが……ッ! んなッ、できるわけ……っ!」

 

「本番ではもっと難物に挑まなきゃならないのよ?」

 

「──っ、そりゃ、そうだけど……っ!」 士道が言うと、令音がぽりぽりと頭をかいた。

 

「……最初の相手としては適任かと思うがね。恐らく君が告白したとしても受け入れはしないだろうし、ぺらぺらと言いふらしたりもしなさそうだ。……まあ、君がどうしても嫌だというのならば女子生徒に変えてもいいが……」

 

「う……ッ」 士道の脳裏に、嫌な情景が浮かんできた。士道に声をかけられた女子生徒が、教室に戻るなり女友達を集めて言うのだ。

 

「ねえねえ、さっき五河くんに告られちゃったんだけどさー」

「えー、ホントー? 何、あいつ女に興味ありませんみたいな顔して、やることやってんじゃーん」「でもあいつはないよねー」「うん、ないない。なんか超むっつりっぽいしー」

「あー、言えてるー、あはははは」

 

 ……新たなトラウマが生まれそうだった。 その点、珠恵に関しては、そういうシーンが微塵も思い浮かばない。

 

いくら幼く見えるとはいえそこは大人の女である。生徒の戯言と聞き流してくれるだろう。

 

「で、どうするの? 本番での失敗はすなわち死を意味するから、どっちにしろ一回は予行練習させるつもりだったけど」

 

「……先生で頼む」 琴里が言ってくるのに、士道は背中に嫌な汗をかきながらそう言った。

 

「……よし」 令音は小さくうなずくと、机の引き出しから、小さな機械を取り出し、士道に渡わたしてきた。次いでマイクと、ヘッドフォン付きの受信器らしきものを机の上に置く。

 

「これは?」

 

「……耳につけてみたまえ」 言われるままに、右耳にはめ込む。

 

 すると令音はマイクを手に取り、囁くように唇を動かした。

 

『……どうかね、聞こえるかな?』

「うおっ!?」 突然耳元で令音の声が響く。

 

士道は肩をびくっと震せて跳び上がった。

『……よし、ちゃんと通っているね。音量は大丈夫かい?』

 

「は、はあ……まあ、一応……」

 士道が首肯すると、令音はすかさず机の上に放ってあったヘッドフォンを耳に当てた。

 

「……ん、うむ。こちらも問題ないな。拾えている」

 

「え? 今の声拾えたんですか? こっちにはマイクっぽいのついてませんけど……」

 

「……高感度の集音マイクが搭載されている。自動的にノイズを除去し、必要な音声だけをこちらに送ってくれるスグレモノだ」

 

「はぁー……」 士道が感嘆していると、琴里は机の奥から、もう一つ小さな機械部品のようなものを取り出した。

 

 ピン、と指で弾くと、そのまま虫のように羽ばたいて宙を舞う。

「な、なんですかこれ」

 

「……見たまえ」 言うと令音は、目の前のコンピュータを操作して画面を表示させた。 そこには琴里と令音、そして士道のいる物理準備室が映し出されている。

 

「これって……」

 

「……超小型の高感度カメラだ。これで君を追う。虫と間違って潰さないようにしてくれ」

 

「はぁー……すげえな、こりゃ」 と、ぼむ、と尻を蹴けられた。

 

「何でもいいから早く行きなさい鈍亀。ターゲットは今、東校舎の三階廊下かよ。近いわ」

 

「…………あいよ」 もう何を言っても無駄だと悟り、士道は力なく首肯した。 モタモタしていては、別の女子を対象にされる可能性がある。

 

士道は進みたがらない足をどうにか動かし、物理準備室を出ていった。

 そして階段を下りて右に左に首を回すと──廊下の先に珠恵の背中が見えた。

 

「先──」 と、途中で呼び声を詰まらせる。

 

 大声を出せば届く距離ではあったけれど……まだ学校に残っている生徒や教師たちの注目を集めてしまうのは避けたかった。

 

「……仕方ねぇ」 士道は軽く駆け足になって珠恵の背を追った。 何メートルほど進んだ頃だろうか、士道の足音に気づいたらしく、珠恵が立ち止まって振り返ってくる。

 

「あれ、五河くん? どうしたんですかぁ?」

 

「……っ、あ、あの──」 ほぼ毎日見ている顔だというのに、いざ口説く対象となると一気に緊張感が増す。士道は思わず口ごもった。

 

『──落ち着きなさいな。これは訓練よ。しくじったって死にはしないわ』

 

 右耳から、琴里の声が響いてくる。

「んなこと言ったって……」

 

「え? なんですか?」 士道のつぶやきに反応して、珠恵が首を傾げる。

 

「あ、いや、なんでもありません……」 一向に話を進められない士道に焦れたのか、またもインカム越しに声が聞こえてきた。

 

『情けないわね。──とりあえず無難に、相手を褒めてみなさい』

 

 琴里の言葉に、珠恵の頭頂から爪つま先さきまでを眺め、褒める材料を探していく。 ……しかし待て。士道は思いとどまった。そういえば先日読まされたハウツー本の中に、女性の容姿を直接的に褒めると、どこか白々しく聞こえてしまうというような話が載っていた気がする。

 

 

その場合は衣服や装身具などを褒め、間接的に女性のセンスを認めるといいらしい。

 

 

 意を決して、口を開く。「と、ところで、その服……可愛いですね」

 

 

「え……っ? そ、そぉですかぁ? やはは、なんか照れますねぇ」 珠恵は嬉しそうに頬を染めると、後頭部をかきながら笑顔を作って見せた。

 

 

 ──おお? これはなかなかいい反応では? 士道は小さく拳を握にぎった。

 

 

「はい、先生にとても似合ってます!」

 

 

「ふふ、ありがとぉございます。お気に入りなんですよぉ」

 

 

「その髪型もすごくいいですね!」

 

 

「え、本当ですかぁ?」

 

 

「はい、それにその眼鏡も!」

 

 

「あ、あはははは……」

 

 

「その出席簿も滅茶苦茶格好いいです!」

 

 

「あの……五河くん……?」 珠恵の顔が、だんだん苦笑、というか困惑に染まっていく。

 

『やり過ぎよこのハゲ。生ハゲ』

 

 右耳に、呆れたような琴里の声が聞こえてくる。 だがそう言われても、次に何を話せばよいのかわからない。しばし、間が空いてしまう。

 

 

「ええと……用は終わりましたかぁ?」

 

 

 珠恵が首を傾げてくる。 さすがに時間がないと思ったのだろう、右耳に、今度は眠ねむそうな声が聞こえてきた。

 

 

『……仕方ないな。では私の台詞をそのまま言ってみたまえ』

 それはありがたい。士道は小さく首を前に倒し、了承を示した。 そして何も考えないまま、耳から聞こえてくる情報を口から発していく。

 

 

「あの、先生」

 

「何ですか?」

 

「俺、最近学校来るのがすごい楽しいんです」

 

「そぉなんですか? それはいいことですねぇ」

 

「はい。……先生が、担任になってくれたから」

 

 

「え……っ?」 珠恵が、驚ろいたように目を見開く。

 

 

「な、何言ってるんですかもぅ。どうしたんです急に」

 言いながらも、まんざらでもない顔を作る珠恵。 士道は続けて、令音の言葉を発した。

 

 

「実は俺、前から先生のことが──」

 

「ぃやはは……駄目ですよぉ。気持ちは嬉しいですけど、私先生なんですからぁ」

 

 出席簿をパタパタやりながら、珠恵が苦笑する。

 やはりそこは教師にして大人の女。きちんといなすつもりのようだった。

 

 

『……ふむ。どう攻めるかな』 絶え間なく台詞を紡いでいた令音が、小さく息を吐く。

 

 

『……確か彼女は、今年で二九歳だったね。──ではシン、こう言ってみたまえ』

 

 

 令音が次なる台詞を指示してくる。士道はほとんど何も考えないまま口を動かした。

 

 

「俺、本気なんです。本気で先生と──」

 

「えぇと……困りましたねぇ」

 

「本気で先生と、結婚したいと思ってるんです!」

 

 

 ──ぴくり。 士道が結婚の二文字を出した瞬間、珠恵の頬が微かに動いた気がした。

 

 そしてしばしの間黙ったあと、小さな声を響かせてくる。

 

 

「……本気ですか?」

 

「え……っ、あ、はぁ……まあ」 突然の雰囲気の変化にたじろぎながら士道が言うと、珠恵は急に一歩足を踏ふみ出し、士道の袖を掴んできた。

 

 

「本当ですか? 五河くんが結婚できる年齢になったら、私もう三〇歳越こえちゃうんですよ? それでもいいんですか? 両親に挨拶しにきてくれるんですか? 婿養子とか大丈夫ですか? 高校卒業したらうちの実家継いでくれるんですか?」

 

 人が変わったように目を爛々と輝かせ、鼻息を荒くしながら珠恵が詰め寄ってくる。

 

「あ……あの、先生……?」

 

『……ふむ、少し効き過ぎたか』

 

 士道がたじろいでいると、令音がため息とともに声を発した。

 

「ど……どういうことですか?」

 珠恵に聞こえないくらいの声で、令音に問う。

 

『……いや、独身・女性・二九歳にとって結婚というのは必殺呪文らしい。かつての同級生は次々と家庭を築き始め、両親からはせっつかれ、自分に関係ないと思っていた三十路の壁を今にも越えそうな不安定な状況だからね。……にしても、少々彼女は極端すぎるな』 珍しく少し辟易した様子を声に滲にじませ、令音が言ってくる。

 

「そ、それはいいんですけど、どうしろってんですかこれ……っ!」

 

「ねえ五河くん、少し時間いいですか? まだ婚姻届を書ける年齢ではないので、とりあえず血判状を作っておきましょうか。美術室から彫刻刀でも借りてきましょうね。大丈夫ですよ、痛くないようにしますからね」

 

 にじり寄るようにしながら、珠恵がまくし立ててくる。士道は悲鳴じみた声を上げた。

 

『あー、必要以上に絡まれても面倒ね。目的は達したし、適当に謝って逃げちゃいなさい』

 

 士道はごくりと唾液を飲み込むと、意を決して口を開いた。

 

「すッ、すいません! やっぱりそこまでの覚悟はありませんでした……! どうかなかったことに……!」 叫びながら、士道は駆けだした。

 

「あ、い、五河くんッ!?」 背に珠恵の声を聞きながら、走る。

 

『いやー、なかなか個性的な先生ねえ』 呑気な琴里の笑い声が聞こえてくる。士道は足を運動させたまま声を張り上げた。

「ざっけんな……っ! 何を呑気な──」 と、言いかけた瞬間。

「の……ッ!?」

 

『……っ』 インカムに注意がいっていたため、士道は曲がり角の先から歩いてきた生徒とぶつかり、転んでしまった。

 

「って…佐藤?」

そう、士道がぶつかってしまったのは他でもない佐藤であった。

 

『ん?あぁ、お前か…悪いな前方不注意だった。立てるか?』

佐藤が手を差し出してくれて、士道はそれを掴んで立ち上がった。

 

 

その時……。

インカム越しに琴里の声が聞こえる

『ふむ、丁度いいわね…士道、まずは自然に相手を褒めてみる練習よ。佐藤をさり気なく

褒めなさい』

 

「佐藤をかっ!?」

 

『あ?急に何いってんだお前』

佐藤は訝しげな目で士道を見つめてくる。

 

「あぁー…ぇっとぉ…」

 

『男相手なら緊張せずに褒めたりできるでしょ?別にさっきみたいにしろだなんて言ってないじゃない。同性すらも褒められないならあなた人間として終わってるわよ』右耳に呆れた琴里の声が聞こえる。

 

 

「そのー…佐藤ってカッコいいよな!」

もう開き直ろう、そう決意した士道は無敵である。

 

 

数巡のあと……。

『………なるほど。なにか軌道のおかしい羽虫が居ると思ったらそういうことか。どうせ、訓練だろ?』

 

「………っ!」

 

『……こりゃあまいったわね。精霊相手に使うはずの小型カメラに何でコイツは気付けるのよ』

士道に話しかけるわけでもなく思わず琴里は毒づいていた。

 

 

『こんな所で無駄な会話してないでさっさと訓練しとけ』

そう言い会話を終わらせ佐藤は士道を通り過ぎて去っていった。

 

 

『にしても、士道。あなた挙動が不自然すぎるのよ。もっと自然体にできないわけ?』

 

 

「っるっせ、仕方ねぇだろうが」

 

 

『いいえ、あれは控えめに言って木偶の坊よ。なにか指示がないと動けないロクでなしの廃棄物』

 

 

「言い過ぎだろって───」

 

 

その時…又もや曲がり角を曲がった先に人がいた。佐藤の時の事もあって気をつけていたのにぶつかって転んでしまった。

 

 

取り敢えず謝ろうと顔を上げる───

 

「ぃ……ッ!?」

 士道は心臓が引き絞られるのを感じた。何しろそこにいたのは、あの鳶折紙嬢だったのだから。 しかもそれだけではない。

 

転んだ拍子に尻餅をついてしまったのだろう、ちょうど士道の方に向かってM字開脚をしていた。……白だった。

 

 思わず目を背ける。しかし折紙はさして慌てた様子もなく、「平気」 と言って立ち上がった。

 

「どうしたの」 次いで、折紙は士道に訊ねてきた。 今士道が、顔をうつむけて額に手を当てていることについてだろう。

 

「……いや、気にしないでくれ。絶対にないと思ってたシチュエーションに遭遇してしまったのがショックでな……」 一番最初のやつは佐藤があったし、これは一番ないと思っていたのに。

恐るべきは〈ラタトスク〉のシミュレーション能力。

 

なんだかんだであのゲーム、よくできていたのかもしれなかった。

「そう」 折紙はそれだけ言うと、廊下を歩いていった。

 

 と、その瞬間、右耳に琴里の声が響く。『──ちょうどいいわ士道。彼女でも訓練しておきましょう』

 

「は……はぁッ!?」

 

『やっぱり先生だけじゃなく、同年代の女の子のデータも欲しいしね。それに精霊とは言わないまでもAST要員。なかなか参考になりそうじゃない。見る限り、彼女も周りに言いふらすタイプとは思えないけれど?』

 

「おまえ……ッ、ざけんなよ……?」

『精霊と話したいんでしょ?』

 

「……ッ」 士道は息を詰つまらせると、下唇を噛んだ。 覚悟を決めて、折紙の背に声を投げる。

 

「と、鳶一っ」

 

「なに」 折紙はまるで声をかけられるのを待っていたかのようなタイミングで振り向いた。

 

 士道は少し驚きながらも、呼吸を落ち着けて唇を開いた。なんだかんだで珠恵のケースを経験しているため、先ほどよりは心拍は平静だった。そう、やりすぎなければよいのだ、やりすぎなければ。

「その服、可愛いな」

 

「制服」

 

「……ですよねー」

 

『なんで制服をチョイスしたのよこのウスバカゲロウ』 ただの虫の名前なのにものすごく罵倒されてる気がした。ふしぎ! ──先生のときは成功したもんだから……!

 

 という意思を込めて頭を小さく振る。『……手伝おうか?』 と、焦れたのだろう、また令音が助け船を出してきた。 不安は残るものの、一人で会話を続ける自信もない。士道は小さくうなずいた。 右耳に聞こえてくる言葉に従い、声を発していく。

 

「あのさ、鳶一」

 

「なに」

 

「俺、実は……前から鳶一のこと知ってたんだ」

 

「そう」 声は素そっ気けないままだったが、信じられないことに折紙が言葉を続けてきた。

 

「私も、知っていた」

 

「────!」

 内心もの凄く驚ながらも、声には出さない。今令音の指示以外の台詞を喋しやべってしまっては、一気にこのペースが瓦解してしまいそうだった。

 

「──そうなんだ。嬉うれしいな。……それで、二年で同じクラスになれてすげえ嬉しくてさ。ここ一週間、授業中ずっとおまえのこと見てたんだ」

 

 うっわ我ながら気持ち悪い。ストーカーじゃん、なんて思いながらも、その台詞を口に出す。

 

「そう」

 

 しかし折紙は、「私も、見ていた」 真っ直ぐに士道を見ながら、そう言った。

 

「……っ」 ごくりと唾液を飲み込む。実際士道は気まずくて授業中折紙の方なんて見られなかったのだが。 激しく脈打つ心臓を抑え込むように、耳に入ってくる言葉をそのまま口から出していく。

 

「本当に? あ、でも実は俺それだけじゃなくて、放課後の教室で鳶一の体操着の匂いを嗅かいだりしてるんだ」

 

「そう」 さすがにこれはドン引きだろうと思ったが、折紙は微塵も表情を動かさなかった。

 

 それどころか、「私も、やっている」

 

「…………!?」 ──やっているって、どっちを!? 自分のだよな!? そうだと言ってくれ! 士道は顔中にびっしり汗あせを浮うかべた。

 

 というか琴里と令音、さすがに台詞がおかしくはないだろうか。 だが頭の中がグルグル回っている士道に、今さら自分の言葉で会話することなんて不可能だった。

 

「──そっか。なんか俺たち気が合うな」

 

「合う」

 

「それで、もしよかったらなんだけど、俺と付き合ってくれないか──って急展開すぎんだろいくらなんでも!」

 

 もう訓練とかどうなってもいい。たまらず後方を振り返り、叫びを上げる。 折紙から見たら、勝手に告白して自分の発言に盛大なノリツッコミをしている変な男である。

 

『……いや、まさか本当にそのまま言うとは』

 

「そのまま言えっつったのあんたじゃねえか!」 怨嗟を声に乗せて発し、すぐにハッとして折紙に向き直る。

 

 折紙はいつもと変わらない無表情……ではあったのだが、気のせいだろうか、先ほどより少しだけ、ほんの少しだけ、目を見開いているように見えた。

 

「あ、その、なんだ……すまん、今のは──」

 

「構わない」

 

「…………………………は?」

 

 士道は間の抜けた声を出した。目が点になる。口が力無く開かれ、手足が弛緩する。

 

要は、身体全体を使って呆然とした。 ──ちょっと、意味がわからない。今この少女は何と言った?

 

「な……なんて?」

 

「構わない、と言った」

 

「な、なななななななにが?」

 

「付き合っても構わない」

 

「…………ッ!?」 士道は顔中に汗をぶわっと吹ふき出させた。

 

側頭部に軽く手を当て、落ち着け、落ち着けと自分に語りかける。

 

 考えられない。普通に考えればありえない。だって、数えるくらいしか会話を交わしたこともない男にいきなり交際を迫せまられて、OKする女がいるだろうか。

 

 ……いやまあいないことはないんだろうけど、折紙に関しては絶対にそんな答えを返してくるとは思わなかったのだ。 

 

──いや待て。士道はぴくりと眉を動かした。もしかしたら折紙は、何か勘違いをしているのではないだろうか。

 

「あ、ああ……どこかに出かけるのに付き合ってくれるってことだよな?」

 

「…………?」 折紙が、小さく首を傾かしげた。

「そういう意味だったの?」

 

「え、あ、いや……ええと、鳶一は、どういう意味だと思ったんだ……?」

 

「男女交際のことかと思っていた」

 

「…………ッ!」 士道は、頭に雷かみなりが直撃したかのように全身を震わせた。 何というのだろう、折紙の口から『男女交際』なんて言葉が出るのは、恐ろしく背徳的な感じがしたのである。

 

「違うの?」

 

「い、いや……違わない……けど」

 

「そう」 折紙が、何事もなかったかのように首肯する。 次の瞬間、士道は思いっきり後悔した。 

 

──なぜ、なぜ「違わない」なんて言ってしまったのか! 今なら、今ならまだ勘違いで通せたのに!

と、その時。

 

 

 

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ───────────

 

 

 

 

「っ!?」 瞬間、何の前触もなく、あたりに警報が響き渡わたった。

 

 それとほぼ同時に、折紙が顔を軽く上げる。「──急用ができた。また」

 

 そしてそう言うと、踵を返して廊下を走っていってしまった。

 

「お、おい──」 今度は、士道が声をかけても止まらなかった。

 

「ど……どーすりゃいいんだ、これ……」 ほどなくして、インカム越しに声が聞こえてくる。

 

『士道、空間震よ。一旦〈フラクシナス〉に移動するわ。佐藤も呼ぶから戻りなさい』

 

「や、やっぱり、精霊なのか……?」 士道が問うと、琴里は一拍置いてから続けてきた。

 

『ええ。出現予測地点は──来禅高校ここよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は、一七時二〇分。 街の上空に浮遊している〈フラクシナス〉に移動した四人は、艦橋スクリーンに表示された様々な情報に視線を送っていた。

 

 

 

 軍服に着替えた琴里と令音は、時折言葉を交わしながら意味ありげにうなずいていたが、正直士道には、画面上の数値が何を示しているのかよくわからない。

 

 唯一理解できるのは──画面右側に示されているのが、士道の高校を中心にした街の地図であることくらいである。

 

「佐藤…ちょっと良いか?」

士道は隣で待機する佐藤に話しかけた。

 

『ん、どうした?』

 

「いや、一つお願いがあるんだが」

 

『お願い?』

 

「佐藤も来てくれないか?」

真剣な目で士道は言い放った。

 

『は?…何いってんだお前』

 

「そうよ、何言ってんのよ。まさか、今更になって怖くなってきたの?」

 

すると、士道は佐藤にだけ聞こえる声で囁いて意を伝えた。

 

 

 

『なるほど、ね』 それを聞いた佐藤は小さく唇の端を上げた。

 

 

 

『五河琴里、俺達はあの精霊と面識がある。確かに精霊のストレス値を上げる要因になるかもしれないが、一つあの精霊に見せたいものがある』

 

 

 

琴里は観念したのかため息を吐いて、

了承するように二人の名前を呼ぶ

「──士道、佐藤。もう時間がないわ、準備なさい」

 

 

「あぁ───わかっ…た。」

正直、不安だ。訓練の時ですら、令音のサポートを受けてもたどたどしかった。

 

 

 

「安心なさい士道、佐藤。〈フラクシナス〉クルーには頼もしい人材がいっぱいよ」士道の顔をみて、その不安を悟ってか、琴里がそんなことを言ってくる。

 

 

「そ、そうなのか?」 士道が疑わしげな顔で聞き返すと、琴里が上着をバサッと翻して立ち上がった。

 

「たとえば」 そして艦橋下段のクルーの一人をビシッと指す。

 

 

「五度もの結婚を経験した恋愛マスター・〈早過ぎた倦怠期(バッドマリッジ)〉川越!」

 

 

「いやそれ四回は離婚してるってことだよな!?」

 

 

「夜のお店のフィリピーナに絶大な人気を誇る、〈社長(シャチョサン)〉幹本!」

 

「それ完全に金の魅力だろ!?」

 

「恋のライバルに次々と不幸が。午前二時の女・〈藁人形(ネイルノツカー)〉椎崎!」

 

 

「絶対呪いかけてるだろそれ!」

 

 

「一〇〇人の嫁を持つ男・〈次元を越える者(ディメンション・ブレイカー)〉中津川!」

 

「ちゃんとz軸のある嫁だろうな!?」

 

 

 

「その愛の深さゆえに、今や法律で愛する彼の半径五〇〇メートル以内に近づけなくなった女・〈保護観察処分(ディープラヴ)〉箕輪!」

 

 

「なんでそんな奴らばっかなんだよ!」

 

 

 

「……皆、クルーとしての腕は確かなんだ」

 

 

 

 艦橋下段から、ぼそぼそっとした令音の声が聞こえてくる。

 

 

「そ、そう言われても……」

 

 

 

「いいから早いところ行ってきなさい。精霊が外に出たらASTが群がってくるわ。」

 

 

 

 

 

「………分かったよ」

 

『理解した』

 

 

何とか、ツッコみたい気持ちを押し殺し、士道は返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈フラクシナス〉下部に設えられている顕現装置を用いた転送機は、直線上に遮蔽物さえなければ、一瞬で物質を転送・回収できるという代物だという話だ。

 

 一瞬のうちに視界が〈フラクシナス〉から、薄暗い高校の裏手に変わったのを確認してから、士道は軽く頭を振ふった。

 

 

『これは……』

「えっぐいな…」

二人は揃って狼狽の声を上げる。なぜなら、士道たちの目の前にある校舎の壁が、冗談のようにごっそりと削り取られており、内部を覗のぞかせていたからだ。

 

 

「実際見るととんでもねえな……」

「まあ、ちょうどいいからそこから入っちゃいなさい」

 

 右耳に詰めたインカムから、琴里の声が聞こえてくる。

 

 

『「……了解」』と両者揃って呟くと、校舎の中に入っていった。あまりのんびりしていては精霊が外に出てしまうかもしれないし、それ以前に、士道達がASTに見つかって『保護』されてしまう可能性もある。

 

 

「さ、急ぎましょ。ナビするわ。精霊の反応はそこから階段を上がって三階、手前から四番目の教室よ」

 

 

そして、士道と佐藤は一分とかからずそこに着いていた。

 

『士道…行けるか?』

佐藤は士道を落ち着かせるように声をかけてきた。

 

士道は深呼吸をすると…「あぁ、大丈夫だ」と返した。

 

 扉は開いておらず、中の様子は窺えなかったが、この中に精霊がいると思うと自然心臓は早鐘のように鳴った。

 

 

「て──ここ、二年四組。俺たちのクラスじゃねえか」

『ほんとだ……すごい偶然だな』

 

 

「あら、そうなの。好都合じゃない。地の利とまでは言わないけど、まったく知らない場所よりよかったでしょ」

 

 

 とにかく、精霊が気まぐれを起こす前に接触せねばならない。士道は唾を飲み込んだ。

 

 

「……やあ、こんばんわ、どうしたの、こんなところで」 小さな声で、最初にかける言葉を何度か繰り返し。

 

 

『おい士道…それで良いのか?』

 

 

「…?何がだ?」

妙な事を聞いてくる佐藤に士道は逆に尋ねた。

 

 

『いや、分からないなら良い』

そう言って佐藤は話を終わらせた。

 

 

そして…。

 士道は、意を決して教室の扉を開けた。 夕日で赤く染められた教室の様子が、網膜に映り込んでくる。

 

 

「────」

 

 瞬間。

 

 頭の中で用意していた薄っぺらな言葉なんて、一切合切吹っ飛んだ。

 

「あ────」 前から四番目、窓際から二列目──ちょうど士道の机の上に、不思議なドレスを身に纏った黒髪の少女が、片膝を立てるようにして座っていた。 幻想的な輝きを放つ目を物憂げな半眼にし、ぼうっと黒板を眺めている。

 

 半身を夕日に照らされた少女は、見る者の思考能力を一瞬奪ってしまうほどに、神秘的。 だが、その完璧にも近いワンシーンは、すぐに崩れることとなった。

 

 

「──ぬ?」 少女が士道の侵入に気づき、目を完全に開いてこちらを見てくる。「……ッ! や、やあ──」 と、士道がどうにか心を落ち着けながら手を上げ……ようとした瞬間。

 

 

『バカ、頭を下げろって…』

後から入ってきた佐藤が士道の頭を手で掴んで強制的に下げた。

 

 ──ひゅん、と。 少女が無造作に手を振るったかと思うと、士道の頭上、佐藤の脇下を一条の黒い光線が通り抜ぬけていった。

 

 一瞬のあと、士道が手を掛かけていた教室の扉と、その後ろにある廊下の窓ガラスが盛大な音を立てて砕け散る。

 

「ぃ……ッ!?」 突然のことに、一瞬その場に固まってしまう。

 

『チッ…、どんだけボーっとしてんだお前は』

 

 

『士道!』

 琴里の声が鼓膜を痛いほどに震わせる。

 

 

 少女は鬱々とした表情を作りながら、腕を大きく振り上げていた。手のひらの上には、黒い輝きを放っている丸い球があった。

 

 

「ちょ……っ」

 

 『クソ……ッ!』叫びを上げるより早く、佐藤が士道ごと壁の後ろに身を隠す。

 

一瞬あと、先ほどまで士道がいた位置を光の奔流が通り抜け、校舎の外壁を容易く突き破って外へ伸びていった。

 

 

 その後も、何度か連続して黒い光が放たれる。

『おい!士道、これ以上は俺も守れないぞ!精霊を落とすんだろ?さっさと話しかけて辞めさせろ!』 

 

 

「辞めさせる…っつたって…」 

 

 

『良いから早くしろ!』

佐藤は士道を引っ張りながら強引に光を避けていた。

 

 

「ま…待ってくれ!俺たちは敵じゃない!」

随分と風通しのよくなってしまった廊下から声を上げる。

 

 

 と、士道の言葉が通じたのか、それきり光線は放たれなくなった。「……は、入って大丈夫なのか……?」

 

 

『もうコイツの子守は無理だぞ…』

息を切らしながらうんざりとした顔で佐藤は言った。

 

『見たところ、迎撃準備はしてないわね。やろうと思えば、壁ごと士道たちを吹き飛ばすなんて容易いはずだし。──逆に時間を空けて機嫌を損ねてもよくないわ。行きましょう』

 

 士道と佐藤こ言葉に琴里が返してくる。恐らくカメラはもう教室に入っているのだろう。

 

『ほら、お前から先にいけ…』

 

 唾液をごくりと飲み下してから、士道は扉のなくなった教室の入り口の前に立った。

 

 

「…………」 そんな士道たちに、少女はじとーっとした目を向けてきていた。一応攻撃はしてこないものの、その視線には猜疑と警戒が満ちている。

 

 

『疑われてんなー』

後ろから佐藤の声が聞こえた、ここでその発言は呑気すぎるだろ。

 

 

「と、とりあえず落ち着い──」

まずは士道から敵意がないことを示すために両手を上げて、教室に足を踏み入れた。

 

 

 だが、「──止まれ」 少女が凜とした声音を響かせると同時──ばじゅッ、と士道の足元の床を光線が灼く。

 

 

士道は慌てて身体を硬直させた。「……っ」 少女が、士道と佐藤の頭頂から爪つま先さきまでを舐なめるように睨め回し、口を開いてくる。

 

 

 

「おまえたちは、何者だ。まずは貴様から名乗れ」

剣を士道に向けながら指してくる。

 

 

 

「っ……ああ、俺は──」

 

 

 

『待ちなさい』 と、士道が答えようとしたところで、なぜか琴里からストップが入った。〈フラクシナス〉艦橋のスクリーンには今、光のドレスを纏った精霊の少女が、バストアップで映し出されていた。 愛らしい貌を刺々しい視線で飾りながら、カメラの右側──士道たちを睨みつけている。

 

 

 

 

そしてその周りには『好感度』をはじめとした各種パラメータが配置されていた。令音が 顕現装置で解析・数値化した、少女の精神状態が表示されているのである。

 

 

ついでに〈フラクシナス〉に 搭載されているAIが、二人の会話をタイムラグなしでテキストに起こし、画面の下部に表示させている。 一見、士道が訓練に使用したゲームの画面にそっくりだった。

 

 

 

特大のスクリーンに表示されたギャルゲー画面に、選りすぐられたクルーたちが、至極真面目な顔をして向かい合っている。 なんともシュールな光景である

 

 

 

と──琴里はぴくりと眉を上げた。

 

 

『おまえたちは、何者だ。まずは貴様から名乗れ』 精霊が士道に向かってそう言葉を発した瞬間、画面が明滅し、艦橋にサイレンが鳴り響いたのだ。

 

 

「こ、これは──」

 

 

 クルーの誰かが狼狽に満ちた声を上げる中、画面中央にウインドウが現れる。

 

 

 

 ①「俺は五河士道。君を救いにきた!」

 ②「通りすがりの一般人ですやめて殺さないで」

 ③「人に名を訊ねるときは自分から名乗れ」

 

 

 

「選択肢──っ」 琴里はキャンディの棒をピンと立てた。 令音の操作する解析用顕現装置(リアライザ)と連動した〈フラクシナス〉のAIが、精霊の心拍や微弱な脳波などの変化を観測し、瞬時に対応パターンを画面に表示したのだ。

 

 これが表示されるのは、精霊の精神状態が不安定であるときに限られる。 つまり、正しい対応をすれば精霊に取り入ることができる。 だがもし間違えれば──

 

 琴里はすぐさまマイクを口に近づけると、返事をしかけていた士道に制止をかけた。

 

 

「待ちなさい」

 

 

『──っ?』 息を詰まらせるような音が、スピーカーから聞こえてくる。きっと、なぜ琴里が言葉を止めさせたかがわからないのだろう。

 

 

 精霊をいつまでも待たせているわけにはいかない。琴里はクルーたちに向かってのどを震わせた。

 

 

 

「これだと思う選択肢を選びなさい! 五秒以内!」

 

 

 クルーたちが一斉に手元のコンソールを操作する。その結果はすぐに琴里の手元のディスプレイに表示された。

 

 最も多いのは──③番。「──みんな私と同意見みたいね」 琴里が言うと、クルーたちは一斉にうなずいた。

 

 

「①は一見王道に見えますが、向こうがこちらを敵と疑っているこの場で言っても胡散臭いだけでしょう。それに少々鼻につく」

 

 

直立不動のまま、神無月が言ってくる。

 

「……②は論外だね。万が一この場を逃れることができたとしても、それで終わりだ」

 

 次いで、艦橋下段から令音が声を発してきた。

 

「そうね。その点③は理に適っているし、上手すれば会話の主導権を握ることもできるかもしれないわ」

 

 琴里は小さくうなずくと、再びマイクを引き寄せた。

 

 

「……お、おい、なんだってんだよ……」 少女の鋭い視線に晒されながら言葉を制止された士道は、気まずい空気の中そこに立ちつくしていた。

 

 

「……もう一度聞こう。おまえは、何者だ」 少女が苛立たしげに言い、目をさらに尖らせる。 と、その瞬間、ようやく右耳に琴里からの声が届いた。

 

 

『士道。聞こえる? 私の言うとおりに答えなさい』

 

「お、おう」

 

 

『──人に名を訊ねるときは自分から名乗れ』

 

「──人に名を訊ねるときは自分から名乗れ。……って」

 

 言ってしまってから、士道は顔を青くした。

 

 

『………おぃ…?』

 

「な、何言わせてんだよ……っ」 だが時既に遅し。士道の声を聞いた少女は途端に表情を不機嫌そうに歪め、今度は両手を振り上げて光の球を作りだした。

 

『ば、か………ッ!』

 

後方に居た佐藤が床を蹴り、士道の脇腹に腕を回し、引っ掛けながら右方に転がる。 一瞬あと、士道たちの立っていた場所に黒い光球が投げつけられた。

 

床に、二階一階まで貫通するような大穴が開く。 ついでに士道はその瞬間の衝撃波でさらに吹飛されかけたが、佐藤のお陰で勢いを殺すことができた。

 

 

『……ふ…ざけやがっ…て』

 

 

『あれ、おかしいな』

 

 

「おかしいなじゃねえ……ッ、殺す気か……っ」

 

 心底不思議そうに言ってくる琴里に佐藤と士道は言い、両者、身を起こした。

 

 

 と──「これが最後だ。答える気がないのなら、敵と判断する」 士道の机の上から、少女が言ってくる。

 

士道は泡を食って即座に口を開いた。

 

「お、俺は五河士道! ここの生徒だ! 敵対する意思はない!」

 

 

『俺も…同じくここの生徒、佐藤だ。敵対の意志はない…』

 

 

 

 

「……………」

 

 

 両手を上げながら士道と佐藤が言うと、少女は訝しげな目を作りながら士道の机から下りた。

 

 

「──そのままでいろ。おまえたちは今、私の攻撃可能圏内にいる」

 

 

「……っ」

『…─…、』

 

 

 士道たちは了解を示すように、姿勢を保ったままこくこくとうなずいた。

 

 

 少女が、ゆっくりとした足取りで士道の方に寄ってくる。

 

 

「……ん?」 そして軽く腰を折り、しばしの間士道と佐藤の顔を凝視してから「ぬ?」と眉を上げた。

 

 

「おまえたち、前に一度会ったことがあるな……?」

 

 

『……あ、……あぁ。──今月の…一〇日、に。』

 

 

「おお」 佐藤が言うと、少女は得心がいったように小さく手を打つと、姿勢を元に戻した。

 

 

「思い出したぞ。何やらおかしなことを言っていた奴だったな」 少女の目から、微かに険しさが消えるのを見取って、一瞬士道の緊張が弛む。

 

 

 だが、

 

 

「ぎ……ッ!?」

 

『…………っ!』

 

 

 刹那の間のあと、士道たちの眼前に剣先を当てられる。

 

 

 

「……確か、私を殺すつもりはないと言っていたな。 ふん──見え透いた手を。言え、何が狙いだ。油断させておいて後ろから襲うつもりか?」

 

 

「…………っ」 士道は、小さく眉根を寄せ、奥歯をぎりと噛んだ。 少女への恐怖とか、そんなものより先に。

 

 

 少女が士道たちの言葉──殺しに来たのではない、敵意はない、というその台詞を、微塵も信じることができないのが。

 

 

 信じることができないような環境に晒されていた、というのが。 気持ち悪くて、たまらなかった。

 

 

「──人間は……ッ」 思わず、士道は声を発していた。

 

佐藤が目を見開いて、口を開きかけていたが、そんな事に気づく余裕は士道に無かった。

 

「おまえを殺そうとする奴らばかりじゃ……ないんだッ」

 

 

「…………」 少女が目を丸くして、剣先を地に下ろす。

 

 

 そしてしばしの間、もの問いたげな視線で士道と佐藤の顔を見つめたあと、小さく唇を開いた。

 

 

「……そうなのか?」

 

 

「ああ、そうだとも」

 

『……事実だ。』

 

 

「だが、私が会った人間たちは、皆私は死なねばならないと言っていたぞ」

 

 

 

「そんなわけ……ないだろッ」

 

 

「んなわけ……ない…っ」

佐藤は珍しく口を噛み締めながら言葉を吐いた。

 

 

 

「…………」 佐藤達の言葉に少女は何も答えず、手を後ろに回した。 半眼を作って口を結び──まだ二人の言うことが信じ切れないという顔を作る。

 

 

「……では聞くが。私を殺すつもりがないのなら、おまえたちは一体何をしに現れたのだ?今度は貴様から答えろ」そう言って今度は佐藤に剣先を向け、睨みながら言った。

 

 

 

『俺は……お前を知りにきただけだ。』

少しの間の後。佐藤はそんな事を言った。

 

 

「知りに来た…?」

その言葉に更に怪訝そうに目を細めた。

 

 

『簡単に言えば、コイツの付き添い。用があるのは実質コイツだけだ』士道を見て、指し示す。

 

 

それをひとしきり聞いた後に少女は士道にも目を向けてきた、まるで「では、お前は?」とでも言わんばかりに。

 

 

 

 

「っ、──ええと」

 

 

 

『士道』 

 

あまりのキラーパスに士道が口ごもると同時、琴里の声が右耳に響いてきた。

 

 

「──また選択肢か」 琴里はぺろりと唇を舐めて、スクリーンの中央に表示された選択肢を見つめた。

 

 佐藤に聞いた時に選択肢が出てこずに、士道に尋ねた時には選択肢が出てきた。

 

 その不可思議な現象にはほんの少しだけ疑問が生まれたが、特に現状は考える必要なことのない事だと判断し、脳内から排斥する。

 

 

 

 

 

 

 

 ①「それはもちろん、君に会うためさ」

 

 ②「なんでもいいだろ、そんなの」

 

 ③「偶然だよ、偶然」

 

 手元のディスプレイに、瞬時にクルーたちの意見が集まってくる。

 

①が人気だ。「②はまあ、さっきの反応を見る限り駄目でしょうね。──士道、とりあえず無難に、君に会うためとでも言っておきなさい」

 

 

 琴里がマイクに向かって言うと、士道が画面の中で立ち上がりながら口を開いた。

 

 

『き、君に会うためだ』

 

 

『……?』 少女が、きょとんとした顔を作る。

 

『私に? 一体何のために』 少女が首を傾げてそう言った瞬間、またも画面に選択肢が表示される。

 

 

 ①「君に興味があるんだ」

 

 ②「君と、愛し合うために」

 

 ③「君に訊きたいことがある」

 

 

「んー……どうしたもんかしらねえ」 琴里があごをさすっていると、手元のディスプレイには②の回答が集まっていった。

 

 

「ここはストレートにいっておいた方がいいでしょう、司令、男気を見せないと!」

 

 

「はっきり言わないとこの手の娘はわからないですって!」

 

 

 艦橋下段から、クルーの声が響いてくる。 琴里はふうむとうなってから足を組み替えた。

 

 

「まあ、いいでしょ。①や③だとまた質問を返されるだろうし。──士道。君と、愛し合うために、よ」

 

 

『………』

 

 

 マイクに向かって指示を発する。瞬間、士道の肩がビクッと震ふるえた。「あー……その、だな」

 

 

 琴里からの指示を受けた士道は、しどろもどろになって目を泳がせた。

 

「なんだ、言えないのか。お前は理由もなく私のもとに現れたと?」

 

 少女の目が、再び険しいものになっていく。士道は慌てて手を振りながら声を発した。

 

 

 

「き、君と……愛し合うため……に?」

 

 

『はぁ………』

 

 

「…………」 士道が言った瞬間、少女は手を抜き手てにし、横薙ぎに振り抜いた。 瞬間、士道の頭のすぐ上を風の刃が通り抜け──教室の壁を切り裂いて外へと抜けていった。

 

 

士道の髪が数本、中程で切られて風に舞う。

 

 

「ぬわ……ッ!?」

 

 

「……冗談はいらない」 ひどく憂鬱そうな顔をして、少女が呟やく。

 

 

「…………っ」 士道は、唾液を飲み下した。 一瞬にして今し方感じていた恐怖が薄れ、心臓が高鳴っていく。

 

 

 ──ああ、そうだ、この顔だ。 士道が大嫌いな、この顔だ。 自分が愛されるなんて微塵も思っていないような、世界に絶望した表情だ。

 

 

 士道は、思わずのどを震わせていた。

 

「俺は……ッ、おまえと話をするために……ここにきたッ」

 

 士道が言うと──少女は意味がわからないといった様子で眉をひそめた。

 

 

「……どういう意味だ?」

 

「そのままだ。俺は、おまえと、話がしたいんだ。内容なんかなんだっていい。気に入らないなら無視してくれたっていい。でも、一つだけわかってくれ。俺は──」

 

 

『士道、落ち着きなさい』 琴里が、諫めるように言ってくる。しかし士道は止まらなかった。

 

 

 だって、今までこの少女には、手を差し伸べる人間がいなかったのだ。

 

 

 たった一言でもあれば状況は違ったかもしれないのに、その一言をかけてやる人間が、一人もいなかったのだ。 士道には、父が、母が、そして琴里がいた。

 

 

 でも、彼女には、誰もいなかったのだ。 だったら──士道が言うしかない。

 

 

 

 

     「俺は──おまえを、否定しない」

 

 

 

 士道はだん、と足を踏みしめると、一言一言を区切るようにそう言った。

 

 

「…………っ」 少女は眉根を寄せると、士道から目を逸そらした。 そしてしばしの間黙ったあと、小さく唇を開く。

 

「……シドー。シドーといったな」

 

「──ああ」

 

「本当に、おまえは私を否定しないのか?」

 

 

 

「本当だ」

 

 

 

「本当の本当か?」

 

 

 

「本当の本当だ」

 

 

 

「本当の本当の本当か?」

 

 

 

「本当の本当の本当だ」

 

 

 

 士道が間髪入れず答えると、少女は髪をくしゃくしゃとかき、ずずっと鼻をすするかのような音を立ててから、顔の向きを戻してきた。

 

 

「──ふん」 眉根を寄せ口をへの字に結んだままの表情で、腕組みをする。

 

 

「誰がそんな言葉に騙されるかばーかばーか」

 

 

「っ、だから、俺は──」

 

「……だがまあ、あれだ」 少女は、複雑そうな表情を作ったまま、続けた。

 

 

「どんな腹があるかは知らんが、まともに会話をしようという人間はお前たちが初めてだからな。……この世界の情報を得るために少しだけ利用してやる」

 

 

 言って、もう一度ふんと息を吐く。

 

 

「……は、はあ?」

 

 

「話しくらいしてやらんこともないと言っているのだ。そう、情報を得るためだからな。うむ、大事。情報超大事」

 

 

 言いながらも──ほんの少しだけ、少女の表情が和らいだ気がする。

 

 

 

「お前は───。サトー、サトーと言ったな?」

次いで少女は佐藤の方に視線を向け、その名を紡ぐ。

 

 

 

 

 

『あぁ。そうだが…』

 

 

 

 

「………………?」

佐藤を呼び掛けた瞬間。…少女は何故か、自分の言葉に不思議そうに首を傾げ始めた。

 

 

 

「サトー…?」

その言葉を噛みしめるように、なぜか…疑問符を浮かべる。

 

 

 

『だから、どうしたんだよ。』

 

 

「あ、───いや…なんでもない。」コホンと咳払いをした後、言葉を続ける。

 

 

 

 

「お前は、私を否定するか?」

そんな言葉を尋ねた。密かに目を細めている…恐らく嘘をついてもすぐにバレてしまうだろう。

 

 

 

 

『……しない』

 

 

 

「……………」

たん的に発せられた言葉に……眉をひそめつつも、ジトーっと、見たあと…すぐに士道と見比べ始めた。

 

 

 

「ふ、ふんっ…。そうか────〝二人も〟…」

ボソボソと何かが聞こえたが、インカムからの音に遮られ士道の鼓膜を震わせることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 取り敢えず、これは……とりあえずファーストコンタクトに成功したと考えていいのだろうか。

 

 

 士道が困惑していると、右耳に琴里の声が響いた。

 

 

 

『──士道、佐藤。上出来よ、そのまま続けて』

 

 

 

『分かった…、』

「あ、ああ……」 と、少女が大股で教室の外周をゆっくりと回り始めた。

 

 

 

「ただし不審な行動を取ってみろ。おまえの身体に風穴を開けてやるからな」

 

 

「……オーケイ、了解した」 士道の返答を聞きながら、少女がゆっくりと教室に足音を響かせていく。

 

 

「シドー、サトー」

 

 

「な、なんだ?」

『……?』

 

 

「──早速聞くが。ここは一体何なんだ? 初めて見る場所だ」 言って、歩きながら倒れていない机をペタペタと触り回る。

 

 

「え……ああ、学校──教室、まあ、俺と同年代くらいの生徒たちが勉強する場所だ。その席に座って、こう」

 

 

「なんと」 少女は驚ろいたように目を丸くした。

 

「これに全て人間が収まるのか? 冗談を抜かすな。四〇近くはあるぞ」

 

 

『いや、本当だよ…』佐藤が言いながら、苦笑いを浮かべる。

 

 

 

 

 恐らくだが、少女が現れるときは、街には避難警報が発令されている。

 

 

少女が見たことのある人間なんて、ASTくらいのものなのだろう。人数もそこまで多くはあるまい。

 

 

『なぁ……士道。』

 

 そこで佐藤が何かに気付いたかのように士道に耳元に囁いていた。

 

 

「……?」

 

『……アイツに…名前とか、無いよな。』

 

 

「……ぁ」

そこで気付いた。確かに…、名前が無い。

 

 

 

 「ぬ?」 士道たちがコソコソと離している事に気づいたのだろう、少女が眉をひそめてくる。

 

 

「何だ、貴様ら…。内緒話とは、あまり好かんぞ」

分かりやすく顔を不機嫌そうに歪め、指に光球を編み始める。

 

 

『……っ、名前が…無いなって…話をしてたんだよ。』

 

 

「……名だと?」

その言葉を聞き、目を見開きながら光球を消す。

 

 

 そしてしばし考えを巡らせるようにあごに手を置いたあと、「……そうか、会話を交わす者たちがいるのなら、必要なのだな」 そううなずいて、「シドー、サトー。──おまえ達は、私を何と呼びたい」

 

 

 手近にあった机に寄りかかりながら、そんなことを言ってきた。

 

 

『…まじか…』

 

「……は?」 言っている意味がわからず、士道は問い返し、佐藤は絶句していた。

 

 

 

少女はふんと腕組みすると、二人に尊大な調子で続けて言った。

 

 

「私に名をつけろ」

 

「…………」 しばし沈黙したあとで。

 

 

 ──重めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!! 士道は心中で絶叫した。

 

 

 

「お、俺がかッ!?」

 

『俺もかよっ!?』

 

 

「ああ。どうせおまえ以外と会話をする予定はない。問題あるまい」

 

 

 

 

 

 

 

「うっわ、これまたヘビーなの来たわね」 艦長席に腰掛けながら、琴里は頬をかいた。

 

 

「……ふむ、どうしたものかな」 艦橋下段で、令音がそれに応えるようにうなる。

 

 

 艦橋にはサイレンが鳴っているものの、スクリーンには選択肢が表示されていなかった。

 

 AIでランダムに名前を組むだけでは、パターンが多すぎて表示しきれないのだろう。

 

 

「落ち着きなさい士道。焦って変な名前言うんじゃないわよ」 言ってから、琴里は立ち上がり、クルーたちに声を張り上げた。

 

 

「総員! 今すぐ彼女の名前を考えて私の端末に送りなさい!」 言ってからディスプレイに視線を落とす。すでに何名かのクルーから名前案が送信されてきていた。

 

 

 

 

 

「ええと……川越! 美佐子って別れた奥さんの名前じゃない!」

 

「す、すいません、思いつかなかったもので……」 司令室の下部から、すまなそうな男の声が聞こえてくる。

 

「……ったく、他は……麗鐘(うららかね)? 幹本、なんて読むのこれ」

 

 

 

麗鐘(くららべる)です!」

 

 

「あなたは生涯子供を持つことを禁じるわ」

 

 声を上げた男性クルーに指を突きつける。

 

 

「すいません! もう一番上の子が小学生です!」

 

 

「一番上の子?」

 

「はい! 三人います!」

 

 

 

「ちなみに名前は」「上から、美空(びゅあっぷる)振門体(ふるもんてい)聖良布夢(せらふいむ)です!」

 

 

 

「一週間以内に改名して、学区外に引越しなさい」

 

 

「そこまでですかッ!?」

 

 

「変な名前つけられた子供の気持ちを察しなさいこのダボハゼ」

 

 

「大丈夫ですよ! 最近はみんな似たようなものですから!」

 

 ゴンゴン、とくぐもった音が艦橋に響く。 恐らく士道がインカムを指で小突いているのだろう。

 

 

 スクリーンを見やると、少女が腕組みしながら、待ちくたびれたように指で肘を叩いているのがわかる。

 

 

 琴里は画面をざっと見た。ロクなものはない。はぁと盛大に息を吐き出す。

 

 

 まったくセンスのない部下たちである。琴里はやれやれと首を振ふった。 少女の美しい容貌を見やる。

 

 

彼女に相応しいのは、古式ゆかしい優雅さであろう。そう、たとえば──「トメ」

 

 

『トメ! 君の名前はトメだ!』

 

 

『…は?』

 

 士道が言った途端、司令室内に真っ赤なランプが灯り、ビーッ、ビーッというけたたましい音が鳴った。

 

 

「パターン青、不機嫌です!」 クルーの一人が、慌てた様子で声を荒らげる。

 

 

 大画面に表示された好感度メーターが、つ瞬のうちに急下落していた。

 

 

 

 

「……琴里?」 不思議そうな令音の声。

 

 

「あれ? おかしいな。古風でいい名前だと思ったんだけど」

 

 

 

 

 

「……なぜかわからないが、無性に馬鹿にされた気がした」 少女が額に血管を浮かべながら言う。

 

 

「……ッ! す、すまん……ちょっと待ってくれ」

 

 

冷静に考えてみればトメはないわ。士道は身を竦ませながら、自分の浅慮を呪った。全国のお婆ちゃんたちには悪いけれど、今どきの女の子につけるような名前ではない。

 

 

 というかそもそも、出会い頭に名付け親(ゴッドファーザー)になってくれと言われるとは露ほども予想していなかった。

 

 

心臓をどうにか抑え込みながら、考えと視線をぐるぐると巡らせる。

 

 

でも、いきなり女の子の名前なんて出てくるわけがない。名前、名前、名前……知っている女性の名前が頭の中を掠めては消えていく。

 

 

 

『……何かあるか…?』

隣からそんな声がかけられて、士道は嘆息する。…

 

 

「……あると…思うか?」

 

 

『だろうな……っ』

お互いに会話する時間も惜しいかのように会話をきっぱりと辞めて、思考に耽る。

 

 

 

 

 

と、そこで─────

 

 

 

「さ、とう…ッ」

士道は絞り出すように名を呼びかける。

 

 

 

『どうした…?』

目線を向けずに冷や汗をかきながら思考に没頭し続けている佐藤に、〝考え〟をたん的に話した。

 

 

 

「………は?」

佐藤はその案を聞いて、そう言った後、ガリガリと頭を掻いた…。

 

 

『……』

 

 

 

士道は深呼吸をして、唇を開く。

 

 

「────と、十香」

 

 

 

 

「ぬ?」

 

 

「ど、どう……かな」

『…………』

 

 

 

「…………」 少女はしばらく黙ったあと──「まあ、いい。トメよりはマシだ」

 

 

 士道は見るからに余裕のない苦笑を浮かべて後頭部をかいた。 だが……それよりも大きな後悔が後頭部にのしかかる。 だってそれは、四月一〇日に初めて会ったから、なんて安直な名だったのだ。

 

「……なーにやってんだ、俺……」

 

『絶対に墓場まで持っていくぞ?』

「分かってる……」

 

 

 

 

 

「何か言ったか?」

 

 

「っ、あ、いや、なんでも……」

『………』

 

 慌てて手を振る。少女は少し不思議そうにしながらも、深くは追及してこなかった。 すぐにトン、トンと士道に近づいてくる。

 

 

「それで──トーカとは、どう書くのだ?」

 

 

『考えてんのか?』

 

 

「ああ、考えてる。」 士道は黒板の方に歩いていくと、チョークを手に取り、『十香』と書いた。

 

 

「ふむ」 少女が小さくうなってから、士道の真似をするように指先で黒板をなぞる。

 

 

 

 

『ちゃんとチョークを使わないと文字が書け……』 佐藤は言いかけて、言葉を止める。

 

 

 

少女の指が伝ったあとが綺麗に削り取られ、下手くそな『十香』の二文字が記されていた。

 

 

「なんだ?」

 

 

『……いや、なんでもない』

 

「そうか」 少女はそう言うと、しばしの間自分の書いた文字をじっと見つめ、小さくうなずいた。

 

 

「シドー、サトー」

 

「な、なんだ?」

『………?』

 

 

「十香」

 

 

 

「へ?」

『………』

 

 

「十香。私の名だ。素敵だろう?」

 

 

 

 

『ははっ……』

 

 

「あ、ああ……」 何というか……気恥ずかしい。いろんな意味で。 士道は少し視線を逸そらすようにしながら頬をかいた。

 

 

 

 だが、少女──十香は、もう一度同じように唇を動かした。

 

 

「シドー、サトー」

 

 またも、呼びかけられた意図が読めず首を傾げかけたが。佐藤が睨みを効かせながら脇腹を肘でついてきた…さすがに士道でも、その行為で十香の意図はわかった。

 

 

 

「と、十香……」

 

『───十香』

 

 

 佐藤は士道の唇の動きに合わせ同時に言った。

 

それを聞くと十香は満足そうに唇の端をニッと上げた。

 

 

 

「……っ」 思わず心臓が、どくんと跳ねる。

 

 

 そういえば十香の笑顔を見るのは、これが初めてだった。

 

 

 と、そのとき、「──ぇ……?」 突如、校舎を凄まじい爆音と震動が襲った。

 

 咄嗟に黒板に手をついて身体を支える。

 

 

「な、なんだ……ッ!?」

 

『チッ……』

 

『士道、床に伏せて!!!』

 

 と、右耳に琴里の声が大きく響いてくる。

 

「へ……?」

 

 

 次の瞬間、ガガガガガガガガガガガ──ッと、けたたましい音を立てて、教室の窓ガラスが一斉に割れ、反応の遅れた士道にそれらは冷酷に突き刺さる筈だった。

 

 

 

 

 

 

『……茶番は終わりか、』

 

 

 

 

 

「ぇ…?」

 

 

 

 

 

───闇のように真っ黒な外套

 

───穴すら空いていない白黒の仮面

 

 

 

 

その者は十香、士道の一歩前に歩み出ていた。

 

驚くべきことは、その者の線上にて弾丸は空中で停止しており、その後、カランカランという軽い音をたて、床に落下した。

 

 

 

「……」

士道はその違和感に気付き、インカムに触れる。しかし、インカムからは琴里たちの狼狽と動揺の声が聞こえてくる。

 

 

 

「カメラ、通信遮断されました!」

 

 

「何事!?」

一人のクルーの狼狽えた声に琴里は声を荒げる。士道へ警告の言葉が遅れた。しかも、現場を確認するためのカメラがすべて遮断された?

 

 

艦橋内に聳えるモニターは砂嵐───つまりは、映し出せない状態ということだ。

 

 

「復旧までの時間は?!」

 

 

 

「五分で───」

 

 

「一分以内に終わらせなさい!」琴里は机を叩きながら言葉を吐き出す。

 

 

クルー達はそれに了解を示すように、作業を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……琴里…?」

なんだ、琴里側からの声は聞こえる。つまりインカム自体は生きているが、カメラやマイク側が故障を起こしたのか。

 

 

 

「何だ……貴様。人間では、無かったのか…? 」

隣から十香の怪訝そうな言葉が聞こえる。

 

 

 

そうだ、あの者を士道は一度見たことがある。

 

 

 

────佐藤?

 

 

しかし、その言葉に佐藤は何も応えない。代わりに士道たちの方を顔の伺えない仮面をつけたまま振り向き、言葉を告げた。

 

 

 

 

 

『飛べ……【爻盡六王(サマエル)】』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ただ一言。ふざけんな。



復旧のためにバックアップもないし、思い出しながらやったんだぞ。
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