TS魔法少女 響 作:ときんときん
「ううううぅぅ……どぉおしてだよおぉおおお!!」
ベッドの端に蹲るように寝転ぶキョウ。その視線の先にはスマホが置いており、画面にはSNSのタイムラインが映っている。
――『魔法少女キョウ、高位眷属出現の窮地を救う!』
――『花の檻で魔物を華麗に撃破、シェルターの救世主!』
――『白い天使が生み出した花が市民を守る。』
「まただよ……なんなんだよぉ……!」
小さく呻くように吐き出したキョウの声が、部屋に沈む。SNSのタイムラインは、例の戦闘動画で溢れていた。数日前、シェルター内から撮られた動画だという。キョウが高位眷属を、あの花びらのような結界で閉じ込めた瞬間。魔法の輝きと、彼女の姿が一緒に映っていた。
「てか、撮影なんかしてんじゃねぇよ!! 非常事態だぞ!! 何考えてんだマジで!!」
キョウはもはや拡散されきっていて撮影した本人がわからなくなっているなか怒りで声を張り上げるも、その声は室内に虚しく響くばかりである。
「うるさいなぁ。この前も似たようなことあったんだし、もう慣れたもんでしょ。」
「慣れるもクソもあるかぁ!!」
ルミナがやれやれといった雰囲気で宥めるが、それがキョウには火に油であった。
キョウは怒りに任せるようにして寝巻きを脱ぎ去り、クローゼットから衣服を取り出した。
手に取ったのは、柔らかな生成り色のカーディガンと、淡い紺色のワンピース。白銀の髪にもよく合う、控えめで落ち着いた配色だ。
そんな服装に似合わず、キョウは荒ぶったままに玄関へと向かう。
「おっしゃあ!! 行くぞルミナぁ!!」
「う、うん……そうだね……。」
無駄に声を張り上げながら部屋を出るキョウに対し、ルミナは静かに後を追う。キョウが暴走している時はほっとくべきだと、ルミナは知っているのだ。
怒りに任せて部屋を飛び出したキョウだったが、公共交通機関のバスに乗り込んでしばらく揺られているうちに、その気勢もすっかり収まっていた。
窓の外を流れる街並みに視線を移しながら、キョウはため息をついた。運転席の後ろから流れる穏やかなアナウンス、座席に並ぶ人々の落ち着いた空気、すっかり日常に戻った車内の空気が、怒気に満ちていた彼女の感情をなだめていた。
「怒り終わったら引きずらないのが、キョウのいいところだよね。」
膝の上にちょこんと座っていたルミナが、キョウへと振り返りながら言う。
「……それ、褒めてんのか?」
「ほ、ほめへるはら、やめへ……。(ほ、褒めてるから、やめて……。)」
キョウはなんだか癪に触ったので、膝上にいるルミナをモチモチとつねってやる。
目的地の停留所に着き、バスを降りて歩き出す。今日は都市部のパトロールをすることになっているため、バスを使い少し遠出をしている。
綺麗に舗装された道路を歩いていると、なぜか妙な視線を感じ始める。すれ違う人の中に、ちらちらとこちらを見る者が何人もいた。
「ん……?」
気のせいかとも思ったが、その気配は段々と強くなる。ついには、数人の若者グループがキョウに駆け寄ってきた。
「あの……キョウちゃん、ですよね? 魔法少女の!」
「えっ、あ、うん……はい。」
突然のことに驚きつつも応じると、グループが歓声を上げる。
「やっぱり本物だ! 可愛いっすね!!」
「私、めっちゃファンなんです!」
「あの時シェルターに居たんです。守ってくれて、本当にありがとう!」
「い、いやぁ……あはは、それほどでも。」
気づけば若者グループ以外にも、周りから見ていた人々が集まってきた。次々に飛んでくる言葉に、キョウは戸惑いながらもなんとか受け答えをしていく。
「SNSで動画見ましたよ! 花の魔法、すっごく綺麗でした!」
「その動画、俺も見たぜぇ!」
「綺麗だったよなぁ。」
次第に集まった人々が例の動画について話し出す。キョウはそれが引っかかってしまう。
「あー、あの、応援してくれるのは、本当に嬉しいです。でも……」
ファンだと言ってくれる人もいたりして、悪意がある人はいないのだろう。場の空気を壊してしまうとも思ったが、それでもキョウは言うことにした。
「みんなには、何よりも自分自身を守る行動をとってほしいんです。あの動画の時も危険な状況で、本当は撮影なんてしている場合じゃなかった。だから、よろしくお願いします。」
言葉を終えた瞬間、場の空気がふっと静まり返る。誰も何も言わない、わずか数秒の沈黙。キョウは冷や汗をかいた。
(やっちまった……空気、壊したか?)
だが次の瞬間、その静けさを打ち破ったのは、好意に満ちた声だった。
「そうだよなぁ、非常時にスマホ構えてるなんて、おかしいよなぁ!?」
「俺もおかしいと思ってたぜぇ!」
「勝手に撮られた挙句ネットに晒されたのに、俺たちの心配するなんて……天使すぎる……。」
「うおぉぉ好きだぁぁああああ!!!」
再び調子づいて盛り上がる人々の声。キョウは苦笑しながら、彼らの反応に半ば安心し、半ば疑いのまなざしを向けた。
(ほんとにわかってんのか……?)
そう思いながらも、少しだけ口元を緩めるキョウだった。
パトロールを終え、キョウは魔導保全局の正面玄関にたどり着いた。建物の前には無骨な警備ゲートがあり、認証を済ませて中に入ると、ひんやりとした空気が出迎えてくる。
喧騒から離れ、ようやく一息ついたキョウは小さく息を吐いた。
「……ふぃー、ただいまぁ……。」
パトロールそのものは特に問題もなく、声をかけてきた人々も悪意はなかった。けれど、何かを“伝える”という行為の難しさを痛感したキョウにとって、気疲れする時間だったのは間違いない。
無機質な廊下を歩いていると、角を曲がったところで誰かと鉢合わせた。
「……っと、わるい。」
「あっ。」
ぶつかりそうになった相手を見て、キョウは思わず足を止めた。
白衣を羽織った男――望月だった。彼もキョウに気づいて足を止め、小さく目を見開いた。
「キョウ、パトロールは終わりか?」
「うん、ちょうど今帰ってきたとこ。望月が研究棟以外にいるなんて珍しいじゃん、どしたの?」
キョウが聞くと、望月は気まずそうに視線を逸らし軽く肩をすくめた。
「……この前無断で抜け出したことで呼び出しを受けていたんだ。減給処分とのことだ。」
「あぁあれか……お前も、もうあんなバカなことすんなよ?」
「あぁ、もちろんだ。もうしない。」
「……ほんとにわかってんのか?」
キョウは先ほどのファンの事もあって、望月が本当に反省しているのかと訝しんでしまう。
望月は一瞬言葉を飲み込んでから、口を開く。
「……あの時も言ったが、俺は、キョウの力になって、キョウの隣に堂々と担当として立てるようになりたいと思っている。そのためにも、もう軽率な行動を取ることはない。もちろん信じられないのも無理はない。だが俺は……」
「あぁああ!! わかったわかった!! 疑ってごめんって!!」
「いや、疑うのも当然だ。元はといえば俺の……」
「だからいいんだって、それはもう! たくっ……。」
望月のやけに力がこもった返答を、キョウは思わず遮る。これでは逆に、疑った自分が悪いように感じてしまう。キョウは聞かれたわけでもないのに言い訳がましく話す。
「あー、ネットで俺が戦ってる動画が広まってるだろ? それを今日パトロールで会った人たちが凄いって言ってて。非常時にはちゃんと自分の身を守ってほしいって思うからそう伝えたんだけど、ちゃんと伝わってる気がしなくてな……。」
「……俺が言えたことではないが。」
キョウの言葉に対し、望月は続ける。
「多分、伝えようとしたこと自体に意味があるはずだ。伝わったかどうかはわからない。だが、キョウは正しいことをしている。それはキョウの言葉を聞いた人達もわかってくれるはずだ。」
キョウははっとしたように望月を見上げ、そして少しだけ、口元を緩めた。
「……そっか、そうだよな!」
ぱっと顔を上げたその笑顔に、望月は再び無表情に戻りつつも、どこか満足そうに頷いた。
「そういえば、パトロール行ったからデータ取るんだろ? さっさと終わらそうぜ。」
「あぁ、そうしよう……キョウの負担になりそうなら検査の頻度を抑えようと思うが、大丈夫か?」
「俺は全然大丈夫。というか、俺のためにやってくれてることなんだから、そんくらい負担でもないって。」
望月は一層研究熱心になっていた。キョウの力になりたい、というのは本心なのだろう。キョウ自身もそんな望月の力になりたかった。
そうして二人は研究分室へと向かった。
研究分室での一連の測定を終えたキョウは、夜の寮の廊下をのんびりと歩き、自室に戻ってきた。
淡いパステルカラーの寝巻きに着替え、ポットで温めた紅茶を片手にベッドに腰掛けると、キョウはスマホを手に取った。
SNSのアプリを開いた瞬間、目に飛び込んできたのは、見覚えのある話題だった。
――『街でキョウちゃんに会いました! 動画のこともだけど、「自分の身を第一に守ってほしい」って言ってた。拡散お願いします!』
「うわっ……もう広まってる……。」
思わずため息が漏れる。ページをスクロールすれば、リプライと引用でタイムラインが埋まっている。
『本当に本人に会ったの?』
『優しすぎる……泣けるぜ……。』
『動画撮ってるの危ないの、確かにそうだよな。』
『キョウちゃんは市民のこと考えてくれてるんだね……。』
心がじんわりと温かくなるような反応がある一方で、どこか落ち着かない気分もあった。
「すぐSNSにあげるのも、どうかと思うんだがな……。」
呆れたように、でもどこか諦めたように、キョウはスマホを置いた。紅茶を一口啜る。
人をすぐに変えるのなんて無理なのだろう。それはキョウにも理解できた。それに……
『伝えようとしたこと自体に意味があるはずだ。』
望月の言葉を思い返す。そうだ、伝わるかどうかは重要ではない、伝えようとする意思が重要なのだと、望月は言ってくれた。
キョウも、それでいいと思った。
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