TS魔法少女 響 作:ときんときん
朝のホームルーム。担任の教師が教卓の前に立ち、手元の出席簿に視線を落とした後、ふと顔を上げた。
「既に知っている人もいるかと思いますが、現在、視聴覚室とその周囲を封鎖しています。機器が故障していて、業者を呼んで対応してもらっていますので、近づかないように。いいですね?」
クラス内にざわめきが広がる。机を囲んでいた数人の生徒が、声をひそめながら話し出した。
「視聴覚室って、結構新しかったよね?」
「ねー、誰かがいじって壊しちゃったのかな。」
からかうような笑いが起きる中、キョウは静かに窓の外へ視線を向けていた。
(視聴覚室……。魔物の発生地点とされる範囲は、ちょうどあのあたりだ。封鎖を頼んでおいて正解だった。結界も張り終わってる。いつ来ても、対処できる。)
ふと、キョウの目の前に別のクラスメイトが身を乗り出してくる。
「それよりもさ! キョウちゃん、あの噂ってほんとなの!?」
「え? あの噂って……?」
問い返すと、相手は口元を手で覆いながら、興奮したように顔を寄せてくる。
「それはぁ、あの用務――」
バンッ! と別のクラスメイトが机に身を乗り出す。
「わああぁああっ!! ダメだよ、邪魔しちゃ!!」
突然の大声とともに、別のクラスメイトが慌てて間に割って入った。言いかけた子の肩をばしっと叩いて、半ば抱えるように引き戻す。
「ちょ、ちょっと!? 言ってないじゃん、まだ~!」
止められた子は不満げに口を尖らせながら、キョウの方を振り返ると、にやりと笑って言った。
「でもさ~、そうだよね? 禁断の恋、だもんね〜?」
「もぉ~! だから、ダメだってぇ!!」
止めに入った子が、歯止めの効かない相手の肩をぺしっと叩く。女子たちの間に小さな笑いが広がった。
一方のキョウは、きょとんとしたまま取り残された。
(……な、なんなんだ?)
完全に置いてけぼりを食った気分で、キョウは首を傾げるしかなかった。
昼休み。食堂の隅の空いたテーブルに、あかり、みのり、キョウの三人がトレイを並べる。食事をとりながら、キョウが小声で切り出した。
「てことがあって……朝、変なこと言われたんだよ。俺、なんか噂になってんの……?」
あかりとみのりが、ちらと目を合わせてから、言いづらそうに顔を伏せる。
「……あー、うん。たぶん、その噂、知ってるかも……」
「えっ、教えてくれよ。朝から気になって仕方ないんだよ!」
キョウがぐっと身を乗り出すと、みのりが視線を彷徨わせながら答えた。
「……ええと、キョウちゃんが、用務員さん……望月さんと、付き合ってるんじゃないかって……そういう噂、です」
「はぁ!? なんでそうなるんだよ!?」
キョウが思わず声を上げると、あかりが両手を小さく振ってなだめるように言った。
「落ち着いて! あくまで噂だから! でもね、いろいろ話は出てるの。教室抜け出して会いに行ってるとか……」
「……あぁ……それは否定できないかも……」
「外でもこそこそ話してるのをよく見るって」
「……まぁ、それも、なぁ……」
「校内でキスしたとか……」
「はぁ!? それは違うからな!? 絶対してないからな!?」
キョウが真っ青になって否定すると、みのりが苦笑しながら続けた。
「……でもね、二人きりで校舎から出て行ったのを見たって人もいるんだって」
「……あぁ、それは、放課後にラーメン行ったやつか……?」
あかりが目を見開いて呆れたように言う。
「大体あるじゃん! 自業自得だよ!」
「いやいやいや、違うんだってば! 任務で、いろいろ話す必要があったし……!」
「インモラルな関係だ、ってもっぱらの噂ですよ。」
「インモラルって……意味わかってんのか……?」
昼休み。空いたテーブルで食事をとっていたキョウ、あかり、みのりの三人の元に、数人のクラスメイトたちがワイワイと近づいてきた。
「ねえねえ、もしかしてさ~、用務員さんの話してた?」
声を弾ませながら、女子の一人が興味津々で顔を覗き込んでくる。キョウがうっと詰まり、スプーンを持った手を止める。
「うわ、図星!? やっぱり気になるよね、あの人~! ほら、聞かせてよ、ほんとのとこ!」
「ちょ、ちょっと待って……!」
キョウは慌てて言葉を探すが、どこからどう否定すればいいのかわからず、しどろもどろになる。
(くっ……これは……予想以上に面倒な展開……!)
そんなとき――向かいの席で、あかりが静かに立ち上がった。サムズアップしながら、「任せろ!」とでも言いたげな自信満々の表情をキョウに向けてくる。
「え、ちょっ、あかり……?」
キョウが言いかけるより早く、あかりは胸を張ってクラスメイト達に相対する。
「キョウちゃんと用務員さんは知り合いなんだよ!」
「それはみんな知ってるよ〜。そうじゃなきゃ、あんなに一緒にいたりしないもん!」
「知り合い以上の関係なんじゃないの、て話なんだけどさ、友達から見てどうなの?」
「そ、そんなことはないよ! 健全な関係だよ!」
「でも、キスしたとか、放課後一緒に出かけたとか、噂になってるよ?」
「そ、それは……。」
あかりが必死に否定するが、噂を引き合いに出されて言葉に詰まってしまう。やはり、噂はかなり広まってしまっているのだろう。
「あと、用務員さんと一緒にいる時のキョウちゃんは普段より楽しそうというか、安心した感じになるって聞いたけど。」
「あ、それはちょっとわかるかも……。」
「あ、あかり……!?」
クラスメイトの言葉に同調し始めるあかりに、キョウは身を乗り出す。
「あ、違くて……! あの用務員さんはね、キョウちゃんの、担当――じゃなくて……えーと……。」
言葉に詰まったあかりの目が泳ぎ、焦ったように手をバタバタと動かす。その横で、キョウの額には冷や汗が浮かぶ。
(……あかり、大丈夫か……? なんかまずい気が……。)
不安でいっぱいになったそのとき。
「……そう! あの用務員さんは、キョウちゃんの――パートナーさんだよ!」
一同は静まり返る、そして……。
「「「ええぇぇええええ!?!?」」」
食堂に響き渡るほどの大合唱。周囲の空気が一気にざわめきに変わる。
「おい、ちょっとこっち来い……!!」
キョウは席を立ち、あかりの腕を引っ張って少し離れた場所へ連れていく。あかりはきょとんとした顔でついてくる。
「……パートナーってなんだよ!」
「い、いやぁ、キョウちゃんはともかく、望月さんは魔導保全局の人だってことは隠してるらしいから、キョウちゃんの担当って言うのはよくないかなって……。」
「そこからなんで『パートナー』なんて言い方になるんだよ! ますます付き合ってるって誤解されるだろうが!」
「……た、たしかに!! どうしよう!?」
「いやどうしようじゃなくて……もう、まじで……ん、あれ……?」
ふと、キョウは気づいた。先ほどまで騒がしくしていたクラスメイトたちが、いつの間にか静まり返っている。
あかりと一緒に席へ戻ると、テーブルの傍らで、みのりが数人のクラスメイトたちに詰め寄っていた。普段は温和な彼女にしては珍しく、凛とした口調が空気を引き締めていた。
「……本人が否定しているのに、それを執拗に問い詰めるのって、よくないですよね?」
「はい……。」
クラスメイトたちは気まずそうに視線を落としながら小さく頷く。
「それに、どんな関係であってもプライベートなことなんですから、野次馬みたいに騒ぎ立てるのは、ちょっと下品だと思います」
「……それってつまり、みのりちゃんから見ても、付き合ってるように見えるってことじゃ……。」
「返事は?」
「……はい。」
ぴしゃりとした一言に、クラスメイトたちはぴたりと口をつぐむ。そして、そろってキョウの方を向き、深々と頭を下げた。
「ごめんね、キョウちゃん……」
キョウは肩をすくめて、小さくため息をついた。
「いや……別に、いいけどさ……。」
クラスメイトたちがそそくさとその場を離れていく。キョウはようやく静けさを取り戻した食堂の空気に、軽く背筋を伸ばす。
その隣で、みのりが静かに声をかけた。
「……私たちも、戻りましょうか」
「あ、あぁ……。」
その時、不意にキョウのポケットの中でスマホが震えた。取り出して画面を見ると、発信者は――望月。
すぐに通話を取る。
「望月、どうした?」
『あぁ、それが――視聴覚室を中心に魔力量が急激に増大している。魔物が発生するかもしれない……すぐに来てくれ!』
いつになく切迫した声色に、キョウの表情が引き締まる。
「……わかった、すぐ行く!」
電話を切ると、あかりとみのりに向き直る。
「悪い、ちょっと行ってくる」
それだけ言い残して、キョウは駆け出した。
取り残されたあかりとみのりは顔を見合わせる。
「今の……望月さんだよね?」
「おそらく……なんというか、あれは……勘違いされても仕方ないというか……。」
2人がそんなことを囁き合っているとは露知らず、キョウは校内を駆け抜けていた。
立ち入り禁止を示す黄色いテープが貼られた階段をひらりと飛び越え、足音も軽く先へ進む。視聴覚室の前にたどり着くと、望月が待っていた。
「キョウ、来たか! すぐに準備をしてくれ!」
「もう結界は張ってる、いつでもいけるぜ!」
言葉を交わしたその瞬間――窓の外の景色が変わり始めた。
空がじわじわと赤黒く染まり、校内の蛍光灯は不気味にチカチカと点滅を繰り返す。異常の兆候。それはやがて、視聴覚室の中に現れる空間の歪みへとつながった。
空間のひび割れた中心から、ねじれるようにして現れたのは、禍々しい気配を纏った魔物。
「うっ……」
望月が無意識に一歩後ずさる。
「……大丈夫。」
キョウが短く言い切りながら望月の前に出る。その声音には一切の迷いがなかった。
魔物が視認し、突如として入り口に向かって突進してくる。だが、キョウの張った透明な結界がそれを弾いた。バリッと空気が裂けるような音が響き、結界が魔物を包み込むように収縮を始める。
もがく魔物。その動きが止まりかけた刹那――
「――っ!」
キョウは結界の先端を鋭く尖らせ、そのまま魔物の身体に突き刺す。
断末魔のような音とともに、魔物の存在が霧散し、空間の歪みもゆっくりと消えていく。
視界が元に戻る。
2人はその場で、ようやく深く息を吐いた。
「……魔物の発生、予知できたじゃん!」
キョウが振り返って声を上げると、望月は小さく首を振った。
「……いや、結局は時任氏の未来視があってこそだ。これだけでは、まだ実用できるレベルでは……」
俯いたその顔を、キョウがいきなり両手で掴み、無理やり上を向かせる。
「もう! お前ネガティブすぎるんだよ!」
目の前でにかっと笑って見せながら言う。
「とりあえず、喜べよ! な!?」
強引だけど、まっすぐな笑顔。その勢いに押されるようにして、望月も思わず、ふっと口元を緩めた。
「……ああ。ありがとう、キョウ。」
2人で笑い合っていたその時、廊下の向こうから足音が駆けてきた。
「ねぇ、いま、変だったよね!? 空とか、校舎の中とか……!」
「キョウちゃんがこの中に入っていったって話も聞きました……!」
視聴覚室の前まで走ってきたのは、あかりとみのり。ふたりとも息を切らせ、不安そうな表情を浮かべていた。
そして、扉越しに見えたキョウと望月の姿に、あっという間に複雑な顔になる。
キョウは、はっとして望月の顔から手を放し、軽く跳ねるように後ずさる。
「お、おぉ……二人とも。っていうか、ここ入っちゃダメだろ?」
なるべく自然に振る舞おうとするキョウに、みのりが一歩前に出て淡々と言う。
「あの、噂が広まってるの、自業自得だと思いますよ。」
すぐ隣であかりも小さくうなずいた。
「うん……確かに、あれはちょっと、ね。」
「えっ!? ちょ、待って!? なんで急に詰めてくんの!?」
キョウは目を丸くして狼狽する。肩をすくめるようにしながら、あかりとみのりの視線を交互に見ては、どうフォローしていいかも分からずに口をぱくぱくさせた。
望月はというと、横で静かに目を伏せていたが、少し肩を震わせている。
「……おい望月、まさか笑ってんのか?」
「いや、そんなことは……。」
そう言いながらも、目を細める望月。わかりづらいが、おそらく笑っているのだろう。
キョウは矛先を変えさせようと望月に詰め寄る。
「お前も悪いんだからな!? なんで俺だけ責められなきゃならないんだよ!」
「……いえ、責めているわけではないんですよ。ただ、諦めただけです。」
「み、みのり……? マジでどうした……?」
「ごめんね、キョウちゃん……。」
「あかり!? なんの謝罪だよ!?」
キョウの抗議は、誰にも真正面から受け止めてもらえないまま、空しく部屋に響いていた。
任務を終えた帰り道。制服から私服に着替え、キョウは望月の運転する車の助手席で、ようやく一息ついていた。
「思ったより短期間で終わったな」と、ハンドルを握りながら望月がつぶやく。
「うん……でも、スカート疲れた……変な誤解もされたし……」
「誤解?」
少しだけ首を傾げた望月に、キョウは目を逸らして誤魔化す。
「べ、別に。大したことじゃないって。」
(……付き合ってるとか、そんな噂、知られたら気まずいし。)
心の中でため息をついたそのとき、不意にスマホが鳴った。見慣れない番号に戸惑っていると、横から望月がちらりと見て言う。
「出てもいいぞ。何かの連絡かもしれない」
「んー……じゃあ」
少しだけ迷ってから通話ボタンを押す。
『お忙しいところ、失礼します。時任です』
聞こえてきた声に、キョウは一瞬言葉を失った。
「あ、えっと……時任さん……?」
『任務の完遂、ありがとうございました。望月さんにも、同じようにお伝えいただけますか?』
「あ、はい……わかりました。」
『それと、よければキョウさんと連絡先を交換できればと思ったのですが、どうでしょうか?』
「……え? まぁ、構いませんけど。」
『そうですか! では、私の連絡先は誠から聞いていただけますか。』
「わかりました。」
『はい。それでは、失礼しますね。』
通話が終わると、キョウはスマホを伏せて望月に言った。
「……時任さんからだった。お礼と……連絡先、交換したいってさ。」
「そうか。無事に終わったからな。……どこか寄って、何か食ってくか?」
「おぉ、いいねぇー……」
その誘いに一瞬気が緩みかけたキョウだったが、女学院で聞こえてきた“あの噂”が頭をよぎった。
また2人っきりでいたら、変な誤解をされるかも知れない。人目を気にするのはもうごめんだった。
「……いや、また今度にしようぜ。ちょっと……休みたい」
「そうか。……とりあえず、お疲れ様だ。」
「あぁ、お疲れ。」
魔導保安局の一室。
その部屋は、必要以上に飾られることはなく、簡素でありながらも一目で“権限を持つ者の居場所”だとわかる空気を纏っていた。壁際には分厚い書類棚が整然と並び、机上には魔力計測器や報告用の端末が規則的に置かれている。中央に据えられた重厚なデスクの奥、椅子に腰掛けていた時任澪は、静かに通話端末を閉じた。
「はい。それでは、失礼しますね。」
通信が切れると、部屋に静寂が戻る。
時任はふう、と小さく息を吐き、机上に広げられた魔力の流れを記した図面に視線を落とした。
「魔力の流れを読み、発生源の特定には至った……魔物発生の直前に急速な魔力量の増大も確認……しかし、これ以上の成果は見込めないのでしょうね。」
囁くような独り言。思考は次第に別の方向へと向かっていく。
「それよりも……魔力を通さない性質を与える魔法……。」
一拍置いて、時任の表情にかすかな影が差す。
「やはり、涼宮さんの魔法は“概念”……。自身のイメージによって、魔法に新たな性質を付与する。これの応用が叶えば……。」
その言葉の先に、ひとつの可能性が垣間見えた。だが、時任はその続きを語ることを拒むように、静かに首を振った。
「……本当に、これで良いのでしょうか……。」
言葉にわずかな迷いが滲む。視線を伏せたまま、時任はしばらく沈黙していた。
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