TS魔法少女 響   作:ときんときん

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第2章 : 第14話

 

 

 

 

 

 

 

 

 研究本室。静謐な空気の中、報告書が一つ、卓上に置かれた。

 

 望月とキョウがそれを手渡すと、向かい側に座っていた圭吾が目を細めた。

 

「……これが、先の魔物の発生予知に関する研究報告か。」

 

 ページをめくる手が止まる。次の瞬間、彼の顔に僅かな笑みが浮かんだ。

 

「ついに進展があったか……!」

 

 その声には、抑えきれない興奮が滲んでいた。

 

「いえ、あくまで時任氏の協力あってのことです。進展と言うほどでは……。」

 

 望月が控えめに返すと、すぐさまキョウが口を挟んだ。

 

「もう、こいつずーっとこんな調子なんですよ! いい加減うざいんで、褒めてやってください!」

 

 肘で軽く望月をつつく。

 

 望月は少し肩をすくめたが、特に反論する様子もなかった。

 

 圭吾はふっと笑って頷く。

 

「そうだな。これまで魔物の発生は、研究のしようがない現象と思われてきた。それが、ようやく身を結んだ……本当に大きな一歩だ」

 

 誠が横から報告書に目を通しながら言う。

 

「キョウの魔法によって発生源の特定に至った、とあるな。いいコンビじゃないか、お前たち」

 

「えっ、いや〜……」

 

 キョウは頬を赤らめて頭をかく。

 

 望月も少しだけ口元を緩めながら、「どうも」と控えめに頭を下げた。

 

「……それで、キョウ。受付に用があるんだったよな?」

 

「うん、そうなんだよ。ちょっと申請が必要で……。」

 

 椅子を引いて立ち上がるキョウに、望月も続く。

 

「それじゃあ、失礼しますね。」

 

 圭吾と誠に軽く頭を下げて、ふたりは部屋を後にした。

 

 静かになった本室で、誠がつぶやく。

 

「……あのふたり、うまくやっているようで何よりだな」

 

「ああ、そうだな」

 

 圭吾も頷きながら、机の上に報告書を戻す。

 

 だが、誠の表情にはどこか翳りがあった。

 

「……でも、あいつには、どうにも危ういところがある。支える側がしっかりしてくれればいいんだがな」

 

「あぁ、望月な。この前のは驚いたな、まさか無断で研究室から出ていたなんてな。しかも、魔物に向かって行ったってんだから肝を冷やしたぜ。」

 

 圭吾が腕を組みながら話すが、誠は首を横に振る。

 

「いや、違う。危ういのは、涼宮の方だ。」

 

「えっ、涼宮? なんでだ?」

 

 予想外の答えに、圭吾は少し驚いたように身を乗り出す。

 

「……なんというか、昔の私に似ている気がするんだ。何か本音を隠して、ひとりで抱え込んでいるような……。」

 

 誠の視線は報告書ではなく、遠く、どこか別のものを見ていた。

 

「はあ……昔のお前にねぇ……。」

 

 圭吾は肩肘をつきながら、考え込むように息を吐く。

 

「気にかけてやった方がいいか?」

 

「いや、その必要はない。それこそ、相方がなんとかしてくれるだろう。」

 

 誠はそう言って微かに口元を緩めた。

 

「あいつは、涼宮のことをよく見ている。それに……。」

 

「それに?」

 

 圭吾が促すように聞く。

 

 誠は椅子を少し引いて、圭吾の隣に腰を下ろす。そしてぼそっと言った。

 

「……お前は、私を気にしていればいいと思うんだ。」

 

「……ははっ、またグレちまうのか、誠?」

 

 茶化すように笑う圭吾に、誠が少し眉をひそめた。

 

「お前な……。」

 

「まぁ、お前がまたグレたっていいんだぜ、俺は。」

 

「……! ……はぁ。」

 

 にやりと笑う圭吾に、誠は視線をそらす。後ろ姿から見えた耳元が、少し赤くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 申請書を手に、キョウは魔導保全局の受付にやって来た。

 

「これ、お願いします」

 

「はい、少々お待ちください」

 

 職員に書類を手渡すと、キョウは待合席のほうへ向かう。

 

 そこには先に座っていた望月の姿があり、キョウはその隣に腰を下ろした。

 

「練習場の使用許可の申請だよな?」

 

「あぁ、そうだな」

 

 キョウは腕を組みながら、どこか誇らしげに言った。

 

「時任さんからさ、魔法の練習しないかって言われたんだよ。時任さんって、すごい魔法少女らしいし……これって実質、俺のための訓練だよな?」

 

 言いながら、うーんと悩むような仕草を見せるキョウ。

 望月はそんな彼を横目に見ながら、落ち着いた声で答えた。

 

「そうだな。ありがたいことではあるが……彼女がわざわざ時間を取ってまでキョウに指南を申し出ているのは、少し疑問だ。」

 

「そうだよなぁ……。」

 

 一瞬、ふたりのあいだに静かな間が流れる。

 

 だがすぐに、キョウが肩をすくめて笑う。

 

「――まぁ、この前の依頼完遂が、結構高評価だったんじゃね? 俺も、ちょっとは期待されてるのかも?」

 

 おどけるような口ぶりに、望月もわずかに口元を緩めた。

 

「そうかもな……練習の様子、見学してもいいか?」

 

「時任さんがいいって言えば、いいぜ?」

 

 そんなやりとりの最中、少し離れた受付のほうから声が飛んできた。

 

「ヒビキさーん!」

 

 しかしキョウは反応しなかった。自分ではない誰かが呼ばれていると思ったのだ。

 

 望月がふと顔を上げ、その視線の先を見やる。

 その様子に気づいたキョウが問いかける。

 

「……どうした?」

 

「キョウ、今の――」

 

 そのとき、職員がこちらに近づきながらもう一度声を上げた。

 

「涼宮ヒビキさん!」

 

「えっ……あっ! すみません!」

 

 慌てて立ち上がるキョウに、職員は微笑みながら言う。

 

「いえ、お時間大丈夫です。こちらへどうぞ」

 

「はい……」

 

 望月も立ち上がり、キョウの隣に付き添うように受付へ向かう。

 

「申請書なのですが、一部、不備がありまして……」

 

 差し出された書類に目を落としたキョウは、そこで動きを止める。

 

 名前欄には、丁寧な字で「涼宮響一」と書かれていた。

 

 ほんの一瞬、思考が空白になる。

 

 今の自分とは異なる名前。

 

 けれど、それは確かに、自分だったもの――。

 

「……すみません。」

 

 かすれた声でそう呟きながら、訂正印を押し、「涼宮響」と書き直す。

 

「それではこちらが練習場の鍵になります。使用後は施錠を確認してから、こちらに戻しにきてください」

 

「はい、わかりました」

 

 鍵を受け取りながら、キョウの顔には僅かな曇りが浮かんでいた。

 

 名前、存在、過去――すべてが“ヒビキ”として上書きされた今でも、「響一」の感覚はまだ心の奥に残っている。

 

「……大丈夫か?」

 

 隣から、望月の声が優しく落ちてきた。

 

 キョウはふっと息を吐き、気持ちを振り払うように笑ってみせる。

 

「あぁ、カフェテリアで待ってるらしいから、行こうぜ!」

 

 軽く手を振って先に歩き出すキョウ。その背中を望月はひと呼吸おいてから追いかける。

 

 カフェテリアへ向かう途中、キョウと望月は、その手前のフリースペースでちょっとした人だかりができているのを見つけた。

 

 ざわざわとした空気の中心にいたのは、時任だった。数人の魔法少女たちに囲まれ、質問や賞賛の言葉を一身に受けている。

 

「わたし、時任さんにずっと憧れていて……!」

 

「この前の強力な魔物の時、誰一人犠牲が出なかったのは、時任さんの未来視があってこそです!」

 

「時任さん、お綺麗です……!」

 

 そんな言葉の数々に、時任は一つ一つ丁寧に返事をし、真摯に受け止めていた。

 

 やがて彼女はキョウと望月の姿を見つけると、穏やかに手を上げ、魔法少女たちに道を開けてもらう。

 

「ごめんなさい。こちらから提案しておいて、待たせてしまって。」

 

 そう言って近づいてきた時任に、キョウは首を振る。

 

「いえいえ! 時任さんに練習を見てもらえるなんて、こっちの方がありがたいくらいですし。謝ることなんてありませんよ!」

 

 その言葉に、時任はほっとしたように表情を緩めた。

 

「そうだ、望月が訓練を見学したいって言ってるんですけど、大丈夫ですか?」

 

 キョウの問いかけに、時任はすぐに頷く。

 

「ええ、もちろん。構いませんよ。」

 

「ありがとうございます。」

 

 望月が一言そう返し、軽く頭を下げる。

 

「それで……練習場はどちらに?」

 

 時任が辺りを見回しながら尋ねると、キョウが軽く手を上げた。

 

「あ、場所は取ってあります。こっちです」

 

 キョウが先に立って歩き出し、時任と望月がその後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 練習場には、既にキョウと時任が立っていた。観戦席には望月が座り、手元の端末に目を落としている。

 

 キョウはすでに魔法少女の姿に変身しており、ふわりと揺れるスカートの裾を気にしながらちらりと時任に目を向けた。

 

「……変身、しないんですか? 俺だけフリフリなのも、ちょっと恥ずいんですけど……」

 

 小さく肩をすくめるキョウに、時任は一拍置いてから答える。

 

「……上からで申し訳ないのですが、この時間ではキョウさんの魔法についてアドバイスさせていただこうかと思っていまして。魔力の消費もありますので、このままでお願いします。」

 

「あぁ、いえいえ! やっぱりこの訓練って、俺のためにやってくれてたんですね。ありがとうございます!」

 

 キョウが素直に礼を述べると、時任はわずかに目を伏せ、曇った表情を浮かべた。けれど、それもほんの一瞬。すぐにいつもの穏やかな微笑みが戻ってくる。

 

(……今の、見間違いか?)

 

 キョウが少しだけ首を傾げた時、時任が改めて口を開いた。

 

「それでは、まずは私の魔法についてご説明を。世間では“未来視”と呼ばれていますが、厳密にはそうではないのです。」

 

「えっ、そうなんですか?」

 

 キョウが素直に驚くと、時任は頷く。

 

「はい。では、キョウさん、局内のどこか、場所を一つ指定していただけますか? どこでも構いません。」

 

「え、えーと……じゃあ……施設前の花壇、とか?」

 

 唐突な提案の意図が読めず、キョウが曖昧にそう答えると、時任は静かに目を伏せた。

 

「……はい、見えました。花壇には、今はピンク色のアネモネが咲いています。その隣には、まだ蕾のままのスイートピー。そして……」

 

 視線を伏せたまま、時任が小さく微笑む。

 

「そばに置かれているジョウロは、水色で、取っ手の部分に花のレリーフがついています。可愛いジョウロですね。」

 

「……当たってますね。どういうことなんですか?」

 

 キョウが驚いたように時任の顔を覗き込む。キョウ自身、花壇に植えられている花を正確に覚えている訳ではなかったが、使われているジョウロについては印象に残っていた。

 

 時任は説明を続ける。

 

「要するに、私の魔法の本質は、“千里眼”なのです。見たい場所に意識を向けることで、その場所が見れるようになる。そういった性質の魔法です。」

 

「なるほど……。」

 

 先ほど花壇の様子を詳細に当てて見せたのも、この千里眼を使ってのことなのだろう。しかし、そうなるとキョウには疑問が残る。

 

「それじゃあ……未来視ってのは、どういう……?」

 

 キョウが問いかけると、時任は目を細め、記憶を辿るように静かに語り始めた。

 

「ある時、魔物の対処をしていた際に、ふと魔物の少し先の動きが読めたのです。……私はそのとき、戦闘中に“魔物がどう動くか見たい”と、心の中で強く願っていました。」

 

「強く、願った……?」

 

「はい。つまり、“未来を見たい”と願ったことが、私の魔法に変化を与えたのだと考えています」

 

「なるほど……。」

 

 キョウは感心したように頷いた。魔法はイメージ――キョウもそれを、実感として理解している。時任の魔法は、“未来視”と呼ばれるようになるまでに、自身の意識によって形を変えたのだろう。

 

「それを自覚してからは、“未来を読む”という意識で魔法の行使を繰り返しました。最初は先読み程度だった未来が、今では――ひと月先まで見ることができるようになったのです。」

 

「へぇ〜……。」

 

 キョウはどこか他人事のように相槌を打った。すると、それを受けて時任がすっとこちらへ向き直る。

 

「……他人事のように頷いていますが、キョウさん。私は、あなたにも同じようなことができるのでは、と思っているのです。」

 

「えっ……は? おれに?」

 

「はい。いずれは“未来視”の習得もできるのではと。」

 

「……はぁ!? いやいや、それはっ、さすがに難しいんじゃないですか……? 俺の魔法、結界ですよ? 未来視なんて……。」

 

 キョウは慌てたように手をかざし、ぱっと結界を展開する。透き通るような薄い膜が、手のひらの上に現れた。

 

 だが、時任は落ち着いた声で問いかける。

 

「この前の依頼では、“結界に魔力を通さない性質”を付与したようですね。それは、どのように行いましたか?」

 

「えっと……こう、魔力を通さないようにしたい! って思いながら、魔法を使って……。」

 

「つまり、理論的な手順を踏まずに、“魔力を通さない”という“結果”だけを魔法に上書きしたのですね。」

 

 キョウが言葉に詰まる。確かにその通りだった。意識したのは“こうなってほしい”という想いだけ。イメージを先行させ、理屈は後からついてくるような感覚だった。

 

「魔法少女の魔法には、本人のイメージが強く影響するものがあります。私や――あなたが、その例です。」

 

「えぇ……ほんとに、俺に……?」

 

 キョウは困惑したように眉を下げる。その不安げな表情に、時任は優しく微笑んだ。

 

「とはいえ、私もすぐに遠くの未来が見えたわけではありませんでした。“未来を見る”というのは、現実味がなく、最初はイメージがしづらいものです。……ですが、あなたには、それをできる素質がある。……それだけは、覚えておいてください。」

 

「はい……仰る通り、全然実感持てませんけどね……。」

 

 キョウは力なく頷く。だが、その声にはどこか、芯のようなものが含まれていた。

 

「それでは、その“イメージ”を大切にしながら……魔法を使ってみましょうか。」

 

 時任の声は変わらず穏やかであったが、どこか悲しさも感じられた。

 

 

 

 

 

 

 その日は、魔法の行使において結局何の進展も得られなかった。空回りばかりで、手応えも収穫もなく、訓練は早々に切り上げられた。

 

 キョウは自室のベッドに腰を下ろし、スマートフォンを耳に当てていた。カーテンは閉め切られ、部屋の中は淡い照明だけが頼りだった。電話の相手は、母親だった。

 

「この前の避難勧告の時も戦っていたんでしょう? 私たち、もう心配で心配で」

 

 声ににじむ不安と焦り。けれど、キョウはそれを真正面から受け止めきれず、曖昧に返す。

 

「いや、だから大丈夫だって……。」

 

 どこか嘘くさく聞こえるのは、自分でもわかっていた。けれど、それ以上どう言えばいいのかわからない。母親の声が重なる。

 

「魔導保全局ってところも、私たちはよく知らないのよ。だから一度、そっちで面談させてもらうことにしたから」

 

「え、はぁ!? 何勝手にやってんの!」

 

 反射的に声を上げた直後、母親が静かに、しかし決然と呼びかける。

 

「……ヒビキちゃん。」

 

 キョウの全身が、硬直した。

 

 その名前に反応してしまった自分が悔しい。だが、それ以上に、その名前で呼ばれることが苦しかった。

 

「ヒビキちゃんは私たちの大事な子なの。そんな子が戦っているだなんて聞いて、心配しないわけないでしょう? それに……」

 

母の声が続く。けれど、その言葉はもう耳に届かない。聞こえているはずなのに、まるで自分には関係のない話のように、意味を持たずに通り過ぎていく。

 

 自分に言われているはずなのに、自分に向けられた言葉ではない気がする。

 

 だって俺は、"ヒビキ"ではないのだから。

 

「……ということで、明後日にそっちに行くからね。わかった?」

 

「……あー、うん。わかった……。」

 

 拒む理由も、拒むだけの強さも持ち合わせていなかった。通話が切れる音が、妙に大きく響いた。

 

 しん、とした部屋に、音も声も残されていない。キョウはスマートフォンを膝の上に置くと、小さく俯いた。

 

「……どうしよう。」

 

 呟きは、誰にも届かず、誰にも返されないまま、静かに空気の中へ溶けていった。




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