TS魔法少女 響   作:ときんときん

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第2章 : 第15話

 

 

 

 

 

 

 思い悩んでいるうちに、ついにその日が来てしまった。キョウの両親が、魔導保全局に面談へと訪れる日。

 

 キョウは、先ほど廊下で偶然出会ったあかりとみのりに誘われ、カフェテリアの隅で三人並んで座っていた。

 

 けれど、キョウの心はここにはなかった。視線はぼんやりと机の上を彷徨い、手元のカップにはほとんど口をつけていない。

 

 ――少女になってから、キョウは昔の知り合いを避けてきた。

 

 それは、彼らが「涼宮ヒビキ」しか知らないからだった。少女化による認識改変が、相手の記憶にどれほど影響を与えているか……それを確かめるのが怖かった。

 

 母とは電話でやり取りを続けていたが、深く話すことは避けていた。今さら向き合うのが、怖くて仕方なかった。

 

 そんなことを考えているうちに、キョウの耳にあかりの怒ったような声が飛び込んでくる。

 

「もう、キョウちゃん! 話聞いてる!?」

 

 キョウははっとして顔を上げる。

 

「……え、ああ……ごめん、聞いてなかった。どうした?」

 

「だから!」

 

 あかりがぷんすかと頬を膨らませる。

 

「キョウちゃんがいなくなってから、あの噂がもっと酷いことになってるんだからね!?」

 

 みのりも静かに頷く。

 

「そうですよ。お二人が同時に学院を去ったことで、生徒たちの間では“駆け落ち”したのでは、という噂が流れています。」

 

「私たち、キョウちゃんについていろいろ聞かれて、大変なんだからねっ!」

 

 あかりは憤慨した様子で言い放ち、みのりも困ったように眉を下げる。

 

 けれど、キョウはどこか上の空のまま、申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「ああ……悪いな……。」

 

 普段の自分なら軽く流せるはずの話題に、まともに応じられない。それが自分でも分かってしまって、なおさら居たたまれなくなった。

 

「……ごめん。用事あるから、また今度な。」

 

 唐突に立ち上がり、そのまま席を離れる。

 

「あっ、キョウちゃん……!」

 

 みのりが手を伸ばすが、キョウは振り返らない。そのまま足早にカフェテリアを後にした。

 

 残された二人は、ぽかんとしたままキョウの背中を見送っていた。

 

「キョウちゃん、なんか元気なかった……?」

 

 小さな声であかりが呟く。

 

「そうですね……何かあったのでしょうか。」

 

 みのりもまた、不安げに目を伏せる。

 

 キョウが去ってしばらく経った頃、カフェテリアの扉が音を立てて開いた。

 入ってきたのは、大柄な体格に無骨な雰囲気を纏った男性だった。その姿に、あかりとみのりは同時に反応する。

 

「あっ! 望月さん!」

 

 声をかけられた男――望月大和は、視線を二人に向けると、一瞬だけ目を細めてから、軽く頷いた。

 

「……ん? ああ、キョウのお友達の。どうも、こんにちは」

 

「こんにちは!」

「こんにちは」

 

 二人が丁寧に頭を下げる。望月は少し恐縮したように片手を挙げた。

 

「すみません、キョウを見ませんでしたか。この後、少し所用がありまして……。」

 

 その言葉に、あかりが首をかしげながら答える。

 

「えっ、キョウちゃんなら、さっきまで一緒にいたんですけど……用事があるって、出ていっちゃいましたよ!」

 

「……入れ違ったか。ありがとうございます。私はこれで――」

 

 そう言いかけた望月を、みのりが声をかけて引き止める。

 

「あの、望月さん。」

 

 その声音はいつになく真剣で、彼は思わず足を止める。

 

「キョウちゃん、何か思い悩んでいるようだったんです。わたしたちには言いませんでしたけれど……」

 

 その言葉に、あかりも続けるように言った。

 

「だから、気にかけてあげてください。お願いします……!」

 

 二人は揃って眉を下げ、切実な想いを込めて彼を見つめる。

 

 望月はしばし無言のまま二人の顔を見たあと、小さくため息をつくように息を吐き、頷いた。

 

「……わかりました。重ねて、ありがとうございます。」

 

 低く静かな声に、あかりとみのりは少し安心したように表情を和らげた。

 

「それでは、失礼します。」

 

 望月が軽く頭を下げると、二人も礼を返し、今度こそ彼と別れた。

 

 カフェテリアには再び静けさが戻り、ただ遠ざかっていく足音だけが、しばらく耳に残っていた。

 

 

 

 

 魔導保全局の施設の入り口近く。

 

 その広々とした駐車スペースの一角に、キョウはひとり立っていた。風に白い髪がそよぐが、彼女はそれを気にする様子もなく、じっと目の前を見つめている。

 

 そんなキョウを見つけたのは、彼女を探していた望月だった。施設内のどこを探しても見当たらず、両親の迎えに向かったところで、ようやく見つけたのだ。

 

「……キョウ、ここにいたのか。」

 

「ん? あぁ、悪い、連絡してなかったっけか。」

 

 キョウはそう言いつつも、どこか落ち着かない様子だった。表情は硬く、声には微かな緊張の色が滲んでいる。

 なるほど、あかりたちが言っていた“思い悩んでいる”というのは、どうやら本当らしい――望月はそう確信した。

 

「……キョウ、緊張しているのか?」

 

「……えっ?」

 

 唐突な問いに、キョウは戸惑ったように目を見開く。

 いつもなら、照れ隠しに軽口のひとつも返してくるはずなのに、今日はそうではなかった。

 

「……あぁ、そうかもな……多分、緊張してる。」

 

「……そうか。俺も、職員として面談をするのは初めての事で、緊張している。」

 

 素直な言葉だった。望月らしい率直さに、キョウは一瞬だけ表情を緩める。

 

「……ふっ、あっそう。……それは、意外だなぁ。」

 

 小さく笑うその顔は、どこか張りつめていて、いつもの快活さは影を潜めていた。

 

(やっぱり、様子がおかしい……。)

 

 望月は思う。キョウがこんな風に心を閉ざすのは、何か大きな不安を抱えている証拠だ。

 

「両親は、厳しい方なのか?」

 

「いや、全然? なんなら、甘いくらいだよ。」

 

「そうか……。」

 

 そこから会話は自然と途切れた。望月は、普段ならキョウが会話をつなげてくれていたことを思い出す。

 

 黙り込む自分に、彼女はいつも言葉を与えてくれていたのだと、今になって気づかされる。

 

 沈黙が降りる中、一台の黒い大型車が滑るように駐車場へと入ってきた。ナンバーを確認し、望月は小さく頷く。

 

 車が停まり、ドアが開く。

 そこから降りてきたのは、穏やかな表情をした中年の男女。二人は迷うことなくキョウたちのもとへと歩み寄ってくる。

 

「初めまして。涼宮さんのご両親で、お間違いないでしょうか?」

 

 望月が丁寧に声をかけると、女性が微笑んで応じた。

 

「はい、そうです〜。わざわざお迎えしていただいて、ありがとうございます。“ヒビキ”の母です。」

 

「“ヒビキ”の父です。今日はよろしくお願いします。」

 

 二人は揃って頭を下げた。

 

 その様子に、望月は一瞬だけ違和感を覚える。

 

 “ヒビキ”という名でキョウを呼ぶ人物が、魔導保全局にはいなかったためだろう。

 

「久しぶりね、"ヒビキ"!」

 

 母親がにこやかにキョウへと近づく。だが、キョウの表情はどこか浮かない。

 

 笑顔も、声も、愛情に満ちているはずなのに、キョウは目をそらすようにうつむいた。

 

 (ヒビキ……。)

 

 呼び名が胸に引っかかる。望月はその名を心の中で繰り返しながら、キョウの沈黙の意味を理解しようとする。

 

「それでは、応接室までご案内いたします。どうぞ、こちらへ。」

 

「はい、よろしくお願いします。」

 

 望月の言葉に頷くと、両親はキョウを挟むように並んで歩き始めた。

 

 キョウはその歩幅に無言で合わせながら、顔を伏せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 応接室の空気は、重くも静かだった。

 

 テーブルを挟んで向かい合う四人。望月はキョウの両親に対し、淡々とした調子ながらも丁寧に、魔導保全局とキョウの関係、そして雇用にまつわる内容を説明していた。

 

「以上が、魔導保全局と涼宮さんの雇用形態の概要になります。ご不明な点などはございますか?」

 

 説明を終えた望月がそう問いかけると、少しの間をおいて、母親が口を開いた。

 

「お給金が高いのは研究に協力しているから、とのことですが……何か、危険なことをしているんですか?」

 

 慎重に言葉を選びながらも、どこか不安げな声音だった。隣の父親も無言で頷き、その不安に同調する。

 

 望月は姿勢を正し、真っ直ぐ二人に向き直った。

 

「給金が高いのは、研究への協力が当局の技術向上、つまりこちらの都合によるお願いであるためです。研究といっても、涼宮さんには定期的なメディカルチェック……健康診断のようなものを受けていただく形で、彼女の体調を第一に配慮しております。」

 

 一呼吸おいて、強い意思を込めて言い切った。

 

「涼宮さんの身に危険が及ぶようなことは決していたしません。そこは、どうかご安心ください。」

 

 母親はその言葉に少し安堵したのか、パッと手を合わせる。

 

「……わかりました。ありがとうございます。それで、“ヒビキ”はここで、どうでしょう? うまくやれていますか?」

 

 その一言で、キョウの肩がぴくりと震えるのが望月の視界に入った。顔を伏せ、視線を逸らしている。

 

 気にはなったが、望月は母親の問いに答えた。

 

「そうですね。職員や、所属する魔法少女の方たちからも頼りにされていますし……私としても、彼女はかけがえのない存在です。」

 

 素直な気持ちを言葉にすると、母親は柔らかく笑みを浮かべる。

 

「“ヒビキ”! あなた、信頼されてるのね。良かったわ。」

 

「あ、あぁ……。」

 

 母の声に答えたキョウの声は、どこか頼りなかった。嬉しさよりも戸惑いが滲んでいる。顔は俯いたまま、青白さすら感じさせた。

 

 望月が声をかけようとしたその瞬間、母親の方が早く言葉を発した。

 

「“ヒビキ”? 顔色が悪いけど、体調がよくないの?」

 

「へっ? あ……いや、大丈夫……。」

 

 顔を逸らして返すキョウの言葉は、明らかに無理をしているものだった。

 

「……そう? ならいいんだけれど。望月さん、この子、けっこうそそっかしいところがあるから、気にかけてあげてください。“ヒビキ”が小学生の時にもね――」

 

「――待って!!」

 

 母が懐かしげに話し出そうとしたその瞬間、それまで伏せていたキョウが勢いよく身を乗り出し、母の言葉を遮った。

 

 その声は必死で、掠れ、震えていた。視線は宙を彷徨い、顔色はさらに青ざめている。唇まで小刻みに震え、明らかに平常ではなかった。

 

「あ、ご、ごめん……具合、悪いから……ちょっと……外、行ってくる……。」

 

「キョウ……!」

 

 立ち上がり、ふらつくような足取りで応接室を飛び出していくキョウに、望月は呼び止めようとしたが、その声は届かなかった。

 

 呆然と見送る中、部屋には沈黙が落ちた。やがて、それを破ったのは、母親の嗚咽だった。

 

「……ごめんなさい。あの子の様子がおかしいのは、電話でも感じていたの。でも……でも、どうしても“ヒビキ”が心配で……私……。」

 

 目元をハンカチで押さえ、肩を震わせる母親。その姿は、痛ましかった。

 父親が静かに妻の肩を支える。その目にも、深い悲しみが浮かんでいた。

 

「……望月さん。私たちは……あの子が、楽しくやれていれば、それでよかったんです。理由は分かりませんが、私たちが近づこうとすることで、あの子を傷つけてしまったのだとしたら……。」

 

 父は言葉を選びつつ、席から立ち上がった。

 

「……お時間をいただいたうえ、申し訳ありません。私たちは、これで失礼いたします。」

 

「お、お待ちください!」

 

 望月は慌てて立ち上がり、二人の前に立ちはだかった。

 

「お二人と涼宮さんには、何か行き違いがあるのだと思います! だから、どうか……少しだけ時間をいただけませんか。」

 

 深く頭を下げる。迷いのない、真剣な所作だった。

 

 母親が、すすり泣くのを止め、口を開いた。

 

「……わかりました。“ヒビキ”を、頼めますでしょうか。」

 

 望月は顔を上げる。母の目には、涙の跡が残っていたが、その瞳はまっすぐに彼を見ていた。

 

「望月さんを信頼していなかったわけではないのです。ただ……あの子のために、そこまで頭を下げてくれる貴方なら……うちの子を、安心して任せられます。」

 

 父親も頷き、静かに頭を下げる。

 

 望月は胸の内に浮かんだ思いを、そのまま言葉にした。

 

「……はい。任せてください。」

 

 そう力強く答えると、再び深く、礼をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺りはすっかり夜の帳に包まれていた。街灯の淡い光が歩道にぼんやりと影を落とし、静寂の中に虫の音だけが響いている。

 

 望月は寮長に事情を説明し、キョウの住む女子寮のエリアへと足を踏み入れた。人伝てに聞いた話では、彼女は部屋へと駆け込んでいったという。すぐにメールも送ったが、返信はない。

 

 その前で立ち止まると、望月はしばし迷った末、玄関のチャイムを押した。

 

 ……静寂。

 

 数秒、数十秒が過ぎても応答はない。インターホン越しに何も聞こえてこない空気に、望月はふと不安を覚える。帰ったと聞いたのは間違いだったのか。あるいは、本当に話したくないのか。

 

 そう思いかけた時だった。

 

 カチャ、と玄関の鍵が開き、扉がわずかに開いた。

 

 そして、その先に立っていたのはキョウだった。

 

「……おぉ、望月。さっきはごめんな。急に出ていっちゃって。」

 

 言葉だけを聞けば、普段と変わらない口調だった。けれど、少し顔を俯かせており、その表情が見えない。

 

「いや……。」

 

 望月が返事をしようとしたその瞬間、キョウは続ける。

 

「母さんには俺から謝っとくから。だから、気にしないでくれな。それじゃあ……」

 

 そう言って、静かに扉を閉めようとした。その手を、望月はとっさに押さえる。

 

「……待ってくれ。」

 

「……なんだよ。」

 

 キョウの声が少し低くなる。しかし、望月は怯まず言葉を重ねた。

 

「気にするな、なんて無理があるだろ。訳があるなら、話してくれないか」

 

「……ワケなんてねぇよ。別に、大丈夫だって……」

 

 キョウは小さく顔を背けた。望月はキョウと目線を合わせようと、身を屈める。

 

「……頼む。キョウが悩んでいるなら、力になりたいんだ。話を……。」

 

 望月がそっと身を屈め、目線を合わせる。

 

 そして見えた。かすかに潤んだ瞳。目の奥に、押し殺していた感情の揺らぎが映っていた。

 

「俺、は……大、丈夫、だからぁ……」

 

 声が震えたかと思うと、その目元から涙が溢れた。キョウはその場に膝をつき、両手で顔を覆う。しゃくりあげる声が、夜の静けさを切り裂くように響く。

 

 望月はそっと彼女の肩に手を添え、その背をゆっくりとさすった。言葉はなかった。ただ、その温もりだけが、キョウの震える身体に寄り添っていた。

 

 ……どれほどの時間が経ったのか。

 

 嗚咽が次第に小さくなり、静けさが戻ってきた時、望月は静かに語りかけた。

 

「……キョウ。一つ、お願いがあるんだ」

 

「……なんだよ」

 

 その返事は、さっきよりもずっとか細かった。望月はゆっくり言葉を紡ぐ。

 

「キョウの……男だった頃の話を、教えてくれないか。」

 

「えっ……?」

 

 キョウが顔を上げ、望月を見た。その表情には戸惑いと困惑が色濃く浮かんでいる。

 

「な、なんで……。」

 

 問い返すキョウに、望月は真摯な眼差しで応える。

 

「俺はキョウのことを、ある程度は理解しているつもりだ。優しくて、正義感があって、人に好かれやすい。……俺とは正反対だ。」

 

「……そんな、自分を悪く言うこと、ないだろ。」

 

 弱々しくも、望月をかばうような言葉が返ってくる。それがかえって胸に響いた。

 

「……ありがとう。」

 

 望月は微笑み、続けた。

 

「情に流されやすくて、向こう見ずな行動を取ることもあるが、それすら人を惹きつける要因となっている。」

 

「……それは、褒めてねぇだろ。」

 

「いや、褒めている。」

 

 優しく告げる望月の声に、キョウは黙って耳を傾けていた。

 

「だが……今、キョウが悩んでることは、俺にはまだちゃんとはわかってやれていない。キョウの過去を、俺は知らないから。だからこそ、知りたいんだ。」

 

 数秒の沈黙のあと、キョウが口を開いた。

 

「……過去の詮索は、規則違反なんじゃなかったのか?」

 

「……ああ。規則違反だ。だが、知りたいと思ったんだ。」

 

「……そっか。」

 

 キョウはゆっくりと望月を見つめた。

 

「……俺、怖かったんだ。響一として関わった人たちが、俺を“ヒビキ”として見てるのが。認識改変がどこまで影響してるかを知るのが、すごく怖かった。」

 

 望月は黙って頷いた。

 

「昔の思い出が、書き換えられてるんじゃないかって思うと、不安でたまらなかった。俺は……ヒビキじゃ、ないから……。響一としての、親との思い出が、消えちゃってるんじゃないかって……。」

 

「……そうか。」

 

 声が震え、再び目に涙が溢れた。キョウは望月の胸に顔を埋めた。

 

 望月はその身体を、ゆっくりと、静かに抱きしめた。

 

 涙が止まるまで、抱きしめ続けた。




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