TS魔法少女 響 作:ときんときん
『それじゃあ響、気をつけてね? 女の子の一人暮らしなんだし、用心に越したことはないんだから。』
「わかってるって、母さん。それじゃあね。」
通話を終えると、俺はため息をついた。
「やっぱりダメか……。」
俺は片っ端から昔馴染みに連絡を取っていたのだ。
契約により存在を少女に置き換えられたことの影響を調べるために、学生時代の友人や親戚、親にも電話をかけて直接話をしてみたのだ。
結果としては男だった俺を覚えている人は誰もいなかった。今の俺の甲高い声を聞いて"俺"だと認識した時点で俺の望みは絶たれたようなものなので、その後の会話はどうにも虚しく感じられた。
昔撮った写真やらも確認してみたが、全て今の少女の姿に置き換わっていた。これは身分証の顔写真がそうなっていた時点でわかっていたことだが、どうしても直接見て確かめたくなったのだ。
そうして色々と調べてみて、男だった自分の存在がどこにも無いのだとはっきりと理解した。親や友人たちは俺が女であることに何一つ違和感を抱いていない。
理解していたはずだが、俺は"男の俺"を忘れずにいてくれる事を心のどこかで期待していたのだ。男の俺を知っているのは、契約を結んだ妖精であるルミナと、俺だけなのだ。その事実が、なんとも言えない孤独感を感じさせた。
「キョウ! 魔物が発生した! 急いで現場に向かうんだ!」
「……おぉ、了解!」
魔法少女として登録してから、俺たちは本格的に活動を始めた。ルミナが魔物の発生をいち早く察知して、現場に俺が向かって魔物に対処する。
「変身!」
現場に着く前に変身をする。着ていた衣服が光に溶けるようにして魔法少女としての正装に置き換わる。胸元から肩にかけては刺繍入りのショールが覆い、下は前後にドレープが流れるドレスのような衣装になる。純白のショートブーツがつけば、変身完了だ。
そして現場付近に到着するが、そこには何も異常がない平和な街並みに見える。
しかし、ある所から景色がガラッと変わる。薄く霧が立ち込めて、周囲の点灯がチカチカと異常を示す。
その異常な空間の端で男女が立ち尽くすようにしているのを見つけて、俺はすぐさま保護に向かう。
「大丈夫です、お二人とも。俺はこの空間異常に対応する魔法少女です。こちらに来てください。外まで案内します!」
「は、はい!」
俺は2人を誘導して異変の外へと向かう。魔物の対処以外にも、民間人の保護も魔法少女としての仕事なのだ。
来た道を戻ると、立ち込めていた煙が薄れる。異変の外にでたのだ。俺は機関に連絡を入れる。
「民間人2人を空間異常の外に誘導しました。私は魔物の対処に向かいますので、保護をお願いします。」
『了解しました。近くの魔法少女に伝達します。』
「お願いします。……すぐに別の魔法少女がやってきますので、その方の避難誘導に従ってください。」
「は、はい、わかりました。」
「では、今から防御結界を張ります。この中なら外からの攻撃は通りません。安心して待っててください。」
俺はそう言うと透明な結界を男女を球状に囲むように生成した。この結界は空気や光を通して、魔物から身を守る。
「それでは、俺はこれで。」
「あ、あの! 中で大きな黒い煙が動いていました! 気をつけてください!」
俺が再度空間異常へと向かおうとすると、男が声をかけてきた。俺を心配してくれてのことだろう。
俺は笑顔を意識して、落ち着かせるようにしながら声をかける。
「情報ありがとうございます。必ず戻るので、安心してください。」
「……! は、はい……お気をつけて。」
俺が道を引き返すと、再び煙が立ち込める。
ビルの屋上に身を乗り出し、飛び移るようにして移動する。屋上から地面を見下ろすが、濃い霧により先が見えなくなっている。
ビルの谷間に、空気が歪んだような裂け目が走る。そこから黒煙のような魔物が這い出た。街の異常さが形となったような化け物に遭遇するが、俺は落ち着いて状況を確認する。
「魔物の発生を確認、対処する。」
俺は胸の内から力を引き出すように意識する。暖かなエネルギーが俺の全身を包み、俺を魔法少女としての姿に変える。
足元の空間を蹴るように跳躍し、俺は屋上から真下の路地へと飛び降りる。この姿でいると身体能力を飛躍的に上昇させるようだ。その着地と同時に、俺は手を振るう。
「結界、展開。」
透明な壁が空中に現れて、魔物の進路を塞ぐ。こちらから見ると透明だが、魔物からは自身を反射する鏡のように写っているだろう。
結界の先にいる魔物は訳もわからず周囲を見渡し、上空には視覚的に異常がないことに気がつき、跳躍するようにして上に逃げる。
しかし、魔物は上空に張られた不透明な結界に阻まれ強く頭を打つ。あえて上の結界は不透明なものにしたことで、魔物の動きを誘導したのだ。
激しく頭を打ちつけた魔物は、地面に倒れ込んでよろめいていた。
「これで、終わりだ。」
俺が指先を突き出すと、宙に浮かんだ結界の角が鋭く尖り、一本の矢が形成される。次の瞬間、それは音もなく発射され、魔物の中心を正確に貫いた。
魔物がひときわ大きな叫び声をあげ、やがて煙のように霧散していく。それと同時に周囲に立ち込めていた濃い霧が消えていき、異常が消え去る。周囲に他の魔物の気配はない。
俺は再度機関に連絡を入れる。
「魔物の討伐が完了しました。俺は事後処理に向かいます。」
『はい。魔物の対処、お疲れ様でした。事後処理もよろしくお願いしますね。あ、貴方が避難誘導した方が他の魔法少女と待機しています。位置を送りますので、確認をお願いできますか。』
「はい、わかりました。」
「キョウちゃんはこまめに連絡をくれるから、こちらとしても本当に助かってるわ。ありがとうね。」
「あ、あはは。どうも、ありがとうございます。」
いわゆる報連相は、会社員時代に散々叩き込まれていた。そんなこともあってこまめに連絡をする癖がついているのだが、少女に対して褒めるような扱いはどうにもなれなかった。
通話を終了して、俺は先ほどの男女の元へと向かう。先ほど2人を置いて行った場所からそう遠くない場所にいるようだ。
指定された場所に向かうと先ほどの男女と魔法少女以外にもたくさんの人がいた。同じく避難誘導を受けた人や野次馬などが集まってきたのだろう。俺はひとまず魔法少女に状況を報告する。
「魔物の対処が終わりました。周囲の安全が確保されましたので、避難誘導を終えてください。」
「はい、わかりました。」
「皆さん、もう安全です。このままご帰宅頂いて構いませんよ。」
「わかりました。あの、無事でよかったです! 本当にありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
「いえいえ。ご無事で何よりです。」
こうして直接お礼を言ってもらえるとやはり嬉しい気分になる。魔物の発生に巻き込まれないことが1番ではあるのだが、こうして無事に救助を終えられた時に、強い達成感を感じるのだ。
しかし、最近慣れないことが出てきた。それは……。
「あの! キョウさんですよね! 最近活躍しているって、よく聞きますよ!」
「え、えぇ、そうです。ありがとうございます。」
それは、俺の認知度が高まってきたことにより、民間人からこうして注目されるようになったことだ。
「魔物の対処をしたのってキョウさんなんですか?」
「は、はい。ですので、もう安全ですよ。」
「魔物を退治してくれてありがとう!!」
「キョウちゃん!! 可愛い!!」
「可愛い!! 可愛い!!」
「あ、あの……。」
魔法少女が注目を集める存在だと言うことは知っていたはずだが、ここまで人気が出ることは想定外だった。それに、容姿を褒められることも多々ある。それがどうにも気恥ずかしかった。
「魔法少女の衣装、綺麗ですね!! それにキョウさんもすっごく可愛い!!」
「あ、うあ……。」
褒められて気づいたが、今の俺は体のラインがわかるようなぴっちりとした衣装にスカートという姿だ。魔法少女としては普通かもしれないが、衆人環視の中にいる事と男としての自認から、途端に羞恥心が芽生えてきた。
顔が熱い。今、多分ものすごく顔が赤くなっているのではないだろうか。俺は今すぐにでもこの場から逃げ出したくなっていた。しかし……。
「あ、あの、それじゃ、俺はこの辺で……。」
「俺っ娘!? ギャップがヤバい。」
「うおお俺っ娘!! キョウさん綺麗!! 可愛い!!」
「可愛い!! 可愛い!!」
可愛い!! 可愛い!!」
「うぁっ……。」
可愛いコールが出来上がってしまい、俺はパニックに陥ってしまう。
(こ、こんなところにいられねぇ!)
俺は魔法により結界を生成し、それを自身の周囲に覆う事で身を隠す。周りからは俺が急にいなくなったように見えただろう。
「あれ、キョウちゃんいなくなった!? 魔法か!?」
「照れちゃったのかな?」
ガヤガヤと騒ぎは収まらないが、知ったこっちゃない。俺はその場を後にした。
俺はコンロの火を止めて、フライパンや小鍋の料理をお椀や小鉢によそっていく。
「キョウって自炊するんだ。偉いねぇ。」
「これぐらい普通だろ。」
作ったのは味噌汁や炒め物だったり、後は米を炊いたくらいか。副菜は作り置きしたものを用意すると便利だから、一人暮らしを始めてからは暇な時によく作っている。
テーブルにご飯を並べたら、手を合わせる。
「いただきます。」
米を炊くときは、味噌汁も一緒につくるのがお決まりになっている。俺はとりあえず、味噌汁を口に含む。ほんのり塩気と深い旨味が広がり、ほっとした気持ちが体中に染み渡った。
「はぁ、美味い……。」
「呑気にしてるけど、さてはニュースを見ていないね?」
「は? なんだよルミナ。また魔物でも出たのか?」
「そうじゃなくて、ほら。」
そう言ってルミナは俺のスマホからニュース記事を表示させる。
「だから人のを勝手に触んなって……なになに、〇〇市で魔物が発生、魔法少女キョウが魔物を討伐……って、俺がやっつけたやつか。なんでニュースになんかなってんだ?」
昨今は魔物の発生が頻出している。そのため、魔物を倒したぐらいじゃニュースになるほどでもないはず。
「スライドしてみな。」
「え、こわ……。えーっと、魔物の討伐後、避難誘導により集まっていた民間人によりブラン氏への可愛いコールが発生……!? おい、なんだよこれ!?」
「もっとスライドすると、褒められすぎて赤面してる君の写真が掲載されてるよ。」
「なっ……!! まじかよ!? ふざけんなよ!!」
スマホを見ると人混みの中心にいる俺は赤面しながら立ち尽くしている。俺は再び顔が赤くなるのを感じたが、今回は怒り混じりの赤面である。
「コメント欄を見ると、
『めっちゃ照れてて草』
『この子、知らなかったけどマジで可愛い。しかも新人なのに強いんだな。』
『キョウちゃん可愛い!! 可愛い!!』
だってさ。よかったじゃん。すごい好感触。」
「良いわけあるか!? くそっ!! 最悪だ!!」
俺は悪態を叫びながら八つ当たりのように用意したご飯を搔っ食らう。そのまま勢いよく食べ切り、コップに入っていた麦茶を一気飲みしようとする。
「コクッ、コクッ……ぶっぷふぁ!? ごぼ、ごぼっ……くっ、ちびちび……チュー……ああもうっ!! 口が小せぇんだよ!!」
「何に怒ってるのさ……。」
男の時の感覚で麦茶を飲もうとして、上手く飲み込むことができない。今はその小さなミスですら苛立ってしまう。
「ご馳走様!! 風呂入ってくる!!」
「うん、行ってらっしゃい……。……言わなきゃよかったな……。」
むしゃくしゃして1人になりたかった俺は、風呂場へと閉じこもるように逃げ込んだ。
研究室の奥、わずかに明かりの落ちた観測室に、静かな電子音だけが響いていた。壁一面を覆うモニターには、都市の街角を映した監視映像。その中に、魔力を纏った少女――キョウの姿が映っている。
椅子に腰掛けた男が、指先でリモコンを操作し、映像を一時停止した。少女が魔力を解放する直前、まるで光を飲み込んだような瞬間が画面に固定される。
「……やはり記録にはないな。鈴宮響、どのリストにも存在していない。」
そこに、男の後ろから映像を覗き込んでいた少女が少し眉を顰めて話しかける。
「このデータは世界改変の影響を受けないものだろ? ということはやはり……。」
男は小さく頷いた。
「あぁ、彼女、いや彼は世界改変の影響を受けた人物、ということだろう。一度接触を図って、本人が望むならこちらで保護をしようと思う。」
「そうだな。私が行くか?」
「いや、既に望月を向かわせている。ちょうどさっき出て行ったぞ。誠には施設の案内をやってもらおうと思っててな。今週末に休み入れといたから、その時に……。」
男がそう言いかけて、後ろにいた少女が途端に顔を顰めて男を睨みつけるのが見えた。
「……お前、私に断らずに勝手に休日を入れて、また相談せずに事を進めたな? 人を振り回す癖は相変わらずだなぁ。なあ??」
「お、怒るなって誠。別に有給が減るとかじゃないし……。」
「私が休んだ分、他に仕事を回しただろ。誰に頼んだんだ?」
「いや、誠が適任だったからさぁ……。」
「誰に、頼んだんだ??」
「……篠見さんが、代わってもいいですよって……。」
男の弱々しい返答に、少女は呆れ顔になってしまう。
「……はぁ。この魔法少女については私が適任ではあるから、施設の案内は引き受けよう。篠見さんには私から一言謝っておく。お前は少し反省しろ。」
「はい、すいませんでした……。」
男の気落ちする様子を見て溜飲を下げたのか、少女は小さくため息をつく。
「それで、望月に行かせたのか。」
「あぁ。あいつもうちに来て結構経つし、ここらで担当を持ってもいい頃合いだろ。」
「確かにそうだが、あいつは顔に出づらいと言うか、少し誤解されやすい奴だからな……。」
「ん〜、まあなんとかなるだろ!」
「お前なぁ……!」
少女は場当たり的な男に苦言を呈する。それを受けて男は縮こまる。この研究室ではよく見られる光景であった。周囲の研究員たちはその光景を静かに見守っていた。
「主任と氷室さん、またやってるよ。仲良いよね〜。」
「2人でコンビみたいになってるもんね。確か氷室さんがうちに入ってすぐに担当になったみたいだから、もう8年ぐらい経つんじゃないか?」
「えっ! 氷室さんってそんなに前からいるんですか!? ……あぁでもそっか。氷室さんって例の魔法少女だし、見た目じゃわからないか……。」
「男から魔法少女になった初の事例だからな。姿が変わらないのも、魔法少女の姿のままで存在が固定されているのだろう。」
「じゃあこのキョウって子も元は男だったんですかねー。」
「おそらくな。氷室さんも姿が変わって苦労されたそうだから、この子も早いうちに保護できたらいいんだが……。」
雑談をしている研究員の間に、モニターに映るキョウを慮る空気が広がっている。研究室内は薄暗く冷たさすら感じられたが、その実暖かな空間であった。
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