TS魔法少女 響 作:ときんときん
後日、望月の迎えがやってきた。
車の中には、適度な沈黙が流れている。窓の外を流れる街並みに目をやりながら、キョウは無意識に膝の上で手を組む。そんな彼に、望月がふと声をかけた。
「言っていませんでしたが、魔導保全局で保護している方に1人、貴方と同じような事例の魔法少女がいます。施設の案内はその方がされるそうです。」
「えっ!? そうなんですか!?」
キョウは自身のような存在が稀なのだと望月から説明を受けていたため、すぐに自身と同じ境遇にある人に出会えることに困惑した。しかし、それは同時に安心感も与えてくれた。
「それは少し安心……というか、それならこの前来た時に教えてくれればよかったじゃないですか。」
「……今こうして話しているのは魔導保全局での貴方の保護が決まったからです。守秘義務ですから、貴方もおいそれと口外しないようお願いします。」
「あぁなるほど……すみません……。」
確かに、保護されるような存在なのだから守秘義務があって当然だろう。保護を提案されていた時は断る事もできたのだから、話せないことがあるのが普通だ。キョウは自分の浅慮が恥ずかしくなり、縮こまってしまう。
少しの沈黙の後、望月は口を開く。
「……責めるつもりはありませんでした。ですので、謝罪も不要です。」
「え、あ、はぁ……。」
フォローなのかよくわからない言葉にキョウは曖昧に返す。
キョウはどうにも望月との距離感を測りかねていた。常に仏頂面で何を考えているかわからないこの男。かと思えば急に手を握ってきたり、あの時はキョウ自身ギョッとしていた。
(でかかったな……。)
キョウの手を包んだ望月の手は大きく、そしてキョウ自身の手は小さかった。男女の差異を感じるには十分な出来事であり、キョウは自身が変わってしまったのだとはっきりと自覚してしまった。
(仕方ないってわかっちゃいるけど、少し憂鬱だ……。)
ふとした時に少女になってしまったことを自覚させられることでキョウは少し気分を落としていた。
性別が変わったことに慣れてきたとキョウは思っていたが、それはこれまで性差を感じるような出来事が無かっただけであり、少女となった事実にしっかりと向き合っていなかっただけだった。そのため、望月に手を握られた日から少女の体になったことを意識するようになり、それがキョウの気分を落としていた。
キョウが浮かない顔をしていると、運転席にいる望月が正面を向いたまま話し出す。
「……この前、ファミリーレストランに入ったんです。」
「……え?」
唐突な話にキョウは間の抜けた声を出す。
「そこでハンバーグを注文したのですが、なぜかパスタが出てきたんです。配膳した方も当然のようにパスタを差し出してきたので、私もパスタを注文したような気がしてきて、そのままパスタを食べたんですよ。」
「はぁ……。」
「……お会計をしたら、ハンバーグの値段で会計されていました。私はそれを言い出す事もできずに、食べたものよりも高い値段を払って店を出て行きました。」
「いや、それは伝えましょうよ……。」
なぜか物悲しい話をされた。キョウは話の意図が分からず、思わず聞いてしまう。
「……あの、なんの話なんですか?」
「……すみません。冗談のつもりだったのですが、変なことを言ってしまいました。怖がらせてしまったので、何か面白いことが言えればと思ったのですが……。」
「へっ……?」
怖がらせてしまったとは、さっきの謝ったやつのことだろうか。キョウはそれとは別に考えに耽って、それで顔を曇らせていた。
それを見かねて望月は冗談を言おうとしてくれたのだろうか。言っていることはつまらなかったが、この仏頂面の男が冗談を言おうとして失敗したと考えると、キョウはどうにも可笑しかった。
「ふ、ははは!! 冗談で言ってたんですか! さっきのやつ!!」
「はい……。」
「ふ、ふふ。いや、ごめんなさい。ちょっと、ふふ、可笑しくて……。」
キョウは望月のことを頑固で堅物な男だと思っていたため、そのギャップがツボに入ってしまった。しかし、気を遣ってくれたのも事実であるため、どうにか笑いを抑えようとするが、難しい。
「ふふ。……あの、気になってたんですけれど、この前会った時に手を包んできたじゃないですか。あれってなんだったんですか?」
「……あれは、小さい頃に私が泣いている時に母がそうしてくれて、それで落ち着いたんです。この前は貴方も混乱してるようだったので、落ち着かせようと咄嗟に……。」
「なるほど……。ぶっちゃけ、初対面の人にやるのは怖いので、やめた方がいいですヨ。」
「……そうでしたか。すみませんでした……。」
キョウはあくまで茶化すように指摘したが、望月は深刻に受け止めてしまった。つまり、望月はこの前会った時もキョウの身を案じていたのだ。
(悪い人ではないんだよな、この人。)
望月にとっつきにくさを感じていたキョウだったが、望月の人柄を知りその印象もかなり良い方向に変わった。
そのうち、魔導保全局らしき建物が見えてきた。
車が街の中心部を離れ、やがて高層ビルの並びから外れた静かな一角へと差し掛かる。周囲には人の気配がほとんどなく、整備された植え込みと無機質な塀が規則正しく並ぶ中、ひときわ目立つ建物が姿を現した。
それは無駄な装飾を排した、灰色のコンクリート打ちっぱなしの建造物だった。高く積まれた外壁と鋭角的な構造が、公共施設というよりは要塞のような印象を与える。大きな窓は少なく、入り口も分かりづらい。外部の視線を遮断するかのように、建物はその全貌を露わにしないまま佇んでいた。
望月は黙ったまま車を敷地内へと進め、ゲートで手早く身分証を提示すると、音もなく鉄製の柵が開いた。
「……ここが、魔導保全局です」
キョウは言葉を失い、無言のまま外の建物を見つめた。
(……すご……)
閉ざされた場所。守られた場所。そして――秘密の場所。
言葉にしなくても、ここが「特別な場所」だと直感できた。
車が停まり、望月が無言でドアを開ける。キョウも促されるように外に出た。建物の近くで見ると、外壁はさらに圧迫感を増しており、まるで異世界の施設に足を踏み入れたかのような感覚すら覚える。
「案内は中で行います。緊張せず、気楽にいれば大丈夫です」
望月がそう言ったが、無表情のままなので安心感はあまり得られなかった。
玄関ホールに入ると、外観とは対照的に清潔で明るい光に満ちた空間が広がっていた。白を基調とした内装、静かに機能する空調、足音すら吸い込まれそうな床材――無機質ながらも整然とした空気が、ここが単なる施設ではなく「管理される場」であることを物語っていた。
受付に声をかけると、すぐに一人の少女が現れた。
背丈はキョウより少し小さい。長めの黒髪を後ろでまとめ、清潔感のある制服の上から白衣を羽織っている。その淡々とした様子は愛くるしさすら感じる容姿とは印象が異なる。誠は静かな瞳でキョウを見つめていた。
「はじめまして。私は案内を任された、氷室誠だ。よろしく。」
「あぁ、どうも、初めまして。鈴宮キョウです。よろしくお願いします。」
彼女、誠の鋭い視線にキョウは背筋を正しながら返事をする。冷たい印象に意識を引っ張られたキョウであったが、彼女はここの案内役だと言う。ということは……。
「あの、貴方も、俺と同じような……?」
「ん? ああ、望月から聞いていたか。そうだ、私も元々は男だったんだ」
「そうなんですね……! ……不謹慎ですけど、俺と同じような人に会えて少し安心しました。」
「それはよかった。何か困ったことがあればいつでも言ってくれ。慣れるまで色々と大変だろうからな。」
「は、はい。」
誠の言葉は淡々とした物言いだが、確かな気遣いが感じられた。
「氷室さん、俺はこれで……。」
「あぁ、それじゃあな。」
望月はそう言うとキョウにも軽く頭を下げてから離れていく。キョウは望月も案内についてきてくれると思っていた。先程の出来事から多少信頼できると思った矢先に離れることになり、キョウは少し残念に思った。
望月が見えなくなったところで、誠が口を開く。
「……望月は仏頂面で誤解されやすいんだが、悪い奴ではないんだ。気を悪くしないでくれ。」
「あぁいや、気を悪くするだなんて、全然ですよ。顔に出ないだけで、結構面白い人ですよね。」
「面白い……? あぁいや、望月の印象が悪いわけではないようで安心した。……これなら問題ないか……?」
誠は望月が悪く思われていないかを気にしたようだ。キョウ自身、車内での出来事がなければ望月は無表情の不気味な人のままであったかも知れない。誠が独り言を言っていたが、キョウには聞き取れなかった。
「それでは案内をするので、ついてきてくれ。」
そう言って誠が歩き出し、キョウはそれについていった。
そうしてキョウは誠に施設内を案内してもらった。
まず案内されたのは、魔法の訓練に使われる広々としたトレーニングルームだった。仕切られたブースが並び、各自が安全に能力の制御を学べるよう工夫されている。
次に足を運んだのは、落ち着いた照明と音楽が流れるリラクゼーションルーム。魔力の疲れを癒やすために用意された空間で、壁際にはアロマの香る個室もあった。
さらに、魔法少女同士が交流できるラウンジでは、ソファやカフェコーナー、読書スペースなどが設けられ、どこか学生寮の共有スペースを思わせる雰囲気だった。
クラフトや創作活動ができるワークショップルームや、装備の調整を行う作業室などもあり、想像していたよりも柔らかく、生活に寄り添った場所が多い。
屋上には小さな庭園まであって、ここが本当に魔法少女のための組織なのかと、キョウは少し目を丸くしてしまった。
「なんか、外から見た印象と大分違いますね。」
「はは、そうだろう。最初は内装も殺風景なものだったんだがな。魔法少女のためにと改装を続けている内にこうなっていた。」
「へ〜。」
「少し休憩するか。カフェコーナーに行こう。」
誠はラウンジにあるカフェコーナーの一席に座り、キョウも一つ横の席に座る。飲み物を注文するとすぐにドリンクがでてきた。
キョウはなんとなく気になっていたことを誠に尋ねる。
「氷室さんって、ここで働いてどのくらい経つんですか? 望月さんより先輩っていうのはわかるんですけど……。」
「ん? そうだな……ここに保護されて、大体8年くらい経つか。」
「えっ、8年!? それにしては見た目が若すぎませんか……!?」
誠が望月の上司のような立場にいることを2人の会話からなんとなく察していたキョウであったが、誠からの返答は予想外のものであった。
「望月のやつ、言ってないのか。私は8年前からこの姿のままだぞ。おそらく、君もそうなるだろうな。」
「ま、まじすか……。」
性別が変わるどころか、成長もできないだなんて。これからずっと子供の姿のままでいるのかと思うと、どうしても気が沈んでしまう。
「まあ、そう気を落とすな。君のように困っている者に、ここの人たちはよくしてくれるはずだ。それに、私に相談してくれたっていいしな。」
気遣うように優しく言葉をかける誠の姿。そこにはキョウから見て、容姿の幼さを感じさせない頼もしさがあった。だから、キョウは誠に悩みを打ち明けたくなった。
「……氷室さんは魔法少女に、女性になったことをどう思ってますか? 俺、あんまり現状に向き合えている気がしなくて……。」
「ふむ、そうだな……。」
誠は少し思案して、返事をする。
「私も昔は容姿が大きく変わったことで塞ぎ込んでいたが、今は身長が縮んだ程度に考えているよ。」
「そうですか……。」
キョウは自身のことを、姿が変わっても男のままだと思っていた。しかし、望月の手に恐怖を感じた事が、キョウの男としての自身を喪失させていた。
誠のように身長が縮んだ程度に考えられれば良いとは思うが、今の自分にそう考えることは難しく思えた。
「今すぐに割り切って考えるのは難しくても、ここで自分なりに受け入れる方法を見つければいいだろう。魔導保全局の人たちは皆、親身になってくれるはずだ。」
「……そうですね。ありがとうございます!」
「いやいや。……まぁ、こんなふうに話してはいるが、正直、女になったという自覚は、あまり無いんだ。参考にならず、すまないな。」
「いえいえ! 話を聞いてもらっただけでも、ちょっと落ち着きました。」
「そうか、それはよかった。」
そうして2人はカフェテリアを出て、案内を再開する。
「ここまで案内した場所は、主に保護された魔法少女が利用するエリアになる。そしてここから先は研究関連のエリアだな。私たちのような事例の研究を担当している6課の研究室にしか立ち入らないつもりだが、機械類や危険な物があるエリアだから、一応気をつけてくれ。」
「わかりました。」
そうして誠の後をついていくと、次第に内装が外の無骨な外見と似通ったものになってきた。
「失礼する。」
そして"研究室 第6課"の札が付いている扉を誠が開ける。
中は、暗い部屋をモニターやパソコンなどの光が薄く照らしており、電子音のような物がたびたび鳴っている。正面を埋め尽くす巨大なモニターは圧巻である。
(でっけぇ……。)
かつて仕事場で使っていたパソコンの三面モニターがちゃっちく見えてしまうほどの光景に目を奪われていると、誠がすかさず入口の扉付近にあるスイッチを押す。
「暗い。」
部屋の照明がついた。それにより部屋全体がよく見えるようになる。巨大なモニターが目立って気づかなかったが、モニター付近にあるパソコンの前に人影があり、誠はそこ目掛けてズカズカと歩き出した。
「おい。ここも案内するよう言ったのはお前だろう。なぜ部屋の照明すらついていない。それに随分と散らかっているじゃないか。」
「おぉ誠、お疲れ様。いやぁ、俺も最初は片付けようと思ったんだけどな? でも、ウチって基本こんなもんだし、新人にはありのままを見せたほうがいいかなーと……。」
「忙しい時期には見逃しているが、今は暇だろう。片付けろ。」
「へいへい。」
人影は白衣を着た男であり、誠よりも頭二つほど大きい長身であった。誠に向き合っていた男だが、こちらに気づくと近づいてきた。
「おっ! 君が噂の! 俺はこの第6課の研究主任をしている明智圭吾。よろしく!」
「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします。」
声質からして若いのだろうが、無精髭が少し生えているからか歳をとっているようにも見えた。少し伸びた黒髪もボサボサとしていて、いかにも研究者といった風貌である。
「初対面の人間に会う格好じゃないな。望月ですら髭は剃っていたぞ。」
「すぐ伸びちゃって面倒なんだよな。」
「まったく……。」
ここに来てほんの一瞬だが、それだけでこの2人の関係性が理解できた。しっかり者の誠に対して圭吾は頭が上がらないといった感じだろう。今も圭吾は誠に対してペコペコと頭を下げている。
誠は圭吾が着ている白衣の襟を無言で引き寄せるようにして、僅かに顔を近づけた。傍目から見て距離が近いように感じる。
「すんっ、すんっ……臭い。しばらく風呂に入っていないな? こんな状態で新人を迎え入れようとしていたのか、お前は?」
「ぐえ、わ、悪かったって……。」
臭い、と言う誠であるが、その表情は変わらず、むしろ雰囲気が柔らかくなっている。それに匂いを嗅ぐにしては妙に長い時間近づいたままでいるような気もする。
軽く首を絞められていた圭吾は誠の拘束を振り解く。顔が離れた時の誠はどこか名残惜しそうにしていたが、すぐさま言葉を紡いだ。
「……なら、今すぐシャワーでも浴びてこい。」
「いやでも、ここの研究室の説明とか……。」
「どうせ大して話すことも無いだろう。ほら、とっとと行け。」
「わかったよ……。」
圭吾はトボトボと研究室から出ていく。扉が閉め切ったところで誠はため息をつく。
「はぁ……本当にダメなやつだな。」
口では貶しているが、その表情は微笑すら湛えており、頬も紅潮させている。誠が薄く微笑んでいるのはここまでの間にも見たが、今の誠の表情はそのどれにも当てはまらない。
キョウは思った。
(めっちゃ好きじゃん……。)
キョウから見て、誠は明らかに圭吾に好意を持っていた。それも見ているのも恥ずかしいほどにわかりやすい。
キョウは先ほどの誠の言葉を思い出す。
『女になったという自覚は、あまりないんだ』
(いや、どこがだよ!?)
キョウは思わず心の中でツッコミを入れてしまう。いや、自覚がないからこそのアレなのか。キョウは誠に問いただそうかとも思ったが……。
「それじゃあ、あとは寮の案内をして終わりだな。寮までは少し歩くぞ。」
「あぁ、えっと……はい……。」
誠は何事もなかったように平然として先を歩いていく。その後ろ姿を、キョウは先ほどのことを聞くに聞けずに、黙ってついていくしかなかった。
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