TS魔法少女 響   作:ときんときん

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第1章 : 第6話

 

 

 

 

 

 

「ふぅーーっ。やっと引っ越し終わった! いやー疲れたぁー。」

 

「お疲れ様。」

 

 軽く伸びをするキョウはルミナの言葉に頷いた。ここは魔導保全局の寮の一室であり、キョウは元々住んでいたアパートからここへ引っ越しをした。

 

「この後も用事があるんだったかい?」

 

「そうだな。望月さんのところに行かないとだ。」

 

「ふ〜ん。気をつけていってね。」

 

 ルミナはササっとゲーム機の電源を押しソファに横になる。

 

「お前もすっかりゲーム廃人だな……。」

 

 この前ゲームに誘ってからすっかりハマってしまったようだが、それにしてもダラけすぎではないだろうか。

 

「じゃあ行ってくるわ。」

 

「あ〜い。」

 

 居間の扉越しにルミナの声が聞こえる。おそらくソファに座ったまま返事をしているのだろう。いいご身分である。

 

  寮の自動扉を抜けると、朝の光が差し込む中庭が広がっていた。淡い花の香りが風に乗り、まだ人影の少ない敷地内はどこか静謐な雰囲気を纏っている。

 

 中庭を斜めに横切ると、白い壁の研究棟が見えてくる。外観は無機質だが、ガラス張りのエントランスが柔らかく光を反射していた。

 

 カードキーでセキュリティゲートを通過し、無音のエレベーターに乗る。キョウの行き先は"第6課分室B-1"。望月が担当をしている研究室の扉を開く。

 

「失礼します。」

 

「涼宮さん、こんにちは。ここまで迷いませんでしたか?」

 

「この前案内してもらったので、もうバッチシですよ!」

 

 扉を開くと、望月は丸回転の椅子で体をこちらに向けながら返事を返す。

 

「研究室を丸々一つ貸し与えられるって、結構すごいことなんじゃないですか? 望月さん、すごいですね!」

 

「まだ何も成果を上げられていないので、すごいことなんて何もないですよ。それに、魔法少女を担当する研究員は皆、一室を貸し与えられる。涼宮さん、これからよろしくお願いします。」

 

「あ、えっと、はい……よろしくお願いします……。」

 

 特殊な事例の魔法少女は専属の担当をつけて独自に研究を進めていくらしく、キョウの担当は望月になった。キョウは望月が担当となったことに不満はなかったが、それとは別に不安なことがあった。

 

(研究の協力、安請け合いするんじゃなかった……。)

 

 キョウは今更になって研究が怖くなっていた。高い給金に釣られて研究の協力を承諾したキョウであったが、今ではその給金すらも最早どうでもよくなっていた。

 

 魔導保全局の規模の大きさと研究エリアの設備の充実さがキョウを萎縮させていたのだ。

 

「それでは早速採血の方と、こちらを、使いましょうか。」

 

 そう言いながら望月が奥から取り出ししたものは、無骨な黒鉄の筐体は手のひらほどの水晶をいくつも抱え込むように埋め込まれ、側面からは太いコードが幾本も這い出して床の装置と繋がっている。

 

 あまりに厳つい機械の見た目にキョウは顔を蒼くする。こんなものが、今から自分の身体に何をするのだろうかと。

 

 キョウは恐る恐るといったように望月へ問う。

 

「こ、これで、何するんです、か……?」

 

「安心してください。これは魔力を採取してその数値を出すモノです。採取はごく少量しかしませんし、危険はありませんよ。」

 

「そうですか……いや、本当にそうかぁ?」

 

 機械の表面には文字らしき刻印と、波打つような魔力の反応を示す微かな光が走っており、まるで静かに呼吸しているかのような気配を感じさせる。安全なものには見えなかった。

 

(研究に協力するって言っちゃってたし、今更断れないよなぁ……。)

 

 逡巡するキョウを差し置いて、望月が手のひらを機械の刻印へと向ける。

 

「大丈夫です。さあ、ここに手を当ててください。」

 

「……あぁくそっ! なんかあったら恨みますよぉ!」

 

 キョウは腹を括って機械の刻印に手を当てる。すると僅かに走っていた光が強まりだす。

 

「……はい、終わりです。手を離していただいて構いませんよ。」

 

「あ、意外とあっさり……。」

 

 望月はモニターに顔を向けながら終了を伝える。拍子抜けしたキョウは、それまで自分が声を荒げて1人で盛り上がっていたことを自覚した。少し恥ずかしくなったキョウは様子を伺うように望月を見るが……。

 

「……数値を見ると、やはり一般的な魔法少女の魔力量を大幅に超えていますね。これなら魔法少女になってすぐに活躍していたのも頷ける。」

 

 望月はキョウの醜態など気にも留めていなかったようで、モニターに映っているであろうキョウのデータに夢中になっていた。

 

(こ、こいつ……。)

 

 変に反応されるのも嫌だったが、完全にスルーされるのもそれはそれで腹が立つ。しかし、望月が食い入るように画面を見つめていたため、キョウも話を続けることにした。

 

「……やはりって、なんでそう思ったんですか?」

 

「キョウさんが妖精に施された少女化は高位の妖精にしかできないモノなんです。つまり、貴方が契約している妖精が高位の妖精であるため、貴方もそれに見合った力があるだろう、と。」

 

 ……キョウからして色々とツッコミどころがある話だ。

 

 まず、ルミナが高位の妖精だというのがしっくりこない。最近になってぐうたらする事を覚えたアイツがそんなすごい存在だとは思えなかった。それに、高位の妖精に見合う力があるということは……。

 

「……それって、魔法少女としての強さは妖精の強さに比例するって話ですか?」

 

「いえ、そうではありません。魔法少女が高い能力を持つには本人の素質が必要不可欠です。そして、その素質を引き出す能力が妖精には必要なのです。つまり、高位の妖精により引き出された貴方の素質がこの高い魔力量として現れているのです。」

 

「ふ、ふ〜ん? そうなんですねぇ。いや、別に、どうでもいいんですけどね?」

 

 口ではこう言っているが、自身の素質が関わっているとわかったキョウは少し機嫌を良くしていた。百歩譲ってルミナが高位の妖精であるとしても、自身の能力まで完全にルミナに依存しているというのは癪だったためだ。

 

「ただ、少女化によって素質が変化している可能性もあると思うのですが、今のところ男性を対象とした事例しかありませんので確認のしようがありません。」

 

「そ、そうですか……。」

 

 ぬか喜びをしていたとがっくりするキョウを気にも止めず作業を続ける望月。

 

「……まぁでも、俺に凄い素質があったってのは無理あるか……今まで普通に大学卒業して普通に就……。」

 

「――涼宮さん。」

 

 望月が低く、しかしはっきりと遮るように声をかけた。キョウは言葉を止めて、きょとんとした目で望月を見る。

 

「それ以上は……無理に話さなくて大丈夫です。」

 

「え?」

 

「……すみません。こちらから制止するのも変かもしれませんが、あなたが自分の過去を話すことも、僕たちがそれを知ろうとすることも、本来は望まれていないんです。」

 

「それって……局の方針ってことですか?」

 

 キョウが眉をひそめると、望月は少し困ったようにうなずいた。

 

「はい。少女化のような改変を伴う契約は、本人の過去と今とを分断する性質を持っています。過去の経歴や性別に触れることが、かえって精神的負荷になることもある。だから局としては、過去に対する詮索や記録を原則行っていません。」

 

「……別に俺、話すのは平気ですけど。」

 

「涼宮さんがそうであっても、周囲が勝手に“掘り返す”ことが、結果として傷になることがある。だから、僕らは“今のあなた”を大切にする。そう決まっています。」

 

「そうですか……。」

 

 望月の言う魔導保全局の方針は、手厚いようでありながらもどこか距離があるような冷たさが感じられた。

 

 それに少し寂しさを感じつつ、振り払うようにしてキョウは続けた。

 

「これって、前言っていた研究の協力ってやつなんですよね?」

 

 キョウが確認すると、望月は少し固まった後に答える。

 

「……いえ、これはただのメディカルチェック。健康診断のようなものです。」

 

「あ、そうだったんですか。じゃあ研究の協力っていつからあるんですか……?」

 

「……暫くは研究の協力はありません。」

 

望月は顔を逸らし、書類の束を手に取ってページをめくるフリをした。落ち着かない指先が、その内心を物語っていた。

 

 しかし、話の内容に意識を割いていたキョウはそれに気が付かない。

 

「そうだったんですか!! よかった〜!! いや別にやってもよかったですけどね!」

 

「……そうですか。」

 

「それじゃあ俺、用事あるんで失礼しますね!」

 

「……はい、それでは。」

 

 望月の違和感に気づかずキョウはそのまま研究室を出て行った。

 

 

 

 

 

 

「頼まれてた資料、ここに置いときますね。」

 

「はーい、ありがとうねー。」

 

 キョウは支給された制服に身を包み、事務用の端末に向かって黙々と入力作業をこなしていた。男だった頃に培った経験が活きていて、データベースの扱いや報告書の作成も難なくこなせている。

 

(なんか、落ち着くわぁ……)

 

 カタカタとキーボードを打ちながら、キョウは久々のデスクワークに安心感すら覚えていた。

 

 だが、どうにも戸惑うことがある。それは――。

 

「キョウちゃん、あの書類できてる?」

 

「あ、はい! こちらの書類ですね。どうぞ。」

 

「あら、ありがとう。よくできたわね、これあげる。」

 

「あ、あはは……どうも……」

 

 事務員から差し出されたお菓子を、キョウはおずおずと受け取った。

 

 ――このように、どうにも子ども扱いされることが多いのである。気にかけてくれるのはありがたいが、すれ違いざまに頭を撫でられたりと、キョウはそのたびに戸惑いを隠せなかった。

 

 魔導保全局の人間であれば、自分が元々男だったことを知っているはずだ。それなのに、まるで年下の妹を甘やかすような態度を取られるばかり。働き始めてから、ずっと困惑しっぱなしだった。

 

 だが、直接問いただすのも憚られる。そこでキョウは、ある作戦を立てた。

 

 

 昼休憩。職員たちが各々のデスクで昼食をとっている。そこへ、キョウがそっと近づいた。

 

「あの、これ良かったらどうぞ〜」

 

 キョウは、ちょっと良いところの羊羹を空いているテーブルに並べる。すでに小分けされており、串も完備。これは、かつて勤務していた職場でお偉いさんに出していた定番の品。かつての経験が、ここでも活かされていた。

 

「おぉ、ありがとう!」

 

「うおぉお!! キョウちゃんが羊羹くれたぞぉ!!」

 

「ありがとね、キョウちゃん」

 

「いえいえ、皆さんでぜひ。それじゃあ私はこれで〜」

 

 そう言って部屋を後にするキョウ。人目がなくなったところで、魔法で自身の姿を消す。

 

 ……今さらだが、変身せずとも簡単な魔法は使える。あのフリフリ衣装を着なくていいのでは!? と喜んだものの、魔法の出力が落ちるため、魔物との戦闘時には変身が不可欠だった。

 

 薄い結界で姿を隠しながら、職場へと戻る。

 

(ふっふっふ。差し入れ直後なら、少しは俺の話してるだろ)

 

 耳をすませば、案の定――

 

「キョウちゃん、いい子よね〜」

 

「仕事もテキパキできちゃうし、可愛がっちゃうんだよなぁ。元男だったとか、どうでもよくなっちゃう」

 

「……おいお前。それ外で言ってたら処罰モノだぞ。過去の詮索になることとか、本人の前では特に気をつけろよ」

 

「ああ、すまん……」

 

「まぁ、お前の気持ちはわかるけどな。俺もキョウちゃんが可愛くて仕方ない」

 

「俺は褒めるたびに照れちゃうキョウちゃんが好きだから褒めまくるぜぇ!!」

 

「えっ、なんかキモっ……」

 

 キョウはそっと職場を抜け出した。

 

 予想通り、職員たちは自分のことを話していた。“いい子”とか”可愛い”とか褒められるのはくすぐったい。でも、悪い気はしない。むしろ――少し、誇らしい。

 

 「過去の詮索をしない」という方針は、やはり職員にも徹底されているのだろう。自分自身は気にしていないつもりだが、規則であり、あえて話すようなことでもない。

 

 最後の「褒めまくるぜぇ!!」には思わず顔をしかめたが、それすらもどこか温かく感じられる。……まぁ、ちょっとキモいのは否定できないけれど。

 

 職員たちは、ちゃんと”自分”を見てくれている――そんな気がした。ただ、それはあくまで”少女のキョウ”として、なのだろうとも思う。

 

 それが魔導保全局の方針だと、さっき望月も言っていた。キョウを思ってのことなのだろうが、その接し方が、どこか冷たくも感じてしまう。

 

 けれど、仕方のないことだ。少女化の元凶であるルミナは、同時に命の恩人でもある。職員たちも、自分と向き合ってくれている。

 

 誰も悪くない。――誰も、悪くないのだ。

 

「……いい加減、戻るかぁー」

 

 良くない考えを振り払い、キョウは透明化を解除して職場へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――炸裂音。赤い光の弾が訓練場を駆け抜け、土煙とともに視界が揺れる。

 

「左、回り込んでる!」

 

 味方の一人が叫ぶ。キョウはすかさず足元に結界を展開、空中に跳躍するように浮かび上がると、空中から戦況を俯瞰した。

 

(三対三。相手は攻撃特化型が二人と、補助系が一人。今、こっちに集中してるのは……)

 

「結界、展開!」

 

 声と同時に、味方の前方に半透明の壁が出現する。直後、相手チームの魔法が壁にぶつかって爆ぜた。味方の少女が振り向き、驚いたように目を見開く。

 

「助かった……!」

 

「援護する。こっちは俺が見るから、反撃に集中して」

 

 返事を待たず、キョウは空中で再び身を翻す。追撃が来るのを見越して、結界を斜めに出現させ、砲撃の角度を逸らすように配置した。

 

 そして――。

 

「見えなくしてっと、」

 

 今度は前方に展開した結界の透明度を一気に下げる。白く濁った壁が視界を遮り、相手チームの面々が一瞬足を止めた。

 

(こっちからは見えるけど、あっちからは見えない)

 

 敵の補助役が、警戒するように魔法で霧を晴らそうとする。

 

 その隙を、キョウは逃さなかった。

 

「――いけっ!」

 

 指先で結界を尖らせ、槍のようにして発射する。鋭い一撃が、敵の魔法をかき消すように補助役の肩を打ち抜き、判定用の魔力が散った。観測者の声が響く。

 

『敵チーム・支援役、戦闘不能と判定!』

 

 声と同時に、味方の前衛が動いた。敵の攻撃役に斬り込む。キョウはその背中に、すかさずもう一枚の結界を展開――防御壁として追撃を遮断する。

 

「やるじゃん、キョウ!」

 

 味方の少女が振り返り、嬉しそうに声を上げる。

 

「まだ終わってない!」

 

 叫ぶや否や、キョウは最後の一人に向けて全力の集中を始める。敵は回避に長けたスピード型。結界を並べただけでは捕まらない。

 

(だったら、動きを読んで……。)

 

 敵が動いた瞬間に、キョウは地面から複数の結界を斜めに射出。あえて直撃を狙わず、進路を限定し――最後に、その進路上に結界の壁を出現させた。

 

「――よし、捕まえた。」

 

 ガンッ、と硬い音がして、敵の少女がその場に膝をつく。頭上に観測者のホログラムが現れ、宣言する。

 

『訓練終了――勝者、チームB!』

 

 場が静かになり、すぐに拍手と歓声が上がった。キョウは、肩で息をしながら結界を解き、味方の方を向く。

 

「……ふぅ、やりきったぁ。」

 

 味方の少女たちが笑いながら駆け寄ってくる。

 

「すごいよキョウ! ほんとに新人なの!?」

 

「めっちゃ戦いやすかった〜。うちのチームにずっといてほしいくらいだよぉ。」

 

 褒められて、少しだけ頬が熱くなる。

 

 ――だがその時、遠くの観測席で腕を組む望月の姿が目に入った。

 

 彼は表情を変えず、ただ静かにこちらを見ていた。けれど、その視線はまっすぐに、確かにキョウを捉えている。

 

(この模擬戦も"研究の協力"ってやつなのかな?)

 

 この模擬戦は今キョウを取り囲んでいる子達のチームからお誘いを受けて参加させてもらったものだ。『模擬戦やってみない?』くらいの軽いノリで言われたため思い至ることができなかったが、魔法少女の戦闘データなども研究の役に立ちそうだ。

 

「いっそのこと、ウチのチームに入っちゃわない?」

 

「こら、それはダメですよ。鈴宮さんは飽くまで研究室の所属なのですから。」

 

「うぇ、教官……。」

 

 先ほどまで審判をしていた教官がチームへの勧誘を止める。

 

「あはは、ごめんね。研究の協力があるから、チームには入れないんだ。」

 

「そっか〜、残念だよぉ。」

 

 キョウが断りを入れると、教官は何かが引っかかったのか少しの間キョウのことを見つめるが、すぐに視線を戻す。

 

「ほら。模擬戦は終わりですから、訓練室から出て行ってください。鈴宮さんは少し残っていただけますか?」

 

「あ、はい。」

 

「じゃあね、キョウちゃん!」

 

「うん、じゃあね。」

 

 そうして味方チームの子達を見送ると、教官はキョウに向き直る。

 

「鈴宮さん。先ほど"研究の協力がある"と言っていましたが、研究の協力は保留にしているのではないのですか?」

 

「えっ?」

 

 教官から伝えられたことは、キョウがまったく予想していなかったことであった。保留している? どういうことだろうか。

 

「その様子だと知らなかったようですね。確か、望月研究員が君の研究協力を保留にするように、上へ掛け合っていたはずです。一度望月研究員と話をしてみては? なんならそこにおりますし。」

 

 そう言って教官が顔を向けた先には、まだ観戦席に座っている望月がいた。キョウ自身、一刻の早く話がしたいと思ったため、教官に断りを入れる。

 

「教官、ありがとうございます! 行ってきますね!」

 

「いえいえ。」

 

 そうしてキョウは訓練場を出てすぐさま観戦席に向かった。観戦席に着くまで多少時間がかかったが、望月はまだ座っていた。

 

「待っててくれたんですか?」

 

「はい、話があるのだろうと思いまして。」

 

 望月もわかっているのだろう。キョウは話を切り出す。

 

「あの、研究の協力を保留にしているって聞いたんですけれど、本当なんですか?」

 

「……本当です。申し訳ありません。」

 

「あ! いやいや! 謝ることないですって!」

 

 責めるつもりのなかったキョウは慌てて望月の謝罪を止める。しかし望月は顔を俯かせたままである。

 

「でも、なんで保留にしたんですか? 俺、協力するってあの時言っちゃってたのに……。」

 

 望月と初めて会った時、キョウは安請け合いをして研究の協力を承諾してしまっていた。それを後悔していたキョウからすれば、保留になっているのはむしろありがたいことなのであるが……。

 

「……貴方が軽い気持ちで研究の協力を承諾しているのはわかっていました。」

 

「うっ、それは、そうですね……すみません……。」

 

 図星をつかれたキョウは咄嗟に謝るが望月はそれをあえて無視して話を続ける。謝罪を受け取らないことが、貴方に責任はないと言っているようにも感じた。

 

「……それでは貴方の為にならないだろうと思い、勝手に協力を保留にする形を取りました。本当に申し訳ありません……。」

 

「……望月さんが謝る必要は無いですよ。俺のことを気遣ってくれたっていうのなら、尚更です。」

 

 

「……ですが、研究協力が保留となっているので、その分給金が少なくなっています……。貴方は高い給金に惹かれて研究の協力を承諾していたので……。」

 

「あぁ、そういう……。」

 

 望月がここまで申し訳なさそうにしている理由がわかった。確かに、承諾をした経緯からして望月がそう思ってしまうのも無理はない。しかし、俺だって気遣ってくれた人を悪く思うなんてことはするわけもない。

 

「いや、この際給金とかどうでもいいですって……。俺、そんなにガメつく見えますかね?」

 

「……! いえ! そういうわけでは……!」

 

 キョウが意地悪くそう言うと望月は慌てたように弁明をしようとする。その慌てようがどうにも面白くて、キョウは吹き出してしまう。

 

「ふっ、あはは! 慌てすぎ! 俺、全然怒ってないし、なんなら感謝してるくらいですよ。気遣ってくれて、ありがとうございます。」

 

「……いえ、どういたしまして。」

 

 しっかりと感謝を伝えるキョウに、望月はようやくキョウの方を向いてその感謝を受け取った。

 

「……研究協力についてですが、元々貴方には私が主導する研究に協力してもらう事になっていました。つまり、諸々の権限は私にありますので、このまま保留を続けていただいて構いません。」

 

「……あの、一応確認なんですけど、俺の研究協力って望月さんが担当になるんですよね?」

 

「……? そうですね。私の研究なので、当然私が担当します。」

 

「それなら、もう保留は止めてください! 明日にでも協力しますよ!」

 

 キョウは望月に色々と良くしてもらっている。望月の研究に協力すれば、彼に恩返しができるという事だろう。

 

「……本当に大丈夫ですか? また早合点で決めていませんか?」

 

「大丈夫です! もうここにも慣れてきましたし!」

 

 それに、こうしてキョウのことを気遣ってくれる望月なら、研究の協力も怖くないと思ったのだ。

 

「それと、担当になるってことは付き合いも長くなりそうですよね。なので! 敬語とかやめませんか!」

 

「……そうですね。鈴宮さんがそうしたいのなら、そうしましょう。」

 

「よしっ! じゃあ今から敬語無しな! それと、"鈴宮"じゃなくて、"キョウ"って呼べよな! これからよろしくな、望月!」

 

「……あぁ。よろしく、キョウ。」

 

 

 

 

 




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