TS魔法少女 響   作:ときんときん

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第1章 : 第8話

 

 

 

 

 

 

 

 研究分室の空気は、機械音と紙をめくる小さな音だけが支配していた。

 

 キョウは、机の上に並べられた器具を一つ一つ確認しながら、隣で作業を進める望月をちらりと見上げる。

 

 白衣の袖を捲り上げた彼は、無駄な動き一つなく手を動かしていた。

 

「……研究って、結局何するんだ?」

 

ふとした好奇心から口にすると、望月は手を止め、少しだけ顔を上げた。

 

「説明していなかったな、すまない」

 

彼は静かに言って、手元の資料を一枚、キョウの前に差し出した。

 

「まず、君の魔力の特性を詳しく測定していく。魔力の波長や変化の傾向を記録して、将来的に魔力の消耗を抑える技術に応用するつもりだ。これが一つ目。」

 

「おぉ、なんか凄そう。」

 

 キョウのあっけらかんとした感想を受けて望月は続ける。

 

「これらは効果的な戦術支援を行ったり、魔力疲弊のリスクを減らす目的がある。キョウ、君はこれまで魔物と戦った後に疲れを感じたことはないか?」

 

「いや、そういうのは別に……。」

 

「……ふむ。魔力量の多さからか、並大抵の消費では疲労を感じないのか……? 一度確認しなければな。」

 

 望月は資料にサラサラと何かを書き連ねる。多分だが、後々やる研究が増えたような気がする。キョウはゲェーと顔を歪めつつ、止まった説明の催促をする。

 

「それで? 一つ目ってことは、二つ目もあるんだろ?」

 

「もちろんだ。もう一つは、魔力の回復補助技術の開発を進めている。魔法少女が戦闘で疲弊したとき、迅速に回復できるようにするためだ。これも、君の体質と魔力の特性に合わせて調整していきたい」

 

「ふーん……さっきのもそうだけど、そういうのってもう開発されてそうじゃない?」

 

「あぁ。察しの通り、既に実用段階までに至っているものがある。だが、キョウの魔力ならもっと質の高いものが開発できるはずだ。」

 

 望月は資料に目をやりながら説明を続ける。

 

「君の魔力は量の大きさに目が行きがちだが、その本質は魔力の性質にあるんだ。揺らぎが一定で純粋。そのため君の魔力に合わせて調整すれば、他の魔法少女の魔力に応用することも容易なはずだ」

 

「……まぁ要するに、もっといいものが作れるってことだな!」

 

「……まぁ、そういうことだ。」

 

 話を聞いていて頭を痛くしたキョウが無理矢理要約すると、呆れたように望月が同意した。

 

「ちなみに……魔物の発生源を事前に探知したり、封印する技術……つまり、魔物の発生を抑制できないかと考えたのだが……」

 

「おぉ! 根本を断つってことか!」

 

「そういうことだ。だが、現実的には難しいだろう。そもそも魔物の発生原因や、その予知すらできていないわけだからな。抑制など、夢のまた夢だ。」

 

「そっかぁ。」

 

キョウは、少し残念そうに呟いた。

 

 けれど、望月の言葉には未練ではなく、冷静な現実認識が滲んでいて、無理に励ます必要はないと思えた。

 

 一通りの説明を終え、再び準備に取りかかった二人だったが――

 

「……む? 必要な器具がひとつ足りないな」

 

望月が眉をひそめた。

 

「本室に置きっぱなしだな。キョウ、悪いが一緒に来てくれ。」

 

「はーい。」

 

キョウは小さく返事をし、白衣の裾を整えながら、望月のあとに続いた。

 

 研究分室のドアを閉め、キョウと望月は並んで廊下を進んだ。

 

 昼下がりの研究棟は静かで、窓から差し込む光が、床に柔らかな影を落としている。

 

 やがて2人は廊下の奥にある一際大きなドアの前で足を止めた。銀色の扉には、厳重なセキュリティパネルが設置されている。

 

 望月がポケットから小さなキーを取り出し、カードリーダーにかざした。機械が低く音を立て、認証の完了を知らせる。

 

 そして望月は扉に手をかけて押し開ける。

 

「失礼します。」

 

「失礼しまーす。」

 

 重たげな金属の扉の先には2人の人影があった。

 

「ん、おぉ! 望月、キョウ! よく来たな! 」 

 

「む? 2人とも、今日は研究の予定だったはずだ。どうかしたのか?」

 

「お二人とも、どうも。研究に必要な器具が足りないようでして、これなのですが……。」

 

 望月は立ち上がっていた誠に資料を見せる。研究本室は圭吾が主任のエリアで、その担当である誠がいるのも当然のことだろう。

 

「これなら、確かあそこにあったような……少し待っていろ。」

 

 誠は圭吾が座っている先の戸棚に視線を向けて呟き、戸棚へと向かう。

 

 突然だが、圭吾が座っている椅子や机周りは物が乱雑に置かれていて足の踏み場が少ない、そこを通ろうとすると……。

 

「すまん、少し乗るぞ。」

 

「おぉ。」

 

 誠は圭吾の股に足を通し、圭吾の片方の太ももにのしかかるような体勢になる。ここで2人は向き合うような形になり、誠が外側の足を奥へ通すと、再び誠は圭吾の太ももに座り込み、その小さな臀部を圭吾に向ける。

 

 そのまま机に手をかけて戸棚を弄る。この時も誠は圭吾にのしかかっている状態だ。

 

 目当ての器具を見つけたのか、誠は戸棚を閉めて、再び先ほどと同じ動作をする。この一連の動作が妙に艶かしく見えるのは気のせいではないだろう。

 

「ほら、これだろう?」

 

「……えぇ。ありがとう、ございます。」

 

 その一連の動作を見たことを後悔していたキョウであったが、誠から器具を受け取っている望月も同じく顔を少し顰めさせていた。

 

(望月に、表情がある……。)

 

 キョウにとって望月のその表情は、普段であれば驚くようなことなのだが、目の前で行われたことのインパクトがそれをかき消していく。

 

 一刻も早くこの場から逃げ出したいキョウであったが、それを圭吾が止める。

 

「2人とも、少し休んでいかないか? ほら、飲み物ならあるしな。」

 

「おい圭吾。2人は研究の予定があるのだから、無理に止めるのはやめろ。」

 

 誠の言葉は今のキョウにとって何より嬉しいものであった。これで誠が元凶の一部でなければ、キョウは心から感謝を示せていただろう。

 

「あぁそうだよな、悪い悪い。」

 

「というか、それは私の飲みかけ……」

 

「ゴクッゴクッ。」

 

「あっ、おいっ! それは私が飲んでいたものだぞ!」

 

「え、あぁすまん、結構飲んじゃった。」

 

 圭吾は誠にペットボトルを返す。2人は間接キスなど全く気にしていないようであった。

 

 もう見ていられない。キョウは断りを入れて退室しようとする。しかし……。

 

「あの、俺たちそろそろ……」

 

「はぁ、まったく……コクッコクッ……。」

 

(いや、飲むんかーい!!)

 

 キョウは内心で強くツッコミを入れる。もはや間接キスどころではない、飲み回しである。

 

「俺たち!! 失礼しますね!!」

 

 キョウは望月の腕を強く引きながら部屋を出る。金属の扉が閉まったところで望月の顔を見ると、少しやつれているように見えた。おそらくキョウもそうなっているだろう。

 

「……やっぱり、あれっておかしいよなぁ……?」

 

「……あぁ……あれは無自覚だからな、場所を選ばないのも厄介だ。」

 

「まじでさぁ……。誠さん、圭吾さんが好きすぎて、2人でいる時だけポンコツになるんだよな……。」

 

 このような光景は度々見られている。その度にいたたまれない気持ちになるこっちの身にもなって欲しいものである。

 

 これにより、キョウは元男として親近感を感じていたはずの誠が遠い存在のように感じるようになっていた。キョウは思わず望月に聞く。

 

「……あの2人のああいうの、どう思う?」

 

「……2人は長い付き合いで、誠さんがここに馴染めたのも圭吾さんがいたかららしい。それを考えれば、まぁ……。」

 

 望月の言うように、2人には長い付き合いによる結束のようなものがあるのだろう。だとしても、キョウには元男として受け入れられないものに見えた。

 

「あぁー、もうさっさと戻って研究始めようぜ!」

 

「……そうだな。」

 

 労力に見合わない疲労感を感じつつ、2人は分室に戻った。

 

 

 

 

 

 

 分室に戻ったキョウと望月は、再び研究の準備に取りかかった。

 

 机の上には、小型の魔力測定装置と、魔力を一時的に吸収・貯蔵するための特製コンデンサが設置されている。金属と魔術回路が融合したような、不思議な機械。それは以前見たものと同じであった。

 

「うわっ、出たよ……。」

 

「以前のメディカルチェックでも使用したな。あの時と同じように、刻印に手を当ててくれ。」

 

「へいへい。」

 

 キョウは椅子に腰かけ、機械に腕を差し出した。望月が細かく調整を進め、慎重に魔力の接続を行う。

 

「痛みはないはずだが、異常があればすぐに言ってくれ。」

 

「わかってるよ。」

 

 軽口を叩くキョウに、望月は小さく苦笑を浮かべ、スイッチを押した。

 

 直後――

 

 シュウゥゥ……という低い音と共に、機械が魔力を吸い上げ始める。透明なチューブの中を、淡い光の粒子が流れていくのが見える。

 

「おお……これ、ちょっと変な感じするな。」

 

 キョウは腕にぴりぴりとした微細な刺激を感じながらも、特に苦痛を訴える様子はなかった。

 

 望月は手元のモニターを確認し、眉をひそめる。

 

「……通常なら、これで十分な負荷がかかるはずなんだが……」

 

 数分後、コンデンサから警告音が鳴った。装置の許容量に達したことを示すアラームだった。

 

「なに……もう限界か……?」

 

 慌てて機械を止める望月。しかし、キョウ本人はというと――

 

「ん? もう終わり? ぜんぜん大丈夫だけど。」

 

 ケロリとした顔で腕を振って見せる。

 

 望月は目を伏せ、呆れたように小さく息を吐いた。

 

「……やはり、想定以上だな。通常の魔法少女の、少なくとも三倍以上はある。」

 

「三倍……。そりゃなんというか、すごいな……。」

 

「あぁ、これなら常に結界を使い続けていても一日は保つんじゃないだろうか。」

 

「えっ、そうなの? じゃあ今度、結界貼り続けちゃおっかなぁ。」

 

「構わないが、結界を張り続けた日はメディカルチェックをさせてくれ。」

 

「了解。」

 

 モニターには、魔力の数値が振り切れたグラフが表示されている。

 

「次は魔力制御の試験に移る。変身する必要はない、普段通りでいい。低出力で魔法を使ってくれ。」

 

「低出力か……了解。」

 

 キョウは軽く腕を振った。空気がわずかに震え、彼女の手元に淡い光が収束する。

 

 結界魔法――防御用に展開する壁を、小さく、慎重に出現させる。

 

 ぱしん、と柔らかい音を立てて、膨張しないよう抑え込まれた結界が、掌の上に乗った。

 

 望月は静かに記録装置を操作しながら、キョウの魔力の出力をモニターしていた。

 

「……いい具合だ。そのままその状態を維持してくれ。」

 

「おう、維持するくらいなら楽勝だぜ?」

 

 キョウは指先をヒョイと動かして結界をフヨフヨと動かす。

 

 そしてふと思い出したように笑みを浮かべた。

 

「そういえばさ、最近こんなこともできるようになったんだ。」

 

 そう言うと、キョウは指先でそっと魔力の結界を撫でる。

 結界は形を変え、薄く伸びていく。

 まるで紙を折るように、キョウは丁寧に結界を折りたたんでいった。

 

 ひと折り、ふた折り――

 折りたたまれていく光の層は、やがて繊細な折り鶴の形を作り出す。

 

「……完成! なぁ、すごくね!?」

 

「……! これは……。」

 

 小さな光の折り鶴が、ふわりとキョウの掌に乗った。望月はその折り鶴をじっと見つめている。

 

「……あっごめん! 維持しなきゃなんだっけか。」

 

 望月は、ペンを持ったまま動きを止めていた。

 

「……いや、問題ない。素晴らしい技巧だな。」

 

「……! へへ、そうだろぉ?」

 

 キョウは照れながら掌に乗っていた折り鶴をパッと消す。

 

「……そういえば、結界に性質を持たせることもできると言っていたな。説明できるか?」

 

「おぉ。俺の結界は最初は普通に見えるけど……こうして、意識すると透明にできたり、片方だけ透明にもできるぜ。後は、通り抜けられるものと抜けられないものを選択してバリアみたいにもできる。」

 

 望月の指先に結界が発生し、透明になる。次に結界が回転して、片方だけが不透明になっているのが見えた。

 

「その意識して透明に、というのを具体的にどう行なっているかを説明できるか?」

 

「えっ、多分、光を通したり通さなかったりして……すまん、あんまりわかんない。」

 

「そうか……光の透過や吸収・反射が関係しているのだろうと予想していたのだが……透明不透明は光の透過や吸収を切り替えているのだろうが、片側だけを透明にするのは方向ごとに反射率と透過率を変える必要があるはず。やはり、現実に起こる現象とは別物として考えるべきか……。」

 

「あの、望月……?」

 

 1人で考え出した望月に対して、キョウは少し不安になって声をかける。

 

「いや、すまない。キョウの結界だが、おそらくはキョウ自身の"イメージ"に強い影響を受けるのだろう。これは物理に縛られない"概念操作"に近いものだ。」

 

「概念操作ぁ?」

 

「あぁ。君は結界を鏡や壁のようなものだと認識しているのだろうが、考えを膨らませればさらに出来ることが増えるはずだ。」

 

「ふ〜ん……?」

 

 望月の言うとおり、キョウは結界を鏡や壁のようにしか思っていなかった。しかし、どこかピンとこないようにも思っていた。

 

 それを見かねて望月が話を要約する。

 

「……つまり、“こうなってほしい”と、もっとはっきり決めてから結界を作るんだ。」

 

「なるほど……!」

 

 話を理解したキョウが早速結界を生成しだす。何かを念じるように目を細めて作った結界は、立方体を保ちつつもブヨブヨとした感触をしているのが見て取れた。

 

「おぉ、できた! めっちゃブヨブヨしてる! 望月、お前すげえな!」

 

「いや、大したことはしていない。……そもそも、俺は直接戦うわけでもないからな。」

 

「おぉ……?」

 

 アドバイスのおかげだと望月を褒めるキョウに対して、望月はなぜか気を落としているようだった。なぜか落ち込んでしまった場の空気を変えるために、キョウが望月に問いかける。

 

 キョウは、結界に新たな性質を加えることに成功したあと、そっと問いかけた。

 

「な、なあ! 望月は、なんで研究者になったんだよ。」

 

 唐突な問いかけに、望月は一瞬だけ手を止める。けれど、すぐにいつもの淡々とした調子で答え始めた。

 

「昔、魔物の発生に巻き込まれたことがあるんだ。

 助けを呼びたくても動けなかった。守りたくても、何もできなかった。」

 

そこまで話して、ふと視線を落とす。

低く、乾いた声で続けた。

 

「それが悔しくて、俺でも何かしたいと思って、研究者になったんだ。」

 

キョウは、黙って聞いていた。

 

「でも――」

 

望月はわずかに口元を歪める。表情は変わらないが、視線を落とすその様子から、何かを諦めているようにも見えた。

 

「結局、俺には何もできない。肝心なときに、力になれない。……ただ、遠くから見ているだけだ。」

 

 静かな実験室に、彼の声が落ちた。

 

キョウは、胸がぎゅっと痛むのを感じて、すぐさま望月の言葉を否定する。

 

「……そんなことないって。」

 

「……そうだな。すまん、研究を再開しよう。」

 

「あ、うん……。」

 

 場の空気を切り替えるように望月は研究を再開するが、キョウの心の奥にはモヤモヤとしたものが残った。




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