奈落 夢絶たれず   作:中身のない中身のない中身のない

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奈落 夢絶たれず

広大な会食場、貴族達が大勢集まっている。

国王主催の社交パーティー、それに相応しく莫大な財が注ぎ込まれ、豪華絢爛な食事、装飾、高級酒が至るところに陳列されている。贅沢という言葉でなお余りあるだろう。

「………………フン」

その最奥で厳重な警備に囲まれた一人の少年が、忌々しげに鼻を鳴らす。眉は内向きに傾き、眉間の皺は些か深く、その目は笑っていない。それでも不機嫌を周りに悟られないのは、それ以上の豪奢な空気がたったひとりの空気を希釈させているからだろう。

「ジルバ王子」

しかしこの祭典で場にそぐわない態度をいつまでもさせる訳にはいかなかったのだろう、隣にいた少女に咎められる。

「この場がどれほど重要なものかは、事前に何度も伝えた筈です。貴族、そして王族の力を互いに示す、政で相手に下に見られないためには、ここは呑んでください」

「だがアマリア、それで割を食うのは平民じゃないのか」

「あら、『貴族にも王族にも平民にも、それぞれの苦労がある』とお気づきになられたのは一昨日の殿下ではありませんでしたか?」

「………………………………フン」

ばつが悪そうに周りの人間に目を向け始めた王子。その先には、肩身が狭そうに隅で縮こまる下級貴族の令嬢の姿があった。

「……………………」

頭が痛そうにこめかみをもみ込み、大きく溜息をついてから、一口二口と料理に手をつけた。

一連の王子の動作に目を向けた後、アマリアは動く。遅くとも今年中に成さなければならない『王族抹消計画』を、頭の中で反芻しながら貴族らと応対する。

そうして夜は更けていく、宴もたけなわになったころ、アマリアが王子に耳打ちする。

「殿下、パーティーもそろそろ」

「そうか、ようやくこの腹立つ時間も終わりか」

「………ではお開きの挨拶と各自自由解散の旨を伝えてください」

「わかった」

王子が前に行き、数歩前へ出る。

「諸君!今宵多忙の中集まってくれた事、大変嬉しく思う!遅くまで楽しんで頂けたら幸いだ!しかし歓喜の時は早く過ぎる!この特別な夜を、今日の出会いを、縁を、この王国の為に、ひいては日々を生きる民の為に尽力してほしい!

以上だ!!」

そうしてパーティーを締めると、王子は踵を返して退出した。

「……………」

アマリアもその後をついて行く。

「……………」

城の外で満点の星空を仰ぐ王子。その目には複雑な感情を湛えていた。

「綺麗過ぎて逆に不愉快になる星空だ。立場の違い、それによる不和も、あれだけ高いところにいれば気にならないらしい」

「もう少しで改革に着手出来ます。戦争を肯定する身内もかなり抑えて頂けているのでしょう?」

「妨害しか出来てない、意識改革は無理だ」

「十分です。ここまで時間を稼いでくれた時点で、我々の勝ちも同然」

そのまま短く会話を続ける二人。そうしてひと段落したところで、王子が改めてアマリアの目を見る。

「ありがとう。凡愚の俺に知恵をくれて」

王子の喜色満面と言葉に、アマリアは無表情でこう返した。

「婚約者ですから」

その言葉と態度に本意を、目の前の男を抹消するフェーズ0の進行を隠して。


俺が奈落の世界にジルバ王子として転生したと気付いたのは、廊下で幼いアマリアの顔を見た時だ。将来的に自分を殺す存在が目の前に現れた、その衝撃もさることながら、俺は彼女の美しさに目を奪われた。あの冷たい雰囲気、目、表情に、この上なく惹かれてしまった。その時ばかりは10歳で人間をやめる未来がくることを忘れることができた。

彼女が婚約者!と舞い上がるのも束の間、身内が戦争を推進する姿勢が蔓延している事に気付いて辟易した。領土を増やして雇用や資源を増やすまでの犠牲は考えないらしい。

貴族達も忌々しく思った。国は人のためにある。俺には、それを忘れて訳のわからん遊戯をしているようにしか見えなかった。その後、それぞれが抱える苦労をこの目で直視して、少しだけ考えは変わったが。

クォーツアイトの案を提出してくれた教会を見習って欲しい。途中から俺が乗っ取る形になったのは少し負い目があるが、土木建築のノウハウを広める場として、金を大量に民間に流す案として、これ程最適なものはなかったんだと。……それをアマリアに伝えたら凄い複雑な表情をされたのを覚えている。

そうしてアマリアや周囲の人達からさまざまな知識、教養、経験を与えて貰いながら、とうとう10歳の社交パーティーを迎えた。ここが、運命の年だ。

アマリアは俺程度では計画を止めないだろう。それでも、それでもか細い希望を、彼女に伝える。

「ありがとう。凡愚の俺に知恵をくれて」

「婚約者ですから」

ああ、本当にきれいだ。

「出来ればこれからも、俺にご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いしたいのだが……」

「考えておきますね」

そうしてアマリアは何処かに行ってしまった。

………ああ、結局君は、ついぞ俺を見てくれることはなかったな。

それでいいのかもしれない。短い間ではあったが、彼女は、彼女の器は、こんな狭い国に収まるものじゃないと知るには十分過ぎる時間だった。

前世じゃただの一般人でしかなかった俺が王族貴族にいい顔をしなかったことについて、あんなにわかりやすく政治を教えてくれた時、ノブレス・オブリージュの言葉が何故存在するのかについて教えてくれた時。雇用創出の難しさ、スラムが出来る仕組みについて説明してくれた時、なんとか理解しようとして、なんとかついていこうとして、ダメだった。

彼女の計画は滞りなく、躊躇なく進むだろう。

王族は抹消されて、俺は“D”になる。

悔いはない。

ここまで全力でアマリアの期待に応えようとして、結局応えられなかった。ならば、結果として受け入れるしかない。

他の奴らが死んでも興味はない。市民の事を考えない王族に期待はしていない。

俺が実験されるのも、全力で取り組んでなお打開できなかった故の結果だ。弱い俺が悪い。

けど、たった一つ、ただ一つだけ期待するなら。

“D”になった俺が、アマリアの想像を上回れればいいな。

 

 

 

……………あ、アマリア魔人嫌いだったわ。


【D-007 経過報告】

【D-007の性能】

種  別:高知能小型

知能能力:高水準

【融合物体】

殺害条件20000人を未達成でありながら“魔人の剣”8本と適合

その後複数の“D”の体組織と結合

【D-007の能力】

D-007は物質、他生物の体組織を他物質あるいは自らに結合する能力を持つ

“魔人の剣”が8本もある事を煩わしく思ったD-007が試行錯誤の末発現した

その際素材の性質もしくは能力を一定程度引き継ぐ性質を持つ事が発覚

社長製造部長両名の監修のもと行われたロベリアの技術及び複数のDとのクロステストを重ね、密度性能共に当初の予測を遥かに逸脱した

また人語を未だに扱う高い知能を有するほか、“D”との意思疎通を(本人曰く感覚的なものであるが)可能とするらしく、D-004とのクロステストでは同個体の能力解明に大きく貢献した

その後(D-007曰く)仲違いを起こしD-004が瀕死の重体となったため、現在両個体の接触は禁止されている

 

……以下、膨大なデータが続いている………

 

「……………これを私に見せて、なんのつもりですか?オリバー管理長」

「君の元婚約者の輝かしい第二の人生を教えているだけなんだがね」

「これを輝かしいと解釈できるその頭には感服します」

忌々しげに目の前の書類と上司の顔を交互に見て、青筋を頭に浮かばせるアマリア。それを受けて、オリバーは平然と口を動かす。

「実際目覚ましい成果だよ。製造部のあの男が滑らせた情報だが、『結合』の能力の応用で一度崩れた人型を維持しようとしているらしい。余分な自分の身体を結合しながら、ほかの“D”の外皮を鎧のようにしたガワを被せているだけとは言っていたがね」

「定時なので上がりますね」

「ロベリアに定時はない。しかも彼が実験のインターバルで話すことは一から十までキミのこととキミに習ったことだと聞くじゃないか。人をやめても操を立て、焦がれる想いが変わることはないとは、婚約者冥利に尽きると思わないか?」

「人間に愛されるのならば言う事はないのですが」

「強靭な剣を一つ携え、堅牢な鎧に全身を包みこんだ智将でもある魔将軍の何処が不満なんだ?」

「『魔』の部分でもう評価はマイナスです」

帰りたい、ひたすらに帰りたい。帰ってエーベル君と同衾したい。出来ないけど。管理長も製造長も社長も暇なのか、真面目にやってこれなのか。真面目にやっているんだろうな。いつか殺す。絶対殺す。

そんなことを痛む胃を伴いながら心の中で愚痴るアマリア。けれど今目線を書類から話したらまたウザ絡みされると思い、脳の稼働率を下げながら書類に目を滑らせる。

 

………なんで一本にまとめた魔人の剣のデッサンなんてやってるんだ。そもそも半分生物の魔人武器をなんで生きたまま結合できるんだ。あの王子の周りの空間ギャグに振ってるだろ。ギャグ時空のまま社長の首が刎ね飛ばされればいいのに。

 

普段知的な彼女なら絶対に考えないそんな愚痴を頭の中で喚き散らし、一応最後まで目を通すつもりで目を動かす。

……ふと、アマリアは当然の疑問を口にする。

「ジルバ王子とクロステストさせたほかの“D”はどうなっているんですか?」

「まだまだ健在だ。向こうもそれぞれでやりたい実験があるんだろう。D-007が優秀といっても、それ一本にリソースを割き続けるのは不本意なのかもしれないな。といっても、それで割を食うのは現場で管理している俺なんだが」

「幹部でありながら現場監督として私の分まで苦労していただいてありがとうございます」

「労わるつもりが少しでもあるならその満面の笑みをやめろ」

書類に目を向けそのまま目を滑らせると、とある事項でアマリアの目が止まる。脳の稼働率を並程度に働かせる。

「………あら、流石の王子でも相性はあるんですね」

生き物以外食べない筈のD-031に魔人結界を食い破られ、D由来の堅牢な外皮をかじり取られ、結合したら無限の食欲に振り回され………前記両名の指示でやむなく切り離したとある。D-016については記録が消されている、何があったのか。D-019については、結合すらさせてもらえずになにもかも奪われかけたと記述されている。侵食の魔人D-024の項は…………敢えて言うなら、大健闘だった。それによりある程度の成果は得られたようだが、今は取り上げる必要はないだろう。D-009は結合自体は出来たが、その後昏睡状態に陥り外科手術などでどうにかしたようだ。

「……そしてD-018には血も肉も吸われかけたと……『結合』の能力と相性が悪かったようね」

最終的には全ケース社長らがどうにかしたらしいが、詳細は流石に書かれていない。重役の機密事項はそう簡単には開示されないようだ。ジルバ王子の苦難はまだまだ記述されている。

「流石に同情したか?」

「まさか。この程度で死ぬようであれば、それこそ落第です」

「手厳しいな」

「正当な評価かと」

口ではそう厳しく言うアマリアは、しかし視線の隅にこの段落を入れていた。

【D-005との実験】

内容は珍しく比較的平和であり、仲違いを起こした記述もない。005のレーザーのクロステストで何度か死に目には遭っているようだが

両者の仲は良好

で締められていた。

「奈落の底に友の……」

「ん?」

「いえ、なんでも」

顔は冷徹、しかしその胸中は、本人しかわからない。

 

ちなみに、D-004との仲違いの際、D-004は治療があったのに対して、D-007にはただの隔離部屋しか与えられなかった事を、アマリアは知る由もない。王子の苦難は続く。


数年後 奈落 深部

 

『この際奈落の浮上と命名しよう。地上に現れた巨大なタワーから、無数の蜘蛛をはじめとした数多の脅威が王都を襲う。しかし、それらは脇役に過ぎない』

「何体魔人がいんだよここには……!」

『主役の前にはどれも脇役さ、魔人が複数いることは否定しないがね。この奈落の最下層にいる俺の作った魔人【D-029】33000から34000体もの化け物を孕んでいるこの肉塊の魔人が今回の主役となる。不明点の多い魔人だが、今回で良質なデータが取れるだろう』

「………」

『おっと、話が長く………ん?』

「ん?」

余裕と悪意の化身のようなオリバーの空気が揺らぎ、目線が逸れる。その目からはいっそわかりやすい程の驚愕の色をエーベルが拾った。

『侵入者……いやこれは……まさかあの男……!!?』

映像越しでも素人目からわかる程度には、オリバー顔からどんどんと余裕がなくなっていく。

『………君たちは最下層、D-029の前まで進むといい。こちらはイレギュラーを熱烈に歓迎しなければならなくなった』

縁があれば遭うことになるかも、といった趣旨で締めくくり、有無を言わせずモニターを切られた。

「……これぞ正に地獄に仏……か?」

エーベルがぼそりと呟く。

「え?どういうこと?」

エマは理解出来ないという顔だが

「…………」

エンリは大凡の見当はついているようだ。

「ここまでオリバーの目論見通りに俺たちは誘導されていた、ここは希望のない奈落だとばかり考えていた。だが今あいつは『イレギュラー』とやらに焦りを見せた」

正体不明の異物、オリバーの手のひらという奈落で生じた唯一の綻び。

「救いになるか、あるいは新しい脅威になるかはわからないが……あのオリバーが焦るほどだ。敵の敵……くらいになってくれれば、俺たちの生存率はグッと上がる」

相当楽観視……というよりも、夢と希望を詰め込んだ展望でしかない。

「……なんか、ついさっきまで『命かかってる』だなんて言ってたのに」

「わかってる、自分で言っててかなり想定が甘い。だがここまで希望なんて何も見えなかった中で漸く見えた希望だ。………少しくらい夢見させてくれ……」

「…………」

「え?……浮上を止める?」

「え?」

「………………」

「…………『イレギュラー』の立場がかなり博打だな…」

「…………!」

「だが………」

「エーベル君、なんて?」

「『イレギュラー』と協力してオリバーもD-029もどうにかするってさ」

「え!?」

「見通しが甘くなるのはもうそんな気にしない方がいいだろうな。向こうが来いって言っている以上、否が応でも下に生かされることになるんだろう。なら、行くしかない」

三人はオリバーに指示された通りに先へ進むことになる。奈落の底に光明が差すと期待するしかない。

S-001の追跡を退け、D-033をプレスし、いよいよ最下層まで降りる。最後まで生き残る為に足掻く。

そうして、三人は巨大な肉壁の眼前にまでたどり着いた。

「で、デカい!これがD-029なのか!?」

()()()開けた場所でエーベルが驚愕に顔を歪ませる。その後肉塊の手前にある機械が目にとまり、試行錯誤してみるがなんの進展も見られない。

「……エンリ、これ、どうにか出来そうか?」

「…………」

斧と鉈を構え、D-029に勇んで切り掛かろうとしたその時、爆発音と共に天井が崩落し、頭上から三人の影が降りてくる。

「オリバー!!」

「ひっ!」

「………!!」

一人はオリバー、その片腕からは煙が上がり、落ちながら何発も大砲に似た強烈な一撃が放たれている。

一体はS-001、しかしその半身はぐちゃぐちゃの肉塊になっており、四肢も上からバラバラと落ちてくる。

そしてもう一体、数mはあろうかという巨軀と、城壁にも見紛う頑強な鎧の如き外皮ならぬ鎧皮、そしてなによりエンリの持つ斧の何倍もの生命力と荒々しい鬼気に満ちた大剣。見るものが見れば一騎当千の大将軍にも、邪智暴虐の魔王にも見える正体不明の存在だった。

「製造部で大人しく実験されていればいいものを!!どうせあそこの部長に焚き付けられたんだろう!?」

「失礼だな! 力の在処を奴から聞き出しただけだ!!」

「それを焚き付けられたというんだこの馬鹿殿!!!」

バキィ!!と巨木が折れたような音が響き、D-007の鎧皮に大きなヒビが入る。オリバーの放った蹴りが硬く分厚い肉に深くめり込んでいた。

「かかったな」

風切り音と共にオリバーの身体に大剣が振り下ろされる。その瞬間、オリバーの身体が爆ぜる!!

「かかったのはどちらだ?」

D-007の身体が大きく砕ける。大剣も無事で済んでいない、が。

「答えは『どちらも』だ」

「!?」

オリバーの身体は切られていた。

爆発反応装甲、というものがある。被弾に反応して爆発を起こし、ミサイルなどの角度をずらして相殺するというものだ。D-007は確かにそれに衝撃を与え、自分に相当のダメージを受けた。

しかし、オリバーの身体には、確かに剣が届いていた。D-007の肉体は、爆発の衝撃にすら負けず大剣を振り抜き、腕や剣のダメージと引き換えに、オリバーを袈裟斬りにしていたのである。

「成る程、何年にも渡る実験な成果となれば、確かに上が一定の評価を下す訳だ」

「上だと!?製造部だのなんだのって、そんでもってまだ上がいやがるのか……!!?」

「ん?おやエーベル君、思ったより早かったね」

「………肉壁?そもそもここはどこだ?」

「王都の奈落の底だ。全く、ここまで長引かせるつもりはなかったというのに……」

双方大きなダメージが入り、エーベルらという異物が戦場に混入したことで、戦いの空気が弛緩する。オリバーはエーベルに目を向け、D-007はD-029の姿に驚愕した。

エーベルが慎重に尋ねる。

「そいつが『イレギュラー』か?」

「ああ、D-007『高知能小型』……というには少々大きいように思うがまぁ気にしないでくれ。こいつは『結合』の魔人だ。物質、武器、建造物、構造物、果てはほかの"D“と結合することすら可能であり、初めのうちはかなりハードな実験が行われ、それはそれは良質なデータを提供してくれたらしいね。まあ『結合』の能力の限界に到達して最近は蔑ろにされているようだが」

「それを打開するためにここにきた。手始めにD-013、D-032、D-033を殺して結合させてもらう。できればD-011とD-044も取り込みたいが…」

「ロベリアが欲しいのは『完全な魔人』だ。いくらお前が結合し続けてもそれは『ただ強いだけの不完全な魔人』でしかない。お前で組織の本懐は遂げられない。社長はそれに早く気がついて、あの男はお前でまだ遊びたかった。それだけだろう」

「結合……完全……本懐……情報が多過ぎて頭こんがらがってきた……」

「おっと、機密情報を話し過ぎたな。まぁ君たちではどうすることも出来ない」

オリバーが対物ライフルを構える。照準はエーベルら三人に向けられている。

「ちょっと君たちにかまっていられなくなったのでね、ここで早々と始末させてもらおう」

「させるかよ」

発射された弾丸が、D-007が伸ばした身体に遮られる。大きく砕け抉れたが、本人は気にしていない。

「何故庇う?ノブレスオブリージュとでもいうつもりか?」

「人から逸脱しても、人の心を持った俺はまだ人だ。怪人でいたくないなら人らしい行動をしなきゃな」

「“A”の教育が行き届いているらしい、流石元王族なだけあるな、王子」

「他のやつらは戦争したがりの莫迦殿だったがな」

「初恋拗らせたお前が言えたことか?」

「ほっとけ」

「……………王子?」

「え?え?え?もしかして………貴方は、ジルバ殿下?!!」

「!?……!!???」

半ば雑談混じりの愚痴の言い合いだが、内容はあまりに捨ておけない。何も知らない三人は驚愕する。目の前の怪物が、自分たちの国の王族。俄かには信じがたい話だ。

「いやいやまて!確かに俺はついこの間パレードで王族を見たぞ!?ありえない!!」

「それらは全て人形さ。機械に本物の人肉を纏わせた偽物だ。まさか読心術の巧みなエーベル君が見逃すとは」

「遠目じゃわかるわけねぇだろ………!!!」

何もかも知らない、わかるわけがない事実。それをこの緑の男は平然と口にしている。D-007(ジルバ王子)は合点がいったとばかりだ。

「成る程、通りでこの王都は静かなのか。国の象徴が消えたのなら、それ相応の混乱があって然るべしと思っていたのだが」

平然と言ってのける。身内への情がないのはさっきの発言から理解出来るが。どこか現状への無頓着さが見え隠れする。

「さて、小休止はそろそろいいか?さっさとここの用を済ませたいからな」

「ああ、つまらん用済みの実験体の処分程度、あの男の手も上の許可も要らないだろう」

対物ライフルの発砲音が再戦の幕を開けた。D-007(ジルバ王子)の鎧皮と肉がひび割れ裂けるが、破壊までは行かない。お返しとばかりにD-007(ジルバ王子)は強烈なタックルを繰り出し、オリバーの全身が爆発し、そのまま壁を突き抜ける。そうして戦闘は別エリアへもつれ込んでいった。戦闘の音が遠のいていく。

後に残された三人は

「……………」

ただ、動けずにいた。莫大な情報量、衝撃的な内容に、脳の許容がオーバーフローしたのである。

「……悪日、凶日、厄日……どれを使えば最適なんですかね?」

「……それ、全部同じ意味じゃん」

「…………」

「どうする?いやホントマジで。このまま帰っても元の日常に戻れる気がしないんだが」

「どうするって……どうすればいいんだろう」

「……………」

3人は途方に暮れていた。

「だよなぁ、D-029も奈落の浮上も止める手段がないからなぁ」

「うーん、浮上は頑張ればどうにかなるけど、D-007がちょっと無理かも……」

「いや、その浮上も私たちじゃどうにも………」

「……………?」

「ん?」

「え?」

「はにゃ?」

……………なんか一人増えてる。

「え?は?ん?…………え?どちら様?」

「はにゃ?」

「はにゃじゃなくて!誰!?ていうか貴女どこから来たの?!」

「あそこ」

いつの間にか3人の近くまで来ていた、赤い目をした白髪の全裸の少女が目の前の肉塊を指さす。

「私があなた達がいうD-029で、あれは私のホーム。よろしくね♪」

「「「…………………」」」

「あ、固まった」

情報のオーバーフローで思考を放棄した三人。しかしずっとこのままでは何れ戻ってきた二人の戦闘の余波に飲まれるかもしれない。特にオリバーには自分の能力が発覚すること、D-007には万能細胞が結合される可能性があることが不味い。そう考えていたD-029は

「いただきまーす♪」

三人をホームに引き込む事を優先した。

 

なお仮にD-029の万能細胞を結合出来るとしても、数々の死に目に遭ってきたD-007(ジルバ王子)がデータ以上の性能を見せるD-029の現状を見れば、不明なリスクを警戒して結合の選択肢は取らないだろう。

実際結合したら恐らく万能細胞にD-007(ジルバ王子)が負けるため、その判断は正しい。結局は相性の問題である。何者を相手にしても膝をつかない万能の生物など、かの混沌を好む調停者以上でも存在しないといっていいだろう。かの無限の魔人でさえ三つの禁書に王手を刺されかけ、かの常闇の魔人の右眼も濫用すれば破裂し、調停者でさえ誰かに負ける事が有り得る、そして七魔帝らからも未だ悼まれる『無の神』ですら、確かに滅ぼされた事実があるのだから。


「うお!?え?!どこだここ!?」

情報をなんとか消化し正気に戻ったエーベルが周りを見渡すと、そこには肉、肉、肉、あと目玉。工業的な奈落の景色とはかけ離れたその悍ましさすら感じる状況にまたオーバーフローを起こしそうになるが、その前に赤い目からD-029の体が生える。

「ごめんね、あそこで会話を続けるとあいつに色々都合の悪いことまで聞かれるから」

「あいつ?オリバーのことか?」

「全身緑のことなら多分そう」

「あいついつも緑なのか」

「うん。あいつは私を常に監視しているし、X線で中まで見ようとするから本当に嫌い。だから私はあいつを全力で欺いている。色々バレると困るから」

「そうか……」

それから二人は会話を続ける。D-029のこれまでの経緯、引き込んだ理由、エンリ、エマとも会話をしていることも話す。

「君との会話も楽しいけど、ほかの2人の子との会話も楽しいね♪」

「二人は大丈夫なのか?特にエマ」

「白い子のこと?最初は錯乱してたけど、今は落ち着いているよ」

「やっぱそうなるか」

「青い子との会話は面白いね。少しの時間で沢山の事を会話出来るから♪」

そうして先程までとは比較にならないほど平和な時間が流れる。気を張り詰め続けていた三人にとっては良い気分転換であり、D-029にとっても大きな刺激となっていた。それからしばらく経ってから三人は合流させて貰った。それからD-029はノイン・ゼロツーという名を得て、外に出る為に協力することとなった。エマは苦い顔を若干したが、ノインが善良である事は短い会話の中で理解したのか強い反発はなかった。

そうして反撃の狼煙が上がる。オリバーという悪意の化身と、D-007(ジルバ王子)という『イレギュラー』。壁は厚いが、脱出のために踠く。それでしか道は開けない。


ノインのホームから出ると、あちこちに大穴が空いてミシミシと嫌な音が鳴っている。オリバーの爆発と、D-007(ジルバ王子)の技の余波で奈落は大惨事だ。

「……これ、浮上とか脱出以前に崩壊しないか?」

エーベルが思わずたじろぐが、よく見ると合間を肉が通っている。

「大丈夫かな。壁がなくなったお陰である程度自由になった私のホームで補強してるから、そのおかげでどんどんホームの射程が広がってる。それに隔離が解かれて自由になった“D”もあの二人の戦闘の余波とD-007(ジルバ王子)の結合でどんどん死んでるみたいだし、何か来ても私のホームの方に誘導してくれれば時間は十分稼げるよ」

「頼もしいことこの上ないな」

「しかも今さらに好都合なことが起きてる。オリバーという監視の目がたった一人に向いてるし、セキュリティが片端から破壊されてるからこっちの行動の監視も妨害も出来ない」

「じゃあ、以外と簡単に出られる?」

期待に満ちたエマの言葉に、ノインは首を横にふる。

「そうでもない……上層に重要な“D”の管理区画があるから、そこで暴れられるとより危険な“D”が脱走して、脱出どころか地上が大混乱に陥る」

「マジか……」

「そこまでは行かなくても、中層の蜘蛛の巣がいつ破壊されてもおかしくない……。全ての蜘蛛が巻き添えになるとは考えづらいから、戦闘は避けられなくなると思う」

そして、とノインが続ける。

「最悪のケースはあの二人に昇降機を全て破壊される事。事前に登れる昇降機の数と位置は確認しておいたけど、急がないと手遅れになるかも」

そうして4人は動き出す。電力が通らないところはホームでゴリ押し、途中戦闘の余波に巻き込まれ道を絶たれ、あるいは脱走したDの対処に追われ、蜘蛛に絡め取られ、昇降機を破壊され………紆余曲折ありながらも、一行はようやく上層に上がる事が出来た。

「長かった……ほんとうに、長かったな……」

「何回死にかけたんだろ……」

「……………」

全員疲労困憊、這う這う上までこぎつけた。ノインが喜色が前面に出た顔で励ます。

「皆、もう少しだよ。ここまで来れば蜘蛛も“D”もあの二人のせいでそう簡単に来られない。重要区画のDが解放されている感じもないし、後は……」

と、そこまで言ったところで巨大な地震が連続して起こる。明らかに自然現象ではない。あの二人の戦いの余波が奈落全体を揺るがしている。こちらがラストスパートに差し掛かったように、向こうもいよいよ最終局面に突入したようだ。

「……あと残り頑張ろう!もう少しだから!」

命の危機を感じてエーベルが最後の気力を振り絞る。

そうだ、何度も死に目に遭いながらここまで登ってきた。

なら、ここで死んでなんていられない。

その一念で、一行は地上に目前まで迫った。エリアA-1のコントロールルームまで辿り着いたのである。

「ここをなんとかすれば出口まで一気に駆け抜けられるかも」

「なんとか出来そうか?」

「やってみる………相当強固なセキュリティだね。待ってて、20分で終わらせる」

「最後まで頼りきりだな……」

「そう?皆で頑張ってきたよ」

そうして、最後の締めに取り掛かる。その横で、エマが耳打ちする。

「エーベル君」

「ん?」

「なんか……揺れ、収まってない?」

「………そういえば、途中から揺れが……」

他の事で気を取られ過ぎていたせいで、気付かなかった。エマに言われて、全員初めて気がついたのである。

「……!!」

いや、エンリは揺れが収まったことに気づいていた。

「……エンリ、いつから収まったか大体でいいからわからないか?」

「…………!!」

「この階層に上がる直前……?」

ほんのついさっき、あの二人の戦いが終わった。あの強大な二者のどちらかが今自由に闊歩している。

「……ノイン、どっちが生き残った可能性が高いか予測は立てられそうか?」

「単純な性能の差ならD-007だけど、……上手く策に嵌めたらオリバーになるかな……え?」

考察していたノインの手が止まる。

「どうした?」

「何かが……何かがこっちに向かってきてる!!」

「なんだと!?」

「え!?」

「……!?」

脱出の直前に最悪級の異変が起こる。

「いくつものセンサーに反応……まさかオリバー!?」

「嘘だろ!?」

D-007(ジルバ王子)が敗れた……!?という悪寒が一同に走るが

「…………」

エンリがふるふると首を振る。

「……違う?オリバーの悪意じゃない?」

ノインがその意図を読み取る。完全な魔人の第六感ならば信用に値するだろう。

「だったら……」

オリバーじゃないのなら、該当するのは一人しかいない。

「監視カメラの映像を確認した………D-007(ジルバ王子)だよ。ただ、かなりおかしな姿をしてるけど……」

「で、殿下………」

エマの顔色は悪い。見知った人間の変わり果てた姿、ただの小娘にはあまりにも酷。だが、自分の脚でここまで走り抜けた事で、最悪の精神状態には陥ってはいないようだ。それを見たエーベルはエンリと顔を見合わせ、やがて二人で頷く。

「ノイン、ここで作業の続きを頼む」

「わかった。三人はどうするの?」

D-007(ジルバ王子)の足止めをする。さっきちゃんと口がきけていたから話は通じるはずだ。エマの顔も知っているだろう、着いてきてほしい。エンリはここでD-007(ジルバ王子)以外の脅威に備えてノインを守ってくれ」

「う、うん……」

「…………」(こくこく)

「わかった、万が一のことになるとは思わないけど、絶対死なないでね!!」

「おう、行ってくる!!」

「殿下……!」


そうして二人は迫ってきたD-007(ジルバ王子)の前に並び立つ。まずエマが話しかける。

「お久しゅうございます、ジルバ殿下」

恐怖心を超克したように堂々とした優雅な出立で変わり果てたD-007(ジルバ王子)に挨拶する。震えも顔面蒼白も無い、ただ目の前の現実に真正面から立ち向かっている。その眼前にいる、D-013やD-011、そしてD-033とも結合し、より圧倒的な存在感を放つD-007(ジルバ王子)は平然と返す。

「久しいなエマ・ホワイト。だがもう俺はそんな高貴な存在じゃない、もっと砕けた態度でいい」

「しかしこちらはつい先程命を救って戴いた身ですので」

「それもそうか、それでそちらの男は?」

「…その、お初にお目にかかります殿下、平民のエーベル・アルフィーと申します」

「エーベルか、いい目を持っているな」

「っ……!」

いい目をしている、ではなく、いい目を持っている。観察眼を見抜かれた事に、一層気を引き締めるが

「発言をお許しください殿下」

横からエマが仲介する。

「良い、言って………もとい、申してみよ」

「恐縮です。何故殿下はこちらにいらっしゃったのでしょうか?」

「『無限生産中型』である【D-044】と結合することが一つ、殺しにかかってきた【D-004】に落とし前をつけさせるのが一つ、そのほかの重要魔人の選定をするのが一つ、そして………お前たちの元に魔人がいるな?しかも完全な者が。そいつに合わせて貰いたいのが一つだ」

「……それは、何故でしょうか?」

エマ、エーベルの背に冷や汗が流れる。殿下とオリバーの話はきちんと記憶している。評価の打開、組織の本懐、そしてこの要求……それが意味するものは。

「案ずるな、魔人だからといって、この国に生きる民であることに変わりない。お前達の想定する事は絶対にしないと約束しよう。ただ魔人の完成体を間近で、この目で見たいだけだ」

「「………………」」

隠し事は出来ない、そもそも逃げるしか出来ない自分達では時間稼ぎがせいぜい……寧ろ、何度も辛酸を舐めさせられたD-033と結合しているであろうあの姿を見て、逃げ切れるとも思えない。

だが、仲間を生贄にするようなことは………

「成る程……エーベル、そしてエマ、良い仲間を持ったな」

「え?」

「エ……エンリちゃん!?」

「……!」

「バカ!ノインを守ってくれって……」

「………」

「……ノインが、行けって言ったのか?」

「……(こくこく)」

「……………」

全員、リスクもなにもかも承知の上での行動。ならばエーベルとしては閉口するしかない。エーベルがエンリに気を取られている間に、エマはD-007(ジルバ王子)に向き直る。

「殿下……彼女は私の大切な友人です、何かあれば私は、たとえ殿下であろうとも……!!」

「いい目だな、羨ましいよ。とても貴族令嬢というボンボンの出せる圧じゃ無い。この地獄の中で、そこまで成長出来たとは……本当に、羨ましい」

「っ……」

D-007(ジルバ王子)の目と声から漂う憧憬、畏敬の念。目の前の怪物が、どんな地獄を味わってきたのか、それは想像する事しか出来ない。出来てノインがD-044の心臓を止めた時に、その片鱗を垣間見る程度だ。

しかし、地獄はこちらも潜り抜けてきた。両者共に地獄を生き抜いた矜持がある以上、この一線は引くことは出来なかった。

「大丈夫だ、俺はお前達の友達に非道いことはしない。この身体の犠牲になった全ての魔人達に誓おう」

「……エンリ……いいのか……?」

「……(こくこく)」

「ありがとう……」

エンリが魔人化を発動してD-007(ジルバ王子)の元に歩いていく。エマは殿下から目線を逸らさない。

「ふむ……」

D-007(ジルバ王子)はエンリを余す事なく観察する。魔人の斧とエンリの繋がりと、自分の剣と自分の繋がりの差異。肉体の変容の差異。

完全な魔人と不完全な魔人とは何が違う?

完全な魔人が敵わないD-013やD-032、D-033でも不完全な魔人なのか?

エンリは魔人結界を出せないのに完全で、自分は魔人結界が出せるのに不完全なのは何故か?

「………………」

そうして観察、そして考察すること数十分、ノインの肉からエーベルに連絡が来た。その内容を秘密裏にエマと共有し、気付かれないように指示の通りに動く。その間D-007(ジルバ王子)は思考を続け………

「そうか」

結論を出した。

「エンリ!!」

「!!」

タイミング良く足元のボタンを押して、全てのシャッターが開いた。

「エーベル!!」

「ありがとうノイン!!全員走れ!!!」

そして、逃げる。D-007(ジルバ王子)

「達者でな」

動かなかった。

それに思うところはあれど、ほかのDが一定数生き残り自由になっていることをノインから聴いた時点でゆっくりする選択肢は無かった。そうでなくともオリバーが死ぬ間際に策を弄した危険がある。あの悪意の塊の男がただで死ぬ訳がないと()()()()()以上、急いで退散することは規定路線だった。

 

そうして、四人は生還を果たしたのである。

 

「…………」

一方D-007(ジルバ王子)は途方に暮れていた。仮に自分が約束を破ってエンリルーヴルを結合したとしても、それでも『ただ強いだけの不完全な魔人』にしかならないと悟ったからだ。そもそももう一人の魔人ノインゼロツーの正体ですらエーベルの懐にいる肉塊でしかないと悟ると、そもそも()()()D()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

二種は全く別の生き物である可能性、それが思い付くと複雑な顔で黙りこくってしまった。

「まぁいい、用を済ませないとな」

そうしてD-007(ジルバ王子)は踵を返す。挨拶、結合、落とし前……やりたいことは色々あるが、そこまで時間は無い。

「あんなに優秀なアマリアが、ここの異変を察知していない訳がない。俺たちの因縁に決着をつけるのもいいが……急ぐか」

再び殿下は奈落に潜る、最後の決着をつけるために。


奈落 エリア管理室

「………オリバー管理長の独断と失態、D-007(ジルバ王子)、D-029、エンリ、エマの介入……そして、エーベル君……………………何もかも滅茶苦茶に引っ掻き回してくれたわね………」

監視カメラのデータ復旧を全力で急いで尚定時報告ギリギリになってしまう。

「ご丁寧にゼロフィル消去までして……王子がDの抑止力になっていなければ、無駄に時間を浪費して間に合わなくなるところだった……」

ぶつぶつとボヤきつつも冷静に情報を精査………

「エーベル君……私以外の女だけじゃなく、ジルバ王子にまで浮気するのね」

出来ていなかった。しかも男、しかも明らかに人外のD-007に八つ当たりまでしている。

……ここから先を描写するのは、少々刺激と病みが深すぎるので割愛させていただこう。

 

 

……………

『コードNo.33551』

A-6253

『っ!?………か、確認しました……?!こちらANT部隊司令部、定時報告なのですが………都合が悪ければ』

「問題ないわ、気遣いは不要よ。そう全く問題ないわ」

『わ、わかりました。それでは報告します……』

内容は奈落の表舞台の後始末、教会騎士の対応の確認、情報の擦り合わせなどなど。製造部や暗部への見当も済ませておく。

「オリバー管理長の発言からして製造部の元にいたD-007(ジルバ王子)がこちらで暴れているようね。“D”になっても私の事しか興味がない、という話が本当みたいで嫌になるわ」

『しかし、結合しているDの種類によっては我々の装備で太刀打ち出来ない可能性が多いに考えられますね』

「S-002とプロトタイプボディのオリバー元管理長、私の秘密兵器……使えるものはなんでも使うわ。良い加減この因縁を終わらせたいのはおそらくお互い様だもの。勿論あなた達にも存分に働いてもらうわ」

『望むところです、現在部隊の再編成に尽力しています』

「よろしい。平行して工作を進めなさい。それと、教会にトドメをさすために私の情報も一部流しておきなさい」

『承知しました』

「細かい擦り合わせは後日に」

通話を切る。

「下らない因縁にケリをつけましょうか、ジルバ殿下。私の蒔いた火種です、せめて元婚約者の私が絶やしましょう」

魔人を殺す。ただその一念を胸に。


「あら、スキンコーティングにいつもの服を調達してきたんですか」

「ああ、やはりこの服が一番しっくりくる」

「緑ばっかだな」

「知らないのか?緑は目に優しいんだ」

「あなたがいつもそうだからあの四人に『緑』で覚えられてましたよ」

「それはいい、あいつらにとっていい目の保養になっていただろう」

「「…………」」

もう実験放棄でいいかな、爆破していいかな、などとぼんやりと考えながらクォーツアイトに向けて出発した。

 

約一時間後

 

「お、着いたな。歩いて一時間か」

「走ればもっと早く着いただろうに」

「私とANT部隊にあなた達人外と同じスピードで走れと?」

雑談混じりに教会の中に入っていく。

「……と、そうして色々と清廉な建前を並べたて、実際のところは枢機卿や大司祭が貴族などへ牽制するための教会、金のかかった箱……になる筈だった」

「だった?」

「ええ、ジルバ王子がかなり早い段階で計画に介入した。教会建設の莫大な財を一般庶民に流れるように雇用の創出の戸口を広く開放し、建設技術、算術、その他一般教養のノウハウを主にスラム街の人間に叩き込む事で、将来的なインフラの雇用創出を図り、格差や貧困を軽減しようとしたの。もちろん教職も国と教会の金で雇っていたわ」

「へぇ、いいやつだな」

「………そうね」

その予算はかなり中抜きされていて、裏で教会に王族に有力貴族から手を回され、結局は大した成果になることはなかったけど。

……それを態々伝える必要はない。ここには内戦を起こすためのトリガーを確保しにきただけ。それだけだ。

 

 

 

幼い少年の小さな善意を踏み躙るこんな国の未来なんてものは認めない。

 

 

 


 

王国地下 奈落

 

キリー・スミス、オリバー、全ANT部隊に『作戦』を伝達する。

その『作戦』の通りに全員が動く。

 

「……これで、ジルバ王子を叩ける」

 

……………

 

「本部から預かっているDの対処……思うところがない訳ではないのだがね」

「本部が脱走させたDがDを殲滅している以上致し方ありません。Dの大量死も奈落浮上計画の失敗も全てあの男に被せました。大まかには間違っていないでしょう」

「それはいいな。日頃から散々煮湯を飲まされてきたお返しといこう。社長お気に入りのD-004に危険が及ぶんだ、さぞや大目玉を食らうだろう」

アマリアとオリバーが腹黒い会話を行なっている横でキリーがD-007の資料を読み込んでいる。その中でふと気になる項目を見つけた。

「おいアマリア、こいつの友達だとかいうD-005とやらの情報はないのか?」

「強力なレーザービームを目から放てる賢い魔人である事だけ頭に入れておけば問題はありません」

「…あいよ」

多分対処出来る、というよりアマリアはそこまで重大に考えていない。アマリアがそうならそこまでの脅威ではないんだろうとキリーは結論づけて続きを読み進める。

「報告します!」

その時ANT部隊の先鋒の一人が戻ってきた。三人は作業をとめてそちらの方を見る。

「D-007らしき個体を重要区画にて捕捉!その際D-004の残骸らしきロープを発見しました!」

「ほう」

悪い笑みを浮かべるオリバーの頭を引っ叩くアマリア、その口角は上がっている。

「結合された可能性は?」

「数秒おきに全員に連絡をさせていますが、一つも異常は感知出来ません」

「…………」

D-004は怪奇の魔人。その能力の全貌を知っている当事者たる王子ならば、いくら仲違いをして落とし前をつけさせようということになったとしても、その有用さから捨ておくとは考えづらい………と、アマリアは考えていたのだが。

「強情……というより仁義……?」

あるいは……

「全ANT部隊の行動履歴を」

「は!」

机上に並べられたデータ。その動向に一切の矛盾はなく、滞りなくD-007(ジルバ王子)を追い立てているように見える……が。

「寄り道が多い………?」

そう、本来アマリアが指示した索敵範囲をわずかに、しかし確実に隙間が生ずるように部隊が逸れている。そしてその先で必ず異常が報告されている。それならばなんの疑問もなく彼等は進み、戦果を挙げ続けるだろう。そのまま異常は気付かれず、あたかも順調に行軍がなされているように錯覚してしまう。死人が出ていないのが始末に悪い。

「………やられたわね」

「らしいな」

「……ふむ、アマリア、そういうことか?」

キリーはANT部隊待機班の向こうの通路に目を向け、オリバーはアマリアを庇うように立つ。

「総員戦闘配置につきなさい」

「気付いたようだな。たが少し遅くないか?たった数年で勘が鈍る女とは思えないが」

アマリアの指示がギリギリで間に合う、通路の先の暗闇からの声に。

「大将が大将首をここまで早く取りに来るとは普通考えないでしょう」

「油断したなんて言い訳を、よりにもよってその口から聞きたくは無い」

「……そうね、なら公爵令嬢として上品に挨拶しましょうか

 

……大変お久しぶりでございます、ジルバ殿下」

スカートの裾を摘み、恭しく礼をする。そこに敬意は込められていない。

「やめてくれアマリア。俺は今名無しのdemonicとして、お前に挑戦している」

暗闇に魔人が現れた。筋骨隆々の凶々しい肉体が、ロベリア製のシャッターのごとき鎧皮に包まれ、手には暴力的なまでに生命力が満ちた“魔人の剣”が握られている。

「D-032とD-004を結合してスニーキングミッションを達成した訳か。そして同じく結合したD-011の劣化コピーや結合あるいは巻き添えになった魔人の肉片をばら撒く……中々頭がいいな。製造長が余程良い講義をやってくれたらしい」

「『アマリアならこうする』を突き詰めただけだ」

「だそうだが?」

「…………そのような勉強をさせた覚えはないのですが」

思うところがありそうなアマリア。だがそれはD-007(ジルバ王子)の方も同じなようだ。理由は違うらしいが。

「アマリア、俺の耳かお前の口が死ぬ前に聞いておきたい。どうしてこの国にこだわる」

「………それはどういう意味?」

「お前の器はこの国に収まるものじゃない。一国の主人、天性の革命家、その程度では無いはずだ。お前なら世界すら取れる。

………なのに、何故だ、何故まだこの王都にいる?何故そこまでここの人間を気にするんだ?お前にとって、ほとんどの人間は気にならないように思えるが」

「……………成る程」

アマリアは今ようやく、この因縁の根源を理解した。D-007(ジルバ王子)が自分の事を憎んでいないのに、なぜ因縁だけが残ったのかを。

「D-007……いえ、ジルバ王子。あなたのその悪いクセ、まだ治っていなかったんですね」

「クセ?」

「ええ、他人の特定部分を善悪問わず神聖視し、それを不変のものと盲目的なまでに信じてしまうクセです」

「……………」

「変なところで子どもらしい憧れが消えていないんですね。その感じじゃ製造部のあの男や社長にも同じような感情を抱いているのではないですか?」

「あの頭のネジが吹っ飛んでいる男に憧れ? 正気か?」

あまりに衝撃的な内容に思わずオリバーが真顔になる。

「極まった巨悪は醜悪なだけであり、私も能力があるだけのただの人間です。感情に振り回される事も、不満を引き摺ることも普通にあることでしょう。私はその不満の原因を解消出来るだけの能力があった、というだけのことです。結局のところ、あなたは周りの人間を誰一人として『人間』として見ていなかったのね」

そこまで言ってアマリアは機銃を構える。

「“D”であろうとなかろうと、貴方にはもう同情も慈悲もかけられない。最期まで他人を正しく認識出来なかった愚王には、やはりここで退場して頂きます」

発砲、弾丸は硬い鎧皮に弾かれる。魔人の大将は碌に反応出来ていなかった。アマリアの言葉、それは悪くいえば他人を自分のステレオタイプ以外に見られないという事だからだ。それは対話ではない、交流ではない。

アマリアが不敵に笑う。

「Shall we dance?」

D-007はただ叫んだ。

「………No dance!!」

開戦だ。

 

 

「シッ」

キリーが急接近し身の丈以上の大斧を思い切り振る!

「うお!?」

声では驚くD-007(ジルバ王子)だが、きちんと魔人結界を張って防御

「ん?なんだ今の」

「は?!!」

出来なかった。

バリン!と甲高い音と共にバリアが粉々に割れ、D-007(ジルバ王子)の鎧皮に斧の刃が突き刺さっていた。

「硬いな。歯応えがありそうだ」

「嘘だろ!?結合したロベリア製シャッターの構造を参考にD-032、D-011、その他色々の身体で構成した鎧皮だぞ!??」

この光景には余計な思考を止めざるを得ない。D-007(ジルバ王子)が素に戻って色々と喚くが、それを横目に天才たちが考察と所感を述べる。

「堅牢なD-032の外殻と、比較的柔らかいD-011などを組み合わせることで、総合的な防御力を高めたのか」

「オリジナルのオリバー元管理長の身体に仕込まれていた爆発反応装甲の設計思想も学習したようですが………キリーさんの一撃が鋭過ぎたようですね。柔らかさで受け流す間も無くモロに喰らっているようで」

金属などの物質は通常、硬い程脆い。凍らせて硬くなった金属が簡単に砕けるのもこれが理由だ。それをアマリアの講義で知っていたD-007(ジルバ王子)は外殻の強靭さだけでなく、軟性の高い素体をも求めたのである。それなのに

「何故だ!?何故今の俺がたった二人に拮抗される!??」

寧ろ僅かに押されている。ANT部隊の的確な援護もあるが、それだけでここまで押されるとは考えられなかった。

「欲張ったなD-007。おおよそエーベル達が罠に嵌めたD-033やら比較的戦闘力の高いD-013やらを漁夫の利で得て調子に乗ったんだろう。よせばいいのにその二体の全身を結合させたせいで全身のバランスがおかしな事になっている。もっと割合を考えていれば、調和の取れた戦士が出来上がったはずだ」

「だが俺の結合はただ複数を一体化させることだけじゃない!!形を小さくして密度を高める事も可能だ!!それなのに何故!!!」

「口の前に手を動かしたらどうだ?」

「危ない!?」

キリーの大斧を密度を増した“魔人の剣”とD-033由来の馬鹿力で受け止める。

「意識を集中させ過ぎたな」

オリバーが側頭部を痛烈に蹴り抜いた、が

「おっと、こっちの義体がイカれるとは」

「急所の防御ぐらい高めない訳ないだろう!」

「他はどうだ?」

そうしてキリーがラッシュを繰り出してD-007(ジルバ王子)の肉体にダメージを与えていく。D-007(ジルバ王子)は剣と肉体の結合を一部解いて手数を増やして対応するが、拮抗状態は変わらない。D-033を全身に結合している分攻撃力も防御力もタフネスも上がっているはずなのに、だ。むしろオリバー、アマリア、ANT部隊の援護が的確に入るせいで不利になっている。

「ふっ!!」

そしてキリーがとうとうD-007(ジルバ王子)の一部を切り落とした!!

「まずっ

「意識が逸れたな」

「一斉掃射!!」

D-007(ジルバ王子)の肉片が飛び散る。キリーは弾丸を全ていなすか避けるかしながらさらに追撃を加えていく。どちらが化け物かわからない。

「アアアァァァァァァァァァ!!!!!!」

D-007(ジルバ王子)がたまらずD-011由来の増殖能力で即席の盾を作り上げる。キリーは意に介さず斧を振り抜くが、切断したのは擬態だった。

「これは」

嫌な予感がしたオリバーが切り落とした“魔人の剣”に目を向けると、なんと自分の剣を肉ごと結合し直していた。

「擬似的な回復とは……」

「そこまで回復出来てる気配はないけどな」

「魔人の剣を高密度にしないと斧を安定して受けられないんだよ……!」

そうして再び暴力的な生命力に満ちた大剣が出来上がる。

「さぁ仕切り直しだ」

再び死闘が繰り広げられる……というところで

「時間稼ぎご苦労様です」

アマリアの声が響く。

「エッ」

そう言ういつのまにかアマリアの背後には、D-007(ジルバ王子)が散らしていたはずのANT部隊が調整を終えていた超巨大大砲が待機していた。

「おっようやくかー」

「よくやってくれたアマリア」

「エッエッ」

あまりにも気安い二人の態度、戸惑っている人物が自分一人である事を悟り

「あっ………」

D-007(ジルバ王子)の脳裏に最悪のシナリオ、最悪の光景が浮かぶ。

「不味い!!」

「「させるか」」

「ア゛ア゛ア゛畜生!!!」

D-032のステルス能力で逃げようとしたのを一瞬で察知され、キリーとオリバーの二つの怪力で地面に叩きつけられ動きを止められる。

「ファイア」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

密閉空間に轟音が劈き、イヤーマフを装着していなかったオリバーとキリーがスタンする。その間にANT部隊が飛び散ったD-007(ジルバ王子)の肉片を火炎放射器で灰にしていく。侵食の魔人D-024と結合ならぬ競合をし、その上でD-011、D-044と結合した結果獲得するとアマリアが予測した能力、それこそがD-007(ジルバ王子)の再起に直結するためだ。

「肉芽組織からの再生……なんとしてでも阻止しなさい」

アマリアは、何もかもを見抜いていた。D-007(ジルバ王子)の言っていた『アマリアならこうする』を、アマリア本人が想像出来ないはずがない。二人の強者に意識を集中させ、ほかをおざなりにさせる。アマリアすら探知できなくなる程に。そして隠していた兵器の射程圏内に気付かれないように移動して、ここぞというタイミングで固定し発射する。二人は見事にその役目を果たしてくれたのだ。

「魔人の剣は如何しましょう」

「復活した二人に破壊させなさい。余計なデータを残す必要もありません」

「はっ」

戦いは終わった。奈落の浮上が為されなかったのはあまりに痛いが、過ぎたことは仕方ない。アマリアは灰になっていくD-007(ジルバ王子)の亡骸に目を向けることすらなく、背を向けたまま呟いた。

「さようなら、青二才。誰にもなれず、誰のことも理解出来なかった凡夫」

その目に何を映すのかは、誰も知らない。ただ望む未来、理想を掴むために、多くの死を踏み締めるだけだ。

「おいアマリア」

「おや、素早い復活ですね」

「伊達に全身機械じゃない、簡易メンテナンス機能くらい搭載してる」

硬い声でアマリアの背に立つオリバー。対してアマリアはジルバにも、オリバーにも背を向けてただ佇んでいる。

「何故D-007を根絶する?それに結合した魔人の剣の破壊……余計なデータという発言……。アレだけ結合して戦闘力を高めた素体だ、提出しなければ逆に懲罰モノだろう、何故しない」

「…………」

「お前の一連の言動も、よくよく考えれば違和感がある。製造部のあの男が痛い目に遭うのが面白いのは本心だが、それでもお前は本部から預かっている“D”の大量死をはじめから大前提にしていた。無事の確認も確保も考えていないとしか考えられないような発言だった。D-005について脅威に感じていなかったのも今考えると不自然だ。知っていたな?005が奈落から出て行っていたことを。何故言わなかった。

………まさかお前、ロベリアを裏切るつもりか?

答えろ!アマリア!!」

…………

「ふ…ふふふ………全く、ようやく安心出来たわ。何もかも順調ね」

「なんだと?」

アマリアはここでようやくオリバーを見る。そして三つの狙いがあったこと、ロベリアを乗っ取る計画を立てていることを明かし、オリバーに問いかける。

「さぁ選んで、どちらが面白いかを」

「……なんというか、それなら余計に解せない。なおさらなぜD-007を根絶する?あいつを仲間に引き込めば戦力は大幅に増強できるだろう」

「さっきも言ったけどジルバ………は、本質的に『他人』を理解出来ない人間よ。今考えれば彼の『民を一番に据える』考えも、彼なりの王を自身に投影して完遂しようとした結果でしょう。だから“D”に変貌するような実験をその身に受けても意思に変わりはなかった。当然よね、初めからそれは自意識ではなかったのだから。ならば“D”になった後も彼はこの国の玉座に座ろうとするはず、それじゃ困るのよ。簡単に内戦が終結するどころか、そもそも火種を事前に消されてしまう。それどころか、彼自身が新しい王として君臨することになるでしょう。それじゃ私の目的が達成できない、だから死んで貰ったわ」

「……成る程、君たちはとことんまで相容れないという訳か。因縁の根深さをやっと理解したよ。だが、それならもう社長どころか幹部にすら勝つ事はないだろうな」

その言葉に意味深に微笑むだけ。オリバーは怪訝そうに問いかける。

「……まさか、勝算があるのか?」

「ええ、もちろん。問題や障害は複数ありますが、そこについては後日擦り合わせましょう」

そうして過去を振り切ったアマリアは、改めて先のことのために動けるようになった。彼女は進む、煉獄の底の深淵まで…………

 

 


「いらっしゃいませー♪………ん?」

「あら、何か?」

「……んー、なんでもないや。はじめまして、けどまだ開店準備中なんだけど」

「いいの、それで。ちょっと愚痴に付き合って欲しいだけだから」

「えー……うち薬局(未来法仮定)でバーじゃないんだけどなー、ていうかお姉さん未成年でしょ?」

「作業の区切りはついているでしょう、お金なら払うから付き合って」

「う〜ん…………」

突然現れた少女の要求にノインは

「ヨシ!私に任せなさい!!」

サムズアップで応えてくれた。

「……………」

少女がここに来た理由に大したものはない。それこそ『なんとなく』で済まされるものだ。ただ、あの緑が徹底的に情報を秘匿してくれたおかげで気兼ねなくここに来られたことと、あれだけ周りに人がいた元婚約者ですら(理由は懸絶すれども)自分と同じように人との普通の関係を築けなかったことに関係があるのかもしれない。

「それで?なんでそんなに疲れちゃってるの?」

「ええ、始まりは10年前よ……」

「えっそんな幼少期から苦労してるんだ……」

「ほっといて」

 

 

……………………

どぼじで〜〜〜〜

「うんうん…大変だったんだね」

万能細胞で擬似的に酔わせたのにすっごい上手く誤魔化すなぁ……なんて思いながらノインハーレムで少女を宥める。ストレスも闇も深刻な目の前の少女を数人がかりで抱擁する。

「溜め込んでたんだねぇ……よしよし」

びえぇ〜んと擬音がつきそうな泣き声をあげて喚く姿を見て、流石の魔人でもなにも思わない訳ではなかった。

(成る程、これが母性!!)

なんとなくノインは目の前の存在の正体に勘付いていた、直接的追及は避けたが。それでも放っておけなかったのは、ともすれば気の迷いとも解釈できるかもしれない。しかしそれでも、双方共に普通の人間の感覚の一端を理解するという後の歴史が大きく変化するには十分なきっかけを生み出したのだ。

 

 

 

 

……………

「……その、なんというか、大変お騒がせしました……」

真っ赤に染まった顔で頭を下げる少女。対してノインはにっこりとした優しい笑顔を向けている。

「良いんだよ〜すっきりしたみたいだね」

「ええ、大変気分がよろしゅうございます……」

実際、少女の肩はとても軽い。もやが晴れたような清々しさすらある。

「うんうん、子どもはしっかり甘えないと」

「えっと……その……また……よろしくお願いします………」

「まかせて〜♪」

といいながら、ノインは少女から離れる気配がない。

「……あの、なにか?」

「着いていっちゃおうかな〜なんて♪」

「えっ……あっ……」

「あれ、結構嬉しそう?」

「………………」

否定出来ない。こんなにも暖かい優しさに包まれたことは、今までなかった。人並みの優しさ、普通の人間の安らぎ……自分も、あの人も、知らなかった感覚。忘れようにも忘れられない、知る前には戻れない健全な人間の情動に、少女の心は経験したことのないざわめきに襲われていた。

 

 

 

 

孤独の連鎖に綻びが入る音がした。

 

 

 

 


奈落 重要管理区画

 

 

箱型魔人『高知能小型』D-003。

ランダムに増減を繰り返すだけの全く無害な魔人。

そしてこれは報告書には一切書かれていないことだが、D-005と同じくD-007(ジルバ王子)の友達である。違うのは自力で動けないことと、D-007(ジルバ王子)に特別な頼み事をされていることだ。この特別な頼み事のためにD-007(ジルバ王子)はD-003との関係について、周りの一切を誤魔化す必要があったのだ。

 

砕かれた筈の()()()()()()()がD-003の一体の中で復活する。というよりブッ刺さってる。しかし復活の仕方は重要ではない、復活したことが重要なのである。

 

魔人の大剣が刺さったD-003の中身が沸騰するように泡立ち、そのまま赤が膨れ上がる。そして箱の中が吹きこぼれ、赤い柱が立ち上がる。

よく見れば、それは魔将軍D-007(ジルバ王子)だった。

 

D-007(ジルバ王子)はD-024、D-044、D-011を結合した末に完成させた肉芽組織をD-003の一つに結合させて貰い、それを母胎として復活する約束を取り付けていたのだ。

そしてアマリア達との決戦は魔人の剣と結合することで記憶を引き継げるようにあらかじめ細工しておいた。肉芽組織を内部に結合させるという単純なものだが酷く分の悪い賭けだった。二人の怪力で破壊され、火炎放射器で徹底的に燃やされるという危険な環境を作り出されるとは流石に思わなかった。

バランスが悪くなることを承知でD-033の全身を取り込んだ理由もここにあった。超圧縮したD-033の大部分を結合した8本の魔人の剣に仕込む。はじめから大剣を演出したことと、ANT部隊の掃射が大ダメージになった真の理由だ。

結果として完膚なきまでにD-007(ジルバ王子)は敗北したが、次の機会を勝ち取ったのである。

「………………」

とは言っても、アマリアとの問答についてなにも思わない訳じゃない。寧ろ深刻なダメージを精神に負っていた。

D-007(ジルバ王子)は見せかけの王である。

そうアマリアに突きつけられたのが、とても痛い。身体はどこも損傷は無い。それでも、胸が途轍もなく痛い。

それでもD-007(ジルバ王子)の体感はアイデンティティの欠缺ではなく、親や先生、友達を怒らせてしまった時のような全身が凍えるような焦りにとどまっていた。その体感こそがD-007(ジルバ王子)の中身のなさを本人に突きつけているようで、より一層痛い。

「…………」

それでも生きているなら歩くしかない。力を持っているなら使うしかない。目的を、理想を持っているなら、それを叶えるために邁進するしかない。

「考えたら足が止まる。止まったら置いていかれる、前が遠のく。なら進め。全身が霞になっても、遺志だけでも」

ゆっくり急げ。生きるために進め。叶えるために戦え。見るために学べ。

それこそがD-007(ジルバ王子)の生き方、手段と目的の区別をつけない生き方だ。

こういった男の末路は二つに一つ

無様にくたばるか

本当に危険な力を手に入れるか

D-007(ジルバ王子)は、どちらだろうか。

「……『無限生産中型』D-046、引き入れられるか……あのフナムシ、上手く使ったら便利そうなんだが。D-038とD-013の検証と……あとは……」

 


ロベリア社内会議室

 

到着したオリバーがまず見たのは、紫髪の男だ。

「………製造部所長が健在とはな」

「お?俺が居ると悪いのか?」

「そちらがD-007を焚き付けたせいで奈落浮上計画も“D”もとんでもないことになったのだが?社長が目をつけているD-004もD-007に粛清されたぞ。結果D-007も処分することになった、よくもぬけぬけとここへ来られたものだな」

「ま、そこも今からの会議で責任が問われるんだろうな、製造部も管理部門も」

「おや、私以外の幹部全員売り飛ばし案件ですカ?」

営業部所長の何もかもが不自然な姿の男が両者の会話と、3つの空席を見てそうのたまう。

「そうだな、ロベリアの機密情報の塊の俺の機体は高値で売れるだろう」

「おいおいオリバーちゃん、機密情報の塊なのは俺もそうなんだが?」

「それだけの臨時報酬があれば全員責任は十分とれそうですネ」

二人の渾身の皮肉が通じない。どう誤魔化そうかと二人の意識がシンクロしかけた時前方のモニターが起動した。

「おや時間ですカ。残念ですネ」

『従業員諸君ごきげんよう。ロベリア社長、ベニートだ。集まりが悪いようだが……これより会議を始める』

 

 


各所それぞれの思惑が前進していく。これより歴史がどう動くのか、誰も知らない。

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