石魔竜の成り上がり 作:唐揚げであー
またこの授業か。
カイは舌打ちしたいのをぐっと堪えた。アルストリア王立魔術学園の基礎魔術実技。今日の課題は、基礎中の基礎、魔力弾の生成と射出だ。指先に魔力を集中させ、小さな光の球を作り出し、的(まと)に当てる。ただそれだけ。
周囲の生徒たち――貴族のボンボンも、才能ある平民も――は、こともなげにそれをこなしていく。教室には、パシュン、パシュン、と軽い音と共に、的を打つ小気味いい音が響いていた。
俺以外の、ほぼ全員がな。
カイは自分の番が近づくにつれて、気分が重くなるのを感じていた。右腕が、やけに重い。まるで石の塊みたいだ。…いや、実際、石みてぇなもんなんだけど。
融合事故。古代遺跡で見つかった、あの忌々しい石の魔物。あれとくっついてから、俺の人生はめちゃくちゃだ。
「次、カイ!前へ!」
教師の、感情の篭らない声が飛ぶ。カイはのろのろと立ち上がり、射線についた。生徒たちの視線が突き刺さる。好奇、侮蔑、そして恐怖。もう慣れた、なんて思うのは嘘だ。いつだって、胸の奥がざわざわする。
集中しろ。魔力を、指先に。
カイは目を閉じ、必死に魔力を練ろうとした。だが、体の中を流れる力は、どうにも言うことを聞かない。まるで粘土みたいに重く、淀んでいる。普通の魔力とは明らかに違う、異質な何か。
クソッ、動けよ…!
焦りが募る。額に汗が滲んだ。指先に意識を集中させようとしても、右腕の石化した鱗が、まるで邪魔をするかのように感覚を鈍らせる。
やっとの思いで指先に集めた魔力は、淡く、頼りなく光っただけですぐに霧散した。魔力弾なんて、形にすらならない。
「…またかね、カイ君」
教師がため息混じりに言った。その声には、諦めと、わずかな苛立ちが滲んでいる。
「君には基礎的な魔力制御すら難しいようだね。その…特異体質の影響かね? だとしても、これでは実技の評価は――」
教師の言葉を遮るように、教室の後ろの方からクスクスと笑い声が漏れた。
「やっぱり出来損ないだ」
「あんなのが同じクラスにいるなんてな」
「融合体なんかが、まともな魔法を使えるわけないだろ」
聞き慣れた嘲笑。カイは俯き、唇を噛んだ。言い返したい。だが、言い返したところで何が変わる? 事実、俺はまともに魔法を使えないんだから。
「フン、見苦しい」
凛とした、しかし冷ややかな声が響いた。カイのすぐ近くの射線で、完璧な魔力弾を寸分の狂いもなく的に命中させたばかりの、銀髪の少年――ゼノン・フォン・アルストが、侮蔑の視線をカイに向けていた。
「出来損ないは出来損ないらしく、隅で縮こまっていればいいものを。アルストリアの学び舎を汚さないでくれたまえ」
カイはゼノンを睨み返した。だが、エリート貴族の彼は、カイの視線など意にも介さず、優雅な仕草で次の準備に入った。
…いつか、絶対に見返してやる。
そう心の中で毒づくことしか、今のカイにはできなかった。
実技の時間が終わり、重い足取りでカイは教室を出た。逃げるように。
廊下を歩けば、すれ違う生徒たちが、さっと道を空ける。あるいは、ひそひそと何かを囁き合う。まるで汚物か何かのように扱われる。
うるせぇ、見るなよ…。
この右腕が憎い。石の鱗に覆われた、人間のものとは思えない腕。時折、自分の意思とは関係なく、脈打つように鈍い光を放つことがある。まるで、俺の中に別の何かが生きているみたいで、気味が悪い。
なんで俺だけ、こんな目に遭わなきゃならねぇんだ。普通の魔術師になりたかった。遺跡を探検する、魔導考古学者になりたかった。なのに、現実はこれだ。
出来損ないの、石竜。誰も必要としない、化け物。
このままじゃ、きっと落第だ。学園にいられなくなったら、俺はどこへ行けばいい?
思考が暗い方へ沈んでいく。カイは無意識に、人の少ない中庭へと足を向けていた。少しでも、人目を避けたかった。
その時だった。
中庭の茂みの陰から、くぐもった声と、嘲るような笑い声が聞こえてきたのは。
「おい、リリア! 聞いてんのかよ!」
「今日の分の”挨拶”はどうしたんだぁ?」
「はは、こいつ、また泣きそうになってやがるぜ」
カイは足を止めた。見ると、小柄な女生徒――確か、同じクラスの、あまり目立たない平民の…リリア、とか言ったか――が、体格の良い上級生らしき男三人に囲まれていた。リリアは俯いて、小さく震えている。
…面倒はごめんだ。関わっても、ろくなことにならない。俺が何かしたって、どうせまた「化け物が暴れた」とか言われるだけだ。
そう頭では分かっているのに、足が動かなかった。リリアの怯えた顔が、過去の自分と重なる気がした。理不尽に虐げられる、弱い存在。
「や、やめてください…お願いします…!」
リリアのか細い声が聞こえた瞬間、カイの中で何かがプツリと切れた。
気づけば、足が前に出ていた。
「おい」
自分でも驚くほど、低い声が出た。
「何してんだよ。やめろよ」
上級生たちが、一斉にカイの方を振り返った。驚いたような、そしてすぐに侮蔑に変わる表情。
「あ? なんだテメェ」
「げ、あの出来損ないのカイじゃねぇか」
「融合体の化け物が、俺たちに指図する気か? 引っ込んでろ!」
リーダー格らしい男が、吐き捨てるように言ってカイを突き飛ばした。乱暴な、力を込めた一突き。
普通なら、カイだって無事では済まないはずだった。だが――。
ドンッ、と鈍い音が響いた。
カイは確かに突き飛ばされた衝撃を感じた。だが、体はたたらを踏んだだけで、倒れはしなかった。それどころか、突き飛ばした上級生の方が、驚愕に目を見開いて自分の手を押さえている。
「いっ…てぇ!? なんだ、こいつ…!?」
まるで岩でも殴ったかのような感触だったのだろう。
別の男が、カイの態度に逆上したのか、殴りかかってきた。カイは咄嗟に、鱗に覆われた右腕を上げて防御する。
ゴッ!
重く、硬質な音が響いた。殴りかかってきた男の拳が、カイの右腕の鱗に弾かれる。火花が散ったように見えたのは、気のせいだろうか。
「うわっ!?」
「な、なんだよこいつの腕…石みてぇだ!」
異常な硬さと、カイの異様な雰囲気に、上級生たちの顔に初めて恐怖の色が浮かんだ。
「ば、化け物め…!」
「お、覚えてろよ!」
捨て台詞を残して、三人は慌ててその場から逃げ去っていった。
後に残されたのは、荒い息をつくカイと、呆然と立ち尽くすリリアだけだった。
…俺は、今、何をした?
右腕が、ジンジンと熱を持っているような気がする。暴走、したわけじゃない。でも、明らかに普通の反応じゃなかった。
カイが自身の腕を見つめて困惑していると、おずおずとした声がかけられた。
「あ、あの…」
リリアだった。彼女はまだ少し怯えた様子だったが、その瞳には、驚きと、そして…感謝の色が浮かんでいるように見えた。