石魔竜の成り上がり 作:唐揚げであー
あれから数日、カイは時間を見つけては、エルミナに教わった精神統一法を続けていた。場所は自室のベッドの上だったり、人気のない訓練場の隅だったり。
(呼吸を整え…意識を内へ…『石』の感覚…不動…恒常…)
最初は、雑念ばかりで全く集中できなかった。自分の体の異質さ、周囲からの視線、力の暴走への恐怖…。それらが渦巻いて、心を落ち着けることすら難しい。
だが、繰り返すうちに、ほんの少しずつだが、変化があった。
意識を右腕の鱗に向ける。そこに宿る、無機質で、冷たい感覚。それはただの冷たさではなく、まるで大地の奥深くに根差した岩盤のような、揺るぎない『安定』の感覚を伴っていた。
その感覚に意識を同調させようと試みる。
(もっと深く…俺と、石竜の…境界を…)
すると、右腕の鱗が、ほんの一瞬だけ、カイの意思に呼応したかのように、カチン、と硬度を増したような気がした。同時に、体の中を流れる異質なエネルギーが、ほんのわずかに制御可能な流れになったような…そんな微かな手応え。
「…できた…? いや、まだだ…でも、ほんの少しだけ…」
すぐに感覚は途切れ、制御できたという確信には程遠い。疲労感も大きい。だが、カイは唇の端をわずかに持ち上げた。ゼロではなかった。不可能ではないかもしれない。
焦っても仕方がない。地道に、この感覚を掴んでいくしかないのだ。
そんなカイの変化は、もちろん周囲に気づかれるようなものではない。学園での扱いは相変わらずだった。授業では落ちこぼれ、訓練では厄介者。
だが、たった一人だけ、カイに対する態度が明確に変わった者がいた。
「カイさん」
ある日の授業後、教室を出ようとしたカイに、リリアが声をかけてきた。以前のような怯えた様子はもうない。少し緊張はしているようだが、しっかりとした足取りでカイの前に立った。
「あの、これ…もしよかったら…」
彼女が差し出したのは、数枚の羊皮紙。丁寧に書き写された、今日の授業のノートだった。カイが内容を理解できず、上の空で聞いていた(あるいは、聞いていなかった)授業のものだ。
「………」
カイは驚いて、リリアとノートを交互に見た。
「…なんで」
「えっと…カイさん、大変そうだったので…。お節介、だったらごめんなさい」
リリアは少し顔を赤らめて俯いた。
カイはしばらく黙っていたが、やがて、ぶっきらぼうに手を伸ばし、ノートを受け取った。
「……ああ。…どうも」
「あ…はい!」
リリアは嬉しそうに顔を上げた。
「あの、カイさん、あまり無理しないでくださいね」
「…うるせぇよ」
憎まれ口を叩きながらも、カイはその場から逃げるようには立ち去らなかった。リリアはそんなカイの様子に、小さく微笑んで自分の席に戻っていった。
(…なんでこいつは…)
カイは受け取ったノートに目を落とした。そこには、彼女の真面目さを示すような、几帳面で読みやすい文字が並んでいた。
わけが分からない。でも、悪い気はしない。むしろ、このぎこちないやり取りが、今のカイにとっては数少ない、心安らぐ瞬間なのかもしれなかった。
その夜。
カイは自室の窓から、静かに輝く月を見上げていた。
融合事故から今日まで、目まぐるしい日々だった。孤独と絶望。エルミナとの出会い。石魔竜の力。制御へのわずかな糸口。ゼノンからの侮蔑。そして、リリアの存在。
机の上には、エルミナから押し付けられた怪しげなメモと、リリアがくれた軟膏の壺が並んでいる。そして、その隣には、あの重々しい金属の箱――高純度の魔力鉱石が収められた箱が、静かに置かれていた。
(これから、どうなる…?)
エルミナの言う通り、鉱石を摂取する必要が出てくるのだろうか。精神統一で、本当にこの力は制御できるようになるのか。魔力進化の先に待つものは? 魔王種とは、いったい何なのか。
分からないことだらけだ。不安がないと言えば嘘になる。
だが。
カイは窓の外の月ではなく、自分の右手――石の鱗に覆われた拳――をじっと見つめた。
(このままじゃ終われない)
笑いたければ笑えばいい。化け物と呼びたければ呼べばいい。
だが、俺はもう、ただ流されるだけの存在じゃない。
カイは強く拳を握りしめた。鱗が、ギリ、と音を立てたような気がした。
(俺は、俺のやり方で、絶対に上に行ってやる。この力で、運命をひっくり返してやるんだ)
その瞳には、これまでの諦めや卑屈さではなく、暗い夜空に輝く星のような、強く、揺るぎない決意の光が宿っていた。
(見てろよ――)
石魔竜の少年、カイの本当の「成り上がり」は、まだ始まったばかりだった。