石魔竜の成り上がり   作:唐揚げであー

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第10話

 あれから数日、カイは時間を見つけては、エルミナに教わった精神統一法を続けていた。場所は自室のベッドの上だったり、人気のない訓練場の隅だったり。

 

 (呼吸を整え…意識を内へ…『石』の感覚…不動…恒常…)

 

 最初は、雑念ばかりで全く集中できなかった。自分の体の異質さ、周囲からの視線、力の暴走への恐怖…。それらが渦巻いて、心を落ち着けることすら難しい。

 だが、繰り返すうちに、ほんの少しずつだが、変化があった。

 

 意識を右腕の鱗に向ける。そこに宿る、無機質で、冷たい感覚。それはただの冷たさではなく、まるで大地の奥深くに根差した岩盤のような、揺るぎない『安定』の感覚を伴っていた。

 その感覚に意識を同調させようと試みる。

 

 (もっと深く…俺と、石竜の…境界を…)

 

 すると、右腕の鱗が、ほんの一瞬だけ、カイの意思に呼応したかのように、カチン、と硬度を増したような気がした。同時に、体の中を流れる異質なエネルギーが、ほんのわずかに制御可能な流れになったような…そんな微かな手応え。

 

「…できた…? いや、まだだ…でも、ほんの少しだけ…」

 

 すぐに感覚は途切れ、制御できたという確信には程遠い。疲労感も大きい。だが、カイは唇の端をわずかに持ち上げた。ゼロではなかった。不可能ではないかもしれない。

 焦っても仕方がない。地道に、この感覚を掴んでいくしかないのだ。

 

 そんなカイの変化は、もちろん周囲に気づかれるようなものではない。学園での扱いは相変わらずだった。授業では落ちこぼれ、訓練では厄介者。

 だが、たった一人だけ、カイに対する態度が明確に変わった者がいた。

 

「カイさん」

 

 ある日の授業後、教室を出ようとしたカイに、リリアが声をかけてきた。以前のような怯えた様子はもうない。少し緊張はしているようだが、しっかりとした足取りでカイの前に立った。

 

「あの、これ…もしよかったら…」

 彼女が差し出したのは、数枚の羊皮紙。丁寧に書き写された、今日の授業のノートだった。カイが内容を理解できず、上の空で聞いていた(あるいは、聞いていなかった)授業のものだ。

 

「………」

 カイは驚いて、リリアとノートを交互に見た。

「…なんで」

「えっと…カイさん、大変そうだったので…。お節介、だったらごめんなさい」

 リリアは少し顔を赤らめて俯いた。

 

 カイはしばらく黙っていたが、やがて、ぶっきらぼうに手を伸ばし、ノートを受け取った。

「……ああ。…どうも」

「あ…はい!」

 リリアは嬉しそうに顔を上げた。

「あの、カイさん、あまり無理しないでくださいね」

「…うるせぇよ」

 憎まれ口を叩きながらも、カイはその場から逃げるようには立ち去らなかった。リリアはそんなカイの様子に、小さく微笑んで自分の席に戻っていった。

 

 (…なんでこいつは…)

 

 カイは受け取ったノートに目を落とした。そこには、彼女の真面目さを示すような、几帳面で読みやすい文字が並んでいた。

 わけが分からない。でも、悪い気はしない。むしろ、このぎこちないやり取りが、今のカイにとっては数少ない、心安らぐ瞬間なのかもしれなかった。

 

 その夜。

 カイは自室の窓から、静かに輝く月を見上げていた。

 融合事故から今日まで、目まぐるしい日々だった。孤独と絶望。エルミナとの出会い。石魔竜の力。制御へのわずかな糸口。ゼノンからの侮蔑。そして、リリアの存在。

 

 机の上には、エルミナから押し付けられた怪しげなメモと、リリアがくれた軟膏の壺が並んでいる。そして、その隣には、あの重々しい金属の箱――高純度の魔力鉱石が収められた箱が、静かに置かれていた。

 

 (これから、どうなる…?)

 

 エルミナの言う通り、鉱石を摂取する必要が出てくるのだろうか。精神統一で、本当にこの力は制御できるようになるのか。魔力進化の先に待つものは? 魔王種とは、いったい何なのか。

 分からないことだらけだ。不安がないと言えば嘘になる。

 

 だが。

 カイは窓の外の月ではなく、自分の右手――石の鱗に覆われた拳――をじっと見つめた。

 

 (このままじゃ終われない)

 

 笑いたければ笑えばいい。化け物と呼びたければ呼べばいい。

 だが、俺はもう、ただ流されるだけの存在じゃない。

 

 カイは強く拳を握りしめた。鱗が、ギリ、と音を立てたような気がした。

 

 (俺は、俺のやり方で、絶対に上に行ってやる。この力で、運命をひっくり返してやるんだ)

 

 その瞳には、これまでの諦めや卑屈さではなく、暗い夜空に輝く星のような、強く、揺るぎない決意の光が宿っていた。

 

 (見てろよ――)

 

 石魔竜の少年、カイの本当の「成り上がり」は、まだ始まったばかりだった。

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