石魔竜の成り上がり 作:唐揚げであー
「あ、あの…!」
呼び止められて、カイはびくりと肩を震わせた。振り返ると、さっきの上級生たちに絡まれていた少女――リリアが、おずおずとこちらを見上げていた。
「た、助けていただいて…本当に、ありがとうございました!」
そう言って、彼女は深々と頭を下げる。細い肩が小さく震えているのが見えた。よほど怖かったのだろう。
「……別に」
カイはぶっきらぼうに答えた。声が、自分でも驚くほど硬く、低く出た。
「お前のためにやったわけじゃねぇよ。あいつらが、目障りだっただけだ」
嘘だ。
いや、半分は本当か。あいつらが気に食わなかったのは事実だ。だが、それだけじゃない。この少女の怯えた顔が、どうしても放っておけなかった。
なんでだろうな。俺だって、自分のことで精一杯だってのに。
「で、でも…! 私、すごく怖くて…だから、本当に、嬉しかったです…!」
リリアは顔を上げて、もう一度言った。その澄んだ瞳が、まっすぐにカイを捉える。噂に聞くような「凶暴な融合体」を見る目じゃない。ただ純粋な感謝がそこにはあった。
…やめろよ、そんな目で見るな。
どう返せばいいのか分からず、カイは視線を逸らした。礼を言われるなんて、いつぶりだろうか。事故の後、向けられるのは好奇か、侮蔑か、恐怖だけだったから。
「……腕」
リリアが、心配そうにカイの右腕に視線を落とした。さっき、上級生の拳を弾き返した腕だ。
「だ、大丈夫ですか…? すごく、硬そうでしたけど…痛くなかったですか?」
びくり、とカイの体が反応する。無意識に、右腕を背中の方へ隠すように動かしていた。
「な、何でもねぇよ!」
思ったより、大きな声が出た。
「見るな! 俺のことなんか、ほっとけ!」
一方的にそう言い放つと、カイはリリアに背を向け、早足でその場を去った。
気まずかった。そして、少しだけ…怖かった。彼女の純粋な心配の眼差しが、自分の異質さを改めて突きつけてくるようで。
カイが足早に去っていく背中を、リリアは呆然と見送っていた。
(行っちゃった…)
ぶっきらぼうで、少し怖い口調だった。腕を見られるのを、すごく嫌がっていた。
でも、助けてくれた。
あの時、カイさんの目が、すごく真剣で…少しだけ、悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。
学園の噂では、カイさんは危険な融合体で、いつ暴走するかわからないって言われている。周りのみんなも、彼を避けている。私も、正直少し怖かった。
だけど、今日助けてくれたカイさんは、噂とは全然違った。乱暴じゃなかった。むしろ、あの怖い上級生たちに立ち向かってくれた。
あの腕、石みたいに硬かった。叩いた人が痛がっていたくらいだ。きっと、カイさん自身も、痛かったり、苦しかったりするんじゃないかな。あんな体で、一人で…。
(私に、何かできること、ないかな…)
助けてもらったお礼を、ちゃんと言いたい。ううん、それだけじゃなくて…。
リリアはぎゅっと拳を握った。自分は魔力も少ないし、力もない。カイさんのように強くはないけれど。
それでも、何か、自分にできることがあるかもしれない。
(そうだ、おばあちゃんが教えてくれた薬草…打撲に効く軟膏、作れるかも。あの腕、大丈夫かな…)
リリアは、カイの後を追う代わりに、薬草に詳しい祖母のことを思い出しながら、ゆっくりと歩き出した。
一方、カイは中庭を抜け、校舎の廊下を歩いていた。
さっきのリリアとのやり取りが、妙に頭に残っている。
(…なんで、礼なんか言われなきゃならねぇんだ)
ぶっきらぼうに突き放してしまったことへの、わずかな罪悪感。そして、それ以上に大きな、自分の力への困惑。
(あの時の、右腕の感覚…)
ただ硬いだけじゃなかった。上級生の拳が当たった瞬間、鱗が、まるで意志を持ったかのように、カッと硬度を増したような気がした。微かに、熱を持ったような感覚も。
あれは、暴走じゃない。だとしたら、なんだ? 俺は、この力を、少しは制御できたってことか?
分からない。自分の体なのに、自分のものじゃないみたいだ。
もっと知らなければ。この力のことを。石魔竜のことを。そして、どうすればこれを制御できるのかを。
どこで情報を探す?
図書館か? でも、あそこには監視の目もある。融合体に関する本なんて探していたら、すぐに目をつけられるだろう。それに、俺みたいな特殊な例が、普通の書物に乗っているとも思えない。
…となると、あいつか。
カイの脳裏に、白衣を着た、少し変わった女性研究者の顔が浮かんだ。エルミナ・フォルス。特殊魔法生態研究室とかいう、怪しげな部署の担当者。
入学直後の身体検査の時、他の教師が気味悪がって俺を遠ざけた中で、彼女だけは目を輝かせて俺の鱗に触れてきた。
「これは興味深い!実に興味深い構造をしている!」
あの時は気味が悪くてすぐに振り払ったが、彼女なら何か知っているかもしれない。いや、むしろ、俺のことを研究対象として、すでに何か調べている可能性すらある。
利用されるのは癪だが、背に腹はかえられない。
カイは行き先を決めた。足は自然と、学園の研究棟へと向かう。
その途中だった。
前方から、数人の取り巻きを引き連れた、見慣れた銀髪が見えた。ゼノンだ。
すれ違いざま、ゼノンはカイを一瞥し、鼻でフンと笑った。その目には、相変わらずの侮蔑と、ほんの少しの…苛立ち? が含まれているように見えた。
(…チッ)
カイも無言で睨み返す。だが、今の自分に、彼と正面からやり合う力も資格もないことは分かっていた。今はまだ、耐えるしかない。
(見てろよ、ゼノン。いつか絶対…!)
悔しさを噛み締めながら、カイは足を速めた。
研究棟の一角、他の研究室とは少し離れた場所に、『特殊魔法生態研究室』と書かれたプレートのかかった扉が見えてきた。
中からは、何やら怪しげな匂いと、時折、小さな爆発音のようなものまで聞こえてくる気がする。
本当に、ここに入って大丈夫なのか…?
カイは扉の前で一瞬ためらったが、意を決して、その古びたドアをノックしようと手を伸ばした。
その瞬間だった。
ガチャリ。
ノックをする前に、扉が内側から勢いよく開かれた。
「おお! 噂をすればなんとやら、だね! ちょうど君のデータが欲しかったところだよ、カイ君!」
白衣をひるがえし、目を爛々と輝かせたエルミナが、カイの目の前に立っていた。