石魔竜の成り上がり   作:唐揚げであー

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第2話

「あ、あの…!」

 

 呼び止められて、カイはびくりと肩を震わせた。振り返ると、さっきの上級生たちに絡まれていた少女――リリアが、おずおずとこちらを見上げていた。

 

「た、助けていただいて…本当に、ありがとうございました!」

 

 そう言って、彼女は深々と頭を下げる。細い肩が小さく震えているのが見えた。よほど怖かったのだろう。

 

「……別に」

 カイはぶっきらぼうに答えた。声が、自分でも驚くほど硬く、低く出た。

「お前のためにやったわけじゃねぇよ。あいつらが、目障りだっただけだ」

 

 嘘だ。

 いや、半分は本当か。あいつらが気に食わなかったのは事実だ。だが、それだけじゃない。この少女の怯えた顔が、どうしても放っておけなかった。

 

 なんでだろうな。俺だって、自分のことで精一杯だってのに。

 

「で、でも…! 私、すごく怖くて…だから、本当に、嬉しかったです…!」

 

 リリアは顔を上げて、もう一度言った。その澄んだ瞳が、まっすぐにカイを捉える。噂に聞くような「凶暴な融合体」を見る目じゃない。ただ純粋な感謝がそこにはあった。

 

 …やめろよ、そんな目で見るな。

 

 どう返せばいいのか分からず、カイは視線を逸らした。礼を言われるなんて、いつぶりだろうか。事故の後、向けられるのは好奇か、侮蔑か、恐怖だけだったから。

 

「……腕」

 リリアが、心配そうにカイの右腕に視線を落とした。さっき、上級生の拳を弾き返した腕だ。

「だ、大丈夫ですか…? すごく、硬そうでしたけど…痛くなかったですか?」

 

 びくり、とカイの体が反応する。無意識に、右腕を背中の方へ隠すように動かしていた。

 

「な、何でもねぇよ!」

 思ったより、大きな声が出た。

「見るな! 俺のことなんか、ほっとけ!」

 

 一方的にそう言い放つと、カイはリリアに背を向け、早足でその場を去った。

 

 気まずかった。そして、少しだけ…怖かった。彼女の純粋な心配の眼差しが、自分の異質さを改めて突きつけてくるようで。

 

 カイが足早に去っていく背中を、リリアは呆然と見送っていた。

 

 (行っちゃった…)

 

 ぶっきらぼうで、少し怖い口調だった。腕を見られるのを、すごく嫌がっていた。

 でも、助けてくれた。

 あの時、カイさんの目が、すごく真剣で…少しだけ、悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。

 

 学園の噂では、カイさんは危険な融合体で、いつ暴走するかわからないって言われている。周りのみんなも、彼を避けている。私も、正直少し怖かった。

 だけど、今日助けてくれたカイさんは、噂とは全然違った。乱暴じゃなかった。むしろ、あの怖い上級生たちに立ち向かってくれた。

 

 あの腕、石みたいに硬かった。叩いた人が痛がっていたくらいだ。きっと、カイさん自身も、痛かったり、苦しかったりするんじゃないかな。あんな体で、一人で…。

 

 (私に、何かできること、ないかな…)

 

 助けてもらったお礼を、ちゃんと言いたい。ううん、それだけじゃなくて…。

 リリアはぎゅっと拳を握った。自分は魔力も少ないし、力もない。カイさんのように強くはないけれど。

 それでも、何か、自分にできることがあるかもしれない。

 

 (そうだ、おばあちゃんが教えてくれた薬草…打撲に効く軟膏、作れるかも。あの腕、大丈夫かな…)

 

 リリアは、カイの後を追う代わりに、薬草に詳しい祖母のことを思い出しながら、ゆっくりと歩き出した。

 

 一方、カイは中庭を抜け、校舎の廊下を歩いていた。

 さっきのリリアとのやり取りが、妙に頭に残っている。

 

 (…なんで、礼なんか言われなきゃならねぇんだ)

 

 ぶっきらぼうに突き放してしまったことへの、わずかな罪悪感。そして、それ以上に大きな、自分の力への困惑。

 

 (あの時の、右腕の感覚…)

 

 ただ硬いだけじゃなかった。上級生の拳が当たった瞬間、鱗が、まるで意志を持ったかのように、カッと硬度を増したような気がした。微かに、熱を持ったような感覚も。

 

 あれは、暴走じゃない。だとしたら、なんだ? 俺は、この力を、少しは制御できたってことか?

 

 分からない。自分の体なのに、自分のものじゃないみたいだ。

 もっと知らなければ。この力のことを。石魔竜のことを。そして、どうすればこれを制御できるのかを。

 

 どこで情報を探す?

 図書館か? でも、あそこには監視の目もある。融合体に関する本なんて探していたら、すぐに目をつけられるだろう。それに、俺みたいな特殊な例が、普通の書物に乗っているとも思えない。

 

 …となると、あいつか。

 

 カイの脳裏に、白衣を着た、少し変わった女性研究者の顔が浮かんだ。エルミナ・フォルス。特殊魔法生態研究室とかいう、怪しげな部署の担当者。

 入学直後の身体検査の時、他の教師が気味悪がって俺を遠ざけた中で、彼女だけは目を輝かせて俺の鱗に触れてきた。

 

 「これは興味深い!実に興味深い構造をしている!」

 

 あの時は気味が悪くてすぐに振り払ったが、彼女なら何か知っているかもしれない。いや、むしろ、俺のことを研究対象として、すでに何か調べている可能性すらある。

 

 利用されるのは癪だが、背に腹はかえられない。

 カイは行き先を決めた。足は自然と、学園の研究棟へと向かう。

 

 その途中だった。

 前方から、数人の取り巻きを引き連れた、見慣れた銀髪が見えた。ゼノンだ。

 すれ違いざま、ゼノンはカイを一瞥し、鼻でフンと笑った。その目には、相変わらずの侮蔑と、ほんの少しの…苛立ち? が含まれているように見えた。

 

 (…チッ)

 

 カイも無言で睨み返す。だが、今の自分に、彼と正面からやり合う力も資格もないことは分かっていた。今はまだ、耐えるしかない。

 

 (見てろよ、ゼノン。いつか絶対…!)

 

 悔しさを噛み締めながら、カイは足を速めた。

 研究棟の一角、他の研究室とは少し離れた場所に、『特殊魔法生態研究室』と書かれたプレートのかかった扉が見えてきた。

 中からは、何やら怪しげな匂いと、時折、小さな爆発音のようなものまで聞こえてくる気がする。

 

 本当に、ここに入って大丈夫なのか…?

 

 カイは扉の前で一瞬ためらったが、意を決して、その古びたドアをノックしようと手を伸ばした。

 その瞬間だった。

 

 ガチャリ。

 

 ノックをする前に、扉が内側から勢いよく開かれた。

 

「おお! 噂をすればなんとやら、だね! ちょうど君のデータが欲しかったところだよ、カイ君!」

 

 白衣をひるがえし、目を爛々と輝かせたエルミナが、カイの目の前に立っていた。

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