石魔竜の成り上がり   作:唐揚げであー

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第3話

 カイがためらいがちに扉に手を伸ばした、まさにその瞬間だった。

 ガチャリ、と金属的な音を立てて、扉が勢いよく内側から開かれた。

 

「おお! 噂をすればなんとやら、だね! ちょうど君のデータが欲しかったところだよ、カイ君!」

 

 白衣をひるがえし、丸眼鏡の奥の瞳を爛々と輝かせた女性――エルミナ・フォルスが、そこに立っていた。有無を言わさぬ勢いで、彼女はカイの(人間の方の)腕を掴む。

 

「さあさあ、入りたまえ! 歓迎するよ、我が研究室へ!」

「うおっ!? ちょ、待て…!」

 

 カイの抵抗も虚しく、半ば強引に研究室の中へと引きずり込まれる。

 そして、カイは思わず目を見開いた。

 

 なんだ、この部屋は…。

 

 お世辞にも整頓されているとは言えない。壁一面の本棚からは、分厚い魔導書や古びた羊皮紙の巻物が雪崩を起こしかけている。床には用途不明の金属部品や、怪しげな色の液体が入ったフラスコが散乱していた。机の上には、書きかけの研究ノートや、半分分解されたような魔物の骨格標本が山積みになっている。鼻をつくのは、薬品のツンとした匂いと、どことなく甘ったるいような…保存液の匂いだろうか。

 部屋の中央には、複雑な魔法陣が描かれた台座のようなものまであった。

 

 本当に、ここ、学園の施設なのか…? 魔女の隠れ家とか言われた方がしっくりくるぞ。

 

「まあ、散らかっているのは気にしないでくれたまえ。研究に没頭すると、どうも周りが見えなくなってしまう性質(たち)でね」

 エルミナはあっけらかんと言い放つと、カイを部屋の中央にある、比較的マシな椅子に座らせた。

 

「さて!」

 彼女はカイの正面に回り込み、興味津々といった様子で、文字通り頭のてっぺんから足の先までカイを観察し始めた。その視線は、純粋な好奇心によるものだと分かっていても、あまり気分の良いものではない。

 

「単刀直入に聞こう! 君がその体になったのはいつかね? 融合時の詳しい状況は? 何か特別な前兆はあったのかね? 自覚症状は? 痛みは? 周期的な力の奔流を感じることは? 融合した存在――石魔竜の意識を感じることは?」

 

 矢継ぎ早。カイは質問の洪水に、思わず眉をひそめた。

 

「…うるせぇな。いっぺんに喋んな、わけわかんねぇよ」

「おっと、失礼。つい興奮してしまったようだ」

 エルミナは軽く咳払いしたが、その目の輝きは少しも衰えていない。

「だが、無理もないだろう? 君のような存在は、まさに生きた研究資料…いや、失われた歴史の証人なのだからね!」

 

 そう言うと、彼女はどこからか水晶のようなレンズを取り出し、カイにかざした。レンズを通してカイを見ると、何やら複雑な紋様が浮かび上がって見えるらしい。

 

「ふむ…魔力パターンが極めて特異だ。既存のどの属性にも分類できない、強固で…それでいて不安定な揺らぎを持っている。右腕の石化部分からは、高密度の地属性エネルギーと…これは、生命力そのものに近い反応か? まさに…」

 エルミナは一人でぶつぶつと呟きながら、今度は細いピンセットのようなものを持ち出した。

 

「すまないが、少しだけ鱗のサンプルを…」

「やめろ!」

 

 カイは咄嗟に身を引き、エルミナの手を振り払った。

「勝手に触るな!」

 

 エルミナは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに悪びれもなく肩をすくめた。

「おっと、これは失礼。だがね、カイ君。君、自分が一体『何』と融合したのか、正確に理解しているのかね?」

 

 核心を突くような問い。カイは黙ってエルミナを見返した。

 

「『石魔竜』だよ」

 エルミナは眼鏡の位置を直しながら言った。

「古代の伝承にその名が記されている、伝説級の存在だ。その存在を疑う者も多いがね。記録によれば、石魔竜は比類なき防御力と、大地のエレメントを支配する力、そして…驚くべきことに、自己進化能力を持つと言われている」

 

 自己進化…。

 

 その言葉に、カイの心臓が小さく跳ねた。

 

「私の専門は、魔導生態学と、禁忌とされる古代の魔力進化論だ」

 エルミナは続けた。声のトーンが、少しだけ真剣味を帯びる。

「君の存在は、私の長年の仮説――生物は特定の条件下で、より高次の存在へと『進化』する、という理論を証明する、またとない鍵なのだよ。特に、君のような異種族間の融合体となると、その進化のポテンシャルは計り知れない…もちろん、暴走のリスクもね」

 

 エルミナの言葉は、カイにとって衝撃だった。石魔竜。進化。暴走のリスク。断片的だが、今まで誰も教えてくれなかった、自身の根幹に関わる情報。

 

 この変人研究者は、本当に何かを知っている。そして、俺の力を解き明かせるかもしれない。

 

「どうだろうか、カイ君」

 エルミナは、カイの心の揺れを見透かしたかのように、提案を持ちかけた。

「私の研究に協力してくれたまえよ。定期的に君のデータを提供し、簡単な検査や実験に付き合ってもらう。退屈はさせないと保証しよう」

「…見返りは?」

 カイは警戒心を解かずに尋ねた。

 

「もちろん、ただとは言わないさ」

 エルミナはにやりと笑った。

「君が求めるものを提供しよう。石魔竜と君自身の力の秘密。それを制御するための具体的な手がかり。そして…この何かと面倒な学園で、君が少しでも過ごしやすくなるような”便宜”も考えてやらんでもない」

 

 最後の言葉は、明らかにカイの現状を見越してのものだろう。

 胡散臭い。利用されるだけかもしれない。だが…。

 

 (他に、俺に何がある?)

 

 力はあっても制御できない。誰も理解してくれない。情報は喉から手が出るほど欲しい。このまま劣等生のまま、いつか暴走して処分されるのを待つよりは…。

 

「……分かった」

 カイは、観念したように息を吐いた。

「協力してやる。だが、条件がある」

「ほう?」

「俺を実験動物みたいに扱うな。情報は、ちゃんと教えろ。それと…」

 カイは自分の右腕を一瞥した。

「勝手に体に触るな。必要な時は、ちゃんと許可を取れ」

 

 それを聞くと、エルミナは満面の笑みを浮かべた。

「承知した! いやー、最高のサンプル…いやいや、頼もしい協力者が見つかって嬉しいよ! これで私の研究は飛躍的に進むぞ!」

 彼女は子供のようにはしゃぎ、パンパンと手を叩いた。

「さて、契約成立だ! 早速だが、まずはより詳細な魔力適性スキャンと、体組織の非侵襲的解析から始めようか!」

 

 (やっぱり、こうなるのかよ…)

 

 エルミナの尽きない探求心に、カイは早くも頭痛を覚えながら、これから始まるであろう奇妙な協力関係に、一縷の望みと大きな不安を感じずにはいられなかった。

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