石魔竜の成り上がり   作:唐揚げであー

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第4話

 エルミナの研究室での時間は、カイにとって苦痛以外の何物でもなかった。

 部屋の中央にある、診察台のようなものに座らされ、次から次へと怪しげな器具を向けられる。

 

「ふむ、まずは魔力量からだね」

 エルミナは巨大な水晶玉のような装置を起動させた。淡い光が放たれ、カイの体を包み込む。通常なら、魔力量に応じて水晶の色や輝きが変わるはずなのだが…

 

「…むむ? 計測不能? いや、針が振り切れているのか? それとも、魔力の質が特殊すぎて測定器が対応できないのか…?」

 エルミナは首を捻りながら、ぶつぶつと呟いている。カイには何のことやらさっぱり分からないが、とにかく普通じゃないことだけは確かだった。

 

「次は、属性反応を見てみようか」

 今度は、様々な色の光を放つ杖のようなものを次々とカイに向け始めた。赤い光(火)や青い光(水)を向けられても、カイは特に何も感じない。だが、

 

「むん!」

 エルミナが杖から鋭い音波のようなものを放った瞬間、カイは思わず顔をしかめた。頭に直接響くような、不快な振動。

「…やめろ」

「ほう、やはり振動系には弱いと見える。では、これはどうかな?」

 次に向けられたのは、白く清浄な光――浄化属性の魔術光だった。その光が右腕の鱗に触れた瞬間、

 

「ッ…!」

 カイは短い悲鳴を上げ、腕を引いた。火傷をしたかのような、鋭い痛み。鱗の一部が、チリチリと焦げたように変色している。

 

「なるほど! 浄化属性に明確な拒絶反応か! 面白い! これは君の…いや、石魔竜の根源的な属性に関わる重要なデータだ!」

 エルミナは興奮気味にノートに何かを書き殴っている。カイは痛む腕を押さえながら、このマッドサイエンティストへの不信感を募らせていた。

 

 その後も、鱗の拡大観察(カイが抵抗したので遠隔の観察魔術に切り替えた)や、いくつかの質問(「最近、妙に石や土が美味しそうに見えたりしないかね?」など、意味不明なものばかりだった)が行われ、ようやく解放された時には、カイは心身ともに疲れ果てていた。

 

「いやー、素晴らしいデータが取れたよ、カイ君!」

 満足げなエルミナは、分厚いファイルを取り出して言った。

「今日の初期解析の結果だがね…驚くべきことが分かった」

「…なんだよ」

 カイは、どうせまたろくでもないことだろう、と投げやりに聞き返した。

 

「君の体はね、どうやら外部から特定の魔力だけではなく…物理的な『鉱物』を摂取し、自身のエネルギーに変換している可能性があるのだよ!」

「はあ? 鉱物を…食う? 俺が?」

 カイは眉を寄せた。馬鹿げている、と思った。

 

「あくまで仮説だがね。だが、君の魔力循環や体組織の反応を見るに、通常の食事や空気中のマナ吸収だけでは、その特異な肉体を維持するエネルギーを賄いきれていないはずなのだ。石魔竜の伝承には『土を喰らい、岩をも力に変えた』という記述もある。もしかしたら君も…」

 そう言って、エルミナはどこからか取り出した、灰色でゴツゴツした石ころのようなものをカイの目の前に差し出した。魔力は全く感じられない、ただの石にしか見えない。

 

「これは魔力を一切含まない、ただの変成岩だ。試しに、これを…まあ、舐めてみるか、あるいは、かじってみるというのはどうだろうか?」

 エルミナは大真面目な顔で言っている。

「……あんた、やっぱり頭おかしいだろ」

 カイは心底呆れて、その石ころを手で払いのけた。

「誰が石なんか食うかよ! 冗談じゃねぇ!」

 

「むう…残念だ。貴重なデータが得られると思ったのだが…」

 エルミナは本気で残念そうな顔をしたが、すぐに気を取り直した。

「まあいいだろう、エネルギー源については今後の課題だ。とにかく、今日はご苦労だったね、カイ君。これは今日の分の『情報提供』だ」

 彼女は一枚の羊皮紙をカイに手渡した。そこには、カイの魔力特性(測定不能)、属性耐性(熱に強く振動・浄化に弱い)、そして例の『鉱物エネルギー変換仮説』が、彼女の独特な筆跡で書き殴られていた。

「次回までに、何か体調の変化――特に、食の好みや、無性に何か硬いものを齧りたくなったりしないか――を記録しておいてくれたまえよ」

 そう言い残すと、エルミナは再び研究ノートに向き直ってしまった。

 

 (やっぱり、ヤベェ奴だ…)

 

 カイはぐったりと肩を落とし、意味の分からないメモをポケットに突っ込んで、逃げるように研究室を後にした。

 

 研究棟を出て、少しでも人通りの少ない道を選んで歩く。頭が痛い。疲れた。

 鉱物を食う、だと? 馬鹿馬鹿しい。…だが、そういえば最近、妙に腹が減る気がする。普通の食事じゃ、満たされないような…。まさかな。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、前方から小さな人影が近づいてくるのに気づいた。

 

 (げっ…またあいつか)

 

 リリアだった。彼女はカイの姿を見つけると、一瞬ためらったように足を止めたが、すぐに意を決したように駆け寄ってきた。その手には、小さな布の包みが握られている。

 

「あ、カイさん…!」

「……なんだよ、今度は」

 カイは警戒心を隠さずに応じた。また礼でも言いに来たのか。面倒だ。

 

 だが、リリアは怯むことなく、その包みをカイの前に差し出した。

 

「あの、これ…! 昨日のお礼、です。それと…」

 彼女は少し言い淀み、カイの右腕にちらりと視線を向けた。

「腕、もし痛むならって…おばあちゃんに教わった薬草で、軟膏を作ってみたんです。…あ、いえ! もし迷惑じゃなければ、ですけど!」

 包みの中には、緑色がかった手作りの軟膏らしきものが入った小さな壺と、いくつか焼き菓子のようなものが見えた。

「こっちは…お菓子です。口に合うか分かりませんけど…昨日、何も食べずに帰られたみたいだったので…」

 

 カイは差し出された包みと、リリアの心配そうな顔を交互に見た。

 なんで、俺なんかに。出来損ないの、化け物に。下心でもあるのか? いや、こいつに限って、そんな…。

 昨日、あんなに突き放したのに。

 

 言葉が出てこない。どうすればいいのか分からない。

 だが、彼女の瞳には、昨日と同じ、純粋な好意と心配の色しか見えなかった。

 

「………」

 カイはしばらく黙っていたが、やがて、無言で焼き菓子の一つをつまみ上げた。そして、視線を合わせないまま、ぶっきらぼうに口に入れる。

 サクッとした食感と、素朴な甘さが口の中に広がった。

 

「……別に、いらなかったけどな」

 そう言いながらも、その手は包みごと受け取っていた。

「………どうも」

 

 小さな、蚊の鳴くような声で、それだけ言うのが精一杯だった。

 

 リリアの顔が、ぱあっと明るくなった。花が咲いたような、控えめな笑顔。

「あ、はい! よかったら、使ってください!」

 

 カイはそれ以上何も言わず、足早にその場を立ち去った。

 ポケットの中の怪しげなメモと、手に残る焼き菓子の温かさ。

 訳の分からないことばかりだが、ほんの少しだけ、胸の奥が温かくなったような気がした。

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