石魔竜の成り上がり   作:唐揚げであー

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第5話

 学園の寮にある、カイの質素な自室。ベッドに腰掛け、カイは二つの対照的なものをぼんやりと眺めていた。

 一つは、エルミナから押し付けられた羊皮紙のメモ。『鉱物エネルギー変換仮説』などという、突拍子もない言葉が踊っている。

 もう一つは、リリアから受け取った、小さな布包み。中には、手作りの薬草軟膏が入った壺が大事そうに収められていた。焼き菓子は、いつの間にか全部食べてしまっていた。…素朴だが、悪くない味だった。

 

 (鉱物を…エネルギーに…? 本当に、そんな馬鹿な話があんのかよ)

 

 エルミナの言葉を思い出すと、やはり胡散臭さしか感じない。あの女、絶対に俺で何かヤバい実験でもするつもりなんじゃないか?

 でも、一方で、無視できない感覚もあった。最近、普通の食事をしても、どこか満たされないような、妙な空腹感が続いている気がする。この異常な身体を維持するには、確かに何か特別なエネルギーが必要なのかもしれない。

 

 (それに比べて、リリアの奴は…)

 

 なんで、俺なんかにあんなものをくれたんだろう。下心があるようには見えなかった。ただ、まっすぐな好意と心配。昨日、突き放したというのに。

 胸の奥が、むず痒いような、それでいて少しだけ温かいような、奇妙な感覚になる。

 

 カイはため息をつき、軟膏の壺をそっと机の引き出しにしまった。使うかどうかは分からない。だが、無下に捨てる気にもなれなかった。

 

 問題は、この身体だ。

 エルミナの言う『鉱物エネルギー変換』が本当なら? もし、それが俺の力の源の一部で、制御の鍵になるのだとしたら…?

 

 (…試してみるしか、ねぇか)

 

 半信半疑。いや、九割九分疑っている。だが、今のカイには、藁にもすがりたい思いがあった。現状を変えるためには、どんな可能性だって試してみるしかない。

 

 カイは立ち上がり、部屋の中を見回した。幸い、というべきか、寮の壁は安っぽい石材でできている。

 彼は壁際に歩み寄り、そっと手のひら(人間の方の手だ)を壁につけた。目を閉じ、意識を集中させる。

 

 (エネルギーを、吸収する…? こんな壁からか…?)

 

 やってみても、何も感じない。ただ、ひんやりとした石の感触があるだけだ。

 次に、右腕――石の鱗に覆われた腕――で触れてみる。

 

 (こっちなら…?)

 

 意識を集中させる。体内の、あの重く淀んだ異質な力を、壁に向けるようなイメージで…。

 すると、ほんのわずかだが、何かを感じたような気がした。

 壁に触れている鱗の部分が、微かに、本当に微かに、温かくなったような…? あるいは、壁の奥から、何かを引き寄せているような、微弱な引力のような感覚…?

 

 (…ん…? いや、気のせいか…?)

 

 あまりにも微かな感覚で、確信は持てない。集中を解くと、その感覚もすぐに消えてしまった。

 カイは次に、部屋に転がっていた、装飾に使われていたらしい小さな水晶の欠片を拾い上げ、右手で握りしめてみた。同じように意識を集中させる。

 

 (これならどうだ…?)

 

 だが、結果は同じだった。何かが起こっているような、いないような、曖昧な感覚だけ。

 

「…クソッ! やっぱり、わけわかんねぇ!」

 

 カイは水晶の欠片を放り投げた。

 分かったのは、この力がいかに自分の理解を超えたものであり、制御への道のりが果てしなく遠いということだけだ。

 それでも、諦めるわけにはいかない。エルミナとの取引もある。何より、このまま「出来損ない」で終わりたくはない。

 

 翌日。魔術訓練場は、生徒たちの熱気で満ちていた。

 カイも、その隅の方で基礎訓練に参加していた。今日のメニューは、魔力制御の基礎と、防御姿勢の反復訓練。カイにとっては、比較的取り組みやすい内容だった。

 

 (魔力弾とかはダメでも、こういう地味な訓練なら…)

 

 彼は、以前よりも自身の体に意識を向けるようになっていた。右腕の重さ、鱗の感触、地面を踏みしめる足の裏の感覚。エルミナに言われた、振動への弱さも。防御姿勢を取る際、体の軸をしっかり保ち、振動を受け流すようなイメージを意識してみる。

 

 すぐに効果が出るわけではない。相変わらず、カイの動きはどこかぎこちなく、他の生徒たちから後れを取っている。

 だが、以前のような投げやりな気持ちは、少しだけ薄れていた。

 

 訓練場の反対側では、一際大きな歓声が上がっていた。見ると、ゼノンが流れるような動作で高等な雷撃魔法を放ち、訓練用の的を次々と正確に撃ち抜いているところだった。その威力、速度、正確さ。どれをとっても、今のカイとは比べ物にならない。

 

 (……確かに、すげぇよ)

 

 以前なら、ただ嫉妬と劣等感で胸が焼かれるような思いがしただろう。だが、今のカイの心境は少し違っていた。

 

 (でも、俺はあれじゃねぇ。あのやり方は、俺にはできねぇし、多分、向いてねぇ)

 

 ゼノンのような、洗練された正統派の魔術師。それにはなれないし、目指すべきでもないのかもしれない。なら――。

 

 (探すしかねぇんだ。この石竜の力…俺だけの使い方を)

 

 胸の中に、小さな、しかし確かな決意の火が灯るのを感じた。それは、焦りや怒りとは違う、もっと静かで、前向きな意志。

 

 ふと、視線を感じて顔を上げる。

 訓練場の端の方で、リリアが心配そうにこちらを見ていた。目が合うと、彼女は一瞬驚いたように肩を揺らしたが、すぐに、小さな、ためらいがちな笑顔で、こくりと頷いて見せた。

 

 (…!)

 

 カイは、どきりとして、慌てて視線を逸らした。まただ。胸の奥が、妙に温かくなるような、落ち着かない感覚。

 彼は顔の熱を誤魔化すように、目の前の基礎訓練に、先ほどよりも少しだけ、力を込めて取り組み始めた。

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