石魔竜の成り上がり   作:唐揚げであー

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第7話

 粉々に砕けた岩塊。その下から現れた、見たところ無傷のカイとリリア。そして、カイの異様なまでの頑丈さ。第三訓練場は、しばし異様な静寂に包まれた。

 

「……」

 ブローン教官は、険しい顔で砕けた岩とカイの背中(特に異常は見当たらない)を交互に見比べている。彼の長年の教師経験の中でも、これほど不可解な事態は初めてだった。

 

「カイ君」

 教官は、努めて冷静な声で問いかけた。だが、その声には隠しきれない困惑と疑念が滲んでいる。

「説明したまえ。いったい何が起きたのかね? 君はあの落石をどうやって防いだ? …どんな魔術を使った?」

 

 周囲に集まってきた他の生徒たちの視線が一斉にカイに突き刺さる。カイは、リリアの手を引いて立ち上がらせながら、重い口を開いた。

「……分かりません」

「分からない、だと?」

「ただ…リリアが危ない、って思ったら…体が、勝手に…」

 それ以上の説明はできなかった。自分でも分かっていないのだから。防御魔術を使ったわけではない。ただ、リリアを庇わなければ、という一心で、全身に力を込めただけだ。石の鱗が硬くなったような気はしたが、それが魔術なのかどうかも分からない。

 

 カイの曖昧な返答に、教官は眉間の皺を深くした。そして、周囲の生徒たちの囁き声が大きくなる。

 

「見たかよ、今の…岩が砕けたぞ…」

「普通の人間じゃねぇ…やっぱり化け物なんだ…」

「でも、リリアを庇ったんだろ?」

「だとしても、気味が悪いわ…」

「近づかない方がいいって…」

 

 恐怖、好奇、そして根拠のない非難。カイは俯き、唇を噛んだ。またこれだ。何かあるたびに、俺はこうやって好奇の目に晒される。

 

「本日の演習は、これにて中断する!」

 ブローン教官が、場の空気を断ち切るように宣言した。

「機材の誤作動と、コースの安全確保が必要と判断した。…カイ君のチームについては、今回の評価は保留とする」

 

 評価保留。それは、落第の可能性も十分にあるということだ。カイの胸に、ずしりと重いものがのしかかる。

 孤立無援。誰もがカイを遠巻きに見ている。その時だった。

 

「待ってください!」

 

 震える、しかし凛とした声が響いた。リリアだった。彼女はカイの前に一歩踏み出し、周囲の生徒たちに向かって叫んだ。

 

「そんな目で、カイさんを見ないでください!」

 彼女の突然の行動に、生徒たちも、そしてカイ自身も驚いた。

「カイさんは、私を助けてくれたんです! 暴れたりなんかしていません! あの、すごく大きな岩が落ちてきたのに…私を庇って…! すごく、勇敢だったんですから!」

 

 必死の訴え。その小さな体からは想像もできないほどの強い意志が、その声には込められていた。

 ざわついていた生徒たちが、少しだけ静かになる。ブローン教官も、複雑な表情でリリアを見つめていた。

 

「フン、くだらん茶番だ」

 

 冷ややかな声と共に、人垣を割ってゼノンが現れた。彼はリリアを一瞥し、嘲るように言った。

「出来損ないに庇われて喜ぶとは、君も同類かね? リリアと言ったか。平民が、状況もわきまえずにでしゃばるな」

「なっ…!?」

 リリアが言葉を失い、悔しそうにゼノンを睨む。だが、彼はそんなリリアなど意にも介さず、カイに向かって吐き捨てた。

「君のせいで演習が中断とはな。実に迷惑だ。…それにしても、あの異常なまでの頑丈さ。やはり君は、人間ではないらしい。不愉快極まりない」

 それだけ言うと、ゼノンは興味を失ったように踵(きびす)を返した。

 

「…カイ君」

 ブローン教官が、重々しく口を開いた。

「君には、後で私のオフィスまで来てもらう。詳しい話を、改めて聞く必要がある」

「……はい」

 カイは、短く答えるしかなかった。どうせまた、厄介なことになるのだろう。

 

 重い足取りで、訓練場を後にしようとする。背中に突き刺さる視線が痛い。リリアが心配そうに後をついてこようとする気配を感じたが、カイは振り返らなかった。彼女まで、これ以上面倒に巻き込みたくなかった。

 

 その時だった。

 

「カイくーん!!」

 

 場違いなほど明るく、甲高い声が響いた。人垣をかき分け、白衣をはためかせながら、エルミナが目をキラキラさせて駆け寄ってくる。その手には、何やら計測器のようなものが握られている。

 

「聞いたよ! 訓練場で派手にやったそうだね!? 落石トラップの誤作動で、君がそれを受け止めたって!?」

 エルミナはカイの腕(今度は人間の方だ)をがしりと掴むと、興奮気味にまくし立てた。

「素晴らしいじゃないか! 想定外負荷時における生体防御反応! 私の仮説の正しさがまた一つ証明されたぞ! これは最高のデータだ!」

 

「うげっ、あんたかよ…!」

 カイはうんざりした顔でエルミナを見た。なんでこのタイミングで現れるんだ。

「データデータうるさい! それどころじゃ…」

 

「何を言っているんだね!」

 エルミナはカイの言葉を遮る。

「これほどの貴重なサンプル…いや、現象が起きた直後のデータを取らずにどうする! さあ、詳しく聞かせたまえ! どんな感覚だった? 衝撃エネルギーはどこへ行った? 鱗の硬度変化は? 魔力消費は? 体内の自己修復プロセスは? さあさあ、私の研究室へ行こう! すぐに再現テストと詳細スキャンだ!」

 

 有無を言わさぬ勢いで、エルミナはカイを研究棟の方へと引っ張っていく。

 

「おい、待て! 俺は教官室に…!」

「ああ、ブローン教官!」

 エルミナは振り返ると、呆然と立ち尽くす教官に向かって、悪びれもなく言い放った。

「カイ君は私の研究に不可欠な人材なのでね! 事情聴取なら後でまとめて報告書を出すから、それで頼むよ! さあ、行くぞカイ君!」

 

「は…はあ…」

 ブローン教官は、あっけにとられて返事をするのがやっとだった。目の前で、重要な聴取対象が生きた研究サンプルとして拉致されていくのを、ただ見送るしかない。彼はこめかみを押さえ、深い深いため息をついた。

 

 (やはり、エルミナ研究員マターか…頭が痛い…)

 

 カイは、エルミナに引きずられながら、遠ざかっていく訓練場と、心配そうにこちらを見つめるリリアの姿を振り返った。

 面倒なことになった。それは確かだが、同時に、ほんの少しだけ、事態が動き出したような、そんな予感もしていた。

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