石魔竜の成り上がり 作:唐揚げであー
「ふむ…やはり、表面的な損傷は皆無、か」
エルミナの研究室。カイは再び、あの奇妙な診察台に座らされていた。先ほどの訓練場での事故の後、半ば拉致されるようにここまで連れてこられたのだ。
エルミナは、カイが落石を受け止めた背中や右腕に、様々な計測器のようなものを当てては、満足げに頷いている。カイの方は、疲労と不信感で口を利く気力も失せつつあった。
「だが、魔力痕跡計測器には明確な反応がある! 高負荷を受けた直後、石化部位を中心に膨大なエネルギーが励起し、そして急速に収束した痕跡だ! これは尋常ではないぞ!」
彼女は次に、微細な魔力探針をカイの右腕の鱗に近づけた(カイが睨んだので、直接触れることはしなかったが)。
「組織密度も…事故前と比較して、ほんのわずかだが上昇しているように見える…。これは負荷後の反動による一時的なものか、それとも…継続的な変化の一部なのか…?」
訳の分からない専門用語の羅列。カイはうんざりしながらも、自分の身に起きている異常な現象を突きつけられているようで、落ち着かない気持ちだった。
「もういいだろ…」
「よくないね!」
エルミナはカイの呟きをぴしゃりと遮った。
「これは君にとっても重要なことなのだよ、カイ君。君のその異常なまでの防御能力…それが一体どういう原理で発動しているのか、知りたくはないのかね?」
「……」
カイは黙ってエルミナを見返した。知りたくない、と言えば嘘になる。
「やはり私の見立て通りだ!」
エルミナは、カイの沈黙を肯定と取ったのか、得意げに説明を始めた。
「君の防御能力は、単なる物理的な硬さだけではない! 衝撃や敵意といった外部からの『脅威』を感知した瞬間、君の体組織、特に石化部位の魔力密度が、瞬間的に、爆発的に上昇しているのだ! それはおそらく、外部のエネルギー…空気中のマナや、あるいは地脈からのエネルギーを取り込み、自身の質量と硬度を、物理法則を無視するかのように変質させる、石魔竜固有の自己防衛本能なのだろう!」
エルミナは、興奮で目を輝かせながら、一気にまくし立てる。
「だが問題は、そのエネルギー効率だ。君の体は、無意識に周囲からエネルギーを吸収しているようだが、その効率は非常に悪い。だから、普段からエネルギー不足気味なのではないかね? そして、そのエネルギー源として最も効率が良いのは…やはりこれだ!」
彼女は再び、『鉱物エネルギー変換仮説』を持ち出した。
「特定の高純度魔力鉱石を直接摂取すれば、エネルギー効率は飛躍的に向上し、体の安定性も増すはずだ! さすれば、力の制御にも繋がるかもしれん!」
「……石を、食えってのか? 本気で言ってんのか、あんた」
カイは顔をしかめた。いくら何でも、非現実的すぎる。
「私はいつでも本気だよ、カイ君」
エルミナは真顔で答えた。その目には、狂気じみた探求の色が浮かんでいる。
「もういい!」
カイは、エルミナの仮説よりも、もっと切実な問題を突きつけた。
「理屈はどうでもいい! どうやったら、俺はこの力を自分の意思でコントロールできるんだ!? それを教えろ! さっきだって、リリアがいなけりゃ、俺がどうなってたか…! データ集めてるだけじゃ、またいつ暴走するか分かんねぇんだぞ!」
カイの切羽詰まった声に、エルミナは一瞬、動きを止めた。彼女はカイの顔をじっと見つめ、やがて、ふむ、と一つ頷いた。
「…制御、か。それもまた、重要な研究テーマではあるね。力を理解し、制御し、そして…進化させる。全ては繋がっているのだよ」
彼女は少しだけ口調を改め、教師のような(しかし、やはりどこかズレている)雰囲気で言った。
「いいだろう、協力者への最初のサービスだ。ごく基礎的な、制御へのアプローチを教えてやろう」
「本当か!?」
「ただし」
エルミナは人差し指を立てる。
「これはあくまで、私の仮説に基づく実験的な誘導法だ。効果は保証しないし、むしろ危険すら伴う可能性もある。試すなら、完全に自己責任だ。いいね?」
カイはごくりと唾を飲んだ。危険かもしれない。だが、今の彼に選択肢はなかった。
「…ああ、分かった。それで、どうすればいい?」
「まずは、君自身の内にある『石』の感覚を掴むことだ」
エルミナは言った。
「目を閉じ、呼吸を整え、精神を研ぎ澄ます。そして、君の体の一部となっている石…その『不動』『恒常』『質量』といった感覚に、自身の意識を深く沈めていくのだ。君の核と、石竜の核…その境界を曖昧にし、同調させるイメージを持つといいかもしれない」
精神統一? 石のイメージ?
まるで、どこかの宗教の修行みたいだ。カイは眉をひそめた。
「…そんなんで、本当に効果があんのかよ」
「さあね。やってみなければ分かるまい」
エルミナはあっさりと言った。
「だが、力の根源に意識を向けるというのは、どんな魔術体系においても制御の第一歩だ。君の場合は、その根源が『石竜』であるというだけのことだよ。まあ、焦らず、少しずつ試してみるんだね。変化があれば、詳細に報告するように。それも重要なデータだからね!」
(やっぱりデータかよ…)
カイは内心で悪態をついた。怪しすぎる方法だ。だが、他に手掛かりがないのも事実だった。
「さて、と」
エルミナは話を変えるように、研究室の隅にある、古めかしい通信装置のようなものに向かった。
「エネルギー源補給の件だが…ちょうど良い鉱石の心当たりがある。すぐに手配しよう」
彼女は装置に何かを打ち込み、特定の相手に繋いだらしい。
「ああ、私だ。至急で『アレ』を頼む。そう、いつものやつだ。今回は最高純度の特級品を頼むよ。…ああ、報酬は例の口座に。それと、サービスでメッコールも一本付けてくれたまえよ。彼の好物なのでね。…ああ、頼んだぞ」
通話を終えると、エルミナは満足げに頷いた。
「これで、すぐに必要な材料が届くだろう。まあ、摂取実験はもう少し君の体の状態を観察してからだがね。それまでは、さっき教えた精神統一法でも試しているといい」
彼女はそう言うと、再びカイのデータが映し出された画面に向き直り、ブツブツと独り言を呟き始めた。もうカイのことなど眼中にないかのようだ。
(精神統一に、石を食う実験…? これからどうなるんだ、俺は…)
カイは、重い疲労感と、わずかながらの情報、そして山積みの疑問と不安を抱えて、再びエルミナの狂気の研究室を後にするしかなかった。