石魔竜の成り上がり   作:唐揚げであー

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第9話

 自室に戻ったカイは、寮の硬いベッドの上に胡坐をかき、エルミナに教わったばかりの精神統一法を試していた。

 

 (呼吸を整えて…精神を集中…『石』の感覚…)

 

 言われた通りにやってみる。ゆっくりと息を吸い、吐き出す。意識を自分の内側へ、特に石の鱗に覆われた右腕や、時折ズキリと疼く背中の中心へと向ける。

 

 (石…不動…恒常…質量…)

 

 意味の分からない単語を頭の中で繰り返す。だが、雑念がすぐに邪魔をする。今日の訓練のこと、ゼノンのムカつく顔、リリアの心配そうな瞳、そしてエルミナの狂気じみた好奇心…。

 

 (クソッ、集中できねぇ…!)

 

 何度か試すうちに、ようやくほんの少しだけ、意識が深まったような気がした。

 その瞬間、奇妙な感覚がカイを襲った。

 自分の体が、まるで周囲の空気と隔絶されたかのように、重く、冷たくなっていくような感覚。皮膚が、特に鱗の部分が、さらに硬質化していくような…。

 

 (…なんだこれ…体が、重い…冷てぇ…)

 

 それは、決して心地よい感覚ではなかった。むしろ、自分が人間ではない何か、無機質な物体に近づいていくような、漠然とした恐怖を伴う。

 さらに意識を深く沈めようとした、その時だった。

 

 ズンッ!

 

 体の中で、何かが脈打ったような感覚。右腕の鱗が一瞬、鈍い灰色に明滅したかと思うと、制御不能な力の奔流が、ほんのわずかに外へ漏れ出した!

 机の上に置いてあった空のカップが、ガタガタと激しく揺れ、床に落ちて甲高い音を立てて割れた。

 

「うわっ!?」

 カイは慌てて意識を引き戻し、大きく息を吸い込んだ。心臓が早鐘のように鳴っている。額には冷や汗が滲んでいた。

「…危ねぇ…! ちょっと集中しただけで、これかよ…。やっぱ、この方法はヤバいんじゃねぇか…?」

 

 エルミナは『自己責任』と言っていた。下手をすれば暴走を誘発するとも。

 制御への道は、思った以上に険しく、危険らしい。カイは深いため息をついた。

 

 その時、寮の廊下から、やけに陽気で、少し調子の外れたような大声が聞こえてきた。

 

「配達であー! 特殊魔法生態研究室のエルミナ博士からのお届け物であー! えっへへ、ご指定のカイ様のお部屋はこちらであかー!?」

 

 (…んだ? 変な声…配達?)

 

 エルミナが言っていた、鉱石のことだろうか。それにしても、なんだその語尾は。

 カイは訝しみながら、しぶしぶドアを開けた。

 

 そこに立っていたのは、予想通りというか、なんというか…見るからに暑苦しい男だった。

 少しよれた運送会社の制服を着ているが、あちこちに油染みのようなものが付いている。体格はそこそこ良いが、無精ひげを生やし、髪もボサボサだ。そして何より、片手に大きな、厳重に封印された金属製の箱を抱えながら、もう片方の手には、紙袋に入った唐揚げを持ち、それを美味そうに頬張っている。油と香辛料の匂いがぷんぷん漂ってきた。

 

「おお、カイ様であね!」

 男は口の中の唐揚げを飲み込むと、ニカッと人懐こそうな(しかし、どこか胡散臭い)笑顔を向けた。

「これ、エルミナ博士からであ! 例の『石』、今日採れたての特級品であ! いやー、こいつがまた重いのなんのって! 腰に来るであー! はい、ここにサインお願いするであ!」

 

 男は差し出した電子パッドにサインを求めながら、まだ口の周りに唐揚げの衣をつけている。

 カイは、そのあまりのキャラクターの濃さに若干引きつつも、言われるがままに自分の名前をサインした。語尾も気になるが、それ以上に唐揚げの匂いが強烈だ。

 

「……ああ」

「毎度ありであー!」

 男はサインを確認すると、満足げに頷いた。

「あ、そうだ、博士から伝言であ! 『例のブツは無事届けた。手間賃に例のメッコールも忘れずにな!』って言付かってたであ! ささ、これも受け取って欲しいであ!」

 

 男は、背負っていた大きな配達用バッグをごそごそと漁ると、一本の奇妙なデザインの缶を取り出した。茶色い液体に、ハングルのような文字と、麦の穂のイラストが描かれている。

 

「…メッコール?」

 カイは眉を寄せた。なんだそれは。聞いたこともない。

「なんだこれ…」

 

「えええっ!?」

 男は、カイが強盗でもしたかのような、心底驚いた顔をした。

「カイ様、メッコールを知らないであか!? それは人生の半分以上を損してるであ! この、麦の香ばしさと炭酸の絶妙なハーモニー! 一度飲んだらやみつきになる、魂の飲み物であぞ!」

 男は熱弁を振るいながら、メッコールの缶をカイに押し付けた。

「まあ、今回は博士からのサービスってことだから、是非とも飲んでみるであ! 世界が変わるであ!」

 

 (こいつ、何なんだ一体…)

 カイは、その熱量に気圧され、反射的に缶を受け取ってしまった。

 

「じゃ、これで失礼するであー!」

 男は目的を果たしたとばかりに、にぱっと笑う。

「次の配達まで、しばしお待ちかねの唐揚げタイムであー!」

 そう言うと、彼は再び紙袋から唐揚げを取り出して口に放り込みながら、どこか陽気な鼻歌交じりに、廊下の角へと消えていった。後には、唐揚げの匂いと、「であー」という奇妙な余韻だけが残された。

 

 カイは、手に残された重い箱と、謎の飲料「メッコール」の缶を交互に見つめながら、静かに自室のドアを閉めた。

 

 箱は、見た目以上にずしりと重い。表面には『取扱注意』『高エネルギー反応物質』といった物騒なラベルが貼られている。

 カイは、恐る恐る箱の封印を解き、蓋を開けた。

 厳重な緩衝材に包まれていたのは、拳ほどの大きさの、黒曜石のように黒く、それでいて内部に鈍い光を宿したような結晶質の鉱石だった。それはただの石ではなく、明らかに異質な、濃密なエネルギーの塊であることを肌で感じさせた。

 

 (これを…食えってのか…?)

 

 エルミナの言葉が頭の中で反響する。

 目の前にあるのは、どう見ても食べ物ではない、危険なエネルギーを秘めた物体だ。

 

 制御の糸口は、まだ掴めない精神統一法。

 エネルギー源は、この怪しげな鉱石の摂取?

 そして、あの唐揚げ臭い配達員と謎の飲料メッコール…。

 

 (…俺の進む道は、どうなってんだ…)

 

 カイは、深く長いため息をつくと、とりあえずメッコールの缶は机の隅に置き、問題の鉱石が収められた箱に、そっと蓋を戻した。

 前途多難。その言葉が、やけに身に染みる夜だった。

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