『魔法少女リリカルなのは』 作者:『転生者』   作:am24

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 3話 『夜の一族』

「――そう、それじゃあ、私も一緒に行くわ」

 

 昼休み、月村忍は妹すずかからの電話を切り、斜め前の席に座る青年に想いを馳せるのだった。

 

 青年の名前は高町恭也。クラスメートではあるが、まだまともに話をした事は無い。しかし、忍は恭也と同じクラスになってからというもの、恭也の事を頻りに観察していた。と言っても、それは別に恋愛感情から来るものではなかったが、忍にとっては重要な事情(・・)が存在していた。

 忍にとって恭也は、今は(・・)妹の親友の兄というだけの存在であるが、一族の秘密(・・・・・)を共有できるかもしれない存在でもある。

 忍が恭也の事を知ったのは高校に入学した直後であった。それは彼女の叔母である綺堂さくらから聞かされたのである。

 

 ――『とらいあんぐるハート』

 

 それはただの恋愛小説と見る事が出来るが、忍達の一族(・・)にとってはとても看過出来ない代物であった。

 なぜなら、その小説には一族の秘密が事細かく描かれているからである。それは、

 

 ――『夜の一族』

 

 『夜の一族』とは、欧州での怪異、吸血鬼や狼男などの伝承に由来する人外の種族なのである。それらが迫害から逃れて日本に定着したのが、今に残る『夜の一族』の祖である。

 人外と言っても、本当に伝承のような化け物というわけではない。身体能力は普通の人より高く、特殊な能力も有しているが、極めて理性的な存在である。種としても人間との交配によって数を増やす事から、生物学的には普通のヒューマンと呼んでも遜色は無い。

 しかし、そんな事が分かったからと言って、普通に生活をする事など出来ない。人間とは得てして自分達とは違う存在を恐れる生き物なのである。それがましてや、血を飲んだり、獣の耳が生えてたりすると尚更である。

 そのため、『夜の一族』は人知れず“闇”に生きる一族へとなったのである。

 『夜の一族』は生き残るために自分達の情報を隠蔽しようと錯綜した。確かに存在している以上、その存在を無かった事にする事は出来なかったが、情報を湾曲させる事によって、人外の存在と自分達とを結び付け難くする事に成功した。

 

 そんな一族であるからして、近年の情報化社会の波にも上手く溶け込み、かつ利用して見せている。

 そんな中、ネット上に開設された『原作改変』の存在もすぐに知る所となった。

 当然、そんなものは排除してしまおうと働きかけたが、一向に成功する兆しは見られなかったのである。

 ハッカーを使ってサイトへの侵入を試みても返り討ちに合い、公的権力を駆使してプロバイダに直接問い合わせても『転生者』の影は一向に掴めなかった。では、プロバイダを管理している会社を丸ごと買収してしまおうと動いたが、その悉くを別の会社に邪魔されて失敗に終わってしまった。その競争相手として上がった名前もまた、彼の物語と馴染み深い人物であったという事は些か皮肉が効いていた。それはまるで、神の見えざる手に踊らされているかのようであった。

 

 直接的な対処の手段が無くなった『夜の一族』も、ただ指を銜えて見守っているだけでは無かった。

『原作改変』をネット上から排除出来ない事が分かると、別の手段でそれを隠蔽しようと試みた。

 数々の掲示板で類似する単語をそれとなく書き込み、『原作改変』を発見し辛くさせた。所謂、検索妨害である。

 しかしながら、『夜の一族』が対応をし出した時期が遅く、すでに一部のコアなファンにとっては『原作改変』は有名なブログと成り果てていた。

 

 今でこそ、『厨二病』と言う単語は一般化しだしたが、当時にはまだそんな言葉も概念も存在していなかった。そんな中、『転生者』のプロフィールは正に『厨二病』と呼ぶに相応しい代物であった。

 若者の潜在化した妄想というのはどんなに聖人君子な人物であっても必ず存在するものであった。しかしながら、それを表に出す事は社会的背景が許さなかったのである。

 そこに来て、『転生者』は綺羅星の如く現れた若者にとっての救世主であった。その先進性はそれだけには収まらず、掲載されていた小説にも言えたのであった。

 

 ――“人外、異能力者との恋愛模様”、“戦う魔法少女”、“科学で説明された魔法”、“獣の擬人化”、“次元世界という壮大な世界観”、“明らかな打撃攻撃を魔法と称する根性”、“19歳なのに魔法少女”

 

 これらの先進性はすぐに受け入れられる事は無かったが、それでも多くの作家志望の人々に感銘を与えたのであった。

 この事態にやはり焦ったのは『夜の一族』であった。隠蔽作業は続けていたが、焼け石に水状態になりつつあった。そしてさらに悪い事が重なった。

 

 『とらいあんぐるハート1』が現実の出来事と似通っているという事が証明されてしまったのである。

 流石にこの事態は『夜の一族』にとって予想外の結果であった。一族の秘密が正確に描かれている事を含め、実在する場所を背景に実在する登場人物ばかりであった事から、『転生者』は『夜の一族』の実情を知る愉快犯であると断定していた。

 しかし、小説の出来事が現実に起こってしまったのである。その真実を知る者は未だ少数であるが、それが不特定の人物である事は覆せない事実なのである。証拠を隠滅するにも、その対象は膨大な人数となり、もはや手の付けようが無い。

 

 ここに来て『夜の一族』はその物語の内容に関しても対処せざる得なくなった。今までだとまだ、フィクションであると断じる事が出来たが、その根底が覆された事によって窮地に立たされた現状となってしまったのである。

 そうして、困りに困った『夜の一族』が内容の隠蔽のために目を付けたのは『二次創作』であった。しかしこの隠蔽工作は諸刃の剣となる可能性も秘めていた。

 なぜなら、『二次創作』とは著作権を侵害した行為だからなのであった。それが普通の相手であれば、一族の権力を利用してもみ消す事も可能であったが、今回は相手が彼の『転生者』なのである。一族の情報網からその存在を隠し通して見せたその技術力を持って逆に返り討ちに合う危険性も孕んでいたからであった。確かに、『二次創作』自体を一族の者が直接行うわけではないが、その行いが『転生者』の逆鱗に触れてしまえば、トカゲの尻尾切りにどれほどの効果が見込めるか定かではない。

 しかしこのままだと、何れ『夜の一族』の存在が公のものとなってしまう。そこで一族は賭けに出たのである。ベットは一族の運命。しかし見返りは一族の存続である。

 

 そして結果は――、

 

 ――成功であった。

 

 『二次創作』を開始した日から、掲示板でもその話題で持ちきりとなった。そんなある日、掲示板に()が現れたのである。

 それは件の『転生者』である。今までも『転生者』を語る人物は度々出現していたが、その悉くが一族の情報網からも個人が特定できた偽物であると判明している。しかし、今回の『転生者』は違った。どんなに情報網を広げようと、正体を掴む事が出来なかったのである。

 そしてそのコメント内容は『二次創作』に対して肯定的であった。そしてその初めて目撃された内容というのが、

 

 ――『とらハ虹乙。リリなの虹もキボンヌ。』

 

 文章自体は意味不明であったが、その読みやニュアンスから推察するに、『二次創作』を肯定している意見と捉える事が出来る。

 そして『転生者』は度々掲示板に現れては、このような難解な文章を用いて『二次創作』についてのコメントを書き残すのであった。

 これが所謂『ネット用語』の始まりとなった。

 今まで掲示板を盛り上げていた人物の大半は、『夜の一族』の隠蔽のための一族の息の掛かった人材であった。そのため、極力、誤字脱字誤用を抑えた書き込みとなっていた。必然、『ネット用語』が生まれる余地は無くなっていったのである。

 『夜の一族』が盛り上げた『二次創作』に相次いで、『転生者』が生み出した『ネット用語』の存在に当時のネットの住人は沸いたのである。

 『転生者』の手によって引き起こされたこの事態に、『夜の一族』は一時警戒をしたが、幸いにも一族が危惧する結果とはならなかった。

 

 こうして、『夜の一族』と『転生者』とのネット上での攻防は一旦の終息が見られた。そして『夜の一族』の『原作改変』に関する対応は現状維持、或いは不干渉と決まったのであった。

 しかし『とらいあんぐるハート3』や『魔法少女リリカルなのは』に深く関わりを持つ『月村忍』と『月村すずか』、及びメイドの『ノエル』と『ファリン』は海鳴市でその時を待つ事が、本人の知らぬ所で決定されていたのである。

 

 

 

 閑話休題

 

 忍はすずかからの電話の内容を改めて吟味する。内容はこうである。親友のアリサ、なのはと共に八束神社の狐に会いに行くと言うのである。しかも同伴者として、なのはの兄恭也も付いて行くと言うのである。

 狐に関して、『原作改変』の存在を知った忍には心当たりがあった。しかし、その狐と邂逅するのはもっと先の出来事であるはずと記憶している。ここに来た原作とのずれに不安を感じたが、筋書という意味では些細な違いにも感じる事が出来る。そもそも『すずか』や、なのはの父『士郎』が存在している以上、この世界は『とらいあんぐるハート』ではなく、『魔法少女リリカルなのは』に準拠した世界であると考察できる。

 そのため、このような些細な違いさえも歴史の必然であると感じてしまう。

 

 そして今までの調べで、高町恭也はネットとは無縁の人物である事が判明している。その交友関係内においても、ネットに強い人物は報告されていない。

 忍も、自身の恋人になるかもしれない恭也に並々ならぬ関心を持っている。そのため、恭也には打算の無い状態で自身と向き合って欲しく、『原作改変』の存在、延いては『夜の一族』の秘密を知らないであろう現状に安堵した。

 そして今回のイベントを、恭也と近づくための切っ掛けにしようと参戦したのであった。

 

 そんな彼女は、ある重大な事柄(・・・・・)を忘れている事に気付かないでいた。神社に行くという事は、とある人物にも会う事になるという点である。その人物が『とらいあんぐるハート2』の関係者であったという事を失念していたのである。

 その事実に気付いていたならば、このイベントもまた、作為的な出来事であったと気付く事ができただろう。

 『とらいあんぐるハート2』は『夜の一族』に唯一関わりの無い物語であったため、忍にとってそれは盲点ともなったのである。

 

 その伏兵の如く登場するその人物と恭也を賭けて争うライバルとなるのは、もう少し先の話である。

 

 

 

 




今回、かなりの説明回でした。
『夜の一族』の天敵が登場のなかった『とらハ2』の『さざなみ寮』の住人であるという皮肉。
ですか、先にも述べたように、『とらハ』にはそんなに触れません。

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