ぬるぽ。 作:ぬるぽの気合釣り
と、いうわけで。
僕と
ざわざわと、人混み特有の詳細をまるで聞き取れない喧騒が耳朶を叩く。
「まぁ、木を隠すなら森の中だよね」
明陽の服装はこの世界で一般的になってるものと違っているし、結局目立ちはするかもしれないけど。しかしまあ、戦闘服とか作業服にも似てるけど……なんだろうね、コレ。
旅装? 防具?
「ん? 何か言った?」
「いや、なんでも」
適当な店で買った中華っぽいパッケージの瓶ジュースと、これまた適当な売店で買った肉まん。
二人してそれを両手に、改めて話をする。両手に花だね。中華の華。
「さて、明陽。それじゃあ君が一番気になっているだろうこと──つまりは、ここはどこで、どういった世界なのかについて話そうと思うんだけどさ。その前にまず、何か気になる事あったりしなかった?」
「気になる事……? んー、そういえば、どうにもあっさりしてるって言うか」
手に持ったドリンクと肉まんを見て、明陽はムムンと考えて、一言。
「薄っぺら……? そう、厚みが足りないんだ」
「おお、お見事」
やっぱり鋭いね、この子。
まあ、お見事なんて言ってるけど僕も『この子ならそう感じるんじゃないか』って予想してただけなんだけどさ。ま、もし本当に明陽が身体を持ったままこの世界に入ってきたなら──確実に外との情報量の差を感じるだろうとは思ってたから。
とはいえ、うん。この直感は凄いね。
「移動中にちょっとだけ言ったけど、この世界はいわゆる“電脳世界”ってやつなんだ」
「あー、だから何か違和感があったってこと?」
「そそ」
もちろん、この世界のクオリティは非常に高い。外に見劣りしないぐらいにまでは仕上げられている。
……と言っても、僕も外を実際に体感したわけじゃないからね。あくまでも“らしい”っていう伝聞なんだけど。
ともかく、それでも外から入ってきたなら違和を感じるだろうとは予想していた。
電脳世界である以上、リソースは有限だ。
演算リソースは当然として、記憶リソースだってそうだし……それ以外にも色々ある。何が言いたいのかって言うと、単純な話としてこの世界には薄くなる領域っていうのが存在しているってコト。
演算量を減らすことで描画が甘くなる場所、ただのテクスチャだけが貼り付けられる場所、それにエトセトラ。ま、前者でさえ珍しいレベルだから、後者なんて滅多に見ないんだけどね。
あとはまあ、記憶領域の圧迫を防ぐために、過去のデータが消された建物とか、組織とか。こっちもこっちで稀ではあるけど。
とにかく、そんなわけで。
「この世界は、“外”と比べて大半の領域・分野で情報量が薄くなっている。そうしないとこれだけ広大な世界と……それに、1,500万以上にもなる意思を持つ人間を維持できないんだ」
「へー……って1,500万!? そんなに人いるの!?」
「いるよ。まあ、この
「きゅう、かい?」
「旧懐、ね。旧きを懐かしむエリア。それがここなんだ」
うん、さすがに色々一気に伝えすぎたかな。疑問符が踊ってるのが目に見えてくる。
お、飛び跳ねた。カンガルーかな?
「よし。じゃ、初めから一つずつ整理して行こうか」
「うん……そっちの方がいいかな。お願い、ENP君」
物知りおじさんの出番だ。ガワは少年だけどね。
「さてさて、と。これは何回目だ、って感じだけど──前提として、この世界は“電脳世界”だ。哲学的な問答でも、あるいは空想の話でもなくてね。紛れもない事実だ」
「つまり、めちゃくちゃハイクオリティなフルダイブVRって事だよね?」
「おお、いい理解」
ついでに言えば、僕と随分と近い感覚をしてるみたいだね。
僕からすれば、この世界はまさしく“ゲームの世界”って感じだから。
「にしても、すぐにそのワードが出てくるって事は……ね、明陽。君の知ってる中で最も高性能な機械ってどんなの?」
「え? 高性能な機械? ……うーん、なんだろ。異世界とを繋げる門、タイムマシン……でもまあ、やっぱり《音を鳴らすモノ》かな」
「あはは、やっぱりか」
二重の意味で、やっぱりか。
予想通り、明陽は世界が滅んだ後にどうにか生き永らえていた人間だったらしい。だから異様に勘が鋭いんだろうね。そうでもないと生きられないから。
……そう。僕の知っている歴史の時点で、“外”の世界は滅びている。まだ完全にではないけど、九分九厘が終わっている。
あ、この九分九厘はほとんど全て、って意味ね? たまに伝わらないことあるけど、九割九分と意味的には一緒だから。
ともかく、話を戻そう。
“外”の世界は既に滅びている。理由自体はいくつかあって──まあ、さっき明陽が粗方言い尽くしたんだけど。
異なる世界と繋げてしまった結果、人ならざる異種族に侵略を受けた。
タイムマシンを発明した結果、予期せぬタイムパラドックスを引き起こして時空を歪めてしまった。
後は
そして、文明の基盤にまでなっていた機械類──つまりはAIが反乱を起こしたりだとか。明陽が最後に挙げた《音を鳴らすモノ》っていうのは、一番最初に反旗を翻して首魁になったAIの通称。
ちなみに自称でもあったりする。
まあ……踏んだり蹴ったりだね。人類の視点からすれば。
軒並み全部、発展させ過ぎた科学による副作用みたいなものなんだけど。さすがに自業自得だの悪因悪果だのって言えるほどでもないけど。
あれだね。“……嫌な事件だったね”ってやつ。正確には事故かもだけど。
腕が一本というか、肉片さえ見つかってない人間が大量にいるのはご愛嬌という事で。
「うん。話の腰を折っちゃってごめんね。それじゃ、話を戻そう」
「……やっぱり今の、特に本筋には関係なかったんだ」
じとっと。
半眼になって、翠玉の瞳を僅かに濁らせて。どこか湿度の籠った視線を向けられる。
ただ、まあ。それで僕が謝るかっていうと、ね。
「そうだね~。100パーセント、ってまでじゃないけど。ほとんど僕の興味だね」
「…………」
じとじと。
悪びれもせず、むしろニコニコと返せば、明陽はより湿度を高めて僕を見つめる。どうでもいいかもだけど、明陽って結構いい反応するよね。
だけど残念賞。
僕は謝らないし、悪びれもしない! まあだって欠片もそんなこと感じてないからね。むしろこれで謝罪なんかしたら、逆に煽りになっちゃうし。
「で、まあ、この世界には1,500万以上の人間がいてね。それらを不備なく動かすにはどこかしらを削ってリソースを捻出するしかないんだ」
「……そこも気になってたんだけど。それってどういうことなの? いわゆるNPCってワケじゃないんでしょ?」
よしよし。明陽も乗ってくれたね。
「そうだね……NPCを思考から言動まで全てを機械に制御・形成された存在、って定義するなら、答えはNoになるね」
「……? それ以外にあるの?」
「ほら、自分以外の他人は他人である時点で全員NPCだ、みたいな思考実験もあるじゃん」
「……水槽の中の脳?」
「とはちょっと違うけどね。正確には独我論の方かな」
ある意味、間違ってはないかもだけど。
水槽の中の脳だって、本質は『世界とは自分が想像して自分に見せているだけの幻影かもしれない』ってとこだろうし。それを証明するのも否定するのも、まあ。
不可能だよねぇ。
ある意味、僕になら可能なのかもだけどさ。“cogito ergo sum”、我思う故に我ありの世界だよね。結局は自分が“そう”だと思えばそれが真実になるんだし。
「ちょうどいいから言っておくと、僕が言ってる事って全部『僕が真実だと思ってる事』だからさ。信じるも疑うも、受け入れるも否定するも、全部君の手でやってね」
「これが私の妄想であるかどうかも、ってこと?」
「理解が早くて助かるね。それじゃあ、今度こそ話を戻そう」
歳を取ると話がとっ散らかったり長くなったり……良くないよねぇ。気を付けたいところ。
「この世界に生きている──存在している16,777,214人の人間は、この世界を運行させている機械によって演算はされている。電脳世界だからね。ただ、一応彼ら彼女らの自意識というのも存在している」
「えっと……やっぱり、矛盾してる気がするんだけど」
「それがそうでもない。言ってしまえば、彼ら彼女らには計算領域が貸し出されてるって感じなんだ。演算能力だけは与えているけど、実際に個々人が何をするかについてはノータッチ。それがこの世界の基本スタンス」
あるいは、この世界は一個の大きな国である、みたいに言ってもいいかもね。
生きるために必要な
「つまり、仮想マシンってこと?」
「ああ、うん。それも悪くないかもね。厳密に言えば多少は違うかもだけど、大枠を理解する分には問題ない」
「なるほどぉ……」
うーん、難しそうな顔。鉛筆があったら鼻の下に挟んでいそうだ。鉛筆が“外”にまだ残っているのかは知らないけど。
……それで言ったら、仮想マシンなんて例えが出てきた時点で意外ではあるけどね。
ちょっとだけ、興味。
この子、この世界に来る前はどんな生活してたんだろ。
「で、そんな人間達は思い思いに過ごしているし、過ごさせられるようにこの世界は演算されている」
「この、旧懐? エリアも、そういう……?」
「そそ。“外”で生きていた君にとっては一世代……どころじゃないか。一時代ほど前になるんじゃないかな、ここの景色は」
まあ、明陽がどんな場所に生きてたのかは知らないんだけど。この世界と“外”とが同じ時間間隔を持ってるかも怪しいからね。
ポストアポカリプスも真っ青な荒廃世界か、あるいは異世界に侵食されたフィクションも真っ青なファンタジー世界か……案外、滅びの波がまだ弱かった時代の子っていう線もあるのか。
ただまあ、異界の門だったりタイムマシンだったり、それに《音を鳴らすモノ》だったり。この辺りを知ってるってことは、そう古い時代でもないんだろうけどね。
なんて僕の思考は分からないだろうけど、明陽はしげしげと周囲の景色を眺めて。
「たしかに。言われてみれば電子広告も浮かんでないし、色々古い感じだ」
「そういう頃の生活を案外みんな求めてたみたいだね。一応、他にも君の慣れてるであろう時代のエリアだったり、ファンタジー的なエリアだったり……っていくつか種類があるんだけどね。大半の人間は、ここを生活地にしてる」
「……ねえ。そういう話って、たぶん裏話だよね。他の人たちは」
「もちろん知らないよ。彼ら彼女らは
「そっか」
はたして、その静かな表情は何を思ってのものなんだろうね。
この世界の人間の感情でさえ、僕には想像するだけでも一苦労なんだから……“外”から来た人間が何を思うのか、なんてのは分かるわけもないんだけど。
そんなに憐れんだりするものでもないと思うけどね。水槽の中を水槽の中だと知らなければ、それは自由で幸せな生活なんだから。
無知は罪である、なんて言論もあるけれど──罪と不幸は、決して等価にはならないからさ。ある意味、“詰み”にはなるのかもしれないけど。
「……じゃあ、さ。ENP君は、なんでそんな事を知ってるの? というか、さっきからずっと思ってたんだけど」
少し、言葉に迷う素振り。
文脈からしても、言いたい事は簡単に推測できるけどね。
「この世界の住民を指す時に『僕ら』じゃなくて『彼ら彼女ら』だったり『人間達』って呼んでいる事?」
話の腰を折るのは得意なんだよね。
今回は話を端折ってるだけかもしれないけど。
「そう。なんというか、ずっと『自分と他の全ては違う』って言っているように、その口ぶりは聞こえてくる」
「それはそう思ってるからだけど。でも、それって当然のことじゃない? “みんな違ってみんないい”なんでしょ、人間って。それに、子どもは自分は周りとは違うんだって自惚れたがるものじゃん」
既にその言葉が子どもの範疇を超えているだろうし、そもそも僕は見た目通りの年齢ですらないけども。そこはご愛嬌というか、核心には関わらないというか。
少しだけ、見定めたいというか。
「そうじゃない。うん、きっとそうじゃない。ENP君は、心の底から……ううん、違う。根本的な部分から、自分と他の全てを区別している」
「…………」
「ENP君って──本当に、人間?」
ああ、うん。
やっぱり、直感が鋭い。鋭すぎる。理論も何もなく、一足飛びで真実にまで指をかけられるほどに。
突然この世界に入ってきたことであったりと、色々。
気になるかも。
「さて、それはどうだろうね? 面白い推測ではあるけれど、それだけだと小説家にでもなった方がよさそうなレベルだ。探偵の称号は獲得できないかな」
「……犯人役のセリフに慣れ過ぎてない? えっ、てことはそういう事なの!?」
「へぇ! 伝わるんだね、このネタ」
うーん、分からない。
異様なまでに研ぎ澄まされた直感であったり思い切りの良さであったり、滅びた後の“外”を生きてきたんだと推測できる部分は多い。
だというのに感性が昔に寄ってるというか、僕の知っている時代の──つまりはこの旧懐エリアの頃の──ネタが通じたり、知識を持っていたり。
どっちなんだろうね。
まあ、僕が曖昧にはぐらかしてる以上は踏み込んで聞いたりはしないけど。気になりはするけど、それに思索を巡らせるのも一興だ。知らんけど。
え? 実際のところ僕は人間なのかって? “外”だとインプラントの機械で人間離れした動きをする人もいたみたいだし、それなら僕も人間でいいんじゃない? 知らんけど。
信じるか信じないかはあなた次第です、なんちゃって。
知らんけど(天下無双)。
「ねね、そういやさ。答えなくてもいいけど、僕からも一つ聞いてみたいんだけどさ。明陽って何かサイキック持ってたりしない? 特に真実を見通すような感じの」
「いや、別に持ってないけど。というか、私からしたらあの空中に立つやつとか空を飛ぶやつとか、よっぽどENP君の方がサイキック持ちっぽいんだけど」
「僕のはどっちかっていうとチートだからそういうのじゃないかな」
サイキック、あるいはもっと分かりやすく超能力。
詳しい原理は知らないけど、ある時から“外”において発現させる人間が出てきたらしい異能。一説には《門》による異世界との混線が原因なのでは、とか言われてるらしいけど、詳しい事は本当に僕も知らない。
この世界のデータにほとんど記述が無いからね。知りようがないとも言う。
ま、明陽が持ってないなら関わることも無いだろうし。いいでしょ。
知らぬが仏、なんて言葉もあるんだしね。え? 無知は罪? 知らない言葉ですね……。
「あと、もう一個。明陽って情報量が普通の人の百倍近い規模になってるんだよね。で、それは肉体を持ったままこの世界に入ってきてるって事なんじゃないかと思ってるんだけど──」
「ちょ、ちょっと待って!? 色々気になる情報があったんだけど!? 流しそうになるからさらっとそういう事言わないで!?」
うん、いい反応。
でもあんまり騒ぎ過ぎないようにね。ある程度漏れる音は減衰させてるけど、あんまり騒ぐと聞えちゃうからね。
「えっと? 私はまず、どうしてかデータ量が普通の人より多くて? で、それは肉体を持って入ってきた……?」
「後の方は僕の予想だけどねー」
「いや、待って……そういえば、ここの人たちってどうやってこの世界に来たの?」
にやりと、口角を上げる。
まさか、こんなすぐに疑問に思われるとは考えていなかったから。それも混乱してた状態で。
ただまあ、悪いけど。
「それについては僕も知らないかな。仮説自体はあるけど……はっきりしてる事実としては、この世界に生きてる人間達は元は“外”で生きていた人間だっていうのと、もう128年は新しい人間は入って来てないって事かな」
「……ちなみに、私の入り方は?」
「異常事態だね。大抵、この世界に入ってくる人間は赤子として初期化されてるからさ」
個人的には……なんかの実験場とか、そんな感じなんじゃないかって思ってたりするけど。
それはそれで、僕がずっと放置されてるのが疑問なんだよね。僕ってこの世界からしたら『百害あって一利なし』の用例みたいな存在だし。
「ってまたさらっと流しそうになったけど! ENP君って、何歳なの?」
「何歳に見える?」
「うわめんどくさ──いや、そっか。電脳世界ってことは見た目も変えられるのか」
「そうじゃないと死んだ人間がそのままの姿で現れる、みたいな事になっちゃうからね。この世界だと」
犯罪自体はほとんど起きずとも、事故は起こり得る。こっちも珍しくはあるけどね。
それに、寿命って概念もちゃんとある。じゃないと違和感を覚える人間が出てきちゃうだろうしね。
だから、ちゃんと“転生”って概念もこの世界にはある。
新しい生命が生まれることって有り得ないからね、電脳世界じゃ。同じ人間を記憶を消して巡らせるしかない。それもそれで、無理はあるっぽいけどね。
「で、だから気になってるんだけどさ。明陽、その肉まんとか食べて空腹感ってどうなった?」
「あ……そういえば、ちゃんとお腹に溜まってるかも。なんで?」
「なんでだろね? 僕としてはそれは有り得ないと思ってるんだけど」
肉まんの包みをぐしゃっと丸めて、二人してゴミ箱に捨てながら頭を悩ませる。
一番短絡的な解答としては、僕の仮説が間違ってるって考えることだけど……それだと明陽の情報量の多さに説明がつかない。
でも0と1だけのデータで腹が満たされるっていう事は、肉体があるワケでもなさそうだし。
……もしかしてご都合主義とかいうやつが働いてたりする? あはは、それこそ『小説家にでもなったほうがいい』かな。特にここは、理論や原理みたいないわゆる“理由”が絶対的な世界だからさ。
しっかしまあ、なんだろうね。
分かんないや。宿題送りかな?
「ねえ、ENP君。たった今聞きたいことがもう一つできたんだけどさ。いい?」
「どうしたの?」
どうやら、明陽は僕よりも一足先に先送りを選択したらしい。
白くたおやかな指先で、ピンとどこかを彼女は指し示す。
その先、三階建てのビルの屋上には──
「アレ、何?」
テクスチャが剥がれて右半身にノイズを走らせた、真っ白で背中に翼を生やした赤子のようなナニカが浮かんでいた。
ああ、うん。
蟲の鰓、だね。