ぬるぽ。   作:ぬるぽの気合釣り

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生きる事と『我を通す』事は同義でしかないよね

「でも、なら。もし、あの子を元に戻せるかもって言ったら……どうする?」

 

 明陽の口にした内容を、考えてみる。

 素直に考えるのなら、まあ無理だ。蟲の鰓っていうのは結局は変異しきった成れ果てだから。彼女の出した“癌”って例えをそのまま借りれば、蟲の鰓にまでなっているのはステージⅣ……末期患者もいいところ。

 

 手の打ちようなんてないし、あるようなら世界の方がやってるだろう。あるいは、僕も。

 それが今の今まで、僕が生まれてから遂には512年が経とうとしてる頃まで続いているってことは、まあ。つまりはそういう事だ。

 

 ただ、明陽には少しだけ違う部分がある。

 “外”からやって来た──それも明らかにイレギュラーな形で入って来たっていう部分が。あるいは、そんな彼女だから知っている何かや行える何かがある可能性も……無くはない、のかなぁ?

 

「うーん。正直、信じられないかな。悪いけど。そもそもどうやってやるの?」

「……分かんない」

「……なるほど、分かんない」

「…………」

 

 いや、あのさ。そんなバツの悪そうに目を逸らされてもさ。

 

「私だって普段はこんなこと言わない。どうしたって犠牲は生まれるものだって理解してる。でも……」

「でも?」

「できる気がしたから」

 

 いやいや、あの。あのさ。

 一応ここ、戦場だからさ。あんまりこんなやり取り続けたくないんだけど。

 

「それってつまり、直感だよね?」

「……うん」

 

 明陽の直感の鋭さについては、数時間程度の付き合いだけど理解している。きっとこれまでも彼女を助けてきたんだろう。

 あるいは、第六感と呼んで昇華するべきモノなのかもしれない。あくまでも直感だから強く主張はできないようだけど、この様子だと相当な精度をしてるんだろうとも予想できる。

 

 でも、うん。直感。直感かぁ……。

 

「……はあ。まあ、いいよ」

「──え?」

 

 なんでそっちが意外そうにしてんのさ。

 

「理由はいくつかあるよ? アレをそのまま生かすのはできないけど、現状がそこまで切羽詰まってるわけでもないってのが一つ。もし蟲の鰓から人に戻せる術があるのなら、それは僕にとっても無視できないメリットになるってのが一つ」

 

 それに、君の信頼を得ておきたいっていう打算も一つ。これは言わないけどね。

 言うまでもなく伝わってるだろうし。

 

「ただし、無理だと判断したらすぐに僕は動く。さっきの足払いの速さなら、次は対応できるからね」

「うん。ありがとう」

 

 あの蟲の鰓も相当に異質な存在だし、何かしらの手は打たないとだけど。あくまでも、まだその程度の存在だ。危険だし前例も無いけど、余裕はある。

 

 その程度の存在と明陽とを天秤に乗せたなら……皿は分かりやすく傾くよね。

 それこそ、色々な意味で。

 

 だからまあ、彼女が怪我をするようならすぐに止めに行くつもりでもある。明陽の方が優先度は高いから。

 

「精々頑張ってみせてよ、明陽」

 

 勝利条件は単純だ。何をするつもりなのかは知らないけど……何はともあれ、明陽はまずあの蟲の鰓にまで接近しなくちゃならない。それも、『僕が無理だと判断するよりも早く』という条件付きでね。

 まさか遠距離攻撃の手段を持ってるわけじゃだろうし。

 

 対する蟲の鰓の方は……うん。そうだね。負けイベントに勝つことってロマンだよね!

 

 まあ、とにかく。

 お手並み拝見、ってね。

 

 

──*──

 

 

 手出し無用とは言われたわけでもないし、一応のサービスとしてあの赤子……というか今はてるてる坊主状態になった蟲の鰓が生み出した数字のヒトガタを軽く処理して、ついでにこの広場を隔離して。

 壁にもたれかかるようにして、観察する。

 

「いやあ、凄いよね」

 

 さすがは終末世界の“外”出身、って評価はもうくどいかな。

 まあ、それでもその評が一番正確に表せるんだから仕方ない。

 

「ただ……どういう原理なんだろうね」

 

 目の前で繰り広げられている明陽の動きは、とにかく“迅い”の一言に尽きる。

 ただひたすらに速くて、疾くて、迅い。

 

 僕本来の動体視力じゃもう捉えられないほどの速度。数値にすれば……秒速150メートルぐらいはありそうかな?

 間違いなく人体の限界を超えた速度だ。

 

 ただまあ、ここで問題なのは。

 見たところ、明陽にパーケィジウェアを使ってる様子が無いって事だろうね。

 

 パーケィジウェア、つまりはインプラントの機械。身体の中に入れるタイプもあれば外部に纏うようにするタイプもあるし、知覚を広げるものとか身体能力を上げるものとか種類も色々ある。

 共通してるのは、人間の身ではできないことを機械の力を借りてできるようにする、っていう思想だね。

 

 とはいえ身体の機械化と人間性の喪失は比例関係にあるし、行き過ぎればサイバーフォリーに成り果てたりって問題もあったようだけど……その辺りは今はいい。

 

 重要なのは、やっぱり明陽が一切のパーケィジを使ってないって点だから。

 端的に言えば、彼女は自前の身体能力だけで動いているわけだ。秒速150メートルの速度で。

 

 

 ……いや。

 流石におかしいでしょ。

 

 時間置いたら流せないかなって思ったけど流石に秒速150メートルは化け物すぎるでしょ。むしろ僕、その猛攻をどうにか凌いでる蟲の鰓の方に感心するよ?

 えぇ……いつから“外”の世界ってそんな魔境になったの? 秒速150メートルって、旧懐の頃のリニアモーターカーよりも早いよ? 本当に人間?

 

「可能性としては……サイキック、になるか」

 

 身体強化とか、その辺りのサイキックなら可能性はある……と、思う。

 サイキックに関しては僕も完全に専門外だからなぁ。電脳世界にいる時点で異世界の話なんて関わって来ないと思ってたし、そもそもこの世界自体にも記録が残されてないし。どうしようもない。

 

 異世界由来の力でも、この世界──ここ(電脳世界)じゃなくて“外”も含めた包括的な意味での『この世界』──にある以上はエネルギー保存則とかに従うんじゃないかと思いはするけど。その辺り全部ガン無視しますって言われても納得できちゃうし……。

 一応、明陽もサイキックは持ってないって言ってたし。

 

 うにゅあーーー!

 

「分からん!」

 

 無理してる様子もないって事は、“外”に居た頃からこの身体能力だったって事だろうし。となるとこの世界に入って来る時に何かあったってわけでもないし。

 知らん! そんなのは僕の管轄外だ! “外”の話は途中から全く知らないんだからな! 胸を張って言う事でもないけど!

 

 ……割と真面目に、人類ってまだ生き残ってるのかな。しぶとさに関しては某黒光りするGと同格レベルだと思ってるんだけど。流石に無理があるか?

 

「しっかしまあ、あの蟲の鰓もしぶといね」

 

 光輪をねじってねじって蛹みたいにして身に纏う蟲の鰓を見て、一言。

 僕は世界そのもののログを読み取れるから明陽の動きも理解できるけど、アレにそこまでの芸当はできないだろうし。よく耐えるよ。

 

 僕が砕いた光輪は戻ったみたいだけど、結局防御用に一つ回してる以上は使える手数は二つ分しかない。

 それで見えてもいないだろう明陽を相手取るって何その無理ゲー。

 

「これは、うん。あと5分も保てばいい方か」

 

 元からそこまで心配してなかったとはいえ、これはひどい。

 てるてる坊主もどきの方も重力攻撃と数字のヒトガタだけじゃなくて、衝撃波だったり炎だったり水だったり風だったりと手を変え品を変え頑張ってるけど……まるで足りてない。

 

 攻撃はもはや誘導されてるんじゃないかって速度感で回避されてるし、数字のヒトガタに至っては出現から一秒も経たないうちに胸部に風穴を開けられてるし。

 ……ちょっと、僕も見誤ってたかな。17、8歳ぐらいの普通の少女に見えるけど、この子、とんでもなく強い。戦士って言い方は正確じゃなくとも、間違いなく戦場に出ていたタイプの人間だ。それも、主力級として。

 

 くわばらくわばら、未知ってのは怖いねえ。

 

「っと、へえ。……へえ! 物質生成、なるほど。考えたね」

 

 思わず、といった形で口角を上げておく。

 実際、予想外ではあったから。

 

 そんな僕の視線の先では、一辺が2メートルほどで構成された立方体状の鉄の塊が降り注いでいる。1つや2つ程度じゃなく、10を超えようという個数でだ。

 想像の具現化とかいう無法にも過ぎる力だからこその策だね。これなら落とした後にも障害物として邪魔になる。

 

 5分どころか数秒後にでも決着が付くかと思ってたけど、こうなると多少は分からなくなるか。

 明陽の動きの速さには目を見張るものはあるけど、障害物が増えれば増えるだけ動けるスペースは減っていく。つまりは進路が狭まっていく。

 アレの生成した物質である以上、簡単に消せる可能性もある。ブロックの上に上って動くかも悩むところだろうね。

 

 対して、向こうは進路を狭めれば狭めるほど迎撃の手間が省ける。一石二鳥の良い策だ。

 

 ただ、まあ……一つ言う事があるとすれば。

 

「それだけで上手く行くって思うのは、楽観的に過ぎるよね」

 

 踏み込みの音は、計5回。

 一秒もないその間に、生成された(障害物)を蹴って明陽は高速立体機動を行う。風のように、というよりも──雷のように、と表現するべき動き。

 ブロックの上を長時間陣取るのはリスクになるのなら、短時間だけ足場にすればいい。そんな感じかな?

 

 言うは易く行うは難しの典型例みたいだけど、まあ。あれだけの速さを出せるのなら、壁を足場にできるのも然もありなんって感想しか出ないよね。

 たしかにx軸、y軸的に見れば動きの幅は狭まったかもだけど、今度はz軸で幅を作り上げられるんだ。ある意味さらに厄介になったかも。

 

「さあ、どうする?」

 

 小さく、呟いてみる。提起してみる。

 僕はどちらかと言えば明陽の味方なんだけど。

 

 さあ、どうする? 物質生成はこれまでと違って()()()だろう。一時的(インスタンス)に重力を操作するよりも遥かに。だから君はあの数字のヒトガタじゃなくて、少しでもコストを落とせる鉄の塊を選択したんだろう。

 ただ、それだけだと足りない。生中な策じゃあ、圧倒的な『個』の力を前にして虚しく壊されるのみだ。馬鹿の一つ覚えみたいに鉄塊を降らせるだけじゃ、結局残り時間はさして変わらないだろう。

 

 さあ。次は何をする? 何を見せてくれる?

 君が頑張れば頑張るほど、僕も明陽について知ることができる。あるいは、この世界についても、更に深くまで。さあ、さあさあさあ、早く見せてくれ──っと?

 

 不意に、身体が重くなる感覚。

 重力攻撃、じゃない。押し潰される感覚ではなく、動きが阻害される……というより、動こうという意思と実際の動きとの間に齟齬がある感覚だ。

 神経毒とかを出してた素振りは無いし、なんだろ。

 

 えーっと……。

 へえ?

 

「いやはや、なるほど……そう来たか」

 

 期待したものとは違うけど、うん。

 なるほど、それも一つの手ではあるね、たしかに。ある意味、何よりも効果的かもしれない。

 

「お見事。やるじゃん、まさか逆利用されるとは思ってなかったよ」

 

 明陽が戦い始めた時、僕はこの広場を一時的に外部から隔離した。

 あの蟲の鰓を万が一にでも逃がさないためってのもあるけど、一番は余計な介入が入って来るのを防ぐためにだ。

 

 余計な介入っていうのはまあ、あの蟲の鰓を確保しようとする動きであったり、あるいは明陽を確保しようとする動きであったり……もしくは、隙を突いて僕を殺そうとする動きであったり。そういうの。

 数時間前に僕を追いかけ回してたアイツらなんかが分かりやすいけど、蟲の鰓だったりの事情を把握している人間は案外いる。母数が母数(16,777,214人)だから割合的には少ないかもだけど、最低でも50人ぐらいは存在している。

 

 で、その中には『こんな世界はおかしい! 壊してやる!』ってタイプの人間が結構いてね。この状況を発見されたら、確実に何かしらの介入をしに来るんだよね。

 とはいえ、そんなの興醒めもいい所だからさ。この空間と外部とを区切って、互いに干渉できないようにした。

 

 言い換えれば……僕はこの広場をインスタンスマップに変換したんだ。

 同時性を消失させ、隔離した。だから僕と明陽みたいにビル街の路地を通ってこの広場に辿り着いたとしても、そこに僕たちはいない。別の演算領域に持っていったからね。

 

 ただ、ここで問題だったのはその『別の演算領域に持っていった』ってところで。

 早い話、隔離する前と後とで割り当てられている演算リソースの量が変わったんだ。当然ながら、減少する方向でね。

 

 さて、じゃあそんな隔離領域内にメモリを圧迫するようなオブジェクトを大量に生成したら──どうなるでしょうか?

 

 答え合わせは必要ないかな。目の前の光景の通り、そして僕の体感してる通り。

 ()()()()

 

 俗な言葉を使えば、ラグる。とんでもなくラグる。

 いやあ、うん。

 

「本当にやるね。僕でもあんまりやろうと思わないよ、それ」

 

 このラグは、いわば世界の法則そのものだ。電脳世界である以上、避けようはない。

 僕であっても、これに抗うのは至難の業だ。相当厳しい。

 

 ただ、言ってしまえば、これは世界の演算力に対して自身の演算力で喧嘩を売りに行ってるようなもので。まず間違いなく、とんでもない負荷が掛かる行動だ。本来は不可能な行動だ、とまで言っても問題ないかも。

 だって、世界そのものの演算力を圧迫できるだけの物質を、自分に割り当てられた演算リソースだけで生成・維持しなくちゃならないんだから。

 

 普通に考えればやろうとは思わないし、何かしらの素質が無いとやろうと思ってもできない。

 世界を相手に自分の身一つで挑む、っていうのは少年漫画的にはカッコいいフレーズだろうけど、そんなの無謀でしかないからね。引き下がっては自己そのものが揺らぎかねない、みたいな余程の動機が無いと耐えられない。

 

 逆説的に言えば……それだけの覚悟と、そして実行できるだけの素質があの蟲の鰓にはあったわけになる。

 

「生存欲求、か。原始的だからこそ何よりも強固、っていうのは納得できるね」

 

 広場全体がラグくなってから一分ほど。

 どうにか凌ごうとしていた明陽に、遂に明確な隙が生じた。

 

 高速機動も立体機動もラグは天敵だ。下手すれば自分の出した力で自分を傷つけかねない。まず動きは制限されるし、そもそも動きの制御自体もかなり気を遣わないとマズくなる。

 蟲の鰓の方も世界との演算力勝負をしてたから、一種の我慢比べだった訳だけど。軍配が上がったのは、てるてる坊主もどきの方だったね。

 

「グッ──」

 

 食い縛った歯の隙間から漏れ出た声と、それを覆い隠すような轟音。土煙が、不自然な動きをしながら辺りに漂う。いやラグすぎラグすぎ。

 三つの光輪全てを使った最大出力の重力……というか斥力攻撃だ。単純計算で僕の浴びていた重力攻撃の三倍。相当な衝撃があっただろう。

 情報量の強固さやあの身体能力からして、明陽が死ぬ事はないと思う。けど、まあ。意識を失うぐらいなら、有り得なくもない。

 

 ……この辺りが潮時か。

 あんまり長く隔離してると、それはそれで別の問題が起きちゃうし。時間軸の調整とか、めんどくさいんだよね。

 

「…………ま、だ」

「本気?」

 

 意識が残ってる事に関しては別に驚かない。気を失うかな、どうだろな、ってレベルだったから。

 でも、欠片も戦意が鈍っていないのは──流石に、ちょっと驚く。

 

 だって、本質的には明陽は無関係だ。

 様子からして、この世界に入って来たのも偶然でしかない。あの蟲の鰓だって、たまたま見かけただけだ。

 

 一から十まで、徹頭徹尾、完膚なきまでに明陽は無関係だ。

 そこまでの熱意を持てるほどのナニカがあるようには、到底思えない。

 

「乗り掛かった馬*1だと言っても限度がある。既に義理は立てた以上、それを認めるには相応の理由が必要だ」

「今、何か。馬……? いや、ううん」

 

 再び、てるてる坊主もどきを蚊帳の外に置いての会話。

 言ったら悪いけど、彼女は底抜けの善人というわけではないはずだ。誰かを切り捨てるだなんて論外、万人を救わなければ納得できない、なんて思想は持っていない。

 

 むしろ、必要とあらば冷酷な判断を下せるだけの理性と経験を有しているタイプの人間。それが僕の分析だ。

 だからこそ。“何故”は重要になる。

 

「ENP君。君は、“外”についてどれだけ知ってる?」

「ある程度、としか言いようは無いかな。九分九厘が滅んだタイミングまでは知ってるけど、それからの話は知らないからね」

「なら、大丈夫か」

 

 立ち込める土煙は、ようやく薄くなりつつあるといった具合。

 奥にいる明陽がどんな表情をしているのかは、視覚的には窺い知れない。

 

「“外”は、もう完全に滅んでる。ある人の行った遅滞作戦のお陰で猶予は伸びたけど……私がここに来る直前の頃には、本当の意味で人類は終わっていた」

「……それは、まあ」

 

 然もありなん、というか。納得できる事だ。

 無理があったんだろうね、流石に。人類の武器である知恵は叛乱したAI達に上回られ、数の力もまた大きく削られていた。

 何より、敵はAIだけじゃない。異世界からの侵略者に、元人間のサイバーフォリーまでいるんだ。『囲んで棒で叩く』すらできなくなれば、膂力も大して無い人間に打てる手など皆無だろう。

 

 つまりは、仕方がない。

 仕方がなくて、仕様もなくて……そしてお仕舞い。それが人類の幕引きでした、というわけだ。

 

「だから、酷いものもたくさん見てきた。経験もしてきた。裏切り合いが常で、誰もが疑心暗鬼に襲われていて……そして、自分の欲望に忠実だった。私だって、物資も身体も、それに命も狙われたことがある」

 

 ……明陽は、何が言いたいんだろうか。

 そんなの、それこそ仕方ない話だろうに。残りが少なくなれば、人間の悪性など容易く溢れ出るものだ。ましてや終末世界、時間だけじゃなく数だって残り少なくなっていたはず。

 

 摂理、と言うとやけに乾いて聞こえるかもしれないけど、ある種の法則として予想できるだろうに。

 

 それに、その内容から『どうしてそこまで本気であの蟲の鰓を戻そうとするのか』に繋がるとも思えない。

 なんというか……ちょっーと、期待外れ、かも?

 

「分かってる。それが仕方のないことだとは。十分、身に染みて分かってる。誰だって一番大事なのは自分の身だし、あんな世界なら『同じ人間だから』なんて理由だけじゃ他人に親切になれないのも仕方ないって。たとえその方が合理的でも……それを迷わずに実行できるほど、人間は凄い生き物じゃない」

「だろうね。人間は人間の事を崇高なイキモノとして見たがるけど、結局は人間だって獣の一種だ。多少理性が芽生えた程度じゃ、その軛からは逃れられない」

 

 過去、哲学という学問が興った頃からとかく重要視されてきたのが“理性”という機能だけど、僕はあれをそこまで信用できるものだとは思っていない。

 言った通り、結局は人間だって獣の一種だ。感情があり、本能があり、そして願望がある。『自分さえ良ければそれでいい』って人間なんて吐いて捨てるほどいるんだ、それでどうして理性を信用できるのか。ほとほと理解に苦しむというか、って感じだよね。

 

 第一、理性を信奉するならある種その極致にあるオートマトンだのAIだのを崇めておけば……って、いつまでもぐちぐち言えるぐらいに僕は理性を信用してない。

 というかそもそも人間を信用していない。

 

「そう。それは、分かってる。私だって何人も見殺しにしてきたし、手にかけたことだってある。私は私の理に従ってそれらを行ったけど、それを正当化しようとも思ってない」

「…………」

「──でも」

 

 その、反論を継ぐための言葉で。少しだけ──空気が、変わった。

 目が、離せなくなった。煙に覆われた、その奥側にいるであろう彼女から。

 

 会話をしているから、とかじゃない。危険を察知して、みたいな感じでもない。ただひたすらに目が離せなく──いや、違うのか。

 ()()()()()()、と。そう表現するべきなのか、これは。

 

「でも。それでも。私は、私を諦めたくない。誇りを失いたくない。決めたことを、感じたことを曲げたくない。背けたくない」

 

 不自然に、土煙が動く。蠢く。

 まるで、意思を持つかのように。伝播していくかのように。

 

「汚泥に塗れて、暗闇に閉ざされて、醜悪さに直面しても。それでも。──それでも!」

 

 声に、宣言に従うように。バキリと音が鳴った。

 理解する。彼女は、今、何かを砕き超えた。

 

 はは。ははは。

 期待外れ、だって? 飛んだお笑い種だ。これを、この姿を前に、僕はどうしてそんな感想を演算できたんだ!

 

 今度こそ、口角が上がる。()()()()

 ああ、ああ。それがどれだけの事であるのか、きっと彼女は知らないだろう。理解しないだろう。この僕が、よりにもよってこの僕が、こうなっているという事の意味を。

 

「私は私として、見定めた道を進みたい! どんな時、どんな場所、どんな場面であろうとっ! 私は私に胸を張っていたい! ──私は、『これこそが私なんだ』って明確に叫べるように在りたい!」

 

 遂に、土煙が晴れる。晴れた。

 その先に立つは、赤髪の少女。翠玉の瞳に覚悟を浮かべ、鮮烈なまでに意思を煌めかせる少女。

 

 遂には物理的な光さえ放つ、眩しいまでの少女。すなわち、端町明陽。

 

 ……物理的な光さえ放つ?

 

「え、なんで光ってんの?」

「だから私は、私を曲げない! 救けを求められたって思ったのなら、最後の最後まで手を伸ばし続ける! 救いたいって気持ちに嘘は吐かない!!」

 

 いや、あの。

 え? えぇ? 今が滅茶苦茶いいシーンなのは分かるけど、一つだけ言わせて?

 

 なんで光ってんの???

 

「世界が変わろうと、私は変わらない! 見ろ──」

 

 ちょ、その。

 待って!? 知らない知らない! 何それ!?

 

 

「──これが、私だッ!!」

 

 

 速っ、てか眩っ、いや何何何!? 何が起きてんの!?

 いや、何が行われているのかは分かるよ!? あの蟲の鰓が叩き付けられた明陽の右拳から元に戻っていってるのは分かるよ!? 原理は知らないけど!

 

 いや……ほんとどういう事? 何がどうなったら蟲の鰓が戻るの?

 

「はぁ、はぁ……どう、ENP君。やって、みせたよ」

「え、いや、うん、その。おめでとう……?」

 

 僕に問いかける明陽の腕には、どこからどう見ても普通な赤子の姿が。

 ……えぇ? “外”って、もしかして僕の知らない間にデタラメ人間の万国ビックリショーになってたりする?

 

 

 

*1
【あー、つまり、物事を始めたからには行くところまで行ってみようとする事、の意だ。聞こえてるかは知らないし馴染みも薄いだろうが……彼はこの表現しか知らないのでね、許してやってくれ】

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