ぬるぽ。   作:ぬるぽの気合釣り

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哲学って“自分の答え”を持つための学問だよね

 ズシン、ズズズズという感覚。

 隔離領域にしていた広場を戻した瞬間、体に揺れが襲った。

 

「わ、っと……」

 

 地震、かな。

 それにしては揺れの感覚が妙なのと、やけに大きいのが気になるけど。なんというか、世界そのものが揺れてる? みたいな?

 いや、でも地面は揺れてないみたいだし……んー? なんぞ、これ。

 

「明陽、大丈夫?」

「大丈夫。それより、これ、地震?」

 

 振り返って問いかければ、また別の問いが返される。

 そんな明陽の腕の中には、ベビーウェアを着た赤子の姿。

 

「そこは僕もちょっと違和感を覚えてるけど……うん。とりあえず、まずはここを離れようか」

 

 たぶんこれも異常事態だ。放置するのは良くないだろう。

 ただ、今この瞬間においては──隠れ蓑へするにはちょうど良い。隔離しておいたとはいえ、探知されていないとも限らないからね。

 

 特に明陽の方も否はないようだし、それじゃあ出発。行く先は~!

 

 

 

 というわけで、到着しましたはPara-Deusエリア~、なんちゃって。

 カタカナ読みをするならパラディウスエリア。雑な言い方をすればファンタジーエリアだね。

 

 というわけで、お約束みたいな感じで広がるは草の海。見渡す限り、一面が薄緑に覆われ、それが風に揺れて波を作っている。

 頭上に広がるは、これまた分かりやすいまでの蒼穹。電脳世界である以上は果てはあるんだけど、こうしてパッと見ただけだと際限なく続いているんじゃないかってぐらいには青く澄み渡っている。

 

 で、そんな草原や蒼穹を悠々と行くはミノタウロスやワイバーンなどなど。こっちもご多分に漏れずファンタジーの定番みたいな感じ。

 ちなみに視界内に人はいない。エリア自体の広さは旧懐と同じぐらいなのに、基本不人気だからね、ここ。

 

 まあここに限らず旧懐以外の全エリアが不人気なんだけど。

 それはもう人気云々の話では無いのでは? って言われたら、まあ。うん。はい。

 

「……凄いね。電脳世界だって聞かされてなかったら、ほんとに異世界に渡ったかと思ってたや」

「ある意味、旧懐エリアよりも作りやすい場所だっただろうからね」

 

 作り込もうと思えば過去のゲームなりが参考資料になるし、旧懐のように細かく何かを再現する必要もない。作りやすい、というよりも自由が利くって表現するべきだったか。

 

 ……しかし、うん。『ほんとに異世界に渡ったかと思ってたや』ねぇ。

 いよいよ何者か気になって来るね、こうなると。

 

 わざわざ侵略を受けてる異世界に渡る人間なんて、相当限られてくる。冒険家と書いて自殺志願者と読むタイプの馬鹿か、反攻作戦という名の玉砕吶喊を行わされたタイプの兵士か──あるいは、捕らわれた奴隷か。

 どれにも当てはまりそうにないのが明陽なんだけど。

 

「っと、そうか。“外”の記憶があるなら不快だったりしたかな。ごめんね、考えから抜けてたや」

「ううん、別に。思うところが全くないって言ったら嘘になるけど、この程度で目くじらを立てるほどでもないから」

「ならいいんだけど」

 

 僕がここを一旦の逃亡先に選んだのには、大した理由はない。あのまま旧懐に残ってたら足跡を辿られそうだったから、とりあえずで渡っただけのエリアだ。

 だから正直、どこのエリアでも良かったりはする。……三度革エリア、つまりは一番明陽の生きてた時代に近いだろう現代エリアだけは、その。ちょっと顔見知りが多いから避けたかったりはするけど。

 

 ともかく。

 

「今日の夜は、とりあえずここで越すことにしようか。テントとかに関しては僕が生成できるから、心配はしないでいいよ」

「……ENP君、やっぱりそういうのもできたんだ」

 

 じとじと。

 副音声は『だったらこの子を元に戻すのもできたんじゃないの?』とかかな。言葉通りテントを生成する僕を半眼で見る明陽に、舌をちょっとだけ出して答えとしておく。

 

 正確にはその赤子が蟲の鰓だった頃の動きから学習した結果だから、前からできたわけじゃないんだけどね。似たような事はできなくもなかったけど、相当効率悪かったし。

 それやるなら自分で調達するよね、って感じ。

 

 だからまあ、正直に言えばあの蟲の鰓の存在もありがたくはあった。あくまでも真似て僕に当てはめてる形だから、あそこまでの自由度はないとはいえ……物質生成、延いては『想像の具現化』は僕に無かった力だから。

 貰えるなら貰っとくよね、なんて。

 

 色々と生成して、夕食もちゃんと三人分摂って。

 特に何も起きずに、夜は更けていった。

 

 

──*──

 

 

 さて、翌朝。

 まだぐっすり眠ってる赤子と、少しだけ眠気が残ってるように眼を擦る明陽。テントから出てきた二人に──というか明陽に問いかける。

 ああ、ちなみにちゃんとテントは分けてあるよ? その辺りのモラルはちゃんと押さえてるからね。

 

「で、こっからどうする?」

「どうする、って……?」

 

 やっぱりまだ眠気があるらしく、返される声にはふゅんって感じの柔らかさがある。もしくはふゎんって感じの。案外低血圧だったりするのかな?

 ま、気付いたら電脳世界に転移していて、そこからさらにあの赤子の蟲の鰓との戦闘だ。波乱の一日だっただろうし、疲労も溜まっているんだろうね。

 

 とはいえ、現状はそこまで余裕があるわけでもない。

 別段彼女自身が追われてるって事は無いけど、言ってしまえば『差し迫ってないだけ』なのが現状だから。

 

「まあ、まずは方針の話かな。それも短期と長期、両方の」

「えーっと……だから、つまり」

 

 数秒ほど目を閉じて、むむ、と考え込むようにして。

 

「長期的な方針は、私の最終目標、この世界における態度について。短期的な方針は、差し当たって今から何をするのか……ってこと?」

「そういう事」

 

 うんうん、調子も戻って来たみたいだね。

 僕もそっちの方がやりやすいから助かるよ。もうしばらく続くようなら、逆に僕の方が合わせてふわふわしようかとも思ってたし。

 

 僕は元から軽くてふわふわしてるだろって? しょうがないじゃないか。

 

「うーん……これ、もし私が『この世界を壊す』って言ったらENP君はどうするの?」

 

 …………。

 おーっとぉ? 急にぶっこんでくるじゃん、怖。え、何、明陽って眠いとそうなるの?

 

「さすがにそれは止めに回るかな? 昨日もちょろっと言ったけど、僕、古い友人に託されてるんだよね。『この世界のこれからをよろしく』って」

 

 まあ、逆に言えばそれだけなんだけどさ。この世界に思い入れがあるわけでも、博愛精神があるわけでもない。

 蟲の鰓を潰して回ってる動機なんて、その程度だ。

 

 ただ、他でもないあの子の頼みだからさ。生まれ故に何も持っていなかった頃の僕を見つけて、わざわざ関わってきた物好きな“人間”。

 この世界の住民を人間だと思っているかって聞かれたら僕は曖昧に笑って答えるけど、彼女に関してだけは僕は『人間だった』と断言するよ。

 

 否定してくる奴がいたら──まあ、ね?

 ……便宜上、この世界の住民を人間と呼んではいるんだけどね。それ以外にちょうど良い呼び名が無いからさ。

 

「あの……さっきのは別に本気じゃないから。誤解しないでね?」

「え、もしかして僕って冗談通じないヤバい奴だって思われてたりする?」

「だったらその殺意を抑えて欲しいんだけど」

「うん?」

「え?」

 

 殺意。

 殺意?

 

 えぇ? 僕が、殺意?

 

「もしかして、まだ明陽って寝てたりする?」

「誰の発言が寝言だ」

「おお、いいツッコミ。ほなこれは起きてるかぁ……」

 

 僕と殺意なんて、ガンジーと助走をつけての殴打レベルで遠い概念だよ。別に僕は覚者でも聖人でもないけどさ。

 

「はあ、もういいや。それで、方針だよね。とりあえず、短期的にはこの子の親を探したいかな」

「アフターサービスもばっちりと。真面目だねえ」

「私の気が済まないってだけ。所詮は自己満足だから、それ以上でもそれ以下でもないよ」

 

 人、それを則ち真面目と呼ぶ。

 あるいは偽悪とも。

 

「で、まあ、長期的だけど……どうしよ」

「何かないの? “外”に戻りたいとかさ」

「“外”に戻っても、もう待ってる人もいないし。そもそも、戻ったところでじゃない?」

「それはそう」

 

 それは、そう。

 昨日の口ぶりからして、人類は相当末期だったみたいだし。今のところ、ではあるけど、この世界はAIだの異世界からの侵略者だのに襲われたりもしていない。

 ……もしかしてシェルターとして最適だったりする? この世界。の割には設計者も指導者もいないし、そんな記録も残ってないし。

 

 個人的には、それとは真逆な実験場なんじゃないかってのが読みなんだけどね。

 

「じゃあ、一旦は『この世界を見て回る』とかにしようかな。変わるかもだけど」

「おっけー」

「ん? というか、もしかしてENP君、手を貸してくれるの?」

「あ、言ってなかったっけ。僕、()()()()()()()()()()()からさ。乗り掛かった馬だし、君の手伝いでもしようかなって」

 

 ピリ、と肌を刺すような感覚。

 そこまで鋭くはないけど、爪楊枝ぐらいの鋭さはありそう。つまりは──

 

「ごめんね、ENP君。これはもうほとんど癖みたいなものだから、咄嗟に抑えるとかできない」

 

 明陽からの警戒。

 凄いね、さっきまで寝ぼけ眼だったのに完全にスイッチ入ってるよ。敵対、までは行ってないのは、多少は信頼を稼げてたから……なのかな?

 

「そもそも抑える気もない、でしょ?」

「…………」

 

 おお、だんまり。

 警戒もさらに引き上げられちゃったかな。この辺り、どう対応するのが正解かやっぱりよく分かんないよね。

 

「“外”とここは違う。でも、私の記憶にある限りでさっきの言葉みたいな事を言ってきた人は……いや、違う。なんていうか、上手く言語化できないけど、今のあなたは信用できそうにない」

 

 うーん。これは、正解を言ってあげた方がいいのかな。

 いや、明陽が何に警戒を抱いたのかは分かるんだよ。

 

 つまりは『無償の善意なんて存在しない』ってのが彼女の根本にあるんだ。パッと見ではそう感じられたとしても、本質的な部分を見れば違う。行動の利益は必ずその主体にもたらされる。

 それが見返りなどで得られる利益なのか、あるいは起こる結果自体が利益になるのかはともかくとして。

 

 それが彼女の信念……というか信仰なんだろうね。

 となると、さっきの赤子の親を探す発言の時の『所詮は自己満足』って言葉もちょっと意味合いが変わってくるのかな。

 

 まあ、それはともかくとして。

 たぶん……これまでに『無償の善意』を語られて、騙られて、痛い目を見たことがあるんだろうね。だからまず僕の言葉に反応して警戒を抱いた。

 

 で、その次に僕があまりにも自然体すぎて、つまりは彼女を陥れようとかそういった意図が完全に見えなくて、余計に警戒を強めた。

 それがここまで。

 

 僕にこれといった目的は無いってのは本当なんだけどねえ。そのせいで警戒されてるってのは、なんというか。随分と皮肉的というか、諧謔が効いているというか。

 さて、どうしようかな。

 

 ──とか言いながら、やる事なんて決まってるんだけど。

 

「とりあえず、そうだね。昨日言った通り、僕は君に嘘を吐く気はない。し、僕が真実だと思ってる事を話す。まあ、はぐらかすことはあるかもだけど……とにかく。何を信じるか、何を疑うか。何を真とするか、何を偽とするか。その判断に関しては君自身の手で行ってくれればいいよ」

「それで私が、あなたから離れていっても?」

「それもまたよし、さ。僕は僕で勝手に君を手伝おうとするだろうし、それからも逃げるって言うなら鬼ごっこの始まりだ。それは君の自由で、権利で、あるいは道理でもある。好きにやればいいと思うよ。僕もまたそうするだけだからね」

 

 電脳世界なんだ。

 寄辺(よるべ)(よすが)も、何もかもが曖昧然としている。あるいは、記憶も記録も、自己という存在そのものでさえも。何もかもが容易く書き込める。作成できる。

 

 故にこそ、自分の手で、足で、眼で、頭で。何を“そうである”とするか、何を“そうでない”とするかは決めなければならない。

 これもまた“cogito ergo sum”。我が思うからこそ我はあり、天も地も光もまた。いいや、それだけじゃない。空も、大地も、海も、植物も、太陽も月も星も魚も鳥も獣も家畜も──そして人間も。何もかもが、自分の認識次第だ。

 

 それができて初めて、僕はソレを人と呼ぼう。初めましてと語りかけ、おめでとうとその誕生を祝福しよう。

 書き込まれたデータを唯々諾々と呑み、流された情報を付和雷同と盲信し、世界の違和感から目を背けて阿諛追従と振る舞うのなら、それは人間ではない。ただデータを処理し、演算し続けるだけの機構だ。そんなの、AIどころかオートマトンで間に合っている。

 

「何度でも言おう。辛かろうが難しかろうが、全ての判断は君自身で下すんだ。信じ難い事実も、信じ易い虚飾も。この世界が、僕が、君が妄想であるかどうかも。蝶の羽搏きが嵐を引き起こせるんだ、その夢だって現実を変えるぐらいはできるだろうさ」

 

 僕の主張は変わらない。僕の主義は変わらない。

 もしくは──僕という存在自体も。

 

 有るものは“有る”し、無いものは“無い”し、その差は本質的だ。絶対的とすら言える。有るものが“有った”事になろうと無い事にはならないし、本来の意味で無いものは“無い”ままだ。

 だから、まあ。君は、どうする? 明陽。

 

「…………分かった。()()()は、ENP君を信じる事にするよ。それが私の答え」

「そっか。それなら僕にも否は無いさ。ありがとう、と返しておくよ」

「なら、私もありがとうって返すね」

 

 肩を竦めて、苦笑を交わす。

 まあ、余計なお節介だったかな、なんて。

 

 さ、それなら朝食にしようか。

 方針は決まったし、人間は食べなきゃ飢餓に苦しめられるからね。……電脳世界で食事の必要性を説くのは、ナンセンスかもしれないけど。

 

 なんちゃって。

 

 

──*──

 

 

「うーん……何もない、か」

 

 朝食──まさかの明陽が狩りをして入手した肉がメニューに並んだ──を終えて、戻ってきましたは旧懐エリア。当然ながら、用件は赤子の親を探すことだ。

 だから最初の明陽の言葉は痕跡の話をしているのであって、決して『管理人! 管理人!』と叫ぶ某犬モドキの名を呼んだわけではない。……自分で言っといてなんだけど、通じるのかな、このネタ。

 

「赤子って、見た目の特徴も薄いからねぇ。難航しそうな感じだね」

「しょうがない、気長にやるしかないか」

 

 最初に明陽がこの赤子を見つけた3F建てのビル。その屋上から階段を下りながら、言葉を交わす。

 

「あ、そうだ。それなら、僕の方から探る術があるかもだけど」

「そんなのあるの?」

「その子、蟲の鰓になってたでしょ? で、蟲の鰓のログってそこそこ特徴的なんだよね。変異前にまで繋がりを辿れるかは怪しいけど、少なくとも蟲の鰓に変異し切った瞬間の場所までなら探れると思うよ」

 

 僕は世界のログを読み出す事はできるけど、検索とかができるほど自由なわけじゃない。それをできる蟲の鰓が出てきたら模倣できるだろうけど、今のところは出くわしたこともないからね。

 つまりまあ、絞り込む条件が無いと何でもかんでも探れるわけじゃないって事。世界のログって簡単に言っても、えげつない情報量だからね。

 

「なら、お願いしてもいいかな」

「おっけー」

 

 軽く返して、データを辿っていく。

 うんうん、やっぱりあの蟲の鰓は相当に異質だったからね。ログが分かりやすくて仕方がない──っと?

 

「あー、へえ。……なるほど。そう繋がるんだ」

「何か分かったの?」

「その子の親に関しては何も。ただ、まあ。見てもらった方が早いかな」

 

 疑問符を踊らせる明陽を背後に、歩き出す。

 今回は、空を飛んだりせずに。

 

 歩いて、歩いて、30分ほど。

 

「ここって……」

「おお、凄い記憶力。そうだね。君の思ってるであろう通り、ここは君がこの世界に入って来た辺りだ」

 

 空へ上昇(落下)したタイミングで、それでも見てたんだろうね。抜かりないというか、油断ないと言うか。

 しかしまあ、ここに繋がるんだね。いや、電脳世界である以上は全ての事象に因果はあるんだけどさ。別の意味で、因果だねえ。

 

「さて、明陽。手を貸すって言って更にここまで案内しといて悪いんだけど、この辺り、ちょっとだけ僕にも気になる事があるんだよね」

「あー、別行動したいってこと?」

「そそ。というわけで、これ。丁度いいタイミングだから渡しとくね」

「これ……スマホ? だっけ」

「旧懐エリアだと携帯端末はスマホが一般的だからね。馴染みは薄いかもだけど、そこは我慢してほしいかな」

 

 明陽の生きてた時代からしたらスマホ──スマートフォンなんて骨董品もいいところだろうけど。『郷に入っては郷に従え』じゃないけど、怪しまれないためにはこれが一番だからね。

 

「連絡先に僕に直通するデータだけ入れてあるから、後のロックとかは好きに設定してくれていいよ」

「分かった」

「あ、自分で言うと逆に怪しいかもだけど、別に盗聴とかする気はないからね。あくまでも連絡用で──」

「分かってる分かってる。信じるって決めたから、疑わないよ」

「ならいいや。それじゃ、遅くても一時間後には戻って来るつもりだから……何かあったら迷わず連絡して」

 

 あくまでも、信じる判断を下したのは()()明陽だ。彼女自身が口にしてた通りに。

 だからまあ、これからの明陽が信じるかは別の話なんだけど。

 

 僕も明陽も、あえて何も触れずに別れる。

 世の中には触れない方がいい事もある、それだけの話だ。

 

 

 

 そんなこんなで明陽と別れ、僕一人でやってきたのは『スタティビル』なんて死ぬほど安直な名前を付けられたビルの30F付近。

 別の言い方をすれば、明陽が出現した辺りだ。

 

 消されたビルが戻されてたせいで、わざわざアクセス制限を抜けて階段をえっちらおっちら上って……と、そこそこ時間をかけちゃったけど。

 

「とりあえずは到着、と。さてさて」

 

 気になる事、なんて言ったけど。

 当然のように、何の捻りもなく。明陽の事だ。

 

「この世界は電脳世界だ。《門》を使う必要のある異世界よりもなお『偶然入り込む』なんて事の起きない世界」

 

 呟きながら、目に見えるもの、見えないモノ、その全てを探っていく。

 

「文明的な話では近い世界だろうと、この文脈においては異世界よりも遠い世界になる」

 

 科学を依拠にしてる分、彼女には馴染み深かったかもしれないけど。本来、異世界よりも遥かに入って来づらい、そして露見しづらい世界だ。

 そこにあんなイレギュラーな形で入って来たとなれば、ほら。

 

「分かりやすく残ってるね。というか、これはもう痕跡と言うよりも傷跡って言った方が近いレベルか」

 

 テクスチャは取り繕われているけど、その奥側にはハッキリと残っている。解れてぐちゃぐちゃになった記録が。データが。

 

「さーてっと」

 

 絡み合ったスパゲッティみたいになったそれを一つ一つ解して、それを受けて世界が勝手に修正を進めるのを観察しながら考える。

 

「ここまでのレベルって事は、逆説的に明陽の侵入がイレギュラーだったってのは証明される。となると問題なのは、なんで放置されてるのかって点」

 

 これまでにその影を感じた事はないし、おそらく電脳世界の中にはいないだろうけど、この世界には管理者がいる。

 そうでもなければ色々と辻褄が合わないからね。そもそも、これだけの世界を演算できる装置なんて馬鹿みたいな電力を食うはず。となれば、ハード的な意味での管理人がいないとこの世界が今まで続いている事が成り立たなくなる。

 ああ、世界五分前仮説に関しては放置で。あんなの悩むまでもないし、悩んだところで不毛でしかない。電脳世界である以上は有り得るかもだけどさ。

 

「さて、それじゃあ管理者は何で明陽を放置してるのか」

 

 挙げられる可能性を全て列挙する。

 

 一。管理者はそもそも明陽の侵入に気付いていない。故に放置も何もないから。

 二。管理者の望みはこの世界を箱庭として観察し続ける事。故にイレギュラーもまた楽しむ対象となるから。

 三。管理者にはそこまでの権限が無い。故に明陽の排除、あるいは『僕に護られた明陽』の排除は容易ではないから。

 四。管理者は既に死した後であり、この世界は手付かずのまま動作し続けている。故に対処する主体など存在していないから。

 ──五。そもそも明陽が管理者である。故に彼女の出現はイレギュラーでも何でもない事象であり、対処する事自体が存在していないから。

 

「ひとまずはこのぐらいかな。なら、次は剪定だ」

 

 一。そこまでの無能が管理者になれるはずがない。カット。

 三。明陽はともかく、僕は既に膨大な時間をこの世界で過ごしている。その間に一切の干渉が無かった以上、管理者の権限自体がほとんど皆無ということになる。が、それは管理者であるという前提に相反する。カット。

 四。管理者の死が寿命であれば引き継ぎなりプログラムの終了などが為されるはずであり、他殺であればそれを行った存在による干渉があったはずである。また、そもそもこの世界が今なお稼働中である事にも反する。カット。

 

 残る可能性は二と五。これらに関しては反論する材料はなく、同時に確証を持てるだけの材料もない、と。保留だね。

 

「……っと、ん? これ、ようやくすっきりと見えてきたけど……侵入の痕跡、おかしくない?」

 

 違和感。

 10分ほどかけて絡み合っていた大半をほぐし、ようやく見えた侵入痕。どうにも()()()()()かのように思えるソレを、じっくりと観察して──

 

 ──唐突に、脳内に甲高い電子音がなる。

 

「明陽? 何かあったの?」

『なんか分かんないけど襲撃されてる! とりあえず逃げてるけど──』

「りょーかい。すぐに行くね」

 

 通信を切って、青い空の覗く窓へと歩を進める。

 どうやら探偵パートはここまでみたいだ。

 

「いいね、退屈しなくて」

 

 開いた窓に、手をかける。否、足も。

 身体を乗り出して、100メートル以上先の地面を見下ろす。否、既に身体は宙にある。

 

「まあ僕、退屈なんて生まれてこの方一回もした事ないんだけどね──なんちゃって」

 

 つい昨日の焼き増しをするみたく、周囲の光景が溶けていく。窓も壁も、等しくただの線であるかのように。

 その中を、更に自分の意思で駆ける。

 

 駆ける、駆ける、駆ける。

 風の音も、空気の壁も、何もかもが関係ない。加速度的に拡大される眼下の景色から、見つけ出した特徴的な赤い髪に襲い掛かるソレを目掛けて。

 

こんにちは(やあ)そして(さっさと)御機嫌よう(くたばれ)

 

 僕が、着()した。

 

 

 

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