ぬるぽ。   作:ぬるぽの気合釣り

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策謀とか面倒だし“暴”で轢き潰すか

こんにちは(やあ)そして(さっさと)御機嫌よう(くたばれ)

 

 明陽に襲い掛かろうとしていたソレを殴り飛ばし、勢いのまま体を回転させる。90度ほどの視界の回転と急激なGの変化の後、ザリ、と地面を踏む感覚。

 刹那、左手と両の脚、三点で掴んだコンクリートを弾くように身体を押し出す。

 

 向かう先は──

 

『豸医∴!?』

 

 当然のように、ブン殴った蟲の鰓の方。

 

「一回流れを取ったのならそのまま最後まで終わらせる。基本だよね」

 

 もしくは、相手のやりたい事を徹底的に潰すこと、かもだけど。

 

 落下とは違う形で霞む視界の中、踏み込みからの速度の全てを乗せて再度右手を叩き付ける。

 さっきと違うのは、その形が握りしめられているんじゃなくて爪立てられている事。つまりは、行ったのは殴打ではなく掴みかかり。

 

 ……手のサイズ的に、掴むというかへばり付ける、みたいな形になってるけど。まあ、そこはご愛嬌という事で。

 

『菴輔′──』

「君がそれを知る事はないよ。だから、まあ」

 

 ──疾く、眠れ。

 

 触れた箇所から、崩して行く。崩して逝かせる。

 いつも通りに、慣れたままに。

 何度も言っている事だけど、僕を相手にすると蟲の鰓は『蟲の鰓である』という事実が弱点になる。ある意味、種族的な特性と言ってもいい。

 

 例外が生まれ得るとすれば、僕が生まれるよりも先に誕生していた蟲の鰓か、その影響で生まれ落ちた蟲の鰓になるんだろうけど……そもそも居るのかね、なんて。

 つらつらと思考を逸らしている間に、処置は終わる。

 

「……ん。よし、と」

 

 押し付けていた右手を握る。

 必然、その内側にある男──というか蟲の鰓の頭蓋も握り潰され、砕ける。

 

 して、立ち昇るは光の粒。

 幻想的であり、しかし人であったモノの命が消える様としては鮮やか過ぎる光景だ。ある意味、冒涜的でもあるのかもね、なんて。

 くるりと振り返って、明陽と目を合わせる。

 

「で、明陽、大丈夫だった?」

 

 見たところ怪我とかは無いようだけど、念のために確認。毒を盛られたとか、なくもないからね。

 なんて問いかけは、だけど、予想とは違う答えを返される。

 

「待って。油断しないで、ENP君」

「ん? さっきの黒スーツの蟲の鰓は僕が潰したから問題無いよ?」

「違うの、そういう事じゃなくて──」

 

 未だに冷や汗を切らさない明陽。

 焦燥感に覆われたその表情は……ああ、決して何も終わっていないのだと告げているようで。

 

 けれども、僕に意識を改めさせるには。

 ほんの少しだけ、足りていなかった。

 

 

「まだそいつは、残ってる!」

 

 

 気配は、声と同時に。

 振り向いた先には、()()()()()()()()()をしたスーツ姿の蟲の鰓が十数人。それがボコボコと身体を波打たせ、膨張し。

 

「わぁお」

 

 破裂、した。

 

 

──*──

 

 

 パチリと、目を開く。

 仰向けになっていた身体を上半身だけ起こして、周囲を見回す。

 

 が、映るものは何一つとして無い。暗闇だ。

 

 上下左右、前方後方の区別もなく、どこもかしこも画一的な明るさ。

 もはや暗い、というよりは黒いといった印象だね。

 

「ん……」

 

 取り乱して落ち着こうと深呼吸する、ぐらいした方が“らしい”のかもしれないけど……今は誰も見ていないっぽいから素のままで。

 緩く伸びをしながら、目を凝らす。

 

「あー、やっぱり裏世界か」

 

 普通に物を見ようとするのとは別の感覚で目を凝らせば、流れていくは数字の羅列。

 数字って言っても二種類しかないから、正確には『0と1の羅列』って表現するべきかもだけど。

 

 そう、0と1の羅列。これだけでピンと来る人もいるかもだけど、ここは計算機、演算機としての性質が表出した領域だ。

 蟲の鰓同様、勝手に僕が呼んでる名としては──裏世界。

 

 空気も、光も、力熱も、重力も、何一つとして存在せず。ただ0と1だけが存在する領域。

 あるいは、それらが描画される表層世界よりも深部へ潜った、世界の本質にほど近い場所なんて言ってもいいかもしれない。

 

「ん、ん。あー。アーアーアーアーアー」

 

 発声練習みたく音階を付けて声を出しながら、改めて立ち上がる。といっても声は聞こえないんだけど。媒介になる空気が無いから。

 

 さて、改めて整理だ。

 ここがどこなのか、は裏世界という答えが出ている。じゃあ次の議題は『なぜ僕が裏世界に居るのか』だ。

 

 考えるまでもない事だけど、裏世界はそう簡単に入り込める領域じゃない。

 というか入るための正規の手段なんて存在しない、と言ってもいいぐらいだろう。で、今回僕は裏世界に来ようとはしていない。

 となれば、結論は誰かに送り込まれたという事で。

 

「うん……まあ、あのスーツの蟲の鰓だろうねぇ」

 

 記憶にある限りの最後の光景は、僕を囲むようにして破裂した蟲の鰓たちだ。それも、全く同じ形で変異をしていた蟲の鰓。

 

 通常、蟲の鰓の変異が被る事は珍しい。全く無い、とまでは行かないんだけどね。相当に珍しい。

 なんでかって言うと、明陽の“癌”って例えを借りて説明したりもしたけど、結局は蟲の鰓は癌とは全く違う概念だから。癌とは違って病巣となる部分(バグの発生個所)がまず個々人で違うし、そこからどこにバグが侵食していくかも三者三様の十人十色。千差万別だ。

 

 だから、同じ変異の仕方をした蟲の鰓ってのは珍しい。全く同じタイミングで同じ原因で変異するか、あるいは何かしらの意図なり思い入れなりがなければ起こらないから。

 

 というわけで、あのスーツ姿の連中が現状の原因だろうとは思うんだろうけど。

 

「……じゃあ、アレは何だったんだろ」

 

 振り返った時、見えた範囲には最低でも十数人分の蟲の鰓がいた。

 こうなると、アレが自然発生した存在だとは思えなくなってくる。

 

 つまりは、何者かに意図的に造られたと。そう仮定して考えるべきだ。

 

「しっかし、明陽が来てから本当に異変が続いてるな……」

 

 彼女の侵入自体がそもそもイレギュラーで、その後に起きたのが赤子の蟲の鰓の出現。それを解決すれば妙な地震があって、そして今度はコレだ。

 一日も経っていない間に起きるには、事件がどれも奇妙すぎる。作為的というか、物語的というか。陰謀論染みてるとは思うけど、上位に立つナニカが筋書きを描いてるんじゃないか、なんて。

 

「さすがに馬鹿らしいよね」

 

 そこまで安直に考えるほど素直になったつもりはないからね。

 電脳世界である以上、因果関係は絶対的なものとして成立してる。だけどまあ、その因果がどんな時にも読み取れるとも限らない。

 

 もっと言えば、連続する二事象があったとてそこに因果関係があるとも限らない。

 烏が飛んで梨が落ちる事もあるだろうし、ナマズが踊って地震が起きる事もある。どれだけ相関があるように思えても、偶然とはどこにでもあるものだ。

 

「まあ、その偶然を“運命”だなんて呼んで必然化したがる物好きもいるみたいだけど」

 

 未知をロマンと呼んで好むくせに、物事は必然的でなければ安心できない。

 人間が生まれたのは偶然の進化の結果ではなく神が産み落としたのだ、とかね。その事に何を思うかは個々人の勝手だけど。

 

 なんて。

 はいはい、やめやめ。

 

 余計な皮肉に逸れつつあった思考を戻して、あのスーツ姿の集団を造った下手人について考える。

 明陽の出現とは切り離して考えるとして、挙げられる候補としては、そうだね……

 

「本命で天炉壊程(てんろかいてい)、対抗でirregulad(イレギュラッド)……大穴で僕の知らない組織、ってとこかな」

 

 天炉壊程(てんろかいてい)は昨日僕を追いかけ回してくれた連中。この世界が電脳世界だと把握していて、その在り方が受け入れられなくて壊してやるってなった奴らが集まった組織で、障碍である僕を排除か掌握したいって思ってる。

 irregulad(イレギュラッド)は逆で、ここが仮初の電脳世界だと知っても動じなかった奴らが集まった組織……集団で、楽しければそれでいいってスタンス。

 

 ちなみに天炉壊程は敵対してるのもあって接点はほぼ無くて、逆にirreguladはそこそこ関わりがあったりする。から、対抗馬として挙げはしたけど可能性はあんまり無さそう。

 アイツら、なんか勝手に僕を身内判定してるし、危害を加えてくる事は多分ないからね。楽しくなってハメを外した可能性は捨てられないけど。

 

 で、大穴の僕の知らない組織だけど。

 

「うーん、大穴だね」

 

 大穴で、大穴で、大穴でしかない。

 蟲の鰓を意図した形で作れるとなると、自動的にこの世界が電脳世界だって気付いている事になる。で、そうなった時に、世界に対する態度ってのは二つに分類できる。

 

 受け入れられないと拒絶するか、それでもいいと許容するか。二つに一つだ。

 

 うん、天炉壊程とirreguladの二つだね。そのまま。

 というわけで、僕が知らない間に何らかの組織ができるのはあるとしても、この二つのどちらかに合流しないというのは考え辛い。これまた『有り得ないなんてことは有り得ない』の適用対象だけど、メリットが薄いからさ。分裂する事なら、もう少し有り得るんだけどね。

 

 ちなみに組織じゃなくて個人がコレをやったっていうのはもっと大穴かな。

 それこそ明陽みたいに“外”から入って来た人間なら可能性はあるかもだけど、そうでもないと中々、ね。それに、明陽と今回の一件は切り離して考えてるから。

 

「まあとりあえず、天炉壊程がアレを(けしか)けてきたとして。次に考えるべきは──何が目的なのか、だよね」

 

 普通に考えれば、事実として僕が裏世界に飛ばされてるんだ。僕の襲撃が目的だったんだろうって予想しそうになるけど。

 じゃあなんで最初に明陽が狙われたの、って話が出てくる。赤子の方を狙ったのかもしれないけど、どっちにしてもだ。

 

 囮? 油断させるためのミスディレクション?

 まあ、無くはないだろうけど。妙に回りくどいっていうか。

 

「僕が関わってる……()()()()()って時点で明陽が普通じゃないってのは分かるだろうに。わざわざそんなリスク負うかなぁ」

 

 普通じゃない。言い換えれば、未知。

 下手につついて何が起きるかは、全く分からない。迎撃されるかもしれない。どころか、最悪の場合は嗾けた自分たちまで探り出されるかもしれない。その程度は誰だって考え付くだろう。

 

 なら、やっぱり狙いは明陽だった?

 いやいや、うーん。仮定に仮定を重ねるのはよくない。ただでさえ、現時点で仕掛けてきたのが天炉壊程だって仮定して、いるん、だから。

 

「あ」

 

 ふと、思い起こす。連想したわけでもなく、ただの偶然として想起する。

 つい昨日の事だ。明陽に出会うその直前に、僕が何をしていたか。

 

 そうだった。たしか『ツヴァイ』とかコードネームの割り振られていた奴を、邪魔だから僕は狂わしていたんだ。

 で、その直後に明陽が出てきた事で忘れてたけど、僕は後処理も何もしていなかったはず。

 

「あー……」

 

 存在しないはずの冷や汗が伝う感覚。

 蟲の鰓にまで変異はしないよう抑えたけど、まあ、うん。逆に言えば、もう少し進めればアレは変異するレベルだったはず。相当な知識は要求されるけど。

 ちなみに、天炉壊程の連中はその条件を満たしていて、ついでに言うと倫理観を積極的に投げ捨ててる連中だ。論理は重要視するみたいだけどね。

 

 これを踏まえた上で、蟲の鰓(スーツのすがた)について思い出すと……面影というか、気配というかがあったような気も。

 というかまんまそのものな気がしてきた。

 

 え? つまり、何? 天炉壊程は僕が残しちゃったあのツヴァイとかいう奴を解析して、変異させて、そのメカニズムを健常な人間にまで適用したって?

 あのスーツはスーツじゃなくて喪服だったって?

 

 有り得るな。

 うん。有り得るな。アイツらならやりかねない。

 

「…………」

 

 なんだろうね、この気分。

 軽い気持ちでブラックバスを放った湖を数ヶ月ぶりに見た感じ? やった事ないけど。

 

「まぁ、まぁ。今は話を進めよう」

 

 切り換える。

 なってしまったものは仕方がないし、起きてしまった事は仕様がない。過去遡行なんて僕もできないからね。

 

 という事で、下手人は天炉壊程で間違いないとして。

 その狙いは何か、だけど。

 

「こっちもほぼ確で、明陽になるか」

 

 情報収集と研究に力を入れてるって言った通り、アイツらは急に武器を渡されても調子に乗ったりしない。じっくりと精査を重ねて、調査を繰り返して、原理を解明して、自分たちで製作・制御できるようになって──ようやく使う。

 『石橋を叩いて渡る』よりも酷く、『石橋を叩いて叩いて砕き割って改めて自分たちで鋼鉄製の橋をかけて渡る』までしなければ気が済まないのが天炉壊程なんだ。

 

 さて、じゃあ、そんな彼ら彼女らが手に入れたばかりの『蟲の鰓を量産する術』を使ってまで襲撃を行ったのはなぜか。

 通常戦力を出さずに、手に入れてから一日も経っていない不都合の起きる可能性もある武器を使ったのはなぜか。

 

 単純だ。

 使わざるを得なくなったから。やむを得ず、巧遅を切り捨ててでも拙速を尊ばねばならなくなったから。

 

 分かりやすく言えば……端町明陽という、突如として現れたイレギュラーに急いで対応しなければならなくなったから。

 

 随分と短絡的これが答えだろう。

 なにせ、明陽の傍には尋常な手段の一切が通用しない僕がいるんだ。僅かにでも可能性のある蟲の鰓を使おうとするのも、道理ではあるだろう。

 

 ……なんだ。結局、今回も明陽が原因の話だったか。

 いや、喪服集団は僕の責任だけど。それだって、明陽が出てこなかったらちゃんと処理してただろうし。

 

 

 なんだかなぁ。

 

 

「少なくともこの世界にアンラ・マンユなんていないはずなんだけど」

 

 

 明陽が特異な事なんて十分すぎるぐらいに分かってるから、なんというか。

 何か起きるんだったら、他に原因があった方が……なんて。不謹慎に過ぎるか。

 

「んじゃ、戻るかー」

 

 言ってなかったけど、別に裏世界に飛ばされたからといって閉じ込められるわけじゃない。

 出ようと思えばいつでも出れるし、逆に引きこもる事もできる。呑気に考え事をしてたのはそういう事だね。

 

 あとは、まあ。

 

 

──*──

 

 

 地面に降り立つ。コンクリートの地面。左右をビルの壁に挟まれた、陽が射してなければ真っ暗になっているであろう路地裏。

 つまりは、体感時間で30分ほど前までいた辺りだ。こっちだと、たぶん1分経ったかどうか。場所自体は若干違うけど。

 

 この辺りが裏世界の便利なところ。

 入った瞬間より未来の時間軸であれば、時と場所を問わずに出る事ができる。常人は裏世界に入った時点で死ぬし、僕も世界に負荷かけたくないから──やる奴は基本いないんだけど。

 

 

 特に何か効果音、それこそ空間を砕いてバキバキ音を立てるだとか、そんな事もなく。頑張ってオノマトペを付けるならスルリ、みたいな感じで降り立つ。

 目の前にあるのは明陽の背中。決死の覚悟と気迫の滲むその奥には……わあ。うじゃうじゃうじゃと、路地を埋め尽くすように黒色たちが。

 

 ので、話しかける。

 

「やほ、明陽。大丈夫?」

「うひゃあ!? え、ENP君!? どっから出てきたの!?」

「え、そこから」

 

 適当に中空を指しながら答える。

 にしても、“生きてたの!?”じゃなくて“どっから出てきたの!?”って聞くんだね。多分あの破裂で跡形もなく消えたように見えただろうに。

 この短時間で信頼を勝ち取れたとは思えないし、となると。

 

 まあ、いいか。

 

「その辺りはどうでもいいから置いておくとして」

「いやどうでもよくはないと思うんだけど。え、転移ってこの世界に無いんじゃなかったの?」

「その辺りはどうでもいいから置いておくとして」

「……いや、その」

「その辺りはどうでもいいから置いておくとして」

「…………」

「その辺りリリリリはどドドドうでもモ」

「分かった! 分かったからその正しい選択肢を選ばないと会話が進まないnpcみたいなのやめて!? バグったふりも!」

「ん。で、アレ、どうしたい?」

 

 中空を指したままクルクル回していた人差し指を下ろして、喪服集団に向ける。

 

「どうしたい、って?」

「戦うか、逃げるか」

 

 二択を提示する。

 命数尽き果てるまで抗う道か、あるいは矛を収め敵意に背を向ける事も呑み込む道か。

 

 はたして明陽は。

 

「え、じゃあ逃げるけど」

 

 即答。

 悩まず、迷わず。即座の答え。

 

 なるほど、そういう感じね。

 曲げられない事は絶対に曲げないけど、それ以外はこだわりなし。グラデーションがほとんど無い。

 うんうん。それはそれで悪くない。いいんじゃない? その割り切りも“外”で生きてきたからこその物だろうし。

 

 と、いうわけで。離脱をする。

 

「おっけー。じゃ、ちょっと飛ぶから離さないでね」

「へ──うひゃああ!」

 

 行く先は、当然ながら上。ほぼ昨日の焼き増しだね。唯一の違いは、明陽のもう片方の腕に赤子が抱かれている事ぐらい、かな?

 悪いね、天炉壊程の君たち。僕は君らの思い通りになるほど素直じゃないんだ。

 

「ねえもう少し説明責任を果たそうと思ったりしない!? 心構えとかさ!」

「あははは」

「あははじゃなくってぇ!!」

 

 

──*──

 

 

 というわけで、再びエリアを渡っての今。

 見渡す限りに広がるは──詩的な言い方をするのなら、星の海。黒々とした世界に色とりどりの星々が煌めき、その中を足場や居住地にできそうなサイズの岩が浮かんでいる。

 たぶん一般的にも絶景と呼んで問題ない景色だろう。

 

 BIOS.Terrestrial(FRee)エリア。

 長ったらしくて鯱張った名前だけど、雑に言えばなんちゃって宇宙エリアだ。といっても、他のエリアと違うところと言えば景色と設定されてる重力加速度ぐらいで、別に空気が無いとか気温がとんでもなく低いとかそんな事はない。

 だから“なんちゃって”宇宙エリアって僕は呼んでるんだけど。見た目だけ寄せてるだけで、記録にある宇宙とは天と地ほどの差があるから。

 

 え? 宇宙に天も地もないだろって? それはそう。

 

「すご……ここ、宇宙空間?」

「見慣れると相当退屈になるけどね、ここは」

 

 中心の方にある街に行けば多少は見る物もあるけど、逆に言えばそのぐらい。見た目は綺麗だけど、何もない空間が多すぎるからPara-Deusよりも退屈だったりする。

 その上で根本的に人間は宇宙空間に適合しているわけじゃないからか人も少ないし、そうなると技術も文化も発展しなくなって……と、負のスパイラルに陥ってるのがココ。

 

 制作者は泣いていいんじゃないかな。

 特に同情はしてないけど。

 

「うーん、私は綺麗だって思うけどなぁ」

「見慣れると、だからね。初見の頃はそう感じるのが普通なんじゃない? ただ……」

「ただ?」

「いや、なんでも」

 

 どうにも、違和感。

 このエリアには、もう一つ致命的な欠点があった。景色が決まったパターンしかなかったんだ。

 

 いや、宇宙空間が動いたら逆におかしいだろとか、星空なんて観測され切った後なんだからそれに合わせたんじゃないのとか、色々と理由付けはできるだろうけどさ。

 それでも退屈だなーって僕は思ってた。し、だからここには数十年は来てなかったんだけど……今、来てみて。

 

 ()()()()()()()()()

 目の前に広がっている星の海は、僕の知らない景色だ。というより、現在進行形で動いているようにも見える。

 

 ……つまりは、まあ。

 また異変だ。

 

 うん、「また」なんだ。

 いや、多くない? バーボンハウスごっこで遊んでる暇じゃないよね。色々重なりすぎてて流石の僕も陰謀論を信じそうになるよ。

 

 これもしかして、旧懐とBIOS.Terrestrial(FRee)だけじゃなくて他のエリアでも何か起きてたりするのかなぁ。蟲の鰓を掃除してる身からすると、これ以上のイレギュラーは勘弁して欲しいんだけど。

 

「ところで、あのパラディウス、だっけ? ファンタジーエリアじゃなくてここに移動してきたのはなんでなの?」

「ん、ああ。別にあの場から離れられるなら旧懐の中でも良かったんだけど、ほら、ここ、何もないじゃん」

「あー、奇襲を受けにくいってこと?」

「そそ。もう一個の候補として海洋のエリアもあったけど、こっちの方が開けてるからね。代わりにちょっと動き辛くなるかもだけど、それはあっちも同じだし。なんなら僕にはそこまで影響ないからさ」

 

 いったん落ち着いて状況を整理するには、まさに丁度よかったわけだ。

 さすがのアイツらも、そう簡単にエリアを渡れはしないからね。少なくともしばらくはゆっくりできるはず。

 

 ゆっくりしていってね!

 ……話を進めよう。

 

「というわけで、改めて何が起きたのか──」

 

 “聞かせて欲しいな”、と。僕は続けようとした。

 続けようとして──信じられないモノを目にした。

 

「ああ、ああ。そうだろうとも。貴様ならばそう考えるだろうと思っていた。そう行動するだろうと読んでいた。故、感謝しよう」

「──は?」

 

 声は、僕の正面から。

 あるいは、明陽の背後から。

 

 何も無いはずの空間からスルリと、男が現れる。

 長身痩躯と形容するべき、猫背ながらも高身長だと分かる体躯。ぼさぼさに乱れた灰青の髪に、僅かにくすみつつある白衣。一見して枯れて褪せたような風貌でありながら、モノクルをかけた目は紅く鮮やかに。血かワインのように毒々しく光を放っている。

 

 つまりは、天炉壊程のリーダーたる男だ。

 

「悪いな、E・N・P。我らは疾うの昔に裏世界に関する研究を完了させていたのだ。では、これにて」

「待っ──」

「それで待つと? 随分と私を素直な人間だと思ってくれているようじゃないか、嬉しいよ」

 

 伸ばした手は、しかし空を切る。

 僕の反応が、僅かに遅れたから。ほんの少し、明陽が躊躇いを見せたから。

 

 故に、裏世界を通じて明陽がどこかへと連れ去られたのも。

 一つ、ある種の道理ではあったのかもしれない。

 

「なんて、諦めるとでも?」

 

 いいだろう。いいだろうさ。

 今の僕は普段とは少し違うんだ。“まあいいか”なんて妥協は挟まない。そっちがその気なら、こっちもその気になってみようじゃないか。

 

「徹底抗戦、だ。誰に喧嘩を売ったのか、分からせてあげるよ」

 

 この程度で投げ出すほど素直だと思われてたら、心外だからね。

 

 

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