「やあ、下呂君。久しぶりだねぇ。私に何か言うことがあるんじゃないの?」
「久しぶりだな、城崎。こちらは俺を助けてくれた珠世さんという女性で・・・」
「いや、そうじゃなくてさ。安否連絡するの遅くない? もっと早く教えてくれてもよかったじゃん。おかげでお肌カサカサになっちゃったんだけど。」
「む? なんで連絡が遅くなってお前の肌がカサカサになるんだ? それってただの乾燥肌なんじゃ・・・ってうおっ!?」
真夜中の産屋敷邸に下呂君の声が響き渡る。
私は思いっきり下呂君に蹴りを入れようとしたが、あっさり躱されてしまった。そこは大人しく喰らっておけよ。
「は~。全く下呂君はさぁ。もっと相手の気持ちを想像する癖つけなよ? 私だから蹴りで済んだけど、他の婚活相手だったらもっと酷い目に遭ってたよ? ちゃんと反省してよ。」
「う・・・悪い城崎・・・本当に済まなかった・・・」
「お詫びに私に腹いっぱい寿司を食わせろ!! めっちゃ高いやつね!! じゃなきゃ許さん!!」
「お、おう・・・わかった・・・」
私は下呂君に詫びの約束を取り付けたところで、機嫌を直し、隣でオロオロと困っている珠世さんに挨拶をする。
「初めまして。城崎メイと申します。この度は下呂君を助けて下さって本当にありがとうございました。心より御礼を申し上げます。」
「あ、いえ・・・お気になさらず・・・」
一転、私が物凄く丁寧に頭を下げて感謝の意を伝えたことで、珠世さんを余計オロオロさせてしまったようだった。一方で傍にいた愈史郎君が悪態をつく。
「あまり珠世様を困らせるなよ、金髪女。それとお前の連れのせいで珠世様は危険な目に遭ったんだ。礼もそうだがちゃんと謝罪の言葉を重ねて言え。」
「愈史郎! なんてことを言うのですか!? メイさんの身にもなってあげなさい!! 最愛の人が死んだかもしれないと胸を痛めて待っていた彼女がどう思うかを少しは考えて・・・」
「あ、そんなんじゃないです。私下呂君の婚活アドバイザーなので。」
「え? こ、婚活・・・あど?」
「あ、えっと、婚活っていうのは、結婚活動の略で、結婚相手を見つけるために色々行う活動のことです。アドバイザーって言うのは英語で、そのための助言をしたりする人のことです。」
「そ、そうだったのですね。私はてっきり城崎さんがヒカルさんの恋人だとばかり・・・」
「珠世さん。驚くかもしれないが、城崎は男だ。恋人ではない。断じて。」
一瞬、珠世さんが固まる。そして下呂君と私を交互に見て、目をグルグル回してひどく狼狽し始めた。
「え? メイさんが男性? え? 待ってください。それはどういう・・・え?」
「こら下呂貴様っ!! 珠世様を困らせるなっ!!! この不届き者がぁああ!!!」
「ちょっ!? 愈史郎待て!! 悪いのは城崎だろ!? なんで俺が!!??」
珠世さんは引き続き混乱状態を抜け出せず、その傍ら愈史郎君が下呂君につかみかかりぶちギレている。ちょっとかわいそうだから私はすかさずフォローを入れる。
「まあ落ち着いてよ、愈史郎君。これには深い訳があるんだから。」
「何? なんだ訳って。」
私は胸を張って自信満々に宣言する。
「私って女装中は超絶美女に見えるじゃん? つまり男装したら超絶かっこよくなっちゃうじゃん?
でも私って今下呂君の結婚相手を見つけるお手伝いをしてる訳よ。そんな私が日頃男装してたらどうなると思う?
下呂君の婚活相手がみんな私に吸い寄せられる訳よ。それじゃあ本末転倒じゃん。」
「なんだその糞みたいな理由は・・・そんな理由で女の振りを続けるなど気は確かか・・・?
いや、そもそも貴様など珠世様に比べたら美女でも何でもないっ!!
貴様こそ今一度珠世様を見てみるがいい!! どうだこの完成された美しさは!! 多少外見に自信があるようだが、貴様など所詮珠世様の足元にも及ばんわっ!!!」
「ゆ、愈史郎!!?? 急に何を言い出すのですか!!??」
「珠世様!! 私は確固たる揺るぎない事実を述べたまでのことです!!! いいか城崎!! 珠世様はとても美しい!! そして明日も美しいに違いないぞ!!!
鬼だからこそこの美しさは一生変わることはない!! 貴様のような小娘の振りをした訳の分からんような奴が太刀打ちできるはずもないわぁあああ!!!」
「ゆ、愈史郎!!?? どうしたというのですか!? 愈史郎!!??」
「一旦落ち着け。」
「ぐぁああああ!!?? 目がっ! 目がぁあああ!!!!!」
下呂君はげんなりしたまま、勝手にヒートアップする愈史郎君にスプレーで紫色の薬剤を顔面めがけて噴き掛けていた。
「俺が調合した藤の花のエキス含有の催涙スプレーだ。これを喰らいたくなかったらもう少し大人しくしてろ。それと夜間に叫ぶな。近所迷惑だ。」
「ぐぅうおおおお・・・!! お、己、下呂、貴様ァ・・・!!」
「とにかく俺は珠世さんのおかげで命を拾った。本当にアンタには感謝してもし切れない。今一度俺からも礼を言わせてくれ。」
そう言うと今度は下呂君が深々と珠世さんに頭を下げる。
「あ、いえ! お気になさらないでください! 本当に間に合ってよかったです・・・!
炭治郎さんから貴方について書かれた手紙が届いた時から、私は是非とも貴方に会ってみたいと思っていました。
そして、その後の炭治郎さんとの文通で、ヒカルさんが私と会いたいとおっしゃっていると知って居ても立ってもいられず刀鍛冶の里まで赴いたのです。
幸い、愈史郎は茶々丸の視界を眼で共有していたので隠れ里の場所も特定するのは容易でしたが、まさか上弦の鬼の襲撃に遭っているとは思いもしませんでした。
たまたま里に向かう途中で凄まじい轟音が聞こえて駆け付けてみれば下呂さんが上弦の壱 黒死牟に殺される直前だったものですから・・・」
「ふんっ! 本当は貴様など見殺しにして良かったのだぞ!! 珠世様の温情で助かったのだから地に額を擦り付けてでも感謝し尽くせ!!」
「こ、こら! 愈史郎!! どうしてそんなことを言うのですか!? 下呂さんの協力がなければ鬼舞辻を殺す毒など作れないのですよ!? もっと彼を敬いなさい・・・!」
「ぬぐぐ・・・珠世様の頼みとあらば・・・」
「愈史郎君はつくづく珠世さんにぞっこんなんだね。もはや絶対服従じゃん。」
私は二人のやり取りを見て苦笑いする。その様子を見て下呂君は咳払いをする。
「長話が過ぎてるから本題に入るが、珠世さんは今後秘密裏に産屋敷邸で匿うことになった。今後城崎は身の回りの世話を頼む。俺は引き続き珠世さんと対無惨用の毒の開発を続ける。
加えて胡蝶が共同研究に加わってくれれば言うことないんだが・・・」
「あれ? それってまだ話まとまってないの?」
「いや・・・まとまってはいるが・・・なんて言うか・・・その・・・」
「ふんっ!! あんな珠世様に敵意剥き出しな鬼狩りの女など交えて研究できるはずがないだろうが!! 俺は断固反対だ!!」
「愈史郎。しのぶさんはご両親とお姉さまを鬼に殺されているのですよ? 鬼の私と共同研究をするなんて、思うところがあって当然です。
それに彼女は独学で鬼を殺す毒を開発した天才とお聞きしています。ヒカルさんだって彼女の力がなければ無惨を滅ぼす毒は開発できないとおっしゃっていたのです。少しはこちらから歩み寄る姿勢を見せなければ・・・」
「・・・珠世様がそうおっしゃるなら・・・」
愈史郎君は珠世さんの言葉に説得されたのか、やがて静かになった。納得したってことなのかな?
「愈史郎君がこんなに躾けられているのに、胡蝶さんとの共同研究はできないの? 下呂君。」
「そうだな。昨日蝶屋敷で話した感じだと凄い嫌そうだったな。だがそれ以上に・・・」
「それ以上に?」
下呂君は難しい顔をしながらバツが悪そうに私の問いに答えてくれた。
「あいつ・・・裏でずっと藤の花の毒を飲み続けてたみたいで・・・俺がそれを止めようとしたらすげぇ剣幕で怒らせちまったんだ。
それからずっと俺に口利いてくれなくて・・・マジでどうすっかな・・・」
「え・・・毒を・・・? なんで胡蝶さんが!?」
私は重ねて質問した。なんで胡蝶さんがそんなことをしていたのかを。
下呂君は懇切丁寧に教えてくれた。
なんでも胡蝶さんのお姉さんは元花柱で滅茶苦茶強かったらしいが、四年前に上弦らしき鬼と戦って殺されたらしい。
そいつは血を頭から被ったような格好をしていて、屈託なく笑う鬼で、特に女性を好んで喰らうとんでもない鬼だったみたい。
だからその鬼に復讐するために、胡蝶さんは自身を毒壺の躰にして意図的に奴に喰らわせることで殺すことをずっと考えていたとのことだ。
でもそんな方法で鬼を殺してもお姉さんは喜ぶはずがないと、下呂君が藤の花の毒の分解薬を生成して胡蝶さんに打とうとしたらしく、凄まじい大喧嘩になったらしい。
そのせいで下呂君は今蝶屋敷を出禁になってしまったとのことだ。
「俺はどうあいつと接してやればよかったんだろうな。結局俺はあいつに死んでほしくないっていうエゴを押し付けただけだったんだろうか。
なあ、城崎。お前ならわかるか? 俺が迷った時、いつも俺を正しい方向に導いてくれたのはお前だったから。」
私は暫く考えた上で、下呂君の回答に答える。
「下呂君がそう思ったなら、その気持ちを大切にしなきゃだめだよ? 例え、相手に反対されたとしても。」
「けど、あいつは姉の仇を討つために今まで頑張ってきたんだ。それを否定するなんて俺には・・・」
「否定なんてする必要ないよ。」
私は下呂君の弱気な発言を訂正させる。すると彼は顔を上げて私を見つめる。
「下呂君が胡蝶さんの力になってあげればいいんだよ。お姉さんの仇を打つための力にね。大丈夫。きっと下呂君ならできるよ。」
「城崎・・・」
「だって下呂君は今までいろんなヤバイ奴と戦ってきたじゃん。その度にボロボロになっちゃうけど、それでも下呂君は助けを求める人たちの手を取って必死に皆の思いを守り通してきたでしょ?
だから胡蝶さんのケースだってきっと同じだよ。『誰かに手を貸すことでしか幸せにはなれない』って、獣使いの当主っぽい奴倒した時も言ってたじゃん。だから大丈夫。私はそう信じてるよ?」
下呂君は目を見開いてたが、やがて笑みを浮かべて私に礼を述べる。
「ありがとな、城崎。お前にはいつも世話になりっぱなしだぜ。」
「いいってことよ。その代わり今夜寿司おごってよ。安否連絡遅れた詫びもまだしてもらってないし。」
「え? 今からか?」
「何? ダメなの? 私もうお腹と背中がくっつきそうなくらいペコちゃんなんだけど。」
「わかった。わかった。今から向かえば朝一の江戸前寿司の店の開店には間に合うだろ? 俺がおぶって連れてってやる。」
「やったー! 釣れたての魚の寿司喰えるなんてサイコー! 私店潰すつもりで一杯食べるからね~!」
「と、いう訳で済まないが珠世さん。薬の共同研究は今夜は無しだ。また明日からよろしく頼むぜ。」
「はい。どうか気を付けて。夜は鬼が出る可能性があるのでくれぐれも移動時は気を付けてくださいね?」
「ああ、もし会敵しても瞬殺するから問題ねぇよ。それに最近は鬼の出現がピタリと止んだらしいしな。心配無用だぜ。」
「下呂君、下呂君。早く行こうよ。私もう完全にお腹がお寿司の準備しちゃってるから!」
そうして私たちは産屋敷邸をあとにした。下呂君が凄まじいスピードで夜の闇の中を走り去っていく。
この時代は日本橋に大きな魚河岸があるそうで、関東大震災が起こるまでは日本一の江戸前寿司が食べれるエリアだったそうだ。
私はその情報を頼りに下呂君に道先を指示していく。
気が付くと、午前3時位になっていた。私の空腹がピークに達しそうなタイミングで、突如下呂君が足を止めた。
「どうしたの? まだ日本橋まで距離あると思うんだけど・・・」
「なんだあれ・・・目玉か・・・?」
すると、下呂君の目線の先に、独りでに移動する目玉がうろうろしているのが見えた。
「うええ、キモチワル! 下呂君あんなキショイの無視してさっさと・・・」
ベベンッ
私がそう言いかけたタイミングで、突如目の前にふすまが出現する。そして、中から対の扇を持った人物が現れた。
「あれえ? 毒使いの君がおんぶしてる子、随分と可愛い女の子だねえ。これはあとで鳴女ちゃんにお礼言わなきゃなあ。」
そいつは血を頭から被ったような格好をしていて、屈託なく笑う鬼だった。その特徴に心当たりがありすぎて、私は思わず血の気が引いてしまう。
どうやら私たちは、胡蝶さんの仇である上弦の弐と遭遇してしまったらしい。
続く
ついに下呂君が上弦との遭遇をオールコンプリートしました。
童磨だけはマジでどうしようと悩んだ末のオリジナル展開です汗
わざわざ夜中にうろつくなよとも思いましたが、アニメだと柱稽古期間中ってみんな夜になっても出歩いてますからね。ならいいかと思いこのような展開にした次第です。
さて、下呂君は童磨相手に城崎をおんぶしたまま生き残れるのでしょうか。次回に続く。