「わあ! 可愛い! 女の子だねぇ。若くて美味しそうだなあ。折角だからお喋りしようよ! 俺の名前は童磨。いい夜だねえ。」
「黙れ。本当に吐き気がする。」
「わあ・・・初対面なのに随分と棘々しいなあ・・・あっ! そうか。可哀そうに、何か辛いことがあったんだね・・・聞いてあげよう、話してごらん?」
「辛いも何もあるものか! 私の姉を殺したのはお前だな!? この羽織に見覚えはないか!!」
いつも優しく微笑んでいる姿の面影もないほどに胡蝶さんは激昂している。私はその凄みにすくみ上ってしまうが童磨は物怖じ一つせず何かを思い出そうとしている。
「ああ! 花の呼吸を使ってた女の子かな? 優しくて可愛い女の子だったなあ。朝日が昇って食べ損ねた子だよ。覚えてる。ちゃんと食べてあげたかっ・・・」
ー蟲の呼吸 蜂牙ノ舞 真靡きー
「おっと! 凄い突きだね? 手で止められなかったよ。」
一瞬で童磨の片目を串刺しにした胡蝶さん。それでも童磨は動じず笑っている。
「胡蝶!! 息止めてそのまま下がれ!!」
「っ!!」
ー血鬼術 蓮葉氷ー
さっき下呂君が斬りかかった時と同じだ。童磨は扇を一閃し、周囲に蓮の花のような氷を散布する。
胡蝶さんは下呂君の声が聞こえたのか、跳ねるように後退し、私たちの前まで下がってから息を吸ったり吐いたりしていた。
「あれが童磨の血鬼術ですか?」
胡蝶さんは袖についた氷を払っていた。下呂君は立ち上がり胡蝶さんの横に並ぶ。
「ああ。あいつの氷は吸うな。多分肺が凍る。俺ならともかく、お前ら呼吸使いは肺が機能しなくなったら終わりなんだろ?
恐らく奴が対呼吸使い用に開発した業だ。後は俺がやる。お前のおかげで止血剤も塗れた。お前は城崎を連れて逃げてくれ。」
「は? 冗談ですよね? あいつは私の姉の仇です。下呂さんこそ止血が出来たなら城崎さんを抱えてさっさと逃げてください。あとは私がやります。」
「いや、お前じゃ無理だ。胡蝶は頸切れないだろ? 俺なら童磨の頸を・・・」
「頸が斬れなくても毒で殺しますよ。怪我人は黙って見ててください。ほら・・・」
下呂君と胡蝶さんが口論していると、突如童磨は血を吐いてその場にうずくまり始めた。
「ガハッ! これは・・・累君の山で使った毒よりも強力だね・・・! 調合を鬼ごとに変えていると・・・あの方もおっしゃっていたなあ・・・ゲホッ!!」
童磨は動かなくなるが、やがて充血した目を見開いて笑い始める。
「あれぇ? 毒、分解できちゃったみたいだなあ! ごめんねえ! せっかく使ってくれたのに!」
血の池を足元に作ったまま、童磨は立ち上がりニコニコ笑い始める。下呂君はその様子を見てため息を付く。
「はあ・・・これでわかっただろ? お前じゃ童磨は殺せねぇって。」
「五月蠅いです・・・黙っててくれませんか? ここまでは想定の範囲内です。他にも毒は何種類も用意してるので問題ありません。下呂さんは城崎さんと先に逃げてください・・・!」
「いくらお前が毒を盛っても奴の耐性が上がるだけだ。ここは俺の毒血解離で・・・」
「いい加減にしてください!! 仇討ちの邪魔しないでって言ってるんです!!!!」
突如、胡蝶さんの小さな体から発せられたとは思えないような大声が周囲に響き渡る。
明らかに今の胡蝶さんは冷静ではなかった。加えて下呂君はその剣幕にたじろぎうろたえてしまう。私は見てられず、二人に呼びかける。
「ちょっと! 二人で言い争ってる場合!? 二人で協力して戦えばいいだけでしょ!? このままだとみんな殺されちゃうじゃん!!」
「城崎さんや下呂さんに私の気持ちはわかりませんよ・・・最愛の姉を殺され・・・その仇が目の前でおめおめと生き永らえている。
その事実に堪えられないんです。例え命を捨ててでも、こいつだけは私の手で殺してやりたいっ!!」
「だからって一人で戦う必要ないでしょ!? 下呂君の力を借りた方が仇討ちの成功率だって上がるはずじゃん!! 少しは頭冷やしなさいよ!!」
「部外者のお二人に手を借りる訳にはいきませんよ。もうじきカナヲがこの場に駆け付けます。姉さんの仇は私たちだけで討ちますから・・・」
「何それ!? 意味わかんないんだけど!! 下呂君からも何か言ってあげてよ!!」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ちょっ! ちょっと下呂君!? どうしたの!? なんで何も言わないの!?」
下呂君はなぜか黙り込んでしまう。その様子を眺めた童磨がついに口を開く。
「お話は終わりかな? まあ俺としてはどっちでもいいんだけどね? じゃあ先にそっちの小さい子から食べてあげるよ。
いつまでも死んだお姉さんに囚われて憤慨し続けてるなんて可哀そうだからね? 大丈夫。すぐに苦しくなくなるからね?」
「お前の方こそ、生まれてきたことを後悔するぐらい苦しめてから地獄に送ってやるっ!!」
そして胡蝶さんと童磨の戦いが始まってしまう。しかしその様子を下呂君はただ傍観しているだけだった。
私は我慢できなくて下呂君に駆け寄ろうとするが・・・
「城崎。今の俺に近づくな。毒血解離の溜めをしてるところだ。それとこのことは童磨に悟らせたくない。会話は小声で頼む。」
「え・・・」
下呂君から思ってもなかった回答が返って来る。よく見ると彼の右手に毒の模様のような痣がうっすらと浮き出ていた。
「城崎、お前が教えてくれたことだろ? お姉さんの仇を打つために胡蝶の力になってやれって。」
「え・・・で、でも・・・じゃあなんで胡蝶さんを一人で戦わせてるの? 胡蝶さん一人で勝てる訳・・・」
戦いに生きる人間ですらない私でもわかる。胡蝶さんじゃあの童磨って鬼には手も足も出ない。
現にさっきから何度も毒を打ち込んでいるものの、童磨を死に至らしめることはできないでいた。
加えて、童磨の血鬼術のせいで、あちこち怪我したり凍傷になってたりする。殺されるのも時間の問題だった。
「俺はそうは思わない。胡蝶は強い。あいつは鬼の頸を斬ることもできないのに柱になった奴だ。他の奴以上の執念と心の強さを持ってる奴なんだ。あんなへらへら笑ってる奴に負けるはずがねぇ。」
「そんなの・・・気持ちだけで勝てるほど簡単な話じゃないでしょ? このままじゃ彼女死んじゃうんじゃ・・・」
「その前には流石に動くつもりだ。けど今の胡蝶を言葉で説得するのは無理だと思う。本人が助けを求めていない以上、きっと今の俺たちの言葉は届かねぇ。
それにあいつが大好きだった姉の仇を討ちたいっていう気持ち自体は決して間違っていないはずだ。
だから俺は胡蝶に手を貸してやるだけにした。それ以上のことはしない。とどめを刺すならほかならぬ肉親のあいつ自身じゃなきゃきっとダメなんだ。」
「え・・・それってどういう・・・」
私が下呂君の答えに疑問の声を上げたと同時に、両者の激突があったようだ。
しかし結果は想定した通りだった。胡蝶さんは袈裟斬りを受けてその場に崩れ落ちてしまう。その様子を振り向きざまに見て童磨は笑っていた。
「毒じゃなく頸を斬れたら良かったのにね? それだけ速かったら勝てたかも。あー、でも無理かあ。君小さいから!」
童磨の言葉を皮切りに胡蝶さんの両の眼から涙が零れ落ちる。私はとてもそれを見ていられず下呂君に呼びかけようとしたが、いつの間にか下呂君は胡蝶さんの背を守るように童磨と正対していた。
「あれぇ? 君逃げなかったんだ? せっかくその子が命懸けで戦ってたっていうのに。あ、でもそうか。鳴女ちゃんがいるからどの道逃げられないのか。それでだね。」
下呂君は童磨を真っすぐ見ていたが、それに答えることなく胡蝶さんに声を掛ける。
「胡蝶。肺までは斬られてないだろ。呼吸使いなら止血して立てるはずだ。しっかりしろ。仇を前にして泣いたままでいいのか?」
その言葉に胡蝶さんが下呂君に振り向く。
「姉ちゃんの仇をお前自身の手で討つんじゃなかったのか? 倒すと決めたなら倒せ。勝つと決めたら勝つまで戦うんだ。お前は柱だろ?」
「・・・下呂・・・さん・・・」
「柱のお前一人で倒せねぇって言うなら、俺が力を貸してやる。お前一人で立ち上がれねぇっていうなら俺がお前の傍で支えてやる。
聞かせろ、胡蝶。お前はどうしたい? お前はそのまま膝を着きっぱなしでこんな奴に屈したままでいいのか?」
「わ、私・・・私は・・・!!」
すると胡蝶さんは震えながらその場を立ちあがる。零れた涙を拭って下呂君の背に向き直る。
「私は・・・こいつを倒したい!! 姉さんの仇を討ちたい!! だから・・・お願いです・・・下呂さん・・・私に力を貸してください・・・!!」
「待ってたぜ、その言葉・・・!!」
すると突然下呂君は胡蝶さんのサーベルのような刀の先端を右手で握りしめた。下呂君の掌から血が流れ、刃を伝うその様子に、胡蝶さんも私も童磨でさえも目を見開く。
「こ、これは・・・!!」
「胡蝶。一撃でいい。それで奴を突き刺せ。お膳立ては全部俺がしてやる。」
「ま、まさかそれって例の猛毒かい!? させないよ!!」
童磨が下呂君の血の正体に気が付き、すぐさま斬りかかろうとするも、下呂君は既に左手のスプレー缶をかざしていた。
「芸がないね君も!! 火を浴びせても俺には通じないってもうわかってるだろう!?」
ー血鬼術 凍て曇りー
童磨が一瞬で周囲を凍り付かせる氷の煙幕を張る。しかし下呂君はガスを噴き掛けるだけでそれ以上何もしない。
「・・・? これって何のガス?」
童磨がそう呟いた瞬間、童磨の持つ対の扇が一瞬で腐食し、砂利のように粉々に崩れ去る。
「っ!!??」
「自作した特製の腐食性ガスだ。その扇、金属でできてんだろ? さっき俺のナイフ受けた時に火花が散ったからおかげで確信持てたぜ。
知ってるか? 火花っていうのはな、実は金属同士の衝突じゃねぇと飛ばねぇんだよ。上弦の壱の刀には何故か通用しなかったが、お前の得物には効果あったみたいだな?」
「くっ・・・!! こんな・・・でも扇がなくたって・・・っ!!??」
すると今度こそ下呂君は可燃性ガスで火炎放射を浴びせる。瞬く間に氷の煙幕が霧散していく。
「幕引きだぜ、童磨。生憎毒使いって言うのは、実戦闘よりも騙しが基本の暗殺が本業なんでね・・・!!」
下呂君は火炎放射を継続しながら、胡蝶さんに語り掛ける。
「胡蝶、俺にできるのはここまでだ。俺たちの命運、全部お前に託したぜ。」
「下呂さん・・・はいっ! 後は任せてください!! 童磨は必ず私の手で倒します!!」
胡蝶さんは刀を構え直し、童磨に向かって一直線に突進する。
ー蟲の呼吸 蜻蛉ノ舞 複眼六角ー
童磨は全力で回避に回り、そのせいで体制を崩す。その後も胡蝶さんが何度も童磨に接敵し、本気の追いかけっこが始まる。
一方で下呂君は突如膝を着き、その場でうずくまってしまう。
「下呂君!!」
私はすぐさま彼に駆け寄る。近づいてみれば、彼は相当疲弊しているのか、滝のような汗を流していた。
「済まない、城崎。毒血解離を使った反動が来た。少し休んだら俺も胡蝶の加勢を・・・」
「大丈夫だよ下呂君! きっと胡蝶さんが何とかしてくれるよ! 一刺しするだけで倒せるんだから楽勝だって!」
「はは・・・だと良いんだがな。」
下呂君は心配げに両者の戦いの行く末を見守る。二人の速力は拮抗しているのか、つかず離れずの必死の攻防が繰り広げられる。
「逃がさない・・・!! 地獄の果てまで追いかけて、必ずお前の息の根を止めてやるっ!!!」
「君もしつこいなあ。まさかとは思うけど、このまま日が昇るまでずっと追いかけ回す気かい? いい加減諦めてくれないかなあ。」
「諦めるものか!! 姉さんの仇を討つまで、何十里でも追い回してやるっ!! 覚悟しろっ!!!」
「うわあ。そんな眉間にしわなんて寄せて、折角の可愛い顔が台無しじゃないか。一度鏡で自分の顔見てきたらどうだい?」
「黙れっ!!」
ー蟲の呼吸 蜂牙ノ舞 真靡きー
胡蝶さんは目にも止まらぬ速度で一直線に突進するが、童磨が身を翻し躱したことでその場を通り過ぎてしまう。
「良かった。頭に血が昇って動きが単調になったね? 安い挑発に乗るなあ。」
「っ!! 逃がしませんっ!!」
「アハハ! 逃げる? 違うね! そもそもなんで俺がこの場に居るのか、君わかってないだろ? そのまま指をくわえたまま見てなって!」
すると童磨は凄まじい速力で私達に向かって急接近してくる。私はその様子を見て反射的に悲鳴を上げてしまう。
「ひっ!!」
「城崎下がれ!!」
「毒使いの君さえ殺しちゃえばあの方からお叱りを受けることもないだろうからね! サクッと殺してこのまま逃げさせてもらうから!」
胡蝶さんは一瞬反応が遅れたせいか、童磨の遥か背後を走っていた。どう見ても間に合いそうにない。
加えて、下呂君は疲弊しきっている。猛毒の血が付いた右手だけを前にかざして迎撃しようとしているが、腕先は震えており、とても戦えるような状態ではなかった。
「君がもう動けそうにないことは目の端で捉えてたからね! はい、おしまい!」
童磨の手刀が下呂君の顔面へ突き放たれる。・・・が、
ー花の呼吸 弐ノ型 御影梅ー
突如、何者かが下呂君の前方へと飛び出し、回転しながら波状攻撃を繰り出し童磨の手刀を迎撃する。
「っ!! とんだ邪魔をっ・・・!!」
「師範!! 今です!! 毒を打ち込んで・・・きゃっ!?」
ー血鬼術 枯園垂りー
童磨は手刀に冷気を纏わせ、瞬く間に助けに入ったカナヲちゃんを叩き伏せる。
「ああっ!!」
「全く!! 誰だか知らないけど無駄骨ご苦労さ・・・っ!!??」
童磨がカナヲちゃんの刀を手刀で折り、とどめとばかりに頭部へ一撃入れそうになったところで、下呂君がカナヲちゃんの陰から毒血の滴る腕を童磨に突き出す。
童磨は死の予感を感じたのか、必要以上にのけ反って回避に専念する。そしてその直後に胡蝶さんが童磨の背後へと現れた。
「カナヲ! 下呂さん! ありがとう!! これでとどめです!!!」
ー蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れー
「くっ!!」
童磨は振る向きざまに冷気の手刀を一閃するが、緩急で翻弄するような変則的な動きでそれを回避した胡蝶さんが、童磨の胸に日輪刀を串刺しにする。
「そ・・・ん・・・な・・・ごふっ!!!」
童磨は血を吐き、胡蝶さんを抱きしめようとするが、彼女は日輪刀を手放して童磨から距離を取る。
「あはは・・まさかこんな小さな女の子に殺されるなんて・・・最期に聞かせて・・・君の名前は何て・・・言うの?」
「とっととくたばれ糞野郎。」
胡蝶さんの返事と同時に、童磨は全身から血を噴いてそのまま倒れ、そして絶命した。
気が付くと、地平の彼方は徐々に明るくなっていた。
やがて朝日が差しはじめ、童磨の死体に陽光が降り注ぎ、そのまま塵となって消えた。
続く
お姉さんを殺されている以上、しのぶさんの手で童磨に引導を渡して欲しいと思い、このような決着とさせて頂きました。最終的にはしのぶさんの日輪刀に毒血を塗って戦わせる展開に落ち着いた次第です。如何だったでしょうか。
さて、本小説も終盤に差し掛かりました。もしこの小説が好評なら無限城編を盛ろうと思っていたのですが、現状評価バーに色もついていないのであっさり終わらせるかもしれません。勿論今までもらった感想はどれも嬉しいものばかりで励みになっています。謹んで御礼申し上げます。
宜しければ最終話までお付き合い下さい。