「ぐぅうううああああああ!! 馬鹿な!? 頸は無事なのになぜ!?」
俺は目の前で傷口を押さえて地面に突っ伏し動かなくなる鬼という生き物をただ無機質に眺めていた。やがてその鬼は動かなくなり、背後の木の影より黒子のような衣装を着た城崎が現れる。
「お疲れ下呂君。無事倒せたみたいだね。余裕だった?」
「まあ、そうだな。この程度なら人間の使い手を相手にする方が厄介なくらいだ。」
俺は隊服と呼ばれる学ランのような服に現代で着ていた黒の背広のようなコートを羽織った姿で棒立ちしていた。
俺は眼鏡をかけ直して、懐に携帯している自前の毒のアンプルを取り出しため息を付く。
「しかし、俺が現代で調合した毒があっさり分解されたのは予想外だった。
胡蝶から渡された藤の花の毒を使えば鬼でも問題なく殺せるようだが、正直戦い方に制限がかかるのは否めないな。」
「そうなんだ。でも下呂君は直接戦闘も滅茶苦茶強いから問題ないんじゃないの?」
「今まで何度か戦った程度の雑魚鬼なら、確かに変性血統無しでも充分倒せるが、もしこれが十二鬼月とかいう長年生きてる鬼だと正直どうなるかわからん。
もし
「う~ん。桃壱君は特殊な例だと思うよ? あの子より強いのが鬼にそういるとは思えないんだけど・・・」
「だといいんだがな・・・」
俺がそう悲観的な考えを吐露しているうちに夜が明けたらしい。目の前の鬼の死骸は跡形もなく塵になって消える。
「おお・・・」
「わあ。太陽の光浴びて消えたね。何度見てもおもしろ~い。」
「不思議だな。まあ、いい。今日の仕事は終わりだ。蝶屋敷に帰るぞ。」
「オッケー!」
そうして俺たちはその場をあとにした。
「ただいま~。私お腹ペコちゃんだよ~。」
「お疲れ様です。その様子だと何事もなく無事に倒せたようですね?」
「ああ・・・」
俺と城崎は蝶屋敷という胡蝶の管理する医療施設に帰還した。城崎は速攻で食堂へ向かったが、俺は隊服から普段のYシャツ背広に着替え、胡蝶に案内されながら薬剤室に移動する。
「じゃあ、いつも通り日中は隊士の治療薬を調合すればいいんだな?」
「はい。お疲れのところすみません。もし眠いようなら先に仮眠を取って頂いても構わないですよ?」
「問題ない。日ごろもあまり寝ないで仕事してることが多いからな。これくらい平気だ。」
「わかりました。ではお言葉に甘えて調剤はお願いしますね?」
「ああ、任せろ。それより、城崎が腹を空かせている。あいつは常人の数倍食欲があるから賄うのに苦労すると思うがよろしく頼む。」
「ええ、構いませんよ? 恋柱の甘露寺さんに比べれば可愛いものです。」
「恋柱の甘露寺?」
「ええ、私と同じ柱で女性の方です。力士三人分は常にお食事される方で・・・」
「そんな奴がいるのか。城崎とは気が合うかもな。」
「ふふっ、もしかしたら下呂さんとも気が合うかもしれませんよ?」
「ぬ? なぜだ?」
「ええ、実は甘露寺さんも結婚相手を探しにこの鬼殺隊に入った人ですからね。婚活?というものをしている下呂さんとは共通の話題が持てるんじゃないでしょうか?」
「むう・・・どうだろうか・・・正直俺は女性相手にそういう話を持ち掛けるのが苦手なんだ・・・基本は城崎に頼りっきりだからな・・・」
「そうなのですか。では代わりに城崎さんにその話を通しておきましょうか?」
「いや・・・そんなことはしなくていい。寧ろしないでくれる方が有難い。
あいつは俺の婚活アドバイザーだから、すぐに場をセッティングしようとするだろうし、その結果、俺が手当たり次第女性に求婚する奴だと他の奴らに思われても困る。やめてくれ。」
「あはは・・・それもそうですね・・・では内緒にしておきますよ。では私は他の仕事があるのでこちらはよろしくお願いしますね? 終わったら呼んで下さい。」
「ああ。」
そうして俺は治療薬の調剤に取り掛かる。戦いながら毒物や薬物を調合し用いることを生業にしている俺にかかればこんなもの一瞬で終わる。
10分もしないうちに、指定された鎮痛剤、解熱剤、血止めの塗り薬等の調合は全て終わった。
最後に、鬼の毒を分解する薬だが、これについては家でも調合したことのないものだったので、慣れるまでにかなり時間を要したが、1時間もしないうちに必要量の調製は完了した。
「ぬう・・・手持ち無沙汰になってしまった。胡蝶を呼ぶか。」
俺は蝶屋敷の中を歩き回り、胡蝶を探す。すると、庭先で鍛錬に勤しむ入院服を着た少年を発見した。
「努力~!! 努力~!!」
「すまない。少しいいか?」
「わっ!」
俺が声を掛けたことでその少年は驚いてしまったのか、岩を縛り木の枝にかけていたロープをうっかり放してしまったらしい。
俺は反射的にその岩を受け止め、地面にそっと降ろした。
「わあ! 凄いですね! 岩を軽々受け止めるなんて! 貴方は確か・・・」
「下呂ヒカルだ。お前は確か・・・竈門だったか?」
「はい! 竈門炭治郎です!」
この少年のことは胡蝶から聞いた。なんでも鬼になった妹を人間に戻すために鬼殺隊に入ったとのことだ。
俺は鬼について今だによくわかっていないが、竈門のそれは鬼殺隊にとってはかなりの問題行動だったらしい。
基本鬼になったら人間に戻ることはないらしい。加えて、鬼は人肉を欲し、人を襲う害獣なのだそうだ。だからこそ、身内が鬼になったら殺すのが当たり前なのだそうだ。
しかし、竈門の妹は稀有な鬼で、一度も人間を食べたことがないらしい。それについては柱の会議で証明されたとのことだ。
正直俺はこの組織の決定に対し口を挟むつもりはない。それでもたった一人の妹が殺されずに済んだことは良かったと心底思う。俺にも妹がいるからな。
「下呂さんは呼吸が使えないのに何でそんなに動けるんですか? 何か特別な訓練を受けたことがあるんですか?」
俺があれこれ考えていると、竈門がそう尋ねてくる。俺は苦笑しながら長々と答える。
「そうだな。俺の場合は、毎日100 km山ん中を走ったり、血反吐を吐くまで武術の稽古つけてもらって、命懸けで業の研鑽と研究を行い、選別という名の潰し合いをさせられたからだな。
俺は長男で、家の跡取りだったから、強制みたいなもんだった。他に選択肢なんてなかったからな。」
竈門は俺の話を聞いて固まってしまう。まずい。竈門の歳でこの話をするのは酷だったか。つい馬鹿正直に答えてしまったと自嘲してしまうが、
「凄いですね!! 俺も長男なんですけど、そこまで自分を追い込めていませんでした!! これからは下呂さんを見習ってもっと自分を追い込みます!!!」
目の前の少年はあろうことかそんなとんでもないことを言いだす。俺は慌てて待ったをかける。
「ま、待て竈門。別に俺のやり方じゃなくてもお前は強くなれる。今は焦らなくて大丈夫だ。」
「で、でも俺下呂さんや他の柱に比べてまだまだ弱いですし・・・」
「自分が弱いってわかっているならお前は強くなれる。それに誰かに助けを求めるのだって立派な強さだ。
俺はそれに気づくのにだいぶ遠回りした。意外とできないもんなんだぜ? 差し出される救いの手をしっかり握りしめるのって。
お前がその手を離さない限り、お前もお前に救いの手を差し伸べた奴も絶対に負けねえ。だから大丈夫だ、竈門。俺が保証する。」
「げ、下呂さん・・・」
俺は竈門を思わず諭した。性格や状況は全く違うが、こいつがかつて護衛の仕事を引き受けた時の
だから俺は必死に竈門に伝えた。人を頼れと。俺が生涯、今現在も学び続けている大切なことを。それが少しでもこいつに伝わればいいが・・・
「わかりました! 俺、もっと他の人を頼って強くなります! だから今後は下呂さんのことも頼っていいですか!?」
「っ! ああ、勿論だ。お前がピンチになったら俺が必ず駆け付けてやる。約束だ。」
俺はそう言って、竈門の頭をくしゃくしゃと撫でた。少しらしくなかったかもしれないが、結果的に俺の言いたいことがこいつに伝わってよかった。
「早速ですが、俺のこと鍛えてくれないですか? 俺、今全集中の呼吸、常中の訓練をしているのですが、なかなかうまくいかなくて・・・」
「おお・・・それについては他の呼吸使いに聞いた方が早いな・・・胡蝶なんかが適任じゃないか? 具体的なアドバイスもらえば上達も早いだろ?」
「あ、あどばいす?」
「ああ・・・助言のことだ。とにかく呼吸のことは俺に聞くな。俺はあくまでも毒使いだからな。毒の扱いだって恐らくお前の参考にはならんだろう。組手ぐらいなら相手してもいいが・・・」
「っ! わかりました!! 呼吸のことはしのぶさんに聞いてみます!! じゃあ早速ですが組手の方をお願いしてもいいですか!? 俺の実力が今どの程度の物なのか見て指摘してほしいんです!!」
「お・・・おお・・・わかった・・・だが俺は剣が使えないからな・・・格闘で相手するがいいか?」
「はい! よろしくお願いします!」
本当は胡蝶を探すためにこいつに声を掛けたのに、気が付けばこいつと組手をすることになってしまった。まあ、丁度昼間で時間もあるし、少しくらいならいいか。
そうして、竈門は木刀を持って、俺は素手で、庭先で組手を行った。その結果・・・
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・つ・・・強い・・・!!」
「・・・炭治郎・・・やっぱり先に呼吸の訓練完成させた方がいいな・・・組手はその後にしようぜ。」
恐らく炭治郎は呼吸使いとしてまだまだ練度が低いのだろう。俺の素のフィジカルだけでいとも簡単に完封できてしまった。
確か柱ならみんな常中とかいう身体能力の常時バフが掛かる技術が使えるとのことだから、まず竈門はそれを習得するのが最優先事項のように思える。
「ふう・・・下呂さんは呼吸無しでなんでそんなに動けるんですか?」
「言っただろ? 家を継ぐための強制鍛錬を受けたって。まあ、使い手なら俺の素の動きなんて下の下だがな。こんなんでビビッてもらっちゃ困る。」
「が、頑張ります!!」
「丁度俺も胡蝶を探してたところだから、お前も呼吸のコツ聞いてみな? 一緒についてこい。」
そう言って、俺は竈門を連れて、その場をあとにした。
「へ~、下呂君ってばあの竈門君って子の稽古つけてあげたんだ。意外だねえ。モグモグ。」
「まあ成り行きでだがな。しかしお前、まだ食うのか? その食事の摂取カロリーは一体どこに消えてってるんだ?」
「ふふふ~。秘密だよ~? それより下呂君は食べないの? アオイさんが作った料理凄く美味しいのに。モグモグ。」
「そうだな・・・生い立ちのせいで人から出された料理にはまだ抵抗があるんだが・・・嵐山*3のおかげで多少は食えるようになったしもらうか。」
「ふふふ~、現代に戻ったらもっと嵐山さんと仲深めないとね~? 向こうだって日々素敵な男性と出会いがあったりするんだからウカウカしてられないよ~?」
「むう・・・そうだな。やはり早く帰らないとまずいな・・・一体いつになることか・・・」
「まあ、折角だしこっちでも婚活すればいいんじゃない? きっと下呂君の成長になると思うよ?」
「なっ!? 待て、城崎。いずれ現代に帰る身で結婚相手を探すなど可笑しくないか!?」
「まあ、そうだね。でも女性経験積む上ではいいんじゃない? 下呂君って今だに奥手男子だからさ?」
「ぬう・・・しかし・・・」
「まあ、いいや。話変わるけど、私この後我妻君って子の対応しなきゃなんだよね。なんでも下呂君が調合した薬が苦くて飲めないって駄々こねてるみたいでさ。
彼、私が愛想よくしてご機嫌取ってあげればちゃんと飲んでくれるみたいだから、これ食べ終わったらうまく言いくるめてくるよ、モグモグ。」
「なあ・・・城崎・・・」
「ん~?」
「お前、その我妻って奴にはお前の性別は教えたのか?」
「え? 教えてないけど。」
「・・・絶対我妻って奴お前の容姿に騙されてんだろ。心に傷がつく前に教えてやれよ。」
「ん~、そうだね。じゃあ薬もう飲まなくても良くなったら教えとくよ。モグモグ。」
「・・・我妻って奴には心底同情するぜ。辛だな・・・」
そうして後日、城崎が男であることを知った善逸は阿鼻叫喚の叫び声を蝶屋敷中に響き渡らせ、後ほど大きな騒動となったらしい。
続く
以下おまけ:
「ええええ!!?? 城崎さん男だったの!!?? しのぶさんよりも美人なのに!!?? 信じられないんだけど!! ねえどういうこと!!?? ねえどういうことぉおおおお!!??」
城崎から衝撃の事実をカミングアウトされ、脳がバグる善逸。
「そう? じゃあ念のため確認してみる?」
服に手をかけ、善逸にダメ押しする城崎。
「やばい!! 頭可笑しくなりそう!!! どういう感情持てばいいのこれ!!??」
善逸の肩に手を置き、作り笑いを浮かべるしのぶ。
「善逸君。さっき聞き捨てならない言葉が聞こえたんですけど。私よりも城崎さんがなんですって? この後ゆっくりお話聞かせてもらいましょうか。」
「ちょっ!!?? 待ってください!! 待ってください!! 違うんです!! それはあくまで騙されてた時の俺の意見な訳で!! いぃいいいやぁああああああ!!!!!」
そうして後日、魂の抜けきった善逸が、終始死んだ魚のような目で天井を仰ぎ横になっている姿が散見された。
下呂君が炭治郎に伝えた話はマリッジトキシンの赤倉編で蔵王という女の子にした話と概ね同じです。下呂君は家の教育方針のせいで、もともと人を信用できず本音を明かすことができない人柄でしたが、婚活を通じて人を頼ることの大切さを学びました。そんな彼の精神的成長もマリッジトキシンの魅力だと思っています。
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